探偵に天使は味方です*夏休み

探偵に天使は味方です*夏休み

わたしは悪魔使いです。よろず相談所タカノで探偵見習バイトをしてます。
沢山の人外能力者のヒトに囲まれて、今日もわたしの高校生活は不穏です。
update:2023.3.3 直観探偵シリーズ③

表紙感謝:ハトリ様;https://estar.jp/users/104802264

※2/22:探偵に悪魔は反則です<探偵シリーズ①>、2/24:神探シ<②>、3/14:冬休み編<④>掲載予定
※エブリスタでも同シリーズを掲載しています→初話:https://estar.jp/novels/24829932

守:迷える探偵に天使の導き

守:迷える探偵に天使の導き

 いきなり言っても「?」だと思うけど、わたし、日本風に言えば「転生者」です。こことは全然違う異世界から、人間の暮らしを学びにやって来ました。
 わたしが元々いた世界は、この国からすれば野蛮な未開地帯です。良くてわたしのいた「京都」が、「日本の過去の京都」に近いくらいかな。他にも似てる場所はあるらしいけど、わたしにはよくわかりません。

 って言ったら、日本に来てからお気に入りのアイテム、スマホの中からわたしに応える天使の声が聞こえました。

「それだけだと『転生者』って言わないんだよ、猫羽ちゃん。イマドキの『転生者』はね、トラックにひかれて日本から異世界に行って、フツーの人間からチートなバケモノにならなきゃいけないんだよー」

 そうなんだ……わたしは異世界から日本に来たし、サツリクの天使から人間になったから、「転生者」の逆になっちゃうのかな。トラックにぶつかれば一応転生者かな? でも兄さんが悲しむからやっちゃダメだよね。
 今のわたしは留学中の女子高校生です。と言ってもみんなには、異世界のことは内緒だけどね。でも高校が一応お休み期間だから、必須の予定はよろず相談所の探偵見習バイトだけです。

 せっかく日本にいるんだから、暇な時は遊びに行こ! って、スマホの中の天使が言います。
 わたしは本来、悪魔使いなんだけど。この間、行方不明だった兄さんが「かごめの天使」と一緒に帰って来てから、わたしも兄さんも大きく生活が変わっていきます……。


* * *

★File.1:兄さん、天使です

 その日は何も予定がなくて、とてものんびりしたお休みの昼下がりでした。

「猫羽ちゃーん! これっ、どーいうことーっ!?」

 スマホから不思議な着信音と一緒の涙声。あれ、今までこんな鳴り方、したことあったっけな?
 そもそも高校の教室やバイト中に鳴ったら困るから、「さいれんともーど」っていう口封じ、親戚の咲姫(さき)おねえちゃんが設定しててくれたはずなんだけど……。

「このアバター、どー見ても女のコなんだけどホントにありがとうございました! こんな姿でオレ伝話(でんわ)なんて出れないよ、いっそもうころしてニャハハー!!」

 お昼までお布団の上にいたわたしは、やけっぱちだけど涼しげな声で喋るスマホを、ぼけっと寝ぼけ眼で手にとりました。
 画面には、長い青銀の髪が右ポニーテールで、キラキラ透明な翼のアイドルみたいな女のコが映ってて、うそ、なにこれ可愛いふぇぇえ、とりあえずわたしは寝起きのせいでニホンゴがおかしいことしかわからないです……。

「あれ……氷輪(ひわ)くん……なんで、そんな姿に……?」
「何でってソレまさにオレがききたいし何この姿!?」

 そっか、この知らない番号、氷輪(ひわ)くんからの着信なんだ……六月まで一緒に高校に通ってた悪魔さんのことに、今頃わたしは思い当たります。
 番号と一緒に浮かぶ発信元は、「かごめの天使」。
 それがこれから、わたしとスマホの守り主になってくことを、この時のわたしは知る由もありません。


* * *


 どうしてこうなったのかな。
 久しぶりです、ウツギ・ネコハです。
 今、わたしは留学先の日本の家で、久しぶりの朝ご飯を食べてます。
 わたしの下宿は、「きちんとしたところ」を探したら「1LDK」のオートロックまんしょんで、ホストの玖堂(くどう)さんの仕送りはほとんど家賃に消えてます。

