『ジョルジュ・ルオー かたち、色、ハーモニー』展



 自分自身の内面にある感情の機微を言葉で表現する。そういうイメージを詩的表現に抱いていた筆者は「喜び」や「悲しみ」といった感情のタグを手掛かりに引っ張り出せる過去の記憶を元にして、作品表現を試みていた。
 例えば感情の動きがあった(と記憶する)エピソードには印象深い折り目があるので、そこを編集点とした場面展開を行うように言葉を並べる。その際に、感情の動きを生み出した理由となる価値観などを自問自答を通じて探り出し、思い浮かんだものを論理的に記述する。そこから文字にしたものを可能な限り他人目線で読み直しては退屈なものになっていないか、あるいはもっと欲張って誰かを感動させられるものにするにはどうすればいいかという意識的な洗い出しを行なって、表現上の工夫を施す。この作業を最後まで行ったら作品の全体を頭から読み直し、引っ掛かる部分に手を加えて納得できる完成を目指す。そのジャッジを下す判断基準となるべき感情的反応は極めて主観的なものであったが、だからこそ内省に近い心情的な落ち着きを得られたり、また僅かながらでも他人から得られる評価が主観的価値観の一致を証明するものとして好ましく思えて作品表現を続ける意欲は湧いた。また発想するアイデアが誰かを喜ばせるものとなっていると想像できて、日々の興奮は増していった。
 けれども生まれる疑問は確かにあった。そのきっかけになったのは相当程度の数を熟せば熟す程に嫌でも目に飛び込んでくる表情上の手癖で、無限に湧いて出てくると思っていた感情の数々が実は意味認識のパターンで裏漉しされた材料で仕上げられた加工品で、詩的表現の源泉のように思っていた「心」には何もないのではないか。だとすれば今まで行ってきた詩的表現はただの自己満足ですらない。ドラマや漫画などで数多く描かれる物語的な型に沿って、一般的な人々が見せ得る感情的反応を「私」のものとして書き記し、納得する。そういうパターン反応の強化に寄与するような試みでしかなかったのでないか。つまりは私を見失う作業、それが詩的表現の本質なのでないか。



 今になって振り返れば、かかる疑問は言葉以前の純粋な私という、これもまた言語の意味認識作用の只中で語れるロマンを追い求めていたからこそ抱けたものであり、言葉に囚われた自家撞着に似たものだと反省できる。
 なぜなら私たち人は、私という現実がいつの間にか始まっているという事態を把握するのにも言語=意味の機能に拠らなければならないのだから、私たちはずっと言語が見せる夢の中で生きるしかない。この事実に目を瞑り、また各々が巻き込まれている言語運動の類似性を帰納法的に仮定してから私たち人は言葉による情報伝達を行い、あるいは私しか生きていないはずの現実が私以外の者のものにもあるという想定を自らに課して、社会というものを語っている。その只中にあって私の心は虚だと悩む意味は殆どない。事態はすっかり言葉に惑われて、戻る戻らないの意識的判断が入り込む余地はないのだ。だからこの悩みは以下のように言い換えるべきだろう。
 すなわち言語という夢を用いて「夢から覚める夢」を見ることができた時、私という現実は事実としてまた再び息を吹き返すだろうか、と。



