Psycho Prisoner'Song
縦書き前提で書いてるので漢数字になっております。
縦書きで読んでいただけると幸いです。
多少調べてから書いておりますが、間違っている点などありましたらすみません。
あと、現実じゃあり得ないだろ…という部分のツッコミは心の中でお願いします…
──これは、とある医療刑務所の看守の手記である──
[一つ目]
──本当にどうにかしてください! あの歌を聞いてると、気が狂いそうだ……!
──気持ち悪い……もう、聞きたくない……あんな、歌……
──あの歌を聞いていると殺意が湧き出て来る……もう、いっそのこと俺を殺してくれ……
口々に囚人たちはそう言った。それは、俺たち看守も同感だ。俺たちからも気持ち悪いと思うのだが……それだけでなく、ここは医療刑務所だ。他の囚人たちの精神が掻き乱されるという、問題のある事態が引き起こされる。
しかし……独房に入れたのだが、その独房から相変わらず微かに聞こえてくるあの歌。刺激して由々しき事態が起こる可能性もあり、歌うのを止めろとも言えない。もう、手の打ち様がないことだった。
“あの歌”とは何か。それは……
──ねこねこ とらのこ しましまの
どうもう きょうぼう ねこのこは
ひとりはまっか ふたりはまっさお
さてさて さんにん どうなるの?さ
さんにんくびつり ぶーらぶら
ねこのこ はんにん まっかっか!
ねこのこわらう けたけたわらう
ねこのこ とらとら まっかっか!
とらとら まだまだ くりかえす
ねこねこ とらのこ しましまの……
と続き、あと二番、三番目は『ねこねこ とらとら まっかっか!』まで繰り返され、そして……
ねこのこはんにん とらとらはんにん
さてさて はんにん だれだろな?
わんわん あてな あててみな
──あててみな。
……歌詞の意味はよくわからない。わからないからこそ、恐怖なのだ。また、その歌の歌い手が……
一ヶ月で三十九人を三十九通りの方法で殺した、連続猟奇殺人犯・槇原幽。シリアルキラーにしてサイコキラーという、キチガイだった。
この男は中等度の知的障害者であり、精神疾患もある。精神年齢は推定四歳と見られる。じっとさせていると暴れるので、特別にぬいぐるみで遊ばせている。
そんな彼は、いつも虎のような縞のついた猫のぬいぐるみがお気に入りで、それ以外を渡すと、まるで殺人の如く、様々な方法でぬいぐるみを壊すのだ。
そして、ケタケタと不気味に笑うものだから、愛用している猫のぬいぐるみ以外は渡さないようにしている。
……しばらくして、一人の男子大学生の他殺体が発見された。その遺体はナイフのような刃物で滅多刺しにされ、文字通り血に塗れ、“真っ赤”な状態だった。
そしてその数日後、二日連続で男女の大学生の遺体が発見された。その遺体の状態は、男子の方は他殺で、血を抜かれ“真っ青”。女子の方は自殺か他殺かはまだ検証中だが、溺死によって水分を吸ったブヨブヨの遺体が、“真っ青”だった。
ここでふと俺は気付く。あの独房から響いてくるあの歌。『ひとりはまっか ふたりはまっさお』。
でも、まさか、と笑い飛ばした。ただ、やはり少しどこか引っかかるので、ちょっと他の奴に言ってみようかと思う。
[一つ目、ここで終わる]
とある看守の意見で、槇原幽をその理解者である弟・槇原祐二と接触させ、何か掴めないかと目論見が、動き出した。
そして警察から連絡をもらった裕二は、面会謝絶と言われていたため、嬉しい反面どこか不信感を抱いていた。
兄の収容された医療刑務所に着き、祐二はゴクリと唾を嚥下する。ドラマや映画でしか見たことのなかった、刑務所。病院のような外観ではあるものの、その重圧に気圧されていたこともあった。
「兄さんに……会える」
ぽつりと呟き、再度覚悟を決める。祐二は受付へと足を運んだ。
そこには、幽の事件を担当した刑事と、看守──手記を書き、幽のことを言った男である──がいた。
「槇原祐二君だな? はじめまして、君の兄の事件を担当した刑事の村井だ」
「どうも……兄がご迷惑を」
「正直、迷惑どころではないけどな……まあ君に非はないから。それで、君を呼んだ理由なんだけど……」
村井がチラリと看守に目配せする。看守は小さく頷き、祐二に敬礼した。
「はっ。私はここの看守の、浅井と申します。ここ数ヶ月、君のお兄さんの歌に他の囚人たちも、私達看守も悩まされているのです」
「歌、ですか?」
「ええ。歌い出しが、『ねこねこ とらのこ しましまの……』という歌詞なのですが。どうやら自作のようで……弟さんの君になら、何か知っていることがあるのでは、と」
考え込む祐二に、二人は固唾を呑む。しかし、祐二は申し訳なさそうに眉を顰めると、俯いたまま口を開いた。
「……すみません。聞いたことがないです」
「そう、ですか……」
「何も謝ることはないよ。だって……」
そこで、祐二は村井の言葉を遮った。
