もじもじジュオのイメージアップ大挑戦だしっ💪
Ⅰ
「ジュオはカンジ悪いんだし」
一方的な決めつけに。
「お……う」
一切。反論ができなかった。
「白姫(しろひめ)!」
そこに。
「なんてことを言うんですか! ジュオがかわいそうじゃないですか!」
「いままさにかわいそうだし」
「えっ」
「アリスなんかに」
言う。
「アリスみたいなアホにかばわれるなんて屈辱なんだし。かわいそうなんだし」
「なんてことを言うんですか!」
「おう」
「ええっ!」
肯定? たまらず悲鳴をあげてしまう。
「違う」
言う。
「俺が」
続ける。
「ふさわしくない」
「えっ」
「かばわれるような」
そう言って。言葉を飲みこむ。
「……そういうことだ」
それだけを。
「ジュオ!」
あわてて。
「ジュオは家族です!」
「っ」
「葉太郎(ようたろう)様の弟です。そうですよね」
戸惑いつつも。
「おう」
そのことはゆずるつもりがないと。目に力が戻る。
「だったら」
言う。
「自分のことを『ふさわしくない』なんて言わないでください」
「………………」
「わかりましたか。ジュオ」
自分よりずっと小さいーーいや自分が人並以上に巨体なのだが、とにかくそんな相手の言葉に。
「わかった」
素直に。うなずく。
頭を下げる。
「すまなかった、姉貴」
「う……」
かすかに口もとが引きつる。いまだ慣れないという顔で。
「あやまる必要はありませんよ。家族なんですから」
「……おう」
ほんのり。うれしそうに。
年齢相応の幼さを感じさせる笑みがにじむ。
「ぷりゅー」
不服そうな鼻息。
「なんだし、それ」
「えっ」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「な、なんでですか!」
顔にヒヅメ痕をつけ。抗議する。
「アリスが悪いし」
「悪いことなんて」
「ちょーし乗ってんだし」
「ええっ!?」
そんなこと。自分はまったく。
「アネキとか言われてちょーし乗ってんだし」
「えっ」
そういうことかと。
「ち、違いますよっ」
「違うのか」
「え?」
「姉貴は」
しょんぼり。落ちこんだ大型犬のような目で。
「俺に『姉貴』と呼ばれるのは違うと」
「そうじゃなくて」
あたふた。
「いえ、正直、いまでも恥ずかしいというか」
「おう……」
「あ、その、似合わないというか、そういうことですよ? だって、同い年ですし」
そう。
体格はまったく違うのだが。
「しかし」
向こうも。ゆずれないと。
「兄貴のところに先にいたのは姉貴だ。なら、俺の姉貴ということになる」
「それは」
そうなるのか? いまでも疑問はあるが。
「ならないのか」
またも。しょげ始めたのを見て。
「い、いいと思います!」
言ってしまうのだ。
「そうか」
ほんのり。無骨な顔が赤らむ。
「あははー」
思わずこちらも照れて赤面してしまう。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
またも蹴り上げられ、悲鳴と共に吹き飛ばされる。
「ぐふっ」
「姉貴!」
「やっぱりちょーし乗ってるし。アネキって呼ばれて」
「俺のせいで」
「そーだし、問題はジュオだし」
ぷりゅしっ! 指ーーでなくヒヅメをさし。
「ジュオはカンジ悪いんだし」
「お……」
くり返され。ひるんだ様子を見せたところへ。
「だから」
とどめを刺すように。
「ユコに嫌われちゃったりするんだし!」
Ⅱ
時はすこしさかのぼる。
「はじめまして」
にっこり。
「お……おう」
ごつごつした顔がたちまち赤くなっていく。
「うわー」
見上げられる。
「大きいんですね」
「っっ……」
思わず。身体を縮こまらせる。
「………………」
「えー……と」
沈黙に。
「何か……怒らせちゃいました?」
「………………」
「あの」
「………………」
続く。沈黙が。
「ちょっ、ジュオ」
あわてて。
「どうして何もしゃべらないんですか」
「………………」
「話しましたよね? 柚子は自分の友だちなんですよ」
「アリスちゃん」
とりなすように。
「いいんだよ。初対面なんだし……緊張してるんですよね」
笑顔を向ける。
「っ……」
ますます縮こまり。下を向く。
「ジュオ」
こちらの世界に『弟』を伴ってきて。
一日でも早くなじめるようにと、自分の知り合いを紹介しようとした。
その最初で。
(やっぱり……)
まだ早すぎたのかも。
向こうのーー卵土(ランド)と呼ばれる世界の出身で。
それが成り行きで“家族”となった。
そして、こちらへの帰還に初めて同行していた。
「あの」
思わず、
「大丈夫ですよ、ジュオ」
何がかというと。
「柚子、ジュオと同い年なんですから」
「ええっ!」
向こうに驚かれる。
「そう……なんだ」
見上げる。
「………………」
無言のまま。いっそう縮こまる。
「えーと……ジュオ『君』でいいのかな」
「………………」
やはり返事はない。
「あ、あの」
取りつくろうように。
「普段からあんまりしゃべらないんですけど、それでももうすこしはしゃべるんですよ? 今日は調子が悪いといいますか」
「調子?」
「あ、いえ」
何を言っているのだろう。
と、そのとき、
「!」
突然の。
「くっ!」
大きな見た目に似合わぬ俊敏さで上体をひねる。
瞬光。
その白刃をふるったのは。
「うー」
「ユイフォン!」
驚きあわてて。
「何をするんですか! 柚子もいるんですよ!」
「いるから」
「えっ」
「ジュオ」
じろり。刀を構えたままにらみつけ。
「柚子のこと、困らせてる」
「おうっ!」
おおげさなくらいの。ショックを見せる。
「こ、困らせるつもりは」
「困らせてる」
「おう……」
そこへ。
「ユイフォンちゃん」
言う。
「わたし、困ってなんかないよ」
「うー」
信じてないという目で。
「柚子、優しい」
「そう?」
「優しい」
うなずく。
「ユイフォンにも優しくしてくれた」
その通りだ。
森羅学園。
かつて通っていた学校で、とても親切にしてくれた。
だからこそ。
突然できた“弟”にも良くしてくれると期待していた。
それが、こんな展開に。
「とにかく、斬るのはやめてください」
そこだけはと。くぎを刺し。
「ジュオ」
「お、おう」
「ジュオはどうなんですか」
「おう?」
「だから」
もどかしい思いで。
「柚子のことをどう思ってるんですか」
「っっ……!」
耳まで赤くなる。
「お……う」
「だから『おう』だけじゃわかりませんよ」
「いいよ、無理しなくて」
笑顔で。言う。
「ジュオ君」
「……! お、おう」
「落ちついてから、またお話しさせてね」
「………………」
やはり。
何も答えないままだった。
「嫌われたんだし」
断定する。
「………………」
あのときと同じように。
何も答えられない。
「や、やめてください」
たまらず。
「そんなこと、まだわからないじゃないですか」
「わかるんだし」
当然だと。鼻を鳴らし。
「ジュオ、カンジ悪いし。『おう』しか言わねーし」
「そんなことは」
ない、と言いたいが。
「前から思ってたんだし」
ぷりゅふん、と。
「このままだと問題あるんだし」
「問題って」
さすがに反論する。
「ジュオはいい子じゃないですか。家族じゃないですか」
「家族だから問題あんだし」
引かない。
「このままだと、みんなまでカンジ悪いと思われてしまうんだし」
「ええっ!」
「もちろん、ヨウタローも」
「!」
顔色が変わる。
「兄貴まで……」
「な、なんてことを言うんですか」
驚きあわてて。
「ジュオが本気にしてるじゃないですか」
「本気なんだし」
「本気にして」
「って、ユイフォンまで」
途方に暮れてしまう。
「ジュオがカンジ悪いと柚子が会ってくれない」
「………………」
今度こそ。本当に言葉をなくす。
「ぷりゅーわけなんだし」
まとめるように。
「このままのジュオでは問題だし」
「う……」
反論できない。
「そこでなんだし」
言う。
「きょーいくするんだし」
「教育?」
「ジュオをだし」
当然と。
「きょーいくし直すんだし。ヨウタローの弟にふさわしい子にするんだし」
Ⅲ
「兄貴にふさわしい……」
つぶやくと。
「おう」
思った以上の。やる気をにじませる。
しかし、こちらは。
(だ、大丈夫なんでしょうか)
唐突な話に不安をおぼえ、
「あの、おかしなことは」
「ぷりゅーっ」
パカーーン!
「きゃあっ」
「なにがおかしなことだし。シロヒメのすばらしー提案に対して」
「いえ、いまのままでもジュオはいい子で」
「甘やかしてんじゃねーし!」
パカーーン!
「きゃあっ」
「やる気に水さすようなこと言うといじめるし」
「もういじめてます!」
抗議する。
「ジュオ!」
ぷりゅしっ! 再びヒヅメさし。
「どーすんだし? やるんだし?」
「お、おう」
「失格だし」
「おおう!?」
「って、なんでですか、いきなり!」
「だから『おう』やめんだし! それが一番カンジ悪いんだし!」
「お……」
反射的に『おう』と言おうとしたのだろう。寸前でそれを飲みこむ。
「ジュオ」
真面目な顔で。
「シロヒメはヨウタローの馬なんだし」
「………………」
やはり『おう』と口にしかけたところを無言でうなずく。
「耐えられないんだし。ヨウタローがジュオみたいって思われることが」
「!」
ショックの。ふるえが走る。
「ヨウタローの弟でいたいんだし?」
すぐさま。うなずく。
「だったら」
言う。
「ジュオじゃないジュオになるんだし」
「お……」
うなずきかけて。
「……う?」
「ユイフォンじゃねーんだしーっ!」
パカーーン!