 それはいいんだけど、今日は何でか、りびんぐでみんなで朝ご飯なんだ。
「嘘っ……これ、ツバメ君が作ったの……!?」
「何でそんなに驚くの、ユウヤ? ツグミもずっと、変な顔してる」
「って当たり前でしょ、アナタ料理なんて、御所でもしたことないじゃない……そりゃ簡単なものとはいえ、そもそもまずご飯を食べないくせに!」

 朝が弱くて、ぽけー……と床に座るわたしの前で、下宿がやたらに賑やかになってます。
 小さな台所と繋がるりびんぐは、わたしの部屋と同じ広さです。折りたたみのテーブルと、玖堂さん家のお下がりのお下がりの、三人がけソファしか置いてないんだけど……。

「うん。味見はできてないから、おいしくなかったらごめん」
「いや、ツバメ君、これは味見しようがないと思うよ……僕もめったに食べたことないけど、鮭の燻製を麦餅(パン)に挟んだだけだよね?」
「コンビニにあって、俺にわかるのそれくらいだったから。冷蔵庫の物使うの二人は遠慮するし、ご飯がないと猫羽、起きないしさ」
「そりゃ私達、昨日いきなり押しかけたんだし……だから今日、一緒に買い出しに行こうって言ってたのに……」

 まだまだ頭が現実に追いつかないわたしを置いて、四角いテーブルの上に、ニコニコしてる兄さんが置いた、サーモンサンドの食パンが三つ。
 兄さんとわたしの他にテーブルを囲む、二人のお客さん。どうしてここにいるかさっぱりわからない、故郷の大事なヒト達と、ご飯を作るなんて天変地異ほど珍しい兄さんがいる、わいわいとした夏休み後半の朝方でした。

 お盆までの夏休みは、補修やバイト、こっちのみんなとのお出かけで、あっという間に過ぎてしまいました。
 今日はお盆明けで、昨日までわたし、念願の里帰りをしてたんです。日本も大分気に入ってきたけど、やっぱり家族や懐かしいヒト達に会えるのは、すごく嬉しくって。三日だけだったけど、初日は家族と一緒で、二日目は異世界の京都の大好きな御所に泊めてもらって、三日目は京都で遊んで帰ってきました。日本の京都より故郷の京都はずっと古くて、涼しい所が少ないけどね。

 お盆直前まで行方不明になってた兄さんも、急にひょっこり現れました。
 故郷に帰るには、橘診療所っていう色んな世界の中継地点を通らないといけなくって、わたしが来るのを待ちかまえてたみたい。近い時から同じように行方不明になった、悪魔の氷輪(ひわ)くんに預けたはずの、わたしのPHSを持って診療所の扉の横にもたれてたんです。

――久しぶり、猫羽。元気してた?

 わたしは、ええええええ。ってなって、しばらく固まっちゃいました。
 白い壁にまるで溶け込むみたいに、白いTシャツとジーンズに銀色の髪。氷輪くんの普段着みたいなヒトだなあ、って思ったら兄さんだったの。
 本当に驚いたよ。兄さんとも氷輪くんとも気配が似てて、顔を見るまで気付きませんでした。失踪前までは金色の髪で黒い目だったのに、遠い大昔に戻ったみたいに、銀色の髪で青い目をした兄さんがいたから。

――え……ほんとに、ほんとの……兄、さん……?

 確かにわたし、兄さんと氷輪くんを探しに、神様の世界にお邪魔したよ。戻って来てくれるって約束したから、信じてのんびり待ってたんだよ。
 そしたらまさか、失踪直前のツバメ兄さんとも、神隠しの時雨兄さんとも違う、「ほんとの兄さん」が帰ってくるなんて……そんなことって……??

 とにかくわけがわからないまま、兄さんも連れて家に帰って、一緒に御所にも行ったんだけど。そしたら何でか、御所で兄さんの養子先な山科(やましな)烏丸(からすま)の術師、ツグミやユウヤまでこっちの世界に来ちゃったんだ。
 どうなってるの? って、今もわたしは、探偵見習いなのに全然わかりません。

 でもひとまず、昨日は布団も寝間着もなかったから、今日はみんなでお買い物です。
 帰ってきた兄さんもだけど、二人はしばらく、わたしの下宿にいるって言うから。体の弱いユウヤに予備のタオルケットを貸して、ツグミにはわたしのパジャマの上が入らなくて、それはユウヤに着てもらって、ツグミは兄さんのシャツとわたしのパジャマのズボンで寝てもらいました。

