ハドラーちゃんの強くてニューゲーム
アニメ版ハドラーの月命日である16日にpixiv(https://www.pixiv.net/novel/series/8799426)やハーメルン(https://syosetu.org/novel/285717/)で連載させていた『ハドラーちゃんの強くてニューゲーム』を、1周忌を契機にこちらでも掲載させていただきます。
第1話
かつて、地上を我が物にせんとした男がいた。
だが、その男の夢は……まさに風前の灯火であった。
「……オレが|生命を賭けてまで倒そうとしたアバンの使徒!それは不屈な魂を持った希望の戦士だっ!最後の最後まで絶望しない心こそがアバンの使徒の最大な武器ではなかったのかっ!!」
かつて男と同じ軍勢に所属していた筈のキルバーンの目論見により、男の敵であるダイとポップ諸共死の淵に立っていた。
が、敵である筈の男の叱咤によって奮起したポップがこの窮地を脱する術を絞り出し、なんとかダイを救う事に成功したが……
「何故逃げなかった?」
男に問われたポップが苦しそうに告げた。
「悪りィ……アンタにみとれちまった………あの時、おれたちを必死に生かそうとしてくれる、アンタを見たら………なんだか他人に思えなくって……アンタが絶対に助からねえって頭でわかっていても見捨てていく事に抵抗がどうしてもあって……だって、そうじゃねぇか……自分の誇りを賭けて……仲間たちと力を合わせて、努力して、おれたちと正々堂々と戦うために、必死に……必死に頑張りぬいてよ……おれたちとどこが違う?同じじゃねぇか!!」
そんなポップの言葉に、男は初めて神に縋った。
「……神よっ!人間の神よっ!魔族のオレが……はじめて祈るっ!もし本当に……おまえに人命を司る力があるのなら、こやつ(ポップ)をっ……この素晴らしい男だけは生かしてくれっ!オレのような悪魔のためにこやつを死なせないでくれっ!頼む……神よッ!!」
その願いが聞き届けられたのか……男のかつての宿敵がご都合主義的に現れてくれて、
「困りますよポップ。勝手に“あの世”なんかに逝かれちゃ…」
「アバン!?生きていたのか!?」
アバンと呼ばれた男は、かつての宿敵だった男を抱きかかえ、ポップを庇ってくれた事に礼を言った。
が、男はそれでも戦う道を選んでしまう。
「……ありがとう……とでも言うつもりか……?甘い!相も変わらず甘い奴よ!」
そう叫んだ男は、再度ポップに止めを刺しに来たキルバーンの身体を拳で貫き、
「大魔王バーンは恐ろしい男だ!情けは捨てろッ!冷徹になれッ!」
アバンにそう伝えると、男は再び地に倒れ伏した。
「ポップよ……おまえたち人間の神というのも……中々粋なやつのようだぞ!オレの生命とひきかえに……オレがかつて奪った大切な者をおまえたちに返してくれた…………そのうえ……オレの死に場所を……この男の腕の中にしてくれるとはな…………」
死力を尽くし生き抜いた嘗ての好敵手との再会に廻り合わせた人間の神への感謝の念を残しつつ、アバンの腕の中で灰となって散った。
その男の名はハドラー。かつて獄炎の魔王と呼ばれた男……
1人の少女が目を覚ました……
途端、仰天しながら飛び起きた。
(生きている!?……馬鹿な!?俺は確かにダイに敗れ、アバンに見守られながら灰になった筈!?)
少女はふと自分の手を視る。その手は、か弱そうな娘の手であった。
(しかも、この手は何だ!?まるでか弱き子供の手の様ではないか!?)
少女は恐る恐る声を出した。
「あー。あーーー」
やはり出るのは、若くて幼い女の声のみであった。
(どうなってる?俺の身体に何が[[rb:遭 > お]]こったと言うのだ?)
近くに大きな鏡が有ったので、少女は恐る恐るそれを見た。
そこに写っていたのは……赤い長髪と小さいけれど形が整った乳房が特徴の背が低く、年齢よりも幼く見られやすい少女であった。一応、超魔生物の時の角は生えていたが。
少女は、認めたくない現実に直面して、鼻水を垂らしながら絶叫した。
「ど……ど……ど……どうなっとんじゃあぁーーーーー!」
その声が聞こえたのか、しばらくしてドアをノックする音が響いた。
「如何いたしましたか?ハドラー様」
その声に、ハドラーと呼ばれた少女は驚き振り返った。
(その声は……ガンガディア!?奴は確か、アバン共との戦いで死んだ筈!?)
が、声の主を確認しようにも、今の姿があのハドラーとは程遠いので、どうしたら良いのか解らなくなる。
(どうする!?今の俺の姿は、明らかにかつての俺ではない!最悪……侵入者と間違えられて……)
とは言え、ノックの音はまだまだ響いている。
「ハドラー様?」
(あー!もう!既に1度死んだ身だ!出たとこ勝負だ!)
少女は近くに有った服を乱暴に着てながらドアを開けた。
「どうした?ガンガディア」
少女は可能な限りの威厳を発揮するが、自分自身でも明らかに貫禄敗けしている事は解った。
(駄目……だよな?……やっぱり)
だが、ガンガディアの態度は少女の予想とは真逆であった。
「ハドラー様、先程の声はどうしたのですかな?」
少女は、目を点にしながら鼻水を垂らした。まさか、こんな姿になっても自分をハドラーと認識してくれるとは、夢にも思えなかったからだ。
ガンガディアもこれにはリアクションに困った。
「あの……その顔は一体……」
それに対し、ハドラーと呼ばれた少女は取り敢えずガンガディアを落ち着かせた。
「いや、よい。騒ぐな」
以降、この少女の事を「ハドラーちゃん」と呼称する。
ハドラーちゃんの当面の課題は、今の自分に何が出来るかと言う事である。
「ガンガディアが生きていると言う事は……まだアバンと戦ってる時である……筈だよな?」
取り敢えず、|火炎呪文を放とうとするが……
(今……魔炎気が混ざっていなかったか!?馬鹿な!?|魔炎気は超魔生物時代の技の筈!?何故今使える!?)
次に、ダイとの戦いの最中に得た|極大閃熱呪文を放ってみた……
(出る!?おかしい……魔炎気も|極大閃熱呪文も……ガンガディアが死んだ後に得た技の筈!?だが、湧き上がる力は……)
今度は気合い溜めをおこなうハドラーちゃん。
(何!?この力は……魔族の力と超魔生物の力!?両方を同時に兼ね備えていると言うのか!?だが、ザムザの見立てでは『超魔生物状態で呪文が使えない』だったのに……だから俺は、魔族を辞めたのだ!なのに!)
ハドラーちゃんは、恐る恐る覇者の剣を生やしてみた……
(出るねぇ……当然の様に……|覇者の剣って、俺が超魔生物に改造されている最中にザムザがロモス王国から盗み出した……なのになぁー……しかも、既にダイの奴にへし折られたんだっけ?)
取り敢えず……魔族時代の技と超魔生物時代の技の両方が使用可能である事が判明したが、それがかえってハドラーちゃんを大混乱に陥れた。
(俺が超魔生物で、ガンガディアはまだ生きている。その上、俺がこんなか弱い小娘の姿になっている……|時代は……どこなんだ……)
取り敢えず、ガンガディアに戦況を訊ねる事にした。
「ガンガディアよ、俺達魔王軍はどうなっておる?」
だが、ガンガディアの口から出た言葉が、ハドラーちゃんを更に大混乱させた。
「その事なのですが、本当にカール王国のフローラ王女を誘拐しろと仰るのですか?」
ハドラーちゃんは、鼻水を垂らしながら目が点になった。
「ハ、ハドラー様!如何なさいましたか!?その様な顔をなさって!」
(|カール城での初対戦かよぉ……)
そして、ハドラーちゃんは無性に腹が立った。
(ちょっと待て!よりによって、何故|カール城での初対戦なんだ!?ダイはおろか、アバンすら育ってないと言うのに!冗談じゃない!そんな退屈な勝利を得て何になる!?超魔生物時代の技で誰と戦えという―――)
ハドラーちゃんの脳裏に浮かんだのは、ハドラーがかつて仕え、そして裏切ったあの大魔王。
「ククク……ハハハハハ!」
「ハドラー様!?」
「そう言う事か……そう言う事か!」
「どう言う事です!?」
「他の者達を呼び集めよ……大事な話が有る……」
「わ……解りました!」
ガンガディアが慌ててバルトス達を呼びに行ってる間、ハドラーちゃんはある確信を得て笑っていた。
「ハハハハハハハハ!そう言う事か地上の神よ……貴様等は、あの隠し事多き糞爺を認めないと言うのか?ここであの糞爺が死ねば、それだけの人間どもの命が助かると言う訳か?」
倒すべき敵を見出したハドラーちゃんが闘志を漲らせる。
「あの糞爺には、バランとの戦いを邪魔されたしな……よかろう!お前達の誘い……乗ってやる!」
再び覇者の剣を生やし、それを見つめながら誓うハドラーちゃん。
「大魔王バーン!俺はお前を逃がさない!どこへ行こうと絶対に!どこへ行こうと逃がさない!地獄の果てまで追いかけて必ずお前の頸に刃を振るう!絶対にお前を許さない!」
第2話
「ほらほら、頑張れ頑張れ」
城壁に腰掛け、モンスターの群れと戦う兵士達を見下ろすハドラーちゃん。
「今夜の為にカール王国に雇われたんだろ?もっと頑張らんと、お駄賃貰えないぞ?」
口では冗談交じりの侮辱する様な応援をしているが、内心では本当に人間の方を応援しているハドラーちゃん。
(マジで頑張れ!この程度の苦難如きで心が折れてる様では……大魔王バーンの地上全壊から生還出来んぞ!)
事は1週間前。
ガンガディア達を玉座の間に呼び集めた時の事。
「大魔王バーン!?」
「魔界の神、バーン?」
「魔界の奥深くに、その様な化け物が!?」
一同が驚く中、ハドラーちゃんが安心させる様に言う。
「だが安心しろ。俺はこれからこの地上を手に入れる。だがその前に、あのボケ老人を処刑しておかねばと思ってな!」
「出来るのですか?その様な事を!」
一同の不安をよそに、ハドラーちゃんの決意は固い。
「あのボケ老人はとんでもない失敗作だ!くだらん太陽崇拝精神を持ち合わせ、平気で嘘を吐いて利用する!挙句には、もう直ぐ俺の物になる筈だった地上の全てをまんまと消し炭にしてしまう大失態!地上の覇者となるべき魔王軍では、あのボケ老人の様な不良品は……絶対に作らん!」
一旦クールダウンしたハドラーちゃんは、改めて一同に指示を出す。
「さて……バーンの処刑を念頭に入れた上での今後の動きだが……先ずはブラス!」
「はっ!」
「お前は、俺の配下から強者を何人か選び、別の場所で再教育を施せ」
「はっ!既にその場所の目星は着いております!」
ブラスの言葉を聞いて、初めてダイと戦った時の事を思い出す。
(そうそう。アバンの使徒達と本格的に戦ったのは、こいつが今言ったデルムリン島が初めてだったんだよなぁー。あの時の俺は、我ながら本当に分不相応な偉さを持っていたよなぁー)
「次にバルトス!」
「はっ!」
「お前は……いつも通り地底魔城防衛の指揮を執れ。ヒュンケルの事もあるしな」
「了解いたしました」
ハドラーちゃんが再び過去の事を思い出す。
(ヒュンケルの奴、本当に元気に育つよ。超魔生物になる前の俺の心臓を2つも砕く程にね)
「後はキギロ」
「はっ!」
「例のマンイーターを使った計画は順調か?」
「はーい!順調に魔の森は広がり続けておりますぞ!」
ハドラーちゃんが更に過去を思い出す。
(何だかんだで……キギロが俺がアバン達に送り込んだ刺客第1号みたいな事になっちゃったんだよなぁー)
ハドラーちゃんが一旦溜息を吐くと、ガンガディアを凝視した。
「最後にガンガディア……頼みがある」
「はっ!」
「俺はしばらくヨミカイン遺跡の魔導図書館に寝泊りする。あのボケ老人を処刑するうえで欠かせない事だからな」
「はい。かしこまりました」
ハドラーちゃんが思い出したは、大魔王バーンのあの言葉。
「今のはメラゾーマでは無い……メラだ……」
(大魔王バーンに、皆が既に知っている呪文は絶対に通用しない!なら、この俺もオリジナルの呪文を開発する必要が有る!)
「それともう1つ」
「はっ!」
「例のフローラ王女の事だ」
一同が驚きを隠せなかった。
地上の全てを破壊してしまうかもしれない大魔王バーンの討伐が地上制圧の絶対条件だと言うのに、今更カール王国のフローラ王女に現を抜かすのだ。一見すると矛盾している様にしか見えない。
「決行は1週間後。俺自らフローラ王女を迎えに往く。お前達はついて来なくても良いぞ」
「御言葉ですがハドラー様、今後の事を考えると、あの様な辺境の国の―――」
ハドラーちゃんは、ドスを利かせた声で一同を制した。
「この俺が心細く見えるか?」
「え?」
「この俺が弱々しく見えるか?部下を盾にしないと何も出来ない様に見えるか?」
「あ……いえ……そう言う事では―――」
「違う違う違う違う。俺は地上征服を成し遂げる。バーンなんぞにも負けんし、カールなんぞにも負けんし、人間どもが切望している勇者なんぞにも負けん」
ハドラーちゃんの迫力に、一同は何も言えなかった。
「それと、先方には既にフローラ王女の御迎えの件は伝えてある」
ガンガディアがどうにか声を絞り出す。
「あのぉー……それでは、奴らはかなり警戒をして警備を強化する―――」
それに対し、勝ち誇る様に微笑むハドラーちゃん。
「それで良いんだよ。その方が人間どもの今の力が解るし、ある意味あのボケ老人への挑発にもなる……俺は……強さにしか興味が無いのだよ……」
その結果、ハドラーちゃんはボーイレッグとストラップレスブラしか着用していない状態でカール王国を訪れる羽目になったのであった。
城壁に腰掛けているハドラーちゃんの許へ、外の騒ぎを聞きつけたロカがやって来た。
「モンスター共が何時の間にこんな所まで!?」
それに気付いてハドラーちゃんがロカに声をかける。
「来たな?お前は確か……ロカ……とか言ったか?」
「何者だ!?」
一旦はハドラーちゃんに剣を向けるロカだったが、ハドラーちゃんの姿を見るなり。
「お嬢ちゃん、そんな所にいたら危ないぞ。と言うか、その格好を何とかしてくれ。目のやり場に困る」
ハドラーちゃんは、ロカの言い分も一理あると確信していた。
今の自分の姿は、明らかに元気だけが取り柄の人間の少女にしか見えない。しかも、衣装も威厳を重視したマント姿ではなく、ボーイレッグとストラップレスブラのみの戦場をなめているとしか思えない軽装。とても激戦向きの姿じゃない。
が、ハドラーちゃんはロカの危機管理の無さに危機感を懐いた。自分の姿を棚に上げながら。
「勘が鈍いなぁーお前。よぉーく考えてみろ。人間どもが惜しげも無く蹂躙されている現場に立っているのに傷1つ無い。その時点で怪しいとは思わぬか?」
両肩のスラスターを起動させてゆっくりと浮遊するハドラーちゃん。
「それに……この間、フローラ王女は誰が護っているのだ?」
ハドラーちゃんの指摘に、ロカがハッとする。
「……しまった!みんな城内に戻れ!急ぐんだ!」
「遅いよ」
ハドラーちゃんがフローラ王女がいる階まで上昇すると、フローラ王女に当たらない様に位置を調節しながら極大呪文を準備する。
「じゃ、色々と都合が有るから……派手にカッコつけさせてもらうか!」
「不味い!急げぇー!」
勿論、ハドラーちゃんがロカがフローラ王女がいる階に到着するのを待つ義理は無い。
「|極大閃熱呪文ーーーーー!」
ハドラーちゃんが放った|極大閃熱呪文が壁を突き破り、フローラ王女の左隣りにいた重臣の左頬を掠った。
それを視て、自身の軽率な判断を恥じながらフローラ王女の許へ急ぐロカ。
「くっそおぉー!間に合ってくれよ!」
一方、ハドラーちゃんはフローラ王女と対面していた。
「フローラ姫よ。お前の身柄もらい受けに来てやったぞ。この魔王自らがな。フハハハハ!」
その際、魔法の筒をこそっと投げ捨て、中にいた悪魔の目玉を解き放った。
一方、ハドラーちゃんによるカール王国襲撃などどこ吹く風なミストバーンがバーンにある報告を行っていた。
「申し訳ございません。急がせているのですが、|大魔宮とピラァ・オブ・バーンが未だ完成しておりません」
だが、バーンの言い分はミストバーンの予想とは真逆だった。
「ミストよ、そんなに余を急かすでない」
「は?」
「今回の地上界消滅計画は必ずや成功させねばならん。故に慎重に慎重を重ねて行わなくてはならん。ヴェルザーや|竜の騎士に邪魔されても困るからな」
それを聴いたミストバーンは、|大魔宮の完成が遅れている事を焦った自分を恥じた。
「そこまで丁寧な考えをお持ちでしたか?差し出がましい事を致しました」
そこへ、1匹の悪魔の目玉がやって来た。
「ん?余に何を伝えに来たのだ?」
話をカール王国に戻すと、
「魔王よお前の企みは読めています!魔界の神にささげる生贄というのはただの名目!」
フローラ王女の言い分を聞いたハドラーちゃんが少しだけ不機嫌になった。
「名目?何を証拠にそんな事を?」
「いかなる手段をとっても私を奪い去り、国民に無力を痛感させ、世界征服を早めようというのが真の目的でしょう!」
ハドラーちゃんが少しだけ緊張した。
(ここだ!このフローラ王女の言い分に対する返答を変えれば、世界の歴史は俺が知らない方向へと舵が変わる!大事な場面だ……失敗は……許されない!)
「フッ!所詮は何も知らない箱入り娘に過ぎんと言う訳か?一国の主に祭り上げられているからどんな賢そうな事を言うかと思えば」
フローラ王女にとっては予想外の返答だった。彼女はてっきり国民の心を折る為のパフォーマンスと高を括っていたからだ。
「何!?」
「ならば聞かせてやろう……かつては魔界の神だったボケ老人の話を」
そう言いながら悪魔の目玉をちらっと見るハドラーちゃん。
「その名は『大魔王バーン』。かつては魔界最強の実力者と呼ばれ、その規格外の力から聖母竜マザードラゴンからも神をも優に超える力を持つと言われていたが、最近は太陽崇拝に過剰に現を抜かし過ぎて認知症が致命的に進行してしまってな……最近はこんなボケをかます様になった……『地上界さえなければ、魔界にも太陽の恵みが降り注ぐのに』……とな」
ハドラーちゃんの(大魔王バーンへの)悪意が籠った説明に、フローラ王女もやっと到着したロカ達も絶句した。特にフローラ王女は、唇がブルブルと震え、胃の奥から溢れ出た、悲痛な叫びを抑える様に、無意識に両手を口元に持っていく。
それに対し、ハドラーちゃんは淡々と説明を続ける。
「勿論、俺はそんなボケ老人に仕える心算は無いし、せっかく手に入れた(予定)地上をみすみす消滅させる心算も無い。で、お前達はどっちに仕えたい?俺か?それとも……この地上を消滅させる程致命的に認知症が進行し過ぎたボケ老人か?好きな方を選べ」
それを聞いたミストバーンの背筋は氷の様に冷たくなっていた。
「ミストよ……耳が遠くて聴こえなかったのだが、あの小娘は何と言ったのだ?」
焦るミストバーン。
「バ……|大魔宮とピラァ・オブ・バーンの完成を急がせますので、しばしの御猶予をおぉーーーーー!」
フローラ王女とロカ達は心が折れそうになった。
例え目の前にいるハドラーちゃんを倒しても、更にその先には地上界消滅を目論む大魔王バーンが控えているのだ。
もうどうして良いのか解らなくなってしまっていたのだ。
ロカが落とした剣の音が、まるで心にヒビが入った時の音の様に響き渡った。
その時、軽快な声で割って入る青年の姿が。
「いけませんねぇ。女性を誘うときはもう少し優しく言わなくてはダメですよ」
その声に、その場にいた者達が振り向く。
「アバン!」
「アバン!?」
「アバン……」
周囲に釣られて「アバン」と言ってしまったハドラーちゃんが、慌てて言い直した。
「とは何の事だ?」
(危ない危ない!危うく、初対面じゃない事がバレる所だった!アレは、今の俺にとってはテイク1だと言うのに!)
「貴様も……この城に雇われた傭兵か何かか?だが、来るのが少しばかり早かった様だな?」
ハドラーちゃんが指を鳴らすと、悪魔の目玉がフローラ王女の真上に移動し、その触手をフローラ王女に向ける。
「もう少しだけ待っていれば、お前達の様な下っ端がどう頑張っても拝めない物が観られるぞ」
だが、この後、ハドラーちゃんにとっては予想外の|物が出現した。
(何だアレは!?最初の時は、あんな|物は無かったぞ!)
何と、アバンが悪魔の目玉に銃口を向けたのだ。
(おかしい!この場面は確か―――)
とか考えている内に、アバンが発砲する。
(!?)
すると、発射された砲弾が直ぐに粉々になって悪魔の目玉に降りかかる。しかも、アバンが手にしていた拳銃の銃身も粉々になっていた。
「うーん……この魔弾銃、まだ改良の余地がありますねぇ」
「これは!?俺が知ってる展開と違う!貴様いったい何をしたのだ!?」
すると、フローラ王女を触手の餌食にする筈だった悪魔の目玉が、目測を誤り、今度はハドラーちゃんの真上に移動した。
「今度はこっちにきおった!?何がどうなっているのだ!?」
一方のアバンは、悪戯の種明かしをするみたいに笑う。
「なーに、ちょっと毒蛾の粉をかけてやったんですよ」
ここでロカは、アバンがこの場面に遅れてやって来た理由を理解した。
(そうか!森には毒蛾を探しに行ってたわけか。やるじゃねぇかあんの野郎)
「私が調合した特製の秘薬ですよ。これをかけるとモンスターたちは正気を失って同士討ちを始めるんです」
近くにいた兵士が嫌な予感がしたので外を視て視ると、
「あぁ!?外にいるモンスター達が!?」
「外の連中にもふりかけてやりました。これであなたご自慢のモンスター軍団ももう役に立たないわけですね」
だが、ハドラーちゃんにとってはある意味安堵であった。
「なんだよ。脅かすなよ。結局、俺が知ってる展開通りではないか。って……」
ハドラーちゃんは、ハドラーちゃんを触手の餌食にしようとした悪魔の目玉にビンタを見舞った。
「なるかボケェー!小賢しい猿知恵でこの俺を愚弄しおって!許さんぞ!」
「許さない……」
その途端、アバンの身体から大量の闘気が沸き上がって周囲を驚愕させた。
「ですって?」
(なっ!?アバンのヤツからあんな闘気が!?)
が、ハドラーちゃんは寧ろ懐かしむ。
(結局……お前はそんな奴だったな、アバンよ。守るべきものの存在によって、その強さは際限なく増していく……優し過ぎる男だったなぁー……)
けど、そんな事を長々と思いふけるどころじゃないハドラーちゃん。
(だが……俺も無様な敗北をここでしている場合じゃないのだ!ダイ達の急成長の最初の起爆剤が……アバン!貴様なのだ!)
「許せないのはこっちの方だ!魔王!」
(故に、お前はまだ思い知らねばならん……上には上がいるということをな!)
ハドラーちゃんとアバンが再び対立する。お互いに譲れぬ使命を背負って。
「毒蛾の粉はなかなかのアイデアであったが、それだけではこの俺には届かん。出直して来るが良い」
「戦いは望まん。だが、自らの野望の為に平気で人を傷付けようとする外道を見て黙っていられる程……私はお人好しではない!」
「いや、お前はお人好しだ。その程度の粗末な装備だけでこの俺に戦いを挑もうとしているのだからな」
カッコつけているハドラーちゃんだが、内心は緊張でガッチガチであった。
(絶対に敗けられん過ぎて、2つの心臓がバクバクする!ここで大差をつけられて惨敗してみろ……アバンの奴が修業の旅をしなくなる恐れがある!そのなれば……大魔王バーンとの戦いに大きく響く!)
緊張でガッチガチになりながら、右手から覇者の剣を生やした。
「例えばだ……この剣は何で出来ていると思う?」
ハドラーちゃんが覇者の剣を思いっきり振り下ろして床を斬ると、発生したヒビがアバンの足下を通過して壁まで届いた。
「この剣はオリハルコンで出来ている。お前が今着ている鎧など、一瞬で微塵切りに出来るわ」
だが、アバンは怯むどころか逆にハドラーちゃんを急かす。
「言いたい事はそれだけか?」
「ふっ」
ハドラーちゃんが両肩のスラスターを起動させながら、覇者の剣でアバンに斬りかかった。
(速い!)
今度は2人の戦いを見守る兵士達の心臓がバクバクになった。
両肩のスラスターを起動させたハドラーちゃんの突撃が速過ぎたからだ。もしこれが攻撃であったら……兵士達の頬を冷たい汗が伝う。
1度当たれば首が飛びかねない、覇者の剣の斬撃。
しかし、アバンも然る者。ハドラーちゃんのスピードを逆手に取り、ハドラーちゃんの勢いを上手く使って捌いてゆく。
「凄い……アバンの奴が、あんなにちょこまかすばしっこかったなんて……」
「頑張れアバン!」
そんな中、アバンとハドラーちゃんの戦いを見守るフローラ王女は、昔の事を思い出していた。
(見たことがあるわ。かつてあんなアバンの顔を……)
それは3年前。
フローラ王女が好奇心にかられて1人で城外に遊びに行ったまでは良かったが、
「キャアアア!」
運悪くマンイーターに襲われて食われそうになったが、そこで出逢ったアバンによって救われた。
それを切っ掛けに、フローラ王女はアバンをカール騎士団に推薦した。
が、アバンは「能ある鷹は爪を隠す」を体現するかの如く、雑用や料理に専念して武術の才能が全く無いかの様に振舞った。
「申し訳ありません姫。しかし私も騎士団のはしくれ、有事の際にはすべての力をふるい姫とカールのために戦います」
「解りました。貴方の事は私の胸の内だけに閉まって擱きましょう」
そして……
アバンが本気を出さなければならない有事が何なのかを知る者……大魔王バーンの危険性とアバンの使徒の重要性を良く知る者がカール王国の前に姿を現したのである。
それがハドラーちゃんである。
(その時が、今来たのですねアバン!)
アバンが一瞬の隙をついて、肘打ちと膝蹴りでハドラーちゃんの右手首を挟み潰そうとした。
「ぬ!?」
アバンはそのまま、ハドラーちゃんの右腕にショルダー・アームブリーカー(相手の腕を肩越しに背負うようにして手首を掴み、自分の肩を支点にして勢いよく相手の腕を自分の肩に叩きつける)を見舞おうとする。
「ぬお!?」
アバンがこの技を選んだのは、ハドラーちゃんの覇者の剣を封じる為だ。
しかし、ショルダー・アームブリーカーをもろに受けたハドラーちゃんの両掌には不気味な光の玉があった。
「オリハルコンの恐ろしさを知ってそれを封じるのは構わんが、俺の力はそれだけではないぞ……」
そして、その光の玉はアバンの足下にある床に向けて放たれた。
「|極大爆裂呪文!」
すると、床に命中した光の玉が盛大に爆発し、爆炎がアバンとハドラーちゃんを包んだ。
2人を包んだ爆炎をただ茫然を見つめる一同。
「……アバン……アバーン!」
2人を包む爆炎に向かって駆け出そうとするフローラ王女を必死に制止するロカ。
「いけません!姫様!」
その時、爆炎から足音が響いた。それは、爆炎に包まれた者がまだ生きている証拠だ。
でも、その足音は1人分しか聞こえない。
そう……爆炎から出て来たのは、ハドラーちゃんのみであった。
「この俺の右腕を粉砕骨折寸前まで追い詰めたのは見事だったが、魔王の呪文に比べればまだまだ幼稚だった様だな?」
絶望で顔面蒼白のフローラ王女に馴れ馴れしく話しかけるハドラーちゃん。
「さて……先程の選択の続きを―――」
「|閃熱呪文」
爆炎から放たれた閃光がハドラーちゃんの背中に命中し、その拍子にハドラーちゃんがうつ伏せに倒れてしまった。
(ぐっ!今はまだアバンを殺せないからと威力を下げたが、下げ過ぎて失神には達しなかったと言うのか?)
ハドラーちゃんが再び覇者の剣を起動させながら、爆炎の中にいるアバンに襲い掛かる。
「今はただ寝ていれば良い!上には上がいる事を思い知りながらな!」
が、アバンが待ってましたとばかりに呪文を連発する。
「|火炎呪文」
アバンの|火炎呪文が、ハドラーちゃんの骨折寸前の右腕に響く。
「ぐっ!?」
超魔生物の力で直ぐに完治するとは言え、これはやはり痛い。
その一方、アバンの意外な強さに驚かされてばかりのロカ。
「あいつ呪文を使いやがった!?」
「「|閃熱呪文!」
再び吹き飛ばされる中、ハドラーちゃんは別に意味で焦った。
(確かに、お前はこの時から天才の片鱗を魅せていた……だが!大魔王バーンが相手では、これだけでは絶対に足りんのだ!だから!)
|火炎呪文をマシンガンの様に連発するハドラーちゃん。
「うおぉーーーーー!」
が、アバンはそれを全て避け、ハドラーちゃんの脇腹に回し蹴りを見舞って、フローラ王女とハドラーちゃんの距離を広げた。
「ぐあ!?」
そこへ更に、アバンがダメ押しを放つ。
「トドメだ!|火炎呪文!」
しかし、ハドラーちゃんの覇者の剣がアバンの|火炎呪文を真っ二つにしてしまった。
ハドラーちゃんがふとアバンに声をかける。
「勿体無いとは思わんか?」
当のアバンは、無言で臨戦態勢のままハドラーちゃんを睨み付ける。
「お前ほどの天才が、この様な取るに足らん小さな小国に引き篭もっているなど……|才能の持ち腐れとは思わんか?世界が可哀想とは思わんか?」
でも、アバンは答えずに臨戦態勢のままハドラーちゃんを睨み付ける。
「そこで、俺が手伝ってやろうか?これを食らえば、即安眠熟睡出来て退職願も提出し易くなるぞ!」
ハドラーちゃんの両手に再び不気味な光の玉が現れた。
それを視たアバンの背に、すうっと冷たい波がゆらめきはしった。
(|極大閃熱呪文まで使えるのか!?)
しかも、カール王国側にとって運が悪い事に、ハドラーちゃんが放とうとしている|極大閃熱呪文の射線上にフローラ王女がいるのだ。
(ダメだ!あの呪文を避けたら姫に当たる!)
アバンが大の字になって立つ姿を観て、ハドラーちゃんは昔を懐かしむ様に鼻で笑った。
「フッ、相変わらず優しい奴だなアバン。だが安心するが良い、命までは奪わん。ただ、上には上がいる事を思い知るだけで良い……」
ハドラーちゃんが気合いを入れ直しながら構える。
「熱がれ!|極大閃熱呪―――」
が、ロカの斬撃がハドラーちゃんの右腕を斬り落としてしまう。
「ほぉう……なかなか良い剣の握り方だな。それなら、お前の馬鹿力がちゃんと太刀筋に伝わる。だが……」
一旦はロカを褒めるハドラーちゃんだったが、直ぐに|閃熱呪文を放ってロカを吹き飛ばす。
「判断が遅い!」
吹き飛ばされたロカに駆け寄るアバン。
「ロカ!?」
一方のロカは、激痛に耐えながらしてやったりと言わんばかりの作り笑いを浮かべた。
「へへへ……やってやったぜ。あれであの妙な剣は出来ねぇだろ……」
しかし、今のハドラーちゃんは超魔生物の力で直ぐに斬り落とされた右腕が接着する。
「生憎だが、この程度の傷は直ぐ治る。それに……周りの連中の判断の遅さが、アバン、お前を|孤立にした」
「1人だと?」
それを聞いたアバンの額に青筋が浮かんだ。
「それは、私がロカから何を貰ったのか、知ってて言っているのか?」
「この(斬り落とされた)右腕の事か?これは直ぐにくっつくが、ま、治るまでは左腕のみで戦わなければ……ならんか?」
本当は、ロカのあの行動がアバンの勇気を助長した事をハドラーちゃんは知っている。だが、今はアバンの修行の旅に必要な憎まれ役を演じなければならない為、こういう言い方しか出来ないのだ。
「よくも……よくも私の友を……許さん!」
その途端、アバンはロカが落とした剣を拾って逆手に持った。
(来る!アバンストラッシュが!……だが……)
|強くてニューゲーム《いま》ならハドラーちゃんでも解る。
アバンが今から放つアバンストラッシュは、アバンが生まれて初めて撃つアバンストラッシュである事を。その証拠に、|カール城での初対戦だけ技名を叫ばなかったからだ。
(だとすると……威力は間違い無く……デルムリン島で受けた1発より劣る筈!)
なら、ここで(未完成の)アバンストラッシュを押し返してしまえば、皆がカール王国に引き篭もってる場合じゃないと悟るだろう。
だが、アバンにへし折られかけた上にロカに斬り落とされた右腕はまだ本調子ではない。つまり、|閃熱呪文だけでアバンストラッシュを押し返さねばならないのだ。
(だがやるしかない!アバン!貴様がバーンに対抗する者達の希望なのだ!)
「|閃熱呪文!」
「うおぉーーーーー!」
やっぱり……ハドラーちゃんの予想通り、未完成版アバンストラッシュが|閃熱呪文を押し返してハドラーちゃんに直撃する。そして、閃光の中に消えたハドラーちゃんを観て歓喜するカール王国の兵士達。
「やったぞ!アバンが魔王を倒した!」
「やった……ヘヘッ」
だが、周囲の歓喜に反して、アバンは臨戦態勢のままだった。
「いや……魔王はまだ生きています」
「えっ!?」
そう言うと、アバンが無造作に置かれている左腕を指差した。
そう、ハドラーちゃんは|閃熱呪文が未完成版アバンストラッシュに敗けたと悟った途端、僅かに動く様になった右腕に覇者の剣を生やして自分の左腕をわざと斬り落としたのだ。
「ヤツが本当に死んだのならこの手も灰と化すはず。まだ生きてる証拠です」
「フハハハ!よく見抜いたな。今日のところはまず引いといてやろう。だがあのくらいの力では俺は倒せん。絶対にな!フハハハハ!」
ハドラーちゃんの左腕は、即刻アバンの|火炎呪文で焼却処分された。
(たしかに……今の私の力ではあの魔王には勝てない……)
未完成版アバンストラッシュの中に隠れる形でカール王国を去ったハドラーちゃんが、アバンに伝えたい事を独白する。
(アバンよ、これが始まりなのだ。俺との戦い。大魔王バーンとの戦い。そして……地上消滅を阻止する為の戦いのな……)
そして、ハドラーちゃんは祈る。|カール城での初対戦が、アバンの修業の旅の後押しになる事を。
第3話
|2周目における勇者アバンとの最初の戦いを終えたハドラーちゃんは、その足でヨミカイン遺跡の魔導図書館に向かう。その目的は、大魔王バーンに通用する呪文を手に入れる為である。
今使える呪文はバーンには全く通用しない。
ハドラーちゃんがそう思える最大の理由が、|1周目バーンから貰った|極大閃熱呪文の存在である。
悪く言うと、ハドラーはバーンに出会うまで|極大閃熱呪文が使用出来なかったと言う事になる。
更に言えば、そんな極大呪文をポンポン部下にくれてやれるバーンの底無しと言っても良い底力の空恐ろしさを思い知らされる。
(どう考えたって……バーンからの貰い物がバーンに通用するとは思えん。となれば、それを超える呪文を身に着ける必要が有るのは必定だ!)
なのだが、魔導図書館に着いてしばらくして、ハドラーちゃんが不機嫌になる出来事が2つほどやって来てしまった。
1つ目は、ハドラーちゃんの現在の衣装。
魔族の力と超魔生物の力の両方が使えるのは好都合だし、ダイにへし折られた覇者の剣も元通りなのはありがたい。けど、何故か弱い小娘の姿で復活させられているのだ。
そのせいで、外見的な威厳や貫禄が完全に失われ、魔王軍の中でもヒュンケルと同じくらい浮いた|外見になってしまった。無論、外見だけでは魅力や実力は計りきれないのも事実だし、外見でとやかく言う奴など名声や成果などで黙らせれば良いと言われればそれまでであるのだが。
それでも、魔王軍の頂点である以上、魔王の威厳を大事にするのがハドラーちゃんの筋であり意地なのである。
と言う訳で、豪勢な衣装で小娘の様な外見を誤魔化さなければならないのだが、どう言う訳か魔軍司令時代のハドラーがバーンにされた仕打ちを思い出させる忌々しいマントまで無傷でハドラーちゃんの手元に戻っていたのだ。
魔軍司令時代の時はノリノリで着用していたあのマント。その重厚なデザインになった本当の理由は、ハドラーの胸元に内蔵された黒の|核晶と呼ばれる最凶の極大爆弾を隠蔽する事。
そんな事とは露知らずに着用していたのだから、あの時のハドラーは正にピエロである。
それを、バーンを裏切ってハドラーの敵となったバランに教えられた時は、ダイやバランとの決闘を邪魔された怒りと、バーンに捨て駒扱いされた悲しみと、なに1つ自由が無かった己の立場への悔しさが入り混じり、大人げ無く絶叫しながら泣き崩れたハドラー。
故に、ハドラーちゃんにとって魔軍司令時代のマントは、この世から完全に消し去りたい黒歴史以外の何者でもないのである。
因みに、バーンの側近中の側近である筈のミストバーンもその事実を知らなかったのだが、ハドラーの胸元に内蔵された黒の|核晶を起爆させたのがミストバーンだった為、ハドラーちゃんがこの事実を知る術は無い。
が、先ほど言った通り、今のハドラーちゃんの外見はか弱い少女そのもの。だから、黒歴史でしかない魔軍司令時代のマントを嫌々ながら渋々着用しているのである。魔王としての外見的な威厳と貫禄を守る為に。
因みに、ハドラーちゃんは今でも胸元に黒の|核晶が埋め込まれていないか常に念入りに確認し、その度に安堵するのであった。
そしてもう1つは、死の大地の調査に向かわせたガーゴイル達の報告が、ハドラーちゃんの予想とは大きくかけ離れていた事に起因する。
「穴を掘っている?」
「はい。海底から死の大地に穴を掘っているのです」
ガンガディアは意図が判らなかった。
「その様な事をして、何か意味があるのかね?」
その質問に対し、ハドラーちゃんがガーゴイルに質問する形で返した。
「その穴に何かを持ち込む様子は無かったか?」
それを聞いたガンガディアが漸く合点がいった感じとなった。
「なるほど。つまり、その穴の奥が大魔王バーンが地上を消滅させる為の重要な場所となる訳ですね?」
それを聞いたガーゴイル達がマジで青くなった。
「えっ……」
呆れるガンガディア。
「まさかと思うが……そこまで調査せずに引き返したのかね?」
みるみる小さくなっていくガーゴイル達。
「いや……あの……」
どんどん底無し沼にはまっていくかの様に墓穴を掘るガーゴイル達……とは別の意味で青くなっている者がいた。
ハドラーちゃん自身である。
(海底から穴を掘っていると言う事は、そこがいずれ魔宮の門となる場所。そこに穴だけがある……まさか!?)
