奇想詩『ロスト・イン・ウルトラ・トランスレーション』
眠っているとホテルの非常ベルが鳴った
私は寝巻きのまま他の宿泊客たちに混じって
一階のロビーまでぞろぞろと避難した
そこにバスローブを纏った銀色の人がいた
非常ベルは単なる誤作動だったとわかって
宿泊客たちはまたぞろぞろと
各自の部屋へと戻っていった
宿泊客たちの気怠そうに歩く姿は
彼らの人生そのものを象徴しているようだった
あるいは私の人生がいちばんそれに
当てはまるのかもしれない
あちらからこちらへ
こちらからあちらへ
ただぞろぞろと移動を繰り返すだけの日々
そんなふうに人々の動きを眺めているうちに
ロビーには銀色の人と私だけになっていた
銀色の人も同じように人々の動きを眺めていた
この人となら気が合うかもしれない
知らない土地で知らない人々の中にいると
銀色の人が私にはまるで
同郷人のように思えてきた
銀色の人が私に近づいてきた
シュワー!シュワーッチ!シュワ、シュワー!
彼はそんなようなことを言った
どこの国の言葉なのかしら
デュワ、デュワ、デュワデュワ、デュワーッ!
でも不思議と彼の言っていることが
私にはわかるような気がした
私たちはそのままホテルのバーラウンジへ行った
二人でドライマティーニを飲んで
ジャズバンドの心地よい演奏を聴いた
ムッ、ウムッ!ムウエイ、ウエイッ、グワッチ!
彼はずいぶんとジャズに詳しいようだった
こんなに楽しい夜はいつぶりかしら
ジャズバンドの演奏が終わると
彼は私の部屋の前まで送ってくれた
翌朝チェックアウトのときに
銀色の人を見かけた
彼は外のロータリーでタクシーを待っていた
私は急いでチェックアウトを済ませて
ロータリーへ向かった
銀色の人がちょうど
タクシーに乗り込んだところだった
彼は私に気がついて窓を開けた
ヘアッ!
私は仕事も生活も人生も
何もかもかなぐり捨てて
彼について行きたかった
後部座席で姿勢正しく座る彼は
大きな電光のような瞳で私を見つめていた
ピコン、ピコン、ピコン………
彼の胸が赤く点滅していた
彼の心臓の音なのかもしれない
彼の哀しみの音なのかもしれない
彼の優しさの音なのかもしれない
あるいは彼の惜別の音なのかもしれない
それから彼は何も言わずに窓を閉めて
タクシーはゆっくりと静かに発進した
奇想詩『ロスト・イン・ウルトラ・トランスレーション』
〈あとがき〉
ソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』と円谷英二のウルトラマンを組み合わせてみました。
銀色の人の言葉は、実相寺昭雄著『ウルトラマンVol.1 ゴールドラッシュ作戦』と『ウルトラセブンVol.1 狙われた星』を参考にしています。