奇想詩『黄色夢幻回廊』
「あの壁紙は最も奇妙な黄色だ!私が今までに見た黄色のものすべてを思い起こさせる。キンポウゲのように美しい黄色ではなく、古く汚れた、不快な黄色いものを。あの壁紙はそれだけではない、匂い !この匂いのことで私が、あれに似ている、と思いつくことができる唯一のものは壁紙の色だ!黄色の匂いだ」
(『黄色い壁紙』シャーロット・パーキンス・ギルマン)
さっきからずっと
黄色い部屋が続いている
どこまで行ってもずっと何もない
壁は黄色一色で
床からは古い絨毯の匂いがする
天井の蛍光灯のブーンという
ノイズだけが響いて
私は気が狂いそうになる
あるいはもうすでに
狂っているのかもしれない
私はいつからここにいるのかわからない
きっと何かの手違いで
こんなわけのわからない空間に
放り込まれたのだろう
けれどもよりにもよってなぜ
私なのだろうか
無限に広がる黄色い部屋を歩き続けて
どれくらいの時間が経ったのかもわからない
私はやがて歩くことをやめ
黄色い壁紙に意識を集中させた
あまりにもやることがなくなると
人は壁紙を見つめる
よく見ると壁紙には模様があった
それに気がついて
なぜだかよくわからないけれども
私はいくらか安堵した
壁紙には模様がある
やがて模様の中に
人の顔が見えるようになった
祖母の家の天井の木目でも同じことがあった
黄色い壁の中の人は
私に助けを求めている
私は一刻も早くその人物を
壁から解放する必要がある
私は黄色い壁紙を剥がし始めた
剥がしても剥がしても
黄色い壁紙のうしろはまた黄色い壁紙だった
気がつけば壁紙に触れた肌や衣服が黄色に染まり
剥がした壁紙の山の中に私は埋もれた
そうして私は黄色い壁の一部となった
そこへまた別の誰かがやってきて
黄色い壁紙を剥がし始める
全身が黄色に染まり
壁紙の山に埋もれて
その誰かも黄色い壁の一部となる
私たち壁はそのような営みを
際限なく見続けている
奇想詩『黄色夢幻回廊』
〈あとがき〉
ネット上の都市伝説“The Backrooms”は、元を正せばシャーロット・パーキンス・ギルマンが書いた短篇小説『黄色い壁紙』(1892)から派生したのではないかと僕は考えています。Kane Parsonsの映画が楽しみです。