「もうよいガンガディア」
「は?ですが、部下のたるみを修正しておきませんと―――」
「言わんとしている事は解るが、まだ|大魔宮が完成していない時点で、死の大地の調査はこれで終わりだ」
「……よろしいのですか?」
ハドラーちゃんが残念そうに答えた。
「……ああ。今死の大地に行ったところで、出来る事は|大魔宮建城の足を引っ張るだけ。バーンに逢える可能性が極めて低い」
「つまり、奇襲する意味が無いと?」
ハドラーちゃんが残念そうに首を縦に振る。
|大魔宮は、死の大地の地下に隠されていた大魔王バーンの最重要拠点。地上消滅計画遂行時のバーンの居城にして地上界消滅作戦の要でもある。
そもそも、現在のハドラーちゃんはバーンの現在地を知らない。確かに悪魔の目玉を使ってフローラ王女とのやり取りをバーンに魅せ付けたが、それだって悪魔の目玉同士のテレパシーの様なモノを利用したに過ぎない。
だからこそハドラーちゃんは死の大地の地下にある|大魔宮に賭けたのだ。
が、その賭けは空振りに終わった様だ。
どうやら、バーンは納期度外視で|大魔宮やピラァ・オブ・バーンの機能美や性能美を追求している様である。地上を完全確実に消滅させる為に。
(いきなり出鼻を挫かれる形になったな。ま、この点は俺がバーンの本気を診誤ったにも非が有るがな)
その結果、ハドラーちゃんはプランBに全振りする覚悟を決めた。
それは、アバンの使徒やアバン自身にちょくちょくちょっかいを出して彼らの成長を促しつつ、バーンの配下達をじわじわと嬲り殺し、最終的にはバーンをハドラーちゃんの眼前に引き釣り出すのである。
だからこそ、今回の様に死の大地の調査が空振りになった時の為に、あえて勇者アバンの旅立ちの切っ掛けであるフローラ王女誘拐未遂事件を起こしたのだ。
ハドラーちゃんにとっては、そのプランBの方が気晴らしの心算だったが……
(こんな遠大な計画の方に全力を注がねばならなくなるとはな……永い戦いになりそうだ……)
更にしばらくして、悪魔の目玉からキギロがアバンと交戦したとの報告が入った。
「ま、今回は上手く逃げられちゃいましたが、また向かってる来る事が有れば……よろしいですね?ハドラー様お気に入りのアバンの頸を斬ってしまっても」
それに対し、ハドラーちゃんは鼻で笑いながら了承した。
「だとすればそこまで。アバンは俺の遊び相手に成れる器ではなかった……それだけの話だ。好きにしろ」
「ハァイ!では、失礼!」
悪魔の目玉の報告が終わった途端、ハドラーちゃんが腹を抱えて大笑いした。
「クックックッ!観たかガンガディア」
「キギロの顔が、不自然に半分しか映ってませんでしたな」
「|キギロ《やつ》の強がり、なかなかに笑えたぞ……ここまで来い、アバン!」
一方、既に敗走を隠す為の嘘がバレている事に気付かないキギロが悪魔の目玉に八つ当たりをする。
「このチクリ魔共め!ボクが気付くのにもう少し遅れていたら……」
対して、キギロに理不尽に殴られた悪魔の目玉が逃げ出した。ただ真面目に現状報告をしていただけだと言うのに……
「ハドラー様にこの醜いお姿を御見せするところだったじゃないか!」
その後、空と|地面を確認したキギロは、わざと仰向けに倒れた。
「だが、今は夜だ。よーしよし、ボクはまだツイてる!」
ハドラーちゃんがキギロに与えた使命。
それは、超巨大なマンイーターを使ったモンスター群の凶暴化。
地中に潜む巨大マンイーターが日中は地底で魔力を蓄え、夜間になると森中に張り巡らせた無数の根を使ってモンスター達に魔力を分け与える。そうする事でモンスター達は急激に力が増し、極端に大きくなる個体を発生させ易くするのだ。
そんなキギロの最後の切り札を遂にきろうとしているのである。
話をヨミカイン遺跡の魔導図書館に戻すと、ハドラーちゃんは1冊の本に夢中になって行った。
「良い……良いぞこの場所!素晴らしい!」
その本とは、「破邪の洞窟調査資料 途中経過」である。
「地上の神が人間どもに破邪の力を与える為に造った大試練!未だ完走者0の底無し巨大ダンジョン!階数が増えれば増える程困難になる攻略!1階に1つ用意された呪文習得所!これだ!これこそ、俺がバーンの頸を斬る為に手に入れるべき力だ!」
正に、夢見る乙女の様に目を輝かせるハドラーちゃん。だが、「破邪の洞窟調査資料 途中経過」から教わった術には1つ問題があった。
「ただ……その破邪の洞窟がある場所がカール王国の領土内とは……まあ、カール王国もいずれは陥落させる心算だが、それまでは、大人数で破邪の洞窟の調査を行うのは……難しそうだな……」
そして、冷静になったハドラーちゃんがキギロの嘘報告の内容を思い出した。
「あ。そろそろ|アレ《・・》を回収してやる時間だったな……しにがみ!」
ハドラーちゃんに呼ばれたしにがみ達がハドラーちゃんの眼前に集まる。
そして、ハドラーちゃんの命を受けて何処かへと飛び去って往った。
「もし……キギロが俺の知ってる通りの運命を|また《・・》辿るのであれば、こちらも考えておけねばな……」
数日後……
1体のさまようヨロイが地底魔城の片隅に向かって歩いていた。その手にはジョウロが握り締められていた。
そして、1本の幼木を発見し、その周りの床に水をかけて濡らし始め―――
「オォイ!この空っぽ野郎!水をかけるならちゃんとボクにかけろ!周りの岩ばっか濡らしてどうするんだよぉ!」
そう、結局アバンに敗れたキギロは、習得したての大地斬をもろに受けた直後、自身の体内に種子を作ってそこに自分の自我と記憶を遷し、それをしにがみ達に回収させる形で地底魔城に逃げたのである。
だが、何故かさまようヨロイがしにがみ達を叩きのめし、キギロの種子を奪って地底魔城の片隅に埋めてしまったのだ。
「それと、ボクを植える場所を変えろ!こんな薄暗い所に植えるな!」
それに対し、さまようヨロイの答えはこうだ。
「そんなに太陽が恋しいかね?」
「当たり前だろ!植物は陽の光を浴びて育つのだ!そのくらい解れ空っぽ!」
さまようヨロイの目が怪しく光る。
「なら……その光を阻む物を壊したいとは思わんかね?邪魔だとは思わんのかね?」
キギロは、正体不明の異様な不気味さを感じて背中を冷たくした。
「な……何を言ってるんだ?おまえ……」
その時、キギロはハドラーちゃんが言ったバーンへの愚痴を思い出した。
「あの太陽至上主義のボケ老人がいる限り、地上が俺の物になった事実は誰も認めんであろうな……全く、忌々しいボケ老人だよ」
その途端、キギロは嫌な予感がした。
「まさか……その声は……」
だが、キギロの嫌な予感に反して、さまようヨロイはこの場を離れた。ジョウロを握りしめたまま。
「あー!?帰るな!戻って来い空っぽぉー!」
1人地底魔城の片隅に残されたキギロは、1人寂しく愚痴をこぼす。
「大魔王バーンめ、良い趣味してるよ。ボクがちょっとしくじっただけで、こんな薄暗い所に植えちゃってさぁ」
そしてそれは、キギロにアバンへのリベンジを決意させるだけの屈辱となった。
「見てろよぉ!大魔王バーンに勇者アバンめぇー!」
ただし、例えさまようヨロイに種子を奪われる事が無くとも、どの道殺風景な場所に植えられる運命であった。
「野菜を育てる過程であえて水を抜いたり過酷な環境下に置いてストレスをかけると、野菜自身がその場に適応しようと果実の中に糖分や栄養を蓄え、結果的に果実が美味しくなる……らしいのだ」
「それをキギロで試すとは、名誉欲が強いキギロには堪える罰ですな」
「この屈辱が、キギロを更に強大にしてくれる……かもな」
そしてそれは、ハドラーちゃんに新たなる決意を固めさせる事にも繋がった。
(ならば……アバンやキギロだけでなく、この俺自身にも適度なストレスを与えて視るとするか。この……)
ハドラーちゃんが「破邪の洞窟調査資料 途中経過」をチラッと見る。
(破邪の洞窟を使って)
その頃、魔界では複数のドラキーがとある豪邸を覗き見していた。
本来ならこの様な絢爛豪華な豪邸を建てるに適さないのが魔界の特徴であって、そこに豪邸を建てると言う事は相当な実力者と言える。
その実力者の豪邸を覗き見するのだから、このドラキー達もかなり剛勇であり、同時に無謀者である。
が、そんな盗人らしからぬ勇気を買われたのか、ドラキー達はなんのお咎めも無く、とある洞窟に吸い込まれていった。
そのドラキー達が入って行った洞窟の奥で、1人の男が勝ち誇った笑みを浮かべた……
第4話
地上に暮らす人間達は、ある事実を知らないでいた……それは、地上支配を目論む侵略者の実際の数である。
つまり、ハドラーやバーンの様な歴史の表舞台に到達した侵略者は、実際はほんの一握りに過ぎないと言う事である。
戦いの中で力尽きる、不慮の事故に遭う、戦力が思った程集まらない、悪運が尽きるなど、様々な理由によって地上侵略を諦める事を余儀なくされ、侵略者から侵略未遂者へと降格して表舞台に辿り着く前に全てが終わってしまう事も珍しくないのだ。大魔王バーンと魔界を二分する実力者である筈の冥竜王ヴェルザーですら、現時点で現存する|竜の騎士バランに目を付けられてしまい、未だに歴史の表舞台に達しない有様である。
魔界某所の洞窟で複数のドラキーを従えるこの男もまた、そんな侵略未遂者止まりの男である。だが、それはあくまで|1周目までの話であり、ハドラーちゃんがカール王国に大魔王バーンの存在と野望を暴露した影響によって、この野望多き男の命運も変わり始めていたのだ。
「……そうか……7か所まで絞れたか……」
どうやら、この男もハドラーちゃん同様、大魔王バーンの居場所を探している様子である。だが、
「この私に大魔王バーンの存在を教えてくれた功績は評価するが、使い方を間違えている様ではまだまだ知略無き愚かな小娘だな」
バーンを探す理由はハドラーちゃんと真逆であった。
「こういう強大な後ろ盾をどう巧く利用出来るか、それが真の知恵者の戦いよ」
どうやらこの男、ハドラーちゃんと同様に地上消滅計画に対するバーンの本気度を診誤った様である。
だからこそ、この男はバーンを倒すべき仇敵ではなく、膨大過ぎる利用価値を有する後ろ盾として利用すると言う考えに至ってしまったのである。
「これで決まりだハドラー……地上は遂に私の物になると約束されたのだ」
何も知らぬまま、この男の野望が動き出す。|2周目こそ、侵略未遂者止まりで終わらぬ様に。
「では……私のスケジュールの作り直しを始めるか……私がバーンに謁見する為に……」
その頃ハドラーちゃんは、
「……ウ……グッハァ!またしてもザボエラの顔が浮かびやがった!俺はただ、サババでの再戦までの俺の足取りを思い出そうとしただけなのに!」
自分のスケジュールの構造に悩んでいた。
ヨミカイン魔導図書館で破邪の洞窟の存在を知ったハドラーちゃんは、サババでの再戦を終えてから破邪の洞窟の攻略を始めようと地底魔城に戻ったのだが、サババでの再戦までの間に|1周目の自分が何をしていたのかを思い出そうとしたのだが……
「……ウ……グッハァ!またザボエラが出て来おった!」
|1周目のサババでの再戦までのハドラーの行動を思い出そうとする度に、ザボエラの顔が脳裏に浮かんでしまうのだ。
今のハドラーちゃんにとって、ザボエラは文字通り顔も見たくない裏切り者であった。
|1周目では同じ魔王軍のメンバーとして、ハドラーと共にアバンやダイ達と戦った戦友であったザボエラ。
優秀な策士、強大な魔力、超魔生物の開発、最期まで大魔王バーンに反旗を翻さなかったなど、褒められる点が無いとは言い難いものの、マイナス点がプラス点を大きく上回ってるのが難点過ぎた。特に性格面の成長の遅さと人脈面の飽きっぽさは目を覆いたくなる程で、陰口・悪口の様なあだ名が多いのも特徴(欠点)である。
かく言うハドラーもザボエラに裏切られて見捨てられ、抜け駆けまでされ、結果的にザボエラの復権の為の踏み台にされた。しかも、運悪くザボエラ復権の為の踏み台にされた日が、ハドラーの手でバーンを殺せる最大のチャンスであった。
そんなザボエラを1周目の時は殺せなかったハドラー。その理由は、超魔生物化に大きく貢献した事とザボエラの息子ザムザの死を悼んでの事。だが、今のハドラーちゃんにザボエラから受けた恩に報いる気持ちは一欠けらも残っていなかった。
その後、過去を振り返る度に憎きザボエラを思い出すを繰り返したハドラーちゃんは、1つの悲しい結論に至ってしまった。
「それってつまり……アバン達が必死に修行の旅をしている間、俺は地底魔城で暢気に踏ん反り返っていただけだと言うのか!?」
そう思った途端、|1周目の自分の情けなさに罪悪感を懐き、アバンに謝意の品を送りたくなった。
(今のアバンが最も欲しい物は俺の頸だろうが、俺がバーンの頸を狙っている内は無理だ。かと言って、アバンが何を貰ったら喜ぶのかを知らん……どうしたものか?)
だが、悩みながら無意識で行った行為が、ハドラーちゃんに1つの答えを与えた。
(ん?……これだ!)
思い立ったが吉日とばかりにロモス王国に急行するハドラーちゃん。
目の前に現れたハドラーちゃんに驚きつつも虚勢の叫びをあげるシナナ国王。
「貴様ぁー!わしの国に何をする気だぁー!?」
そんなシナナ国王の虚勢を観たハドラーちゃんは、ザボエラへの猜疑心を更に大きく膨らませた。
(フローラ王女といいこのチビデブといい、指導者にとって王族の責務から逃げる事は恥だと言うのか……たく、ザボエラにもこれ程の根性が有れば)
だからと言って、シナナ国王の爪の垢を煎じてザボエラに飲ませても意味は無いし、サババでの再戦に遅刻する訳にもいかない。
それに、今日ロモス王国に来た理由は、ロモス王国を陥落させる訳でもなければ、ザボエラに嫌がらせをする為でもない。
「王の心が折れた時点で国の負けと言う訳か?だが、臣民無き国を国と呼んで良いと思うか?」
そんなハドラーちゃんの言葉が、シナナ国王の警戒心を更に煽った。
「何が言いたいんだ、貴様?」
その途端、ハドラーちゃんは聖母の様な微笑みを浮かべながら訊ねた。
「覇者の剣とこの国の国民全員の命、どっちを残して欲しい?」
「へっ?」
シナナ国王は目が点になった。
ハドラーちゃんの予想通り、ロモス王国に覇者の剣が保管されていた。ハドラーちゃんの右腕に内蔵されている筈の覇者の剣がである。
これこそ、俗に言う『強くてニューゲーム』の妙である。
つまり、ハドラーちゃんが|1周目から覇者の剣を持ち出した事で、|2周目には覇者の剣が2本もある状態になってしまったのだ。
そして、図らずも2本に増えた覇者の剣を持ってハドラーちゃんが向かったのは、かつて魔界最高の武器職人だった男が地上で暮らす時に使っている小屋。
「貴様がロン・ベルクだな?」
「……」
「この剣の砥ぎ直しを依頼したい。この剣はオリハルコンで出来―――」
「帰れ。俺はもう2度と気合いを入れて武器を作る事は無い」
あからさまな拒絶反応に少しだけ引くハドラーちゃん。
「オリハルコンで作られた剣でも駄目なのか?」
「俺の興味は、自分の作った武器がどれだけの威力を発揮してくれるかだけだ。ところがどうだ?最近はろくな使い手がいない。どんな強力な武器も持ち主がバカじゃ飾りみたいなもんよ。その辺に転がっている剣、飲み代稼ぎに作った物だが並みよりはマシだ。くれてやるから持って帰れ」
短気な客なら、この段階で既にロンと取っ組み合いの喧嘩を始めている頃だろうが、事前にロンが頑固な職人気質だと聞いていたハドラーちゃんは、そう簡単にロンの首を縦に振らせる心算は無かった。
故に、ハドラーちゃんの暴力の犠牲者はロンではなく……
「この俺を殺そうとしている輩にくれてやる武器を、こんな酒の肴にすらならぬ駄作で済ませよとは、舐められたものだな!」
ハドラーちゃんはそう言うと、部屋に有る剣を次々と叩き壊した。
「こんな気合いの1画目すら無い駄作で俺の頚を斬ろうとは、笑止!片腹痛いわ!」
少しだけ暴れたハドラーちゃんは、この小屋に入る直前に小屋から出て来た先客の存在を思い出し、大急ぎでその先客を連れ戻した。
「貴様も貴様だ!ここまで馬鹿にされ、駄作の引き取りを強要され、おめおめ逃げ帰るとは、貴様はそれでも戦闘に身を置く者か!?」
「何なんだアンタ!?何様の心算だ!?」
剣身を素手で握り潰すハドラーちゃんを見て怯える先客に反し、ロンは酒を飲みながら無言を貫いた。
「ピエェーーー!?普通逆だろぉー!」
「……」
ここまで|侮辱も乗って来ないロンに対し、ハドラーちゃんはトドメの一言を口にする。
「そんな事だからロン、何時まで経っても貴様は真魔剛竜剣に勝てんのだ」
ピク。
ハドラーちゃんは、ロンの瞼が一瞬だけ微動したのを見逃さなかった。
(やはりな。どんなに頑固で人見知りな堅物であろうと、職人の意地が残ってる内は、作品を侮辱していれはそのうち食い付て来るさ)
「ま、真魔剛竜剣如きに負けを認めるのであれば、貴様もそこまで。俺の遊び相手に成れる器では亡かったと言う事だ。ハハハハハハハハ!」
無言を貫きつつ不満の表情を浮かべるロンを視て脈ありだと判断したハドラーちゃんは、
「デルパ」
魔法の筒に隠していた悪魔の目玉を取り出した。
「取り敢えずこいつを置いて行く。『送り先である勇者アバンの事が全く解りませんから出来ませんでした』などと言われない様にな」
言いたい事を言い切ったハドラーちゃんは、怯えて小さくなっている先客を引っ張りながら、ロンが暮らす小屋を後にした。
「貴様もさっさと帰れ。こんな気合い不足な職人擬きに時間を費やしていたら、それこそ文字通りの時間の無駄だ」
「何なんだお前?ヒッ!?来るな化物!助けてくれえぇーーーーー!殺されるウゥーーーーー!」
「五月蠅い黙れ!本当に殺すぞ!?」
何の前触れも無く現れ、台風の様に|侮辱、覇者の剣1本と悪魔の目玉1匹を置き去りにしながら風の様に去って行ったハドラーちゃんを、ただ無言で見送るロン・ベルク。
ロン・ベルクへの挑発を終えて地底魔城に戻ろうとしたハドラーちゃんだったが……
「……フッ、やっとか?これ以上黙殺され続けられたら、俺は完全に泣き崩れる所だったぞ……」
気付いた時にはもう……巨大な鎌がハドラーちゃんの頚に突き付けられていた。
「死神」
ハドラーちゃんの背後にいきなり現れたキルバーンとピロロ。
「聞いたよ?君はバーン様の事をボケ老人と罵ったそうじゃないかぁ」
「いーけないんだいけないんだー♪バーン様に怒られるー♪」
だが、この程度では今のハドラーちゃんは動じない。
「寧ろ光栄だよ。大魔王バーン様に不忠を働きし愚か者を処刑するのが仕事である暗殺者を送り込むと言う事は、この俺も大魔王バーン様にそれなりに警戒されていると言う証拠なのだろ?」
それを聞いて感心するキルバーン。
「なかなか度胸があるね君。ボクはそう言うのをゆっくり……」
キルバーンがハドラーちゃんを脅す様に耳元に口を近づける。
「じわじわと壊すのが大好きなんだ」
でも、やはりハドラーちゃんは動じない。
「だが断る。そう何度もつまらん邪魔はさせんぞ……死神!」
(また?)
ハドラーちゃんの言った『また』の意味が解らず困惑するキルバーンとピロロだったが、そんな動揺を隠しながら虚勢の笑い声をあげるキルバーン。
「ふ?ふふ?フフフフフ」
第5話
ロン・ベルクへの挑発を終えたハドラーちゃんは、図らずもキルバーンと対峙していた。
だが、一見するとハドラーちゃんの方が追い詰められている様にしか見えず、後は綱引きの要領で巨大な鎌を引っ張るだけでハドラーちゃんの頸を斬り落とせそうである。
しかし……
「ボクが君を殺す前に1つだけ訊きたい」
「……なんだ?」
「君がさっき言った『また』ってどう言う意味だい?」
それを聞いたハドラーちゃんは、何も答えるクスッと笑うだけだった。
そう、あのキルバーンですら俗に言う『強くてニューゲーム』の妙に引っ掛かったのだ。
「答えは無しか?よほどの自信がある様だが、高くつくよそういう態度は。いくらすごい呪文を持っていても、この状況をどうにか出来るとは思えないけどねェ」
対して、ハドラーちゃんは自信満々だった。
「試して視るか?」
「あ、そう。それ……あれ?鎌が……死神の笛が動かない!?」
キルバーンは驚いているがなんて事は無い。
ハドラーちゃんがただ鎌の柄を握っているだけである。
「おいおい(笑)、こんな小娘の細腕1本如きに何が出来る(笑)?」
「ほほう。見た目に反して腕力にはかなりの自信が有る様だね!?だが、敵に背を向けているのは君の方である事には変わりはないよ」
ハドラーちゃんが再びクスッと笑った。
「ほう。そんなに俺の逃げる背中が見飽きた言うのであれば―――」
(まただ!こいつ、初対面のボクに向かってまた『また』を使った!?)
体をクルッと回転させてキルバーンの方を向くハドラーちゃん。
「だったら、俺の欲の皮が突っ張た顔を……」
ここで一旦自分の台詞を止めるハドラーちゃん。俗に言う『強くてニューゲーム』の妙を利用する為に言い方を変える為だ。
「またまた拝ませてやる!|1周目の様にな!」
「!?」
が、ここでハドラーちゃんに少しだけ迷いが生まれた。
(とは言ったモノの……バランの証言が全て正しいと仮定するなら、キルバーンに対して覇者の剣を使用するのは禁忌の筈。何で攻撃したら良い?)
2人共、何だかんだで固まってしまったが、先に動いたのはハドラーちゃんの方だった。
(多分牽制にすらならんが……取り敢えずこれで!)
キルバーンに|地獄の爪を打ち込んで仰向けに倒した。
「ウ……ガァッ!オ……アアアッ……」
だが、ハドラーちゃんは勝ち名乗りをあげない。それどころか、
「猿芝居は辞めろ死神……立て!」
その途端、キルバーンがすくっと起き上がった。
「本当につまらない女の子だね君は。ボクの渾身の死んだフリをこうも早く見抜くなんて」
「ほんとだよねー。もうちょっと驚いたって良いのに」
それを見てニヤリと笑うハドラーちゃん。
「フッ。生憎、貴様の復活を見たのは、これが初めてではないのでな」
|1周目キルバーンから受けた仕打ちを思い出しながらキルバーンに向かって歩くハドラーちゃん。
死の大地でのダイやバランとの戦いの時は、バランがキルバーンの予測不可能な嫌がらせに引っ掛かったせいで真魔剛竜剣の切れ味が悪化。更に、バーンがハドラーの胸元に埋め込んだ黒の|核晶の存在もあってか、最悪な意味でバランを本気を出せない状態にまで追い詰めてしまい、ハドラーにとっても罪悪感を伴う不完全燃焼で不本意な結果になってしまった。
この事が、ハドラーがバーンを裏切る決意を固める切っ掛けとなった。
|大魔宮でのダイとの最期の戦いの時も、もうこのままダイのギガストラッシュに敗れたで良いじゃんと思った矢先にキルバーンが|◇の9《ダイヤ・ナイン》を発動させてダイをハドラーごと焼き殺そうとし、そんなダイを救出しようとしたポップが換わりに死の淵を彷徨う羽目になった。
もしあの時にアバンが乱入してくれなかったら、ポップを巻き添えにしながら死ぬと言うこれまた不本意な結果で終わっていたのかもしれない。そう言う意味では、ある意味人間の神の粋に救われたと言えるのかもしれない。
故に、ハドラーちゃんはバーンやザボエラと同じくらいキルバーンの事が大嫌いであった。
「そう言えば、先程の質問の答えがまだだったな?」
「!?」
「質問の内容は確か……何で俺が貴様に向かって『何度も』を使ったのか?だったか?」
「!?」
キルバーンもピロロも完全に俗に言う『強くてニューゲーム』の妙に完全に振り回されていた。
「質問に質問で返すのは無礼の極みだがあえて訊こう。何故、その様な人違いの様な台詞にいちいち反応する?何か……隠し事でもあるのか?」
「黙れ!」
ハドラーがキルバーンを翻弄すると言う|1周目だったら絶対に有り得ない光景に苦笑するハドラーちゃん。
(あの死神が、俺如きの台詞に完全に動揺している……これでますます、あの頃の俺が何故魔王を名乗れたのかが、更に解らなくなったな……)
「例えば……俺が何故覇者の剣を使わなかったのか?」
「!?」
「それは……貴様の体に流れている血液は魔界のマグマと同じ成分で、温度は超高熱そして強い酸を含んでいる……だったか?」
「何故それを!?何時知った!?」
(おいおい。とうとう不要な深読みまで始めちゃったよキルバーンの奴……)
(何なんだこいつ!?どこまでボクの事を知ってるんだ!?)
無論、憎きキルバーンが泥沼から這い上がるのを待つ義理は無い。
ハドラーちゃんは、意を決して両腕から|地獄の爪を生やした。
「キルバーン、貴様相手に呪文は禁忌……なのだろ?なら、こいつだけで相手をしてやる」
呪文を使用しないと豪語したハドラーちゃんに驚くキルバーンとピロロ。
「何!?」
ハドラーちゃんが|地獄の爪だけでキルバーンと戦うと宣言したのは、確かにキルバーンの血で覇者の剣を汚したくないのとキルバーンがはまっている泥沼を利用したいと言う卑劣な下心も有るが、1番の理由は最後までバランの前で正々堂々をしてやる事が出来なかった事への罪悪感である。例え意図的であろうと不本意な物であろうと。
バランがバーンの誘いに乗ってハドラーの部下になった時はダイの正体が|竜の騎士である事を保身的な理由でひた隠しにし、バランがバーンを裏切ってダイと共に死の大地に乗り込んで来た時は、先程述べた通りのバランが理不尽な程不利過ぎる戦いに知らず知らずの内に陥れてしまった。
結局、バランはハドラーに対して1度も呪文を浴びせた事は無かった。ならば、ハドラーちゃんが呪文を一切使わずに|地獄の爪だけでキルバーンを倒してもバチが当たらない筈だと。
対するキルバーンとピロロは、更に『強くてニューゲーム』の妙に完全に振り回されて不要な深読みに溺れた。
とある理由から、キルバーン相手に派手な呪文を使用するのは本当に禁忌だったのだ。
実際はその事をハドラーちゃんは知らない。だが、ハドラーちゃんが言い放った憶測のブラフがまさかの的中だった為、キルバーンとピロロは更に混乱してしまったのだ。
(そこまで知っているのか!?何て奴なんだ!?)
バランに対して正々堂々をしてやれなかった報いと言う清い罰とキルバーンが陥ってる混乱を悪用する邪な策、両極端な2つの理由によって|地獄の爪のみでキルバーンと戦うハドラーちゃん。
「来い!キルバーン!」
一方のキルバーンとピロロも、これ以上ハドラーちゃんの口を開ける訳にはいかないと言う焦りからか、ファントムレイザーで早々にハドラーちゃんの頸を斬ろうとする。
「遠慮無く」
だが、そんな2人の戦いは、2人にとっては意外過ぎる声色によって阻まれた。
「お待ちください。ハドラー様」
この声色は、正にミストバーン。
まさかこの場で聞こうとは。そう思いハドラーちゃんもキルバーンも声のした方向を向く。特にハドラーちゃんは、1周目での魔族を辞めて超魔生物に成る途中からミストバーンに奇妙な思い入れがあった。
だがそれも、バーンが仕組んだ黒の|核晶によって無効となったが。
で、実際にいたのはさまようヨロイであった。
ハドラーちゃんは、一呼吸おいて冷静になってから冷ややかに苦言を呈した。
「一介の下っ端が魔王の決闘に水を差すとは、事と次第によってはタダでは済まんぞ?」
それに対し、さまようヨロイが即座に反論する。
「その様な場所で道草を食ってる場合ではございません」
それを聞いたハドラーちゃんが少しだけ青くなった。
(しまったぁー!バーンの目論みとそれに伴う地上側の被害ばかり気にして、キルバーンの危険性まで伝えておらんかったわ!)
「貴様は気付かんのか?俺の目の前にいる死神がどれ程危険なのかを」
しかし、さまようヨロイは意にかえさずに近況報告を行うのみであった。
「それどころではありません。オトギリ姫が、何者かに殺害されました」
「は?」
ハドラーちゃんにとっては別段驚く事ではなかった。寧ろ、目の前のキルバーンとピロロの方が何百倍も危険だとしか思えなかった。
「あー、おとぎりひめね。たしかぁー……んー……誰だっけ?」
さまようヨロイがコケそうになりながら説明する。
「地上の海に拠点を置いて独自の勢力を築こうとしている!」
そう説明されても、やはりピーンとこないハドラーちゃん。
「独自の勢力?後から来て俺の上前はねる気か?いい度胸じゃないか」
とは言ってみたものの、やはりハドラーちゃんはピーンとこない。
やはり1周目で超魔生物や親衛騎団ですら苦戦する程の強敵を沢山見てきた影響なのか、ハドラーちゃんはこの段階で既に脱落する侵略未遂者の怖さが判らなくなってきている様だ。
だが、さまようヨロイの次の言葉がこの場の空気を変えた。
「そんな暢気な事を言ってる場合ではありません!容疑者は、勇者アバンです!」
「何!?あのアバンがか?」
その途端、ピロロが悔しそうに舌打ちし、ハドラーちゃんがそれを聞き逃さなかった。
(ん?キルバーン達のあの舌打ちは……つまり、独断でこの俺を殺そうとしたのか?この俺の悪口が、本当はバーンの耳に届いていないと言うのか!?)
でも、バーンに黙殺されているかもしれないと言う不安をひた隠しにしながら気丈に振る舞うハドラーちゃん。
「ハハハハハ!あのひよっこ勇者がなぁ……」
ここで一旦、キルバーンとピロロを見るハドラーちゃん。
そして、自分が本当に黙殺されているのかを確認する意味を込めて言い放つ。
「これはこれは、俺は近々、サババに赴いてひと暴れする予定だから……そこでアバンに逢えるかが楽しみな所よ。アーハハハハハハ!」
ここでキルバーンの混乱を利用する為の駄目押しの一言が、
「そう言う訳だキルバーン。もう少し貴様の仮面の裏に溜まったおできの治療を手伝ってやりたいが」
「あーーーーー!?」
「残念ながら先客に急かされている様だ」
ピロロがハドラーちゃんの言い分を遮る様に叫ぶが、ハドラーちゃんは意に関せずに高笑いしながら地底魔城へと帰って往った。
ハドラーちゃんが去り、キルバーンがさまようヨロイ……を裏で操る者に訊ねた。
「良いのかい?このままハドラーを見逃して?」
「怖いのか?」
質問に質問で返されたキルバーンであったが、気にせず質問を続ける。
「あー怖いね。ハドラーは、せっかく手に入れたオリハルコン製の剣を、あのロン・ベルクに預けたんだ。怒られるの承知の挑発と言うダメ押し付きでね」
「ロン・ベルクの奴、今頃、ハドラーを見返そうと必死に例の剣を研いでたりしてぇー?」
が、さまようヨロイを操る者は意に返さない。
「貴様の事だ、この私がロン・ベルクの腕を忘れたなどと言うボケをかますと思ったか?」
「思いたくないね。それに、ハドラーは色々と何かを知り過ぎた感じがあるんだよねぇ」
「良いのかなぁー?アイツがバーン様にとって都合の悪い事実を言いふらしても?」
ピロロのその言葉で、さまようヨロイを操る者はキルバーンとピロロが、何故ハドラーちゃんをわざと見逃すと言う命令にそこまで嫌がるのかの本当の理由に触れた気がした。
(なるほど……バーン様の意に反してハドラーを葬ろうとしたのは、ただの口封じか?)
「それは確かに困るな。だがキルバーンよ、それほど付き合いの長い仲間ならば、こういう時に私が何と答えるのかも、十分に承知している筈だが?」
それを言われ、溜息をするキルバーン。
「はいはい。『大魔王様のお言葉は』」
「『全てにおいて優先される』」
少し呆れるキルバーンとピロロ。
「本当にバーン様が好きだねぇ君は?」
「恋でもしてるのかなぁー?」
だが、さまようヨロイを操る者は意に返さない。
「これでまた、当分はだんまりかい?必要が無いと100年でも200年でもだんまりなんだからなぁ」
それを最後に会話は打ち切られ、3人もまた姿を消した。
後書き
原作ではありそうでなかった、ハドラー対キルバーンです。
『強くてニューゲーム』の最大の武器は、ストーリーを知り尽くしている事。しかも、敵であるキルバーン(とピロロ)はダイの大冒険シリーズ屈指の嘘吐き!
これはかなり効果的だと思いますが、如何せん、ハドラーはアバン再登場以降のストーリーを知らないときている。
つまり……ブラフです(汗)。
後、原作ではバラン相手に1度も正々堂々をしてやれなかったハドラーですが、本作では真っ当な決闘を最低でも1回はさせてやる予定です。
第6話
カール王国のフローラ王女の許に1通の手紙が届いた。
差出人はアバンであった。
「どうやら、この前私を襲った少女の名が解ったそうです」
「あの時の……魔王が姫様を拉致しようとした時の事ですか」
フローラが力強く首を縦に振ると、手紙の続きを呼んだ。
「その少女の名は『ハドラー』。魔族でありながら複数のモンスターの特徴を兼ね備えた異々なる存在。恐らく|竜の騎士をも超える存在に成長するだろうと目される才多き少女……だっそうです」
それを聞いた側近達が頭を抱えた。
「その様な化け物が何故地上を……」
「自分の才を見せびらかす心算か!?」
だが、その手紙には悪いニュースばかりではない。
「ですが、新たなる仲間を得て魔王軍の幹部を2度も退けた様です」
「おお。それは勇ましい」
「後は……」
側近達は固唾を飲んで次の台詞を待ったが、
「私宛にお肌の艶が良くなる果実や野菜の種類が沢山書いてありますね」
側近達はいっせぇのでズッコケた。
「んな情報、今は要らんわ」
「変わらんのぉ」
一方のフローラ王女は、ズッコケた側近達ほどの笑いは無かった。
(換わらない彼の文面が嬉しいけど……そのハドラーと言う響きから不穏な妖気を感じるわ)
フローラ王女がさっきまで腰掛けていた玉座から離れて窓の外を不安そうに眺める。
(アバン……貴方と仲間達に武運があります様に!)
その後、用事を済ませたマトリフと共にサババを後にしたアバン達であったが……
「ん?」
マトリフが懐から出した瓶を視てロカが驚いた。
「炎の色が変わって強くなってるぞ!?」
不死鳥のかがり火。
ほぼ永久に燃え続け、邪悪な気を感じ取ると色が変化する神秘の炎で、これを頼りに魔王軍のアジトを探し当てようと言う魂胆だったのだが、
(まさか!?)
その直後、アバン達の後ろの方で大きな爆発音が響いた。
「サババが……襲われている?」
「しかも……って!?待てって!その先にいるのは恐らく!」
マトリフの制止も聴かずにサババに戻って行くアバン達。
そして、サババの中央部に着いたアバン達が見た者は……
「ふうぅ……危ない危ない。危うく大事な大事な一戦に大遅刻するところであったわ」
「……その声!貴様っ……!」
サババのど真ん中にいたのは、なんとハドラーちゃんであった。
「魔王……ハドラー!」
アバン達にとって本当に大事な一戦であるサババの再戦に間に合った事で安堵したハドラーちゃんは、さっきまでの不安そうな顔とは打って変わって余裕満載の笑みを浮かべた。
「あのキギロをあそこまでコテンパンにするとは……少々気が早いが……味見したくなった」
アバンが身構える中、レイラの背中が急に冷たくなった。
「とは言え……俺とお前が戦うにはフィールドが狭過ぎるな……平らにしておくか」
ハドラーちゃんは自らの左手の骨を硬質化させて鎖状に構成する。
「|地獄の鎖」
ハドラーちゃんが振り回す鎖が周囲の建物を次々と破壊していく。
「貴様ぁー!」
いつものひょうきんな冷静さを失い駆け出すアバン。
「レイラ!町の人達の避難を!」
「はい!」
対して、ハドラーちゃんは直ぐに|地獄の鎖をしまうと、右手から覇者の剣を生やしてアバンに斬撃に応戦する。
そんなハドラーちゃんの善戦ぷりに驚き恐れるレイラ。
「ッ……!」
(あれが魔王!魔王の力!)
慌ててアバン達の後を追ったロカとマトリフは、ガンガディアに足止めを食わされていた。
「ハドラー様が急に『アバンはサババにいる』って言い出すから何かと思えば……すまんね。買い物の邪魔をしたかな?まあ、こちらにとっては『良い所で会った』としか言えないが」
「……って訳かい?町の外側から破壊し始め、魔王の為に勇者の退路を断つ……それがオメーの役目か?」
クスッと笑うガンガディア。
「流石に察しが良いな」
一方のマトリフは苦笑い。
「……やっぱりな。お目当てはアバンだ!」
そして、苦虫を噛み潰した様な顔をするロカ。
サババが緊張感満載になっていく中、地底魔城では……
「落ち着け、キギロ殿。そんな歩行もままならない状態でサババに往ってどうするんです?もし、ハドラー様の言う通りに勇者アバンがいたら、どう対応する御心算で?」
「落ち着いていられる訳無いでしょお!バルトスさん!貴方みたいに地底魔城の護りを任されている訳でもないんだ!」
「いや、だからって―――」
「ボクみたいな奴から戦場の手柄を盗ったら、何も残らないんですよ!それに、勇者アバンの頸を斬るのはボクの役目だぁー!早く伸びろぉー!」
まだ戦える状態でもないのに文字通り這ってでもサババに向かおうとするキギロに困惑するバルトス。
が、1匹のモンスターを発見した途端、キギロはあっさり目的地を変えた。
「あ。キメラ、1匹借りて良い?」
ハドラーちゃんが「大事な一戦」と位置付けるサババの再戦が続く中、アバンは自分の軽率な行動を恥じた。
(何という事だ!私達が訪れたせいで、サババが戦場に!)
アバンが剣を逆手に持った途端、レイラもハドラーちゃんもあの技が出るのを察した。
(出る!)
(出た!アバンストラッシュ!)