 ええと。二人は元々、兄さんがお世話になってる御所のヒトで、従姉弟同士なんだ。ユウヤのお父さんが御所の管理者で、管理は多分ユウヤが継ぐんだけど、お父さんを守る剣士さんがツグミのお父さん。そして兄さんの剣の師匠でお義父さんです。
 二人が持ってきた金貨をまずこっちのお金に換えてから、わたし達は駅前商店街に入りました。

「ツグミ、よくゲンジお父さんが許したよね、こっちの世界でしばらく暮らすって……」
「う、うん、まあね……悠夜が一緒だし、今回は翼槞(よくる)君の危機だって聞いたから、さすがの父上達も心配だろうし……」

 お義父さんはツグミが大事過ぎて、ツグミを好きな兄さんのことも、「婿でなく山科の養子!」とずっと言ってるんだ。お義父さんを倒せないと、兄さんはツグミと一緒になれないみたい。
 氷輪くんの危機、はその通りなんだけど。氷輪くんは本来お義父さん達の仲間で、その縁で兄さんの相方になったみたいなものだし。
 でもお義父さん、たとえ氷輪くんが大変でも、ツグミを異世界に出せるヒトかなあ……ユウヤも体が弱いから、護衛なしに本当にこっちに来ていいのか、わたしはまだ納得がいってません。

 これでいいのかわからないとはいえ、二人がここにいるのはすごく嬉しい。日本の服と寝間着と薄い掛布団と、歯ブラシと食器を買ったくらいだけど、本当にみんなでしばらく生活できるのかな?
 兄さんの服を借りて、短いけど綺麗な赤い髪が目立つツグミと、氷輪くんの学生服を借りた黒髪のユウヤ。得意な呪術の道具以外一切持ってきてないの、よく考えると大変なことだよね。

「ツグミは今日も、猫羽の部屋で寝るの?」
「当たり前でしょ! 父上に殺されたいの、アナタ!?」
「ツバメ君だって、僕と猫羽さんを二人にはさせないくせに……いや、僕はそれで全然いいんだけど」

 荷物を抱えて歩く二人共、後ろめたそうにしてるのは、わたしも兄さんもわかってます。わたしと兄さん、昔から自分以外のことも、自分みたいに感じる「直観」があるから。
 だから多分これ、二人の思い切った家出なんだろうな、って。何があったのかはわからないけど、わたしも兄さんも二人がいると幸せだから、あえて深くつっこまないでいます。
 というか兄さん、わたしの下宿に来てから、本格的にふわふわ笑ったままだなあ……。

「ユウヤが見逃してくれるなら、今日から寝る所を反対にしてもいいけど」
「却下。ツバメ君、やっぱり何か変なものを憑けて帰ってきたね?」
 銀色の髪で帰ってきた兄さんは、ツバメ兄さんとも時雨兄さんとも違う表情をしてたけど……なんていうか、教会の牧師さんみたいに、満ち足りた穏やかな笑顔……。
「もうそれはいいの、悠夜……コイツが急に失踪して、違うヒトになって帰ってくるなんて、何度あったか知れないんだから……」
 ツグミは心底、何かを諦めたみたいな溜め息。
 それはそうだよね。元々憑依体質のツバメ兄さんはあんまり笑わない無表情で、時雨兄さんは逆に軽くてぐいぐいで……。
 何を言ってるかわからなくなってきたけど、とにかくこの兄さんは違う。違うけど兄さん。多分、これこそわたしの本来の兄さん。

 兄さんのことも二人のことも、つっこみどころが多過ぎて、すでに思考を放棄したわたしです。うん、もうこの先は、なるようにしかならないよね?
 夢みたいに楽しいから、夢でもいいや。せめて夏休みが終わる八月いっぱいくらい、この夢が続いてくれたらいいのに……。

 荷物をみんなで分けて持って、わたしの下宿に続く坂を上がります。
 あんまりこっちの世界が故郷と違うのと、故郷よりひどい暑さに負けて、ユウヤが途中でへばっちゃいました。近くにあった公園の木陰で、ベンチで三人が休んでる間に、わたしは気持ちを整理するために一人で林に入りました。
「ユウヤが普通に喋ってる。……やっぱり、あれは兄さんなんだね」
 兄さんとツグミに囲まれて、額を押えてぐったり座ってるユウヤは、かなりの人見知りです。兄さんとは仲が良いのに、わたしには未だに丁寧語で話すくらいだから。
 わたしはユウヤ達の敵側にいたから、仕方ないんだけどね。
 大昔にはサツリクの天使だったわたしが、悪魔達に拾われて悪魔使いになった後、わたしは兄さんと再会しました。わたしの使う悪魔達が、ユウヤ達を襲った時に。