「おうっ」
「だからやめてください、暴力は!」
すると。
「がるっ!」
とっさに。かばうように巨体が割って入る。
「なんだし、ティオ」
長くするどい牙を持ったサーベルタイガーを前にまったくひるまず。
「シロヒメはヨウタローの馬だし」
「が、がるっ」
「ヨウタローはジュオの兄貴なんだし。兄貴の馬にさからうってゆーんだし?」
「が……る」
たちまち。こちらも縮こまってしまう。
(し、白姫……)
同じだ。
従騎士として仕える相手の馬ということで、自分も横暴を止められないでいるところはあるのだ。
「ぷりゅふふーん」
勝ち誇ったように。胸をそらし。
「言うこと聞くんだし。わかったし、ジュオ?」
「お、おう」
うなずくしかない。
「だから『おう』やめんだし!」
「!」
「『おう』禁止令だし。わかったし?」
「………………」
無言でうなずく。それしかないのだった。
「ぷりゅーかー」
そして。
唐突に始まった白姫の“授業”で。
「騎士にとって一番大切なことは何なんだし」
「………………」
沈黙。
「あ、あの」
手を上げる。
「おっ、偉いし、アリス。アホのくせに積極的に答えようとするなんて」
「アホじゃないです」
そこは否定する。
「それ以前になんですが」
「ぷりゅ?」
「白姫、騎士じゃないですよね。それが騎士の授業って」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「なにいきなりケチつけてくれてんだし。とんでもないアリスだし。ふりょーだし」
「だって、騎士じゃないのは事実じゃないですか!」
「白姫は騎士の馬だし」
ぷりゅっへん。胸をそらし。
「ママもおばあちゃんもそのまたおばあちゃんもずーっと騎士の馬だったんだし。エリートなんだし」
「はあ」
「だから、騎士のこともよくわかるんだし。ずっと近くにいたから。一緒に戦ってきたから」
「それは」
その通りではあるが。
「シロヒメ、生まれたときからずーっとヨウタローと一緒だし。よくわかるし」
それも事実だ。
「ジュオはヨウタローみたいになりたいんだし?」
こくり。うなずく。
「なりたい。兄貴みたいに」
(それは)
実際のところ、どうなのだろうか。
二人のタイプはまったく違う。
自分たちより三歳年上だが、大人っぽさはあまり感じさせず、どちらかといえば童顔。身体も標準よりやや細めといったところ。
比べて、こちらは、はっきり言ってワイルド。
ごつごつとした勇ましい顔。背も標準をはるかに超え、筋肉質でがっしりした身体は十三歳と思えない威圧感に満ちている。
(ジュオが……葉太郎様みたいに)
想像できない。
いや、したくない。
大柄で筋肉ムキムキな身体に童顔が。
「だめですよ、それは!」
思わず。言ってしまう。
「だめか」
「えっ」
がっくりと。肩を落としたのを見て。
「あ、いえ、そういう意味では、その、あるようなないような」
「ひどいアリスだしー」
「ええっ!」
「まー、確かに」
ぷりゅふん。偉そうに鼻を鳴らし、
「ジュオがヨウタロー目指すなんてぜんぜん無理だし。気持ち悪いし」
「おう……」
「し、白姫!」
あまりに遠慮なく言われてさすがにあわてるところへ。
「ジュオはジュオのままでいいんだし!」
びしっと。
「えっ?」
「お、おう?」
「ジュオはジュオのままーー」
こんなこともわからないのか。そう言いたそうに鼻を鳴らし、
「そのままカンジ良くなればいいんだし」
「あ……」
「おう……」
一応。腑に落ちた顔になるも。
「白姫、『ジュオじゃないジュオになる』って言ってたような」
「馬のあげヒヅメとるんじゃねーし」
あげヒヅメーーあげ足ということだろうか。
「ジュオはジュオのままでジュオじゃないジュオになるんだし」
「はあ」
やっぱりよくわからない。
「だから、修行なんだし!」
強引に。そこに戻す。
「シロヒメ、最初からそう言ってんだし」
「それはそうですけど」
いつの間にか話題がずれてはいた。
「って、ジュオに『葉太郎様みたいになりたいか』って言ったのは白姫じゃないですか」
「覚悟のほどを確かめたんだし」
「覚悟って」
では、具体的に何を。
「修行して、カンジ良くなるんだし」
だから、どういう風に。
「レディだし」
はっと。
「騎士に大事なのはまず強さじゃないんだし。優しさなんだし」
「それは」
言う。
「その通りです」
「その通りなんだし」
うなずく。
「優しいから誰かを守ろうと思うんだし。それで強くなれるんだし」
「その通りですよ!」
思いがけない“正論”にこちらも力が入る。
「白姫! すごくいいことを言っていますよ!」
「とーぜんだし。シロヒメ、いいことしか言わないんだし」
「それは、えーと」
「文句あるし?」
「いえ」
またパカーンされてはたまらない。
「ぷりゅーわけで、ジュオ」
きりっと。目を見て。
「ジュオに必要なのはまず優しさなんだし」
「お、おう」
「あっ、でも」
またも、はっと。
「実際にどうやって優しさを」
「決まってるし」
そして。
「ぷりゅり~ん❤」
「う……」
あぜんとなる。
「何をしてるんですか、白姫」
「決まってるし」
ぷりゅー。仕方がないというためいななき。
「かわいがるし」
「えっ」
「シロヒメを」
「どうして」
「なに言ってんだし。馬をかわいがることから優しさは育つんだし。馬とのふれあいはじょーそー教育にいいんだし」
「それは」
確かにいいとは言われているが。
「けど、だったら」
指摘する。
「ジュオはちゃんとふれあってますよ、ティオと」
「馬とサーベルタイガーじゃ違うんだしーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「馬は繊細なんだし。かわいがるにもとーぜん繊細さを必要とするんだし」
「ぜんぜん繊細じゃありませんよ、こんなことをする白姫は!」
顔のヒヅメ痕を押さえて訴える。
「わかった」
「ジュオ!?」
「かわいがればいいんだな」
「『ればいいんだな』なんて気持ちじゃだめだし。せーい見せるし」
「誠意って」
あぜんとなる中。
「よろしくお願いします」
深々と。
「それでいいし」
いいのか? 言葉の重さのわりにはあっさりな気が。
「さー、かわいがるし」
「お、おう」
うなずくも。緊張のためか動けない。
「あの」
思わず。
「いつもティオにしてあげてるみたいにすれば」
「ぜんぜん違うし」
ぷりゅぷん、と。
「馬は繊細だって言ってるし」
「ティオだって繊細なところはありますよ。優しいですし」
「おう」
共にうなずく。
「がる……」
突然ほめられ、照れくさそうに縮こまる。
「ぜんぜんかわいくねーし」
険悪な目で。
「なに、シロヒメに張り合おーとしてるし。ティオのくせに」
「いやいやいや」
さすがに。
「張り合おうとなんてしてませんよ」
「してるし。かわいがられてるアピールしてるし」
「してませんって……」
脱力する。
「ジュオはにくしょくじゅーだし」
「そうですけど」
「怖いんだし。お肉を食べるんだし。シロヒメみたいなそーしょくじゅーはいつもビクビクしてるんだし」
「ぜんぜんしてないじゃないですか。平気じゃないですか」
「ティオは」
そこへ。
「兄貴の馬を食べたりはしない」
「がる」
こちらもうなずく。
「えー、信じられないしー」
「なんてことを言うんですか」
ここは黙っていられないと、
「ティオはジュオの家族です。だから自分たちにとってもティオは家族なんですよ」
「姉貴」
うれしそうに。
「がる」
共に頭を下げる。
「ほら。とっても賢くていい子じゃないですか」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「なに、いいようにティオにのせられてるし」
「のせられてませんよ! ティオはそんなことたくらまないです!」
「それがのせられてるしょーこだし。まー、のせられても仕方ないんだし。アホだから」
「アホじゃないです」
「こうなったら」
ぷりゅりゅりゅりゅ……いななきをわななかせ。
「しょーぶだし」
「ち、ちょっと」
それこそ肉食獣と草食獣では勝負にならないのでは。
「なめんじゃねーし!」
ぷりゅしっ!
「シマウマを知ってるし?」
「え?」
それは。
「し、知ってますけど」
決まってる。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「なめた口たたいてんじゃねーし。アリスがシマウマの何を知ってるってゆーんだし」
「何をって」
確かに、語れるほど詳しくはない。
「シマウマは暴れん坊な馬なんだし」
「そうなんですか」
暴れん坊といえば、いまの白姫がまさにそうだが。
「厳しいサバンナで生きるためには荒々しさが必要なんだし」
「白姫には必要ないですよ、荒々しさ」
その訴えはあっさりスルーされ、
「だからシマウマたちは荒々しいんだし。アリスみたいになめた気持ちで近づくとパカーンされるんだし」
「なめるつもりはありませんし、パカーンは白姫にされてます」
言ってしまう。
「カバを知ってるし?」
「ええっ」
知ってるに決まっている。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「アリスがカバの何を知ってるってゆーんだし」
「って、まだ何も言ってませんよ!」
不条理すぎる。
「ワニを知ってるし?」
警戒しつつ。
「し、知ってますけど」
「ワニは肉食動物だし」
それも知っている。
「けど、そんなワニにも食べられない草食動物がいるし」
「え?」
「カバだし」
我がことのように。誇らしげに。
「カバの皮はとっても厚いんだし。ワニがどんなにがんばっても牙を通したりしないんだし」
「そうなんですか」
知らなかった。
「だからだし」
ぷりゅぎろっ。にらみつけ。
「草食動物、なめてんじゃねーし」
「いやいやいやいや」
だから、なんでそういうことになってしまう。
「ティオは草食動物をなめてませんし、それ以前にライバル意識を持つのをやめてください」
「ティオが悪いんだし。かわいがられようとするから」
「かわいがられていいじゃないですか。ジュオの馬……じゃなくて虎なんですから
」
「かわいくないのに」
「わかった」
割って入る。
「それが不満なんだな」
「ぷりゅ?」
「ティオ」
「がる」
呼ばれただけで。わかったというように。
「きゃっ」
不意の光。これはーー
「っ」
消えていた。
いや、消えてはいない。
姿が急に変わったせいで、一瞬見失っていたのだ。
「がる」
小さく。それでも凜々しく。
「これで」
抱え上げる。
「不満はないか」
「か……」
かわいい。
口もとからのぞく長い牙もどこか愛らしい。
それは、あらかじめ予定されていたこと。
こちらの世界に野生のサーベルタイガーはいない。正確に言うと野生ではないのだが、とにかく普通に町を歩いていたらパニックは必至だ。
そのためのこのコンパクトな姿である。
これなら、牙が長めの普通の猫ーーに見えないこともない。
そもそも常識的に考えて、サーベルタイガーがいると想像する者は誰もいないだろう。
「だめだし」
「ええっ」
これでもダメ出し?
「ちっちゃくなったからいいってことじゃないんだし」
「だって、かわいいじゃないですか」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「じゃあ、シロヒメはかわいくないって言うんだし?」
「言ってないですよ、そんなこと!」
理不尽すぎる。
「こんぽん的なとこに問題あんだし」
「根本的?」
それは、つまり。
「肉食獣だからってことですか。けど小さくなったらそれも」
「お肉を食べるのもそうだけど、他にも決定的にシロヒメたちと違うとこあんだし」
ぷりゅしっ! ヒヅメをさし。
「ティオは一匹狼なんだし!」
「がる!?」
あぜんと。
「あっ、違ったし。一匹虎だし。一匹サーベルタイガーだし」
「一匹サーベルタイガーって」
あぜんとしつつも。
「違いますよ? ティオにはジュオが」
「そーゆーことじゃないんだし!」
じゃあ、どういうことなのだ! 言いかけたところへ。
「群れないんだし」
「え?」
「って言うとちょっとカッコいい感じなんだけど、要は友だちいないんだし」
「なんてことを言うんですか!」
さすがに怒る。
「だから、ティオにはジュオが」
「向いてないんだし」
「えっ」
またも唐突に。
「シロヒメは向いてるんだし」
ぷりゅーん。なぜか胸を張られる。
「あの」
あぜんとなりつつ。
「向いてる向いてないって何がですか」
「だから、友だちだし」
言う。
「馬は馬たちみんなで生きる生き物なんだし。友だちもいっぱいできるんだし」
「それは」
その通りなのだと思う。
事実、馬は群れることを好む。草食動物ゆえに、それは危険から身を守るための本能なのだろう。仲間がいなければ、敵を恐れてまともに眠ることもできないはずだ。
「だけど、虎は群れないんだし。孤独なんだし」
「孤独って」
その言い方はよくないが、確かに虎が群れるというイメージはない。
「いつも、ぼっちなんだし。きょーちょー性がないんだし」
「協調性は」
どちらかというとこちらのほうがないのではないか。
「あと、馬には攻撃ほんのーがないんだし」
「攻撃本能?」
「そーだし」
教えてやるというようにうなずき。
「馬は平和的なんだし」
「平和的……」
パカーンはちっとも平和的とは言えないが。
「あくまで自分が危険なとき、やむを得ないときだけ戦うんだし。基本、生きるために誰かを傷つける必要はないんだし」
「だったら」
こちらをいじめるのはやめてほしい。当然のように言いたくなる。
「けど、虎は違うんだし。肉食獣は違うんだし」
「あ……」
確かに。
攻撃して獲物を狩らなければ、彼らは生きていけない。
「根本的に危険なんだし。いつ襲いかかられてもおかしくないんだし」
「そんな」
さすがに言い過ぎだ。抗議しようとしたところに。
「その通りだ」
「ジュオ!」
「恥ずべきことではないからな」
堂々と。筋肉で厚くなった胸を張り。
「その力強さで牙印(ガイン)の騎士と共に戦ってくれる。心強い仲間だ」
「がる……!」
感動に。目を潤ませる。
普段は落ち着いているのだが、大きさの変化のためか反応もどこかあどけない。
「馬だって共に戦うんだし!」
たちまちムキになる。
「馬はコミュニケーション能力高いから! きょーちょー性あるから! ご主人様と心を一つにして戦えるんだし!」
「ティオもそれは同じだ」
「だから、そこが問題なんだし!」
治まらない。
「ジュオもティオと同じだからなんだし」
「おう?」
「危険で襲いかかられそうな雰囲気かもし出してんだし。だからユコも嫌いになるんだし」
「お……!」
ショックを。
「なんてことを言うんですか!」
すかさず。抗議する。
「ジュオがかわいそうじゃないですか」