 恩師であるギュスターヴ・モロー(敬称略)の友人であり、モローの死後には包括受遺者となってモロー美術館の立ち上げに尽力したアンリ・リュップを描いたジョルジュ・ルオー(敬称略)の「老兵(アンリ・リュップの思い出)」はルオー自身との深い交流もあってか自宅内の、(筆者の記憶違いでなければ)娘の部屋に飾られる一枚であった。それをある日、ルオーが部屋の中から持ち出して全面的な描き直しを行なったのだが、その劇的な変化はあのジョルジュ・ルオーと評すべきもので、たっぷりとした髭を蓄えた一人の老人の横顔がデフォルメ化と太い輪郭線の強調によって大胆に形象化され、また画家の心情を最もよく知る代弁者として厚塗りされた色彩の存在感によって前面に押し出された額縁内のイメージが物言わぬ一つの絵画「空間」として現前するに至っていた。
 パナソニック汐留美術館で開催中の『ジョルジュ・ルオー』展の副題にもなっている「かたち、色、ハーモニー」はジョルジュ・ルオー本人が自身の絵画表現に欠かせないエッセンスとしてインタビュアーに対して語った言葉であるところ、モロー教室の同輩として互いに高め合ったアンリ・マティスに引けを取らないルオーの構成力は装飾性に秀でるマティスのそれに比べて、モチーフ間の優れたバランス感覚として画面上に表れる。その素晴らしさは、意味内容を伝達する言葉の基本機能をしっかりと押さえつつも、その人しか成し得ない独特のリズムとセンスを感じさせる文章を彷彿とさせる。「大木のある風景」、「キリストと漁夫たち」、「秋の夜景」そして「キリスト教的夜景」といった『ジョルジュ・ルオー』展で次々に拝見できる宗教的主題を取り上げた作品表現の数々は画家本人の内観に由来する愛や慈しみの直接的発現を可能とし、発色の豊かさにも影響されて個人的な祈りを超えた普遍愛の印象を其処彼処に覚える。特に「キリスト教的夜景」はその代表格というべき一作で、かのイエス・キリストの説教を熱心に聞く親子の姿が描かれた画面下部から上昇して、画面上部の満月の存在に目線を移すまでに幾度も重なる弧のリズムが水平線の優しさにまで昇華されている。第二次世界大戦まで経験したというルオーの経歴をここで思い出せば、画面上に描かれはしなかった決死行の響きが地の底へと消えて行く様を幻視できて、今ここにある現実を踏みしめられる平和を思い出せる。
 そんなジョルジュ・ルオーの絵画表現だから、他の画家のそれと違って、マチエールを立体的に鑑賞するために先ずは画面に近付くのがいい。その絵筆の痕跡を追い、その触感を目で存分に味わうためだ。画面全体を把握するために距離を取るのはその後でゆっくり行えばいい。脳内に直接刻まれた「物」としての絵画表現の記憶は描かれたテーマを象徴の塊として目に届け、素朴に彩られたイメージの大きな声を届ける。歌劇場に満ちる声調が物語の悲喜劇を語る様に、力づくとは無縁の探究心が成し遂げた表現として画家が手掛ける全てのものは額縁内で大いに涙を流し、あるいは結んだ口の両端に慈愛を浮かべている。その日毎の観客が舞台上の演目に命を注ぎ込み、それに応えて高らかに歌われるメッセージが時代を超えて愛されていくのと同じ関係がルオーの絵画表現に認められる。丁寧に設えられた舞台があるからこそ大胆な筆致が招き寄せる数々の偶然は捉えられる。ゆえにそこに打てるピリオドなど無く、ジョルジュ・ルオーの名画は今も判断留保の只中にあると評しても過言ではない。筆者が最も感銘を受けた「青い鳥は目を潰せばもっとよく歌うだろう」、通称「青い鳥」に加えられた手数の数々もその開かれた可能性の中で定まることを厭う美しさを止めていた。夢の中の夢として、冷めぬ祈りを届けるために。



 言語に関するすべての努力を放棄して、論理的な飛躍を想定する。当然にない正解を非論理的に試みて、起き得る事実を想像する。言語的な仕組みに依拠した仕掛けの有無を検分して、逸脱という名の足の踏み外しを期待する。そうして彷徨い出ることができたその先で、私的な事実の幻を見る。事実と事実の間にある絶対的な隔たりを前にして踏ん張れる意識も、その谷間に嬉々として飛び込むイメージも、先に述べた詩的表現の茫漠さがあってこそ。だから短歌の命といえる韻律の縛りも、また虚構空間としての限られた広がりを保ち続ける小説も唯一無二の片道切符にはなり得ない。
 こうしてまた筆を取れる筆者になった。その喜びを、私的に語る画家に捧げる。

『ジョルジュ・ルオー かたち、色、ハーモニー』展

『ジョルジュ・ルオー かたち、色、ハーモニー』展

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-04-23

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