「私の、ここまでの成果が正しいか否か、魔王ハドラー!今ここで試させてもらう!」
対するハドラーちゃんは|極大爆裂呪文の準備をしていた。
「構わんぞ。その為に来た!」
「勝負!」
アバンが渾身の力を籠めてアバンストラッシュを放つ。
「アバン……ストラッシュ!」
「|極大爆裂呪文!」
アバンストラッシュと|極大爆裂呪文がぶつかり合い、大規模な爆発が起こった。
「……どっちが勝ったの?」
徐々に薄くなる爆煙を静かに見守るアバンとレイラ。
「ふっ」
だが、アバンの期待は見事に撃ち砕かれた。
「どうした?|カール城での初対戦の方がまだ痛かったぞ」
(そんな!アバンストラッシュが……効かない!?)
一方のアバンは、放った瞬間に嫌な予感がしていた。
(……そうだ。何かが心の中に引っ掛かってた。やはりアバンストラッシュはまだ!)
そして、アバンの心中を察したかの様に口を開くハドラーちゃん。
「つまり。何かが足りないと言う確信があったって訳だ?」
「!?」
レイラがとっさに影女の時の姿となってハドラーちゃんに襲い掛かるが、覇者の剣で簡単に防がれてしまった。
「速度は超一級品だが、重さが足りんな。そんな事では、ロカの様な俺の腕を斬り落とすは……出来んぞ?」
「……アバン様……同時に攻撃を……」
「ええ……!」
「さぁ、どちらから来る?それとも2人で戦うのか?」
一方、トロルとギガントを次々と叩きのめすロカとマトリフを視て溜息を吐くガンガディア。
「工夫が無い戦い方だな。これだから巨人族は馬鹿にされる」
呪文はおろか闘気術すら使用しない力任せな技では、確かに極めやすいが技数は少なくなりがちになる。
故に、ガンガディアは自らを鍛え直して来たのだ。
「……私がやろう……」
真打登場とばかりに前に出るガンガディアに反し、マトリフはロカとの共闘を避けた。
「ロカ!お前はアバンと合流しろ!」
「!?こいつ相手に1人で大丈夫なのかよ?」
「俺よりアバンとレイラの心配をしろ!」
強情に共闘を避けるマトリフを見てなすべき事を悟ったロカは、立ち塞がるトロルに飛び蹴りを見舞いながらアバンの許へと向かった。
「そっちは頼んだぜ!」
それをあえて追わないガンガディア。
「……まあ、良いだろう。君さえアバンと分断出来れば、私は満足だ」
「俺を買い被ったって、何も出ねぇよ」
ガンガディアがふとマトリフに質問をする。
「さて、前回の戦いを踏まえて、デカブツのトロルは君とどう戦うと思うかね?」
マトリフが苦笑しながら答えた。
「強力な呪文を放たれない様、魔力を高める隙を与えず、常に接近して戦うだろうな。ちょっとでも小突ければ、そっちの勝ちだ」
それを聞いてクスッと笑うガンガディア。
「安心した……私の結論と同じだ」
|飛翔呪文でガンガディアとの距離を広げようとしたが、生憎、ガンガディアも|飛翔呪文を使用した。
(あーもう!これだから頭の良い奴は面倒なんだよ!)
サババの再戦が続く中、|1周目は侵略未遂者止まりで終わった男が無数のドラキーと多数のこうもり男を使って、大魔王バーンが魔界に建てた別荘の1つを探し当てた……までは良かったが、
「生憎、バーン様は重大な用件の最中故、今は面会叶わぬ。故に、この部屋でしばし待て」
応対したミストバーンの言葉に怒りを露にしかけたが、もう直ぐ手に入る膨大過ぎる利用価値を有する後ろ盾と地上を支配する権利を感情的な理由で失う訳にはいかないと、現在進行形で大量に湧き続けている怒りを完全に忘れようと努力する。
(生の感情丸出しで戦うなど……その様な知性無き戦いは私ではない!そうだ!私は大魔王バーンを後ろ盾として地上を完全に支配するのだ!)
そんな男の様子を視ていたミストバーンは、心の中でぼやいた。
(動かぬか……自らを参謀タイプの謀略家と見下して自分の手足を動かさないか。それでいて、揺ぎ無き絶対の自信を兼ね備えるか……バーン様を急かすまでもないな)
そう思いつつ、ミストバーンはバーンを呼びに行った。
で、
「見てわからぬか?余は大事な一戦の観戦で忙しいのだ」
ミストバーンの予想通りであった。
(やはりこうなったか)
バーンが観ていたのは……サババの再戦。
これについておちゃらけた(様に見える)事を言うキルバーン。
「観ているだけで良いのかなぁ?勝った方が我々の敵になるだけだと思うけど?」
だが、バーンは動じない。
「それはどうかな?この勝負、アバンの負けで終わって欲しいと思っておるのは、余だけではない筈だが」
何かを見抜かれた気がしたキルバーンが困惑する。
「それは……ハドラーよりアバンの方が……厄介と言う訳ですな?」
「……それだけだと良いがな」
その後も、バーンとキルバーンはくだらない感想合戦を繰り返しながらサババの再戦を観戦し、ミストバーンがそれを見守る。バーンを膨大過ぎる利用価値を有する後ろ盾として利用しようとする男の事など忘れてしまったかの様に……
そしてそれは、バーンの脳内におけるハドラーちゃんと侵略未遂者止まりで終わる危険性が高い男の差であった。
本作もいよいよ『サババの再戦編』です。
恐らく、(マトリフの本来の目的から考えて)サババでハドラーと再戦しなかったら、「キューダに行こう」とは言わなかった……かも知れません。少なくとも、キューダ行きがかなり後回しになる可能性は大きいかと思います。
だからこそ、本作でもハドラーちゃんは、破邪の洞窟の単独探索の前にサババでアバンと再戦した次第です。
大魔王バーンを倒す為に利用しているとは言え、ハドラーちゃんがアバンを厳しく育てる師匠の様な感じになってきましたね……
第7話
アバンとレイラがサババを強襲しているハドラーちゃん相手に応戦していたが、ハドラーちゃんの方が優勢であり、バーンの見立てではハドラーちゃんは実力の6割弱しか出していないと言う。その証拠に、ハドラーちゃんが忌まわしい過去から持って来たと言う魔軍司令時代のマントを未だ脱いでいないのだ。
「ほう!呪文を斬ったのか?面白い技を開発したな!」
アバンを褒める余裕すらあるハドラーちゃん。対するアバンは必死である。
「だが、決め手に欠けるな?やはり、さっきのアバンストラッシュの火力が足りないのが……痛手か?」
(極大呪文!?)
ハドラーちゃんの動きを見た途端に蒼褪めるレイラ。
「アールでは魅せ損ねたよな?やっと食らわせてやれる……」
だが、|閃熱呪文は高熱波を直線的に放射する呪文。横に避ければ済むだけの話……だったが、アバンが後ろにあるものを見た途端、横に回避するのは不可能と判断した。
「あ!アレは!?」
「レイラ!こうなれば……2人の|真空呪文を重ねましょう」
そう。回避不可能ならば押し返すしかない。
「貴女の|真空呪文を私の|真空呪文で後押しします!」
アバンの指示に従うレイラ。
「熱がれ!|極大閃熱呪文ーーーーー!」
「|真空呪文!」
「|真空呪文!」
|真空呪文で|極大閃熱呪文を押し返すと言う無茶苦茶な展開だが、サババの再戦の詳細を知るハドラーちゃんにとっては「やはりな」と言った感じであった。
「本当に不器用な職業よな、『正義の勇者』とやらは!」
そんなハドラーちゃんの目に映るは……アバンの後ろにいる逃げ遅れた子供。
アバンの使徒の異常過ぎる成長速度を知る今のハドラーちゃんにその様な醜い本心は無いが、アバンを育てる為、あえて心を鬼にして劣悪な台詞を叫ぶ。
「あんなつまらんゴミを守る為に早死にする……その甘さは、お前の哀れで致命的な弱さよ!アバン!」
それに対し、アバンは懸命に反論する。
「子供達は……明日の世界の主役だ!ゴミなどではない!それを護るのは当たり前の事だ!」
「……決めたぞ……この場でお前を殺す……お前はまだ伸びる。惜しい男だが、このまま進んで他愛もない戦いで死ぬくらいなら……魔王と戦って死んだ方が箔が付くと言うモノ!」
|極大閃熱呪文を中断して|真空呪文と|真空呪文を同時に浴びたハドラーちゃんの次の行動を見て、更に蒼褪めるレイラ。
(に……2発目!?)
「極大呪文が1度しか撃てんと思ったか?」
最早立つ事も出来ないアバンとレイラ。
「熱がれ!|極大閃熱呪―――」
が、ロカの斬撃がハドラーちゃんの左腕を斬り落としてしまう。
「またお前か?」
「もう忘れたのかよ……大事な仲間を苦しめる奴が現れたら……俺が横から食らいつく!」
「……確か……ロカ……とか言ったか?」
アバンやマトリフの様な派手な呪文が使えないロカは、ハドラーちゃん相手に接近戦に活路を見出そうとする。
「そうそう。俺にピッタリ付かれちゃ、そんな小さな呪文しか使えねぇよな」
確かに、さっきからハドラーちゃんは|火炎呪文や|閃熱呪文ぐらしか使用していない。
だが、ハドラーちゃんは逆に呆れてしまった。
「その割には……武器の手入れがなってないな?」
が、ロカはハドラーちゃんの意図とは逆の啖呵を切った。
「別に構わねぇよ。テメーが少しでも弱りゃあそれで良いんだよ。俺は勇者の盾!テメーを最後に叩っ斬るのは、アバンの仕事だ!」
そんなロカの泥臭い根性が、後にアバンがレイラに伝えた「全ての戦いを勇者の為にせよ!」に繋がるのだが、当然、今のアバンが知る由が無い。
それに対し、ハドラーちゃんは鼻で笑った。
「ふっ。見上げた根性だな?ロカ、それがお前のフルネームか?」
が、ロカは反抗的な台詞しか吐かなかった。
「教える義理はねぇ!」
突っ込んで来たロカの斬撃を覇者の剣で真っ二つにするハドラーちゃん。
「惜しいな。そんな安い剣では、貴様の剛力を活かし切れん。もし、生きてサババを出られたのであれば―――」
ハドラーちゃんが言いたい台詞を紡ぐ前に、ロカの右フックがハドラーちゃんの左頬に命中する。
「殴り合い上等だ。お恥ずかしい話だけどよ、正直、キチンと剣を振るより殴った方が強えぐらい不器用でな!」
十数メートルもの距離を転がって、ハドラーちゃんは地に倒れた。
「……やるじゃないか……」
ダメージは軽くない。この戦いの勝敗を左右しかねない一撃だった。
それでも、ハドラーちゃんは笑っている。
「面白い!|撲殺だけでお前の|美形を|醜塊に変えてやろう」
本来なら愚かな判断だ。今のハドラーちゃんはアバンとレイラと戦ったばかりな上に、ロカにさっき左手を斬り落とされたばかり。どう考えてもロカの方が有利。でも、ハドラーちゃんは自分の理想を否定しない。
こうして、ロカとハドラーちゃんの殴り合いは始まった。
「くっ、くたばれバケモノー!これでもか、この、この、このーーーーー!」
「わーーーっははっはっはっははははー」
壮絶な殴り合いの結果、片手しか使えないハンデが重過ぎたのか、ハドラーちゃんはロカに殴られ放題であったが、疲れ果てているのはロカの方だった。
「いやー、大分疲れてきたよーだねえ!」
「お……お前は鋼鉄の肉体か!?」
そう言って、心の中で即座に自身がした質問を否定するロカ。
(いや……鋼鉄だったら1度たたっ壊せばお終いだが、こいつは何回倒しても平気で復活する……言わば、形状記憶合金の肉体!)
ロカの窮地に対し、自らの体に鞭打ってでも立ち上がろうとするアバンだったが、
(動くなアバン!少しでも回復しろ!ダメそうなら、とっととレイラと逃げろ!)
「!?」
(俺は、こんな時の為にいるんだからよ!)
ロカの悲痛な視線を受けて涙目になるアバン。
一方、|飛翔呪文を使ったマトリフとガンガディアの追いかけっこが佳境を迎えていた。
「行き止まりの様だよ」
だが、ガンガディアにとってはこの油断がいけなかった。
「!?」
マトリフの急なエアブレーキに面食らったガンガディアが背中に|真空呪文を受けてしまい、目の前の壁を貫通。
「!」
更に、近くに在った木造の大型船に激突。そこへ、マトリフが駄目押しの|閃熱呪文を放つ。
「これでしばらく撒ける。廃船置き場の船なら、燃やしても文句は言われねぇだろ」
そして、マトリフは敵将であるガンガディアの安否を確認する事無く、アバンを探しに行ってしまう。
一方、まんまとしてやられたガンガディアは、悔しさを通り越して切望の念が生まれた。
「彼には、圧倒的な体格差を覆す知力がある……憧れる!」
右手しか使えないハドラーちゃんの方が不利な筈のロカとの殴り合い。
だが、今のハドラーちゃんは魔族と超魔生物を同時に兼ね備える存在。やはり超魔生物としての肉体の再生能力相手に殴り合いは馬鹿げていたのか?
「こりゃ……さすがにもたねぇかもな……」
「人間にしておくには惜しい奴だ。最早、距離を獲って焼き殺すのも容易いが……」
いや、今のハドラーちゃんなら、素直に殴り合いなどせずとも|地獄の爪や覇者の剣を生やせば直ぐに決着がつく戦い。故に、観戦していたバーンの機嫌は少々悪かった。
「その根性に応えて……」
だが、ハドラーちゃんはあえて殴り合いに拘った。
「|撲殺で決めてやる」
「……ロカ……」
必死に立ち上がろうとするアバンに|回復呪文をかけるレイラ。
「レイラ!?」
「回復呪文をかけてます。私の残された魔法力の全てで……彼があんなに必死に盾になってくれている以上、本当はアバン様と共にこの場を離れる事の方が正解なのかもしれない」
だが、頭で解っていても、想いの方はそうはいかない。
「でも……お願いですアバン様、彼を……ロカを助けて!」
そう言い残して気絶するレオナ。
そんなレイラの想いを受け取ったアバンは、体力と気力を振り絞って立ち上がり、
「……もちろんです!」
しかし、ハドラーちゃんの右アッパーが遂にロカの腹に命中してしまう。
「かはっ!」
「とうとういいのをもらっちまったなロカ」
そのままロカの体を持ち上げるハドラーちゃん。
「グッ……アァ!」
「で、ロカのフルネームは何だ?教えておいた方が良いぞ。勝者にその名を懐かしんでもらう事ぐらいしか……敗者に出来る事は無い!」
が、アバンが立ち上がった事に気付いたハドラーちゃんは、さっきまで持ち上げていたロカを無造作に投げ捨てた。
「私の友から手を放せ」
「立ったか……だが、それが最後のチャンスの様だな?」
「ああ……だからこそ……レイラから貰った一握りの力を無駄にはしない」
この後どうなるか解っていたハドラーちゃんだったが、あえて呆れたふりをした。
「……本当に悲しい程不器用な職業だな?『正義の勇者』とやらは」
そして、アバンがアバンストラッシュの構えをとる。
「またそれか?俺の|閃熱呪文を押し返す程の力は残っているのか?その不完全な技で?」
「それでも……渾身で放てる力が一撃分しかないのなら……私は、これに賭ける!私だけでなく皆の希望の一撃だからだ!」
その途端、デルムリン島でのダイとの最初の戦いを思い出すハドラーちゃん。
「先生の技がどれだけすごいか……受けてみろーーーーー!」
「くたばれ!……何!?」
「アバン……ストラーッシュ!」
(あの時のダイは……この俺がキメラのつばさに頼る程の一撃を放ったが……今のお前に出せるのかアバン……今のお前に……)
「それに足りない何かを掴むなら、これ以上の瞬間は無い!何故なら……」
そう言われてふとロカの方を見るハドラーちゃん。
「そう言う事か……『正義の勇者』はつくづく不器用な職業だ」
そう言うと、ロカがアバンを代表するあの技に巻き込まれない様蹴り飛ばすハドラーちゃん。
「平和な暮らしを!大切な友を!残酷に踏みにじったお前に対して!初めて奇跡の一撃を繰り出せたあの時と!今、私は限り無く等しい気持ちになっているからだ!」
「だったら……俺の|閃熱呪文を圧し返して魅せよ!|カール城での初対戦の様に!」
だが、今のアバンに|閃熱呪文を放つのを待つ程の義理も余裕も無い。
「アバンストラッシュ!」
「むっ!?」
ハドラーちゃんは咄嗟に覇者の剣でガードするも、結局押し敗けて吹き飛んでしまった。
(『正義の勇者』はつくづく不器用な職業だな……気持ち1つで技の威力がこんなに変わるとはな)
ハドラーちゃんが去った直後にアバンの所に到着したマトリフは、皆を安否を確認したが、
「気ィ失ってやがる……」
唯一喋れたロカが、どうにか口を開く。
「アバンが……なんとか魔王を追っ払った……」
「ロカ!」
「俺よりアバンとレイラを……」
しかし、ガンガディアもアバンの所に到着してしまった。
「あーらま、お早いお着きで。相変わらずタフだな」
その時、吹き飛ばされたハドラーちゃんが、空気を読むかの様に雄たけびを上げた。
「!?まさか……勇者がハドラー様を?」
「吹っ飛ばされてったぜ。今日は、両軍痛み分けだな?あばよ!」
アバン達を連れて|瞬間移動呪文で逃走するマトリフ。
「ウガァー!?」
慌てる部下達を宥めるガンガディア。
「わめくな。|瞬間移動呪文で逃げられたら、どこに去ったか解らん。打つ手は無い。撤退だ。私は、ハドラー様の救援に向かう」
予定通りにアバンストラッシュを受けたハドラーちゃんは、予定通りに死の大地まで吹き飛ばされた。
「アバンめ、相変わらず、器用で、不器用で、熱い男よ」
そして、1周目の事を思い出していた。
ハドラーが初めて大魔王バーンと会話した日……いや、今のハドラーちゃんにとっては、1周目のサババの再戦の最後こそが「ここから終わった」なのだ。
そう、死の大地で大魔王バーンと会話し、そこで強大な魔力を秘めた石像を貰った時点で、獄炎の魔王ハドラーはここから終わり始め、バーンの手下である魔軍司令ハドラーの準備がここから始まったのである。
だが、2周目では未だにバーンとの接点を掴めずにいるハドラーちゃん。
既にバーンがハドラーちゃんを敵といて認識したか、それとも、それだけの力を持ちながら未だにアバンを殺せない(実際はまだその心算は無い)ハドラーちゃんの醜態に幻滅したか……その答えは大魔王バーンのみが知る。
(聞こえないか……あの忌まわしい声が……)
そして……1度もバーンと会話せぬまま、救援に来たガンガディアがやって来た。
「ハドラー様!」
「来たかガンガディア」
「!?その左腕は?」
「気にするな。今の俺にとってはかすり傷だ。直ぐに治る」
事実、魔族と超魔生物を同時に兼ね備えるハドラーちゃんにとっては本当に直ぐに治るかすり傷であった。
「で、この様子だと、アバン達を取り逃がした様だな?」
「申し訳ございません。大魔導士の|瞬間移動呪文で何処かへ逃げました」
ふと鼻で笑うハドラーちゃん。
(ここで慌てて手あたり次第に探して無駄な労力を消費する様な真似はせんか……ガンガディアらしいと言えばらしいがな)
「そうか。戻るぞ」
「はっ」
とここで、今回のサババの再戦で唯一やり残した事を思い出してしまうハドラーちゃん。
「あ。ランカークス村の事を言うの忘れていた……まあ良い。ロン・ベルクの存在に気付けぬのであれば、アバンもそこまでの男と言う事になる」
一方、魔界にある大魔王バーンの別荘では、大魔王バーンがサババの再戦を最後まで観戦してしまった影響で散々待たされた|1周目は侵略未遂者止まりで終わった男の許に、2匹のブースカがやって来る。
「お待たせいたしました。では、早速バーン様の許へご案内させていただきます」
散々待たされて今更早速と言われてもと言うツッコミを入れたくなる場面であったが、案内役である2匹のブースカがやって来た時点でその気は既に失せていた。
(これ程の上級モンスターを平然と従えているとは……やはり私の判断に狂いは無かった!)
だが、2匹のブースカに連れられて到着した謁見の間の玉座に座るバーンをレースカーテンがクルっと包み、そんなバーンの左右をミストバーンとキルバーンが控える様に立っていた。
(やはり……まだまだ素顔を魅せる程の信頼を持っていないか……だが想定内だ)
男は早速片膝をついて平伏するが、
「バーン様は現在お機嫌が悪い。言葉を選ぶ事だね」
キルバーンの忠告に対し、男は屈せずに自己紹介と自己PRを始めた。
「私めはガルヴァスと申します。魔界では豪魔軍師と呼ばれております」
「で、そんな軍師様がこんな所で何の用だい」
バーンは口を開かない。どうやら、サババの再戦をもってしてもアバンが死ねない事がよほと不服だった様だ。
(側近が代弁だと!?姿はおろか声すら魅せぬか!?これは想定外だ!いくら何でも私を知らな過ぎるだろ!)
「単刀直入に言わせていただくなら、志願しに来ました」
「志願に?理由は?」
「理由?何の事ですかな?私はただ、今後の地上侵略計画における前線司令官の地位を頂きたいだけです」
キルバーンがわざとらしく首を傾げる。
「地上侵略?ハドラーと言う先客はどうするんだい?」
ガルヴァスは堂々と宣言する。
「バーン様に仇為すハドラーの討伐……私めにお任せ頂きたい」
それを聴いたピロロがからかう様に言い放つ。
「えー?出来るのー?アレ、結構凄い奴だよー?」
「お任せを。特技は戦術と策謀……バーン様の為に様々な施策や策定を行う者です」
それに対し、キルバーンがガルヴァスを小馬鹿にする。
「笑わせてくれるね?それって、バーン様を後ろ盾にして、地上征服を容易にしたい……それだけだろ?」
「御戯れを。とにかく、バーン様に仇為すハドラーを滅ぼした暁には―――」
「何時だ?」
ようやく口を開いたミストバーンの言い分をはぐらかすガルヴァス。
「何時……とは?」
「文字通りの意味だ。つまり、何時頃までにハドラーに勝利する気か?と訊いている」
「それは異な事を。戦略と戦術に最も必要な事は『柔軟な思考』と『臨機応変』ですぞ。焦りは禁物です」
その途端、ミストバーンはガルヴァスを心の中で見下した。
(上手い事を言って制限時間を曖昧にしたな?経過は見せずに結果だけを魅せる腹か!?小物め)
そんなミストバーンの見下しに気付かないガルヴァスは、言いたい事を紡ぎ通した途端に立ち上がり、
「では、私めはバーン様の仇敵であるハドラーの討伐の準備が有りますので、この辺で失礼いたします」
(しかも、政敵であるハドラーを散々扱き下ろしてバーン様との接点を断ち切ろうとするか?策士気取りの小物風情……と言ったところか?)
とは言え、|1周目は侵略未遂者止まりで終わった上にミストバーンに完全に見下されたとは言え、ハドラーちゃんにとってはガルヴァスと言う新たな敵を抱える結果となってしまった事実には変わりは無いのである。
第8話
サババの再戦を終えたハドラーちゃんは、漸く意を決して破邪の洞窟の単独探索を開始する事にした。
「ガンガディア、バルトス、俺が戻って来るまでの間の軍の指揮は任せる」
「は」
「ただし」
「は?」
「キギロは温存しておけ。あ奴は前に出過ぎて自分の寿命を縮める所が有るからな」
そんなハドラーちゃんの言葉に困り果てるバルトス。
「あー……それなのですが……」
「ん?どうか致したか?」
「キギロ殿なら、既にデルムリン島に向かわれております」
それを聴いたハドラーちゃんが溜息を吐く。
「あの馬鹿……また功を焦ったか?」
「とは言え、あの島の大地は植物系魔物が増殖し易い土壌を有してます。モンスター訓練場として最適の場所と言えましょう」
それは良いのだが(その後、敵であるダイまで育ってしまったが)、ハドラー達に無断でギュータに攻め入り……ギュータがキギロの棺桶と化した。
(駄目か……キギロは……諦めるしかないのか?)
半ば諦めの溜息を吐くハドラーちゃん。
だが、ここで諦めたら2周目を始めた意味が無くなってしまう。
(それでも、救える方法が有るなら、少しでも縋り足掻きたい。アバンやアバンの使徒の様に)
「この中に|瞬間移動呪文を使える者はいるか?」
「私が出来ますが」
「なら、ブラスに釘を刺しておけ。あの馬鹿が先走り過ぎない様にな」
「は」
ガンガディアが早速デルムリン島に向かうが、
「キギロ殿なら、既にアバンと呼ばれる勇者の許に向かいましたが」
ブラスの証言を聞いて頭を抱えるガンガディアであった。
とは言え、ハドラーちゃんがまだまだ救いたい奴はまだいる。
その1人であるザムザの許に1通の手紙が届いた。
(俺宛て?親父じゃなくて?)
取り敢えず、ハドラーちゃんが送り込んだメドーサボールとさまようよろいの合成の指示通りにザボエラに内緒でハドラーちゃんからの手紙を読んだ。
「ザムザよ、ザボエラの下を離れて俺に仕える気は無いか?無論、お前が父親であるザボエラの事を想っての事だと言う事は知っている。だが、従順なだけが子供の愛ではない。子供が親を超えてこそ親は子供を作る甲斐があるものだ。親が子供から親に叛く牙を抜けば、その子供は他の獣の牙の餌食になるだけだ。故に、もう1度だけ訊く。ザムザよ、ザボエラに自分の優秀さを理解させる為、ザボエラの下を離れて俺に仕える気は無いか?」
ザムザはハドラーちゃんが送り込んだ使者に手紙を突き返した。
「俺は……ザボエラの子だ……親に逆らった子が……この後どうやって生き延びろと言うのだ……」
ザムザのその言葉は、一見するとハドラーちゃんの主張である「子は親を超えるのが仕事」と言う言い分を否定している様に見えるが、ザムザはあからさまに動揺していた……
ザムザからの返答をあえて聞かずに破邪の洞窟に向かうハドラーちゃん。
寧ろ、思いっきり時間をかけて悩んで欲しい題材でもある。
父親を超えるとはどう言う意味か?
父親を超えるにはどうしたら良いのか?
本当に父親を超える事が出来るのか?
そして、父親を超えた先に何が在るのか?
そう言ったモノを必死になって考えて考えて、その上でザムザにはザボエラを超える逸材になって欲しいのが、今のハドラーちゃんの願いでもある。
(ふっ……この俺が、今更アバンの真似事か……我ながら似合わんな)
|瞬間移動呪文でカールまでやって来たハドラーちゃんは、カール王国の騎士団に悟られない様に徒歩で破邪の洞窟に向かうのだが、そこで見慣れた顔と再会する。
「ん?」
(クロコダインではないか。何故こんな所に?)
よく視ると、クロコダインは大きなリュックを背負っていた。
(あー。なるほどね。自らを鍛え直す為に地上で旅をしていた訳か。そして、その冒険で得た知識を武器に獣王の称号を勝ち取った訳だな)
改めて成長の必要性を理解したハドラーちゃんに対し、クロコダインの方はバーンに仕える前だった事もあってか、なんの思い入れも無くそのままハドラーちゃんを素通りするのだが、その直後、ハドラーちゃんの脳裏にある者の最期の姿が浮かんだ。
「なに!?」
慌てて振り返るハドラーちゃんだったが、ハドラーちゃんになんの思い入れも無いクロコダインは、そのままスタスタと歩き去って行った。
(何故俺がザボエラの死に様を知っている!?奴は……少なくとも俺の目が届かない所で死んだ筈だ……なのに!?)
確かに|1周目に関する記憶を全て覚えているハドラーちゃんだが、そんなハドラーちゃんでも|1周目の事を全て知ってる訳ではない。特にハドラーの死後に起こった出来事は、文字通りハドラーちゃんのあずかり知らず。故に知る術が無い……筈なのだ。
なのに浮かぶ|1周目のザボエラの死に様。
が、ハドラーちゃんは笑った。不敵に笑った。
「確かに不思議な事ではある。だが、好都合!ザボエラに性格改善を促す警告の様な幻覚を送り込みたいと思っていたのだ!」
その日の夜。
ザボエラは自分の死を予見するかの様な夢にうなされていた。
先ずはハドラーちゃんがザボエラの眼前に出現して、
「ザボエラよ。俺はお前の卑劣で信頼とは無縁な性格が前々から嫌だった。だが、この俺に次ぐ強大な魔力をただ腐らせるのは非常に勿体無い。そこでだ、このまま貴様の性格が改善されなければどうなるか……お前にハッキリと魅せてやろう。ありがたく思え」
すると、背景が急に移り変わり、気付けは何故かロロイの谷におり、そして何故か匍匐前進もままならない程疲れ果てていた。
(な、何故じゃ?なぜこの儂が、こんなに疲れ果てて魔力も尽きておる?)
そんなザボエラの前にいたのは、クロコダインだった。
(何……アレ……?)
「なっ!……何しに来たのだ?と言うか、貴様は何者だ!?」
「お前のしぶとさは十二分に承知だ」
ザボエラの瞼は全開となり、ザボエラの鼻から鼻水が垂れた。
(わ、儂を殺す気か!?)
困り果てたザボエラは、取り敢えずハッタリをかまして相手を驚かせる事にした。
「キヒヒッ!儂を相手に1人で何が出来る?無駄な―――」
が、クロコダインにはその様なハッタリは通用しない。
「それは無い!お前の性格なら、あれだけやられれば確実にひとまずどこか遠くへ逃げるはず?こんな所で這っていると言う事は、既に魔法力もアイテムも尽きているという何よりの証拠。つまり、ロン・ベルク殿の一撃でお前は全魔力を失い脱出が精一杯だったのだ!」
ザボエラはムカッときたが、何故か常に共にあった筈の魔力が、何故か一欠けらも無いのだ。
「今度こそ万策尽きた!」
(くっそぉー!何故だ?何故今の儂には何も無い!?なんとかするんじゃ!まだ手はあるはずっ!この儂がこんな危ないワニ助に殺される場面を、好き好んで生み出す筈が無い!)
「ザボエラ、最期の時だ……」
グレイトアックスを振り下ろす準備をするクロコダイン。だが、
(おー!そうじゃ!儂にはこれが有った!これなら……儂は必ず助かる!)
「待ってくれ!お前の言う通り、今の儂は何故か何も無い!だが、それで良いのか!?何の抵抗も出来ない者を平然と殺して何の誇りがある?それこそ、強者と戦う事を望む武人が嫌う『弱い者虐め』ではないのか?」
その言葉にクロコダインは迷った。
「……ザボエラ……」
今度はクロコダインが困り果て、振り下ろす心算だったグレイトアックスがピタッと止まった。
それを見たザボエラは失笑した。
(ええぞええぞ…このお人よしめがっ…!悩め悩めェ~いっ!どう言う訳か何故か魔力が消えて無くなっておる。だが、じゃがまだこの体内に流れる数百種もの毒素がある。こやつの意識を奪い意のままにする毒が今調合完了したところよ。わずかにかすっただけでもこっちのもの)
そして、クロコダインはグレイトアックスを下ろして握手を求めた。
「……解ったザボエラよ。さあ……」
この時、ザボエラは勝利を確信した。
(かかりおったぞこのバカめが!やっぱりお前は底なしの愚か者!ウドの大木!いや…ワシの人生の踏み台を作るための材木じゃぁ!)
そして、意を決して爪を突き立てるザボエラ。
「そりゃああっ!」
だが、クロコダインは握手する為に突き出した右手を引っ込め、再びグレイトアックスを持ち上げる。
(斧の柄がっ…真上に!?)
そして……グレイトアックスの柄がザボエラの両腕を踏み潰した。
「ぐぎゃああ~っ!」
ザボエラが必死にグレイトアックスの柄に踏み潰された両腕を引き抜こうとするが、クロコダインがダメ押しとばかりにグレイトアックスの柄を踏む。
「貴様ァッ!ワシに騙されたフリをー!」
「ザボエラよ、頭の悪い俺だが、騙され続けたおかげで1つ物を知った」
クロコダインの右手が不気味に光ったのを見て、ザボエラの瞼は全開となり、ザボエラの鼻から鼻水が垂れた。
「ちょっと待て!本気かお前!?やめろ。やめろ!」
「それは、この世には本当に煮ても焼いても喰えぬ奴がいる!……と言う事だ!」
「やめろぉーーーーー!」
容赦無く背中に闘気弾を叩き込まれるザボエラ。
その時の爆発音を聞きつけたのか、バダックがやって来た。
「クロコダイン!ついに倒したのかこの憎き妖怪ジジイを!あのゾンビの死体の中にこいつの姿がないからみんなで八方を探しとったんじゃが、いやー流石はお前さんじゃわい」
バダックが手放しでクロコダインを褒め称えるが、クロコダインの気分はすぐれない。
「じいさん……こいつもかつて六大軍団長が揃ったときには絶大な魔力で一目置かれた存在だったんだ」
クロコダインは思い出す。保身に走ってザボエラが提案した卑劣な手段を行ってしまった……武人にあるまじき黒歴史を。
「それが出世欲に目がくらみ他人の力ばかりを利用しているうちに、いつのまにかこんなダニのようなやつに成り果ててしまった」
そんな恥部がクロコダインにこんな言葉を言わせてしまう。
「恐ろしいものだ……欲とは……俺とて、一番手でダイたちと戦っていなかったらどう歪んでいたか解らん。こいつは正真正銘のクズだったが、それだけは哀れだ……」
バダックは……クロコダインの心情を十分理解した上でこう反論した。
「良い奴じゃなお前さんは。だがな、こいつとお前さんとは違う!ワシの誇るべき友人・獣王クロコダインは、たとえ敵のままであったとしても己を高める事に命を賭ける尊敬すべき敵であったろうと……ワシは思うよ!」
それを聴いて、何か救われた気がしたクロコダインであった。
「があぁーーーーー!?」
で、そこで目が覚めるザボエラ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
(何じゃあの夢は?この儂が……この儂が戦場で死ぬ!?そんな馬鹿な……どこをどう道を踏み外せば……)
首を必死に横に振り、必死にザボエラの戦死を予見する夢を否定するザボエラ。
(いーーーや!そんな筈は無い!儂がこんなしくじりをする筈が無い!これは……何かの間違いじゃ!)
ザボエラがザボエラの戦死を予見するかの様な悪夢に苦しむ中、ハドラーちゃんがようやく破邪の洞窟の入り口に辿り着いた。
「ここだな?人間の神が人間共に与えた……飴と鞭は……」
躊躇無く破邪の洞窟に入るハドラーちゃん。
そして、「破邪の洞窟調査資料 途中経過」と呼ばれる書物を開く。
「確か……最初は初心者コースで、それなりの実力者なら5分で突破可能……」
そこへ、破邪の洞窟1階を護るモンスターの群れがやって来たが……
「は?す……スライムの……大群?」
無論、ハドラーちゃんの敵ではなく、|地獄の鎖一振りで終わった。
「……所詮はスタート地点って訳か……下の階へ行けば行くほど、守護するモンスターが強くなるらしいが……これは階数が2桁になるまではあくびが出そうだな?」
だが、破邪の洞窟の単独探索を行っているハドラーちゃんの敵は、破邪の洞窟を守護するモンスター群だけではない。
寧ろこちらの方が邪悪な悪意と言って良いだろう。
「ハドラーめは、本当にこの洞窟に入ったのだな?」
コウモリ男がガルヴァスに一礼する。
「そうか……では、ここに暗黒魔術を解き放つ」
これを聞いたコウモリ男が驚く。
「何故驚く?まさか、中に入ってハドラーを背後から攻撃するとでも?」
コウモリ男が怯え慌てながら一礼する。
「そうだ。私はハドラーとは違う。王は……どっしりと構えるのが通例よ」
コウモリ男を下がらせたガルヴァスは、2人の腹心を召喚する。
「デスカール!ブレーガン!」
「は」
「ははっ!」
そして、ガルヴァスが2人に指示を出す。
「私はここに暗黒魔術を解き放つ。つまり待ち伏せだ。お前達は洞窟の出入口からハドラーを待ち伏せせよ!」
「は」
だが、そこに女性の声が響く。
「お待ちください、ガルヴァス」
それを聴いて苦笑いするガルヴァス。
「お前まで来たか?メネロ」
「私もその待ち伏せに加えて頂きたい」
「やはりそう言う事だったか?女は怖いわ」
クスッと笑ったガルヴァス。
どの道、ハドラーちゃんを待ち伏せて殺すのだ。戦力は多いに越した事は無い。
「良かろう。好きなだけ粉々にするが良い」
「は!ありがたき御言葉!」
(ふふふ。これは面白い。これではハドラーの首級が切り傷だらけになってしまうが、ハドラーの頸を斬れれば、後はどうにでもなるか……命運尽きたぞ?ハドラー!)
ガンガディア
「ハドラー様、テレビ東京版の放送が終了してから、もうすく1ヶ月になります」
ハドラー【魔軍司令時代】
「もうそんな時間か!?時の流れは速いな」
ガンガディア
「その最終回と言えば、ポップと名乗る人間が『TBS版はアレが発生する前に放送を終了したんだから、テレビ東京版もアレが発生する前に放送を終了したって良いじゃん!』と駄々を捏ねていましたぞ」
ハドラー【魔軍司令時代】
「あー、アレな……アレは色々と台無しにしてくれるからな。本当、キルバーンは腹ただしい事しかしてくれんな」
「は!?」
ハドラーちゃんが慌てて飛び起きると、そこはまだ破邪の洞窟地下1階。
どうやら、破邪の洞窟地下1階の歯ごたえが無さ過ぎて……立ったまま寝てしまった様である。
「何をしてしまったんだ俺は!?ただ惰眠を貪る為だけにここに来たんじゃないんだぞ!」
そして、自分の不甲斐無さに怒るハドラーちゃん。
「どうやら、玉座に踏ん反りがえり過ぎて、また慢心してしまった様だな。丁度良い、ここで少し鍛え直しておくか」
が、さっき観た夢の内容が少しだけ気になった。
「ただ……夢の中の俺とガンガディアは、キルバーンの奴がまた何かをしでかしたかの様な事を言っていたな?そこだけは少し気になる……やはりあの時、無理矢理にでもあの仮面をもぎとった方が良かったのだろうか?」
とかなんとか言ってる間に、地下2階へと続く階段に到着した。
「おっと。危ない危ない。今は余計な邪念を抱く場合じゃなかったな。少し急ぐか」
気合いを入れ直したハドラーちゃんは、まだまだ破邪の洞窟の単独探索を続けるのであった。
第9話
破邪の洞窟地下3階での出来事。
人食い箱は困り果てていた。
人食い箱は本来、欲深な盗掘者を懲らしめる為に生み出されたモンスターである。遺跡の由来などお構いなしに無礼な財宝狩りを行う罪人を襲撃する事で、遺跡などを訪れる者達に礼儀を教えてやるのが、人食い箱の使命である。
だが、この目の前にいる少女(ハドラーちゃん)には自分を開けて欲しくないと言う懇願が、人食い箱の頭を支配する願いである。
が、ハドラーちゃんの足音は間違いなく人食い箱の方へと近づいていた。
人食い箱の脳裏に浮かぶ人食い箱の頭部(宝箱で言えば上半分)が鷲掴みにされて握り潰される光景が。
来るな。
来るな。
来るな。
来るな。
人食い箱の懇願を無視する様にハドラーちゃんがどんどん近づいて来る。
そして……ハドラーちゃんが人食い箱の前に立った時、人食い箱は自分がもう死んでいる事を確信した。
終わった……
だが、ハドラーちゃんは目の前の宝箱(人食い箱)を開ける事無く、残念そうに言い放った。
「せこいな」
せこい!?