「ほんとーのことだしー」
「白姫!」
そこに。
「いいんだ、姉貴」
「でも」
「確かに」
ショックは引きずりつつ。それでも毅然と。
「俺は俺だ」
「ジュオ」
「花房家の一員だ」
「はい! その通りです!」
「だから、一人だけキャラが違うって言ってんだしー。ヨウタローもパパもジュオみたいにゴツくて周りがひいちゃうタイプじゃないんだしー」
「なんてことを言うんですか!」
と、不意に横から。
「いない」
「えっ」
驚き。そちらを見る。
「いないって……何がですか、ユイフォン」
「ティオ」
はっと。
「あ……」
いない。確かに。
「さっきまでここに」
「いなくなった。ちっちゃくなってて見逃した」
そう言って。
「うー」
にらむ。
「アリスたちのせい」
「えっ」
「ティオのこと、悪く言ってた。いじめてた」
「ええっ!」
あわてて。
「いじめてなんて」
「ひどいアリスだしー」
「って、いろいろ悪く言ってたのは白姫じゃないですか」
「悪くなんて言ってないし。ほんとーのことを言ったんだし」
「白姫!」
「大体、馬と虎は相性悪いんだし」
「えっ」
「トラウマって言葉もあるし」
「………………」
「なに、シロヒメがすべったみたいな空気かもし出してるしーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
そこへくり返し、
「かわいそう」
言う。
「ティオ、悪くない」
かすかに。目をうるませ。
「好きでそうなったんじゃない一人ぼっちだって、ある」
「あ……」
思い出す。
大切な人を失って。長い時間、孤独の悲しみを生きていた。
もちろん『一匹狼』とそれは違うのかもしれない。
けれど、
「探しに行きましょう」
言っていた。
「う」
うなずく。
「姉貴。ユイフォン」
頭を下げる。
「すまない」
「違いますよ」
「おう?」
「こういうときは」
笑顔で。
「何も言わなくていいんです」
「お……ぅ」
「家族なんですから」
はっきりと。
「ティオはジュオの家族です。そして、ジュオは自分たちの家族です」
あらためて。言う。
「家族……」
かみしめるように。
「家族」
こちらも。言う。
「しょーがないんだしー」
そう言いながら。
「シロヒメも行くんだし。家族だから」
「そうです」
もちろんだと。
「みんな……」
ごつごつとした顔立ちの。瞳が潤む。
「大げさだしー」
「お、おう」
「そこはアリスとそっくりなんだし。泣き虫なところは」
「泣き虫じゃないですよ」
「アホなところは似なくてよかったし」
「アホじゃないです」
言われ放題に言われながらも。
一同は。
共に“家族”を探すため歩き出した。
すぐだった。
「がる~❤」
心地よさそうに。
「テ、ティオ」
あぜんとした声がこぼれる。
「がるっ」
ぴくっと。抱かれたまま、姿勢を正す。
「がるがる! がる!」
「んー、どうしたの?」
なでなで。
「がる~❤」
「おい……」
「がる!」
「あっ」
こちらに気づく。
「この子」
抱いていたところをかかげ。
「ジュオくんのところの子?」
「お、おう」
違うというわけにもいかず。
「かわいいねー」
「がる~❤」
さすがに。
百獣の猛者がそのとろかされ具合はどうなのかと。
「が、がる」
こちらの視線に気がついたのだろう。あせあせと縮こまる。
「エッチなティオなんだしー」
「がる!?」
思わぬ言われ方に小さな身体がはねる。
「いや、俺はそうとは」
「ジュオもエッチだしー」
「おう!?」
「ティオと同じことされたいんだし」
「お……」
真っ赤になり。何も言えなくなる。
「図星だしー」
「やめてください、ジュオをいじめるのは」
たしなめる。
「ふふっ」
毛並みをなでながら笑みをこぼす。
「仲良しだね、花房先輩のところは」
「う。仲良し」
うなずく。
そして、深々と頭を下げる。
「ジュオのことも、よろしくお願いします」
「うん」
笑顔で。
「お願いされる」
「ありがとう」
あらためて。おじぎする。
「いい子だね、ユイフォンちゃんは」
なでなで。
「うー」
「が、がるっ」
こっちも。そう言いたそうな鳴き声があがる。
「おい」
さすがに主としていさめようとすると。
「はい」
「!」
こちらへ。手が伸ばされる。
「お……」
どきまぎと。
「……う」
頭が。心持ち下げられる。
「よろしく」
取られる。
手を。
「………………」
無言のまま。
「お……おう」
そっと。
こちらからも手を握り返した。
Ⅳ
「ぷーでるわーいす、ぷーでるわーいす♪」
「な……」
あぜんと。
「なんなんですか、唐突に」
「とーとつじゃねーし」
ぷりゅっ。鼻を鳴らし。
「かわいいんだし」
「は?」
「親しみやすいんだし」
「あっ」
思い出す。
「それって、またジュオのカンジを良くしようという」
「そーだし」
ぷりゅ。うなずく。
「いや、でもそれは」
言う。
「ちゃんと、もう、柚子と仲良くなれましたし」
「見せかけだし」
言われる。
「見せかけって」
「取りつくろいだし」
さらに言われる。
「とりあえず仲良くなってみせただけなんだし。空気読んで」
「おう……」
あからさまに。ショックがにじむ。
「なんてことを言うんですか」
抗議を。
「柚子はそんな子じゃないですよ」
「そんな子だし」
断言する。
「なんてことを」
「カン違いすんじゃねーし。いい意味でだし」
「いい意味で?」
「そーだし」
うなずく。
「ユコは周りに気をつかえるとってもいい子なんだし」
「それは、その通りですけど」
「じゃなかったら、アリスやユイフォンと友だちでいられるわけねーんだし。普通にムカついてんだし。ストレスで胃が破裂しちゃってんだし」
「そ、そこまで言いますか」
「シロヒメと同じでとっても大人なんだし」
「白姫が……大人?」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「なんか文句あんだし?」
「やめてください、大人だったらこんなひどいことは!」
やっぱり抗議させられる。
「白姫の言う通りだ」
「ジュオ!?」
「気をつかったんだろう。姉貴たちに」
「そんな」
「いいや」
かたくなさをにじませ。
「簡単に受け入れられるなんて都合のいいことは考えてない」
「感心な心がけだし」
ぷりゅ。よくわかったと言いたげにうなずく。
「なんで、そんなに偉そうなんですか」
「偉いんだし。しどーするんだから」
「また指導ですか」
「ぷりゅーわけで」
再び歌い出す。
「ぷーでるわーいす、ぷーでるわーいす♪ ぷーりゅぷりゅなはーな~♪」
「なんですか『ぷりゅぷりゅな花』って」
ツッコんでしまう。
「それのどこが指導だと」
「しどーだし」
まったくひるむことなく。
「歌はみんなの心をなごませるんだし」
「それはそうですけど。唐突すぎますよ、白姫の場合」
「とーとつでもいんだし」
やはりひるまず。
「ジュオはみんなをなごませないんだし!」
ぷりゅしっ!
「お……おう」
「なんてことを言うんですか!」
「じゃあ、なごませるんだし?」
「それは」
はっきり言って。
年相応とは言えない巨体と威圧感に「なごみ」のイメージはまったくない。
「カンジ悪いんだし」
「おう……」
うなだれる。
「だ、大丈夫ですよっ」
あわてて。
「なごませなくても、その、ジュオはジュオですから」
「おう?」
「だから、その」
声に力をこめ、
「家族ですから!」
かすかに。陰っていた表情に明るみがさす。
「だから問題なんだし」
容赦なく。
「みんなまでなごませないキャラだと思われてしまうんだし」
「そんな」
「まー、確かにアリスはなごませないけど。ムカつかせるばっかりだけど」
「そんなことないです」
「とにかく、それをフォローするための歌なんだし」
ぷりゅずいっ。前に出る。
「歌うし」
「お……おう」
目をそらす。
「なにビビッてんだし。それでもヨウタローの弟なんだし?」
「お……」
ぐっと。表情が引き締まる。
「……わかった」
「それでいんだし」
「あの、無理はしないでくださいね、ジュオ」
思わず言うも。
「する」
「ええっ」
「無理であろうと逃げはしない。それが」
ぐぐっ。大きな拳を握り。
「花房家の男の誇りだ」
「……えーと」
そういうノリは葉太郎にもその父にもないように思うのだが。
「じゃあ、シロヒメに合わせて歌うし」
「おう」
すっかり気合の入った顔でうなずく。
「ぷーりゅ、ぷーりゅ♪ ぷりゅぷりゅ♪」
「お……!?」
ゆれる。
「ぷーりゅ、ぷーりゅ♪ ぷりゅぷりゅ」
再び。
「シロヒメ、ぷりゅーりゅ~♪ みんながぷりゅーりゅ~♪」
そして、
「ほら、やってみるし」
「おおう!?」
「ち、ちょっと」
さすがに。
「無理ですよ」
「無理でも逃げないって言ったし」
「言いましたけど」
「言った」
ぐっと。ひるむ自分に活を入れる。
「やろう」
「ジュオ!?」
「いい覚悟だし」
ぷりゅ。無駄に重々しくうなずく。
「じゃあーー」
と、そこに。
「やだ」
言われる。
「ユイフォン」
「うー」
顔をしかめ。
「気持ち悪い」
瞬間。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「あうっ」
「やめてください、ユイフォンをいじめるのは」
あわてて言う。
しかし、鼻息は治まらず。
「気持ち悪いってどういうことだし」
「だって」
「シロヒメが気持ち悪いってどーゆーことだしーっ! こんなにかわいいシロヒメがーっ!」
「あうっ」
「やめてください、いじめは」
またもあわてて止める。
「違う」
ふるふると。
「ジュオ」
「おう?」
「気持ち悪い。ジュオがやったら」
「おぉう!?」
「そ、それは」
否定できない。
歌には、振り付けまで入っていたから。
歌詞の『ぷりゅぷりゅ』に合わせて、お尻をふるという。
「確かに気持ち悪いし」
「って、白姫!?」
やらせようとしたのは誰かと。
「ちょっと難易度高かったんだし」
(いやいや)
難易度の問題なのか。
「受け入れるシロヒメたちにとって難易度が」
「あ……」
それならわかる。
「いや、難しくても俺は」
「だから、シロヒメたちのほうに問題があるんだし!」
強引に打ち切り。
「ぷりゅーがないから、難易度下げるし」
「そうしてください」
横から。お願いする。
「アリス、ちょっとぷりゅるし」
「へ?」
ぷりゅる?
「それは……その」
どういうことだ。
「なに、ボケッとしてんだし。ただでさえアホなのが、よりアホに見えるし」
「アホじゃないです」
「じゃあ、さっさとぷりゅるし」
「う……」
歌えということだろうか。
「あ~♪」
「なに歌おうとしてんだしーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「ぷりゅったく。とんでもないアリスだし」
「とんでもないのは白姫です!」
「シロヒメはぷりゅれって言ったんだし」
「だから、その『ぷりゅる』の意味が」
「アホだしー」
「アホじゃないです!」
懸命に。抗議する。
「シロヒメ、いつでもぷりゅってんだし」
「え?」
「馬はみんなそうだし」
「それって」
つまり。
「シロヒメたちみたいに『ぷりゅ』と言えと」
「そーだし。ぷりゅるんだし」
「はあ」
それを。
「ジュオが……」
「やるんだし」
ぷりゅずいっ。前に出る。
「どー考えたって『おう』より『ぷりゅ』のほうがかわいいんだし」
「それは」
比べる次元の問題なのか。
「『おう』じゃ、ケンカ売ってるみたいだし。『オラオラ』とセットだし」
「そうとは限らないと」
「限るんだし」
言い切る。
いななき切る。
「ぷりゅーわけで、やるし」
「お……」
さすがに。
「………………」
「なんで『おう』って言ってうなずかねーんだしーっ!」
パカーーーン!
「おうっ」
「あ、違ったし。なんで『ぷりゅ』でうなずかねーんだしーっ!」
パカーーーン!
「おうっ」
「だから『ぷりゅ』だし!」
「やめてください、何度もジュオをパカーンするのは」
あわてて止める。
「ジュオが悪いんだし。『おう』しか言わないから。カンジ悪いから」
「それは」
確かにそこから始まったことではあるのだが。
「やるし」
「……ぷ……」
そこから先が続かない。
「無理しなくていいんですよ」
言ってしまう。大きな身体で恥ずかしそうにしている姿を見て。
「情けはむよーだし」
偉そうに。
「これはジュオのためなんだし」
「本当にジュオのためになるんですか?」
「試練だし」
言い切る。
「そーぞーするし」
「想像?」
「『ぷりゅ』って言ってるとこだし。ヨウタローが」
「えっ」
思いがけない。
「葉太郎様が」
想像する。
『アリス』
『は、はいっ』
『ぷりゅ❤』
「………………」
「どーだし」
「……わ……」
正直に。
「悪くないかも」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「なんでですか!」
「なんてアリスだし」
「えっ」
「ヨウタローでエッチな妄想をするなんて」
「エッチじゃないです!」
「妄想はしたんだし?」
「えっ、そ、それは」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「やっぱりもーそーしたんだし。汚したんだし」
「汚してなんて」
ない。
と言い切るだけの自信は、あらためて考えると。
「って、白姫ですよ『想像しろ』って言ったのは!」
「そーぞーだし。もーそーじゃないんだし」
「う……」
「ぷりゅったく。あらぬもーそーなんだし」
「ご、ごめんなさい」
確かに『あらぬ』妄想ではあるので、頭を下げるしかない。
「ぷりゅーわけで、ジュオ」
「お……」
「ぷりゅためて言うけど、これは試練なんだし。花房家の一員になるための」
「!」
顔つきが変わる。
「あの、ジュオ」
本当にそこまで真剣にならなくていいと。
「……やるぞ」
「ジ、ジュオ」
「いい覚悟だし」
うなずく。やはり偉そうに。
「うー」
やはり嫌そうに。
「やだ」
口にも出す。
「おう……」
またも決意がゆらぎ出す。
「しょーがねーしー」
ぷりゅぷりゅやれやれ、と。
「これはかんきょーに問題があるんだし」
「環境?」
「そーだし」
うなずく。
「かてーかんきょーが悪いからジュオみたいな子が生まれちゃうんだし」
「な、なんてことを言ってるんですか!」
さすがにその発言は問題がある。
「かんきょーを乱してるのはアリスとユイフォンだし」
「えっ!?」
「う!?」
共に驚きの声をあげる。
「自分たちに問題が」
「あるし」
うなずく。
「ぷりゅーわけで来るし」
「えっ」
どこに。
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅ」
そこは。
「おお……」
混じり気のない好意を示されて。無骨な顔が年相応にほころぶ。
