暁鬼-アカツキ-

暁鬼-アカツキ-

序章-prologue-


それはいつかの満月の夜、鬼が出た。
血を好み、夜に姿を現すというあの鬼が。

「―――朔耶」
いつの間にか部屋の片隅に居た男が名前を呼ぶ。
だが呼ばれた本人も、誰も答える気はないのか、沈黙が流れた。
その沈黙を破るように突然窓ガラスが割れた。
先程の沈黙とは違う静けさが室内を包む。
誰も声を出さず息をすることも儘ならない状況で唯一人、口を開いた。
「見つかりました」
その窓を破壊して姿現した少年は、この息苦しい空気を作り出している男に向かって跪いた。
「朔耶様の血姫<けっき>が―――」
未だに静けさを纏った七人の男たち。
その中に異様な冷気を放つ一人の男。

―――――闇に潜む、寂寞とした人影。

第一章 鬼―キ―

「―――静か」
自室で勉強していた少女は、気味が悪いほど物静かな外界を見つめて呟く。
今日は自身16歳の誕生日だ。
誰も祝ってくれる者など居ない。
いつものことで慣れてはいたので問題はなかった。
そんな事より流石に奇妙だ。
しかし静かな空間は個人的に好きだった。
耳障りな陰愚痴や堂々とした虐め。
それを見過ごす人たちの偽りの声。
何もかもが煩く感じていた昔とは大違いの空間だった。
少し息抜きの為に立ち上がり、見つめた窓の前に立って大きく息を吸い込む。
その際目を瞑ったのがいけなかったのか。
それとも、外を見たことが原因だったのか。
ゆっくりと目を開けたそこには、目を疑うほど端正な顔立ちをした男が立っていた。
地面に立つという普通な光景な訳がなかった。
ここは4階。
地面などはない唯の空気が漂う空間。
その空気に立っていた。

「・・・・・・」

夢でも見ているのだろうか。
ここずっと勉強ばかりで疲れていたから、いつの間にか眠ってしまったのだ。
成程、と勝手に納得してみるも、この男が纏っている明確な冷気は何なのか。
こんなにもはっきりと伝わってくる目の前の男の存在感。
夢ではないと自分の中の何かが訴え掛けている。
「―――おい」
その言葉の瞬間、首筋に鈍い痛みが走る。

男の漆黒の髪が揺れたと同時に鼻にかかるつんとした刺激的なにおい。
臭いのかそうでないのかも判断できず、何のにおいだとかも考える暇なく肩にかけられた手。
直後の痛み。
これは夢じゃない。『夢』で済まされるような簡単なことじゃない。
そう悟った自分を嗤う男。
自身は痛みに目など開けられない。
相手の顔も見れず、音と聞くことも困難な状況でも感じるものがある。

薄れゆく意識の中で、懐かしい微かな温もりを感じた。


【血姫】


「―――朔耶様の血姫が」

16年間、俺は待ち続けたんだ。
まだ一度も会ったことのない女のモンだが構わないさ。
吸鬼にとって血姫<けっき>とは、嫁であり、飯でもある。
吸鬼は自身の血姫の血を一度でも吸うと他の女の血が食せなくなるという。
そのため一生を共にし、嫁は主鬼に血と愛という名の身体を捧げなければならない。
まあそんな事、俺は如何でもいいのだが。

「琥珀」
「はい、朔耶様」
未だ跪いている少年に向かって名を呼んだ。
割れた窓に向かって歩き出すと、漆黒の髪に良く合った深海色の瞳が不気味に輝く。
そして、これからまだ深くなる空を見つめ短く吐き捨てる。

「ヤれ」

主人の言葉を聞くや否や琥珀という16歳の少年は、ある男に広げた状態の掌を向ける。
それを気配で感じ取り、素早く動きだしたのが4人。
逸早く感じ取ったものの一向に動く気配のない者が二人。
その内一人は琥珀の手を向けられている。
そんな余裕たっぷりの男に向かって琥珀は自分の右手をそのままに口を開く。

「こんにちは。霧原月治・・・の、偽物さん」

琥珀は、余裕な笑みを周囲にバラ撒く相手に負けないくらい薄気味悪い微笑みを浮かべてから言葉を紡ぐ。

「皆さん、最初から気付いていました。まあそんな事も、アナタにはお見通しでしょうがね。唯、僕が来る前にそれを朔耶様に申し上げようとしていたのが一人居ましたが。そんな如何でもいい事より、・・・朔耶様の血姫が狙いなのでしょう?言う訳がありませんよ、アナタなんかに」

淡々と言葉を吐く琥珀は先程の微笑みを一瞬にして消し去り、瞳の光を消してから偽物を睨みつけた。


「―――失せろ」

鋭い眼光と共に、琥珀の右手からは数百万ボルトの電気が放たれた。
青白い光を放出させたソレは一直線に偽物に向かっていき、部屋の壁を更に破壊した。

「・・・すみません、朔耶様」
この部屋に居たものは全員、一瞬の出来事を一瞬にして理解していた。
偽物は跡形もなく消し去られたようにも思えたのだが、その前に姿を消していた。
「如何でもいい」
朔耶は実際にも全く興味を示していなかった。
ただ偽物が居て、だた話を盗み聴こうとしていた。
唯それだけの事であった。

琥珀は「相変わらずで」と呟き頬を緩ませたと思ったが、直ぐ真剣な表情に戻り話を続けた。

「血姫の事ですが、名は暁林寺妃。今日、16になられたばかりです。父子家庭ながらその父は大手企業の社長だとかで億万長者と言えます。しかし、妃様は元妻の愛人の娘だそうで全く相手にされておりません」
「ドロドロだなぁ~」
琥珀と歳の近い男が口を挟むも何事もなかったように続ける。
「また、朔耶様とは一度お会いしてらっしゃ――「――琥珀」
放たれた言葉は簡潔に、とても短い文にも拘らず、朔耶の口から出たものは殺気を感じるほど冷たく、冷めたものだった。

鬼とその嫁は規定の歳、16になるまでは接触を禁じられている。
それに俺は一生共に暮らしたいと思える女にはまだ会ってない。
まあ食ってみなきゃ分からないのだが。

珍しく琥珀の情報も腐ってるな。


珍しく・・・―――――


続く

暁鬼-アカツキ-

暁鬼-アカツキ-

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序章-prologue-
  2. 第一章 鬼―キ―
  3. 3
  4. 4