解っていた事とは言え、そこまでハッキリ言うか!?
「そうやって自分の殻に閉じこもって強欲な弱者としか戦わん人生……つまらんとは思わんか?」
恐らく、歯に衣着せぬとはこう言う事を言うのだろう。
開ける前から目の前の宝箱(人食い箱)の正体を知っているが故の言い分なのだろうが、騙された愚者の見苦しい言い訳の様な悪口とは違う冷静で冷淡な一言に、当の人食い箱は目の前のハドラーちゃんとの覆し難い実力差を無視して飛び掛かりたくなる程の怒りが……
「どうした?こないのか?さあ、来いよ」
湧かなかった。ハドラーちゃんが言い放つ人食い箱への冷静で否定的な言い分が、更に人食い箱に覆し難い実力差を自覚させてしまった様だ。
もし宝箱に擬態する能力が無かったら、人食い箱は滝の様な冷汗をかいて大きな水溜りを形成していた事だろう。
「情けない。お世辞にも強者の戦いとは言えないな」
なかなか襲ってこない人食い箱にしびれを切らせたハドラーちゃんは、淡々と今まで経験に基づく強者の定義を語った。
「俺が今まで戦ってきた強者は、どんな逆境にも屈さず、与えられた名誉に甘えず、常に先の事を考え、馬鹿デカい慈悲を持ち、皆を惹き付けて魅了し、最期まで絶望しない者。だが、お前は違う。自らは動かず、相手の準備が整うのを待たず、騙されて落ち込む者の怒りを観て楽しむ」
そして、堂々とした態度で人食い箱にトドメの一言を言い放つ。
「卑劣で他力で無粋で孤独で弱々しい……つまらぬ者だ」
まるで期待外れと言いたげに人食い箱に背を向けるハドラーちゃん。
そんなハドラーちゃんの背中が異様に巨大に見える人食い箱。
(何だ……あの小娘は!?……惚れて……しまう……)
その時点で人食い箱は既に、ハドラーちゃんの貫禄に酔っていた。
一方、破邪の洞窟の出入り口では、
「へー、入らないんだぁー」
「見た目に反して、意外と冷静でクールだね」
ピロロやキルバーンの皮肉が飛ぶが、デスカールは気にしない。
「我が主ガルヴァスが取り付けた密約は、反逆者ハドラーが死亡した証拠の品を大魔王バーン様の許へ持ち帰る事……だと聞いておりますが?」
その言い方に、キルバーンが珍しくムカッときた。
「とことんクールだねぇ。僕は、そう言う冷静に全てを見通す輩を最も危険視するんだよ」
そんなキルバーンの遠回しな警告をデスカールは痛烈な一文で返してしまう。
「そうか、これが本で読んだ“同族嫌悪”というものか」
「ぬ!?貴様!?」
が、キルバーンは飛び掛かれなかった。
ピロロとキルバーンは、とある事情によりこれ以上大魔王バーンからの信頼を失う訳にはいかないのだ。
「なるほど……ガルヴァスは目的の為ならどんな卑怯もやってのける度胸を備えていると言う訳か……豪魔軍師を騙っていたのは伊達でも酔狂でもなかったと言う事か?」
「うわぁ。怖い怖い」
それでも動じないデスカール。
「それより、バーン様の許にお帰りにならなくても大丈夫ですかな?それとも、ここで行われる反逆者ハドラーの処刑を観戦……または協力して頂けるのですかな?」
「本当にムカつくよ君達は……だが、大魔王バーン様のお許しが無い以上、悲しかなこれ以上の手出しが出来ないのが残念だよ」
渋々去るキルバーン達であったが、
(ま、君達がここに何を仕込んだかは既に見抜いたがね。そして……その仕込みの弱点もね)
キルバーン達が去ったのを確認したデスカールは、一旦後退させておいたブレーガンとメネロを呼び戻した。
「何なんだいあの男は!人をおちょくり倒して!」
「だからこそ、お前達には一旦引いて貰ったのだ。さすれば、今回の待ち伏せ作戦は始まる前から終わっていたからな」
デスカールのこの言葉に悔しさをにじませるブレーガン。
「では何か?あのままあの男と戦ったら、作戦続行不可能な程のダメージを負うとでも!?」
その質問の答えは冷淡そのものだった。
「そうだ。少なくとも、こっちが無傷で済む内に終わるとは思えない」
それを聞いたブレーガンはあからさまに舌打ちをしたが、メネロは逆に安堵した。
「そう言う事なら、アンタのアドバイスに従って正解だった事にしてやるよ」
「メネロ!?お前までそんな事を言うのか!?」
「だって、私達の敵はアイツじゃなくてハドラーでしょ?なら」
「チッ!」
そして、疲れたかの様に溜息を吐くデスカール。
(これでは先が思いやられるな)
そして、アバン達はマトリフの導きにより、伝説の大賢者バルゴートが築き上げた修業の都ギュータで鍛錬を積んでいた。
が、バルゴートの娘であるカノンは、アバンからとある2冊の本を分捕る。
「嫌だね。これだから頭の良い子は……こんなに山ほどある中から、別格に危険な物ばかり選ぶもんだよ」
「すみませんカノンさん。でも、可能性の1つとしてはアリだと思います。もし、魔王が本当に倒せない相手だった場合―――」
「だから凍れる時間の秘法かい?まず成功するまい。しくじれば、アンタの命も危ういよ」
だが、アバンの意思は固かった。
「御言葉ですが、私の命だけで済むなら、賭ける価値はある……とも言えます」
アバンの意志の固さに父バルゴートの事を思い出すカノン。
「解ったよ。そっちの本は持っておいき。半端にかじって実践されるよりはマシだよ。だが……」
もう1冊の黒い本は没収となった。
「こっちの本は読むのをお止め」
が、マトリフと過去を語り合った結果、やはりさっきの黒い本を―――
「アバンがそれを?マジかよ!選びに選んで、よりによってそいつだと!?」
マトリフにとっては、例の黒い本に書かれている修業をするくらいなら、ハドラーちゃんやガンガディアと戦った方がマシであった。
「珍しく気が合ったね。あんた、さっきのアタシと同じ顔したよ」
カノンは意を決して、アバンをギュータ最下層に連れて往く。
「こいつがギュータ最深部に続く禁断の場所……逢魔窟だ!」
カノンが逢魔窟の入口を開けた途端、ロカもレイラもその危険性にドン引きする。
「ううっ!」
「なんなの……この、心の底から震える感じ……」
「この洞窟に充満している邪悪な瘴気……みてぇなもんのせいだ」
「父様がこのギュータを修行の地に選んだのは、武力・魔力が向上し易いこの地の性質を見込んだからだった。その根源はこの洞窟に有った。この山は、天地魔界全てからの負のエネルギーが流れ込み、隆起して生まれた物だったのさ」
これだけでも逢魔窟の恐ろしさが十分伝わるのだが、カノンの説明はここからが本番だった。
「中は一見普通の洞窟だが、渦巻く邪気が入った者の心の闇を増幅し、様々な幻覚を見る事になる。しかも、それは形が無いとは言えエネルギー体の影響、故に侵入者は攻撃を受ける!」
恐ろしく気が滅入る話であり、同時に空恐ろしい場所でもある……が、
「私が極めるべき第三の必殺剣をこう名付けました……空裂斬!」
アバン流刀殺法の剣技。心眼で敵の本体を捕らえ、光の闘気を用いて対象を切り裂く「空の技」。物理的な力技で斬る事でも形なきモノを打ち消すでもなく、目で追えず見えない邪悪なエネルギーを斬り裂く第三の必殺剣。
が、空裂斬は実体無き見えざるものを切るという抽象的な技から難解であった。
だかろこそ、アバンは空裂斬の開発に逢魔窟の力が必要だと判断したのだ。
意を決して逢魔窟に入るアバンは、ある意味予想通りの敵が目の前に現れた。
「そうか……私の心に潜む1番の恐怖はお前か?ハドラー!」
だが、ハドラーちゃんは襲ってこない。
「なに!?」
渦巻く邪気が攻撃力を持つ幻覚を生み出すと聞かされていたアバンにとっては意外な展開だった。
「ジニュアール1世」
ハドラーちゃんの口から意外な言葉が出た事に驚くアバン。
「恩知らずよのぉ……お前の祖父の予言がどれだけの命を救った事か……にも拘らず―――」
アバンは「やめろ!」と叫びたくなる衝動を必死に抑えながら無言で目の前のハドラーちゃんの形をした邪念の話を聴いた。
「お前の祖父は、強過ぎたが故に……孤独だった。そして、その孤独こそがお前の祖父を弱くした」
アバンの剣を握る手が無意識に強くなる。
「孤独は弱い。孤独は……つまらんぞ」
渦巻く邪気が次々と実体化してモンスター群を形成していく。
「数は力だ!数は孤独如きには絶対に届かん力の極致だ!」
改めて剣を構えるアバン。
ハドラーちゃんが破邪の洞窟地下27階へと続く階段を発見した……が、
「この階には……呪文を習得する場所が無かったな?1つ上の階ではあれだけ派手な場所が在ったと言うのに……」
流石に地下26階を隅から隅まで調べ尽くした訳ではないが、流石のハドラーちゃんだってあんなに派手な場所を見落とす程の馬鹿じゃない。
なら、考えられる事はたった1つ。
「破邪の洞窟が用意した新たなる呪文は、ここでネタ切れか?」
ここでハドラーちゃんは悩んだ。
このまま進むべきか?それとも、破邪の洞窟に見切りをつけて次の1手を探しに行くか?
「ぐるるぅ」
背後に迫る何かを感じてハドラーちゃんが振り返ると、2匹のベホマスライムを従えるスカイドラゴンである。
ハドラーちゃんは早速スカイドラゴンの頭頂部に肘打ちを見舞うが、ベホマスライムが|回復呪文を放つので、スカイドラゴンは直ぐに立ち上がる。
「……回復担当を敵に回すとこんなに厄介な物なのか?」
が、サババの再戦でのレイラの動きを思い出して視ると、
「いや、それも振る舞い次第だな。回復担当がちゃんと治療に徹すれば回復担当は脅威になるが、だとすると、アバン達はまだ未完成か?」
その時、ハドラーちゃんはウロド平原の戦いを思い出す。
長考するハドラーちゃんの背後から炎を吹きかけようとするスカイドラゴン。
が、ハドラーちゃんが|1周目の時に見た皆既日食を思い出した途端、
「やめろアバァーーーーーン!」
ハドラーちゃんの右手に内蔵された覇者の剣が背後にいたドラゴンの頸を斬っていた。
「あ」
軽く驚くハドラーちゃんに反し、、2匹のベホマスライムは大慌て。
必死に|回復呪文を放つも、既に|回復呪文が許容するダメージを大幅に超えていたスカイドラゴンには通用せず、スカイドラゴンは為す術無く息を引き取った。
「すまん。考え事をしておった」
2匹のベホマスライムが負けを認める様に逃げ去る中、ハドラーちゃんの考えは変わった。
「今引き返しても……待っているのはアバンの時間を1年も無駄にしたウロド平原の戦いだけだ。なら」
ハドラーちゃんは迷わず破邪の洞窟地下27階へと続く階段を下りた。
「この先はおそらく、上の階で手に入れた呪文を試し撃ちする為の訓練所の様な物だろう……ならば丁度良い。只々玉座でふんぞり返った所で体がなまるだけだからな」
そんなハドラーちゃんの判断が、多くの者達の運命を大きく変え、ハドラーちゃんに様々な出逢いを与える事になるのだ。
第10話
破邪の洞窟地下180階を彷徨っていたハドラーちゃんは、そこで白骨化した人間を見つけた。
「ほお。ここまで辿り着けたと言う事は、本来なら地上にその名を轟かせる筈だった者……であった筈か」
破邪の洞窟の全貌を知り尽くす事無く力尽きた無名の無双者の無念を思うと、|1周目のダイと戦ってからアバンの腕の中で死ねた事がどれだけ幸せかを改めて思い知らされた。
「もし……こんな所で潰えず、無事にアバン達と合流していたら……」
そう考えると、どうしても自虐的な笑みが浮かんでしまうハドラーちゃん。
「かつての俺では無理だな。特に大魔王バーンの手下と成り下がった情けない俺如きでは……」
そう考えると、この人骨が非常に勿体無く感じた。
「どっちにしろこのまま腐らせるには惜しい逸材である事だけは確かか?」
そう言うと、ハドラーちゃんが懐から2本の筒を取り出した。
「破邪の洞窟もここまで下ると、欲しいモンスターがうようよいるからな、空の魔法の筒をもう少し増やすか……デルパ」
ハドラーちゃんが取り出した筒から出て来たのは、溶岩魔人と氷河魔人。もしもバーン軍との戦いで兵力が大幅に減衰した時に備え、新たなフレイザードを作る為に保存しておいたものだ。
「まさか……もう作る事になるとはな……」
ハドラーちゃんが今からやろうとしている事は……あまりに卑怯なために使うのを禁じられていて、使うと魔法使いの間で仲間外れにされるという呪法。
白骨化した無名の無双者、溶岩魔人、氷河魔人を融合させて禁呪法生命体に作り変えようとしているのだ。
ハドラーちゃんが呪文を唱えると、溶岩魔人と氷河魔人がドロドロに溶けながら白骨化した無名の無双者を包み込んだ。
「甦れ!フレイザード!」
溶岩魔人と氷河魔人と言う新たな肉体を得た白骨化した無名の無双者が再び目を開くが、その姿にリアクションに困るハドラーちゃん。
「おーーー!おっ……お?」
完成したのは、屈強とは真逆の可憐な美少女であった。
「こいつが……本当にここまで辿り着いた猛者……なのか?」
少女は突然名乗り始める。
「百合の香りに誘われて、百合の導きに救われし女性達に新たな命をもたらす為、死の淵から今舞い戻るぅー。フレイザード2号!再臨よー!」
その自己紹介に驚くハドラーちゃん。
「2号だと!?何で貴様が|1周目のフレイザードの事を知っている!?それに、さっきから百合百合って、俺はそんな趣味は無いぞ!」
ここでハドラーちゃんが自分の趣味についてとやかく言うのには、一応理由があった。
生み出された禁呪法生命体は、術者の精神が反映された意思を持つからだ。その証拠に、魔軍司令時代のハドラーが生み出したフレイザードが狡猾で残忍かつ名誉欲に凝り固まった性格であり、親衛騎団のメンバーが騎士道精神と仲間意識や絆を重んじた性格であることは、それぞれを生み出した際のハドラーの精神状態を如実に表した例と言える。
だが、新たに作られたフレイザード2号は、ハドラーちゃんが思いもしなかった百合志向に凝り固まっていた。
「いやー、そこの可愛いお嬢さん。かなり待たせて悪いが、私が未熟故に未だに世の女性達の真の願いを叶えるには至っていないのだ」
全く何を言っているのかが解らないハドラーちゃん。
「ね……願い……フレイザードよ、お前は俺の何を叶えてくれると言うのだ?」
「なにって、百合妊娠に決まってるじゃない」
「ゆりにん……え?……なに?……」
「なにって、破邪の洞窟の奥地に眠る女性同士の性交のみで赤ちゃんを作る呪文を発掘しにだな―――」
フレイザード2号の言い分に困り果てるハドラーちゃん。
「いやいやいやいや!どう考えたって、地上に仇為す敵との戦いに役立つ呪文とは思えぬのだが」
どうやら、フレイザード2号は女性をこよなく愛する女性と言う変わった性格になってしまった様だ。
ハドラーちゃんは、フレイザード2号がどうしてこうなったのかを調べる事にした。だが、
「ハドラーちゃん、欲求不満が随分溜まってる様だが、女性の扱いは丁寧にしないとね♡」
「ちゃ、ちゃんーーーーー!?」
このままでは本当にフレイザード2号との同性性交に陥ってしまうので、ハドラーちゃんが慌ててフレイザード2号の両腕を握って核がどうなっているのかを確認した。
「何がどうなっているのだ?俺が今唱えた呪法に何か間違いでもあったのか?」
しばらくして、フレイザード2号の性格の不調の原因が材料側にあった事を知る。
「そう言う事か。あの骨の本来の持ち主の魂まで取り込んでしまったと言うのか?」
そう。フレイザード2号の材料になった無名の無双者はまったく成仏しておらず、あの人骨の中に入り込んだままだったのだ。
その結果が、フレイザード2号の|女性の同性愛化である。
「ここまで来れたから……と期待したんだがな……俺はとんでもない者を作ってしまったのかも知れん」
その後、破邪の洞窟地下200階に辿り着くまでにフレイザード2号の事を理解しようとしたハドラーちゃん。
「あの最悪の問題点さえなければ、今回のフレイザードは強大無比……なんだけどなぁ……」
あの人骨の本来の魂だけでなく、溶岩魔人と氷河魔人の頭脳まで取り込んでいるので、炎と吹雪を意のままに放ててしまっている上に、元々がハドラーちゃんの呪法無くとも破邪の洞窟地下180階に到達した猛者だった女。
フレイザード2号が弱い理由が無い……筈なのだ。
そう、フレイザード2号の材料となった女が|女性の同性愛でさえなければ……
「評価が難しいわこれ……」
一方のアバンの逢魔窟探索はと言うと、
「やはり……瘴気が変異してるだけのものに、普通の剣技は通用しない様ですね」
そんなアバンの言葉に、ハドラー軍に化けた瘴気達が悪意満載の言葉を垂れる。
「ならば、呪文を使って我々を消し去れば良い。だが、数に劣る貴様では考えつかぬであろうな」
無論、アバンは瘴気達の罵詈雑言に耳を貸さない。
それに、実体化する程の瘴気に下手な呪文をぶつければどうなってしまうのか、全く予想が付かない。
「やはりここは……空裂斬しかありませんね」
だが、今のアバンにそれが出来るのか?そこが最大の問題だ。
「ま、やるしかありませんね。私はその為にここに来たんですから!」
その直後、アバンの剣に光の闘気が宿る。
それを見たハドラーちゃんに化けた瘴気が挑発する。
「1人で戦うのか?誰の到着を待たずに?それとも……」
ハドラーちゃんに化けた瘴気の微笑みに悪意と邪気が宿る。
「孤独ゆえに当てが無いか?」
アバンは完全に無視。
心を研ぎ澄ます事に集中する。
すると、モンスター群に化けた瘴気が焦れたのか、統制が乱れ始める。
「そこか!?」
アバンが2匹のキメラを斬った。だが、その内の1匹は滅びずに瞬時に完治してしまった。
「浅い!空裂斬はまだ未完成か!?」
キメラの化けた瘴気がアバンに斬られて消滅したのを確認したハドラーちゃんに化けた瘴気が「くくく」と嗤った。
「なかなかやるな?だが、それでは長期戦は無理だ。先に疲れるのは、孤独と言う枷を背負う貴様の方だ」
ギガントに化けた瘴気が飛び掛かり、アバンの両肩を掴んだ。だが、その顔は……
「どうだ!?これが、貴様を孤独にした男の顔かぁーーーーー!?」
この時のギガントの顔は、正にジニュアール1世そのものだった。
が、アバンの心を乱すどころか逆にシラケさせてしまった。
「流石にここまで言われ続けると飽きますね?」
対し、ハドラーちゃんに化けた瘴気の邪悪な微笑みはまったく崩れていなかった。
「強がるな。数が孤独に敗北する理由など……無いのだぞ?」
「それに……貴方達は何か勘違いしている」
「1人のお前のどこが孤独じゃないと言うのだ?」
「その前提そのものが間違っていると言うのだ!」
アバンは、普通の凡人じゃない。
そしてアバンは、独りじゃない。
そんなアバンの帰りを待つ仲間達は……ギュータが予想していなかった戦いをしていた。
結局、ハドラーちゃんはキギロの寿命を致命的に縮めた「キギロがギュータを襲撃」を止める事が出来なかったのだ。
だが、|2周目のハドラーちゃんは、|魔軍司令時代あの頃じゃない。
ハドラーちゃんの命令を受けたガンガディアがキギロの回収を諦めずに動いていたのだ。
「キギロ……そんなとこに居たのか?だが」
ガンガディアだってキギロの強さは知ってるし、キギロの勝利を疑う訳でもない。
だが、ハドラーちゃんのあの焦りからして、今のキギロではアバンには……
「ハドラー様は恐らく、今回のキギロの独断先行が勇者を育てる試練になるとお考えであろう」
ガンガディアにとって幸いだったのは、キギロが|破邪呪文を破壊してくれたお陰でギュータへの侵入が容易になった事だが、それがかえってギュータの残った者達の戦闘意欲に火が点いてしまったのがガンガディアのキギロ回収を遅らせてしまった。
「どうやら、アバン達は良き修業の場を得た様だな?それに、天地魔界の邪気が集結し噴き出している……|破邪呪文が無かろうと、キギロの回収は難しそうだな」
しかも、キギロが次々と分身体を生み出し続けるからか、ガンガディアですらどれがキギロの本体か解っていない体たらくであった。
アバンの逢魔窟探索……もとい、ハドラーちゃん率いるモンスター軍団に化けた瘴気との戦いも佳境に入った。
(当たる!……様になってる!敵を感知する力が高まっているのだ)
空裂斬の完成が近づきモンスター群に化けた瘴気を追い詰めているのか、最初の頃の鬱陶しい悪口も大分聞こえ難くなってきた。
アバンの精神が鍛え上げられてる証拠だ。
だが、
「アレは!?バルゴート様の杖!?」
それはつまり、人間が辿り着ける逢魔窟の深部に到着してしまった事を意味する。
(と言う事は!)
ハドラーちゃんに化けた瘴気が身に纏う邪気も当然強大になる。
(当然、そうなる理屈だ)
さっきまで聴こえ辛かった悪口が一気に大音量となる。
「孤独に堕ちた雑魚の分際でぇー!」
一瞬気圧されそうになったアバンであったが、
(闘気を!闘気を最も鋭く集中させる放ち方を見つけなくては!)
が、気合いを入れ直すアバンの前に、招かざる客が来てしまった。
「君は本当に面白くて……ムカツク奴だよ!」
「その声は……キギロ!」
「僕もね、今の君同様にガンガンに鍛え直して来たのさ。特に1番強く生まれ変わったのは『根』だ」
「ね?」
「僕の根は絶大な魔力を持った。地に刺しただけで大陸全ての植物を管理下に置けるほどの力さ。普通の植物を自分の分身体に出来るだけじゃない、大陸の全植物を悪魔の目玉の様に自分の端末にする事も出来る!」
アバンは、呆れながら言い放った。
「貴方は相変わらずバカですね」
「おい!そのやり取りはたしか!?」
「そうだ!キギロ、貴方は調子に乗り過ぎると自分の能力を敵に明かしてしまう悪癖がある。しかも、これが3度目だ……最も治すべき場所だけは修正出来ていない様だな!?」
一方、キギロが逢魔窟に侵入した事を察したマトリフがカノンを差し置いて逢魔窟に入ろうとするが……
「……お手柔らかに頼むぜ!神様よ!」
「馬鹿!何をする気だい!?お前みたいな屑がここに入ったら―――」
「解ってるよ。自分の恐怖心や罪悪感にやられちまう。だが、アバンの奴はもっと危ねぇ!相手は厄介な能力を持った化物だ。呪文の助けがいる!」
「だからこそ―――」
「俺の役目なんだよ!師匠との約束なんだ!」
口を滑らせてつい言ってしまったマトリフの台詞に驚くカノン。
そう。マトリフは師匠であるバルゴートに託されていたのだ。地上界を救う真の勇者やそれを支える英傑達を育て、真の勇者達と共に救世の道を歩む夢を。
そして、|1周目はアバンと共にハドラー達と戦い、ポップを一人前の大魔道士に育て上げ、大魔王バーンとの戦いの縁の下の力持ちの役目を十分に果たしたのだ。
「父様が、アンタにそんな事を……アタシゃてっきり」
「ま、オレがクズなのは事実だけどよ。その後もデタラメな人生だったしよ!」
ここで動くのがお人好しなロカ。
「よっしゃ!話は解った!俺がアバンの所までおぶってやるよ!」
「あん?馬鹿野郎。おめえはどうすんだ?」
「俺に怖いもんなんかねぇから大丈夫だ!俺が怖いのは、自分がヘマする事だけだ!」
で、ロカとマトリフの2人でアバンを救助すべく逢魔窟に入ったが、
「あれ?何も出てこねぇ……やはり恐怖心が無い奴には効かないのか?」
「そんな馬鹿な事が……」
そう言いかけて……マトリフの背中が凍り付いた。
「不味い!キギロの奴、洞窟の邪気を吸収し始めたたんだ!急げ!」
逢魔窟の邪気を全て吸い尽くしたキギロは……巨大な蟹の様な化物へと豹変した。
「グハハハハハハハハ!この洞窟の邪気……ほとんどが魔族や魔物達由来の物だ。どこかが魔界と繋がってるのかもね?今のボクには最高の……ボーナスだぁーーーーー!」
しかも、ただ巨大化しただけではなく、素早さも倍増どころではなかった。
「先手必勝さ。また|鋼鉄変化呪文とか使われると面倒だからな。グハハハハハハハハ!」
それに対して万事休すのアバン。
(いけない……前が見えない……しかも……剣が……)
「イタダキぃーーーーー!」
このままアバンに止めを刺そうとするキギロであったが、
「|極大爆裂呪文!」
「ぐおぉー!?」
「アバン!」
ロカとマトリフが間に合ってくれたのだ。
「戦士くんと……大魔導士とか言う奴か!?」
とは言え、逢魔窟の全邪気を味方につけたキギロに一般的な技が通用する訳が無い。なら、
(とは言え……あれ程膨大な邪気を素通りする攻撃は、やっぱアバンの空裂斬しかねぇか!?)
「アバーン!其処の杖を使え!師匠の杖は、全部仕込み杖だ!」
「それがどうした?……このビンビンのどす黒い邪気のガードをさぁ!そんなズタボロな状態で貫けるなら!」
「たとえ何度剣を折られ様と、私の心はまだ折れてはいない!心の光を一撃に籠め、闇を貫く!」
「やって魅せて貰おうかぁーーーーー!」
バルゴートの杖に仕込まれた剣を抜き、渾身の力でそれを揮うアバン。その技は正しく、
「空裂斬!」
「消え去ー……え?」
アバンの空裂斬は見事にキギロが身に纏う邪気を完全に祓った。
(え!?あれ程の量の邪気を……一撃でぇ!?)
その隙にマトリフが|氷系呪文と|真空呪文を同時に発動させる。
「物理で削りゃ良いんだろ?」
(2つの呪文を同時にぃ!?)
|氷系呪文と|真空呪文の合わせ技にどうにか耐えるキギロ……だったが、
「当然……やる事は解ってるよな?用心棒!」
ロカがカール騎士団正統の構えでこのチャンスを待っていた。
(いつまでもレイラに甘えてられねぇ!俺の剣の速度だって、この里の修行でグッと上がってる筈なんだ……これが1人で出来る俺の精一杯の)
「豪破一刀だぁー!」
ダメ押しの斬撃まで食らい、ボロボロに砕け散るキギロ。
「そんな、馬鹿なぁーーーーー!?」
だが、ここへハドラーちゃんからキギロ回収の密命を帯びたガンガディアがすっ飛んで来た。
「何!?」
「君達はなかなかに恐ろしい連中だよ。ハドラー様が興味を持たれるのも納得だ」
ガンガディアはこのままアバン達を抹殺しようと考えたが、
「その結果がキギロのこの窮地だ。このままではキギロ回収に失敗しそうなので、今日はこれで失礼するよ。|瞬間移動呪文」
キギロとガンガディアが去り、戦いは終わった。
そして、アバンはロカとマトリフに抱えられながら逢魔窟を出た。
「アバン!無事だったかい!」
「はい。なんとか。ロカとマトリフのお陰です」
と言って、アバンはハドラーちゃん率いるモンスター軍団に化けた瘴気の言った言葉を思い出す。
「数は力だ!数は孤独如きには絶対に届かん力の極致だ!」
(確かに……あの時ロカとマトリフが来てくれなかったら、私はキギロに敗れ朽ち果てていただろう。その点だけは、|逢魔窟の言う通りだった。でも、それは彼らが心を許せる友だからだ!)
やっぱりアバンは、独りじゃない。
破邪の洞窟地下192階にいたハドラーちゃんは、キギロの無念の悲鳴を聞いた気がした。
「ん?」
「どうしたのハドラーちゃん?」
「いや……キギロがまた敗けた気がしてな……俺はまた、間に合わなかったらしい」
フレイザード2号の材料となった女は百合萌えの|女性の同性愛。故に女性の表情の微妙な違いが判るのだ。
「その割には嬉しそうね?ハドラーちゃんはキギロに何か恨みでもあるの?」
フレイザード2号の質問に対し、ハドラーちゃんはある意味安堵の表情で答えた。
「強いて言えば、キギロの奴がアバン如きに敗け過ぎたくらいか……寧ろ、アバンが何度も皮がむけて俺を楽しませてくれるのが面白いと言うのが本音だな」
フレイザード2号は嫌そうな顔をしながらハドラーちゃんに問う。
「ハドラーちゃん、アンタもしかしてそのアバンの事が好きなんじゃないの?」
フレイザード2号の見当違いな質問を聞いてズッコケるハドラーちゃん。
「何を言ってんだお前は!?俺はただ、このままアバンに負けっぱなしで死ぬのは我慢ならないだけだ!」
「いやいや、そうやって何度も戦っている内に、宿敵から必要不可欠な―――」
「違うわ!アバンは地上侵略を阻む勇者だ。つまり、我々魔王軍の敵だぞ!」
しかし、百合萌えの|女性の同性愛と化したフレイザード2号は、ハドラーちゃんの弁明をかなり拗れて解釈してしまう。
「つまり……ハドラーちゃんを巡る恋敵は、やっぱりアバンなのね?」
「だから違うと言うに!」
百合萌えの|女性の同性愛と化したフレイザード2号との会話についていけず、別の意味でへとへとになるハドラーちゃんであった。
「して……キギロ殿の回収の方は?」
バルトスの質問に対し、残念そうに首を横に振るガンガディア。
「本体の方はどうにか回収したのだが、本体の核が損傷していてね……」
「な!?助からぬのか!?」
「勇者一行が寄る場所にしては瘴気が多い場所だったのでそれなりの応急処置を施したが、白状するなら『もう大丈夫』……とは言えん」
それを聴いてアバンの底知れぬ何かに不安を感じるバルトス。
「まさか……あのキギロ殿がここまで追い詰められるとは……」
そこで、ガンガディアがある独断を決意する。
「キラーマシーンを使用しようと思う」
「あのデカいのをか?」
「恐らく負けて帰って来ると思うが」
「それって、投入する意味があるのか?」
「少なくとも、勇者一行の次の行き先をこちらである程度調節出来る」
「気付きますかね?」
「そこまで奴らは馬鹿じゃない……と信じたいがね」
一方、どうにか地底魔城に帰り着いたキギロであったが、自身の棺桶になる筈だったギュータの戦いでの傷が予想以上に深く、未だに生死の境をさまよっていた。
「ぐおぉーーーーー!この僕が死ぬのか?あんな奴らに敗けで死ぬのか?……嫌だ!敗けたくない!僕は敗けてない!」
そこへ、あの疑惑のさまようヨロイがやって来た。
「貴様は、あの時の空っぽ!?」
さまようヨロイはキギロの傷口に手を当てる。
「貴様?何をする気だ!?」
すると、キギロの傷口は急速に小さくなり、全身がボロボロに砕け散りそうな激痛が消えて無くなった。
「な!?何だこれは!?力が……力が溢れそうだ!」
キギロが完治したとみるや、さまようヨロイが退室する。
「オイ待て!お前は本当に何者なんだ!?」
さまようヨロイはキギロの質問に目もくれずに静かに退室した。
「……なんなんだアイツ?」
第11話
破邪の洞窟地下200階に辿り着いたハドラーちゃんとフレイザード2号。
そして、破邪の洞窟を守護するモンスター達を視て舌なめずりするハドラーちゃん。
「んもーう。そんなはしたない事しちゃダメでしょ。折角の別嬪が台無しでしょ」
フレイザード2号の百合萌え|女性の同性愛発言に少しは慣れたハドラーちゃんは、フレイザード2号の言葉を無視して破邪の洞窟を守護するモンスター達を吟味する。
(ほほぉ……これは粒ぞろい!なかなかのラインナップ!魔法の筒が足りるかどうか)
それもその筈。
破邪の洞窟地下200階を守護するモンスターは、バグログ、メタルギメラ、デビルウィザード、バラモスエビル、ほうおう、てんのもんばん、ダークトロル、キングヒドラと、どれも|1周目のハドラー軍にいなかった上級揃い。どれもこれも欲しくなる。
「こんな事なら、もっと魔法の筒を持って来るんだったな。やはり12本では足りん」
そうこうしている内に、バラモスエビルの内の1体がハドラーちゃんに気付いて仲間のモンスター達に指示を出す。
「って、暢気な事を言っていられないか?」
「殺せ!」
先ずはバグログが先陣を切って鞭を振り回す。
「ケケェー!」
が、ハドラーちゃんは楽々と襲い掛かる鞭を掴んでしまった。
「あ。この黄色いのはいらんな?」
「テ!?……こうなったら……くーたばれ|死の呪文♪」
ハドラーちゃんの頭に薄気味悪い呪言が響き渡る。これに耐えられない場合死亡するのだが、
「小賢しいわ!|爆裂呪文」
「ギッ!?きっぎゃあぁー!」
一撃で葬られるバグログ。
「アレは流石にいらん」
一方のフレイザード2号は、|飛翔呪文を使って複数のメタルギメラ相手に大立ち回りをしていた。
「ちょっと待てフレイザード2号!」
「どしたの?」
「何故お前が|飛翔呪文を使える?」
フレイザード2号は頭を掻きながら、まるで質問をするかの様に答えた。
「んー……なんかー、緑色の服を着たブ男が何故か私の頭に浮かぶと言う屈辱を味わわされた途端、いきなり使える様になった」
バラモスエビルにとっては何を言っているのか解らない話だが、禁呪法の使い手であるハドラーちゃんは合点がいった。
(なるほど……俺の|1周目のダイ達との戦いの記憶が、フレイザード2号が使える呪文に影響しているのか?)
ありえない話ではない。
禁呪法によって産まれた生物は本来、術者の性格が反映される筈なのだ。
だとすると、先程の緑色の服は恐らくポップの事だと思われる。
(ん?そうなると、フレイザード2号の百合萌え|女性の同性愛は、俺がダイやアバンの強さに対するある種の憧れ―――)
「さぁーって!私とハドラーちゃんの愛の営みを邪魔する者を……みんなぶっ殺しちゃいます☆」
ニコッとしながら残酷な事を言っているフレイザード2号を観て呆れるハドラーちゃん。
「やはり違う……フレイザード2号の百合萌え|女性の同性愛は、材料として利用した人骨の……素なんだ」
一方、殺されてたまるかと複数のメタルギメラが氷の息を一斉に吐いた。
しかし、
「|氷結呪文……|火炎呪文」
両手で2つの呪文を同時に発動させるフレイザード2号。
(今度は、あのポップを庇った大魔導士か!?)
それを視たハドラーちゃんが思い出すは、ポップがキルバーンの|◇の9《ダイヤ・ナイン》を破壊してダイを救おうとした時の呪文。
(使えるのか!?ポップとか言う小僧の最後の切り札を!)
が、この戦いでハドラーちゃんが注意しなければいけない事はそれだけではない。
「あ!いかん!そいつらに止めを刺すな!」
「え?」
メタルの名に恥じない程度の高い守備力と呪文耐性のお陰で命拾いしていたメタルギメラが、攻撃呪文を止めてしまったフレイザード2号に襲い掛かるが、
「イルイル」
その途端、メタルギメラ3匹がハドラーちゃんが持っている魔法の筒に封印されてしまった。
この光景にバラモスエビルが驚きを隠せない。
「な!?……何をしてくれたんだ?」
その質問に対し、ハドラーちゃんはあっけらかんと答えた。
「スカウトだ。俺の下で存分に働くが良い」
体の横で正面に向けた手を開いてエネルギーを溜めるデビルウィザード。
「ぐおおぉーーーーー!」
「ほう!お前|極大爆裂呪文が使えるのか?感心歓心!」
「黙れぇー!|極大爆裂呪文!」
そして、両手を突き出して巨大な破壊光弾を発射するデビルウィザード。
が、ハドラーちゃんが体の横で両手を上に向けて、両手を弓なりに伝わる炎の柱のようなものを発生させ、それを頭上で両手を合わせて圧縮―――
「ちょ!?……ちょっと待てぇー!」
「待てん。待ったら俺が|極大爆裂呪文に当たってしまう……熱がれ!|極大閃熱呪文ーーーーー!」
デビルウィザードの|極大爆裂呪文がハドラーちゃんの|極大閃熱呪文に撃ち抜かれ、何も無い所で破裂してしまう。
「ぐっ!てんのもんばん!」
神々しい金色をしたオッサンの石像が動き出してデビルウィザードを庇う。
が、金色の石像の攻撃を視た瞬間、ハドラーちゃんはガッカリした。
「駄目だな……ガンガディアに嫌われそうな戦い方だな」
ハドラーちゃんが体の横で両手を上に向けて―――
「させるか!|呪文封殺呪文!」
その途端、両手を弓なりに伝わる炎の柱がきれいさっぱり消えてしまった。
しかし、ハドラーちゃんは慌てるどころかますます嬉々としていた。
「ほおぉ。赤い方はなかなか賢い様だな?ガンガディアの為にも……貰っておくか」
その途端、デビルウィザードは魔法の筒に封印されたメタルギメラ3匹の事を思い出して背筋を冷やしてしまう。
「何だと!?てんのもんばん!|威力増量呪文」
が、それがかえってハドラーちゃんがデビルウィザードを欲しがってしまう。
「ますます欲しいね」
「殺せえぇーーーーー!」
が、ハドラーちゃんは神々しい金色をしたオッサンの石像には興味が無いと言わんばかりに、右腕から覇者の剣を生やす。
「お前!それは確かオリハルコン!何故貴様がそれを!?」
そうこう言っている内に、てんのもんばんを斬り刻んだハドラーちゃんが魔法の筒を3本構える。
「待て!よせ!」
「イルイル」
「やーめーろおぉーーーーー!」
抵抗虚しく、3人のデビルウィザードが魔法の筒に封印された。
その途端、ダークトロルが叫んだ。
「ぐおおぉーーーーー!|威力増量呪文!」
「お?自分の能力をちゃんと弁えてるじゃないか?」
ハドラーちゃんは、今更ながら魔法の筒をもっと持って来れば良かったと後悔した。
「やはり12本じゃ足りんか」
ハドラーちゃんが考え込んでいる隙に棍棒を振り下ろすダークトロル。
「ぐおおぉーーーーー!」
が、肝心の棍棒がハドラーちゃんの覇者の剣に斬り落とされた。
「ぐ……」
打つ手を失ったダークトロルは、
「ぐおぉー!」
叫びながら逃げて行った。
「おい!何処行く!?……まあいいか……トロル系は沢山持ってるしな」
情けないダークトロルを見かねたキングヒドラが、5つもある口から一斉に炎を吐いた。
が、それが更なる喜劇……もとい、悲劇を生んだ。
「そう言えば、ヒドラ系はまだだったな」
元々高かった高熱への耐性も、魔炎気を発する超魔生物の能力も使える様になった事で更に高まっており、平然と歩きながらキングヒドラに近づき、
「イルイル」
「グワァーーーーー!」
3匹のキングヒドラを魔法の筒に封印。
「これで、俺の軍はかなり充実するな?」
最後に残ったバラモスエビルが慌ててハドラーちゃんに殴りかかる。
「図に……乗るなー!」
このバラモスエビル、肥満体形の割には行動が素早くて効率が良く、まるで1度に2回行動いているかの様である。
「ほお……少しは楽しませてくれそうだな?」
「黙れ!|火炎呪文!」
しかし、ハドラーちゃんの覇者の剣がバラモスエビルの|火炎呪文を真っ二つにしてしまった。
が、バラモスエビルは既に体の横で正面に向けた手を開いてエネルギーを溜めていた。
「|極大爆裂呪文!」
今度は躱せずもろに食らうハドラーちゃん。
ハドラーちゃんを包む爆炎に、フレイザード2号は唖然とし……そして怒り狂った。
「貴様ぁー!よくも私のハドラーちゃんをぉー!」
が、フレイザード2号が怒って叫んでいる間に、バラモスエビルは凍える吹雪を吐く準備を整えていた。
「かー!」
「|火炎呪文!」
バラモスエビルの凍える吹雪とフレイザード2号の|火炎呪文がぶつかり合う間に、バラモスエビルは既に凍える吹雪を吐く準備を整えていた。
(え?喉が膨らんで、喉の膨らみが上に?)