「だって、僕を呼び出したということは、面会で何かを聞き出せということですもんね?」
真剣な顔つきの祐二に、二人は驚く。浅井は静かに、その問いに答えた。
「……はい、そうです。さすがはK大法学部の方ですね」
「いえ……そんなの、関係ないですよ」
祐二はそう言って笑い飛ばす。祐二が通うK大は、学力トップと言われるT大と並ぶほどの大学である。それも、留年などせずに来ているのだから、余計頭がいいと考えられるのだ。
「そんなことより……兄との面会は、いつから?」
「ええと、三時からの予定ですから……今は二時半ですし、まだ三十分はありますね」
「立ちっ放しじゃ悪いだろう、何処か休めるところに案内してやれ」
「はっ。了解しました」
村井の言葉に、祐二は浅井に連れられ、応接間のようなところのソファーに腰掛けた。浅井は祐二の向かいに座る。祐二は身を乗り出し、じっと浅井の目を見つめた。
「……それで、浅井さん。兄から何を聞き出せばいいんですか?」
「ああ……そうだな。一番知りたいのは歌詞の意味なんですけどね」
「歌詞の意味ですか。それは、どういう?」
「歌詞は、これなんですが」
そう言って、浅井は自分の手帳に書いておいた歌詞を祐二に見せる。祐二はそれを見て、ふむ……と考え込んだ。
……浅井は思う。こうしていると、まるで自分が依頼者で、祐二が探偵のようだ、と。
祐二は懐から二枚の新聞記事を取り出した。それは、浅井が不審に思った“真っ赤”と“真っ青”の殺人事件の記事で、浅井はそれに驚愕した。
「な……何故この事件を」
「僕たちK大生の間でもね、これはおかしいんじゃないかと、噂されていたんです。もちろんご存知でしょう、この三人は……全員、K大関係者です」
「あ……た、確かに、そう、でしたね……」
「浅井さんは、この『ひとりはまっか ふたりはまっさお』から、この二つの事件を疑われたのでしょう。二つ目の事件なんて、違った死因なのに、同じ場所で同時に発見されています。おかしいですよね? それとこの歌詞……僕も、この歌詞を見て、もしやと思いました」
「やはり……関係が?」
「……ないとは言い切れないでしょう。しかし、兄にこの犯行を行うことは無理です。やはり、偶然の一致なんですかね……」
「……でも、あまりに酷似している……」
「僕もそう思います。この歌は一体、誰が作り、そしてどうして兄へと伝わったのでしょうね……」
祐二の言葉に、浅井は正直村井より頭のきれる人間だとすら思った。法学部ということは、将来法廷に立つのだろう。どの立場だろうが、真実を導き出してくれそう……そんな頼もしさすら感じていた。
祐二は時計を見ると、新聞記事をしまい、立ち上がった。
「そろそろ時間ですね。出来るだけ、有益な情報を兄から聞き出してみます」
「祐二君……うん、頼むよ」
浅井の言葉に、祐二はニコリと微笑んだ。
「でも……解決するのは『わんわん』、つまりは警察……ですよ。この歌の作者は、それを望んでいるようですね。それも、『あてな あててみな』などと挑発的な表現をしています。驕り高ぶった人間ですね……犯人は。そして、計算高い。……兄が歌ったのは三番。多分、被害者は(1+2+3)×3=18の、十八人でしょう。残り十五人、被害者をなるべく出さないためにも、早く捕まえましょう」
目前に差し出された祐二の手。浅井はそれを取り、「ありがとう」と立ち上がった。
祐二は村井と浅井と共に、面会室へ入った。「入りなさい」と言われ、向かい側の面会室へ入ってきた兄、幽。祐二は相変わらず縞模様の猫のぬいぐるみで夢中になって遊んでいる兄の姿を見て、昔はもう少しまともに生活していたのに、と悲しくなった。
……本当はこんな施設や、警察など公務員であることをひけらかす人間が嫌いだ。しかし、兄を助けるためだ。真犯人が見つからないからって、兄を無理矢理犯人に仕立て上げられようものならば……
祐二は固唾を呑む。そして、目の前の、ガラスを隔てた向こう側の兄に、声をかけた。
「……兄さん、僕だよ。祐二だよ」
幽が遊ぶ手をピタリと止め、バッと顔をあげる。常に見開かれた目に祐二の姿を映した途端、その表情は次第に笑顔へと変わっていった。
「ゆーくん! ゆーくんだ! えへへー、ゆーくんひさしぶりだねぇー」
「そうだね、兄さん。本当に、ひさしぶりだ」
「……だいじょぶ? ゆーくん、とらとらですよー」
幽はぬいぐるみの手を掴み、円満の笑みで祐二に向け、ぱたぱたと動かす。
祐二はくすりと笑い、ありがとう、と呟いた。
「ねえ、兄さん。お歌、歌ってるんだって?」
「おうた? うん! 好きだもん、あのうた」
「歌ってみてくれる?」
「おうたうたう……わかった!」
幽はにこにこと微笑みながら、旋律を奏でる。
──ねこねこ とらのこ しましまの
どうもう きょうぼう ねこのこは
ひとりとふたり あかとあお
さてさて さんにん どうなるの?