「馬だし」
言われなくてもわかっているが。
「みんな、優しいんだし。島の馬だけど荒々しくないんだし。シマウマじゃないんだし」
「何を言ってるんですか」
それにしても驚いた。
まさか。
騎士の島とも呼ばれるここ鳳莱島(ほうらいとう)に来てしまうとは。
「かんきょーを変えるし」
「確かに変わりましたけど」
「ぷりゅりん村なんだし」
「ぷりゅりん村……」
「みーんなあつーまれー、ぷりゅりんむーらーに~♪」
「あの、歌はいいですから」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
不意蹴りに吹き飛ばされる。
「なんでですか!」
「ここだけ変わってないし」
「えっ」
「アリスまでついてきたら意味ねーんだしーっ!」
「きゃあっ」
いななかれ、悲鳴をあげる。
「ぷりゅったく。これじゃかんきょーが汚染されたままだし」
「なんてことを言うんですか」
「かんきょー汚染だし」
言い切る。
「アリスがいるせいで、ジュオ、ぷりゅれないんだし」
「えっ」
「ぷりゅーか」
ぷりゅりゅりゅりゅ……怒りをみなぎらせ。
「なんで、ついてきちゃってんだし」
「それは」
放っておけなかった。何をされるのかと思うと。
「とにかく、アリスがいると問題なんだし」
「邪魔をするようなことは」
「いるだけで邪魔だし。目障りだし」
「そんな」
そこまで言うかと。
「事実、見られてたら問題なんだし」
「えっ」
「ジュオ、情けないんだし。無駄にでかいくせに」
「お……う」
「だから、アリスは邪魔だし」
「つながってませんよ、それだけじゃ」
「これからジュオがぷりゅるし」
「おう」
馬たちに囲まれながら。それだけは覚悟を決めたとうなずく。
「ぷりゅるには最高の環境だし」
「それは」
だと思う。これだけ馬がいるのだから。
「みんなと仲良くぷりゅるし」
「お、おう」
「ぷりゅーわけで、アリス、消えるし」
「なんで、そんな言われ方をされるんですか」
「じゃあ、見てくんだし?」
「えっ」
「ジュオが。みんなとぷりゅるところを」
「おう……」
先に当人が顔を赤くする。
「姉貴には……できれば」
「あっ」
気がつく。
「そうですよね。自分が見てたら」
「そうなんだし。ジュオ、情けないんだし。ヘタレなんだし」
「なんてことを言うんですか」
そこはフォローする。
「アリス、絶対バカにするんだし。ジュオがぷりゅるところを見て」
「そんなことしないですよ」
しない。断言できるが。
「お……う」
ちらちらと。
こちらを伺う様子から気持ちはいやでも察することができた。
「じゃあ、自分はどこかで待ってますから」
すると。
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅー」
「えっ」
止められる。
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ(アリスは邪魔なんだし)」
「ぷりゅー」
「ぷりゅりゅー」
やはりかわいそうだといういななきがもれる。
「みんな……」
目頭が熱くなる。
「馬は優しいんだし」
一転。我がことのように誇る。
「できれば、白姫ももうすこし優しくしてください
お願いしてしまう。
「仕方ないから、アリスもいていいし。みんなに感謝するし」
「はいっ。ありがとうございま」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「ってなんでですか!」
「なに、いきなりみんなの気持ちを無にしてるし」
「ええっ!?」
「ここにいていいってことは、とーぜんアリスもぷりゅるってことだし!」
「自分もですか!」
「ぷりゅらない気だし? ジュオにだけぷりゅらせて、それを笑いものにしよーって気なんだし」
「姉貴……」
「しませんよ、そんなこと!」
「だったら、ちゃんとぷりゅるし。ぷりゅがとうするんだし」
「ぷりゅがとう……」
戸惑うも。馬たちに。
「ぷ、ぷりゅがとうございます」
「それでいいんだし」
「これでいいんですか」
「これでいいのか」
「これでいいんだし」
言って。
「ほら、ジュオも」
「お、おう」
頭を下げる。
「姉貴のことを……ぷりゅがとう」
「ぷりゅー」
「ぷりゅりゅりゅー」
どういたしまして。そんないななきが返ってくる。
「おう……」
ほんのり。そのあたたかさに頬が染まる。
「いいんだし」
うなずく。
「じゃあ、本格的にぷりゅってくんだし」
「よろ……じゃなくて、ぷりゅしくお願いします」
「ぷ、ぷりゅしく」
「お願いされるんだし」
やはり、どこまでも偉そうに。
「まずはジュオからだしーっ」
直後。馬たちがいっせいに。
「ぷりゅーっ」
「ぷりゅぷりゅーっ」
「おうっ!?」
目を剥く。逃げる間もなく。
「ジュオ!」
飲みこまれた。
「大変ですよ!」
「ぷりゅるためのコミュニケーションだし」
「激しすぎますよ!」
「ぷりゅニケーションだし」
「答えになってません!」
大きな身体が完全に見えなくなる。
「ジュオとみんなの馬隠しだし」
「なんですか、そのタイトルは!」
こうしてーー
過酷? な特訓は始まったのだった。
Ⅴ
「ユイフォンちゃん」
「うー?」
名前を呼ばれ。
「柚子ー」
たたたっ、と。
「う」
抱きつく。
「ふふっ」
こちらも。笑顔で抱きしめ返す。
「柚子、好き。優しくしてくれるから」
「わたしも好きだよ、ユイフォンちゃん」
「うー」
ますますうれしそうに。
「ところで、あの子のことはいいの」
「う?」
ふり返る。その先に。
「ティオ」
たたたっ、と。
「う」
抱き上げる。小猫ほどの大きさの身体を。
「遊んであげてたの?」
「遊んであげてた」
うなずく。
「偉いねー」
頭をなでる。
「うー」
されるまま。目を細める。
「ところで」
心配そうな顔をして。
「この子、ちょっと元気なさそう」
「元気ない」
うなずく。
「ジュオがいないから」
「えっ」
「ティオ、邪魔になるからって。ここに残った」
「そう」
手が伸ばされる。
「がる」
以前のように。頭をなでられても、その鳴き声には陰があった。
「どこかに行ってるの?」
「行ってる」
うなずく。
「島」
「島?」
「島ごもり」
「島ごもり……」
戸惑うも笑顔を見せ。
「それって、山ごもりみたいなもの?」
「う」
うなずく。
「それにジュオ君が?」
「アリスも一緒」
「アリスちゃんも」
「う」
ますますわからない。そんな顔になるものの。
「なんか、がんばってるみたいだね」
「がんばってる」
うなずく。
「柚子のため」
「えっ」
「ジュオ、柚子のためにがんばってる」
「………………」
一瞬。目を丸くするも。
「……へえ」
ふわり。
いままでとすこし違う微笑がこぼれた。
「はっくばーのはっくばーのヒーロインは~♪ ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅシーロヒーメちゃん♪」
「な……」
またも。
いつものように唐突な歌に。
「なんなんですか、それは」
「歌だし」
「歌はわかりますけど」
「みんなのがんばりをたたえる歌だし」
「いや、明らかに白姫だけをたたえていたじゃないですか」
そんなやりとりもあったが。
「ここまでよくがんばったし」
あらためて。偉そうながらも言われる。
こちらも姿勢を正し。
「が、がんばりましたぷりゅ」
とたんに。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「なんでですか!」
「なめてんだし」
「そんなことは」
「テキトーにただ『ぷりゅ』つけてんじゃねーし! 正しくは『ぷりゅがとう』だし!」
「は、はい」
いろいろ深かった。
「ぷりゅがとう、おまえたち」
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅー」
「ジュオはとりあえず合格なんだし」
「そうですか」
それなら、ひとまずの目的は達したということで。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「だから、なめてんじゃねーし。あくまで『とりあえず』なんだし」
「ええっ!?」
どういうことだ。
「ジュオ、がんばったじゃないですか」
「がんばってとーぜんだし。馬、なめんじゃねーし」
「なめてないですけど」
「がんばっただけじゃだめなんだし。結果なんだし」
「結果?」
「アリスと同じじゃだめなんだし。いつも、がんばってるだけで結果出ないアリスと同じじゃ」
「なんてことを言ってるんですか!」
涙ぐんでしまう。
「ぷりゅーわけで、結果見せてもらうし」
「結果……」
握った拳に力がこもる。
「わかった」
「いい覚悟だし」
「な、何をするんですか」
「決闘だし」
「決闘!?」
目を見張る。
「やめてください、危ないようなことは!」
「確かに危ないんだし」
「ええっ!」
「ジュオ」
真剣な顔で。
「引き返せなくなるかもしれないんだし」
「お……」
さすがにひるみかける。
も、すぐさまその目を見つめ返し、
「俺は」
言う。
「花房家の男だ」
逃げたりしない。言下にそう告げていた。
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅー」
がんばれー。そう言うように周りの馬たちがいななく。
「おまえたち」
共に過ごす中で。すっかり心は通い合っていた。
「じゃー、決闘行くんだし! ぷりゅ流島の決闘だし!」
「ぷりゅりゅう島!?」
なんだか別の意味で不安になってくるのだった。
「ぷりゅぅ」
「お……」
ひるんだ。
「ジュオ……」
こうもあっさり。
だけど、気持ちはわからなくもない。
「ほら、やるし」
「! や、やる!?」
てきめんにうろたえる。
「情けないしー」
やれやれと。
「決闘なんだし。さっさとやんだし」
「白姫!」
さすがにあわてて。
「そんな、何をさせようと」
「だから決闘だし」
ぷりゅふん、と。いまさら何をと言うように。
「決闘はわかりましたけど」
その相手が。
「ぷりゅぅ?」
不思議そうに。こちらを見つめている。
「ほらほら、何してんだし。さっさと手を出すし」
「手を!?」
「白姫!」
もう見ていられない。声もきつくなる。
すると、
「ぷりゅーっ。ぷりゅーっ」
「あ……」
大きないななきで。泣き始めた。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「何してんだし! アリスが乱暴な声出すからびっくりしちゃったんだし!」
「白姫は乱暴な“こと”をしてます!」
「あ、姉貴」
言い争いがますます驚かせてしまうのを見かね、
「俺が」
前に出る。
「ぷりゅーっ。ぷりゅーっ」
「おう……」
まったく泣きやまない。
むしろ、自分よりずっと大きな身体が迫ってきておびえているようだ。
「くっ」
手を伸ばす。
「あっ、ジュオ」
そっと。
「く……」
太い腕が。細かくふるえる。
「が……」
こちらも思わず力が入り、
「がんばってください……ジュオ」
抑えめの声ながら。エールを送る。
「ぷ……!」
ぴくっと。
「だ……」
おそるおそる。小さな身体を抱きかかえる。
「大丈夫だ」
相手と。そして自分と。
両方に言い聞かせるように。
「ぷぅ……」
まだ目に涙はたまっているものの。再び泣き出す気配はない。
「その調子ですよ、ジュオ」
「しーっ。よけいな口出すんじゃねーし。これは決闘だし」
決闘ーーその相手は。
「ぷりゅぅ」
また生まれて間もないあどけない仔馬。
不安そうにこぼれるそのいななきを静めようと、おそるおそるの手つきながらそっとたてがみをなでる。
「だ、大丈夫だ」
くり返す。
「大丈夫でしょうか」
こちらは。思わずそう口にしてしまう。
「また泣かせたらジュオの負けだし」
「そういうルールだったんですか!?」
驚くも。
「当たり前だし。あんな小さな子を傷つけるなんて許されないんだし」
「それは」
その通りだとは思うが。
「って、この状況をセッティングしたのは白姫ですよ」
事実。
決闘と言われて何をするのかと思いきや、こうしてまだ物心もついていないような赤ちゃん馬の前につれてこられたのだ。
「勝負なんだし」
真剣な顔のまま。
「これでカンジ悪いジュオがカンジ悪いままのジュオかカンジ悪いままじゃなくなってカンジ悪くないジュオになったかはっきりするんだし」
「微妙にわかりづらいですけど」
「わかりやすいんだし」
言う。
「嘘とかごまかしはきかないんだし。赤ちゃんだから」
そもそも、ごまかしなどしないキャラではある。
それでも威圧感がやわらいだかはっきりさせるため、確かに赤ちゃんはぴったりの『相手』であるとは言えた。
「大丈夫でしょうか」
再び。口にしてしまう。
そんな中、
「おう……」
「ぷ……」
両者の“対決"は続いていた。
拮抗状態だった。
一応、あやすように抱きかかえてはいるものの、そこで完全に止まってしまっている。抱かれているほうも、これから何をされるのかという不安のまなざしのまま、ただ相手を見つめるばかりだ。
にらめっこのよう。
そんなのんきなことを考えてしまうが、確かにそれはある意味で決闘だった。
(でも)
どう見ても不利なのは抱いているほうだ。
赤ちゃんとはいえ、相手は馬。抱きかかえ続けるのは、人間の赤ちゃんをそうするようには、本来ならとてもいかないだろう。
しかし、その点に関しては、実年齢の平均をはるかに超える体格と筋力を誇り、かつ重い槍を手に戦う騎士でもある身にとって心配はないと言っていい。
問題は、むしろ筋力がありすぎることだ。
いまも小刻みに続いている腕のふるえ。
その気持ちはよくわかる。
不安なのだ。
怖いのだ。
力を出し過ぎて、やわらかな赤ちゃんの身体を。
と想像してしまって。
「ぷ……ぅ……」
つぶらな目に盛り上がる涙が大きくなっていく。
無言のままの緊迫感。それが、間違いなく伝わってしまっている。
「俺は」
無意味なつぶやき。
「……すまない」
ただ。無骨な謝罪で終わる。
(何をしてるんですか、ジュオ)
じれったくて仕方ない。
「アホだしー」
これはだめだと嘆息する。
「俺は」
あらためて。
「おまえを怖がらせるつもりはない」
「ぷ……」
(赤ちゃんにそんなことを言っても)
こちらがますますあせる中。
「俺は」
目線の高さに抱え上げ、
「おまえを」
見つめる。
その頬がかすかに染まり、
「か、かわいがりたい」
共にがくっとなる。
「なんですか、その告白は」
「聞き方によっては、かなりヘンタイなんだし」
「やめてください、ヘンタイなんて言うのは」
しかし、否定はしきれない。
「俺は」
赤ん坊相手に。真摯に。
くり返す。
「おまえに勝たなければならない」
「ぷりゅ!?」
(ジュオぉ~~!)
