「初恋」
その大きな背中に
一度だけでもひたいを任せられたら
君の体温
心から派生した肉体のぬくもり
ふれたいと思うのに
この手は簪をゆるめない
解きかけた黒髪を
再び力で結い直す
眼をあわせないように
眼をあわせないようにとばかりを警鐘として
私は夜道をひとり駈ける
暗がり周りの人は私の生み出した幻影で
有象無象に顔は無く
定形の流行りものをきちんと着ているのです
簪は私をひとりにしておいてくれる虚像
夜はいい
なんもかんもが滲んで溶け出て分らなくなるからいい
お月さま
お月さまがよく見える
綺麗な小さい真白な花のお月さまがよく見える
それだけで
それだけで私はよかったのに
お月さまどうして色濃く君を照らすの
満月が過ぎてからはいっそう強く
一際濃くなりし君の鮮やかな身体は
私に唯々羞恥と悔恨を与え
私はもう……消え入りたい
頬の炎が我が身の端々にまで触手を伸ばす
まともに言葉も紡げなくて
得意の軽口ばかりが先鋒隊となってしまって
いつも明るい笑いの内に
終幕のコールが響き渡る
あさましき我が夢にどうか両眼をつぶっていてください
せめて今この小さな私だけの天守の中で
髪を長くほどいた一人寝の時だけは
「初恋」