さんにんくびつり ぶーらぶら
ねこねこ はんにん まっかっか!
ねこねこわらう けたけたわらう
ねこのこ とらとら まっかっか!
とらとら まだまだ くりかえす
ねこねこ とらとら しましまの
どうもう きょうぼう ねこのこは
ひとりはまっか ふたりはまっさお……
「ん、いいよ。ありがとう、兄さん」
祐二はそこで制止した。幽は大人しく歌うのを止める。そして、まだにこにこと笑いながら、祐二の発言を大人しく待っていた。
「ねえ兄さん。その歌、どこで覚えたの?」
「んー、とっ、どっか」
「……どっか、思い出せない?」
「おぼえてない」
「そっか……じゃあ、もひとつ聞くよ。お歌、前のと変わったね? どうして?」
面会室内の空気が、緊張を帯びる。幽側の看守も、浅井も村井も、その変化に気付き、とても気になっていたからだ。
幽はぽかんとした表情をして、淡々と言葉を発した。
「だって、ひとつめのひとりとふたりはしんだでしょ?」
その言葉に、室内は凍りついた。確かに、独房には他の囚人たちと同じ様、ニュースを見るためのテレビは置いてある。もちろん、幽もニュースは見ているだろうが……知能は四歳児程度。そんな幽に、ニュースが理解でき、そしてニュース通りに歌詞の内容を変える。
第一、ということはあの二つの事件は、本当に幽の歌に関係があると確定された。
「……兄さん……」
「ゆーくん、どうしたの? おかお、まっさおだよ。おうた、いやだった?」
「……ううん、そんなことないよ。兄さんの歌は、上手だね」
「ほんと? うれしい!」
やったね、とらとらー! とぬいぐるみに頬擦りしながら、嬉しそうにはしゃぐ幽。それとは対照的に、他の四人はしかめっ面をしていた。
「……ねえ兄さん。何か思い出したりしたら、看守さんに言ってね。約束だよ」
「うん! やくそく! ゆーびきーりげーんまんっ」
「うん。いい子だね。最後に、もうひとつ聞いてもいい?」
「いいよ」
「ねこねこねこのこ、とらとらとらのこは、誰?」
これまた率直な質問に、看守たちと村井は固まる。祐二はただ一人、真っ直ぐに幽の瞳を見て、返答を待っていた。
幽がゆっくりと口を開く。その光景を、皆が唾を呑んで見ていた。
「……ねこねこがとらのこで、ねこねこねこのこがとらとらなの。それでね、とらとらはね……」
「とらとらは、誰なの?」
──バン!
突如、幽は立ち上がると同時に、ぬいぐるみをガラス板に押し付けた。その音にびっくりする三人と、ただ相変わらず微動だにしない祐二。
幽は口の端をニヤリと歪めると、これでもかとばかりに見開かれた目に、村井を映した。
「『わんわん あてな あててみな』! あててみな!」
アッヒャッヒャッヒャ! と狂った笑い声をあげ始めた幽を、看守が取り押さえる。祐二はつい、
「やめろっ!」と叫んでしまった。
祐二の迫力のある言葉に、一同は驚き、固まる。祐二はハッと我に返ると、ごめんなさい! と即座に謝った。
「すみません……暴言を吐いてしまって。でも、兄さんを離してあげてください、お願いします……兄さん、静かにして。いい子だから。ね?」
幽は狂笑をピタリと止め、不気味なほどの真顔に一瞬で戻った。そして、ゆっくりとパイプ椅子に腰掛ける。そして、再び口を開いた。
「……主は我に問うた。汝は罪人也、その罪を負いつ何故生きるかと。我は答えた。主の勅が在る限り、我はその勅を全うするまで死ねぬと。我が主は自殺を司りし神、イシュタム様に居られる」
突然流暢に難しい言葉を話し出した幽に、一同は驚愕する。幽は構わず、話を続けた。
「主は我に誓約された。我を死神ア・プチの魔の手より救ってくださると。そして、楽園へと導いてくださると。故に、その代わりに我はイシュタム様を主とし、この身を滅ぼすまで仕えると、我はそう誓約した」
「な、何言ってんだ、こいつ……」
幽は天を仰ぎ、そして腕を突き出した。その表情は、恍惚に支配されていた。
「そう! これはすべて主の勅である! 我はただそれに従い、勅命を全うしたに過ぎぬ!」
そして、胸に手を当て、真っ直ぐに祐二の目を見た。
「そうであろう……? 同胞よ……」
祐二は、たじろいだ。幽はその反応を見ると、再度急に真顔になり、糸が切れたようにドサッとパイプ椅子に倒れるように座った。
「兄さん……?」
「…………」
幽は祐二の問いかけに、全く反応しなかった。返事をすることもなければ、微塵も動かなかった。
祐二は村井に振り返り、横に首を振った。もう今の兄とまともな会話はできない、と。
村井はそれに頷き、「面会終了だな……」と呟いた。
幽は大人しく看守に連れられ、扉の奥へと消えた。祐二は立ち上がり、無言で面会室を立ち去った。
面会室を出てから、三人は応接間で会議を始めた。
「あいつが言ってたイシュなんとか、って、なんだ?」
