星と占い師

星と占い師

 深夜二時を回った頃に、くあっと欠伸を一つ。朝と夜が逆転した生活を送っている俺でも、この時間は眠くなる。人間の体というモノは暗くなれば眠くなるようにできているのかと、この度に俺は思うのだ。
 ビルの警備員のアルバイトは案外暇だ。この日だって、特に問題もなく時間が過ぎていき、座りっぱなしの俺は肩やら腰やらが凝り、重く、また痛くなってきている。伸びをするとポキッと関節が鳴った。続いて首も回す。ボキボキと結構な音が鳴った。
 このまま何事もないまま終わるだろうなと思いつつ、防犯カメラの映像が映っている画面に視線を向けた。すると、三番カメラの屋上駐車場に人影が一つ。背が高くてスラリとした男性が立っていた。
 この時間、屋上駐車場は閉まっている筈だ。不法侵入というやつだと判断したが、すぐには行動に移せなかった。今までこのような事態に会ったことが無いので、何からすればいいのか分からないのだ。とりあえず暫く様子を見ることにした。
 男はただまっすぐに空を見上げているだけだった。特に何かしでかすというわけではないらしい。しかし、だからと言って「放っておく」という選択肢はアルバイトの身分の俺には無い。
 重い腰を上げて立ち上がる。帽子をかぶり、懐中電灯と鍵を持って警備室を出た。


 ギギ、という嫌な音を立てながら屋上駐車場に続くドアを開けた。ぶわっ、と前からは強風が吹いてくる。思わず目を凝らす。屋上へ進み歩くと、すぐに画面で見たあの人の後姿が見えてきた。真黒なロングコートを着込んだ長身の男性。髪の色も黒い。靴も黒い。頭の先から爪先まで真黒だ。
「この時間は立ち入り禁止ですよ。」
「あぁ、こんばんは。」
「え、あ、こんばんは。」 
 俺の話聞いてんのかって思うぐらい彼は呑気にゆっくり振り向きながら挨拶をしてきた。思わず挨拶を返してしまう自分にも嫌になってくる。
「ごめんねぇ、立ち入り禁止だって事は十分承知なんだけど、どうしても、ここじゃないと見えづらくてさ」
「何を見るんですか?」
「星だよ。」
 だったらこんな都会のど真ん中ではなくて、山にでも行けばいいのに。そう思っていたら、彼はこう言った。
「それを参考に人の運勢をみるんだ。」
 意味が分からない。聞くと彼は占い師だそうだ。こんな背格好の占い師とは胡散臭いことこの上ない。
 彼が言うには、この屋上からは星がよく見えるだけではなく、見えない星も見えるらしい。だから、さらに詳しく、正しい運勢が見る事が出来るのだという。
 この人、適当な事を言って、不法侵入した事を有耶無耶にする気なんじゃないんだろうな。じっとりとした視線を向けると、何故かにこりと笑いかけられた。よくわからない人だ。
 とにかく、もう面倒だから帰ってもらおう。そう思って、出口を開ける。
「とっとと、帰って下さい。」
「案外雑な扱いをするんだ。」
 すみませんと言いつつも、ドアは開けたまま突っ立っていた。それを見て溜息をついた彼は「困ったな」と苦笑した。
「今日はもうちょっと星を見ていたいんだけどな。」
「駄目です。困ります。」
「でも、これ仕事だからさ。」
「俺も仕事です。」
 お互い一歩も譲らずにいた。暫くすると、彼は「そうだ」と何か閃いたような顔をした。
「俺が無料で君の運勢占ってあげる代わりにさ、此処に居させてよ。初めて会った時からさ、君からなんか嫌な予感がしてきたんだよ。だから丁度いい!」
「いや、結構です。お帰り下さい。」
「えっとね。君の名前を教えてくれないかな。」
 やっぱりこの人、俺の話聞いてないな。それに、嫌な予感とはなんだ。初対面なのに失礼ではないか。ムッとはしたが、ここで名前を言うのを渋っていても埒が明かない気がして、大人しく名前を教えることにした。
「坂下雪弘です。」
「坂下君ね。ちょっと待っていてね。あ、因みに俺の名前は高良です。」
 そういうと、彼、高良さんは後ろを向いて、先ほどと同じように空を見上げた。ぼおっとしているようにも見えるし、何かを読み取っているようにも見える。それから、一分、十分、いや、もしかしたら一時間経ったのかもしれないし、ほんの数秒だったかもしれない。彼は再び俺の方を向いた。そして、笑顔で言った。
「明日の朝九時十三分頃、大きなトラックに注意して。出かける時はいつものカバンじゃ駄目だよ。そんで、出来れば階段に上る事を勧める。じゃないと大怪我するか、死にます。」
 物騒な事言う人だな。「死にます」なんて言われて気分が良い人なんていない。聞かなきゃよかったと後悔し、面倒になって引きずるように彼を屋上から追い出した。追い出す際に、抵抗を全くしなかったのには、少しだけ驚いた。
 追い出してから警備室に戻って一応画面を確認する。そこには人影もなく、いつもの何にもない静かな夜の屋上駐車場に戻っていた。


 次の日、目覚めた時の気分は最悪だ。昨日の高良さんの言葉が気になって仕方がなかったのだ。
 今日は友人に会う約束があるから、そろそろ家を出なければいけない。昨日は「いつものカバンで出かけるな」と言われたが、使い慣れたカバンだ。変えるわけにはいかない。だから、いつも通りのカバンを持って、家を出た。そうして、いつもの時間に、いつもの恰好で、いつもの道を歩いて行く。
 九時十分頃、歩道橋の横を通っている時に、ふと昨日の言葉が頭に浮かんできた。
「出来れば階段に上る事を勧める。」
 なんとなく、いつもだったら素通りするだろう歩道橋に足を向けた。登り切った時にブチッと嫌な音がした。見るとカバンの取っ手の部分が千切れていたのだ。おかげで中身をぶちまけてしまった。足元に散らばる手帳やペンを拾い上げているその時、下から物凄い音がしたと同時にガクンと地面が揺れるような衝撃がした。続いて人の悲鳴やざわめきが聞こえ始めた。
「事故だ。事故だ。」
「大型トラックがスリップして歩道に突っ込んだ。」
「嗚呼、怖い。」
「歩道に人は?」
「居ないようだよ。」
「よかったわね。」
「誰か警察には?」
「とにかく救急車!」
 人々がざわざわと何かを叫び、または囁き合う様子を俺は歩道橋の上から呆然と眺めていた。


「ね、当たるでしょ。」
 振り返りもしないでその人は答えた。なんだか少し悔しい。カツカツと足音を立てながら高良さんの隣に立った。諦めたように溜息をつく。
「俺がいる日だけですよ。」
 バレたら、クビだろう。「くれぐれもお願いします。」と付け加える。すると高良さんは頷きながら「そのつもり」と言った。
「坂下君以外きっと受け入れてくれないだろうからね。」
 夜空に向かって大きく伸びをしてから、高良さんはやっと俺の方を向いた。
「今日も良い星が見られそうだよ。これからよろしく。坂下君」
 そして、すぐに彼の視線は夜空の星々へと向けられた。俺はその隣で、つられる様に夜空を眺めた。俺にはやっぱり、何の変哲もない夜空にしか見えなかった。

                     終

星と占い師

過去のものを引っ張り出してきたその四④。
続き物として使えそうだなぁとか考えています。

星と占い師

警備バイトをしている大学生が変な占い師に合うお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-31

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