「花房家の男として」
それはそうかもしれないが。しれないけども。
「しかし」
言う。
「悲しませたくない」
切々と。
「おまえが俺を怖がるのはわかる」
目を伏せ。
「俺は誰かが悲しむのを……見たくない」
心からの。
それは『告白』だった。
「ぷりゅぅ?」
その真剣さに何か感じるものがあったのだろうか。
小首がかしげられる。
「俺は」
まっすぐな言葉は続く。
「おまえと」
言う。
「な、仲良しになりたいんだ」
軽く。息をのんでいた。
(ジュオ……)
本心だ。
その威圧的な見た目からいつも敬遠されがちだった。
だが、心の中では、もっと周りと打ち解けたかったのだろう。
もちろん、自分たちはいる。
家族が。
そのことはこちらが思う以上にきっと大切で、だからいつも『花房家の人間』にふさわしい自分にこだわるのだろう。
「俺は」
決して口上手とは言えない。
言葉が。途切れる。
そこに。
「ぷりゅ」
「お……」
すり寄せられた。
「お……う」
すりすり。
戸惑っているそこに、鼻先がすり寄せられ続ける。
「い……」
あらためて。確かめる。
「いいのか」
「ぷりゅっ」
いななく。
おびえていたときと一変し、目の前の相手をおかしがるような色が澄んだ瞳に浮かんでいた。
「そうか」
うれしそうに。こちらも微笑み。
「ぷりゅー」
たてがみをなでられ、仔馬は心地よさそうにいななきをもらした。
「これって」
「奇跡だし」
神妙に。言う。
「やっぱり」
通じたのだ。
無骨だけどひたむきでまっすぐな想いが赤ちゃん馬にも。
「アホだし」
「えっ」
「奇跡を起こしたんだし! ジュオのアホさが!」
「ええーっ!?」
何を一体。
「馬は優しいんだし」
「は、はい」
「こんなちっちゃい子でも」
「ですね」
「だからだし」
「えっ」
「優しいから」
断言する。
「あまりにアホなジュオをほっとけなかったんだし」
「そ……」
そうなのか!?
「優しいんだし」
一つ。うなずいて。
「アホさがカンジ悪さに勝ったんだし。勝ちを認めるし」
「うれしくないですよ、そんな認められ方」
「これもアリスのおかげなんだし」
「えっ」
自分の……おかげ?
「さすが、おねーちゃんなんだし」
「そ、そんな」
めずらしくほめられ、照れてしまう。
「アホなんだし」
「へ?」
「うつってしまったんだし!」
びしっと。ヒヅメさし。
「アリスのアホがジュオに感染したんだし!」
「えーーーーーっ!」
なんて言われようだ。
「感染しませんよ、そんなもの!」
「じゃあ、ジュオがもともとアホだってんだし?」
「そんなことは」
「姉貴……」
「って、そんな目で見ないでください、ジュオも!」
結局。
「ぷりゅーか、こっち来んなだしー。アホがうつるしー」
「なんてことを言うんですか!」
涙目になって追いかけてしまう。
そんな光景に。
「ぷっりゅっりゅー」
「ふふっ」
笑う。共に。
何をあんなに恐れていたのだろう。
自分でもおかしく思えるような清々しさが胸に満ちていた。
Ⅵ
「似合ってますよ、ジュオ」
「お、おう」
生まれて初めて。
学校の制服に袖を通し、さすがに照れを隠せない。
「えー、似合ってないしー」
「白姫!」
「だって、ぱっつんぱっつんなんだしー。無理あるしー」
「それは」
言葉につまる。
「仕方ないじゃないですか。特注だったんですから」
「無駄にデカいからだし。デカいからとくちゅーになるんだし」
「それはそうですけど」
確かに。
実年齢離れした身体に合う既製服はなく、今回の入学のために急遽作ってもらったのだ。多少のサイズの違いは目をつぶるべきだろう。
それでも。
「似合ってます」
心持ち。力をこめて。
「ジュオ、変わったんですから」
「……おう」
はにかむ。
島での“修行”の後。
再びこうして街に戻ってきたところに待っていたのは、普通の若者たちが通う学校への入学手続きだった。
「本当に」
しみじみと。
自分も着ている制服に視線を落とす。
「またこの格好ができるなんて思いませんでした」
と、気づいたというように。
「知ってましたか、ジュオ」
とっておきの秘密を。そんな顔で。
「葉太郎様も同じ制服を着てたんですよ」
「!」
ふるえが。わかりやすいほどに走る。
「兄貴も……」
「まあ、自分たちは中等部で、葉太郎様は高等部なんですけど」
その言葉は届いていないようだったが、本人がよろこんでいるならそれでいいかと。
「行きましょう、ジュオ」
「おう!」
「ユイフォンも」
「う」
こうして。
一同のあらたな生活が。
「って、なんでシロヒメには『行こう』って言わねーんだしーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「あと、シロヒメにも制服用意するんだし! とくちゅーで!」
「白姫にも制服!?」
「おーとくちゅーるで!」
「要求高すぎです!」
とにもかくにも始まった。
「きゃーっ、アリスちゃん!」
教室に。歓声がはじける。
「久しぶりーっ」
「元気だったー?」
「はい。みんなも元気でしたか?」
「元気元気ーっ」
笑い声が広がる。
そんな光景を。
「……うー」
指をくわえて。うらやましそうに見つめる。
「ユイフォンちゃん」
「う!」
笑顔で。抱きつく。
「柚子ー」
「みんな、ほら、ユイフォンちゃんだよ」
クラスメイトたちの前に押し出す。
「う……」
どきどきと。反応をうかがう。
「あ……」
すこしずつ。
やわらかな笑顔が広がっていく。
「そうだ、ユイフォンさん」
「アリスちゃんと一緒に暮らしてるんだよね」
「じゃあ、また学校にも?」
「う……う」
ぎこちないながら。うなずく。
「そっかー」
空気が一気にあたたかなものに変わる。
「前はあんまり話せなかったね」
「これから仲良くしてね」
「う!」
笑顔で。うなずいた。
そんな中。
「………………」
じっと。
教室の中にも入れず、入口の扉の脇に立つ影があった。
「ジュオ君」
「!」
「久しぶりだね」
「お、おう」
真っ赤になって。目をそらす。
「どこかに行ってたんだってね」
「おう」
「島ごもり? ってユイフォンちゃんには聞いたけど」
「おう」
「そうなんだー」
「………………」
沈黙。会話が続かない。
「ティオ君のことなんだけど」
「おう!?」
不意に。
「さびしそうだったよ」
「それは」
戸惑いに目が泳ぐも。
「あいつは関係ない」
「えっ」
「修行だからだ」
「ふーん」
かすかに。
「そんな風に言う人だったんだ、ジュオ君って」
「?」
そこに。
「ごめんなさい、ジュオ!」
あわてた様子で。
「みんなと話すのに夢中になっちゃって。ジュオのことを紹介しないと」
「お、おう」
わかりやすすぎるくらい固くなる。
「あっ、気をつけてくださいね」
言うも遅く。
「おうっ」
ガンッ! 扉の上枠に頭をぶつける。
「だっ、大丈夫ですか」
「大丈夫……と思う」
自分でなく。
頭をぶつけてしまった枠のほうが壊れてないかと確認する。
「ぷっ」
思わずと。吹き出す。
「笑うな」
「あ……」
不意のするどい言葉にびくっとなる。
「ごめん」
頭を下げる。
「いや」
言葉少なに。
気まずい空気が広がる。
「あ、あの」
それに気づき、
「ジュオ、とてもがんばったんですよ」
「うん、聞いてる」
「そうですか」
またも。
会話がとぎれる。
と、そんな自分たちに注目が集まっていることに気づき、
「あの、みんな」
またもあわてて、
「ジュオです!」
声を張る。
「葉太郎様の弟なんです!」
ざわざわっ。どよめきが起こる。
「花房先輩の」
「えっ、でもぜんぜん」
似てないーーそのニュアンスを感じ取り、
「おう……」
表情がくもる。
「弟なんです!」
言い張る。
「花房樹央(じゅお)です! よろしくお願いします!」
深々と。本人に代わって頭を下げる。
「自分の弟なんです!」
ざわざわざわっ! さらなるどよめき。
「アリスちゃんの……」
「でも、もっとぜんぜん」
「弟なんです」
言い切る。
「よろしくお願いします」
あらためて。頭を下げる。
当人もようやくあたふたと、
「よろしく頼む」
周りよりはるかに大きな身体でかしこまるその姿に、
「なんか……」
「怖い人……じゃないんだよね?」
「花房先輩とアリスちゃんの弟? なんだもんね」
じわじわと。緊張した空気がやわらいでいく。
「樹央君……でいいのかな」
「お、おう」
顔をあげる。その動きがまたぎこちなく、
「ぷっ」
「ふふっ」
そこかしこで小さく吹き出される。
「う……」
真っ赤になってまたもうつむく。
そこへ、
「ジュオはいい子なんです!」
懸命に。フォローしようと。
「あの、なのでよろしくお願いします!」
結局、同じ言葉をくり返すしかない。
「よろしく頼む」
こちらも。
「ふふっ」
「あははっ」
あたたかな。笑いが広がっていく。
「なんだかかわいー」
「ねー」
かわされる女子たちの声に。
「う……」
赤くなってやはりうつむく。
「よろしくね、樹央君」
手を差し出される。
「お……」
その手を取ろうとして、
「わー。腕ふとーい」
「おうっ!?」
逆に周りからつかまれてしまう。
「すごーい」
「花房先輩、見た目細いのにー」
「ねー、先輩のこと『お兄さん』って呼んでるの?」
「いや『兄貴』と」
きゃーっ。その答えに歓声がはじける。
「言いそうなカンジだよねー、樹央君」
「先輩はアニキってカンジじゃないけど」
「あ、兄貴は兄貴だ」
「じゃあ、アリスちゃんはアネキ?」
「おう」
「ちょっ、ジュオ!」
「へー、アリスちゃん、アネキなんだー」
「よろしくっス、アネキ」
「や、やめてください、からかうのは」
「? なぜ、からかわれるんだ」
そこでまた笑い声がはじける。
「うー。ジュオ、人気者になってる」
「………………」
「モテてる」
「……だね」
「う? 柚子?」
「あっ」
はっとなり。頬をほんのり赤くして。
「お、おかしいよね、わたし」
「ちょっとおかしい」
「だよね」
うつむく。
「はー。なんだろ、これ」
「う?」
首をかしげるばかりだ。
と、あらたな歓声に視線を戻す。
「かわいがってるんだー、樹央君のこと」
「それは、お、弟ですから」
「お姉ちゃんなんだー」
「お姉ちゃんですから」
「頭とかなでるのー?」
「届くのー?」
「がんばれば」
またも大きな笑いが起こる。
そんなあたたかな輪の中で、やはりまだ戸惑うように立っている。
「………………」
その姿に。ただ無言の視線が注がれ続けた。
Ⅶ
休み時間ーー
「きゃー。わたしにもなでさせてー」
「わたしもー」
校庭。そこでも歓声が響いていた。
「ぷりゅー」
満足そうに。
鼻をならして、たてがみをなでさせる。
「ぷりゅっ」
人気者なのだ。
「白姫……」
そんな光景に。
「久しぶりの学校だからって張り切りすぎですよ」
「姉貴」
そこに投げかけられる質問。
「こちらでは馬も学校で学ぶのか」
「あ、いえ」
どう言うべきかと目を泳がせ。
「白姫は特別と言いますか」
「特別?」
「わがままを押し通しちゃったと言いますか」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
いつの間にか。
どうやって聞きとめたのかわからないながら、あざやかな後ろ蹴りが決まる。
「ぐふっ」
落下。うめき声がもれた。
「な、何をするんですか!」
「ちょっと目を離すとすぐにシロヒメの悪口言うし。人気を落とそーとしてるし」
「そんなつもりは」
「そんなつもりなくてもやっちゃうから、アリスはアホなんだしーっ!」
「きゃあっ」
悲鳴があがるも、周りは慣れたものを見る眼差しで。
「仲良しだよね、アリスちゃんと白姫ちゃん」
「ねー」
と、そこに。
「きゃーっ」
「かわいいーっ」
あらたな歓声があがる。
「!」
目を見張る。
「ティオ!」
駆け寄る。
「きゃっ……」
こちらの形相に驚いたのだろう。小さな悲鳴があがる。
「あ……」
あわてて。
「お、俺の」
「えっ」
「俺の……」
サーベルタイガー。とはこちらの世界では言えない。
「……家族だ」
言葉を選んで。
「家族……」
「ジュオ君の?」
「じゃあ、アリスちゃん家の」
「そ、そうなんです!」
すかさず声を張る。
「ティオは家族なんです!」
へー、という息がこぼれる。
「白姫ちゃんと同じかー」
「さびしくて会いに来ちゃったのかな」
「ぷりゅっ!」
抗議のいななき。自分はぜんぜん違って、さびしいとかではないと。
「おい」
前に出る。
「あっ」
小さな身体をつまみあげられ、かまっていた女子が声をあげる。
「こ、こいつと話がある」
そう言うと、大きな身体を縮こませるようにして背を向ける。
あぜんとなるその場の空気に、
「いえ、その、ジュオとティオは仲良しなんです」
とりつくろうように。
「へー」
「かわいがってるんだ」
「そうです」
「あんなに大きい身体の樹央君が」
ふふっと。悪意のない笑い声が広がる。
「あっ」
ほんのわずか。
意識がそれていた間に、その『大きい身体』はどこかへ消え失せていた。
「おい」
人気のない校舎裏。
「どういうつもりだ」
詰問に。
「が、がる」
