猫の歩き方
りんごの皮をむいてくれるひとだったね。あのひと。
丁寧で、慎重で、けれど、神経質というわけではなく、いい意味で大雑把なひとだったね。おぼえているよ。あのひとが生命体として活動していたのは、確か、七百年前だったと思うけれど。
本屋さんで、きまぐれに、星座の本をながめていた。それから、三年分の星座占いの本。きみが、野球の選手名鑑をぱらぱら見て、化粧品が付録の雑誌を何冊か手に取って、自己啓発本の棚をあっさり通り過ぎて、漫画の新刊コーナーのところにたどりつくあいだに、わたしは何回か、さっき見かけた猫の様子を思い出していた。みずがめ座の、今年の全体運を読みながら、ぽてぽてと歩く猫の姿を思い浮かべていた。かわいいな、という気持ちと、ぽてぽてって音もかわいい、という感想と、いいのかわるいのかあいまいな占いの内容に若干の不満を抱いて、でも、なんでもいい、と、投げやりではなく、いまはただ、なんとなくからっぽでいたい気がして、七百年前のあのひとのことがあたまのなかのどこかにひっかかっているなあくらいの、重すぎない心持ちがちょうどよかった。
どこかで。
だれかの携帯電話が鳴っている。
お料理の本の表紙を見て、わたしのおなかも、ぐうと鳴る。
猫の歩き方