「イシュタムはマヤ神話の、自殺を司る神様です。兄が言っていた死神ア・プチと違って、イシュタムは死者を楽園へと連れて行くんです。ただ、聖職者、生贄、戦死者、お産で死んだ女性、そして首を吊って死んだ者に限りますがね。ちなみに、ア・プチは人を冥界へと連れていきます。そうですね……わかりやすく置き換えると、極端になってしまいますが、仏教で云う仏様と極楽、閻魔様と地獄ですかね」
ペラペラと説明する祐二に、唖然とする二人。村井に至っては、全然ついて来れていないようだった。
「な、なんでそんな難しいこと知ってるの?」
「僕、結構神話とか好きなんですよ。なので、いろいろ調べたり、本なんかも読んだりしてて。それで、少し知識があるだけですよ」
ははっ、と照れ笑いする祐二に、浅井は感銘を受けた。頭のいい人間は、こうやって知識を蓄えて行くのだな、と感心した。
「しかし、なんでいきなり流暢に喋れたんだ? アイツ」
「ああ……兄はサヴァン症候群で」
サヴァン症候群? と二人の声が重なる。祐二は少し笑い気味に、説明を始めた。
「サヴァン症候群は、知的障害の人がよく発症する……というか、
知的障害故に持てる才能、とすら僕は思っていますね。ある特定の分野にだけ長けている、というものです。例えば、何年何月何日の曜日は? と訊かれて、瞬時に答えられるとかが代表的ですね。あれは、計算も何もしていないのにパッと言えるそうです。また、そういう人は計算が苦手な場合も多いようです。兄の場合、聞いたことを瞬時に覚えて、忘れずにすぐ引き出せると云うものですね。だから、あの歌もイシュタム云々の話も、何処かで聞いたんじゃないでしょうか。何処かは知りませんけど……兄自体も、何処で覚えたかは覚えていないことが多いようです。まあ、世界は音に溢れていますしね……」
ふーむ……と考え込む二人。祐二も口を閉じ、頭の中で今までの情報を整理していた。……沈黙の末、再度祐二が口を開く。
「すみません村井さん、兄の殺人の話なのですが……」
「なんだ?」
「調書、取りましたよね? 兄の自供を、教えて欲しいんです。脅すようで悪いですが……僕はそれを知らないと、この事件の真相に辿り着くことはできない。……っと、刑事さんがこれ以上詮索はするな、あとは警察が調べるから、とのことでしたら、構いません。……しかし、兄のことは僕が一番知っています」
村井に向けられる、祐二の鋭い眼光。村井は身震いした。その瞳が、今まで取り調べしてきた凶悪犯のものに重なったからだ。
村井の頭をふと過る考え。コイツは相当な策士だ。もしかしたら……とんでもない化け物なのでは。
「……答えは?」
獰猛な、獲物を見定めた獣の目が村井を貫く。村井は声を出すことすら、できなかった。
「……村井刑事……?」
浅井が心配そうに村井を見る。村井は我に返り、ゴホンと咳をして正気を取り戻した。つい負けじと睨み返すと、祐二はハッと元の表情に戻り、机に手をついて、さらに頭を机につけて謝罪した。
「すみません! 過ぎたことを言ってしまって……やっぱり、忘れてください。今日は、どうもありがとうございましたっ……」
祐二が荷物を持ち、急いでその場を去ろうと走り出した。──しかし。
「祐二君待って」
浅井が祐二の腕を掴み、引き止める。少し涙目な祐二の目を真っ直ぐ見て、浅井は頷いた。
「村井刑事……お願いします。祐二君なしでは、この事件は解決できない気がするんです……私の勘に過ぎませんが。でも、どうにかお願いします……!」
村井に頭を下げた浅井を、祐二は驚愕の表情で見つめる。村井は息を吐くと、「わかったよ……」と渋々承諾した。
祐二は「ありがとうございます‼」と村井と浅井に向け、お辞儀した。村井は渋い顔のまま、タバコを吸い始めた。
「……認める、が……口外するなよ。君は大丈夫だろうが……もしバレれば、俺と浅井は一般人に情報を漏らしたことやらなんやらで、責任を問われるだろうな。クビもあり得る……どころか、クビ確定かもしれんな」
「はい……それは、重々承知してます……」
「ただ……君のお兄さんとの面会は、君のみ可能になるよう手配しておく。もちろん、面会する時は予め刑務所に連絡を入れろよ」
「はい、ありがとうございます!」
祐二の嬉しそうな顔に、村井は内心まあいいか、とタバコを吹かした。
「じゃ、うちの署まで来てくれるか。浅井は、いいだろう?」
「はい、以前見ましたし……あまり、私は役に立ちそうもないので」
「そんなことはねぇけどよ。んじゃ、行くぞ」
「はい。浅井さん、ありがとうございましたっ」
祐二は再度浅井に深々と礼をし、村井の後について、刑務所を後にした。祐二に背を向け、先を歩く村井は──後ろの祐二を睨むように、横目で祐二の方向を見ていた。
「ほれ」
目の前の机の上に放り出された調書に、祐二は手を伸ばす。一通り目を通してから、祐二は懐からメモ帳を取り出した。
