白昼夢の道化師
ジェバンニとありますが、主人公の良い名前が思い浮かびませんでした。
春になったシェフラードには名物がある。
ジェバンニは、その桜並木の中間あたりにある東屋に座って、ただその景色を眺めていた。
太陽に反射してひらひらと舞い落ちる桜の花びらは、とにかく美しく。
風の強い今日だからこそ見える景色なのだろう――目の前に積もった桜の花びらが、まるで波のように押し寄せる。
薄く白い花びらは、手に触れれば次第に雪のように解けてゆく。
何故この向きなのかは分からないが、この桜並木は、ラトゥラツ川を挟む低い土手の上に並んでいるのだが、ジェバンニの座る。東屋は、それとは背を向ける形であり。体を斜めに傾けなければ、その景色が見られない。
しかし絶景とまではいかないまでもそれは絶品だ。桜並木の向こう側を横断するように鉄橋が差し込まれ、まるでそこへと流れ込むかのように桜の花吹雪が吸い込まれて行く。
一度、強い風が吹けば。辺りに生える草木が傾げ、一呼吸遅れて白く花が舞う。
しかし、風が強くなってきた。
毎度春はかれらに厳しく当たるのに、まったく健気なものである。
傍らの並木に沿った道を人々が通り抜け。あらゆる営みが垣間見えるそれは、果て偽りなのか本物なのかを問う術はないにしろ、その水彩に描かれたような、透き通った美しさは、一種のフィクションなのではなかろうか。
胡蝶の夢――という言葉に、只今の心情は、確か似通っていた。
もしかしたらこれは誰かが見る夢を、また僕の瞳を通してみているのかもしれない。
ジェバンニは黄昏れた瞳で、曇ったり晴れたりする遠い空に吸い込まれて行く花吹雪に抱かれながらも、その青臭くどこか温かみのある香りを鼻腔にため込むと、遠くの東屋を見る。
アルラ達が、そこで酒を飲み交わしていた。
まったく、彼らには遠慮という物がない。
先ほどから自身の周り飛んではどこかに消えてゆく羽虫を鬱陶しく思いながら、また人の事にも鬱陶しく思い。
しかし、この肌寒い風がその熱を冷ますと、まるで外に放置した湯水のように、湯気がでて熱を出し切って冷めてゆくように、また僕の心も冷まし、まるで、空気と一体化するようだった。
ジェバンニは、東屋の塀に肘をつけながら、その景色を堪能した。一句詠みたい気分である。かれらとはぐれた、花びらが私の甲へと着地する。
なんとかわいらしい可憐な花か。
出来るならば、日本酒か、ウヰスキーを片手にその一部でありたく感じる。
まあ終始一人でいる限り、それは果たせそうになかったし。
何より、ジェバンニは誰かといて、その誰かと理想の花見をできる自信も確証もなかったから。ただ果てぬ夢と頭に思い描き。
空想の宴会に浸りながら、一人物思いに更けながら、一句詠みあげる。
散り桜
積もる花びら
風が圧す
されどひとりに
知らず声かな
ジェバンニは、懐中時計を取り出して立ち上がる。
もうそろそろかな。
傍らに置いた自転車にまたがると、家路へと漕ぎだした――
白昼夢の道化師