そう。バラモスエビルは凍える吹雪を2連発出来るのだ。
慌てたフレイザード2号が|氷結呪文で押し返そうとするが、とてもじゃないが間に合わない。
「くっ!」
このままバラモスエビルの凍える吹雪がフレイザード2号に命中してしまう……かと思いきや、
「|極大閃熱呪文ーーーーー!」
ハドラーちゃんの|極大閃熱呪文が横からバラモスエビルの凍える吹雪を押し祓う。
「何!?」
まさかと思い、バラモスエビルが|極大爆裂呪文の着弾点を視た。
その時、爆炎から足音が響いた。それは、爆炎に包まれた者がまだ生きている証拠だ。
「効いてないのか!?わしの|極大爆裂呪文が!?」
そして、何事も無かったかの様に姿を現すハドラーちゃん。
「|極大爆裂呪文が使えるとは……お前、なかなか見込みがあるじゃないか?」
「おぉーーーーー!」
完全に恐慌状態と化したバラモスエビルが慌てて凍える吹雪を2連続で吐こうとしたが、その前にハドラーちゃんが魔法の筒をバラモスエビルの腹に押し当て、
(は!?速い!?)
「イルイル」
魔法の筒に封じられたバラモスエビル。
それを見て変な安堵の仕方をするフレイザード2号。
「良かった!無事か!?……美しい肌に火傷の後が無いみたいだし♪」
このままだとまた百合萌えの|女性の同性愛に走りそうだったので、聞こえぬ振りをして先に進むハドラーちゃん。
「行くぞ」
「そんなぁー……それは流石に冷たかろうて」
ハドラーちゃんとフレイザード2号は、何かに呼ばれた気がした。
「ん?何か聴こえないか?」
「聞こえるねぇ」
声の主を探して視ると、そこには巨大な扉があった。
「まさか、魔宮の門ではないだろうな?」
試しに扉を押してみるハドラーちゃん。
すると、かなり重いがどうやら開く様だ。
「魔宮の門程ではないがこれ程の厳重……いったい何が有ると言うのだ?」
巨大な扉を開けて声の主を探していると、無数の鎖に縛られて宙ぶらりんとなった片開き戸だけであった。
このシュールさには、流石のハドラーちゃんもフレイザード2号も返答に困った。
「門が……拘束されてる?」
「防御を厳重にする……と言うより、罪人を磔にしている様にしか見えんな」
ただ観ているだけでは埒が明かないと思い、片開き戸を拘束している鎖を斬ろうと覇者の剣を生やしたが、
「その扉に触れるな」
先程の呼ぶ声とは違う、まるで拒絶や説教の様な声が響く。
「……誰だ?」
ハドラーちゃんが背後の殺気に気付いて振り返ると、3匹のモンスターに囲まれていた。
紫色のグレイトドラゴン。
水色のカイザードラゴン。
青肌のメイデンドール。
そのどれもが、規格外の貫禄と威厳を放っていた。
「なかなか面白そうだ」
3匹のモンスターがそれぞれ名乗りを上げる。
「わしが竜王の力を得て、この罪深き許し難い罪人の自由を奪った『りゅうおうもどき』である」
「同じく……我、破壊神シドーの力、与えられし……『シドードラゴン』……。この罪深き許し難い罪人の不自由、我の所業……!」
「そして、私が『ゾーマズレディ』。恐れ多くも、ゾーマ様の力を頂き、この罪深き許し難い罪人に手を加えたのよ」
それを聞いて、フレイザード2号が首を傾げた。
「罪人……って……あの宙ぶらりんな扉の事……なの?」
りゅうおうもどきはフレイザード2号の質問を肯定した。
「如何にも!もし、わしと共にあそこにいる罪深き許し難い罪人に罰を与えるのであれば、世界の半分をお前にやろう」
ハドラーちゃんもフレイザード2号も否定や拒否の態度を示した。
「罪人って言っても……ただの扉よアレ」
「ぬかせ。この魔王ハドラー、魔軍司令の時の様な辱めは、もう2度と受けんと決めている!」
が、りゅうおうもどきの次の言葉は、
「……と言いたい所だが、わしにその権限は無い」
それを聞いたフレイザード2号がズッコケた。
「無いんかい!?」
「わしらは、罪深き許し難い罪人の釈放と自由を汚し、其方ら罪深き許し難い罪人を助ける者を阻む為、偉大なる神より生み出された番人なのだ」
今度はシドードラゴンが口を開く。
「我ら……大いなる魔王の力……与えられた……この罪深き許し難い罪人は……解き放たない……」
更にゾーマズレディが続く。
「罪深き許し難い罪人よ!何故この2人を呼び、もがき生きるのか?滅びこそ我が喜び。死に逝く者こそ美しい。さあ、我が腕の中で息絶えるが良い!」
それに対するハドラーちゃんの答えはただ1つ!
「敗れ去るのはお前達の方だ!お陰でますますあの扉の事が知りたくなったし、正直に言ってお前達が欲しくなった……」
そして、魔王としての威厳を取り戻す為に嫌々着ていた魔軍司令時代のマントを脱ぎ捨てた。
「お前達は自慢して良いぞ!この邪魔臭いマントを脱ぐって事は、この俺にその実力を認められた証だ!」
第12話
破邪の洞窟の出入口でハドラーちゃんを待ち伏せる様ガルヴァスに命じられたデスカール達であったが、待てど暮らせどハドラーちゃんの姿が無い。
「……何時まで待たせる気だ?ハドラーお嬢様は」
ブレーガンの悪態を聞いてこっちまで不安になるメネロ。
「ねぇデスカール、この洞窟の出入口って、本当にここだけなの?」
対して、デスカールは平然と答えた。
「その点についてはコウモリ男とドラキーに調べさせている。自ずと答えは出るだろう」
が、メネロの不安は晴れない。
「本当にここで大丈夫なんだろうねぇ?」
そこへ、件のコウモリ男がやって来て、
「うむ、そうか」
「どうした?」
調査の結果、破邪の洞窟の出入口はやはりここだけだった。
「信用出来る情報なのかしら?」
破邪の洞窟が他の洞窟と繋がっていないとすると、ハドラーちゃんは何故破邪の洞窟から出てこないのか?
「まさか!……ハドラーはあの洞窟内で既に……」
その点に対しても、デスカールは平然と答えた。
「それはもっと無い」
「何故そう言い切れる?」
「先ずは、ハドラーが自殺する理由が無い事」
ブレーガンがデスカールの予測を疑う。
「何故そう言い切れる?」
「アバンと言う障壁以外は順調そのものだからだ。折角の好機をわざと捨てるバカはおるまい」
「そうかしら?ハドラーとか言う糞女は、カールを襲う際、堂々とバーン様に喧嘩を売ったんだよ。今頃、バーン様との力の差を知って―――」
「本当にそうなら、こんな所で1人寂しく自殺するより、どうにかこうにかバーン様に取り入る方法を探す筈だ。ガルヴァスの様にな」
デスカールにそう言い切られて返す質問が無いメネロ。
「そ……それは……そうだけど……」
でも、これだけ遅いとやはり2度と出てこないのではないかと不安になる。
「まさかとは思うが、ハドラーがあの洞窟の中で事故ッてって言う展開が!?」
確かに、今回のハドラー待ち伏せ作戦の1番の懸念はそこである。故に、
「その為にドラキー共にバルトスを見張らせている」
デスカールの言ってる意味がいまいち解らないブレーガン。
「何で其処でバルトスが出て来る?」
その点に対しても、デスカールは平然と答えた。
「禁呪法でハドラーに作られたバルトスは、ハドラーの死と共に滅びる定めだからだ」
「あー、なるほど」
で、結局、ハドラーちゃんが何故遅いのかの理由に辿り着けない3人。
なぜなら、ハドラーちゃんが破邪の洞窟を訪れた理由を失念していたからだ。もしかすると、ハドラーちゃんが破邪の洞窟に入った理由すら知らないのかもしれない。「堂々とバーン様に喧嘩を売ったんだよ」とまで言っておきながら……
で、肝心のハドラーちゃんはと言うと……
「ぐおぉー!」
りゅうおうもどきが凄まじい雄叫びと共に黒く輝く闇の炎を吐き、ハドラーちゃんが両肩のスラスターを使って回避し、フレイザード2号も|飛翔呪文で宙を舞う。
が、
「かかったね!」
真上で待ち構えていたゾーマズレディが|氷結呪文を放つもハドラーちゃんはギリギリで回避。
「ぬお!?」
「あぶな!何するのよ!ハドラーちゃんの可愛らしい顔が傷付いたらどうするんだー!」
フレイザード2号の百合萌えの|女性の同性愛故の見当違いな心配の仕方に呆れるハドラーちゃんであったが、シドードラゴンが煉獄火球を撒き散らすので説教どころではなかった。
「フレイザード!これは遊んでる場合じゃないぞ!?」
この3匹のモンスター達、ハドラーちゃんが知るモンスターの中でも最上位と言える強さを発揮する。
これには流石のハドラーちゃんも「欲しい」と言ってる余裕が無い。
「これは|本気で戦わないと……死ねるな?」
が、ドラゴン風情がハドラーちゃんに……もとい!可愛い美少女に一生消えない傷を与えようとする腐った糞根性に激怒し、何の考えも無く|火炎呪文を放ってしまう。
「いい加減にしろよこの糞蜥蜴!」
(不味い!冷静さを失ってる!?)
一方のゾーマズレディは、待ってましたとばかりに|呪文返し《マホカンタ》を放った。
自分の|火炎呪文がUターンして戻って来る事態に驚くフレイザード2号。
「マジか!?」
呪文合戦では不利と判断したハドラーちゃんが覇者の剣を生やしながらシドードラゴンに飛び掛かる。
「でやあぁー!」
だが、
「……竜眼……」
シドードラゴンの目が怪しく光ると、ハドラーちゃんが振り下ろした覇者の剣がシドードラゴンの眼前で停止する。
「何!?」
そこへ、りゅうおうもどきがその巨体ごと尻尾をふりまわす。
「危ない!」
フレイザード2号が身を挺してハドラーちゃんを護ろうとしたが、力及ばず2人共吹き飛んで壁に激突してしまった。
「グワ!」
「がは!」
寧ろ壁と自分に挟まる形になってしまったハドラーちゃんを診て慌てふためくフレイザード2号。
「ハドラーちゃん!?」
対して、ハドラーちゃんが発した言葉は、恨みでも慰めでもなく、説教だった。
「冷静になれフレイザード!」
「!?」
「お前が本当に俺の過去や記憶を覗き見出来るのであれば解るだろう?俺に歯向かった愚かな人間共は、どいつもこいつも冷静でクールで……諦めが悪かった。だが、今のお前は何の考えも無しに強大な力を振り回しているだけ。それだけでは勝てる勝負にも負けてしまうし……」
ハドラーちゃんの説教が終わるのを邪な微笑みを浮かべながら待つ余裕と油断をかます3匹のモンスター達。
「あの様な連携を得意とする輩の思う壺だ。嘘だと思うなら、今1度、俺の過去を覗いて視ろ」
ハドラーちゃんにそう言われたフレイザード2号の脳裏に、突如ポップがキルバーンの|◇の9《ダイヤ・ナイン》を破壊する為に放った最後の切り札が浮かぶ。
「それってつまり……あの鬱陶しい連携さえ無ければ勝てるって訳だね……」
フレイザード2号の目つきが変わったのに気付いたハドラーちゃんが力強く首を縦に振った。
「……ああ……あの連携を崩してしまえばこっちのものだ!」
「なら……あの3匹の内のどれかを真上に放り投げて!私がそいつを消すから!」
「消す……我を、か?」
フレイザード2号の提案にわざと乗ったシドードラゴンがりゅうおうもどきと協力して不思議な霧を解き放つ。
「竜眼の波動」
そして、シドードラゴンがフレイザード2号の真上に移動した。
「さあ……移動して、やったぞ……遠慮無く、我を、消すがいい……」
一方のフレイザード2号は、右手から吐く灼熱の炎と左手から吐くあまりの低温で凍った大気が輝くほどの猛吹雪を眼前でぶつけ合っていた。
「ぐおおぉー!」
(あの技……いや、呪文はまさか!?)
一方、フレイザード2号の行動の意味が全く解らないゾーマズレディが嘲笑う。
「馬鹿かアンタ?炎と氷をぶつけ合って何が楽しい?双方が消滅するだけ……」
と思いきや、灼熱の炎と輝く息が合体して虹色の光を放つ光の弓矢となった。
「やはりアレか!?」
シドードラゴンがその光を凝視していると、
「|極大消滅呪文」
フレイザード2号は、ポップがキルバーンの|◇の9《ダイヤ・ナイン》を破壊しようとした時と同様に、|極大消滅呪文を真上に放ち、真上にいたシドードラゴンを虹色の閃光で包んだ。
灼熱の炎と輝く息がお互い相殺し合っただけで虹色の光矢が生まれると言う支離滅裂な展開を前に、りゅうおうもどきは無言でアングリとし、ゾーマズレディは弱々しく呟く。
「キ、キレー」
(灼熱の炎と輝く息がぶつかり合ってお互い消滅しただけで、あんな強力過ぎる矢が生まれるだなんて……支離滅裂過ぎるだろぉー!)
シドードラゴンに至っては「キレー」に画面外にフレームアウトしてしまった。
一方の|極大消滅呪文と言う支離滅裂をやってのけたフレイザード2号が自信満々にハドラーちゃんに問うた。
「さあ、連携は崩したよ。これで勝てるよね!?」
それに対し、ハドラーちゃんは力強く頷いた。
「あぁ!上出来だ!」
闘志を取り戻したゾーマズレディが慌てて動く。
(負けるか!)
下半身が鳥籠のようになっているのを利用してフレイザード2号の動きを封じようとするゾーマズレディだが、閉じ込められたフレイザード2号が不敵に挑発する。
「良いのかなぁー?私の真上にいてもぉー?」
フレイザード2号が再び|極大消滅呪文の発動準備に入ったので、ゾーマズレディが地団駄を踏む様に大混乱した。
「ぎゃあぁ!よせ!やめろぉー!」
そこで、ハドラーちゃんが覇者の剣でゾーマズレディの下半身である鳥籠を斬ってフレイザード2号を取り出す。
「はははは。こんな所に引き篭もり過ぎて|極大消滅呪文を知らんと視える。これは少し勿体無いな」
すると、魔法の筒をゾーマズレディに向け、
「イルイル」
ゾーマズレディを魔法の筒に封印してしまった。
「俺が責任を持って外を魅せてやる」
シドードラゴンとゾーマズレディがいなくなって慌てふためくりゅうおうもどき。
「え?あ?え?」
完全に形勢逆転。3対2だったこの戦いも、あれよあれよと1対2に変わり果てた。
「狡い!あんな支離滅裂な展開、本当に実現させるな!」
りゅうおうもどきの言い分も尤もだが、実際に出来るのだ。
|極大消滅呪文の原理は、メラ系とヒャド系の魔法を合成させる事によりプラスとマイナスの魔法力をスパークさせ、その対消滅に対象を巻き込むと言うモノ。
そんな無に戻る為のエネルギーを弓矢を射る様に遠方に放つのだから、理論上はこの呪文を強度で防げる物質は存在しない。|鋼鉄変化呪文状態や凍れる時の秘宝での時間停止状態、オリハルコンも、この攻撃に耐える事は不可能である。
ただ、フレイザード2号の|極大消滅呪文は、まだ真上にしか撃てない中途半端品であった。
「くっそおぉー!」
ヤケクソになったりゅうおうもどきは、飛び掛かるハドラーちゃんとフレイザード2号に「闇の炎」「テールスイング」「痛恨の一撃」の3動作を一瞬で叩き込んだ。
「はあー、はあー、はあー……どおだあぁーーーーー!」
が、りゅうおうもどきの期待に反し、一瞬で黒く輝く闇の炎で焼かれて太い尻尾で殴られて巨大な手で床に叩き付けられても、ハドラーちゃんはおねだりする子供の様な涙目を浮かべる余裕を魅せた。
「やれば出来るではないか……欲しくなった。俺の軍門に下れ!」
焦りがピークに達したりゅうおうもどきは、必死に自らの責務を語る。
「待て!待つんだ!シドードラゴンとゾーマズレディがいなくなった今、わしまでこの部屋から出たら、誰がこの罪深き許し難い罪人の脱獄を阻止するのだあぁーーーーー!?」
が、りゅうおうもどきはハドラーちゃんの罪深さを知らなかった。
「そいつも俺が貰う。お前達をここまで怯えさせる程なのだ……期待出来る!」
そして、ハドラーちゃんは魔法の筒をりゅうおうもどきに向け、
「やーめーろおぉーーーーー!」
「イルイル」
りゅうおうもどきを魔法の筒に封印してしまった。
「こいつらだけでも、この破邪の洞窟に来た甲斐があったな?」
で、残るは拘束されている謎の片開き戸である。
フレイザード2号が取り敢えず周囲を再度見回すが、
「他にぃ……罪人と呼べる人がいないけどぉ……」
「ではこいつだと言うのか?俺をこの部屋に呼んだのは?」
取り敢えず、ハドラーちゃんは片開き戸を宙に拘束している無数の鎖を覇者の剣で切断した。
拘束を解かれた片開き戸がゆっくりとハドラーちゃん達の眼前に降下した。
ハドラーちゃんもフレイザード2号も無言で息を飲む。
だが、謎の片開き戸の第1声はと言うと、
「いやー、あんさん達、ほんまおおきにやで」
謎の片開き戸のあまりのフレンドリーさにズッコケるフレイザード2号。
「さっきまでの神秘的な展開は何だったのよ?」
「あ奴ら……こんな物を恐れていたと言うのか……」
「あんさん、こんな物は酷いでぇ」
謎の片開き戸が勝手に自己紹介を始めた。
「わては異元扉と言います。わてを開けた人が往きたい場所にあっという間に往ける様になるちゅうのが、わての得意技ですわ」
「往きたい場所?」
ハドラーちゃんは一瞬、こいつを使って大魔王バーンを奇襲してやろうと考えたが、異元扉の逃走を阻み続けた3匹のモンスター達にすら苦戦していた今の自分にそれが可能かと不安になった。
「あんさん、それは辞めた方がええで」
ハドラーちゃんは一瞬ドキッとした。
「な!?」
「わては読心術やさかい、わてを開けた人が往きたい場所を言い当てる事が出来ますねん」
悔しい事だが、ハドラーちゃんは大魔王バーンへの奇襲を延期にした。
(このような奴に性根がバレる様ではな……)
「それと、わてを助けてくれたお礼のほんの1部や、ここから安全にあんさん達を出したるさかいな」
その言葉に、フレイザード2号は大激怒。
「来た道を引き返せないとでも?随分嘗めてくれるじゃない?」
フレイザード2号は|極大消滅呪文を撃ちそうな勢いだったが、異元扉の一言がそれを制止させた。
「百合妊娠」
「えっ♪」
呆れるハドラーちゃん。
「……おい」
で、異元扉は説明を続ける。
「あの邪魔臭い3人をやっつけてくれたあんさん達の実力を疑ってる訳や無いけどな、この洞窟の唯一の出口であんさん達を待ち構えてる輩がおりますねん」
「待ち伏せ?この俺をか?」
ハドラーちゃんは一瞬アバンの事を考えたが、ハドラーちゃんが知るアバンは策士だが外道ではない。寧ろ、目的の為なら己を犠牲にする事すら出来る真の勇者だ。なら、アバンが待ち伏せはありえない。
そこで、フレイザード2号が先遣隊に立候補するが、
「今の体質のあんさんはもっとあかんて。あ奴ら、とんでもない卑怯を用意してますねん」
「なら、その真下に行ってその罠を|極大消滅呪文で―――」
異元扉はフレイザード2号の提案を痛烈に否定した。
「|極大消滅呪文は炎と氷が相殺し合う時に発生する力を矢に変えて放つ呪文でっしゃろ?なら、あの罠との相性は最悪やで」
「そいつら、何を仕掛けている」
「寒気超優遇フィールドでっせ」
その説明だけで|極大消滅呪文が使えない理由を理解するフレイザード2号。
「つまり、暖気の力を弱めて寒気の力を高める空間って訳ね」
「そうや。あそこに入ると、暖気は3000分の1となり、寒気は3000倍になりますんや」
「この俺が炎関連の呪文が得意である事を見越したうえでの伏兵って事か?」
「そう言う訳やから、わての力で一気にショートカットや!」
ハドラーちゃんが助けた異元扉に今回の待ち伏せ作戦が見抜かれた事に気付かないデスカール達の許に、キルバーンが再び現れた。
「バーン様からの伝言だってー」
ピロロの軽快な発音に苛立つメネロ。
「嫌な言い方だね!まるで馬鹿にされているみたいだよ!使い魔風情が!」
が、キルバーンの言葉は事態がもっと深刻である事を告げるモノであった。
「君達どころか、君達の雇い主であるガルヴァスがバーン様に見下されちゃってねぇ、何でもガルヴァスが自信満々にアバンの悪口をバーン様の前で言いまくたら、急にバーン様が怒りだしちゃってね」
キルバーンの説明に、デスカールが完全に困惑する。
「どっ!?……バーン様はガルヴァスを今後どうすると?」
「解雇は……一応避けられたよ。ガルヴァスがバーン様を上手く言いくるめたからね」
「そうか―――」
「だが!」
「まだ何かあるのか!?」
「ガルヴァスはしばらく、鬼岩城建城の現場監督を務めるそうだ」
「鬼岩城はバーン様が欲しがっているオモチャの1つだからねー、頑張って作りなよー」
つまり、ガルヴァスは自分を更に売り込む為にわざとアバン達を過小評価した事がかえって仇となり、大魔王バーンの怒りを買ってハドラー暗殺計画を解かれて戦地から追い出され、後方で建城の現場監督にまわされたのである。
ブレーガンが恐る恐る訊ねた。
「では……俺達はどうなる?」
それに対するキルバーンの答えは冷酷だった。
「当然、君達も鬼岩城建城を手伝ってもらうよ」
それを聞いたメネロは愕然とした。
ハドラーちゃんと戦う事すら出来なかったのだから……
第13話
地底魔城では、ハドラーちゃんが鍛錬の為に破邪の洞窟に引き篭もったきり帰ってこない事にいろめきだった。
それを見かねたバルトスが、困惑するモンスター達に一喝した。
「落ち着けい!このワシを視ろ!」
理解に苦しむモンスター達は更に困惑するが、バルトスにはハドラーちゃんの生存を信じられる確証の様な確信が確かに有った。
「案ずるな。もしハドラー様が亡くなられたのならば、あの方に禁呪法で生み出されたこのワシも生きてはいない筈だ!」
バルトスのこの言葉は、ヒュンケルにとっては別の意味でショックだった。ハドラーちゃんが死んだらヒュンケルの育ての親であるバルトスも死んでしまうからだ。
そんなヒュンケルの心情を察したかの様に異元扉が出現し、
「ヒュンケルの前でその話はしない方が良いぞ」
何の前触れも無く出現したハドラーちゃん達に驚きつつ慌てて釈明するバルトス。
「滅相もございません!ワシはただ、ハドラー様が破邪の洞窟に敗れ死んでしまわれたと勘違いしておるモンスター達をですね―――」
「だから貴様の正体をこやつらに明かしたのか?」
「……ええ……まぁ……」
心配そうに物陰でバルトスを見るヒュンケルを発見したハドラーちゃんがバルトスを窘めた。
「バルトス、俺の生還を信じてくれるのはありがたいが、言葉選びはもっと慎重な方が良いぞ?」
バルトスがヒュンケルを諭させようとするが、フレイザード2号が制止する。
「やめときなよ。今は何を言っても無駄さ……時間に任せるしかない」
フレイザード2号にそう言われても、フレイザード2号の事を全く知らないバルトスは混乱するばかりであった。
「何者だ!?」
「ハハハ。そうだったな。新入りの自己紹介がまだだったな?」
ハドラーちゃんは魔王軍の主要メンバーを玉座の間に呼び集め(ブラスはデルムリン島に居るので、悪魔の目玉を使ったリモート)、フレイザード2号や異元扉と出会った経緯を説明しようとしたが、
「キギロの姿が見えんが……既に手遅れだったか?」
その点についてガンガディアが謝罪する。
「申し訳ございません。キギロを発見し回収した時には、生命の根源はもう」
「……そうか」
だが、今のハドラーちゃんは後ろを向いている暇が無い。
「こやつらがキギロの代わりになってくれると良いのだがな……デルパ」
魔法の筒から出て来たのは、破邪の洞窟で生け捕りにしたモンスター達。
それを見たガンガディアは少しだけ不安になった。
「と言う事は、我々はお役御免なのですか」
「いやいや、俺はそこまで薄情なのか?」
それを聞いて安堵するバルトス。
一方、破邪の洞窟から地底魔城に強制連行されたバラモスエビル達は、突然見慣れぬ風景を魅せられて激しく大混乱し驚愕する。
「な!?ここは……ここはどこなのだ!?」
「お前達の新しい職場だ。俺の地上征服に存分に役立って貰おう」
「何を言っている!?私は罪深き許し難い罪人―――」
ハドラーちゃんの隣に異元扉がいる事に気付いて蒼褪めながら驚愕するりゅうおうもどき。
「あーーーーー!?罪深き許し難い罪人が!罪深き許し難い罪人に施された拘束がぁーーーーー!」
異元扉もまた、この展開に驚愕する。
「ちょっ!?こいつらを懲らしめてくれたんとちゃうんでっか!?」
ハドラーちゃんは自信満々に答える。
「何を言っている?そんな勿体無い事が出来るか?」
が、りゅうおうもどきは異元扉を成敗しようと動き出し、バルトスとガンガディアがそれに反応して身構える。
「こうなれば……わしが自らこの罪深き許し難い罪人を―――」
「やめんかぁーーーーー!」
ハドラーちゃんの怒号が、一発即発の雰囲気を一蹴する。
「|地底魔城はお前達の新しい職場であり住処だ。それを破壊すれば、お前達は今度こそ居場所を失うぞ?」
だが、りゅうおうもどきとゾーマズレディは認めない。
「何を言っている私の目的はこの罪深き許し難い罪人に手を―――」
これ以上続けたら話が進まないと察したフレイザード2号は、突然ハドラーちゃんに向かって拍手した。
それにガンガディアがつられて拍手し、バルトスも拍手しバラモスエビル達も拍手し、りゅうおうもどきとゾーマズレディまでつられて拍手してしまった。
が、自分がとんでもない失態をしたと気付いたりゅうおうもどきが慌てて異元扉と対峙する。
「は!?わしとした事が!今は罪深き許し難い罪人の討伐に全力を注がねばならないと言う時に!」
「ちょっ!?さっきの拍手はなんやったんやぁー!」
と、完全にハドラー達にペースを握られたバラモスエビル達に反乱の余地は無かった。
手始めにフレイザード2号が勝手に自己紹介を始めた。
「私はフレイザード2号!1度は百合妊娠の術の発見に失敗して命尽き果てましたが、そこにいる可愛い娘さんに救われ、世界に百合の花をもたらす魔法使いとして再びこの世に生を受けましたぁー♪」
フレイザード2号の説明と百合萌えの|女性の同性愛な性格に、呆れて固まるバルトスとガンガディア。
「百合ぃー……妊娠……?」
「女性同士の性交だけで赤子を産み出す……と?本当にその様な事が可能なのか?」
ハドラーちゃんが呆れ過ぎて笑顔になりながら首を横に振った。
「真に受けるな……叶わぬ夢だ」
それを聞いて慌てるフレイザード2号。
「ちょっとちょっとちょっと!?……それは流石に冷たかろうってぇー」
これ以上フレイザード2号の自己紹介を続けたら自分の頭が使い物にならなくなりそうなので、破邪の洞窟から盗み出したモンスター達に自己紹介を催促した。
「次!」
「ちょっとちょっとちょっと!?……それは流石に冷たかろうってぇー」
呆れて固まるバルトスとガンガディア。
その間、バラモスエビルが悪態を吐く。
「何でわしがこんな所で―――」
が、直ぐにハドラーちゃんに気付かれて威圧される。
「つーぎ」
「……はい」
そして、りゅうおうもどきとゾーマズレディと異元扉以外の自己紹介が一通り終わり、異元扉が遂に自分が何者かを語り始める。
「わては異元扉と言います。わてを開けた人が往きたい場所にあっという間に往ける様になるちゅうのが、わての得意技ですわ」
それを聞いて俄然興味が湧くガンガディア。
「つまり、君は|瞬間移動呪文の役割を果たす扉……と言う訳か?」
だが、異元扉が不敵な笑いを上げた。
「ふふふ。わての力はそれだけではおまへん」
「と、言うと?」
「わてが連れて行ける―――」
りゅうおうもどきとゾーマズレディが異元扉の発言を阻む。
「黙れ!罪深き許し難い罪人め!」
「その先は知る事許さぬ!」
だが、ハドラーちゃんが威圧しながら異元扉に続きを命じた。
「で、|瞬間移動呪文以外に何が出来るのだ?」
「やめろ!その先は―――」
「俺は続けろと言ったのだ。この地底魔城の中で俺に逆らう事は、何が遭っても許さん」
「……そろそろわての本当の力について説明してもええでっか?」
「話せ。これは命令だ」
「やーめーろー!」
異元扉が改めて自らの力について話し始めた。
「わてが連れて行けるのは、なにも場所だけではおまへん」
バルトスが首を傾げる。
「場所以外……それはどう言う意味ですかな」
が、異元扉がバルトスの質問に答える事をゾーマズレディが許さなかった。
「今聞いた事を全て忘れろ!そして―――」
だが、それがハドラーちゃんに|爆裂呪文を使わせる結果となった。
「たわけ。俺に逆らうなと言ったばかりだぞ?それに俺もこの扉の謎多き言い分の詳細が気になった。ちゃんと解り易く説明せい」
「駄目だ!この罪―――」
「イルイル」
何時まで経ってもいっこうに話が進まないので、りゅうおうもどきとゾーマズレディを再び魔法の筒に封印するガンガディア。
「使命に忠実なのは良い事だが、もう少し空気を読んで欲しかったな」
異元扉が再び再確認する。
「……そろそろわての本当の力について説明してもええでっか?」
「話せ。これは命令だ」
「では……つまりや、わてを使えば様々な平行世界に往けるちゅうこっちゃ!」
ハドラーちゃん達は直ぐにはピーンとこなかった。
「平行世界?」
「それは、天界、地上界、そして魔界、とは違う更なる異世界が在ると言う事か?」
知恵と知力を得る事に貪欲なガンガディアですらこの程度の解釈しか出来ず。
だが、フレイザード2号だけは目をギラギラ輝かせていた。
「で、平行世界とはどう言う意味だ?」
「簡単な事でっせ。先ず、皆様の前にAルートとBルートがあるとするやろ」
ここでハドラーちゃんがハッとする。
(つまりそう言う事か!?俺の身体の異変はそう言う意味だったのか!?)
ガンガディアもようやく理解して来た。
「つまり、選んだルートによってその後の出来事が大きく変わると言う事か?」
「そう言うこっちゃ。つまり、選択肢の数だけ平行世界は存在しますねん。わてに言わせれば、平行世界は時の流れと言う馬鹿デカい大樹に生えた無数の枝や葉っぱの様なもんですわ」
で、バルトスが異元扉が|瞬間移動呪文の役割を果たす扉だけじゃないの意味について問うた。
「まさかと思うが……その選ばれなかったルートにも|瞬間移動呪文の要領で往けると?」
異元扉が自信満々に宣言する。
「そう!その通りや!」
バルトスはりゅうおうもどき達が異元扉を恐れる本当の理由を正しく理解した。
「それだと……存在しない筈の世界が存在する事実を認めてしまう事には為りませんか?」
その途端、異元扉が激怒する。
「その言い方はあきまへん!それだとりゅうおうもどき共やバランと同じ轍を踏みますやろ!」
ハドラーちゃんは異元扉の激怒の理由に対して笑う。
「ははは。竜騎将バランらしい考えだな。|竜の騎士の立場上、平行世界の技術や呪文がこの世界に流出する事態を許す事が出来なかったのであろう」
ハドラーちゃんの口から天敵バランの名が出た事に驚き怯える異元扉。
「実家に帰らせていただきます」
「待て」
ハドラーちゃんは「でかした!」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「生憎、こっちはその平行世界の呪文がどうしても欲しいのだ。もう直ぐ俺の物になるこの地上界を大魔王バーン如き壊させない様にな」
が、ここでフレイザード2号が百合萌えの|女性の同性愛故の余計な発言をしてしまう。
「てこ、と、はぁー♪人間を無理矢理男女に別けると言う超愚策を選ばなかった正しい平行世界もぉー♪存在するって事だよねぇー♡」
ガンガディアが呆れ過ぎて頭を抱えるのだが、
「お嬢様ぁー!アンタ、アンタ様だけがわての味方やぁーーーーー!」
が、ハドラーちゃんが興奮気味のフレイザード2号と異元扉を軽く一喝する。
「騒ぐな。さっきも言った通り、大魔王バーンは俺の物である筈の地上界を完全確実に灰にしようとしているのだぞ。先ずそれを止めなければ、いくら平行世界の力を得たとしても無駄になる」
「あっ」
ガンガディアが何を思ったのか、異元扉にとんでもない依頼をする。
「なら、実際に大魔王バーンに破壊された地上と言うモノを視せて欲しい。そうすれは、そのドアに反抗的なあの2人も納得するのではないのかな?」
ハドラーちゃんは正直観たくはなかったが、大魔王バーンの恐ろしさをいまいち理解していない部下達を……もとい自分自身を一喝する意味で魅せておくべきだとも思えた。
「そう……だな。実際に観ておくか。大魔王バーンがやらかした最低最悪のバットエンドとやらを」
ハドラーちゃん達が意を決して大魔王バーンの地上界破壊計画の全貌を知るべく異元扉を開けた途端、眩い光がハドラーちゃん達を襲った。
「ぬお!?何だ!?この光は!」
「巨大な光が……地上を完全に包んでおる……」
バルトスとガンガディアが光しか見えない状況に驚く中、ハドラーちゃんは大魔王バーンの躊躇の無さと無慈悲過ぎる残酷さに驚いた。
「バーンのボケ老人め!地上で大量の『黒の|核晶』を使ったな?」
ガンガディアはハドラーちゃんのとんでも予想に驚愕する。
「黒の|核晶ですと!?それがどれだけ危険な物か、本当にご存知故の台詞ですか!?」
フレイザード2号は珍しく冷たい表情でガンガディアに問うた。
「その台詞、大魔王バーンの前でも言える?」
ここで大魔王バーンの本気度を思い知らされたガンガディア。
りゅうおうもどきとゾーマズレディも同様だったのか、口を大きく開けて完全にアングリしていた。
が、何かに気付いたフレイザード2号が異元扉から飛び降りてしまう。
「ちょっと!何する気でっか!?危ないって!」
「黒の|核晶の爆発に巻き込まれに逝く心算か!?」
傍目から視ればそう思えるが、フレイザード2号は何故か黒の|核晶の爆発に巻き込まれない自信が有った。
「じゃあ何故大魔王バーンは!……この破壊の光りを高みの見物出来る?」
そう。フレイザード2号が発見したのは、空に浮かぶ|大魔宮!
その|大魔宮に|極大消滅呪文を撃ち込む心算だったのだ。
「大魔王バーンよ!貴様に無慈悲に踏み潰された百合の怒りの総意……思い知れぇーーーーー!」
だが、フレイザード2号の前に力と正体を隠すために着用していた闇の衣を脱ぎ捨てたミストバーンが立ち塞がる。
「忠義だねぇー……だが、この所業に躊躇の余地は無し!|極大消滅呪文!」
だが!
「フェニックスウイング」
「何!?」
フレイザード2号が放った|極大消滅呪文がはね返されてUターンしてフレイザード2号の許に戻ると言う予想外の展開が発生してしまい、ハドラーちゃんは堪らず叫んでしまう。
「フレイザードぉーーーーー!」
が、自らが放った|極大消滅呪文に巻き込まれた筈のフレイザード2号は、気付けはハドラーちゃんの隣にいた。
「いやー……泣かせるねぇー」
ガンガディアがフレイザード2号の言動に驚かされるのはこれで何度目であろうか?