「すみません、必要な情報書き出しても大丈夫ですか?」
「……まあ、いい。構わんよ」
その返事を聞いて、祐二は一心に筆を走らせる。村井はその凄まじいスピードを見ながら、またタバコを吹かした。
コイツがこうも執着するのは何故だ? 何故兄をそこまで慕う。そしてこの事件に何故首を突っ込もうとしたのか。ただ兄の安全を確保したかっただけではないだろう。なんだか、嫌な予感がする。
「……よしっ。ありがとうございました」
「おうよ……で? 収穫はあったのか?」
「そうですね……まだ、ちょっと頭が整理しきれていないんですけど……考えながらお話しします」
──幽の殺人のすべては、こうだ。
幽の最初の殺人は、近所の大学生を殺したことから始まった。
幽は元々外出を許されていなかったのだが、家の窓には鉄格子はなく、幽の部屋の窓は隣の家との隙間が人一人通れる程度で、そこから窓のすぐ隣に通っている雨樋を伝い、よく抜け出していたようだった。それには裕二も両親も気付いていなかった。
ある日、幽は被害者となった大学生の、殺人現場を目撃した。そこで、大学生が襲ってきたのだ。
しかし身体能力の高い幽は、本能でその攻撃を避け、大学生が持っていたナイフを奪い、刺し殺した。幽はその感覚に、快楽を見出した。
その後、そのナイフを愛用し、家を抜け出しては人を殺し、帰ってくるということを繰り返した。家族に気付かれないよう、殺人を犯す時は毎回、最初の殺人の時についてしまった返り血のついた服を着ていた。そのため、幽はあまり服を着替えないようになっていた。
幽の世話をしていた裕二は、その異変に疑いを持ち始めた。何かあるのではないか、と。
それで、一日大学を休み、幽の動向を追跡していたところ──家を抜け出したところを目撃する。その後を追って行くと──……
幽の殺人現場に遭遇した。
そこで幽を説得し、警察に通報した……というのが事件解決までのあらましである。
「さて、兄の殺人ですが……どうも今の兄より知性が高いと思いませんか?」
「ふむ……確かに、な。返り血を見られるとまずいと思い、その服を着て殺人を犯したり……しかし、だったら何故お前の説得はちゃんと聞いたんだ?」
「……僕が会った時、すでに兄はいつも通りの幼い性格でした。だからじゃないですかね」
「……と、いうと……もしかして」
「ええ。兄は多重人格なのではないか、と」
裕二の目は本気だった。
「中に何人いるかは知りません……が、僕が見たことあるのは、今の兄さんだけです。あと、知的障害のことなのですが、殺人を行った人格は健常者でしょう。……ただ、サイコパスではあるでしょうが」
「そこは、今の人格と変わらんわけか……」
「ええ。ただ、何か理由があって、今の人格を殻としているんでしょうね……やはり、もう一度話さないと」
「また戻るか?」
「解決を急ぎたければ、あの殻を早く壊すしかありません」
村井は少し考えてから、立ち上がった。裕二は肯定と捉え、村井の後について刑務所へと向かった。
「ゆーくん! わぁい、また会えた! 嬉しい!」
面会室内ではしゃぐ幽とは打って変わり、祐二の顔付きは真剣だった。
「兄さん。本性を表してくれないかな」
「なんのこと?」
祐二は机を叩いた。凄まじい音に、ビクッと身体を震わせる幽。幽はぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、怯えた顔で祐二を見ていた。
「ゆ、ゆーく……」
「じゃあもっと答えやすいところから攻めようか。兄さんはどうしてお部屋から抜け出していたのかな?」
「だ、だって、ずっととじこめられてて、つまんなかったんだもん……」
「……じゃあ、一番最初に人を殺して、それだけでやめればよかったのに、どうしてその後も人殺しを続けたの?」
「…………」
幽の目が泳ぐ。祐二は再度机を叩いた。
「答えろッ‼」
「う……う、ううっ……」
幽が頭を抱え、俯く。祐二は、もう少し、と幽を睨み付けていた。……少しの沈黙の間、溜息が聞こえた。
「……ったくよ……ちょっと乱暴じゃねえか? 兄に対してよ」
幽があげた顔は、ニヤリと嗤っていた。祐二は「やっぱりね……」と呟いた。
「よう、祐二。俺を引き出してきて、何がしたい?」
「手始めに、兄さんの起こした殺人について。どこからどこまでがその人格だったの?」
「んなことか。最初から最後まで。ただ、お前が追いついた時にはすでに、俺は殻にこもっていた」
「その人格は、何」
「本性だ。いつもの幼い奴は、俺の心身が逃げるための器。お前が言ったように、自分を守るための殻さ。これは、凶暴である俺の人格を封じる役割があった。だから、物心ついた時から俺はすでに二重人格だったのさ」
「……あの歌と、イシュタムの話は兄さんの自作なの?」