 兄さんはその時ユウヤとお兄さんに加勢して、それから御所にお世話になることになったんだよね。
 もう八年近く前になるんだなあ。林の中で木にもたれながら空を見上げてたら、まだ聞き慣れない着信音が鳴ったから、ポケットからスマホを取り出しました。
「あ……氷輪くん、の、紫音(シオン)の方だ」
「紫音だ、じゃなーい。咲姫(さき)ねーちゃん所に話をききにいく約束、どうなったのさ? 猫羽ちゃん」

 「かごめの天使」って表示と一緒に、画面に映った右ポニーテールの女の子。口調も顔付きも氷輪くんそのものなのに、姿はまるでアイドルみたい。
 わたしが一人になったから、やっと連絡してきてくれたんだね。兄さんには絶対にこんな姿見せられないって言ってたから、今まで待ってたんだ。

 これがある意味、「氷輪くんの危機」の真髄かな? 兄さんに頼まれてわたしの高校生活を見守っててくれた氷輪くんは、今はこうして、スマホかPHSでしか話すことができません。
「このアバター、スマホにしまえる鎌みたいに、咲姫ねーちゃんが再現してくれたものでしょ。PHSで喋る時は普通に今まで通りのオレなのに、何でこっちはこんなに可愛くされちゃったわけ?」
 もう自分に見惚れちゃうじゃん! と、かなりヤケッパチになってる氷輪くんです。
 わたしは勝手に、スマホに映るアイドルの氷輪くんを紫音、PHSの小さい画面の氷輪くんを汐音(しおん)と呼んでるけど、氷輪くんとしてはどっちも同じ「汐音」で話してるはずみたい。

「ごめんね、シオン。まさかツグミとユウヤがこっちに来るとは思わなくて、今日は咲姫おねえちゃんには会いに行けなさそう」
「はあ……お盆に突然アイツまで帰った時から、嫌な予感はしてたけど……」

 兄さんと同時期に失踪した氷輪くんから、紫音の姿でスマホに連絡が入ったのは、お盆の前日でした。この姿、何ー!? って動揺してたから、何とかしてあげたかったんだけど、里帰りが重なっちゃって。
 氷輪くんみたいに悪魔の自分がいる咲姫おねえちゃんが、氷輪くん視つけたから話せるようにしてあげる! って言ってくれたのがお盆の二日前で。里帰り直前の、最後のバイトの日でした。
「明日バイトに行ったら会えると思う。帰る前に電話した時、今日か明日って、おねえちゃんが言ってたから」
「そうしてくれると助かるよー。も、アイツから隠れ回るの、これが限界」

 シオンはもう、兄さんを「ツバメ」って言いません。ツグミとユウヤもどう呼ぶか悩んでるけど、今のところは前と同じままです。
 兄さんは今回、兄さんとして帰ってくるために、「雨」の加護を失くしてるから。代わりに汐音が兄さんの翼として憑いてて、あの兄さんに「翼雨(ツバメ)」の真名はもう使えないみたいです。

 兄さんが持ってるPHSで、汐音と兄さんは意志疎通ができます。汐音は兄さんの翼になったし、兄さんにも直観があるから本当は直接話せるけど、思考がダダもれになるから嫌なんだって。
「オレは当分PHSに引きこもってるから、間違ってもスマホから呼ばないでね、猫羽ちゃん。まあ多分、オレが力を貸す事件なんてそうそうないだろうけどさ」
「うん、みんなもこっちまで紫音がいるとは思ってないから。ユウヤは気が付きそうだけど、できるだけ隠せるようにがんばるよ」
「アバターさえ直れば別にいいんだけどさ、トホホ……鶫ちゃんも悠夜君も、一応翼槞(よくる)を心配して来てくれたわけだしなー……」