「何が遇った!?何時の間に戻って来れた!?」
「いやぁーそれなんだけどさぁー、破邪の洞窟で|合流呪文を発掘しなかったら、自分のメド―――」
ハドラーちゃんがフレイザード2号を思いっきり殴った。
「馬鹿者!貴様はさっきから何の考えも無い軽はずみな行動ばかりしおって!そんなに死に急ぎたいか貴様ぁー!」
ハドラーちゃんの激昂を見て、珍しく自分の軽率さを恥じるフレイザード2号であった。
「この俺の軍に入った以上、俺の許可無く死ぬ事は絶対に許さーん!」
「……はい」
異元扉を使って改めて大魔王バーンを野放しにしてはいけない事実を知ったハドラー軍は、改めて大魔王バーン対策を練る事にした。
「先ずは、我々にどの程度の猶予が有るか……そこから調べる必要が有りますな?」
その点については、強くてニューゲーム的なものがあるからなのか余裕のハドラーちゃん。
「その点については、そんなに心配無いと思うぞ」
その言葉にガンガディアが激昂する。
「何を仰っているのですかハドラー様!?敵はあれだけの数の黒の|核晶を躊躇無く程の連中ですぞ!それなのに」
とここでハドラーちゃんが困ってしまった。下手に喋り過ぎれば自分が未来から来た事がバレてしまうからだ。
とは言え、まだまだ15年以上も余裕がある事を伝えるのも大事な事である。
故に、言葉を選びながらのちぐはぐな台詞になってしまった。
「ああ……確かに……あれだけの数の黒の|核晶を爆破させれば、地上にもかなりのダメージを与えられるだろう……」
「だからこそなおさら―――」
「だがな……大魔王バーンの最終目標はな、魔界全土を太陽の光で照らしだす事なんだ。つまり、ただデタラメに黒の|核晶を爆破させるだけではー……ダメだと思う……ぞ……」
このハドラーちゃんの苦しい言い訳的な屁理屈。実は的を射ており、六星魔法陣を併用し威力を増幅させる為に直径1メートルクラスの黒の|核晶を何処に設置すれば良いのかを計算中であり、黒の|核晶を設置する為の|大魔宮もまだ完成していない。
「よくよく考えたら、魔界の奥地で採取される黒魔晶が必要と聞く。地上全土を包む光を生むとなると、どれだけの黒魔晶が必要になるか?」
「それにだ……奴は……本当に地上界を完全に消滅させたかを……ちゃんとこの目で確認したいー……筈……だ……」
その点はフレイザード2号が納得した。
「それって、私が|極大消滅呪文を撃ち込む筈だった鳥の様な城の事だな?」
「つまり、大魔王バーンの地上界破壊計画は、|大魔宮の完成なくして始まらないと?」
強くてニューゲーム的なもの以外の理由でまだ猶予がたっぷりある事を理解したハドラーちゃんが力強く頷く。
「それにだ!流石の大魔王バーンも俺の様な邪魔者をこれ以上増やしたくない筈だ!そう言った者を完全に排除してから最終段階に向かう筈だ!計画がバレたら、色んな輩が大魔王バーンの邪魔をしに往ってしまうからな!」
だがここで、バルトスが嫌な事に気付いてしまう。
「となると、ハドラー様は逆に死ねなくなりますぞ?ハドラー様も大魔王バーンの邪魔者ですから」
それに対し、ハドラーちゃんは邪な笑みを浮かべた。
「なら……大魔王バーンを殺してしまえば良い。そうすれば、俺は安心して死ねる」
口で言うのは簡単だが、問題は大魔王バーンをどうやって殺すかである。
「そう言う意味では……」
異元扉は自分に課せられた使命を察して理解した。
「わての……出番でっしゃろ?」
「そうだな。早速だが、この俺が知らぬ呪文の宝庫となっている平行世界に連れて行け!其処で俺達を鍛え直す」
だが、異元扉は予想外の事を言いだす。
「それはええけど、あんさんまさかウロド決戦をサボろうとしてまへんか?」
異元扉の口からウロドと言う単語を聞かされた途端、ハドラーちゃんがしょっぱい顔をした。
「アレは時間の無駄だ。特に俺とアバンはな」
だが、異元扉は予想外の事を言いだす。
「そやけど、アバンは『凍れる|時間の秘法』の力を借りへんと『空裂斬』を会得出来まへんのや」
ハドラーちゃんとガンガディアは理解に苦しんだ。
「何で?」
「凍れる|時間の秘法を受けた者は完全に凍り付いて身動き不可能と聞く。それが何故?」
異元扉の答えは更に予想外なモノだった。
「アバンが使用した凍れる|時間の秘法は不完全なモノでしてな、肉体は止められても心までは完全停止にはいたりまへん」
「つまり……なんだ?」
「つまりや、アバンは凍れる|時間の秘法のお陰で1年間四六時中滝行しとる状態を維持してたちゅうこっちゃ」
ハドラーちゃんは恐る恐る聞きたくない答えに繋がる質問をした。
「他に……アバンは他に凍れる|時間の秘法の力を借りずに空裂斬を会得する方法は―――」
異元扉がハドラーちゃんの武人的な懇願を一蹴する。
「ありまへん。凍れる|時間の秘法が無いと空裂斬もアバンストラッシュも不完全なままでっせ」
「そう……なのか……」
ハドラーちゃんは、異元扉を使って1年間鍛錬三昧の日々を送るついでにアバン達に1年間の猶予を与えようと考えていたのだが、あの忌まわしいウロド決戦を避ける事が許されないと聞かされた事で全てが瓦解してしまう。
ガンガディア的にはハドラーちゃんの敵のこれ以上のパワーアップは避けるべきだと思うが、フレイザード2号はハドラーちゃんの武人的な考えがそれを納得させないと諭した。
「つまり、強大な敵を完膚なきまでに叩き潰した方がインパクトが在るしアピールにもなる。そう言う事だと思うよ?」
「……なるほどな」
一方のハドラーちゃんは悩みに悩んだ。
あの忌まわしいウロド決戦を避けられないとは……
「まあ、皆既日食までまだ11日ありますさかい、それまで考えるのもありやと思いますよ」
異元扉の活躍によって暗黒魔術を使って寒気超優遇フィールドを形成してまで行ったハドラー待ち伏せ暗殺計画は失敗に終わった上に、勇者アバンを侮り過小評価が仇となって大魔王バーンに才能を見抜く力と先見の明に関する疑念と猜疑心を持たれてしまったガルヴァスは、配下達と共にギルドメイン山脈に呼び出されて鬼岩城製作部隊最高司令官と言う閑職に甘んじさせられていた。
「……くっ!まだか!?まだ完成せんのか!?」
バーン軍の地上侵略(実際は地上破壊)部隊の本拠地として建造・使用されるとあって胸に無数の砲門を持つなど、並外れた攻撃力を持っていたが、悪く言えば鬼岩城が完成するまでギルドメイン山脈から出られないのである。
その間にも、他の(1周目の時は)侵略未遂者がハドラーちゃんの首級を奪って大魔王バーンに取り入るのではないのかと日々心配していた。
「こうしている間にも、私を差し置いてハドラーの頸を斬る者が現れるのではないかと不安になる……急ぐのだ!」
そんな豪魔軍師ガルヴァスの当面の目標は、相も変わらずの大魔王バーンに実力を認めて貰い、ハドラーに取って代わり魔軍司令になって地上界を支配する事。
大魔王バーンの地上界破壊計画の本気度を知ってしまったハドラー軍から見れば、それは儚くて叶わぬ幻の夢……
第14話
アバンが誰かと戦っているのだが……アバンはらしくない舌打ちをしていた。
「見苦しいな……己の力不足を棚に上げて……いや、努力不足と言った方が―――」
アバンは意を決して剣を逆手に持つ。
「……良いのか?そんな中途半端な技で?」
だが、もはやアバンにはこれしかない!
「アバン……ストラッシュ!」
が、相手は手にした杖を軽く振るだけでアバンストラッシュを霧散させてしまう。
「無駄だよ。この杖を持っている時の余には、その様な中途半端な未完成技は通用せんよ」
「くっ!」
アバンが悔しそうに歯噛みするが、アバンストラッシュすら通用しないのではもうどうする事も出来ない。
「あのハドラーが買い被り過大評価する勇者と聴いて来て視れば……口ほどにもない。あのハドラーが何故この様な……」
アバンを圧倒している相手は、至極つまらなそうに顔を歪める。
「もうよい。これで終わりとする」
アバンが懲りずにアバンストラッシュを放とうとするが、アバンを殺そうとしている老人の左手には既に大量の炎が集結していた。
「アバン―――」
「カイザーフェニックス!」
その老人が放つ|火炎呪文は、想像を絶する威力と、鳳凰の如き優美さを兼ね備えていた。
「おーーーーー!?」
最早……アバンに出来る事は、断末魔の怒号をただ虚しく叫び続ける事だけであった。
「があぁーーーーー!」
ハドラーちゃんが慌てて飛び起きる。滝の様な冷や汗を掻きながら。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
(アバンが……あのアバンが敗ける!?アバンは大魔王バーンに届かないと言うのか!?)
そして、ハドラーちゃんは異元扉のあの言葉を思い出してしまう。
「アバンは『凍れる|時間の秘法』の力を借りへんと『空裂斬』を会得出来まへんのや」
(つまり……空裂斬が完成せぬ限り……)
ハドラーちゃんは首を必死に横に振り続ける。自らを蝕む邪念を祓うかの様に。異元扉のあの言葉が根も葉もない嘘だと認めるかの様に。そして、宿敵にして好敵手である勇者アバンに対する疑念や猜疑心を放棄するかの様に。
「下らぬ慢心は捨てろハドラー!貴様は何時アバンを超えた!?」
地底魔城に巣食うモンスター達の興味は異元扉が見せた『もしも大魔王バーンの地上界破壊計画が成功したら』に完全に移行しており、勇者アバンの事など眼中に無かった。ハドラーちゃんの気も知らないで……
「異元扉殿!今直ぐ大魔王バーンに遭わせろ!」
「あんさん!死にに逝く気でっか!?」
バルトスの無理強いに対し、ガンガディアが冷静さを促した。
「そのくらいの奇襲くらいで片付く相手なら、ハドラー様が既に行っておる」
「それはそうだが……」
「そうやで。死に急いだらあかん」
「そうは言われても……大魔王バーンの地上界破壊計画が実行に移されたら……」
そこへハドラーちゃんがやって来て、
「最早勇者アバンに何の興味も無いか?」
「ハドラー様!」
ハドラーちゃんが玉座に座るや否や、ガンガディアが早速進言する。
「ハドラー様、今直ぐ異元扉を使って我が軍の更なる強化を!」
「そうやで。なんなら、わてがええ訓練所を紹介しまっせ」
そんな進言がハドラーちゃんを困らせる。
ハドラーちゃんはちゃんとした形でアバンの使徒達と完全決着をつけたい。でも、『もしも大魔王バーンの地上界破壊計画が成功したら』を観てしまった者達を説得するだけの材料も証拠も無い。しかも、下手な事を言えば指導者としての素質不十分と視なされて離反が増える恐れがある。
(……さて……どうしたものか……?)
そこへ、フレイザード2号が真新しい衣装に身を包んで、その手に真新しい衣装を持ってやって来た。
「ハドラーちゃーん!新しい衣装が届いたわよぉー!」
バルトスはフレイザード2号の緊張感の無さに呆れ果てた。
「フレイザード殿……今は衣装の事など―――」
が、それがかえってフレイザード2号を更に意固地にしてしまった。
「何を言ってるの!?ファッションは大事!あらゆる女性に振り向いて貰える様に―――」
その時、ハドラーちゃんの脳裏に何かが閃いた。
(ファッションが大事?それは、見た目の事を言っているのか?)
そこで、ハドラーちゃんはフレイザード2号に質問した。
「フレイザードよ、やはり見た目と言うモノはそんなに大事か?」
それに対し、フレイザード2号は張り切って反論する。
「当り前でしょうが!あらゆる女性に振り向いて貰える為の努力を怠っては女が廃る!その様な無様な女は女の恥です!」
その言葉が、先ほど見たアバンが大魔王バーンに惨敗する悪夢を粉砕するヒントだと確信した。
「アーハハハハハハ!」
突然のハドラーちゃんの高笑いに、一同困惑。
「ハドラー様!?」
だが、ハドラーちゃんは気にせず異元扉に命ずる。
「異元扉!俺の腹は決まった!」
「と、申しますと?」
「貴様が先ほど言った鍛錬三昧出来る世界とやらに連れて行け!俺が知らぬ呪文がわんさかあって……」
一瞬だけフレイザード2号と目が合ってしまったハドラーちゃんは、面倒くさそうに注文を追加した。
「百合への理解と造詣が過剰な世界を頼む」
ハドラーちゃんの命を聴いて異元扉が困惑する。
「それはええけど―――」
だが、その点もフレイザード2号のお陰で対策済みである。
「アバンは『凍れる|時間の秘法』の力を借りないと、『空裂斬』は取得出来ず『アバンストラッシュ』は完成しない……だったか?」
「せや!だからアバンはんはあんさんに―――」
だが、ハドラーちゃんの言い分は異元扉の予想外なモノだった。
「アレは嘘だ」
「嘘おぉーーーーー!?あんさんがウトロ決戦をサボったら、アバンはどないして『空裂斬』を会得するんでっか!?」
ガンガディアは異元扉の言い分に呆れていた。
「何を言っている?今は勇者アバンより大魔王バーンだろ?」
だが、ハドラーちゃんの考えは違った。
「そっちも既に手は打ってある!ただ、その為だけに禁呪法を使うのは心苦しいがな」
「つまり、その代理がハドラー様の代わりに勇者アバンと戦うと?」
が、異元扉はその言い分にも納得しない。
「何言ってますねん!?アバンがそんな新入り相手に『凍れる|時間の秘法』を使うと、本当に思っとるんでっか?」
それに対し、ハドラーちゃんは邪な微笑みを浮かべた。
「何を言っておる?アバンに『凍れる|時間の秘法』などと言う時間の無駄はさせんよ」
異元扉は理解に苦しんだ。
「……じゃあ……アバンはどないして『空裂斬』を会得するんでっか?」
それに対し、ハドラーちゃんは意味深な謎を残した。
「何を言っている?フレイザードが耳にタコが出来るほど言っておったではないか。見た目が大事……とな」
そして、ウトロ決戦当日。
ハドラーちゃんを『凍れる|時間の秘法』を使って封印しようと息巻くアバン。
その両隣には、アバンの悲壮な決意に賛同したマトリフとブロキーナがいた。
「遂にこの時が来ちまったなアバン……解ってると思うが……」
アバンの悲壮で真剣で決意が籠った眼差しを視た途端、マトリフの台詞の続きは喉の奥へと引っ込んだ。
(アバンの奴、本気で『凍れる|時間の秘法』を成功させる気だよ。本当なら、老い先短けぇ俺が変わってやりたいがな)
だが……
「アンタがハドラーちゃんが言ってた『勇者アバン』かい?」
アバンの許を訪れたのは、魔法の筒を2つ持ったフレイザード2号のみであった。
「お嬢さん、何しに来たかは知らんが、ここはもう直ぐ危険な激戦地になる。逃げるなら―――」
それを聞いたフレイザード2号は、邪悪な笑みを浮かべながらこう述べた。
「ハドラーちゃんが『凍れる|時間の秘法』から逃げたと言うのに?」
アバン達は驚きを隠せなかった。この展開はアバンにとってウトロ決戦における最悪のシナリオだからだ。
皆既日食が終わる前に『凍れる|時間の秘法』の発動準備を整え、魔王ハドラーを眼前に引き摺り出さなければならないからだ。その為のウトロ決戦。
なのに、肝心のハドラーちゃんに『凍れる|時間の秘法』を使った作戦をまんまと見抜かれ、このウトロ決戦の約束を反故されたのだ。
アバンの顔がみるみる青くなる。
そこへ、ハドラーちゃんの幻影が姿を現す……のだが、
「何だ何だ?その色っぽい衣装は?柄じゃねぇだろ」
ハドラーちゃんが着用している衣装は、フレイザード2号から渡された……百合に適した女性としての魅力を増幅してあらゆる女性に振り向いて貰う為のあの衣装であった。
「悪かったな。文句ならそこにいるフレイザードに言え」
つまり、ハドラーちゃんはフレイザード2号の強引を押し返し切れなかったのだ。
今まで着ていた装飾雑多なマント自体が、最早黒歴史と化した魔軍司令時代を思い出させるトラウマ的な物だったのも原因の1つではあったが……
が、アバンはその場違いな衣装へのツッコミが出来る余裕が無く、ハドラーちゃんを眼前に引き摺り出す為の挑発を必死に絞り出していた。
「獄炎の魔王が聞いて呆れますね」
が、ハドラーちゃんは聞く耳持たない。
「貴様こそこの俺をがっかりさせるな。この俺を本気で完全消滅させたくば、『凍れる|時間の秘法』などと言う時間の無駄などに頼らず、あの時魅せたあの技を完成させろ!話はそれからだ」
ハドラーちゃんに図星を突かれて挑発に詰まるアバン。
(完全に見透かされたか……さて、この後どうしたら―――)
「だが!せっかくそちらが用意した決戦を空振りのまま終わらせるのは戦いの礼儀に反する。なら、せめてこいつらには勝って欲しいものだな」
それを合図にフレイザード2号が2体のモンスターを解き放った。
「デルパ」
その内の1体は、ワニの様な頭部と刃物の様な爪を有し、二足歩行する巨大な亀であった。
「俺の名はサルガメ。ハドラー様の命により、貴様等の性根を叩き直しに来た!」
なのだが……
「何だこいつ!?物凄く臭い!何食ったらここまで臭くなれるんだ!?」
だが、マトリフの苦情を余裕を持って返すサルガメ。
「ちょっとしたハンデだ。これだけ臭ければ、例え目が見えずとも探せるだろ?」
「どこがだよ……あまりの臭さで目が回り過ぎて、方向が定まらねぇよ」
一方のゾーマズレディは何も聞かされていなかったのか、予想外過ぎて大混乱。
「な!?なんだこいつれ!?こことこ!?」
ブロキーナがそんなゾーマズレディを哀れみつつ構える。
「どうやら……無理矢理連れてこられた様じゃな……よい……しょっと」
混乱するゾーマズレディは脅威ではないと判断したマトリフとブロキーナは、完全に戦闘モードになっているサルガメとフレイザード2号と対峙する。
一方のフレイザード2号は|飛翔呪文で上空に回避し、サルガメは自身の尻尾を地面に突き刺し、ゾーマズレディは……まだまだ大混乱。
「まーた魔法使いタイプかよ」
|飛翔呪文でフレイザード2号を追撃しようとするマトリフだったが、
「アバンの介護を放棄して良いの?」
「何?」
一方のブロキーナはサルガメに殴りかかるが、サルガメの尻尾が突然アバンがさっきまでいた場所に勢いよく生え、もしもそこにアバンがいたらアバンを切り裂いていただろうと思える程勢いよく伸びた。
「くくく……流石にそこまでのんびりじゃないか」
そして、サルガメはわざとらしく目をキョロキョロさせる。
「ん?さっきからアバンが見えんが……また勇者らしかぬ卑劣な手を使うのか?」
(まさか!気付かれた!?)
マトリフの動揺に、ブロキーナは眉を顰める。
「『魔法使いは遠距離から攻撃出来るから、その分視界が広い。故に、魔法使いは常にクールでなければならない』君の言葉だろ?」
ブロキーナの静かな叱責で自分を取り戻すマトリフ。
「……そうだったな。ここでの動揺は、相手側の思う壺か!?」
が、フレイザード2号は右手から吐く灼熱の炎と左手から吐くあまりの低温で凍った大気が輝くほどの猛吹雪を眼前でぶつけ合っていた。
「ま……今回ばかりはどっしり構えて長々と呪法発動準備するのが不正解で、ちょこまか動く方が正解。だから……アバンを見失うのはアバン側にとっては大正解!」
そう言いながら|極大消滅呪文を放つ準備を整えるフレイザード2号。しかも、密かに|極大消滅呪文の練習をしていた様で、|極大消滅呪文を上だけでなく前にも撃てる様になっていた。
その様子に、マトリフは背筋を氷の様に冷やした。
(何だあの光の矢は……アレはヤバい!)
「ちゃんと動いて避けろよアバン!|極大消滅呪文!」
フレイザード2号が放った|極大消滅呪文が大地を抉り、巨大なクレーターを形成した。
サルガメがフレイザード2号に問う。
「当てたのか?」
その質問に首を傾げるフレイザード2号。
「さあね。アバンの姿が見えないから……適当に撃った」
呆れるサルガメ。
「適当って……」
フレイザード2号の|極大消滅呪文を受けて「キレー」に消えたシドードラゴンの事を思い出してしまったゾーマズレディは、絶叫しながらある技を発動させてしまった。
「あーーーーー!凍てつく波動うぅーーーーー!」
その途端、アバンが使用していたキエサリ草の効果が「キレー」に消えてしまい、やっとアバンを発見したサルガメが舌なめずりした。
「!?」
「みーつけた♪」
その頃、大魔王バーンはアバンがウトロで何かをやろうとしているのを察してガルヴァスをギルドメイン山脈から呼び戻した。
「アバンが『凍れる|時間の秘法』を使えるとは……ハドラーもそれを見抜きあえてサボリの汚名を着るとは……」
一方のガルヴァスは、フレイザード2号の|極大消滅呪文の破壊力に絶句した。
(何……何々!?炎と氷が合体して、あんな化物の様な光の矢になった……どう言う原理だ!?)
大魔王バーンは卑しくも大魔王。冷静そのものであり余裕が漲っていた。
「アバンとハドラーの戦い……もっとじっくり観て視たいものだ」
対するキルバーンは、ある異変にツッコんだ。
「ところでバーン様、ミストの姿が無いのですが、ミストはどちらに?」
大魔王バーンは動じない。
「別の任務を命じてある。それを終えるまでは戻っては来ぬ」
第15話
ウロド決戦はアバン達の都合の悪い方向へと突き進んでいた。
キエサリ草の効果はゾーマズレディの凍てつく波動で打ち消され、フレイザード2号の|極大消滅呪文とサルガメの尻尾は1ヵ所に留まる事を許さぬ凶悪さを誇り、ハドラーちゃんに至ってはウトロ決戦最大の要である『凍れる|時間の秘法』を恐れて欠席である。
しかも、ウロドにやって来たハドラーちゃん側の精鋭はたったの3人。つまり、万が一の時はついて来たモンスター達を全滅させて魔王軍の戦力と兵力を削ぐ……すら出来ないのである。
「……さて……どうしたものか……」
一方、地底魔城でウロド決戦を観戦していたハドラーちゃんは、玉座に座らず立ったまま腕組みをしていた。
「どうするアバン?これで凍れる|時間の秘法如きに時間を奪われ尽くされる事は無くなった。ここからが武人として、そして勇者としての試金石ぞ」
気付けはサルガメの姿が消えていた。
(あのデカブツが……いなくなった?)
ここでマトリフがサルガメの尻尾の事を思い出す。
(は!)
「下だ!アバン!」
その途端、サルガメの頭部が地面から突然生えてアバンを真下から頭突きしようとするが、マトリフの警告のお陰でギリギリで回避した。
そんなアバンを嘲笑うサルガメ。
「どうしたどうした!発見と判断が遅いぞ!せっかくこんなにも臭くしてやったのによ、まーだ眼に頼り過ぎて俺を見失ったかぁ!?」
その言葉に対して皮肉を言うマトリフ。
「言ってくれるぜ!そう言うお前だって、発見されねぇ様に地面の中を移動してるじゃねぇか!」
「ははは!眼に頼り過ぎた愚者は直ぐそう言う泣き言を言う。だが、この俺にはそう言う甘えは効かんぞ!」
そう言うと、再び地面に中に潜るサルガメ。
(目に頼り過ぎ……か。確かにこういう姿無き敵は、色々と厄介だよなぁ)
ならばと|重圧呪文で地面を穴だらけにしてサルガメを引き摺り出そうとするが、
「おっと!アンタの相手は私だよ!」
フレイザード2号がそう言うと、左手から冷たく輝く息を吐いてマトリフを牽制する。
「ち!?」
「そう言う事そう言う事!このまま立ち止まらずに動き回るのが得策だよ!」
だが、アバンがちょこまか動き回ればアバンが凍れる|時間の秘法の詠唱に集中出来ない。
(やはり……この布陣はアバンに凍れる|時間の秘法を使わせない為の秘策!)
その間も、右手から灼熱の炎を吐いてアバンの立ち止まりを防ごうとするフレイザード2号。
(先ずは……あの可愛いお嬢ちゃんからだな)
「おーい!」
「ん?」
「そんな安全な所で攻撃したって、俺達には当たらないぜ?」
マトリフの意図が読めないフレイザード2号。
「……そりゃそうだろ。こうもちょこまか動き回られたら、そう簡単には当たらんだろ」
「そして弾切れでジリ貧……つまらん敗け方だぜ?」
このやり取りを挑発と判断したフレイザード2号は、
「なら……最初の奴をもう1発放とうか?そうすれば、今度こそ立ち止まっている余裕が無いを思い知るだろう……」
フレイザード2号は右手から吐く灼熱の炎と左手から吐くあまりの低温で凍った大気が輝くほどの猛吹雪を眼前で―――
(タイミングは超シビアだが……やるしかねぇ!)
マトリフが思い出すは、恩師バルゴートとの会話であった。
「危険?|合体呪文が?」
「正確には、『危険な組み合わせがある』と言う事だ」
「どう言うこった?」
「2つの呪文を同時に使用するお前の才能には感心したが、1歩間違えば、|合体呪文はお前自身を滅ぼす」
マトリフは半信半疑で訊ねた。
「どの組み合わせが不味いってんだ師匠?」
そこで、バルゴートは微弱な|氷系呪文を発生させた。
「これにお前の|火炎呪文を重ねてみろ」
バルゴートの言ってる意味がますます解らなくなるマトリフ。
「?いや、|火炎呪文と|氷系呪文は同時に使わねぇだろ。威力を殺しあっちまうし意味ねぇよ」
対するバルゴートは頑固に命じ続ける。
「いいから重ねてみろ。ただし、私の呪文と|まったく同じ強さ《・・・・・・・・》に合わせるのだ」
マトリフは、訳の解らぬままバルゴートの微弱な|氷系呪文に微弱な|火炎呪文をぶつけてみた。すると、
(!?呪文同士が!?……混ざって……弾ける!)
そして……|火炎呪文と|氷系呪文が相殺し合う時に発生する力に耐え切れずに吹っ飛ぶマトリフ。
(そう……かっ!)
ここで、ようやくバルゴートの言いたい事を正しく理解したマトリフ。
(温度を変化させるって点においては、2つの呪文は同質なんだ!だから完全に同威力で合成すると、両極の力が混ざってとんでもないモノに化ける!全てを……消滅させる様な別の呪文に!)
「お前は聞き分けのない弟子だ。口で言っても従わん。しかし、1を聞けば10を知る知恵もある。だから身体で覚えて貰った。2度は言わん。気を付けろ。いいなマトリフ?」
フレイザード2号の|極大消滅呪文の原理を見抜いたマトリフは、フレイザード2号の眼前で行われている灼熱の炎と冷たく輝く息のぶつかり合いに|火炎呪文を強引に割り込ませた。
(しまった!?こいつ!|極大消滅呪文の習得を困難にした炎と氷のバランスを……もう見抜いてる!?)
(こいつの氷と威力を合わせて……)
この事態に、フレイザード2号が汗だくとなる。
(不味い!|極大消滅呪文が……暴発する!)
「弾けろおぉーーーーー!」
暴発した|極大消滅呪文は、光の爆発となって上空を包んだ。
「う……うわあぁーーーーー!?」
そして、上空を包んでいた光が消えた途端、フレイザード2号の姿は無かった。
「悪ィ師匠、禁を破っちまった……」
フレイザード2号が姿を消したのを察したマトリフが呟く。
「この威力をいつでも思った時に出せりゃあ、この世に敵なんかいねえんだがなぁ……」
一方、バルトスの目の前にフレイザード2号が出現した。
かなり重傷の様である。
「フレイザード殿!?」
「無事か!?」
バルトスとガンガディアが心配する中、フレイザード2号が悔しそうに呟く。
「やられた。マトリフとか言うおっさん、|極大消滅呪文の詳細を見抜きやがった。破邪の洞窟で|合流呪文を発掘しなかったら、私はとっくにあの世だぞ?」
ブロキーナと戦っていたゾーマズレディは、|極大消滅呪文の暴発を見た途端、臆して逃走してしまう。
「そっちも決着が着いた様だな?……さて……」
フレイザード2号の様子を視る為に頭部を地面から出していたサルガメに向かって牽制ついでの|火炎呪文を放つマトリフ。
「上の状況が気になったか?臭いだの眼に頼り過ぎなどとか言ってるが、偉そうに言ってるおめぇも仲間の安否を目で確認してるじゃねぇか」
一方のサルガメは余裕の表情を崩さない。
「あのフレイザードをもう退けたか……アイツの百合萌えの|女性の同性愛が暴走する要素は無かったんだがな」
しかし、サルガメは太陽を視た途端に表情が少しだけ歪む。
「チッ!」
(太陽はまだ光り輝いている!凍れる|時間の秘法……まだ間に合うか?)
アバンもそれを察したのか、サルガメ……もとい、ハドラーちゃんを挑発する。
「本当に自分の力に自信が有るなら、こんなのに頼るより自分が赴いたらどうです……ハドラー!」
でも、サルガメはその挑発を一蹴する。
「ハドラー様が、ここに?貴様はまだその段階か?勇者の名を返上しな!」
とは言ったモノの、サルガメは既に1人だ。数の上では不利だ。
「まあ……まだまだ時間がある。もっと遊ぼうぜ!」
その途端にサルガメが地面の中に隠れるが、
「逃がすかよ!|氷系呪文」
マトリフはなんと、大胆にも地面を凍らせようとしたのだ。
「何!?」
そこへ、ブロキーナが追い打ちの1発を凍った地面に向けて放った。
流石のサルガメも地面から出るしかなかった。
「こうやっておめぇを外に出しゃあ、おめぇは見落とし不能なデカブツよ」
でも、それでも余裕の表情を崩さないサルガメ。
「この俺が、もの凄く臭いのと地面に隠れるだけが取り柄とでも?笑わせてくれる……笑止千万!」
その途端、サルガメは粉々に砕け散った。
「自爆!?」
「いや……その割には距離があり過ぎる……」
マトリフが「これは罠だ!」と言いかけたが、時すでに遅く、無数の石礫がアバンを襲った。
「やはり自爆かな?」
「……だと、良いんだがな……」
が、さっきの無数の石礫がまたアバンを襲った。
「合体と分裂を繰り返すって訳か!?こいつ、やはり!」
「えぇ。アレは、禁呪法で生み出された人工生命体だ!」
「それで臭かったのか?魔王も傍迷惑な者を造るわい」
が、アバン達の予想に反して、無数の石礫は無数の蜂の群れの様に空を舞った。
「ガッハハハハハハ!どうだ!?地面に入れぬなら空中に入れは良いだけの話!流石の貴様だって空中を凍らすのは無理だろう?」
空中を自由自在に泳ぐ無数の石礫となったサルガメが自信満々に言い放つ。
「これでもう目は使えまい。俺の爆裂岩衝弾が勝つかお前の鼻や耳が勝つか……勝負だ!」
それには流石のマトリフも困惑し歯噛みする。
(そんな奥の手があったとはね。そうと解っていれば、あのお嬢ちゃんを追い出さなかったんだがなぁ)
マトリフはフレイザード2号が使用した|極大消滅呪文を真似て何か撃とうとするが、サルガメがそれを阻む。
「アイツの|極大消滅呪文の原理を本当に見抜いた様だな?が、|極大消滅呪文を形成する速度はアイツの方が速い様だな!」
「原理が解っても体が動かなかったら意味無いか……歳は取りたくねぇなぁ」
その間もブロキーナがサルガメを殴ろうとするが、そのどれもサルガメの核に届かずにブロキーナの手を臭くするだけであった。
「やめとけやめとけ。これ以上俺の臭いをお前に遷したら、アバンの鼻が大混乱するだけだぜ」
マトリフの呪文もブロキーナの鉄拳も通用しない今、サルガメを止めるのはアバンの空裂斬のみだ。が……
(オーサムでの戦いの時の命中率は50%といったところ……どうする!?アバン!)
目を覚ましたロカは、ここが見慣れぬ部屋だと気付いてレイラに訊ねた。
「……レイラ。ここ……どこだ?」
「パプニカのお城よ。あの後、王族の使者の方が来て、私達をここに匿ってくださったの」
ここでふと自分が寝かされていた理由を思い出し、慌てて外を見た。
「そうだ!アバンは!?夜になっちまってる!もう、終わっちまった後なのか!」
だが、レイラの答えはロカにとっては予想外過ぎた。
「今は……夜じゃないわ」
そう言われたロカが慌てて外へ出て信じられない物を見てしまう。
「あ……ああっ……」
(アバン!)
空中を自由自在に泳ぐ無数の石礫と化したサルガメとの戦いの最中、アバン達が恐れていた事態が遂に始まってしまった。
「しまった!太陽が!?」
凍れる|時間の秘法発動の必須条件である皆既日食が、ハドラーちゃんがウロドに到着する前に始まってしまったのだ。
サルガメの苦戦やフレイザード2号の重傷を観て目頭や歯ぐきから血が出る程苦悶し歯噛みしていたハドラーちゃんも、漸く始まってくれた皆既日食を観て少しだけ安堵した。
「そうだ!俺とお前の間に凍れる|時間の秘法は不要!そうだろ!アバン!」
それと同時に……サルガメへの申し訳なさに苛まれていた。
(すまんなサルガメ……許せとは言わん!ただ、凍れる|時間の秘法から逃れる為だけに|サルガメ《おまえ》を造った俺は、お前に恨まれる資格が有る……それだけは確かだ!)
一方のアバンの焦りはピークを迎えていた。
「何とした事……このままでは、間に合わない!?」
そんなアバンの焦りをサルガメが嘲笑う。
「この期に及んでまーだ凍れる|時間の秘法に頼るか……マジで勇者失格だな!」
そして、無数の石礫がまたしてもアバンを襲った。
「死ねぇー!お前の様な偽勇者の贋作如きが、ハドラー様の手を煩わせるまでもない!」
サルガメがハドラーちゃんの言い付けに反してアバンに止めを刺そうとした時、アバンの脳裏に何者かの声が響いた。
「見た目に惑わされちゃダメ。目を凝らして見た目の先に在る本質を視るの」
その途端、アバンは目を閉じて静かに剣を構えた。
(そう……でしたね?空裂斬は心の剣。サルガメ、私は確かに目以外の物を疎かにいていたのかも知れませんね?)
止めを刺す心算でアバンとすれ違ったサルガメが再び合体するが、
「ん?何でアバンが逆さに見える?どう言う事だ?」
よく視ると、サルガメの頭部が股間についていた。
「だははは!随分ご立派な物をぶら下げてるじゃねぇか!?」
マトリフに嘲笑われている中、サルガメは慌てて何かを探すが、
「あーーーーー!無い!俺の核が!俺の!」
アバンが持っている物を視て愕然とするサルガメ。
「探し物は……これですか?」
「!?俺の核が……何でこんな所に!?」
「これ、確かに臭かったですよ。お陰で、私は自分の耳や鼻を全く信用していなかった事を自覚しましたよ」
サルガメが恐る恐る空を視上げるが、皆既日食はまだ終わっていなかった。
「そんな……」
ハドラーちゃんに言い渡された使命を果たせない焦りからか、サルガメが命乞いを始めた。
「待て!このまま皆既日食が終わらず凍れる|時間の秘法に頼りっぱなしでは勇者の名折れとは思わんか!?」
だが、アバンは一蹴する。
「思わん!」
「そんな事より、必中の必殺技を完成させて堂々とハドラー様に挑んだ方が勇者の名声を保てるとは思わんか!?」
「確かに私の|必殺技も刀殺法もまだ完成してはいない。今、この場で平和を手に入れるには、凍れる|時間の秘法しかなかった……」
サルガメはアバンの言い分に混乱し困惑しながら問いを続ける。
「なぜそこまでして汚名や酷評を欲しがる!?凍れる|時間の秘法が生み出す汚点の数々がお前に何をしてくれる!?」
対するアバンは真剣な眼差しで力強く答える。
「私は……大切な仲間が新たな命を授かった事を知った。未来を守る為の勇気と決意を神から授かったと思った。だから……お前如きに立ち止まっている暇は無いのだ!」
そう言うと、アバンは躊躇無くサルガメの核を斬った。
「空裂斬!」
サルガメの核が真っ二つに割れて砕けた。
「ぐぎゃあぁーーーーー!」
(頼む……早く!早く終わってくれぇーーーーー!)
だが、サルガメの願い虚しく、皆既日食はまだ続いていた……
サルガメの戦死を察したハドラーちゃんは、凍れる|時間の秘法への恐怖とトラウマに耐えながらの出撃を決意しようとするが、ガンガディアとバルトスに抱えられたフレイザード2号が停めに入る。
「待って!私を修復してくれ!そうすれば、|極大消滅呪文で―――」
その時、謎の声までハドラーちゃんの出撃を止めようとする。
「その必要は無い。皆既日食はもう直ぐ終わる」
その声に不気味がるガンガディアとバルトスだが、ハドラーちゃんは寧ろイライラが更に増した。
「また俺の失態を嘲笑いに来たが……大魔王バーン……」
「何と!?これが大魔王バーン」
異元扉が見せた『ピラァ・オブ・バーンに消される地上界』を思い出したフレイザード2号が更に叫んだ。
「私を修復してくれハドラー!このままじゃ死んでも死にきれない!頼む!私を戦わせてくれ!」
そんなフレイザード2号を説得する異元扉。
「あかんて!別世界で鍛え直すんやなかったんか!?」
が、大魔王バーンはフレイザード2号の殺意が自分に向けられている事を知りながら冷静だ。
「安心せい。もう次は用意してある。ウロド決戦はもう直ぐ終わる」
さっきまで怒りに支配されていたフレイザード2号ですら、バーンの言葉に首を傾げざるおえなかった。
「……どう言う意味だ……」
一方、ハドラーちゃんがウロド決戦に送り込んだ3人を全て退けたアバン達であったが、肝心のハドラーちゃんの到着が未だに遅れている事に狼狽えていた。
アバンが残念そうに見上げると、皆既日食が既に終わり始めていた。
「失敗……の様じゃのう……」
「ああ……あの臭いのしか来なかった時点で、予想は出来てたがな……」
残念そうに空を見上げるアバンをチラ見しながら、
「アバンの奴……この結果を絶対に納得しないだろうがな……」
そんな時、ある者の足音が響いた。
「ん?……誰だ?」
マトリフが振り返ると、そこには大魔王バーンの命令でウロドにやって来たガルヴァスが立っていた。
その事実にハドラーちゃんは歯噛みした。
(バーンが言っていた『次』とはこいつの事か?今度はこいつを使い潰す気か?)