ただ。うなだれる。
「わかっているだろう」
顔を近づけ、
「俺たちは本当ならこの世界にいてはいけない」
「がる……」
「親父の許しがなければ」
そう口にしてから、はっと。
「ち、違う。親父が行くようにと言わなければ、こちらに来ることは」
ごまかすように。咳払いをして。
「とにかく帰れ」
「がる……」
「万が一にもおまえのことがこちらの人間たちに」
「ジュオ君!」
そこに。
「お……!」
目を見張る。
「こ、これは」
あたふたと。手にしていた小さな身体を後ろに回す。
「どうして隠すの」
「う……」
「なんで、ティオ君を叱ったりするの!」
怒っていた。
「お……」
なぜ? 疑問が頭をめぐるが、それに答えを出すより先に。
「関係……ない」
「……!」
「おまえには関係のないことだ」
言っていた。
「………………」
無言のまま。しかし、その顔はますます険しいものになっていく。
「柚子……」
そこへ。
代わってというわけではないが。
「なんで怒ってるの?」
「ユイフォンちゃんはちょっと黙ってて」
「う……」
そう言われると、何もわからずついてきた身としては引き下がるしかない。
「ジュオ君」
前に出る。
「どういうつもり」
「お、おう?」
わからない。何を言われようとしているのか。
「ティオ君は」
切々と。訴えかける目で。
「ジュオ君がいなくてさびしそうだったんだよ」
「っ」
思いがけない。
「さびしそうだった」
その後ろでも。うなずかれる。
「………………」
言葉がない。
本当かとっさに確かめそうになり、
「……!」
はっと。
「だ、だから、どうした」
こちらを見る。その表情が再び険しくなる。
しかし、言葉は止まらず、
「こいつは……わかってる」
「………………」
「俺たちはわかってここに来たんだ。だから」
「放っておいてもいいの」
「放っておいたつもりは」
いや。
結果としてそういうことにはなっていた。
「子どもじゃないんだ」
「こんなに小さいのに?」
「それは」
言えない。本当のことは。
「ゆ、柚子」
険悪な空気にあわあわと。
「ティオ、平気。ユイフォンと遊んでたから」
「ユイフォンちゃん」
にっこり。
「いまはジュオ君と話してるの」
「う……」
やはり。口をはさめなくなる。
「決めました」
向き直るなり。言う。
「おう……」
不穏なものを感じ、思わずひるんでしまう。
と、その脇を通り過ぎ、
「がるっ!?」
奪われた。後ろ手にしていたのを。
「お……!?」
目を剥く。
思いがけない。それだけに反応もできなかった。
「預かります」
「おう!?」
「ティオ君は」
宣言する。
「これからうちの子にします」
Ⅷ
「えーーーーーーーっ!!」
驚愕の声がほとばしる。
入学初日をなんとか乗り切れそうだと思っていたところに。
「なんでそんなことになっちゃったんですか!」
「わからない」
首をふられる。
「けど、ジュオが悪い」
「ええっ!?」
「柚子、悪くないから。いい子だから」
「それはそうですけど」
口ごもりつつ。
「でも、決めつけるのはどうかと」
「う?」
「ジュオだっていい子ですよ」
「うー」
難しい顔になる。
「じゃあ、なんで?」
逆に質問されてしまう。
「わ、わかりませんよ」
本当にわからないのだ。
「アホだしー」
「ええっ!」
こちらが決めつけられてしまう。
「アホじゃないですよ!」
「アホじゃない」
共に。
「アホだし」
やはり決めつけられ。
「こんなに簡単なことがなんでわかんないんだし」
「えっ」
「簡単?」
「そーだし」
うなずき。
「つまり、こーゆーことだし」
言う。
「ティオはトラジチにされてしまったんだし!」
「えーーーっ!」
驚きの声があがる。
「虎質って、つまり人質みたいなものですか!?」
「そーだし」
うなずく。
「なんらかのよーきゅーを満たさないとティオは返ってこないんだし。トラジチ交換しないとだめなんだし」
「虎質交換って」
当然のように聞いたことがない。
「ジュオ」
びくっと。大きな身体がふるえる。
「本当に心当たりはないんですか」
「な、ない」
目をそらす。
それは気まずさのためで、嘘はついていないと思えた。
騎士なのだから。
「だとしたら」
わからない。
「本当に、理由もなくそんなことする柚子じゃないはずなんですけど」
「う。だから、ジュオが悪い」
「そんな」
反論してあげたいが、どう言えばいいのかわからない。
「許せないんだし」
「ええっ!」
こちらでも。思った以上の怒りのこもった発言に。
「や、やめてください、白姫まで」
「やめないんだし! 許せないし!」
ぷりゅっ! 鼻息荒く。
「なんで、さらわれるのがシロヒメじゃないんだし!」
「……え?」
「こーゆーときさらわれるのはシロヒメじゃないとだめなんだし! 美少女なシロヒメじゃないと! ヒロインなシロヒメじゃないと!」
「な……」
こんなときまで自分のことばかりかと。
「狙ったんだし」
荒い鼻息のまま。
「さらわれることでちゅーもくをあびようとしてんだし。人気をとろうとしてんだし。とんでもないティオだし」
「とんでもないのは白姫の発想です」
さすがに言ってしまう。
「おかしな疑いをかけるのはやめてください。ティオはいい子なんですから」
「シロヒメだって、いい子だし」
それをいまこの状況で言うかと。
「俺のせいだ」
そこに。深刻な顔で。
「取り戻す」
「えっ」
「う?」
「俺が」
ぐっと。己を鼓舞するように拳を握り。
「あいつを取り返す。主として」
「え……」
その気迫に思わずのまれ。
「偉いですよ、ジュオ」
「おう」
「でも、どうやって」
「………………」
沈黙。
「何も思いついてないんですか」
「……おう」
「アホだしー」
「おう……」
「あの、万が一にもないとは思いますが、乱暴なことをしてはだめですよ」
「も、もちろんだ」
「したら、斬る」
「しませんから! 斬らなくて大丈夫ですから!」
翌日。
「………………」
教室の入口で。
「おはよう、ジュオ君」
にっこり。
「おう……」
何も言えずただ立ちはだかったところにあいさつをされ、おずおずと返事をする。体格でははるかに勝っているものの、態度では明らかに『劣勢』だった。
「ジュオ、情けない」
そばで見ていて。やれやれとつぶやく。
「あ、あの」
なんとかフォローしようと。
「昨日は驚いたんですよ。急に早退したって聞いて」
「ティオ君がいたから」
「う……」
そのことについてこちらは話があるのだが。
「あのですね、ティオは」
口を開くも、
「その……」
言葉が続かない。
返してほしい。そう切り出せないものが目の前の笑顔にはあった。
「姉貴」
ここは自分がと。しかし、
「………………」
またも沈黙。
ようやく意を決して、
「ティオは」
言う。
「俺の……」
「俺の?」
「………………」
続かない。
(ジュオ、しっかりしてください)
そんな祈りが通じたのか。
「何がだ」
「え……」
「何を、その」
ひるみつつではあるものの。
「してほしいんだ?」
「………………」
こちらも沈黙。
そして、答えは。
「なんにも」
「おう!?」
あぜんとなるその目の前を。
「お……」
通り過ぎられる。
「………………」
茫然自失。そこに、
「樹央君、おはよー」
「今日も大きいねー」
「お……!」
次々とやってくるクラスメイトたちに取り囲まれる。
あわてて。
見る。
すでに席についたその視線は、ただ静かに窓の外に向けられていた。
「ジュオ、ぜんぜんだめ」
「おう……」
言い返す言葉がない。
「ユイフォン、そこまではっきり言わなくても」
フォローもやはり弱々しい。
「アリスちゃん、着替えないと遅れちゃうよ」
「あ、はいっ」
クラスメイトの言葉にはっとなる。
次は体育の授業だ。
「とにかく、自分たちも話してみますから」
「おう」
「ジュオもあきらめないでくださいね」
「………………」
「ねー、見て見てー」
バレーボールの休憩中。体育館に女子たちの歓声が響く。
「?」
つられてそちらを見る。
「あっ」
校庭で。
サッカーに興じる男子たちの中で。
「おうっ」
見事に。くり出されたキックが空を切る。
そのまま大きな身体がバランスを失い倒れこむ。
「お、おう?」
なんで当たらない? そのことがわからないというように首をかしげる。
爆笑がはじける。
「ジュオ、カッコ悪い」
「仕方ないですよ。サッカーなんてやったことないんですから」
それにしても驚くほど下手だ。
運動神経が悪いという感じではない。
どこか、ちぐはぐなのだ。
大きな身体で次々とミスをされ、共にプレイしている男子たちからも笑いがこぼれる。(あ……)
感じる。
距離が一気に縮まっている。
初日、女子たちには受け入れられたものの、そのせいもあってか逆に男子は遠巻きにしている印象があった。
それが。
こうしてダメなところを見せることで一気に親近感が増している。
もちろん、計算でするような器用さなんてない。
いたって真剣。
それが周りにも伝わり、より親しみやすさをかもし出しているのだ。
(人徳ということでしょうか)
そんな重々しいものでなく、単純に『いい子』なのだと。
それは“家族”が一番よくわかっている。
「あっ」
そして、気がつく。
(柚子……)
笑っていた。
他の女子たちと同じように。
それは、決して嫌いな相手に向けられるものではない。
(やっぱり)
だったら。
どうしてなのかますますわからなくなってくるのだった。
Ⅸ
「みうっ」
「みうみうっ」
次々と。
「えっ」
道路脇にずらりと並んだ猫たち。
それが、一斉にこちらに向かって頭を下げた。
「えー……と」
そんな中、悠然と。
「ティオ君」
歩いてくる。そして、同じように。
「がるっ」
頭を下げられる。
「………………」
しばし、沈黙。
「これって」
ようやく。
「ティオ君がやらせたの」
「がる」
うなずかれる。
「ふふっ」
笑うしかない。
「そっかー。一日でこの町内のボスになっちゃったんだ」
「がる」
特に誇るでもなく。それが当然だという顔でうなずく。
「帰ろっか」
小さな身体を抱えあげる。
「みうっ」
「みうみうっ」
またも一斉に。
去っていく後ろ姿を平伏して見送るのだった。
「がるっ」
あざやかに。空中で毛糸の玉を蹴り返す。
「わー、うまいうまい」
拍手する。
夕食後。部屋で遊んであげながら。
「帰ってもよかったんだよ」
口にする。
「がるがる」
首を横にふられる。
凜と。
その目には一本通った意志が感じられた。
「ティオ君って」
賢い。そう簡単に言えるだけではない深さがある。
「立派なんだね」
代わりというわけではないが。
「がるがる」
またも首を横にふられる。
「あのね」
語りかける。
「本当にいいんだよ。ジュオ君のところに戻っても」
「………………」
答えない。ただこちらをじっと見つめる。
「帰りたくないわけじゃないんだよね」
「がる」
それにはうなずかれる。
「じゃあ」
なぜなのだろう。
「はーあ」
ため息をつきながらベッドにあお向けになる。
自己嫌悪だ。
「ごめんね」
あやまりながら、かたわらの小さな身体をなでる。
「なんなんだろ、本当に」
自分で。わからないのだ。
「はーあ」
再びのため息。と、
「っ」
物音。
「……?」
身体を起こす。窓の外を見てみると。
「!」
いた。
見間違えるはずがない。
街灯からそれているものの、玄関の前に立つ中学生離れして大きな影は。
「ジュ……」
名前を呼びそうになり、あわてて口を閉じる。
と、その気配を察したのか、視線がこちらに向く。
「っ……」
向こうも何か言いかけて。結局何も出てこない。
「もうっ!」
なんだか無性に腹が立ち。
部屋を出ると、あわただしく階段を駆け下りた。
「ジュオ君!」
玄関を出るなり、
「思いっきり不審だから! ストーカーだから!」
さすがに声はひそめて。
「すとおか?」
首をひねられる。
その態度にますます激高し、
「ジュオ君!」
「お……」
思わずと。
大きな身体で正座する。
それでもなお、高さはこちらを超えそうだったりするのだが。
「ジュオ君」
その目を間近でにらみ。
「説明して」
「おう……」
瞳をゆらし。
「俺は」
もどもど。言葉が出ない。
そんな相手を前に、いら立ちが募っていく。
「ティオ君のことでしょ」
「お、おう」
うなずく。
「大丈夫か」
聞かれる。
当然だ。家族なのだから。
「本当に……」
おどおど。様子をうかがうようにこちらを見る。
それがまた卑屈に思えて。
「どういうこと? いじめてるっていうの? 確かに無理につれてきちゃったけど、そんなつもりぜんぜん」
「ち、違う」
やはりもどもどしながら。
「……のことだ」
「えっ」
「おまえの……ことだ」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
「わたしの?」
「おう」
うなずかれる。
「………………」
わからない。
「わたしの……何が?」
「だ、だから!」
懸命に。
「何かされてないか」
「は?」
「つまり、その」
言葉を探り探り。
「危険なことは」
何が? あんな小さな子に?