「……いーや、俺のじゃない。俺が聞いたわけでもねぇ。だから、どんなのかも知らねーよ。つか、んなこと今初めて聞いたし」
「じゃあ、やっぱり幼い方が聞いて、記憶したってこと?」
「だろうな。俺がやったのは、ただ愉しかった人殺しだけさ」
「……そう。じゃあ、あともう一つ。今の兄さんは、知的障害ではない……正解かな?」
「まあ、そうだな。別に、頭脳的な問題はないと思うぜ。まあ、殻の方は知ってる通り頭イカれてるし、二重人格は立派な精神疾患だからな。ま、これまで気付かれなかったわけだから、俺を死刑にするなら、俺が出所した後にもう一度殺人を犯さない限り無理だな。あっはは!」
「兄さん……僕は、そんなこと望んでない」
「でも、被害者家族共はお怒りだろ? ま、俺が首吊って死んだところで、俺が殺した奴らは帰ってきやしねぇ。ただ、再犯されないのはいいことなのかね。……話は戻るけどよ。一番最初の殺しな、大学生が襲いかかってきただろ? あれな、多分殻のまんまだったら、怖くて腰抜かして殺されてたと思うぜ。そん時に限って、あいつ俺を引っ張り出したんだよ。だから、咄嗟に避けてナイフ奪って、あの男を殺したのさ。まああの時に限らず、危険が迫ると俺が引っ張り出されてんだ。気付かれないよう、やり過ごしてたけどな」
明らかになっていく様々な事実に、村井と浅井は驚愕の表情を隠せなかった。祐二は真剣な目で、真っ直ぐに幽の目を見つめ続けていた。
「ちなみに、幼い方が歌ってた歌なんだけどね」
祐二が幽の前に、歌詞が書かれた紙を突き出す。幽は一通り見てから、ふぅん、と呟いた。
「わけわかんね。なんかあんの? この意味不明で気持ち悪そうな歌によ」
「この歌に沿ってね、連続殺人が起こってるんだよ。もしかしたらあと六日で、この歌は終わるかもしれない。……十八人の死者が出ると共に」
「ふーん。よくやるねぇ、こんなめんどくせえこと」
「そうだね……」
幽は頬杖をついて、歌詞を眺めていた。ガラス板越しに見える歌詞の文を指でなぞる。幽は「これってさ」と呟いた。
「猫の子供の虎が犯人……なんだよな。鳶が鷹を産む、みてえだな」
「……なるほど、確かに」
「それと、猫を被る、って言うじゃん? 猫の皮を被った虎、って意味にも見えるなァ、俺には」
コツコツとガラス板を指先で叩く幽は、笑いながらそう言った。祐二はそうか……と真剣に聞いていた。
「……兄さんすごい。そこまで考えつかなかった……」
「けど犯人わかんねぇのは変わんねーぞ。独房の中の俺には、もーさっぱり」
「ううん、ありがとう。すごく助かった」
にこりと微笑む祐二に、幽もふっと微笑を浮かべた。
「無理すんなよ。これでも、兄弟として心配してるんだぜ」
「兄さん……」
「無茶はするなよ、それだけ言っとく」
幽はそう一言言って、自ら面会室を出て行った。祐二は一息吐いて、立ち上がった。
「行きましょう。兄のことはわかりましたから。あとは、犯人探しです」
祐二の言葉に、村井と浅井は頷いた。
刑務所の応接間で、三人は再度机を囲んだ。その机の上には、裕二のメモが乗っている。裕二はパラパラとメモを捲りながら、喋り出した。
「刑事さん、犯人のおおよその目星はついてるんですか?」
「……一応、何人か候補には上がっている。被害者は全員違う学年の在学生だ。それに、恨みを買いそうな人間もいれば、まったくそんなことがなさそうな人間もいる。被害者たちと関係の深いK大法学部に関係ある人間を洗いざらい調べて、今のところの被疑者候補は……」
村井は懐から写真を取り出し、机に並べた。
「この五人。と、残念ながら裕二君。君もだ」
「……僕ですか。そうですね、候補として挙がっているのは仕方ありませんね。僕も法学部在学生ですから……たとえ、このように犯人探しを行っている側として存在していても、その裏では殺人を犯しているのかもしれない。その可能性は捨て切れない。そういう意味ですね?」
裕二は弁解することもなく、微笑みながら、しかし淡々とそう問いかけた。村井も、静かに「……ああ」と一言返事するのみ。
「ただ言っておきます。“僕は犯人じゃない”と」
裕二は微笑したまま、村井に向かってそう言った。村井は変わらず「……そうか」と一言で返した。
裕二は写真を一通り見て、ふむ……と考え込む。浅井は裕二が被疑者扱いされたことに少し憤慨しながら、村井に問いを投げかけた。
「刑事、被疑者たちのプロフィールは?」
「あ? ああ……そういやお前はわからんか。左から言っていくぞ」
村井は写真を指差しながら、一人一人の説明をしていった。
一人目・葛西雄大(22)。
在学生。二年である裕二の一個上、つまり三年。しかし一年留年しており、あまり素行はよくない。
二人目・原田健吾(19)。
在学生。一年。頭も良く、明るく社交的な性格だが、裏ではよく陰口を叩いているらしい。