1周目のハドラーとは似て異なるガルヴァスの存在に困惑するマトリフ。
「……例の3人が逃げちまったんで、次はお前の番かい?」
マトリフの予想を鼻で笑うガルヴァス。
「私があの馬鹿の部下だと?なめられたものだな」
ブロキーナは既に臨戦態勢であった。
「だが……わしらの味方では……ないのであろう?」
「だとしたらどうする?」
「つまり、おぬしが魔王ハドラーの部下である証拠」
ガルヴァスは鼻で笑いながらハドラーちゃんを嘲笑う。
「あのアホの手下と見下した時点で、私の全てを見抜き損ねたと言っておこう……私とハドラーとか言うアホでは|頭のデキが違う」
自分の頭を右人差し指でトントンと叩くガルヴァスの余裕を視て、ガルヴァスの現在の立場を見抜いてしまうアバン。
「つまり、貴方はハドラーより弱い……と言う事なんですね?」
アバンの予想外過ぎる憶測に困惑し狼狽するガルヴァス。
「……は?……貴様……今何と言った?……」
凍れる|時間の秘法を利用したハドラーちゃん撃滅作戦が失敗に終わりそうに対するイライラも加味しているのか、アバンはガルヴァスへの挑発に怒気を加える。
「貴方はハドラーより弱いと言ったのだ!」
流石にイラっとしたガルヴァスの叫びが木霊する。
「ぬ!?……貴様あぁーーーーー!後ろ盾の意味も知らぬアホ女と一緒にするなぁーーーーー!私の戦略……どこが歪んでるぅーーーーー!?」
ガルヴァスは怒りに任せて大魔王バーンから授かった鎧を上空に出現させる。
「なんだありゃあ」
少しだけ冷静になったガルヴァスが人を小馬鹿にしたかの様な笑みを浮かべた。
「くく、これは偉大なる大魔王バーン様より授かった最強の鎧……こいつの前では、貴様等も強風に屈する落葉同然―――」
「やはり弱いですね?」
「何!?」
「『偉大なる大魔王バーン』と言った時点で、貴方は既に大魔王バーンと戦う理由を失い、大魔王バーンに勝つ事を諦めている……そんな弱り切った心で魔王ハドラーに勝てると、本気で思っていたのか!?」
再びガルヴァスの怒気満載の叫びが木霊する。
「いい加減にしろ貴様ぁーーーーー!貴様は自分の事をあのアホ女と同じくらいバカだと見下しているのかぁーーーーー!?このバカ男がぁーーーーー!」
それに引き換え、ハドラーちゃんはあまりの恥ずかしさに赤面しながら狼狽えた。
「た!?何で俺が貴様に持ち上げられねばならんのだ?俺は貴様の敵だぞ!」
アバンに敗れて消滅寸前のサルガメは、ガルヴァスが召喚したデッド・アーマーを見て嫌な予感がした。
「待て……その鎧をどうやって動かす!?まさか、俺がこの中に入れって事なのか!?」
ハドラーちゃんも全く同じ嫌な予感をしていた。
「もう良いサルガメ!お前はもう頑張るな!眠って良い!」
だが、その嫌な予感は的中してしまった。
「お前の悪臭の暗黒闘気、即ち魔臭気と自らが化す決意が有るなら……与えてやろう」
対して、サルガメはハドラーちゃんの手下としての最期の意地を魅せる。
「それって、大魔王バーンの部下になるって事じゃねぇか!そんなの俺はごめんだぜ!」
サルガメの本心を悟ったアバンは、ガルヴァスの考えを曲げようと更なる挑発を加える。
「てっきり貴方がそれを着て戦うとばかり思ってましたが……やはりハドラーより数段下ですね?」
「黙れバカ男!プライドを捨てる勇気すらないあのアホ女と一緒にするなと言っただろ!?」
「かつてのハドラーなら、その場でその鎧を着て戦っていたでしょう……だが!『勝つ為ならプライドを捨てる』と言えば聞こえは良いが、貴方が実際に行っている行為は、『自分の手を汚さずに勝利する』と言う見栄えが悪過ぎる邪道だ!」
このアバンの挑発は、ガルヴァスの悪意の最後のトリガーとなってしまった。
「いい加減にしろバカ男!大魔王バーン様より授かりし最強の鎧の力、冥土で自慢するが良いぃーーーーー!」
そう言うと、ガルヴァスはサルガメを強引に魔炎気に作り変えてデッド・アーマーの動力源にしようとする。
「だあぁーーーーー!?やーーーめーーーろぉーーーーー!」
「なんて事を!?」
ハドラーちゃんは部下の制止を振り切りながら、サルガメの戦死を汚そうとするガルヴァスの暴挙を止めるべく異元扉をこじ開けようとする。
その時、アバンは剣を逆手に持ち直した。
「そんなにその鎧を着たくないのであれば……私が責任を持って廃棄して差し上げますよ……」
アバンの膨大な光の闘気を察したガルヴァスの頬に汗が伝う。
(何だ!?今の不安感は?)
一方のハドラーちゃんは、寧ろ勝ち誇ったかの様な笑顔を魅せた。
「完成だ。空裂斬を会得したことによってアバンのアバン流刀殺法は完成をみた。それはあの必殺技の完成をも意味する」
嫌な予感がしたガルヴァスはデッド・アーマーを盾にし、ダメ押しにダブルドーラと言うリビングアーマーまで召喚する。
が、ハドラーちゃんはガルヴァスの愚かさを嘲笑う。
「貴様が何者かは知らぬが、貴様の最大の敗因がアバンを甘く診た事である事だけは解った!」
大地を斬り
海を斬り
空まで斬った
そんなアバンが、ガルヴァス程度の小悪党如き簡単に斬れるに決まっている。
アバンが今から解き放つ必殺技がそれを証明してくれるだろう。
「アバンストラッシュ!」
アバンが放ったアバンストラッシュがデッド・アーマーとダブルドーラを切断粉砕してガルヴァスを驚かせた。
「何いぃー!?斬っ…斬っ…斬っ…斬られた!?斬られた斬られた斬られたぁー!そんな!?バカな!?信じられぬ!とんでもない異常事態だ!大魔王バーン様より授かった最強の鎧が負けたのか!?」
そんなウロドに拍手が響き渡る。ハドラーちゃんの幻が再びウロドに出現したのだ。
「素晴らしい。アバンよ、貴様のそういう顔が観たかった。やっと解放されたな?凍れる|時間の秘法の呪いから」
アバンが残念そうに空を見上げると、皆既日食はとっくに終了し、太陽が勝者であるアバンを祝福するかの様に輝いていた。
「何故残念そうな顔をする?やっと貴様の御自慢のアバンストラッシュが完成したのだぞ?もっと喜んだらどうだ?」
アバンの勝利を茶化すハドラーちゃんが余裕を取り戻せば取り戻す程、それに反比例してガルヴァスの怒りが増す。
「くそぉー!!あってはならぬ事だ!人間の分際で!大魔王バーン様より授かった最強の鎧の頸をよくもー!おぞましい下等生物めが!大魔王バーン様は貴様ら100億人の命より価値がある!選ばれし!優れた!生物なのだ!」
「この期に及んで大魔王バーンの称賛とは……貴様、まだ何も解っておらん様だな?」
「黙れアホ女!貴様こそ、何時か必ず大魔王バーン様を裏切った事を後悔する日が必ず、必ずやって来るぞ!その時に大魔王バーン様の許に戻ってももう遅いからな!覚悟しておけ!|瞬間移動呪文!」
邪魔なガルヴァスがいなくなったところで、ハドラーちゃんがアバンに提案する。
「せっかくお互い凍れる|時間の秘法に奪われた1年間を取り戻したのだ、お互い鍛え直すと言うのはどうだ?」
アバンが再び構えるが、マトリフがそれを制止する。
「止めときな。アレは伝言用の幻影……こっちの攻撃は当たらねぇよ」
「俺達は大魔王バーンを処刑するべく此処とは違う別世界で1年間鍛え直す。その後、ヴィオホルン山の中でお前達の到着を待つ。無論、俺の魔力が途絶えれば、俺に付き従っていたモンスター達は戦意と士気を失う。アバンよ、自分を視つめ直すには丁度良い時間ではないのかな?」
アバンは答えない。
だが、ハドラーちゃんは即決する。
「さらばだ。1年後にまた逢おう」
そう言い残してハドラーちゃんの幻は消えた……
第16話
王子様の隣にはお姫様、なんて誰が決めたのかしら?
凍れる|時間の秘法に1年以上も時間を奪われる事態をどうにか回避したハドラーちゃんは、今度こそ異元扉を使って平行世界に旅立ち、大魔王バーンに対抗できる力を手に入れる好機であった。
が、
「ここはぁ……森か?」
「森……の様ですね……」
ガンガディアとバルトスは困惑した。
自分達は修業する為に|平行世界に来た筈なのだ。なのに何で森の中に放り出されているのか?
「やはりフレイザードの意見まで入れたのがあかんかったかぁー?」
「ちょ!?何で私のせいになってるのよ!?」
「その前に、フレイザードよ、異元扉に何を願った?」
「それは勿論、百合について語り合える友の存在!」
またしてもフレイザード2号の百合萌えの|女性の同性愛に巻き込まれたガンガディアは、不快のあまり眉をヒクヒクさせる。
「貴様……何時になったら真面目になるんだ?」
「何時?私の百合は、いつも真剣そのもの!私が百合の事で不真面目になった事があったかぁー!?」
「笑い事ではない!」
と、こんな感じでガンガディア達が口論している中、ハドラーちゃんは破邪の洞窟の地下200階に匹敵する危険な雰囲気を正しく感じ取っていた。
「いや……ここは兵力増量として使える。この森には、この俺が喉から手が出るほど欲しいモンスターがうようよいる!」
だが、何かを発見したバルトスがそれを否定する。
「では何故あの家は無事なのですか?」
バルトスが指差す方向を視ると、確かに家庭菜園付きの一戸建てが有った。
これは確かにハドラーちゃんの先程の台詞と矛盾する。
破邪の洞窟の地下200階に匹敵する危険の中で、何故この家は原形を留めているのか?
「確かめて来ましょう」
ガンガディアが問題の家に近づくも、柵についている扉に手を触れる直前で停止した。
「ん?どうなされました?」
「結界だ」
「結界?」
「はい。この家には、モンスターの侵入を阻む結界で護られています。恐らく、この家が未だに原形を留めているのもその為」
「ガンガディア!ちょっとどいて!」
フレイザード2号は、ガンガディアの推測が本当かどうかを試す事にした。
「|火炎呪文!」
フレイザード2号が放った火炎弾は、柵に触れる直前に砕け散った。まるで強靭な壁にぶつかって砕け散ったかの様に。
「呪文が効かない!?」
「ふーん……なるほどね。この家を護ってる結界は、この家に敵意を持っている者は触れるどころか接近さえ叶わない様ね」
ソレを聞いたハドラーちゃんは、フレイザード2号に意地悪な質問をする。
「貴様の|極大消滅呪文と、この家を護る結界、どっちが強い?」
「気持ちは解りますが嫌ですね。家まで吹き飛ばせば、家の中を探索出来なくなるし」
フレイザード2号の反対意見に頷くガンガディア。
「……確かに」
一方のバルトスは難しい顔をする。
「だが、|火炎呪文すら効かぬ結界を相手に物理だけと言うのは……」
そこまで言われると試したくなるのが、今のハドラーちゃん。
「なら……今の俺の超魔爆炎覇と、この家を護る結界、どっちが強い?」
そう言いながら右手から覇者の剣を生やすハドラーちゃんだったが、
「止めといた方が良いよ」
「!?」
謎の家を護る頑強な結界の破壊に夢中になっていたとはいえ、こうも簡単に背後を取られた事に驚くガンガディア達。
いたのは2人の人間。
1人は女性で、少し癖のあるセミロングヘアに巨乳が特徴の美少女。
もう1人は男性で、空飛ぶ笊の上に胡坐をかく肥満体であった。
そのどちらも内に秘めた何かがアバンやマトリフに匹敵する事を正しく感じ取るハドラーちゃん。
(できる!こやつら……只者じゃないな?)
ガンガディア達が臨戦態勢をとる中、先に口を開いたのは少女の方だった。
「この家、現在の所有者である私の許可が無いと入れないの。そこの女の子の右手に生えてるチートアイテムを使ったとしても」
その言葉が、ガンガディア達の警戒心を更に刺激する。なにせ、|火炎呪文すらはね返されたからだ。
「と言う事は……私達の敵ですね?」
まるでハドラーちゃんを庇う様に立ち位置を変えるガンガディアとバルトス。
その途端……肥満体が少女に文句を垂れた。
「おい!まーたくだらない事に現を抜かし過ぎて、僕様の言いつけをまたサボったな!?」
「……へ?」
肥満体の予想外の台詞に困惑するガンガディア達。
「え、いや、その……今、何て……?」
「あー、やっぱりこの家に拒絶されたと勘違いしたかぁ。クレオのヘマのせいで」
だが、ハドラーちゃんは肥満体の台詞を信じない。
「受け入れる?この俺が何者かを知ってて言っているのか?」
対し、肥満体は即答した。
「君達が暮らす平行世界の地上界を消滅させようとしている大魔王バーンに仇為す獄炎の魔王……ハドラー」
ガンガディアは驚きを隠せない。
「何故それを!?ここは異元扉の力が無ければいけない平行世界の筈!なのになぜ、大魔王バーンの名を口にする!?」
肥満体は、笑いながら答える。
「これ、全部僕様の予知能力に出てきた名前だよ。僕―――」
その時、近くで不穏な唸り声が響いた。
「どうやら、ここで立ち話をしてる余裕は無いな?これはクレオちゃんの家に―――」
が、唸り声の主は既にハドラーちゃんに斬り殺されていた。
「邪魔者は消えた。さあ、話して貰おうか?」
肥満体は、取り敢えずクレオと呼ばれる少女の所有物と化した家にハドラーちゃん達を招き入れた。
「改めまして、僕様の名は『ぶくぶく』。この家のかつての主の弟子をやらせて貰っている者です」
ガンガディアが首を傾げる。
「かつて?では、この者以外の住人は?」
ガンガディアの質問に対し、ぶくぶくは困り顔で説明する。
「話せば長くなるんだけどね……」
ぶくぶくの話によると、元々はぶくぶくの師匠の家だったが、師匠の寿命が残り僅かになってしまったので、どんなモンスターも決して侵入出来ない鉄壁の結界を張った上で、生涯を賭けて回収した様々な神技級の武具や薬草、超常的な野菜や技術などを家ごと『大魔境』と呼ばれる強大なモンスター達の巣窟と化した森の中心に転送した。
ぶくぶくの予想では、師匠は自分以外の人間を試し、お眼鏡に適った者に自分の全てを授ける予定だったのではないかと言う。
勿論ぶくぶくも挑戦はしたが、相手は危険度MAXの大魔境。群れで出現すれば大規模な街が滅ぶレベルのモンスターが当たり前の様に生息している森が相手では魔力がもたず、先ほど言った防御結界は|瞬間移動呪文もはね返してしまう。
で、結局、ぶくぶくは師匠の家に辿り着いた英傑の卵を擁護する方向性に移行したのである。
「それは流石に諦めが良過ぎるのでは?」
ガンガディアのツッコミに対し、恥ずかしそうに答えるぶくぶく。
「我ながら、僕様にしては随分後ろ向きな考えだと思いますよ。でも―――」
ハドラーちゃんがトドメの一言を言ってしまう。
「敗けたのか?この森に」
「……そう……だな」
「あの女はこの森に勝ち、この家を手に入れたと言うのにか?」
ぶくぶくは頭をボリボリと掻きながら答える。
「そこなんだけど……」
そこでぶくぶくの言葉は詰まった。
「……どう言う事だ?」
クレオは、ぶくぶくの師匠の家の一室にある黒い渦へと案内した。
「つまり……この穴がこの家とこの娘の家を繋げたのだな?」
「はい……この扉は別の世界に繋がってるの」
「異元扉と同類か?」
「いや……ワイと違って行ける場所は完全に固定やな」
「つまり、この家とこの娘の部屋を行き来する事しか出来ないと?」
「この穴……どうやって手に入れた?」
クレオの話によると、今は亡き祖父は骨董収集が趣味で、秘密裏に家をリフォームして隠し部屋を作る程だった。
そんな隠し部屋をひょんな事から発見してしまい、祖父が集めた骨董の1つである黒い箱に手を触れた途端、ぶくぶくの師匠の家の中に行ける黒い渦が発生。
で、辿り着いた家で、クレオは次々とチート級のスキルやアイテムを入手し、大魔境に巣食う強大な魔物達を討伐し、貧弱だったステータスは凄まじいレベルアップを遂げる。
「ただ……」
「ただ?」
自分の身に起こった出来事を説明するクレオが残念そうに俯く。
が、ガンガディアは直ぐにその理由を聞かなければ良かったと後悔する事になる……
ハドラーちゃんはクレオに問うた。
「まさか……自分の行いを『ズル』と呼んでないか?」
ぶくぶくもガンガディアもその点は気になっていた。
なにせ、クレオは他の者とは違って大魔境に挑む事無くこの家に辿り着いて自分の物にしてしまったからである。
だが、ハドラーちゃんはそれを責めない。
「ならは、寧ろ自分の悪運を誇るべきだ。勝負は時の運と言うしな。だが、俺は不幸すら自らの力でねじ伏せるがな」
でも、クレオの残念そうな俯きは治らない。
「ふー。真面目だな?」
「ですが、ハドラー様の予想は外れの様ですぞ?」
「なるほど……その点は既に通った道か……」
ぶくぶくはハドラーちゃんとバルトスのやり取りにツッコミを入れた。
「あんたらも十分真面目だよ」
一方、フレイザード2号はクレオの俯きに、同類に出逢ったかの様な感覚が走った。
(天啓!)
「クレオさん……って言いましたよね?」
「あ、はい」
フレイザード2号は、自分の両小指を絡ませ合いながらクレオに訊ねる。
「貴女も|百合(レズ)かしら?」
クレオの心に衝撃が走った。
何と、クレオの真の悩みに気付いてくれた者がようやく出現したからだ。
だがら、フレイザード2号の質問に対して満足気な笑顔で答えるクレオ。
「いいえ。私は|衆道(ホモ)です♪」
そう言いながらサムズアップだけでクロスを作るクレオ。
ソレを聞いたフレイザード2号は、悪魔の様な笑顔を浮かべた。
「お主も悪よのぉ」
「いえいえ、お代官様ほどではございません」
嫌な予感がしたガンガディアは、余裕に見せたい笑みの額に、青筋と冷や汗を滲ませる。
そして……その嫌な予感は的中した。
「つまり、クレオさんはこの家の力で容姿が変わり過ぎて、本当は男性に好かれたくないのに男性に好かれ過ぎてしまったのです!」
「王子様の隣には王子様。それでいいじゃない!それがいいじゃない!」
「じゃあ、お姫様の隣にはお姫様ですねー♪」
「私の名前は合尾クレオパトラ。高校2年生。いわゆる腐女子と言う奴です」
「私はフレイザード2号!ハドラー様の奴隷兼愛人と言う奴です!」
「イケメン同士が仲よくしているのを見ているのが何より大好き大好物。男子同士の熱い絡みを見ては胸を熱くしながらカップリング!絡んでいてもいなくても有り余る妄想力でカップリング!隙あらばカップリング!」
「つまりつまぁーり、男性の隣に居られるのは男性のみだとするなら、女性は女性と絡み合うしかない!と言う訳ですなぁー♪」
クレオとフレイザード2号のふざけ過ぎたやり取りを聴いたハドラーちゃんは、今の様な小娘の様な姿になってしまった事を初めて感謝した。
もしも、1周目の時の姿で|2周目に辿り着いたら、クレオは容赦無くハドラーとガンガディアを無理矢理カップリングする事だろう。
想像しただけで体が震えるハドラーちゃん。
(うおーーーーー!何を考えているのだ俺はぁーーーーー!)
「そうなの、たとえイケメンと縁があっても私とじゃ意味が無いの。王子様の隣には王子様。彼らには関わらず、そばでのぞき見するのが私の幸せ。私のポジション……」
だが、そこでクレオがまた残念そうに俯いた。
「……そう……思ってたの……あの日までは……」
そうて……クレオはぶくぶくの師匠の家と自分の部屋を行き来出来る黒い渦を手に入れ、次々とチート級のスキルやアイテムを入手し、大魔境に巣食う強大な魔物達を討伐し、貧弱だったステータスは凄まじいレベルアップを遂げた影響により、肥満体の腐女子だったクレオが痩せて別人のような美少女に変貌してしまい、男同士が仲良くしているのを見て妄想するのが大好きだったクレオは、望んでいなかった「乙女ゲーム」的モテ期(逆ハーレム)到来に苦しんでいたのだ。
とここで、ガンガディアが珍しく吠えた。
「いい加減にしろよぉおお!」
これには吠えられる覚えが無い筈のハドラーちゃんも驚いた。
「キャラ崩壊ぃーーーーー!?」
それもその筈。
ガンガディアはトロル系モンスターに貼られた『樽の様な身体で涎を垂らしながら、原始的な武器を振り回して暴力を振るう事しか能が無い』と言うレッテルに抗うべく、常に自分を鍛え直し続けて理知的な存在を保ち続けてきたのだ。
そんなガンガディアが理性をかなぐり捨てて吠えたのだ。ガンガディアをよく知る者が驚くのも無理は無い。
興奮し過ぎたクレオとフレイザード2号とガンガディアを、どうにか宥めて落ち着かせたハドラーちゃん達。
「申し訳ありません。フレイザードの百合萌えの|女性の同性愛が更に悪化すると思うと……恥ずかしながら恐怖に屈してしまいました」
ガンガディアの気持ちが解るバルトス。
「まさか、平行世界の勇者が、女性でありながら衆道萌えの|腐女子とは、誰が予想出来ましょうか?」
対して、異元扉は誤魔化す。
「いやぁー、平行世界は広いでぇー」
「広過ぎるよ!」
一方、ハドラーちゃんは自分の性格を疑った。
クレオは異元扉を手に入れるまでは何も接点が無いので全く関係無いが、フレイザード2号はハドラーちゃんが禁呪法を使って作った禁呪法生命体の筈である。
禁呪法生命体は諄い様だが、術者の精神が反映された意思を持つ。1周目の時に作った術者の性格の表に出ていない部分が反映される場合もたまにあるものの、ここまで術者との違いが多い禁呪法生命体は珍しいのだ。
だから、禁呪法を使ってフレイザード2号を作ったハドラーちゃんが自分の性格を疑うのは自然な流れなのだ。
が、ハドラーちゃんには時間が無い。
ハドラーちゃんが越えなくてはならないのは勇者アバンだけではない。自分がこれから支配しなければならない世界を、自分がこれから倒さねばならない好敵手が巣食う世界を、大魔王バーンの魔の手から救う為にこの世界に来たのだ!
なら、今はそんな話をしている場合じゃない!
「そんな事より、クレオやぶくぶくが言う様なチートアイテム、どのくらいの威力なのかを魅せてみろ!」
ハドラーちゃんに急に言われて困惑するクレオ。
「威力って……この私と戦うの!?」
「その為に来た……俺はどんな手を使ってでも大魔王バーンを斃さねばならんのだ!もう直ぐ俺の物なる地上界を護る為にも!」
ソレを聞いたぶくぶくは、優しくツッコんだ。
「真面目だなぁー」
だが、
「どんな理由が有れ、1番最初に僕様の師匠の家に辿り着いたのはクレオちゃんだ。なら……僕様が君がクレオと釣り合う強敵かを試すのも……自然な流れだろ!」
それを合図にガンを飛ばし合うハドラーちゃんとぶくぶく。
とは言え、家の中で戦えば家が壊れてしまうので、庭に出る事にした。
「先程の言葉、本当だろうな?貴様に勝てば……そこにいるクレオと戦わせてくれるんだろうな?」
言われたぶくぶくは既に準備を整えていた。
「君達の世界のメラの最高位はメラゾーマで、ギラの最高位はベギラゴンだろ?」
ぶくぶくの両手には、既に2つの光の玉が有った。
「右手からメラゾーマ、左手からベギラゴン……」
ぶくぶくのこの言葉に、ハドラーちゃん達は驚きを隠せない。
「何!?|極大閃熱呪文を……片手で?しかも2つの呪文を同時に?」
「!?」
その間、ぶくぶくは2つの光の玉を融合させようとしていた。
「合体!」
それに対し、ハドラーちゃんは事前に右手から覇者の剣を生やす。
「閃熱大炎!メゾラゴン!」
ぶくぶくが放つ閃光を伴った巨大な火炎がハドラーちゃんを襲う。
「ハドラー様!?」
だが、ハドラーちゃんは右手の覇者の剣で閃光を伴った巨大な火炎を斬ってしまった。
「……や……やるじゃないか。メゾラゴンを斬るだなんて」
一方のハドラーちゃんは涼し気だ。
「何を驚く事が有る?俺に楯突く勇者が使用した技をちょこっと真似ただけだ」
第17話
大魔王バーンと戦うべく異世界で力を蓄えようとしたハドラーちゃん。
そこで出逢ったぶくぶくとの戦いは、ガンガディアを驚かせてばかりであった。
「何!?|極大閃熱呪文を……片手で?しかも2つの呪文を同時に?」
ただ、あの男……ガンガディアの宿敵であるマトリフなら、2つの呪文を同時発動なら出来そうだが、果たして、マトリフですら|極大閃熱呪文を片手では……
ガンガディアが考え事をしている間も、ハドラーちゃんとぶくぶくとの戦いは続いていた。
「右手にメラゾーマ、左手もメラゾーマ……合体!」
「お!?今度は火炎系呪文の極大呪文か!?」
ぶくぶくと言う肥満男は、ガンガディアを驚かせてばかりであった。
「……憧れる」
一方のハドラーちゃんは堪ったものじゃない。今からこれを喰らわなきゃいけないのだ。高熱や爆発に対して高い耐性を持ち、魔生物としての肉体の再生能力も身につけているが、ぶくぶくの頭上で構成されている巨大な大火球に耐えられるかどうか?
「メラガイアー!」
ぶくぶくがハドラーちゃんに向けて容赦無く大火球を投げつけた。
だが、ハドラーちゃんは避けずに仁王立ち。これには流石のぶくぶくとガンガディアも驚いた。
「何故動かない!?諦めたのか!?」
「ハドラー様!何を!?」
しかし、ハドラーちゃんは不敵な笑みを浮かべた。
「馬鹿言え。この程度で驚いては、大魔王のカイザーフェニックスに笑われるわ……ふん!」
何と!驚いた事にぶくぶくのメラガイアーを殴ったのだ。
「素手でだと!?耐えられるものか!?」
そんなぶくぶくの強気に反して、ハドラーちゃんに殴られたメラガイアーは四方八方に炎と衝撃波を撒き散らしながら徐々に小さくなっていった。
今度はぶくぶくが驚いた。
「何!?僕様のメラガイアーを物理攻撃だけで破壊する気か!?」
そうこう言っている内に、ハドラーちゃんに殴られたメラガイアーは消滅した。
「……驚いたー……」
「|閃熱呪文と|爆裂呪文の呪文は自分がもっとも得意とするところであり、ゆえにこの程度では応えない」
ハドラーちゃんの自慢話を聞かされたぶくぶくは、メゾラゴンを破った相手にメラガイアーを使った自分の戦術の稚拙さを恥じた。
「……言われてはそうだな。色々と別属性魔法を色々と試すのが、未知の敵との戦いの常識だったね」
ぶくぶくは三度2つの呪文を同時発動させたが、ぶくぶくの両手に現れた光玉はさっきとは色が違った。
「右手にマヒャド、左手もマヒャド……合体!マヒャデドス!」
「あ!?今度は氷系呪文の極大呪文!?」
流石のハドラーちゃんも上空に逃げようとするが、間に合わずに足を凍らされて身動きが取れなくなった。
「たった2属性目でもう正解を引き当てるなんて、僕様の勘も捨てたモノじゃないね?」
ぶくぶくのマヒャデドスで足を凍らされて動けなくなったハドラーちゃんは、目を閉じながらぶくぶくが次々と放つ合体呪文の事について考えていた。
(左右の手から2つの呪文を同時に繰り出し合体させる事で、2つの特性を混ぜた呪文を生み出したり、同じ呪文の効力を倍加させたり出来る……その気になれば、本来自分にしかかけられない呪文を他人にかけるといった事も出来そうだな……だが、よくよく考えたらそんなに難しい事か?アイデアそのものは単純だ。なら!)
決意を新たにしたハドラーちゃんが目をゆっくりと開けると、我慢が出来なかったフレイザード2号の背中が視界に飛び込んで来た。
「……フレイザード、何をしている?」
「なにって!見て解ってよ!」
フレイザード2号のご立派な忠誠心を鼻で笑いながら優しく命令する。
「どけ」
一方のフレイザード2号は驚きを隠せない。
「待って!せめてその足を私の炎で―――」
「大きなお世話だ。退け」
困惑するフレイザード2号の肩を優しく叩くガンガディア。
「良いのかい?盾を自ら捨てて」
ぶくぶくの挑発に青筋を浮かべるハドラーちゃん。
「盾?俺の手下だぞ?」
そうすると、ハドラーちゃんの両手に2つの|爆裂呪文を出現させた。
「何々!?君達の世界のイオ系統の最上級はイオラなの!?」
ぶくぶくの挑発をあえて無視し、ハドラーちゃんは再び目を閉じた。
(|爆裂系呪文の極大呪文は|極大爆裂呪文だが、それは、単純な事を言えば|爆裂呪文より|極大爆裂呪文の方が強力なだけだろ?なら、|爆裂呪文の威力を上げれば……|ポップ《あいつ》の|閃熱呪文が俺の|閃熱呪文を押し返した時や大魔王バーンのカイザーフェニックスを考えれば、その原理は間違いではない筈!?)
その結論に至ったハドラーちゃんは、両手の2つの|爆裂呪文に更に魔力を注ぎ込む。
「こおぉーーーーー!」
ぶくぶくは、その様子に背筋を冷やした。
「まさか……見真似稽古!?たったアレだけで、僕様の合体呪文を盗んだのか!?だが!」
ハドラーちゃんがやろうとしている……もといやりたがっているモノを喰らったら、自分は敗けると悟ったぶくぶくが慌てて合体呪文を連発した。
「スクルト!ピオリム!バイキルト!合体!スピオキルト!右手にスカラ!左手もスカラ!合体!スカラル!右手にマヒャド!左手にバギクロス!合体―――」
それに対し、ハドラーちゃんは冷静に両手の2つの|爆裂呪文に更に魔力を注ぎ込み続けた。
「ほおぉ!呪文を3つ同時に発動とは、貴様はなかなか器用天才な様だな?」
一方のぶくぶくは、さっきまでの余裕は既に無く、額は既に汗だくであった。
「五月蠅い!喧しい!消えろ化物!氷刃嵐舞!マヒアロスぅーーーーー!」
ぶくぶくが無数の氷の刃を纏った暴風を放つ中、ハドラーちゃんの脳裏にある単語が浮かんだ。
「右手に|極大爆裂呪文、左手も|極大爆裂呪文……合体……」
そして、その浮かんだ言葉を静かに口にした。
「|最大爆裂呪文」
一方のガンガディア達は、ハドラーちゃん対ぶくぶくに驚かされてばかりであった。
「|極大爆裂呪文を2つ同時!?ハドラー様!」
そんな中、ぶくぶくのマヒアロスとハドラーちゃんの|最大爆裂呪文がぶつかり合い相殺。その時に出た衝撃波はメラガイアー破壊時とは比べ物にならないモノだった。
「は……ハドラー様ぁーーーーー!?」
ガンガディア達の心配をよそに、ハドラーちゃんは爆煙の中に立ち、対するぶくぶくは……
「はあぁ……あっ……ぁー……」
目の前の爆煙が消えた途端、力無く倒れ伏すぶくぶく。
「ふっ、俺の……勝ちの様だな?少し僅差だったが……」
心配になったガンガディア達がぶくぶくに勝利したハドラーちゃんに駆け寄る中、クレオは茂みの不穏な動きから目が離せないでいた。
「おいおい。そこのデブはお前の味方じゃないのか?」
「黙って!」
だが、クレオは緊張した面持ちで不気味な動きをする茂みにゆっくりと近づいた。
その額には大量の汗が……
「どうやら……あんた達の激しい戦いが、とんでもない連中を呼び寄せた様ね?」
「呼び寄せた?」
クレオがそう言うと、さっきまで不吉な動きをしていた茂みの中から、緑色のデスタムーア第三形態の様なモンスターが3体出現した。
慌ててハドラーちゃんを庇う様に臨戦態勢をとるガンガディア達。
「頭部と両手しかない魔物だと!?」
「そう。こいつはルシファーヘット。両手と頭がワンセットのモンスターよ」
クレオの構えからルシファーヘットの危険性を察するガンガディア達。
「だったら不味いな……誰か早くハドラー様を―――」
だが、心配するガンガディア達を払いのけ、ルシファーヘットに立ち向かおうとするクレオの隣に立つハドラーちゃん。
「何を言っている?……この程度でへこたれている様じゃ、大魔王バーンには届かんわ!」
ガンガディア達は頭を抱えてしまう。なにせ、さっきまで自分達がいた世界にとっては規格外と言って良いぶくぶくと一戦交えたばかりなのにもう戦うと言いだすのだから。
だが、それでこそ我らが主ハドラーだとも思った。
戦闘の時は常に先頭に立ち、自らの強さで不平不満をねじ伏せて無数の魔物達を従わせて率いる。
これこそハドラー。獄炎の魔王の姿なのだ。
対するルシファーヘットは、身も凍り付く様なおぞましい雄叫びを上げた!その口から激しい波動が巻き起こる!
ガンガディア達が少しだけ後退りしながら防御態勢となる中、クレオとハドラーちゃんは冷静に立っていた。
「あのぶくぶくも凄かったが、貴様も凄いのだな」
「いやいや、ほとんどあの家の中にあったチートのお陰ですけどね」
おぞましい雄叫びが効かないとみるや、左手でハドラーちゃんを鷲掴みにし、地面に激しく叩き付けた。
だが、苦しんでいるのはルシファーヘットの方だった。
「うぎゃあっ!」
ハドラーちゃんの覇者の剣がルシファーヘットの左手を貫いていたのだ。
「これで終わりか?」
ハドラーちゃんは立ち上がると、ルシファーヘットの頭部に容赦無く覇者の剣を突き刺した。
一方、2匹目のルシファーヘットはクレオに何度も連続パンチを繰り出していたのだが、全て躱されていた。
そこで、ルシファーヘットは炎の玉を吐き出した!火の玉は火柱となった炎が燃え盛る!
が、これもクレオは全て躱した。
「あ、当たりたくないので」
怒ったルシファーヘットが瞳を怪しく光らせた。
が、クレオは盾を使って遮り、右手の剣に聖なる光を集中させる。
「聖光……一文字!」
剣から光の刃を放ってルシファーヘットを両手ごと真っ二つにするクレオ。
「うぎゃあっ!」
だが、3匹目が急上昇してザオリクを唱えてしまい、ハドラーちゃん達が倒したルシファーヘット2匹が復活してしまった。
「きしゃあぁー!」
が、ハドラーちゃんは冷静に悪魔の様な微笑みを浮かべた。
「なるほどな……1匹でも残せば、そいつが先にくたばった方を復活させるか……」
「なら……全員を極力同時に倒さなければならなくなった訳ね?」
そこに、|極大消滅呪文発射準備を整えたフレイザード2号がスタンバイしていた。
「ハドラーちゃん!反撃の準備ができたよ!」
その言葉を合図に、ハドラーちゃんは右腕から生やした覇者の剣に魔炎気を纏わせ、クレオは剣に再び聖なる光を集中させる。
これには、せっかく復活したルシファーヘット達が蒼褪めながら汗だくとなった。
しかし……だからと言ってハドラーちゃんが手加減する訳がない。
「行くぞ!」
3匹のルシファーヘットは(駄目基で)全身を震わせ、冷たく輝く息を一斉に吐いたが、ハドラーちゃんの突進は止まらない。
「超魔爆炎覇ー!」
「聖光……一文字!」
「|極大消滅呪文!」
「うぎゃあっ!」
と叫びのおまけつきで、3匹のルシファーヘットは塵も残さず跡形も無く消滅した。
「ぅ……うーん……」
そこで漸くぶくぶくが目を覚ます。
「僕様は確か……」
その隣には、3匹のルシファーヘットを塵も残さず跡形も無く消滅させたハドラーちゃん達の姿に呆然となったガンガディアがいた。
「お主、ぶくぶくと言ったな?」
「……何が遭った?」
「……ルシファーヘットと言う魔物は、そんなに弱いのか?」
ガンガディアの質問に驚く。
「ルシファーヘット!?あのS級モンスターをいとも簡単にだとぉーーーーー!?」
ぶくぶくの驚きを視て、改めてクレオが凄い存在である事を再確認するガンガディアであった……
そこへ、執事の様な衣装を纏いシルクハットを被った少女が、何の前触れも無く出現した。
「流石ですな御三方。あのルシファーヘットをいとも簡単に倒すとは」
「誰だ貴様は?先程のは貴様の差し金か?」
ハドラーちゃんに睨まれてもビクともしない執事風の少女。
「これは失礼。試す様な真似を致しまして申し訳ございません。ですが、ルシファーヘットに敗けている様では―――」
ハドラーちゃんはハッとしながら執事風の少女の言葉を遮った。
「俺が目指している物には届かない……か?」
その言葉にクレオが俯き、フレイザード2号が気付いてチラッと見る。
「で、その俺の最終目標と貴様が何の関係が有る?」
ハドラーちゃんの質問に対し、執事風の少女は笑い踊りながら説明する。
「皆さん、より優れた存在に進化してみません?弱点だらけの体質とおさらばしてみません?」
ガンガディアがその言葉に反論する。
「進化だと!?そんな簡単に言うな!進化がいとも簡単に出来るなら―――」
「誰も苦労はしない?」
「うっ……」
そして、少女はガンガディアの過去を見透かしたかの様に語る。
「努力家の苦労人らしい考えだねぇ。でも、その考えは悪くない」
呆れるハドラーちゃん。
「で、結局何がしたいんだ?」
「プレゼントです」
「そうです。あのルシファーヘットをいとも簡単に倒す皆さんなら、進化の果実を食べる資格が有ると思いますので、進化の果実が実る神木の所までご案内しましょう」
ガンガディアがまた吠える。
「進化の果実だと!?それを食うだけで強くなるなら、誰も苦労はしない!」
「硬いですねぇ。知識人は、柔軟な思考と広い視野が肝心ですよ?」
「ぬうぅ……」
少女はハドラーちゃんの方に向き直ると
「で、貴女方は如何です?其処の方の様に進化の果実に頼らない成長を目指すか?それとも、進化の果実を食べてより優れた存在に進化するか?」
ハドラーちゃんは少しだけ引いた。
「つまり、努力を嘲笑うか褒め称えるか?お前、この俺を試しているのだろ?」
その言葉に少女は少しだけ戸惑った。
「……疑り深いですねぇ?でーすーが!私だって何も考えずに進化の果実を配っている訳ではありません!」
そう言われたハドラーちゃんは考え込んだ。
(確かに、ガンガディアの言い分は最もだ。アバン達やアバンの使徒共も必ずそう言うだろうし、俺もガンガディアの言い分に賛成だ……だが!今はそんな事を言っている場合じゃない!大魔王バーンを排除しないと、俺は何時まで経っても地上を支配できない!それに……)
ハドラーちゃんはふと親衛騎団の事を考えてしまった。
(|親衛騎団には窮屈な目に遭わせてしまったからな。|親衛騎団はこの俺に絶対の忠誠を誓ってくれた良き部下であったが、この俺の命が短過ぎるが故に|親衛騎団は短くて窮屈な人生を送ってしまった……)
ハドラーちゃんは親衛騎団の短命に対して自責の念を抱いてしまったが……1周目のヒムはまだ生きています!
