甥っ子よ

 甥っ子よ
 おまえは詩なんかを読んではいけない

 おまえはやわらかな雨音の光がこぼれる
 六月に産れた わたしは君の誕生を祝福する
 おまえが文学なぞという毒気のつよい
 病める劇薬を欲する みずから徒な苦痛に身を投じる

 淋しくおのが意欲で疵だらけにした魂から昇る
 詩という一途なる歌を祈るがように投げはなち
 幾ら翼をはためかせても 切情をしか昇らぬ黒鳥(ブラックバード)
 おまえはそんな病人にはなるな 幸福になっておくれ

 甥っ子よ
 おまえは詩なんかを読んではいけない

 おまえはわたしの幼少期と同様に
 家族の愛情をそそがれ あたたかい家庭にある
 わたしはその幸福を感受する能力がおそらくやない
 淋しさと不幸の妄念に引き裂かれる幾夜を

 催眠剤と呷る文学というアドルムを希んではいけない
 そう 生は如何なる人間にとって苦しく苦いけれども
 然しきみは 六月の淡い光の掌にしずかに睡っておくれ
 おまえは乗り越えておくれ 青春のいたみを 淋しさを

 甥っ子よ
 おまえは前をみすえ 上を昇り おのが幸福をひとの為に蒔く
 勝手をいうが そんな幸せなひとになっておくれ どうか
 間違っても詩なんかを書き殴ってはいけない 憧れと痛みのままに

  *

 されどおまえが どうしても
 どうしても詩という断末魔の劇薬を必要とすれば
 苦痛と孤独に咽ぶ幾夜を くずおれ跳躍し
 生き抜かせる催眠剤が要るのなら わたしに似て了ったのなら──

 わたしの穿たれた胸においで よわくしなる腕で
 おまえをがっしりと血のかよう力で抱き締めるから
 わたしに愛され わたしを生き抜かせた詩を朗読するから
 わたしはおまえのおまえを信じえる わたしにはそう歌えるから

甥っ子よ

甥っ子よ

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-03-20

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