奇想詩『ヤーチャイカ泥棒と酔いどれ探偵』

奇想詩『ヤーチャイカ泥棒と酔いどれ探偵』

誰かが僕のヤーチャイカを


盗んでいったせいで


僕は探偵を雇って


探し出さなければならなくなった


それにしても


こんなのってちょっとないよね


べつに他の人のヤーチャイカに比べて


僕のヤーチャイカのほうが優れている


っていうわけでもないのに


ヤーチャイカ泥棒はわざわざ


僕のヤーチャイカを選んだ


そういう運命だったんだ


と言われればそれまでだろうけど


それでもやっぱり探偵を雇って


探し出してもらわないと


環状線の渋滞みたいに


僕の人生はいっこうに前へ進んでいかない


ヤーチャイカ専門の探偵事務所は


駅前の雑居ビルの三階にあるのだけれど


訪ねてみると事務所には誰もいなかった


仕方なく雑居ビルの二階の餃子屋に入った


店主に探偵のことを尋ねると


めんどくさそうに


店の隅の席に座っている男に目配せした


その男が探偵だった


カウンター席だけの


餃子しかでてこない餃子屋で


探偵は昼間から瓶ビールを飲んでいた


「どんなヤーチャイカだ?」


僕が質問する前に


酔いどれ探偵が質問してきた


「どこにでもありそうなヤーチャイカですよ」


僕がそう言うと酔いどれ探偵が近づいてきて


何かを吟味するように僕の目をのぞき込んだ


それから何も言わずに店を出て行った


瓶ビール一本と餃子二皿の代金を僕が支払った


それがおそらく今回の依頼料なのかもしれない


念のため店主に僕の電話番号を伝えておいた


数日後に酔いどれ探偵から連絡があり


餃子屋で落ち合った


酔いどれ探偵が探し出したヤーチャイカは


たしかにどこにでもありそうな


ヤーチャイカではあったのだか


明らかに僕のものではなかった


どこからかてきとうに盗んできたのだろうか


もしかすると酔いどれ探偵が


ヤーチャイカ泥棒なのかもしれない


ちょうど二基の人工衛星が


宇宙空間でお互いの軌道を


半永久的に追いかけ合うように


自分でヤーチャイカを盗んでは


自分でヤーチャイカを


探し出しているのかもしれない


もしそうだとしたら少なくとも


いつかその奇妙な円環がめぐりめぐって


ちょうどかもめがいくつも海を渡って


ようやくどこかの浜辺で眠りにつくように


僕のもとに本当の


ヤーチャイカが戻ってくる日を


ただ静かにじっと待つしかない


けれどもひょっとしたら


戻ってくる頃にはもう


ヤーチャイカなんて


必要なくなっているのかもしれない


そうだったら


いちばんいいような


気もする

奇想詩『ヤーチャイカ泥棒と酔いどれ探偵』

〈あとがき〉
作品のイメージは、寺山修司『ぼくのマリー』×宇宙飛行士テレシコワ、みたいな感じです。

奇想詩『ヤーチャイカ泥棒と酔いどれ探偵』

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-04-01

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