三人目・上田賢二郎(27)。
OB。同大学院も卒業しているため、知り合いは多い。周囲の人に聞き込みをしたところ、性格が掴めないとのこと。
四人目・柏原大吾(20)。
在学生。祐二と同い年だったが、留年したため未だ一年。素行が悪い。
五人目・結城正則(21)。
在学生。三年。平凡な生徒。周囲との関係をほとんど持たない。しかし人間嫌いなところがある。
「こんなところだ。そうだな……被害者の方も復習がてら説明するか」
「お願いします、村井さん」
祐二がそう言うと、村井は別に三人の写真を並べた。
一人目・宮内雄馬(故・19)。
在学生。二年。内向的な性格ではあったが、優しい性格だった。特に恨みを買うような人間ではない。ナイフで滅多刺しにされ、失血死。凶器は犯人が持ち帰ったらしく、見つからなかった。遺体発見場所は街外れにある港の使われなくなった倉庫。朝、漁から帰ってきた漁師が偶然発見。死亡推定時刻は、発見された日の前夜、七時~八時半ごろ。
二人目・村松英樹(故・22)。
在学生。四年。社交的で誰からも好かれていた。体内から検出された睡眠薬と左腕の注射痕から、眠らされた後、左腕から血を抜かれた可能性が高いとのこと。遺体発見場所は本人の自宅。ソファーの上に寝た状態で見つかった。被害者は大学近辺のアパートで一人暮らしだった。第一発見者は、開きっ放しのドアを不振に思った隣の住民。死亡推定時刻は発見された日の二時~四時。
三人目・水沢ゆかり(故・20)。
在学生。三年。棘のある性格で、周囲への当たりが強く、あまり友達はいない。周りからは嫌われていた模様。解剖の結果、風呂などで溺死させられてから、海に落とされたとのこと。死亡推定時刻は発見された日の前日、夕方四時~五時ごろ。
「これくらいか……何せ、学年がバラバラで共通に関わり持ってそうな輩がいないもんだから、この被疑者候補は仮の仮だ。まったく手がかりがない」
苛々した様子でそう言い放った村井に、祐二は問いかけた。
「村井さん、被害者たちの死亡推定時刻の被疑者たちのアリバイは調べたんですか? 事情聴取は? ちなみに、必要でしたら僕もお答えしますよ」
「ああ、事情聴取はまだ、あくまで任意なもんだからな……聞けたのは、原田、上田、結城の三人だ。三人とも三件の死亡推定時刻にアリバイがない。一番気になった二人目の被害者、村松の死亡推定時刻のアリバイは、全員学校をサボったか休んだかどっちかだ。そして、被疑者三人と面識がないわけでもない。……まださっぱりだ。お前はどうなんだ?」
「なるほど……僕のアリバイですが、今両親が海外に行っていましてね……残念なことに、僕のアリバイを証明できる人はいないんです。村松さんは一応知ってます。友達の所属しているサークルの先輩で、とてもいい人だとよく聞かされてましたし、顔も見たことありますから。あの方が亡くなった日は、実は僕も学校を休んでいたんですよ。風邪でね。でも病院にも行っていませんから、その真偽のほどは証明できる人がいません。よってアリバイなし、ということになりますね。学校で講義を受けていれば、アリバイがあったでしょうけど。つまりは、僕のアリバイは全件に於いてなしということになります」
祐二の、口角を下げずに淡々と喋る様は、村井からすれば、自分は犯人ではありません、と自信ありげな自己主張にしか見えなかった。だが村井の心には、疑心が芽生えつつあった。
祐二はどうしてこうも冷静なのかと。
普通の人間なら、自分が犯人であろうがなかろうが、容疑者候補に挙がっていれば、頑なに否認し、弁解するものだ。自分が祐二の立場ならそうするし、あとの五人も同様の反応を見せた。
それに、殺人というものに嫌悪を抱き、困惑、焦燥、戦慄の表情を浮かべるものだ。だが祐二はあまつさえ、時折微笑すら見せる。
経歴を洗ってみたが、別に殺人を起こしたこともなければ、殺人現場によく遭遇するわけでもない。寧ろそれらとは正反対の、真っ当な人間の道、成績優秀、スポーツ万能、社交的で誰からも好かれるタイプの人間だ。殺人など犯罪とは程遠い世界の人間。
今思えばそうだ。兄・幽の殺人現場に遭遇した場面で、冷静に説得して出頭させるなんて考えが、常人の頭のどこに浮かぼう。
自分ならびっくりして……まあ、「何やってるんだ!」くらいは言うかもしれないが、説得して出頭させる? 頭に血が上っている相手にする言動じゃない。普通なら自分が殺される恐れを抱き、近付くことすらできないだろう。
……ならば答えは一つ。“こいつは普通じゃない”。
……と言っても、普通じゃない人間なんてこの世にごまんといる。祐二のような人間も、いないことはないだろう。だが問題は、“果たしてただ本当にそれだけなのか”。祐二の常軌を逸した部分は、本当にここだけなのか?
