パラレルワールド: 未来を予測するコンピュータ

パラレルワールド: 未来を予測するコンピュータ

 2022年人類はインターネットに掲載されたあらゆる情報を元に、入力された質問や依頼内容に対して、的確かつ論理的な回答を自動的に導き出す画期的なAIシステムの開発に成功した。

 このシステムを使えば、何も知識やデータを持っていない者が、あたかもその分野に精通した者のように、論文や小説、資格試験等、ありとあらゆる文章を生成することが簡単にできるようになる。   

 開発者達はこの技術を更に発展させた。著名なインフルエンサーに実験台になってもらい、特定の質問や議論を受けた際に、本人がどのような反応するかをシュミレートした。
 コンピュータが予測した結果と、実際に本人が行った回答や意見は、表現の差異こそあるものの、シュミレータの予測どおりの回答を行っており実験は成功した。

 AI技術の成功に開発者達は満足した。彼らは対話型電脳アイドルをコンピュータ上に再現させて、孤独な生活を送る者達に『新たな友人や恋人』を提供した。
 開発者達の発想では、これら仮想化ロボットの誕生こそが夢であり、楽しいこと、困ったこと、不平や不満など、何でも相談にのってくれて、自分を癒してくれるバーチャル人類以上のものは欲していなかった。


 ところがこの技術は意外な用途に使われることになった。この技術に着目した経済学者は、世界を動かすリーダーたちをバーチャル化、コンピュータ上に再現し、特定の条件下で彼らがどのような判断を行うかを実験するようになった。
 例えば連邦準備局の議長は、今後、金利を上げるのか、下げるのか、いつ行うのかを、彼の今までの判断や、経済指標、全世界の政治状況を元に予測したのである。

 勿論、金利の上げ下げは連邦準備局の議長が単独で判断し行うものではない。
 米国大統領、補佐官等の閣僚、政界、財界のリーダー達をバーチャル世界に作成し、言動を予測し、その前提結果を連邦準備局の議長の判断ソースに利用した。
 予測の予測を情報ソースとすることで新たな予測をすることにしたのである。

 これらの予測は当たることもあれば、外れることもあった。外れることの原因は天候や災害などの環境的な要因が情報ソースとして足りなかったこととされた。
 開発者達は地球環境シュミレーターなど、海外の自然環境の予想結果を情報ソースとして加えるとともに、世界の農工業生産高、漁獲量等、第1次、2次産業の予測を加えた。
 それでも経済指標の参考となる程の予測精度は得られなかった。
 その理由は何なのか、経済学者には図りかねた。


 行き詰まりを見せたAI技術であったが、社会学者達はこれらの技術を元に、社会的なトレンドの原因が何によるものなのかの分析を行うようになった。
 例えば流行や世論などのトレンドがどのようなソースが元で生まれるものなのかを確認するため、バーチャル世界で流行を発生させ、その結果になるようにするためには、どのような情報ソースが必要なのかを加えていったのである。

 その結果、流行を発生させるのは不特定多数のインフルエンサーであり、インフルエンサーに影響を与えるのは、一般市民達であることが判明した。

 その市民はSNS等のネット利用者だけではなく、インフルエンサーを取り巻く家族、知人、友人、更に友人の友人等にも及んだ。
 電子世界に流れる全ての出来事を情報として収集し、ここにコンピュータ上でのパラレルワールドが出現したのである。


 社会学者達の研究成果は、やがて戦争や紛争の原因究明や、抑止に役立てることになった。

 ところが戦争紛争の原因となると、今までの世界に存在している事実だけではなく、リーダーたちが経験した教育や軍備、国際関係、歴史的な事実、宗教や国民の特性、国の政策、地政学上の特性など、複雑な要素を勘案しなければ、正確な予測が出来ないことが判明した。

 人類はこれら複雑な要素を勘案した神のシステムを手に入れた。

 人々はコンピュータの予測を信じ、日々の暮らしを営むようになった。
 コンピュータが警告した紛争や戦争の一部は回避され、一部は回避することはかなわず実行された。
 コンピュータは流行の発生を予測したが、コンピュータが予測するものを前提に、更にその先のものを作り上げて流行らせる企業が現れると、コンピュータの作成する流行予測は結局、外れることになった。

 ある日、コンピュータは人類の滅亡を予測した。
 人類は、その原因を取り除くことに躍起になった。
 ある原因を除いても、他の原因により滅亡に至ってしまうイタチごっことなったからである。

 あるものは狂気し欲望の限りを尽くした。またある者は絶望し自ら命を絶った。

 全ての原因を取り除くことを諦めた人類は、コンピュータの予測を信じることを止めた。
 人類は極端に都合の悪い未来を受け入れられなかったのだ。
 全てのデータは削除され、人類は破滅の時を待った。

 ところが、いつ迄経っても破滅の時は現れず、人類は安堵した。
 コンピュータの創造した世界が失われることにより、コンピュータが人類に与えていた影響力が排除され、破滅のための根本的な前提が完全に消えてしまったからである。

パラレルワールド: 未来を予測するコンピュータ

パラレルワールド: 未来を予測するコンピュータ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-03-26

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