自分が犯罪者予備軍だと悩む人へ

 幾らかいるかもしれない僕の愛読者は、この文章を読んで葉が風に一掃されるようにさっといなくなるかもしれない、しかし、僕はこれを書きたい。書きたいなら、書かねばならぬ。書くよ、僕は。このタイトルに惹かれたひとを、一人でも勇気づけたいのだ。こいつまるでエゴだが、僕、人間のエゴイズムはかわゆらしいものだと、今、想ってもいるよ。
 ネットの個人ブログに書かれてあったことであるために、真偽は不明だが、「僕も酒鬼薔薇聖斗のような犯罪を犯すかもしれない」と遺書に遺し、自死した少年がいるそうである。
 あなたはわが身を責めたてるだろうか? というのも僕には、かれの気持が、よく解るような気がする。武家の残り滓のような凶暴な血に産れついたのは言い訳になるまい、思春期に精神の状態がおかしくなった僕は親に病院へ連れていってもらえず、不登校、ただ狂った思考と病める情緒が歪み捻じ曲がるままにして、やがて、通り魔の考えるようなことが頭に浮ぶようになったのだ。元来は残酷な映画が苦手で仕方がなかったにも関わらず、暴力映像でよろこぶようになり、ふっと打ち寄せる自己憎悪で無我夢中にわが頭を壁に打ち付け、優しくなりたかったと泣きじゃくり、また別の夜はネットで「閲覧禁止」とされる残酷映像を見て無感覚の自分を見いだした。三島が「仮面の告白」で書いていて、何百かはその文章を読み返したのだが──ある種の無感覚は、火のような激痛よりも痛いものなのだ。みずからは犯罪者に産まれついたのだと想いこみ、現実離れした自己犠牲の美だけを信仰し祀ったような、人間の真実の悪と地獄を追究する自意識過剰な自己解剖小説を書いていたが、しかしその駄作の諸々、悲しいことに、本性の叫びはただ「優しくなりたい」「愛されたい」「淋しさを理解されたい」というものでしかなかった。
 嗚、十七歳。そうであった。
 僕は小説で、主人公をしばしばこの年齢に配置する。十七歳。まだ分別に、やや欠ける(アルチュール・ランボオ)。──どころでは、なかったよ。犯罪者予備軍。そうであった。自己を醜と悪と誤りの種族と定義し、秩序の為に、道徳の為に、自分を殺さねばいけないとわが身を追いつめたが、しかし、できやしなかったのだ。親が悲しむことを想い、数歩で足をとめた。くずおれ、頭を抱えて泣きじゃくった。本当は、隣の誰かと生きたかったのだ。
 話は戻るが、自死した少年、はや声は届くことはない、存在したかもわからない、しかし、叫ばせてほしい。
 あなたは、死ななくてよかったんだよ。
 あなたほど倫理的な人間はなかなかいないよ、ストイックだ、ストイックだ、他者へ与える悪を考え自分を殺しえる人間は、闘い方しだいで、どんなに善い人生になりえるだろうと、僕想うよ。しかも自己を殺せたのは──危険な美化かもしれないけれど──きっと、ほうっと光るあなたの「あなた」の良心ではなかったかしら? 魂の零す光ではなかったかしら? 僕、死ぬべき人間なんていないと想う、僕は死刑反対で、ひとの命を奪った者の命でさえも奪っちゃいけないと想う、されどあなたは、あなたこそ死ななくていい人間でありました。
 人生は、つまるところ工夫です。悪いものに産れついた、環境に魂を歪まされられ悪に堕ちた、あらゆるものに、不可視の事情が宿ります。あなただけが悪いとか、間違っているとかじゃないんです。しかし、生き辛い生には、自責の叩き込まれ歪められた心には、そのひとに向いた工夫が必要なのです。ここに、環境要因ではない、みずからの責任が負わされます。
 僕は性善説です。というのは、人間の本性は善だって想ってるわけじゃなく、金が欲しい、えらくなりたい、それと同列に、善くありたいという欲望があると想っているのです。みんなに良心があると、そう想っているのです。善。それが美と重なれば、月と空へ昇りもして、きっと、それを尊敬できると想うのです。それが、あなたの道徳になります。
 犯罪者予備軍だと悩むあなたには、すでに「善い人間とはこうであるべきだ」という固定観念がありますが、それ思想として絶対的に正しいものでもないけれど、心の在り方としてはまちがっていません。そして、あなたには良心の水晶が、はっきりときらきらしています。自己の悪をみつめうるその眼差しの存在が、たとい煤けていようとも、良心の証拠だと想います。大丈夫。あなたは、大丈夫だよ。もう優しいよ。その優しさを、もうすこし、自分に向けてあげてね。
 あなたは、苦しい想いをしているんだと想います。どうしようもないものに圧し潰されて、心の在り方が変わってしまったのかもしれませんが、でも、自己弁護にも繋がるけれど、事情があるんだろうと想います。
 僕は人間を信じている立場だということを、その立場にある人間がわたしだということを、あなたも信じてください。人間を信じているから、犬死の詩を書けるんです。何もかもなくなっても善いものが残るよって、信じているから犬死に憧れられるんです。
 とにもかくにも、あなただって死ななくていいんです。大丈夫だから。工夫次第です。本を読んだり、すこしづつ実践したりみたり、信頼できる人に相談したり、医療機関を頼ったり、そういうもの。僕、自分を甘やかしているので、その投影ですが、今のズタズタの状況で生存と生活を頑張れていることが、あなたが「あなた」を信じていい理由にもなると想っています。あなたはきっと、すでに頑張ってるよ。
 僕は秋葉原連続殺人事件の犯人の発言に非常に共感する立場で、女性に愛されないことに固執するところなんてそっくりで、家庭環境も似ているし、僕が、話を黙ってうんうん聴いてあげられたらよかったなって、そう想ってしまいます。やったことは許されないけれど、赦されないことなんて万人がしていると想う。生きることじたいが赦されることじゃないから、だから、せいいっぱい善く生きようとするしかない、それが償いであり、祈りだと考えるんです。
 あなたは罪を自覚し、善い方向をみつめている。そんなに悪い人間じゃないはずだよ。僕は、あなたの「あなた」を信じえる。

自分が犯罪者予備軍だと悩む人へ

自分が犯罪者予備軍だと悩む人へ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-04-06

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