「……ジュオ君って」
あぜんとしながら。
「ティオ君のこと、どう思ってるの」
「どうというか」
うつむき。
「あいつは、その……肉食獣だ」
「それは」
確かにそうなのだが。
「あのね」
冷静に。教え諭すように。
「猫はみんな肉食獣です」
「いや、あいつは」
「あいつは?」
「………………」
「……ジュオ君」
声が冷たくなっていくのを感じつつ。
「最低」
「!」
「どうして、そんないじわるなこと言うの」
「い、いじわるじゃ」
「やっぱり、預かって正解だった」
「……っ」
「あんな小さな子をいじめるジュオ君だなんて。知らなかった」
「違う!」
不意の大声にびくっとなる。
「……あ」
いまさらながら。気づかされる。
こちらが強気に出ていたようでも、相手はずっと大きな男子なのだ。
力尽くで来られたら自分は。
「す、すまない」
しかし、すぐに。
「違うんだ」
弱気な態度に戻り。
「俺たちは……違う」
「えっ」
思いがけない。
「おまえたちとは違う。だから」
その後の言葉が続かない。
「………………」
こちらは。
「違わないよ」
声に力をこめて。
「違わない」
言う。
「がるがる」
「!」
驚いて。
「お、おまえ」
身を乗り出すも、その前にこちらで抱き上げる。
「出てきちゃったんだ」
「がる……」
すまなさそうに。
「いいんだよ」
優しく。言う。
「はい」
差し出す。
「ごめんなさい、ジュオ君」
「お……おう」
「ティオ君も」
「が、がる」
どちらもあぜんとしている。どうしてこうなったのかわからないらしい。
(わたしだって)
わからない。けど。
(これでいいんだよね)
思えていた。
「さてと」
すっきりした。そんな顔で。
「行こ」
「おう!?」
「送るから」
立場が逆のような気もする。けど、これもまたいいと思えた。
「お、おい」
先ほどから。あわあわし続けている姿に。
「情けないよ」
言ってしまう。
「男の子なんでしょ」
「お、おう」
「だったら」
教え諭すように。
「エスコートしないと」
「お!?」
「花房先輩だったら」
そう言う自分をずるいと感じつつ。
「自分からしてくれたよ」
差し出す。
「………………」
真っ赤になり。
固まって。こちらの手を凝視する。
(……う)
いまさらながらに。
恥ずかしいと思わないでもない。
こういう態度を取られては、ますます。
「は、早く」
思わず。
「っ!」
びくびくっと。
(そこまで、おどおどしなくても)
情けないという思いが、また憤りに変わり出す。
「ジュオ君」
「お、おう」
「こういうことするの、イヤ?」
「!」
はっとなり。
「………………」
その顔が。わずかに引き締まる。
「兄貴は……したんだな」
「うん、したよ」
「……なら」
答えは出ていると。
(きゃっ)
あげかけた小さな悲鳴を飲みこむ。
ずいと。
迫られていた。
「!」
手を取られた。だけでなく。
(え……ええ~!?)
迫る。
当てられる。
「あ……」
キスーー
「………………」
あぜんと。
「……ジ……」
やっと。
「ジュオ君」
口にする。
「な、なんで」
「!」
びくびくっ。
「間違っていたか」
「う……」
なんと答えればいいのだろう。
「間違ってはいない」
「そうか」
「くもない」
「どっちだ!?」
狼狽ぶりに吹き出すも、すぐはっとなり。
「ジュオ君」
すこし怖い顔で。
「こういうこと、よくやってるの?」
「お……!」
たちまち目を剥き。
「やっていない! 初めてだ!」
「そ、そう」
ほっとする自分に戸惑いつつ。
「わたしも……初めてだよ」
「えっ」
驚いた顔で。
「しかし、兄貴が」
「先輩は」
たしなめるように。
「したのは、お姉ちゃんにだから」
「そうなのか」
こちらもまた。
ほっとしたような表情を見せる。
「………………」
二人。
なぜかそのまま、何も言わずに向かい合う。
「……っ」
先に我に返ったのはどちらだったろうか。
「こ、これでいいんだな!」
「えーと」
いいのだろうか。
「なら、俺は!」
「あ……」
行ってしまった。止める間もなく。
「………………」
あぜん。
と、すぐまた我に返り。
「ティオ君、忘れてるって! 忘れ物!」
追いかけようとして。
「ふぅ」
足が止まる。
「……ぷっ」
笑っていた。
「あははははははっ」
止まらなかった。
Ⅹ
「申しわけありませんでした!」
翌日。
「ジュオが……ジュオがとんでもないことを」
「落ち着いて」
落ち着き払って。
「はい、深呼吸」
「わかりました!」
すーはー。すーはー。
「どう?」
「はい、落ち着いて」
ーーハッ!
「る場合じゃないんですよ! 大変なんです! 『はわわわわー』なんです!」
「はわわわわ?」
「はわわわわー、です!」
力がこもる。
「って、そんなことはどうでもいいんです!」
ツッコむ。
「ジュオが……ジュオが……」
「落ち着いて」
肩に。手を置く。
「ジュオ君がどうしたの」
「大変なんです。ジュオが……」
確かに。
口にしたのは大変なことだった。
「切腹しちゃうんです!」
「介錯する」
正座をしている。その後ろに立つ。
そして、刀を構える。
「……頼む」
簡潔に。一言だけ。
「う」
うなずく。
「ジュオ、首太い」
「そ、そうか」
「ユイフォンじゃないと無理」
「おう」
複雑そうな息がこぼれる。
が、気を取り直し。
「責任は取る」
「う」
「男として」
「う」
「騎士として。親父や兄貴の名誉にかけて」
「わかった」
あらためて。刀を構える。
「ジュオ、いい覚悟」
「おう」
「ユイフォン、応える」
そしてーー
「やめてくださーーーーーい!」
飛びこんでくる。必死な声を張り上げて。
「何をしてるんですか!」
「介錯」
「そんな、あっさり言わないでください! なんてことをしてるんですか!」
「ジュオが悪い」
容赦ない。
「おう」
こちらもうなずく。
「だから、切腹する」
「『だから』じゃないですよ!」
「貫腹する」
「カンプク!? 確かに槍を使えば……って、そういうことじゃないです! やりすぎです!」
「いいや」
当人が。首を横にふる。
「俺は」
そこから。
「………………」
言葉が続かない。
「柚子……」
困り果てて。後ろを見る。
「ジュオ君」
「!」
ふるえる。
「おまえ……」
「『おまえ』じゃありません」
たしなめられる。
「五十嵐柚子」
「お、おう」
うなずくも。
「………………」
やはり。言葉が出ない。
「ジュオ」
見かねて。
「柚子は……その……」
そこまで言うも。
「あの……」
どうしよう。ふり返る。
「ジュオ君」
前に出る。
「それって、昨夜のことで?」
「………………」
答えない。
「あの、ジュオ」
いまさらながら。
「柚子に何をしたんですか」
「何したの」
こちらも。介錯の姿勢を崩さないまま。
「お……う」
言えない。情けなくうつむくばかり。
「ふぅ」
やれやれと。
「確かに昨夜のことは驚いたよ」
「!」
息をのむ二人。
「やっぱり、何かしちゃったんですか!」
「しちゃった!?」
たちまち刀を持つ手に力がこもり。
「斬る」
「ちょっと待って」
「待つ」
聞きわけよく。
「ジュオ君」
向き直る。
「座ってください」
「お……」
切腹寸前ですでに座ってはいるのだが。
「……おう」
おとなしく。うなずいて座り直す。
「さてと」
その目の前にこちらも座る。
「どうしてこういうことになっちゃってるのかな」
「お……」
おどおどと。視線を落とし、
「俺がおまえに」
「『おまえ』じゃありません」
「………………」
「ねえ」
顔を近づける。
「ジュオ君は」
問いかける。
「わたしのことをどう思ってるの」
「!」
たちまち。
「お……う……」
真っ赤になり、そのまま完全に固まってしまう。
「ジュオ君、言ったよね」
視線を外さないまま。
「わたしに『違う』って」
「っ」
「自分たちとは違うんだって」
「それは」
とっさに何か言おうとするも言葉が続かない。
「そんなに違うのかな」
「………………」
「確かに、わたし、ジュオ君みたいに大きくないし」
「そういうことでは」
「じゃあ、どういうこと」
「う……」
「あ、あの」
助け船を出そうと。
「ジュオは、その、そういうことを言いたいんじゃなくて」
「じゃあ、どういうこと」
「え、えーと」
矛先を変えられ、あたふたとなる。
「わたしは」
凜と。まっすぐな目で。
「アリスちゃんの友だちだよね」
「は、はい、もちろんです」
「だったら」
視線を戻し。
「友だちの家族とも仲良くしたいって思うの……当然だよね」
「仲良くはしてもらいたいです、ぜひ!」
声に。力がこもる。
「そのために、ジュオ、がんばったりもしたんですから」
「うん、聞いてる」
笑顔を見せる。
「だから」
手を差し出す。
「いいよ」
「っっっっ!」
真紅。といっていいほどの。
「え? いいって?」
きょとんと。
「何が?」
こちらも。
「し、しかしっ」
完全に取り乱して。
「昨夜は、その、嫌がっていたのでは」
「驚きはしたよ」
言って。軽く頭をふり。
「けど、嫌っていうのとはちょっと違うかも」
「お?」
「だって」
はにかむ。
「ジュオ君のこと、好きだから」
「!」
完全に。
「お……う……」
固まる。そのまま。
「あっ!」
「う!」
正座から真横に倒れこんだのを見て、二人とも驚く。
「しっかりしてください!」
「ジュオ、真っ赤っか」
「え、えーと」
つられてこちらも顔を赤くしつつ。
「あの、柚子、ジュオのことを好きって」
「好きだよ」
ためらいなく。
「だって、いい子だもん」
笑って。
「身体は大きいけどぜんぜん乱暴じゃないし。逆に周りに気を使う優しいところあるし」
「それはその通りです。いい子なんです」
こちらもうなずく。
「けど、その」
あわあわとしつつ。
「好きっていうのは、その、恋愛対象として見るような」
「わからない」
さらり。
「けど、嫌いじゃないのは確かだよ」
「そうですか」
ほっと。ひとまず胸をなで下ろす。
「よかったですね、ジュオ」
「………………」
「ジュオ?」
間があって。
「俺は」
口にする。
「違う」
「え……」
「ジ、ジュオ」
止めようとするところを逆に制される。
「俺は」
照れ入っていた。その顔をあげる。
目を。見つめ、
「おまえの思うような人間じゃない」
「………………」
おまえ。そう呼ばないでという声も出てこない。
「……えっと」
あせあせと。
「ごめん。何か気に入らないようなこと言っちゃったかな」
「そうじゃない」
「わからないよ!」
叫ぶように。直後、
「あっ!」
「う!」
再び。驚きに息をのむ。
「……斬る」
「ちょっ、ユイフォン!」
あわてて止める。その間にも。
「ぜんぜんわかんない! ジュオ君が何を言いたいのか!」
にじませた涙をそのままに。さらに大きな声をあげる。
「わたし、ジュオ君のこと知りたいのに! 仲良くしたいのに!」
「………………」
「ジュオ君!」
ようやく。
「……通りだ」
「えっ」
「白姫の……言うとおりだ」
苦しそうに。
「わかった」
「……?」
「俺は」
重い息で。
「こんな人間だ」
「………………」
「だから」
立ちあがる。
「あっ!」
いつの間についてきていたのだろう。
「ティオ」
呼ぶ。
それだけで。
「がる」
応える。
いや、違う。
もっとはるかに。
近い。
それはーー野生の。
「!」
変貌はすみやかだった。
「………………」
声もない。
突然のことに『それ』を知っている二人も何も言えなかった。
「……な……」
ようやく。
「何をしているんですか!」
跳び乗る。
「ジュオ!」
止める間もなく。
双牙の巨虎にまたがった『戦士』は。
えぐるように大地を蹴らせ。
「ジュオーーーーっ!」
まったくそぐわない。
すべてのスケール感がおかしくなってしまったような光景に、何も知らなかった者はただ立ち尽くすしかなかった。
Ⅺ
「ショックですよね」
「ショック」
うなずく。
「討ち果たす」
「いや、討ち果たさなくてはいいですから」
「だって」
怒りのこもった目で。
「柚子、いじめた」
「いじめたわけじゃ」
「泣かせた」
「それは」
その通りなのだ。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン! パカーーーン!
「きゃあっ」
「あうっ」
唐突に。
「なんでですか!」
「かわいいからだし」
「何の理由にもなってませんよ!」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「シロヒメがかわいくないって言うんだし!?」
「言ってませんよ、そんなこと」
「『そんなこと』ってどういうことだしーっ!」
パカーーン! パカーーン! パカーーン!