 行方不明になってから、まだ危機にあるままの氷輪くん。ここにいるのはシオンだけで、本来わたしと一緒に高校にいた氷輪くんは、故郷の天の国で眠りについちゃってます。
 シオンは氷輪くんの中にいた心だけの存在で、咲姫おねえちゃんの助けで、その心をスマホとPHSで再現できるようにしてもらったんだ。
 シオン曰く、多分だけど、スマホとPHSでシオンの姿が違うのは、両方に少しずつシオンの力が割り振られてるからなんだって。
「電話で話した通り、咲姫ねーちゃんの言う方法で、翼槞を助けることには異論はないよ。だから使いやすいよう、PHSにはオレの悪魔の力、スマホには天使の羽由来の力って分けてくれたんだろうけどさ」
「そうだね。『かごめの天使』がもうほとんど女の子よりだったのは、汐音にはかなり誤算だったよね」

 シオンがわたしに連絡を取ってきたのは、兄さんと帰ったからじゃなくて、眠る氷輪くんを助けるためです。自分のせいで氷輪くんは、眠りにつくことになっちゃったからって。
「まー、仕方ないっちゃ仕方ないね。紫音(オレ)の元になった天使の羽は、フツーに女に生えてたやつだったもん。猫羽ちゃんの言う通りさ」
「危なかったね。知らない間に女の子になっちゃうところだったね、汐音」
 それ、よく言うよ……と、力なく溜め息をつくシオン。意識はまだ悪魔の汐音だけど、力と姿は、スマホでは「かごめの天使」の紫音。
「猫羽ちゃんの契約がクセモノなのは、翼槞の件でオレも知ってるからね」

 シオン自身は、スマホやPHSのカメラに映るところと、吸血鬼なシオンの手下のコウモリが見ることだけがわかる、真っ暗な世界にいるんだって。兄さんの視界も同調すれば見えるはずだけど、それはシオンの情報も兄さんに伝わっちゃうから、最後の手段だって言ってました。

「改めて教えとくけど、念系の翻訳や伝話や通信を除いて、悪魔――吸血鬼としてのオレの力は、『遠見』と『錠』と『変化』の三つ。天使の力は死神でやってた『葬送』と、最近習った『祈り』の二つ。後は翼槞が持ってる力まで使うと、アイツ本気で体もたないだろうし、今のオレにはそれだけしかできないと思ってね」
「『それだけ』でも、そんなに色々できるんだね、シオンは……」
「悪魔としては少ない方だよ。それも咲姫ねーちゃんが名付けてくれて、へー、そう言えばいいんだ、ってわかったくらいだし」

 たとえば、氷輪くんが離れててもわたしを見守ることができたのは、あちこちにコウモリさんを飛ばす「遠見」なんだって。これが今回は一番必要かなって、咲姫おねえちゃんとの取引を話しながら言ってました。
 咲姫おねえちゃんがシオンの居場所をスマホとPHSに作ってくれたのは、おねえちゃんにも理由があります。それを今度会う時に、詳しく話すって言って電話は終わりました。

 それからわたしは兄さんと里帰りして、悪魔の汐音の方はPHSで兄さんと話すだけで、何を相談してるかは教えてくれません。
 でも御所で色々、大事なお話があったみたい。わたしにわかるのは、眠る氷輪くんを助けようとしてるのは、シオンや兄さんだけじゃないってことです。
 それをこれから、わたしは様々な形で、動き出した運命の波を知ってくことになります。

 一人のお散歩から広場に帰ると、不思議そうに笑ってる兄さんの横で、並んで座るツグミとユウヤが何やら頭を悩ませてました。
「多分、一番しっくりくるのは『翼鎖(つばさ)』なんだよ。でもそれだとあんまり、字面がよろしくないよね……」
「じゃあやっぱり、普段は翼汊(ツバサ)でいいんじゃない? ちょうど真名隠しにもなるし、嘘っていうほどでもないし」
「本当は父様の意見が欲しいんだけど、今相談するわけにはいかないし、仕方ないのかな。ツバメく……ツバサ君も、それでいい?」
 兄さんの呼び名のお話をしてたんだ。わたしはもう、兄さんとだけ呼べばいいから、あんまり深く考えてなくて。
 兄さんは、何でもいいよって笑って、名前は大事なの! って怒られてまた笑いました。左耳にだけ着ける、黒い装具が小さく揺れました。