一方、クレオは何かを思い出して苦悶の表情を浮かべた。
「ねぇ……」
「何ですか?」
「私がもっと早く……」
「もっと早くに?」
クレオは苦悶の表情のまま質問を止めた。
「いいえ、いいです。もう終わった事ですから」
ハドラーちゃんとクレオの苦悶を見かねたフレイザード2号が挙手した。
「はいはぁーい!私、立候補しまぁーす」
その言葉にガンガディアが驚く。
「なな何!?あんなご都合主義過ぎる話に乗るつもりか!?」
バルトスもフレイザード2号に反論する。
「そうです!この話、美味過ぎます!何かの罠かもしれません!」
だが、フレイザード2号はあっけらかんと答える。
「だから私が行くんじゃん。私はハドラーちゃんの禁呪法で誕生した存在。もしもの時は、ハドラーちゃんの禁呪法で修理してくれれば良い」
死をも覚悟の上で進化の果実の許に案内すると言った少女に同行しようとするフレイザード2号の笑顔に打たれたハドラーちゃんとクレオは、先程の苦悶が嘘の様に凛々しい武人の顔となった。
「俺も行こう!どの道、大魔王バーンを越えねばここまで来た意味が無いからな」
「私も行きます!もうあんな悲劇は2度とごめんですから!」
それを聞いたガンガディアが慌てる。
「ハドラー様!」
だが、ハドラーちゃんはそんなガンガディア達を安心させるかの様に右拳を突き出した。
「安心しろ。俺は死なん。まだまだやらねばならん事も多いし、アバンと約束してるしな」
その言葉でマトリフの事を思い出してしまったガンガディアは、もう進言は無駄だと悟った。
「……止めても無駄な様ですね?なら、約束して下さい。必ず地底魔城に帰り着くと」
「……ああ!約束する!必ず大魔王バーンを斃して地上を我が物にすると!」
ガンガディアとハドラーちゃんがグータッチすると、そろそろ出発しても良いと判断した少女が声を掛けた。
「では、出発しましょう!其処の家の新たな主候補の皆さん!」
その言葉にぶくぶくが慌てた。
「ちょちょちょ!この家の主って……まさか、その果実も僕様の師匠からの贈り物!?」
だが、執事風の少女もハドラーちゃんもフレイザード2号も既にその姿は無かった。
ぶくぶくは、執事風の少女の後を追わなかった事を後悔した。
「あーーーーー!チキッたぁーーーーー!」
愕然とするぶくぶくの肩を優しく叩くガンガディア。
「最早信じるしかない。あの女の言う果実が本当により優れた存在に進化させる進化の果実であり、ハドラー様達が必ず帰って来ると」
だが、ぶくぶくが後悔している理由は違った。
「いや!アレは間違いなく僕様の師匠が用意してくれた進化の果実だ!なら、僕様も食うのが筋!それなのに……」
呆れるガンガディア。
「え……そっち!?」
そんな漫才の様なやり取りにつきあいきれなくなったバルトスは、ガンガディアに今後の方針を訊ねる。
「それより、ハドラー様が進化の果実を取りに行っている間、我々はどうする?」
「それは……既に考えてある?」
ぶくぶくはガンガディアが言ってる意味が解らなかった。
「は!?進化の果実を食い損ねた―――」
「いや、貴方には進化の果実に勝るとも劣らない武器があります」
「武器!?僕様のどこに?」
ガンガディアがぶくぶくの方に向き直ると
「異なる2つの呪文を同時に発動させ、それを組み合わせて新たな魔法を生み出している。それに、我々は|極大閃熱呪文や|極大爆裂呪文を片手で発動させる事が出来ない」
そして、ガンガディアはぶくぶくに向かって片膝をついた。
「その器用さ……ご教授願いたい!」
自分がガンガディア達に必要とされている事に気付いたぶくぶくは、声を絞り出しながら答えた。
「わ……解った……僕様で良いのであれば……」
第18話
執事の様な衣装を纏いシルクハットを被った少女の後を追うハドラーちゃん、フレイザード2号、そしてクレオ。
だが、その追跡は3人の予想とは比べ物にならない程意外と早めに終わった。
「こちらでございます」
「もうか?」
正直、ハドラーちゃんは罠や伏兵を覚悟していた。が、その様なモノは一切無く早々と神秘的で光々しい大木の前に楽々と辿り着いた。
「……綺麗……」
フレイザード2号は目の前の巨木の神々しさに感極まっている中、クレオは首を傾げた。
「何で!?前に探索した時はこんな物は無かった!何時の間に!?」
どうやら、クレオは前回の探索ではこの神々しい巨木を発見する事が叶わなかった様だ。
そんなクレオの驚きに対し、ハドラーちゃんは目の前の少女にある疑惑が浮かんだ。
「貴様……何時からこの女を見張っていた?」
「見張る?」
「つまり、今回辿り着けたと言う事は、この木を渡す時が来た。そう判断したのだろ?」
少女は悪びれも無く慇懃無礼に言い放った。
「まったくその通りでございます。よくぞここまで成長なされた」
神々しい巨木の美しさに圧倒されて呆けていたフレイザード2号もようやく事の大きさに気付き、1本の魔法の筒を取り出した。
「で、この木の実を食べると……どうなるの?」
「より優れた存在に進化する事が出来ます」
フレイザード2号は魔法の筒から1匹のアニマルゾンビを解き放った。
「デルパ」
その様子を視て溜息を吐く少女。
「疑り深いですねぇ」
それに対してハドラーちゃんが皮肉を言う。
「すまんな。|キルバーン《いろいろとあって》猜疑心が増してしまった様だな?」
その間、フレイザード2号はアニマルゾンビに神々しい巨木が無数実らせた金色に果実を食べさせた。
一方のアニマルゾンビは一旦匂いを嗅いで危険性が無いと確認してからその果実をかじった。
すると……
「アッ!?……アオオォーーーーー!?」
アニマルゾンビは光の柱に包まれながらもがき苦しんた。
「な!?何なんだこの光は!?しかも、色々と痛そうな音が鳴り止まないぞ!?」
だが、少女はあっけらかんとしていた。
「大丈夫です。この狼は今より優れた存在に進化しているだけですから」
しかし信用出来ない。
「こいつ……死ぬんちゃいます?」
さて、一方の進化の実を食わされたアニマルゾンビは、激痛にもがく苦しみながら外見と声色を劇的に変えていた。
それはまるで、全身の骨格や筋肉、神経や内臓、遺伝子まで作り変えられているかの様であった。
「アオォーーーーー!?アッ……」
そして、アニマルゾンビは激痛に耐え切れずに意識を失った。
が、その姿は劇的に変わっていた。
「な……何!?」
進化の実を食べてしまったアニマルゾンビを包んでいた光の柱の中から出てきたのは、狼の耳と尻尾を生やした魔族の少女であった。
「ただのアニマルゾンビを……魔族に変えたと言うのか?」
執事の様な衣装を纏いシルクハットを被った少女は、しれっととんでもない事を言った。
「はい。この進化の実は、食べるとたった1時間で200万年分の進化・進歩しますから」
「200万年だと!?」
「しかし、効果はたった1回。1度進化の実を食べた者は、2個目の進化の実を食べただけでは絶対に進化しなーい」
そんな説明と進化の実を食べさせられたアニマルゾンビの激変を視て、進化の実を食す事を断ろうとするクレオ。
「私は遠慮します!」
クレオの拒否は本気だった。
ただでさえこの世界でのレベルアップの影響で激ヤセして美化してしまった上にそこに200万年分の進化・進歩による外見激変となれば、本来居るべき世界での生活に支障をきたすと判断したのだ。
「……臆したか?」
ハドラーちゃんは恐る恐る進化の実をもぎ取ろうとすると、今度はフレイザード2号が光の柱に包まれた。
「来た来た来た来た来たぁーーーーー!女性同士の性交による妊娠・出産の時代がぁーーーーー!」
「何時の間に食った?!」
だが、先程のアニマルゾンビとは違ってそこまでフレイザード2号の外見が変わる訳でも無く、右半身が氷の岩で左半身が炎の岩だったフレイザード2号の身体がより人間らしい外見と肌色になっただけにしか見えない。
(私の場合は……なんか人間に戻っただけって感じ……いや!……いや違う!)
しかし、フレイザード2号の中身は劇的に変わっていた。
(感じる!物凄く小さいけど、両肩と両足の付け根(鼠経部)に計4つの脳が備わっている!しかも、この小ささなのにかなりの智慧と記憶力を兼ね備えている!それに!)
何かを確信したフレイザード2号がハドラーちゃんの肩に手を乗せた。
「喜んでハドラーちゃん!私、ハドラーちゃんの娘を出産出来る様になったし、ハドラーちゃんも私の娘を出産出来る様になった、がはぁ!?」
ハドラーちゃんは、発言がアホ過ぎるフレイザード2号を殴ってしまった。
「アホかぁーーーーー!たった1度しか出来ない200万年分の進化をくだらない事に使いおって!」
さて、選択肢選びが最後になって―――
「いや、まだクレオが食べていなかったな?」
その途端、クレオは慌てて逃走するも直ぐにハドラーちゃんに捕まってしまった。
「良いではないか良いではないか。200万年分進化できるのであろう?なら、お前に損は無いと思うが?」
クレオは必死に拒否する。
「嫌々嫌々!ただでさえこの世界に来る前より激変したのに更に激変したら、私は2度と学校に行けなくなるぅーーーーー!」
が、クレオに拒否権は無く、ハドラーちゃんはクレオの口に無理矢理進化の実を放り込んだ。
「が!?ハドラーちゃん!?何を……嫌あぁーーーーー!」
「私は魔王だ。人間の嫌がる事をしたくなる性分なのよ」
クレオは拒否の絶叫を上げながら光の柱に包まれた。
「あーーーーー!」
が、クレオは先程の狼やフレイザード2号と違って外見に変化はなかった。だが、200万年分の進化・進歩を果たしてしまった身体なので、中身は劇的に変わっている事だろう。
しかし、クレオはBLを楽しむのに適していない容姿になったのではないかと言う恐怖に屈して失神してしまった。
「ひど……い……」
「だろうな。進化の実の毒味をさせられたのだから」
さて……今度こそハドラーちゃんが最後となった。
ハドラーちゃんは躊躇いも無く進化の実を食べて光の柱に包まれ、立ったまま意識を失って立ったまま夢を観ていた。
「ここは?」
ハドラーちゃんは夢の中で闇の中を歩き続けたが、目の前に何かの大群がやって来たのでその場で停まった。
「アレは……俺?」
そう。ハドラーちゃんの前に現れたのは、転生による女体化どころか超魔生物に成る前の……魔軍司令時代のハドラーだった。
それだけではない。
魔軍司令時代のハドラーは様々な種類のモンスターを引き連れていた。
それが何を意味するのか?それを正しく理解するハドラーちゃん。
「なるほどね。お前達は材料か?ザボエラが俺を超魔生物に作り変える際に使われた材料か?」
目の前の大群の正体は判明したまでは良かったが、問題はどう対応するかである。
「まさかと思うが、こいつら全員を超えろと……」
ハドラーちゃんは直ぐに超魔生物になった理由を思い出し、目の前の大群を倒すのは違うと直感で悟った。
「……は、違うな。俺は望んでこいつらを取り込んだ……なら」
一方の魔軍司令時代のハドラーは、何故か汗だくだった。
「何を恐れるハドラー?アバンの使徒に敗ける事か?それとも、大魔王バーンの機嫌を損ねて魔軍司令の座を失う事か?」
ハドラーちゃんの指摘に年甲斐も無く反論する魔軍司令時代のハドラー。
「だ……黙れ!何故バーン様に楯突く!?そんな事をして何の得がある!?」
「呆れたな。我ながら保身に走ったクズは、何時見ても醜いな」
「答えになっていない!それとも、本当はバーン様に楯突く理由が無いのに叛旗を翻したと言うのか!」
冷静に言葉を紡ぐハドラーちゃんに反し、魔軍司令時代のハドラーは完全に怯え慌てていた。
「何を言っている?単純に邪魔だからだ。勇者アバンとその使徒達との戦いにおいて、あ奴らは本当に邪魔だった。特にキルバーンはな」
「あ、あ奴らって……貴様、口の利き方に―――」
「それに、己の立場を可愛がってる男に、真の勝利など無い!アバンに敗れ大魔王バーンの盟約により復活したあの日から、お前は大魔王バーンの全軍を束ねる魔軍司令などではない。ただの着飾った奴隷だ」
「だ、黙れ!」
が、魔軍司令時代のハドラーは台詞を吐けない。
「そんなに大魔王バーンが怖いのか?|竜の騎士バランが怖いのか?アバンの使徒が怖いのか?それでよく地上の王を目指せたな?」
そして、ハドラーちゃんは魔軍司令時代のハドラーの頭頂部を鷲掴みした。
「な!?……何をする!?」
「思い出せ。獄炎の魔王だった頃の勇気と貪欲さを」
そう言うと、ハドラーちゃんは魔軍司令時代のハドラーを吸収して取り込んだ。
そして……
「俺は……2度と恐れぬ!2度と怯えぬ!2度と諦めぬ!2度と前進と貪欲を捨てぬ!だから……魔物ども!俺の糧となって俺の力となれ!」
すると、ハドラーちゃんの目の前にいる大群は光の粒子となってハドラーちゃんに吸収され、再びハドラーちゃんを超魔生物に作り変える際の材料となった。
そんな夢から醒めると、ハドラーちゃんを包んでいた光の柱は既に消え、その代わりにハドラーちゃんの背中に3対6枚の赤い翼が生えていた。
「なるほど……俺を超魔生物に作り変える為の材料の中にヘルコンドルやキメラも含まれていたのか?」
そして、自分の内に秘めた者達を再確認すると、
「どうやら、今度こそ3種類の俺……獄炎の魔王、魔軍司令、超魔生物を本当の意味で同時に兼ね備える存在に進化したのだな……ま、200万年分進化して漸くと言うのが、我ながら正直情けなくはあるがな」
それは、ハドラーちゃんが本当の意味で魔族と超魔生物を同時に兼ね備える存在に進化した事を意味していた。
その頃、ガンガディアとぶくぶくは合体呪文について話し合っていた。
「なるほどな。同じ魔法でも、単純に2連射するのではなく1つに融合させる事で、その効果を変えると言う事ですか?」
「そう言う事だ。例えば、普通にモシャスを唱えても使用者が対象者に変身するしか出来ないが、2つのモシャスを同時に繰り出し合体させると……」
ぶくぶくは1匹の蠅を発見し……
「モシャサス!」
すると、その蠅がさそりばちに強制変身させられた。
「おー」
ガンガディアが打算無く素直にぶくぶくに拍手を送ったが、バルトスはこの後の展開にツッコミを入れた。
「で、さそりばちに変えられたこの蠅……この後どうする御心算か?」
元に戻った蠅を見送ると、ガンガディアはぶくぶくに訊きたい事を遠慮なく尋ねた。
「で、ぶくぶく殿は|氷結呪文と|火炎呪文を合体させた事は?」
それを聴いたぶくぶくは考え込んでしまった。
「双方の呪文が消える……ではなさそうだな?」
「ほう。直ぐには『|氷結呪文と|火炎呪文がぶつかり合ってお互い消える』とは考えませんか?」
ぶくぶくがそう思わなかった最大の理由は、ガンガディアの態度にあった。
「君は……|氷結呪文と|火炎呪文を使った合体呪文を観た事が有るだろ?」
「え?……あ、はい」
「名は?」
「名前?何の……でしょうか?」
「その合体呪文の名前だよ」
「……|極大消滅呪文」
ぶくぶくは、|極大消滅呪文と言う言葉を聴いて更に考え込んだ。そして、出した答えは、
「それを使った奴、本当に人間か?」
一方のガンガディアは完全に気圧されていた。
「あ、いえ」
「だろうな。原理は単純。氷と炎をぶつける事で発生する水蒸気爆発を矢の様に飛ばして相手にぶつける」
「フレイザード2号が使っていた|極大消滅呪文は、確かにそんな感じでした」
が、ぶくぶくはここでガンガディア達に釘を刺す。
「でも!言うは易し行うは難し。氷と炎のバランスが少しでもズレれば……その力は間違いなく術者に返り、術者を屠りさる」
すると、ぶくぶくはメラとヒャドを組み合わせて光の玉を作り、それを森の奥へと発射した。
それだけで複数の木々が跡形も無く消し飛んだ。
「そなた!?使えるのか|極大消滅呪文を?」
ぶくぶくは首を横に振る。
「いや……今のはメラとヒャドを組み合わせた物だ。メドローアじゃなくてメヒャドだ。でも、それだけでこの威力……メドローアは、使うな!」
とは言われても、フレイザード2号は堂々と使用しているし、マトリフも使ってきそうだ。この程度で怯えている場合じゃない。
「ですが、もし|極大消滅呪文でなければ、の場面に出くわしたら―――」
「君は、既にその答えを持っているのにか?」
ガンガディアは言ってる意味が解らなかった。
「答え?……どこに?」
それに対してぶくぶくが指差したのが、
「君の懐だよ」
「!?」
ぶくぶくの指摘を受けて1冊の本を取り出すガンガディア。
「この書物が何かご存じで?」
「いや。でも気配は感じた。未知の魔法の気配が」
ぶくぶくがガンガディアから借りた本を読破すると、
「これだよ!君が極め、私の合体呪文と組み合わせるべき呪文は!」
が、ガンガディアはぶくぶくの言い分が理解出来なかった。
「その呪文と他の呪文を……組み合わせる、と?」
一方のぶくぶくは完全に興奮した。
「この呪文は、凄いぞ!この呪文さえあれば、ドラゴンの前でモシャスを使用すると言う面倒な事をせずとも、何時でもドラゴンの力を使えるぞ!」
「ま……まあぁ……そう……ですな……」
そう。ガンガディアがヨミカイン遺跡の魔導図書館から奪った呪文は『|火竜変化呪文』!
術者自ら火竜に変身、鉄の様に堅くなった皮膚と絶大なパワー、口からの火炎……と言ったドラゴンの最強パワーを我が物にする呪文なのだ。
そんな|火竜変化呪文とそれ以外の呪文を、ぶくぶくは合体させようとしているのだ。
「ヒャドとドラゴラムを合体させれば冷気を吐くドラゴンの力が使えるし、バギなら風を操るドラゴンになれる!いや!ドラゴラム同士を組み合わせればドラゴンを超える力が!」
ガンガディアはぶくぶくの興奮に完全に気圧されていた。
「……そ……それは……考えも……しません……でした……」
「では!早速使用ではないか!」
「は……はぁ……」
そこからのぶくぶくの動きは早かった。
早速|火竜変化呪文の修得の儀式を行い、|火竜変化呪文を使用しようとするが発動しない。
「儀式を済ませても術者の力量が不十分だと使えません」
「そうなのね」
そこへ、暗黒神ラプソーン第二形態の量産型モンスターである『エビルバルーン』が、たった1匹で現れた。
「これは―――」
エビルバルーンはどす黒い球体を賢者の家に向かって放った。
「……敵の様ですな?」
「……だな」
エビルバルーンは杖を掲げ、上空から岩の様な物を激しく降らせた。
が、エビルバルーンの神々の怒りや念じボールは賢者の家に施されている防壁の前では無力だった。
「……改めてこの家の恐ろしさを知りました」
「……僕様の師匠の凄さもね」
でも、エビルバルーンは懲りずに天から流星を降り注がせようとする。
「……野放しは、無理そうですね」
「……つまり、倒せと?」
そこで、ぶくぶくはある事を思いついた。
「そう言う君は、ドラゴラムを使えるか?」
「その為にこの本を手に入れたのですが、それが何か?」
「なら……お前のドラゴラムと僕様のバギムーチョを合体させるのだ!」
「えーーーーー!?」
ぶくぶくの提案に驚くガンガディア。
「何を言っておられる!?」
「試したいのだ!ドラゴラムの可能性を!」
「は……はぁ……」
この勢いでは拒否は不可能だと判断したガンガディア。
「判りました……|火竜変化呪文」
「ガンガディアのドラゴラムと僕様のバギムーチョ!合体!嵐竜変化!バギグラム!」
すると、ガンガディアが鷲の様な翼を持ち羽毛に覆われたドラゴンへと変身した。
が、エビルバルーンは何も驚く事は無く、巨大化して太い腕を振り下ろそうとした。
だが、嵐竜となったガンガディアにとっては避けやすい大振りな攻撃だった。
「くお?」
「……やはり、無策な力任せは単調になり易いな」
そして、嵐竜となったガンガディアは口から強力な竜巻を吐いた。
「ぐおぉーーーーー!?」
「もっと知性を身に着けてから来るが良い……があぁーーーーー!」
「ぐおぉーーーーー!」
こうしてエビルバルーンは滅び、ガンガディアとぶくぶくの修業方針は決まった。
(師匠……僕様はこれから、ドラゴラムを極めようと思います!)
第19話
ハドラーちゃん達が異元扉の平行世界を行き来出来る能力を使って異世界修行を行っていた頃、鬼岩城建築予定地であるギルドメイン山脈ではガルヴァスが配下の報告内容に驚いていた。
「消えた!?あのハドラーがか?」
「はい。ヴィオホルン山の火口を利用して自身の城を建築していた様ですが、そこにハドラーはおろかバルトスと言った幹部クラスすら居ませんでした」
鬼岩城が完成しだいハドラーちゃんの本拠地である地底魔城を攻め落とす予定だったが、ハドラーちゃんがいなければ意味が無いと言う事で、ガルヴァスはいきなり出鼻を挫かれた。
「デルムリン島は、デルムリン島はどうした!?」
「いいえ。そこにはブラスとその配下がいるだけでした」
ハドラーちゃんの捜索が完全に手詰まりとなった事に愕然とするガルヴァスであったが、そこへキルバーンが現れてガルヴァスを面白半分に急かす。
「まーだ完成していないのかぁい?」
が、ガルヴァスは慌てる事無く冷静に異論を唱えた。
「本当に私にこんな事をさせて良いのか?その前に裏切り者のハド―――」
それに対してキルバーンとピロロは動じずに言い返す。
「鬼岩城はバーン様のお気に入りのおもちゃの1つ。早く完成させた方が得だと思うよ?」
「それに、この程度の依頼すらこなせないとなると、バーン様が君達を見限る、かーもよぉー♪」
「黙れ五月蠅い。ただの使い魔風情が私の頭上で歌うな」
でも、キルバーンはガルヴァスの反論に耳を傾けない。
「これは君達の為に言ってるんだよ。早くしないと」
キルバーンの左手の位置と動きを見てゾッとするガルヴァス。
「これだよ」
(解雇!?いや、処刑か?)
みるみる青くなるガルヴァスを観て面白がるピロロ。
「どうしたのぉー?もしかして……トイレ行きたいのぉー?」
「喧しい!」
必死に虚勢を張るガルヴァスであったが、キルバーンの次の言葉は、ガルヴァスにとっては予想外過ぎるモノであった。
「それに……危険視されているのはハドラーの方じゃない……」
「何でそうなる?奴はハッキリと大魔王バーン様の事をボケ老人と呼んだのだぞ」
「アバンだ」
「何でそうなる!ハドラーに比べれば、あれこそ正に下の下!獲るに足らん小物中の小物だぞ!」
「バーン様はそうは思っていない。寧ろ、ハドラーはアバン対策としてまだ使えるとお考えかもよ?」
「バーン様が奴を利用!?だが奴は―――」
キルバーンが更に畳みかけ、ガルヴァスを更に焦らせる。
「アバン対策の件、急いだ方が良いよ。|幽霊騎士団や|猛禽人連盟軍が既に動いてるって噂だし」
「ドルディウスが!?」
バーン軍魔軍司令の座を狙うライバルの増量に焦るガルヴァス。
「だーかーら、アバン殺害を急いだ方が良いと思うよ?」
「くっ!」
だが、このまま冷静さを失いつつあるガルヴァスの暴走を止める発言をする者がいた。
「焦り過ぎは身体に毒ぞガルヴァス」
「デスカールか!?……すまぬ、取り乱した様だ」
「解ってくれれば良いのだ」
「で、どうすれば良いと言うのだ」
「ガルヴァスはいつもの様に戦略と戦術をたて、我ら6大将軍を駒の様に使えば良いのだ」
だが、ピロロがまたガルヴァスを煽る。
「6大将軍?ダブルドーラは既に死んじゃったから……」
「なるほどね。既に5大将軍って訳だ?」
歯軋りしながら悔しがるガルヴァス。
そんなガルヴァスを宥めるデスカール。
「落ち着けガルヴァス!我々6大将軍がアバンとハドラーを殺せば済む事!その為の作戦と計略をくれ!」
「……そうだな。さっさとアバンを殺して大魔王バーン様の観察間違いを正せば、今度こそハドラー抹殺に全力を注げると言う訳か?」
「口で言うのは簡単だと思うけど……本当に出来るの」
ピロロのしつこい煽りに呆れるデスカール。
「……もうあのチビ無視しましょう」
こうして、ガルヴァスは自身の配下である6大将軍をアバンの抹殺に向かわせるが、そんなガルヴァスの姿をハドラーちゃんが視たら必ずこう言うだろう、
「お前はまだ何も解っていない!」
と。
で、当のハドラーちゃんはと言うと……
「あの自称『進化の実の守護者』がいなくなった途端にこれか!?」
クレオが利用している賢者の家がある森の本当の恐ろしさに襲われていた。
オルゴ・デミーラ(魔空間の神殿)第二形態の量産型モンスターである『神食ミミズ』。
堕天使エルギオス第一形態の量産型モンスターである『キモナルス』。
大魔王ゾーマの量産型モンスターである『ZQ魔王士』。
ミルドラース第二形態の量産型モンスターである『アンチユアストーリー』。
デスピサロ第七形態の量産型モンスターである『堕落刑天』。
ハーゴンの量産型モンスターである『怒神に仕えし聖職者』。
これに、デスタムーア第三形態の量産型モンスターである『ルシファーヘット』と暗黒神ラプソーン第二形態の量産型モンスターである『エビルバルーン』まで混ざっているのだから質が悪い。
しかも、1体ですら強敵であるにも関わらず、やはり量産型故に複数ずつ出現するのだから本当に質が悪い。
が、ハドラーちゃんは笑っていた。
「何で笑えるのよ!?ただでさえヤバいこの森のモンスターの中でも特にヤバい連中に囲まれたって言うのに!」
クレオの焦りに対し、ハドラーちゃんは冷静に邪な微笑みを浮かべた。
「良いではないか。試してやろうではないか、進化の実が本当に200万年分の進化と進歩を与えてくれるのかを!」
それを聴いてハドラーちゃん達を嘲笑う怒神に仕えし聖職者。
「誰が鍛錬用案山子だってぇ?」
「そこにいるお嬢ちゃん達の事だろ?お嬢ちゃん」
「てかいるじゃん。吾輩好みの巨乳ちゃん(フレイザード2号、合尾クレオパトラ)」
「胸が小さい娘(ハドラーちゃん、元アニマルゾンビ)もいるから、より取り見取りって奴か?」
が、ハドラーちゃんは笑っていた。
「そんな無駄話をしている暇が有ったら、さっさとかかって来い」
その途端、無数の手がハドラーちゃん達に襲い掛かって来たが、ハドラーちゃんは冷静に対応した。
先ずは狼の耳と尻尾を生やした魔族の少女となった元アニマルゾンビ。
何も考えも無くアンチユアストーリーに突撃するが、元アニマルゾンビの動きが速過ぎてアンチユアストーリー達は彼女を捕らえる事は出来ない。
「が!?速い!?」
しかも、アンチユアストーリーが元アニマルゾンビの現在地に気付いた時には暗黒闘気で形成された爪を両手に纏いアンチユアストーリーやエビルバルーンを次々と引き裂いた。
「何時の間に!?……ガハアァー!」
一方、クレオは複数のルシファーヘットに灼熱の炎を浴びせられていたが、
「……あ、あれ?あ、熱くない?」
守備力無視の無属性ダメージ攻撃はアストロンでも使わない限りダメージを0にすることは不可能であるにもかかわらずこの有様である。
ルシファーヘットの灼熱の炎が自身に全く通用しない事に驚きを隠せないクレオ。そして、改めて自分の姿を確かめるクレオ。
「まさかとは思うけど……角とか牙とか翼とか尻尾とかが生えてないわよね!」
まったく見当違いな心配をするクレオをよそに、複数のルシファーヘットと複数の堕落刑天が灼熱の炎を吐き続けた。まるで自分の攻撃がクレオに通用しない事実を必死に振り払って否定するかの様に。
だが、200万年分の進化・進歩はクレオの全ステータスを超越的かつ超規格外に改善・改良させたのだ。
取り敢えず鬱陶しいのでギガデインで一掃しようとするが、
「ジゴデイン!……って!呪文を思いっきり間違ってる!」
台詞を間違えている事に気付いて慌てるクレオだが、ちゃんと雷雲は発生しており、ギガデインとは比べ物にならない程強力な落雷が複数のルシファーヘットと複数の堕落刑天を襲って塵も残さず消した。
そして、自身のジゴデインの破壊力に呆れるクレオ。
「……これ……絶対に現実世界で使っちゃいけない呪文だわ……」
ZQ魔王士とキモナルスが凍てつく冷気を放つ。
それに対応するのはフレイザード2号だが、フレイザード2号は両腕を人間からひょうがまじんに変えた。
そして……ZQ魔王士とキモナルスが放つ凍てつく冷気を受け止めて投げ返した。
これはひどい。
冷気って受け止めたり投げ返したりできるものだっけ……?
そして投げ返された冷気はZQ魔王士とキモナルスに直撃するが、この時のダメージもおかしい。
凍てつく冷気のダメージは通常130前後。それに対して、投げ返して与えたダメージは578。冷気を投げ返しただけでダメージが4.5倍にも増えている。
「なんかぁ……出来る気がしてたけど……例の粒による200万年分の進化……凄過ぎ!?」
で、フレイザード2号は両腕をひょうがまじんからようがんまじんに変えた。
「しかも……ひょうがまじんの力とようがんまじんの力を出し入れ自由ときた……」
んで、ハドラーちゃんを真似て|極大閃熱呪文を放った。
「グワオァーーーーーー!?」
赤い閃光はZQ魔王士とキモナルスを完全に消し去った。
「もうここまでですら色々間違ってるとしか言いようがないが……」
両陣営の理解を軽く踏み越えている事態の雨嵐だが、これはまだまだ序の口。
「グギャアアッ」
残された怒神に仕えし聖職者と神食ミミズが自分達の惨状に焦っていた。
「ぐぬぬぅ……」
「悪魔かこいつらは!?」
「歯が立たん……強すぎる!」
「あれだけいた仲間が!」
怒神に仕えし聖職者と神食ミミズがまだ何もしていないハドラーちゃんに目を向ける。
「こうなったら、一斉攻撃に賭けるしかない!」
怒神に仕えし聖職者がラリホーでハドラーちゃんを眠らせようとするが、ハドラーちゃんはヘルコンドルの翼を1対2枚とキメラの翼を2対4枚を背中に生やして宙を舞う。
「改めて200万年分の進化の恩恵に感謝だ!俺を超魔生物に作り変える為に使用したモンスター共の力を更に引き出せるようになっている!素晴らしい!」
が、神食ミミズがハドラーちゃんに追いついて右ストレートを見舞おうとしていた。
「いい加減に……しやがれぇーーーーー!」
それに対し、ハドラーちゃんも左ストレートで応戦する。
「これは……俺がゴーレムとトロルの力も引き出しているのか?」
ハドラーちゃんの左ストレートが神食ミミズの右ストレート相手に力負けしていない状況を視てポカンとする怒神に仕えし聖職者だが、驚くのはまだ早かった。
「あぎゃあぁーーーーー!?何だ!?この頑丈さは!」
神食ミミズが大袈裟に痛がる姿を見て焦る怒神に仕えし聖職者。
「何が起こってる!?」
一方のハドラーちゃんは、ハドラーを超魔生物に作り変えたザボエラの邪な貪欲さに少しだけ肝を冷やした。
「俺を超魔生物に作り変える為に使用したモンスター共の中に、メタルスライムやドラゴンまで混ざっていたとはな……」
そして……改めてザボエラの呆れる程の慎重さと臆病さに溜息を吐くハドラーちゃん。
「キメラ、ヘルコンドル、ゴーレム、トロル、メタルスライム、ドラゴン、ベホマスライム……いや、まだまだいるな。これだけの力を手に入れるチャンスを持ちながら、あ奴は前に出て敵を蹂躙する事を躊躇った……やはり俺とザボエラは『水と油』だな」
事実、ザボエラの息子のザムザは超魔生物を究極の魔獣だと信じて自ら超魔生物となり、ロモスでダイ達を相手に堂々とした戦いを繰り広げたにもかかわらず、当のザボエラは自分を超魔生物に作り変える事は避け、ロロイの谷に集結した人間達に敗れたモンスター達の遺体を着ぐるみ扱いした超魔ゾンビを作製、自分の肉体を傷付けずに敵をいたぶると言う武人にあるまじき卑劣な戦法を行ったのだ。しかも、ザボエラが超魔ゾンビをロロイの谷で急ごしらえしたのは、情けなくもザボエラに逃走の時間を稼ぐ為の捨て駒として利用されかけたミストバーンの叱咤と説教が原因なのだから、更に始末が悪い。
まあ、その前に戦死したハドラーに超魔ゾンビに関する事実を知るすべは無い。
それに、神食ミミズも怒神に仕えし聖職者も(彼らにとっては)平行世界の住人であるザボエラの事など知ったこっちゃない。
それより、目の前のハドラーちゃん達の方が何兆倍も重大である。
「何なんだお前……お前はいったい何者なんだ!?」
ベホマスライムの力を引き出して自らを治療していたハドラーちゃんはキョトンとしていた。
「ん?……俺か?」
「とぼけるなぁー!」
一方の怒神に仕えし聖職者は必死である。
怒神に仕えし聖職者は地獄から雷を呼び寄せた!地獄の雷が辺りを薙ぎ払う!
だがミス!ハドラーちゃんはまったくダメージを受けない!ハドラーちゃんは笑っている!
神食ミミズは角が生えた両肩を前方に向けながら突進した!
しかし、ハドラーちゃんは既に|極大閃熱呪文の態勢に入ったが、ハドラーちゃんが放つ呪文は|極大閃熱呪文ではなかった。
「|閃熱呪文を|極大閃熱呪文にまで引き上げれば……イケる!」
そしてまた、ハドラーちゃんの脳裏に新たな呪文名が浮かんだ。
「|最大閃熱呪文!」
極超高熱のエネルギーを秘めたビームが神食ミミズを塵も残さずに消し去った。
「ふぅ……こんなモノか?」
「ぐわあぁーーーーー!……かあぁーーーーー!」
怒神に仕えし聖職者は甘い匂いの息を勢い良く吐いた。しかし……
「さて……お遊びはここまでだな?そろそろ、終わらせよう」
「な、何っ!?」
右手に覇者の剣を生やしながら突撃の準備をするハドラーちゃんに対し、イオナズンを連発する怒神に仕えし聖職者。
「来るなあぁーーーーー!うおぉーーーーー!」
「食らえ!超魔……爆炎覇!」
炎の暗黒闘気「魔炎気」を纏った覇者の剣で腹を刺された怒神に仕えし聖職者は、漆黒の爆発に包まれてから全身が炎上した。
「ぐええぇーーーーー!?」
そして、怒神に仕えし聖職者を焼き尽くした漆黒の炎は、焼き尽くされて消滅した灰と共に跡形も無く消えた。
強大な魔力と破壊力を秘めた量産型軍団を退けた直後、ハドラーちゃん達の前に頭頸部が2つもあるグレイトドラゴンが降臨した。
「新手か!?」
身構えるハドラーちゃんに対し、双頭グレイトドラゴンは慌てて釈明する。
「ハドラー様!これは、違うのです!」
「その声……ガンガディアか?」
すると、双頭グレイトドラゴンがみるみる小さくなってハドラーちゃんがよく知るガンガディアの姿になった。
「これは……どう言う事?」
取り敢えず賢者の家に戻ったハドラーちゃん達は、ガンガディアが身に着けた|火竜変化呪文とぶくぶくが身に着けた合体魔法の組み合わせについての説明を受けた。
「つまり、|火竜変化呪文を2度がけした結果があの姿……と言う訳か?」
「どうやらその様です」
改めてガンガディアの探究心とぶくぶくの魔法の規格外な才能に驚くハドラーちゃん。
(1粒で200万年分の進化・進歩が果たせる『進化の実』に2つの呪文を合体させて新たな呪文を造り出す『合体魔法』……この2つの存在を知っただけでも、この世界に来た意味があったと言うべきか……)
そこへ、ぶくぶくが自慢げに言い放つ。
「|双竜変化呪文だけではない!ドラゴラムとバギを融合させた|嵐竜変化呪文もあるぞ!」
その言葉にある事を予想しながら呆れるクレオ。
「と言う事は、ドラゴラムとヒャドを融合させて|氷竜変化呪文やギラと合体した|熱竜変化呪文とかも考えてる訳?」
「勿論!」
「……あ……祖ーですか……」
一方のフレイザード2号は自分の両手を視ながら、普段との落差が大き過ぎる程の真剣な真顔で考え込んだ。
「……やはり、私は進化の実を食べた方が良かったみたい」
「と言うと?と言うか、お前は食ったろ」
ハドラーちゃんのツッコミを無視し、フレイザード2号は真剣に言い放つ。
「進化の実を食べる前の私って、右半分が氷で左半分が炎だったじゃん」
それを聴いてガンガディアは合点がいった。
「……なるほどな。氷と炎が半々の身体では、使用出来る合体魔法は限定される」
「そ。あのままだったら右手から|火炎呪文を放つ事は出来ないし、左手から|呪文を放つ事は出来ない」
「……道理だ、な」
まあ、1周目のフレイザードは|火炎呪文を5発同時に放つ|五指爆炎弾が有るが、消耗が激しくマトリフも|五指爆炎弾を使うくらいなら|極大消滅呪文の方がましだと言い張る程である。
「けど、今の私はひょうがまじんの力とようがんまじんの力を出し入れ自由になった。つまり、用が有る時だけひょうがまじんやようがんまじんの力を使えはよく、それ以外は人間の姿で活動出来るって訳」
「だから合体魔法を取得し易くなったと?」
フレイザード2号は自信満々に首を縦に振った。
そんなフレイザード2号にぶくぶくが訊ねる。
「で、お前はメラゾーマとマヒャドを合体させる事は出来るか?」
フレイザード2号はあっけらかんと答えた。
「出来るヨ」
「出来るの!?」
驚きを隠せないぶくぶくを横目に、フレイザード2号は右腕を人間からひょうがまじんに変え、左腕を人間からようがんまじんに変えた。そして、楽々と|極大消滅呪文を発動させた。
「出来るの!?」
「いつもより簡単に」
「簡単って……」
そんなフレイザード2号とぶくぶくのやり取りを視てニヤリと笑うハドラーちゃん。
(どうやら、この世界で得た物は思ったより多い様だな?もう少しこの世界に留まって視るか)
そんなハドラーちゃんの様子を視て訝しむバルトス……
(ハドラー様……貴女はまさか……)
合尾クレオパトラ(通称クレオ)が現実世界と行き来している異世界に生息している……ドラクエラスボスの量産型モンスターシリーズの一覧です。
デスタムーア第三形態の量産型モンスターである『ルシファーヘット』。
暗黒神ラプソーン第二形態の量産型モンスターである『エビルバルーン』。
オルゴ・デミーラ(魔空間の神殿)第二形態の量産型モンスターである『神食ミミズ』。
堕天使エルギオス第一形態の量産型モンスターである『キモナルス』。
大魔王ゾーマの量産型モンスターである『ZQ魔王士』。
ミルドラース第二形態の量産型モンスターである『アンチユアストーリー』。
デスピサロ第七形態の量産型モンスターである『堕落刑天』。
ハーゴンの量産型モンスターである『怒神に仕えし聖職者』。
以上がハドラーちゃん達が訪れた平行世界に巣食うドラクエラスボスの量産型モンスターでございます。
が!
皆様全員、ハドラーちゃん達と食べた者に200万年分の進化・進歩をもたらす進化の実の実力を表現する為のかませ犬でしたね……
流石のドラクエラスボスの量産型も……所詮は量産型雑魚でしたね?
あと、進化の実の毒味をさせられて狼の耳と尻尾を生やした魔族の少女に強制進化させられた元アニマルゾンビですが、今後はハドラーちゃんの部下として名前を含めた設定を考えていく予定です。
一方のぶくぶくとガンガディアによる合体魔法と|火竜変化呪文の融合は、なかなか順調な様です。
ただ……合体魔法を開発したぶくぶくがフレイザード2号の|極大消滅呪文を観て驚くとは……まだまだ常識に成長を邪魔されている様です……
ハドラーちゃんの強くてニューゲーム