「きゃーーーっ」
「あうーーーっ」
徹底的に。理不尽に。
蹴られまくる。
「ぷりゅーわけで、こういうことだし」
「どういうことですか!」
ボロボロになって。抗議する。
「痛い……」
「大丈夫ですか、ユイフォン」
「ひどい……」
「ひどいのは、そっちだし」
「う?」
「な、何がですか」
「言うまでもねーし」
ぷりゅしっ! ヒヅメをさし、
「監督不行き届きだし!」
「えっ!」
「う……!」
共に。固まる。
「それって」
おそるおそる。
「ジュオたちのことで」
「とーぜんだし」
ぷりゅぷん。鼻を鳴らす。
「だから、シロヒメ、言ったんだし。ティオはにくしょくじゅーだって。危険だって」
「いえその、柚子に何かするようなことは」
「なに言ってんだし。すっごく恐い思いをしたんだし。心に傷を負ってしまったんだし」
「そんなことは」
ない。とはさすがに言い切れない。
「……ごめんなさい」
「アリスがあやまったってしょーがねーし」
「けど」
いないのだ。
唐突に姿を消してしまったあの日から。
「仕方ないし」
ぷりゅぷりゅ、やれやれ。
「こーなることは予測できてたんだし」
「えっ」
「わかってたんだし。賢いから」
「だったら」
あの場にいて止めてくれてもよかったのでは。
「甘えんじゃねーし」
「う……」
「ジュオはアリスのおとーとだし。シロヒメのおとーとじゃないんだし」
「そうですけど」
でも家族ではないか。
「ひょっとして」
不安と共に。
「向こうの世界に戻ってしまっているのかも」
「それは違うし」
「なんで言い切れるんですか」
「わかるからだし」
「何がですか」
「いるって言ってるんだし」
そんなこと誰が。
「あっ」
現れた。その影は。
「ぷりゅーわけで」
その場を取り仕切り。
「ジュオのとこへ行くんだし!」
「みう」
「みうみう」
「がる。がるる」
ねぎらいの言葉をかけると、小さな影は三々五々と散っていった。
「がるぅ」
地に視線を落とし。嘆息する。
人のほとんど訪れることのない小高い山中の森は、遠く沈んでいく夕日に赤く染まり始めていた。
「……がるっ」
いつまでもこうしているわけにはいかない。
食べ物の入った袋を器用に背に乗せ、小走りに森の奥へ分け入っていく。
そこに。
「っ」
大きな背中が。あわれなほど小さく見えた。
「がるぅ……」
とっさに。声をかけられない。
しかし、いつまでもこのままというわけにもいかない。
「がるがる。がる」
「……っ」
顔が。あがる。
「ティオ……」
うつろな目がこちらを見る。
「がる」
その前に。猫たちが持ってきた食料を置く。
町中で暮らすゆえ野生の獲物というわけにはいかないが、加工された食物を十分なくらいに集めてくれた。
「………………」
しかし。
「すまない」
それだけを言って。再び頭を落とす。
「が、がる……」
落ちこむ姿を見るのは初めてではない。
しかし、今回は。
「俺は」
つぶやきがこぼれる。
「取り返しのつかないことをした」
そんなことはない。言ってあげたい。
「俺は……」
続く。
「兄貴や姉貴……家族の名誉まで」
「がるるっ」
そこだけは。言わずにいられない。
みんな、決してそのような風に思ったりしない。
『家族』なのだから。
しかし、悔恨の言葉は止まらず。
「俺はこちらに来るべきではなかったんだ!」
「が、がるっ」
「おまえもだ! こんな俺のためにおまえまでーー」
勢いよく顔を上げた。
「!」
その目が。見張られる。
「がる……!」
遅ればせながらこちらも気づく。
「ぷ……」
そこには。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
小刻みにふるえる。小さな影。
「おまえは」
うずくまっていたのが。
「なぜ」
信じられないと。
這うようにして近づき、その鼻先をなでる。
「ぷりゅぅー」
避けることなく。
生まれてやはりまだ時のそれほど経たない“命”が心からの親しみのいななきをこぼす。
「やはり」
「が、がる?」
「っ……この馬は」
どう説明したものか。
「もー、泣かーないで、ぷーりゅり~♪」
「!」
歌声。正確には、歌いななき。
「いーくせーんぷーりゅの~♪」
「なんですか『幾千ぷりゅ』って」
「ぷーりゅんだー、ひーとみはーダイアモンド~♪」
「だから、何なんですか『ぷりゅんだ瞳』って」
続けざまのツッコミを入れながら共にやってくる。
と、はっと息をのみ。
「ジュオ!」
駆け寄る。
「よかった……まだこっちにいたんですね」
「姉貴……」
「ジュオ!」
厳しい目で。
「弟なんですから! お姉ちゃんに心配をかけたらだめなんですよ!」
その通りであるだけに。
「……すまない」
「『すまない』じゃありません!」
なら、何と言えば。
「ジュオ」
抱きしめる。
「ただいま」
「っ」
「帰ってくるときはそう言うんですよ」
「……お……」
瞳をふるわせ。
「……おう」
うなずいていた。
胸にこみあげるものが。そのままあふれないよう懸命にこらえながら。
「ぷりゅったく」
頭をふる。
「困ったジュオなんだし」
「……すまない」
「こうなることはわかってたんだし。だから、この子をつれてきたのに。先走って台無しにしてんじゃねーし」
「お……」
そうだ。島にいるはずなのに、なぜここに。
「ジュオのにおいをたどってここまで来たんですよ」
そうだったのか。
いや、知りたいのは島を出てきた理由で。
「この子」
笑顔で。
「本当にジュオのことが好きなんですね」
「………………」
そうなのか。
わずかな時間のふれあい。
それだけで、こんな自分のことを。
「ちゅーわするんだし」
「おう?」
中和? 突然の言葉に目を丸くする。
「この子のかわいさなんだし」
すりすり。鼻先をすり寄せる。
「それで中和するんだし。ジュオのカンジ悪さを」
「そ……」
そんなことを考えていたのか。
しかし、自分は。
「すまない」
「だから、いまさらあやまったっておせーんだし。もうちょっと待ってれば、この子と仲良くするジュオをアピールできて」
そのとき。
「あっ」
驚きの声。
「!」
こちらも目を見張る。
「あ、あの、これは」
あたふたと。
後ろに隠そうとするも、体格差で当然隠しきれない。
まだ膝をついたままでも横幅がある。
「どうして……」
「だって」
抱き上げる。足元にいた小さな影を。
「この子たちがそろって食べ物もっていくんだもん」
「が、がる」
視線を向けられ。
自分も小さな姿になっている『ボス』はあわあわと目をそらす。
「ティオ君」
しゃがみこむ。
「本当に」
「お、おい」
大丈夫なのか。そんな顔で身を乗り出す。
「ティオ君なんだよねえ」
何のためらいも見せず。その頭をなでる。
「ジュオ君乗せていっちゃうんだもん」
「おう……」
何と言えばいいのか。わからないという顔で固まる。
「が、がる……」
こちらも。どう接していいのかわからない。
「ジュオ君」
「っ」
姿勢を正す。
「どうして、あんなことしたの」
「………………」
答えられない。それでも。
「おまえが」
なんとか口を開こうとして。
「………………」
やはり、言葉にならない。
「わたしが?」
落ち着いた。眼差しで。
「やっぱり、何か気に障ることしちゃったのかな」
「違う!」
すぐさま。
「おまえが俺とは違うということだ!」
一息に言って。
苦そうに顔をしかめる。
「わかっただろう」
「………………」
答えない。
「わ、わかったはずだ」
たちまちしどろもどろになる。
「おい……」
見つめ続ける。
「お、俺の言いたいことが」
「わかるよ」
近づく。
「っ……」
ひるみかけるも、本能的な意地でその場にとどまる。
「わかる」
そのまま。
「っっ……!」
そっと。包みこまれるようにして。
「お……う……」
「ほら」
こちらはまったくゆらがず。慈母のごとき笑みで。
「わかる」
ささやく。
「怖かったんだよね」
「!」
目を見張る。
「お、俺は」
言い返そうとして。何も言えない。
「わかるよ」
くり返す。
「わかるから」
優しいながら。
こちらを抱く腕に力がこもる。
「怖いもの」
言う。
「わたしだって」
「えっ」
それは。
「ジュオ君のこと、怖かった」
「……!」
うなだれる。
わかっていたという顔で。
「嫌われたらどうしようって」
「お……」
意外な面持ちで。
「何を」
「友だちだもの。アリスちゃんとは」
「お、おう」
「そんな子の弟に嫌われちゃったらって……やっぱり思うよね」
微笑む。目を見つめ。
「………………」
こちらは。
「……おう」
うなずく。その通りだと。
「やっぱり同じだよ」
笑う。
「………………」
無言のまま。頬が染まっていく。
「行こう」
手を差し出す。
「………………」
しかし。
「ジュオ君?」
不思議そうに。
「ジ、ジュオ」
姉として。こちらも。
「……行けない」
ぽつり。
「なんでですか!」
あわてて。
「俺は」
苦しいものを吐き出すように。
「傷つけた」
はっと。
「目の前でティオをあんな風に」
「それは」
言葉が続かない。
「がるがるっ!」
悪いのは怖がらせた自分だ! そう鳴かれるも。
「おまえにもすまないことをした」
逆に。頭を下げる。
「が、がる……」
途方に暮れたように。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「おうっ」
吹き飛ばされる。
「って、白姫!」
驚いて。
「なんでですか! なんでジュオを」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン! パカーーーン!
「きゃあっ」
「あうっ」
吹き飛ばされる。
「だから、なんでですか!」
「うるせーし!」
ぷりゅしっ!
「ウダウダうっとーしんだし!」
「おう!?」
ヒヅメさされて。目を見張る。
「ユコはいいって言ってんだし! 許すって言ってんだし!」
「し、しかし」
「そーゆーのがうっとーしんだしーっ!」
パカーーーン!
「おうっ」
そこへ。
「ジュオ」
顔にヒヅメ痕をつけながらも。真剣な顔で。
「自分も白姫の言うとおりだと思いますよ」
「おうっ!?」
ショックの顔で。
「姉貴も俺のことをうっとうしいと」
「そうではなくて!」
あわてて言って。
「柚子に甘えるべきです!」
「おう!?」
真っ赤に。
「柚子はいいって言ってるんですから」
「い、いや」
「ですよね、柚子」
「えっ」
つられるように。こちらも赤くなりつつ。
「そう……かな」
「!」
ぼっ、と。
「ジュオの顔、火事」
「っっ!」
あわてて無意味に手で顔を払う動作をする。
「………………」
顔をおおってしゃがみこむ。
ごつごつとした巨体という見た目でなければ、女子そのものだ。
「ふふっ」
笑う。
「ジュオ君」
肩にそっと。手を置く。
「ティオ君も」
「が、がるっ」
忠犬のようにひかえる。
「待ってるよ」
手を。
「みんなが」
差し伸べられる。
「お……」
その手を。
「……おう」
取った。
Ⅻ
「それが」
入る。締めくくりに。
「俺が教師を目指した理由だ」
「いやいやいやっ」
首をふって。
「話長いし! どこがそれかぜんぜんわかんねーし!」
「むう」
困ったように。腕を組む。
「はぁーあ」
あきれた息。
「いいよ。じーちゃんに聞くから」
「お……」
「じーちゃーん、あのさー」
行ってしまう。
「おう……」
取り残された形のところへ。
「ジュオ君」
「……っ」
「どうだった? メオにうまく話できた」
「………………」
「できなかったんだね」
「おう」
情けなく。うなずく。
「親父のところに行かれた」
「家族のお仕事についてだもんね。おじいちゃんでもいいわけか」
苦笑する。
「あの子、おじいちゃん子だし」
「おう」
「すごくかわいがられてるもんね。キノはそこまでじゃないけど」
「いや、キノもかわいがっているだろう」
「けれども」
やはり。おかしそうに。
「ほら、キノが生まれてしばらくしたころ。あの子、我慢したでしょ」
「我慢?」
「おじいちゃんに甘えるのを」
「それは」
覚えがある。
「小さい妹のほうがかわいがられなきゃだめだって。それで、甘えるの、ずいぶん我慢してたのよ」
「だったな」
微笑する。
「けど、キノにもわかったのね」
「おう?」
「あの子、おじいちゃんに言ったの。『わたしはいいから、お兄ちゃんをかわいがってあげて』って」
「そうなのか」
驚く。素直に。
「……そうか」
どこかうれしそうに。うなずき。
「似ているな」
「えっ」
「キノは」
見つめる。
「おまえにそっくりだ」
「ふふっ」
まんざらでもない。そんな笑み。
「メオはあなた似だね」
「おう」
と、またもうなだれ。
「俺と同じように不器用なところも」
「まあまあ」
その頭をなでる。
「俺は」
顔を上げ、
「なるべく正確に話をしようと思ったのだが」
「あんまり正確すぎると驚かれちゃうかもね。学校のみんなに」
「お……」
言われてみれば、その通りだ。
「つい、夢中になって」
「不器用だから?」
「う……」
返す言葉もない。
「でも、おじいちゃんだともっとまずいかも」
「お……!」
その通りだ。
「やはり、あらためて俺の話を」
「あははっ」
たまらず。笑う。
「真面目だね」
「お、おう」
「いい先生で」
厚い胸板に。身を寄りかからせ。
「いいお父さんだよ」
「お……おう」
赤らむ。
「けど、わかる」
話題を。『家族のお仕事』に戻す。
「会ったばかりのころだもんね」
「おう」
見つめる。
「俺は」
言う。
「おまえに教えられた」
「うん」
腕をからませ。
「教えてあげた」
「お、おう」
やはりどきまぎと。
「ふふっ」
笑う。
「変わらない」
「そうか」
肩が落ちる。
「確かにいまでも情けないままだな」
「じゃなくて」
苦笑する。
「優しい」
心からの。笑みで。
「家族にも、生徒にも、みんなにも」
「それは」
とっさに照れ隠しを言おうとして。
飲みこむ。
そして。
抱き寄せる。
万感の想いをこめて。
(柚子が)
いなければ。
(俺は……)
教師になることも。こうして新たな家族を持つことも。
「……あ」
「あっ」
驚く声が重なる。
「お……!?」
遅ればせながらこちらも気づく。
「キノ!」
あたふたと。
「おまえ、何を」
「ごめんなさい」
頭を下げる。
「もう邪魔しないから」
「お……」
「ごゆっくり」
それだけを言って。
特にあわてるでもなく去っていく。
「………………」
あぜんと。
「ふふっ」
笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「お、おいっ」
あわてる。
が、すぐやれやれと息をつき。
「やっぱり似ているな」
「娘だもの」
当然という顔で。
「だな」
そして。
「あなた」
ささやく。
「大好き」
そのまま。
二人は微笑みあった。
もじもじジュオのイメージアップ大挑戦だしっ💪