奇想詩『あまりもの』

奇想詩『あまりもの』

絵:ルネ・マグリット《共同発明》1934年

ずっとずっとむかし


それはまだ魔法やドラゴンが


空想ではなかったころのこと


あるところにケンタウロスのあまりと


人魚のあまりがいました


ケンタウロスのあまりの上半身は馬で


下半身は人間の半馬半人でした


人魚のあまりの上半身は魚で


下半身は人間の半魚半人でした


どうしてこういうことになっているのかは


本人たちにもさっぱりわかっていませんでした


自分自身のことがあまりにもわからないので


生まれてからずっと思い悩んでいました


そのせいで二人ともずいぶんとひどい


アルコール依存症になってしまいました


そんな二人は断酒会で偶然出会いました


同じあまりものの気持ちがわかる二人は


当然のことのように恋仲になりました


そして二人はあることをかたく信じていました


それはケンタウロスのあまりじゃない方と


人魚のあまりじゃない方


つまりほんもののケンタウロスと


ほんものの人魚は


きっとこの世界のどこかにいる


二人はそれを確かめるために


自分たちのほんものを探す旅に出ました


しかし一方で不思議なことに


やはりこの世界のどこかにいた


ほんもののケンタウロスとほんものの人魚も


二人で一緒に自分たちのほんものを探しているのでした


じつは彼らも自分たちのことを


あまりものだと思っていたのです


ほんもののケンタウロスと人魚は長い旅のなかで


半人半獣ばかりが住む村にたどりつきましたが


残念ながらそこには


自分たちのほんものはいませんでした


ほんものの二人はその村で暮らしながら


自分たちのほんものを待つことにしました


それから何百回も太陽と月が入れ替わり


自分たちのほんもの探しの旅を忘れかけたころに


ようやくあまりものの二人が


半人半獣の村にたどりつきました


ほんもののケンタウロスと人魚は二人の姿を見つけると


すぐさま家を飛び出しました


駆け寄ってくるほんものの二人の姿を見たとたんに


あまりものの二人も涙を流して喜びました


「僕たちはずっと自分たちのほんものを探していたんだ」


とケンタウロスのあまりが泣きながら言いました


「私たちもこの村でずっと私たちのほんものを待っていたのよ」


とほんものの人魚がやさしく言いました


それを聞くとあまりものの二人は首をかしげました


「ほんものはわたしたちじゃなくて、あなたたちのほうじゃないの?」


と人魚のあまりが不思議そうに聞きました


「いいや、僕たちのほうがあまりものなんだよ」


とほんもののケンタウロスがしっかりと答えました


なんだかおかしくって四人は一緒に大笑いしました


それからあまりものの二人は


その村で結婚して双子を授かりました


ひとりは立派なケンタウロスで


もうひとりは可憐な人魚でした


一方でほんものの二人の間にも


めでたく双子が生まれました


ひとりはこれまた立派な半馬半人で


もうひとりはこれまた可憐な半魚半人でした


あまりものからあまりものが生まれるわけでも


ほんものからほんものが生まれるわけでもないのです


そこが人生の不可解でおもしろいところです


あるいは


あまりものやほんものなんて


この世界にはほんとうは


存在していないのかもしれません

奇想詩『あまりもの』

奇想詩『あまりもの』

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-03-06

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