「……村井さん?」
眉間に皺を寄せて黙りしていた村井に、祐二は心配そうに声をかける。村井は我に返り、「すまん」と一言呟いた。
「あとの二人はわからんが……四人はまだ候補から外れないな」
「そうですね。まあ、任意同行しなかったということは、何か疚しいことでもあるのかもしれませんから……そういう意味では、六人全員まだ“クロ”でしょう」
「うむ……そうだな」
「次は“くびつり”でしたよね……これは自殺なのか自殺に見せかけた他殺なのか、それとも他殺体を首を吊った状態にするのか……でも自殺だと、殺人じゃないですよね。どうなんでしょう……」
やたら詳しく分析する祐二に、村井の疑念はますます募る。祐二は村井の様子を見て、立ち上がった。
「……すみません。ちょっと気分悪くなったので、外の空気吸ってきます」
村井は祐二を見上げる。その顔は、確かに青ざめていた。祐二が完全に立ち去ってから、村井は浅井に話しかけた。
「……なあ浅井」
「はっ。なんでしょう」
「お前は、槇原祐二を心から信頼しているようだな?」
「心から……とまでは行きませんけど……まあ、信用に値する人だと思いますが?」
「……そうか。犯人かもしれないのに、か?」
その言葉に、浅井は苛立ちを覚えた。この人はどこまで祐二を信用していないんだ。その怒りは、反抗的な言葉を紡ぎ出す。
「被疑者候補には入っていますけど、彼はきっぱり否定したじゃないですか。警察は疑うのが仕事とは言いますが……そんなに気になるのでしたら、捜査に協力させなければいいのでは?」
浅井の強い口調に、村井は眉を顰める。刑務官の分際で、口答えとは。村井もつい強い口調で、言い返した。
「アイツを推したのはお前だろう」
「それは、彼が事件の核心に至れる人物ではないかと……直感したからです。あくまで私の直感ですから、外したければ外せばいいのでは?」
「ここまで漏らしておいて、野放しにはできないだろう。人間はロボットじゃねーんだ。守秘義務が完全に守られるとは思えん」
「なら監視させればよいのでは」
「……それは、あまりよくない気がする」
「何故です?」
「……刑事の勘だ」
「それじゃあ人のこと言えないでしょう」
二人の間には、完全に軋轢が生じていた。祐二が席を外したことで、それが明るみになったのだ。
……とここで、村井がふと気付く。“祐二の企みはこれではなかったのか”と。自分が抱いている不信感と、浅井に抱かせている信頼を真っ向からぶつけさせるのが目的で、席を外したのではないかと。
だったらとんでもない確信犯だ。そして、自分は罠にまんまとかかったバカな獲物だ。俺は、してやられたのか……?
それならばマズい。浅井が祐二側につくのは確実だ。下手をすれば、情報が掴めなくなるかもしれない……!
「……すまん、浅井。今のは、忘れてくれ。刑事って職業柄、どうしても人を疑っちまうもんだから……槇原祐二は、善意で協力してくれてるんだ。……また気に障ることを言うが、もしアイツが犯人だったとしたら、それはそれでこちらが有利になる。でも浅井、あまり情を持ちすぎるのはよくない。俺らは、犯罪者と接する立場にある。槇原幽がああだったように、どんなに外面がよかろうが犯罪者の中は悪だ。それを肝に銘じろ。……説教垂れてすまん」
浅井はその言葉を聞いて溜飲を下げ、「こちらこそ考えが甘かったです。すみませんでした」と素直に謝った。
タイミングよく、祐二が戻ってくる。二人は祐二を見て、唖然とした。
「どうしました? お二人とも、向かい合って」
「あ、いや。その……」
「互いの考えをぶちまけてたところさ。仲直りしたよ」
村井がそう言うと、祐二はニコリと笑った。
──コイツの画策は、これだったのか?
「さっき空気がギスギスしてて、あまり心地良くなかったんです。特に、浅井さんの村井刑事に対する目線の鋭さが突き刺さってきたもので。僕が席を外すことで仲直りできたんでしたら、よかったです」
祐二は肩の荷を下ろしたように、ホッとした表情を見せた。やっぱり、そうだったのか……
「祐二君……疑ってすまなかった」
「え?」
「俺への罠かと警戒しちまった……が、君はそこまで計算済みだったんだろう」
村井が祐二にそう言うと、祐二は肩を竦めて「なんのことやら」ととぼけて見せた。
Psycho Prisoner'Song
ただいま続きを執筆中。しばらくお待ちください。