 わたしが敵だった頃の兄さんが着けてた、翻訳機になる黒い装具。
 他の兄さんの持ち物はもう黒いバンダナだけで、今まで翻訳機をしてくれた蝶型のペンダントは、知り合いにあげちゃったみたいです。
 ポケットにあるスマホの画面をこっそりつけて、紫音がわたしにだけ言ってきました。
――どうせ今のアイツには、漢字の違いなんてわかんないよねぇ。

 ここは違う世界だから。わたしは日本語、故郷の京都で使う言葉に似てるし、ずっと前から勉強してたんだ。
 氷輪くんやツグミ達みたいに、現代の化け物の力を持つヒト達は、言葉が違ってもヒト相手ならお互いに念を声に載せて、伝話(でんわ)に近い形で会話ができます。遠い通信はより高レベルで、昔の化け物な兄さんと人間のわたしは、通信も会話も本来無理なんだけど。

――あの翻訳機ではヒトの言葉がわかるだけだし、それはアイツなら直観があるから、大体わかるだろーに。何でまた、実家から引っ張り出して持ってきたのやら?

 兄さんが喋る言葉は、汐音が蝶型のペンダントに代わって、念を載せて周囲に通じるようにしてくれてます。それでも兄さんの心はわからないや、って、ぼやくみたいな声色だから。
 わたしは何となく、ドンマイ、としか言えませんでした。


* * *


 せっかくツグミとユウヤがいるから、わたしは家にいたかったんだけど。
 夕方くらいには物の整理も終わって、りびんぐには兄さんとユウヤ、わたしの部屋にツグミがいてもらうように落ち着いたら、兄さんがわたしを、いってらっしゃい。と、わざわざニコニコ送り出しました。
「俺がいたらこっちは大丈夫。猫羽は汐音のこと、ききにいってきたら?」
「でも、兄さん……」
「駅前でバイトしてたから、多少なら家電の使い方もわかるし、俺も人間界には結構慣れたよ。時雨とツバメと、記憶が両方あるって言えばいい?」
 そうなんだ。まあ、だから朝ご飯も作れたんだよね、きっと。
 ここまで兄さんは自分について、何も教えてくれなかったから、そうっぽいとは感じてたけど、やっと確信できたわたしでした。

 兄さんもシオンが心配なのはわかるから、ちょっと惜しいけど、わたし一人で家を出ます。まあ元々、三人でわいわいやってる時には入り辛いし、いいんだけどね。わたしがいると、ユウヤが丁寧語になっちゃうから。
 少し離れてから咲姫おねえちゃんに電話すると、ちょうど良かった、橘診療所に来て! と言われました。

「何かごめんね、猫羽ちゃん。オレのせいで急かしたみたい」
「ううん、シオンが思ってること、遠慮なく言ってくれるのは嬉しいよ。氷輪くんはいつもなんて言うか、ちょっと距離を感じてたから」
 これはわたしの素直な心。シオン、兄さんに情報ダダもれは嫌だって言ってたけど、わたしには率直に喋ってくれてる。氷輪くんはかなり秘密主義だったのにな。
 スマホを見ながら坂を下ってると、歩きスマホはダメだよ! って、画面の中で腕を組んで、お姉ちゃんみたいな顔の紫音です。
 ほんとに紫音は可愛い。そもそも氷輪くんがキレイなヒトだし、両手をあげて怒ったり、がーんってしゃがみ込んだり、鋭い表情なのに何だか全身が可愛いの。
 このままの姿の方がいいな。ついそう思いながら、わたしは橘診療所に辿り着きました。

 外来中だからカーテンの後ろを通って処置室に入れてもらうと、げ。と、紫音が手元で嫌そうな声をあげました。
 わたしにだけこっそり、画面は出さないで! と念を送ってきたから、スマホは持ち上げずに会話をしてもらいます。
「何でいんのさ、ナギ」
「あらあらー、元上司に随分な言い草。あたしはここの嫁なんだから、いても全然悪いことはないでしょ?」

 処置室の細いベッドには、咲姫おねえちゃんと、知らない小さな黒髪の女の子が座ってます。その横で背中から透明な羽を生やす、映像だけの鉛色の髪のヒトが、紫音と応酬を始めます。
「そもそも君が倒れたから、水葵(なぎ)との協調をいっぺん切ってまで、君の補助に行かせてるんじゃない」
「でも何でナギまで体、ないのさ? そのナーガの姿、随分久しぶりなんだけど」
 漢服みたいな和装に羽を生やすナギは、元天使で、天使の頃の名前がナーガみたい。本来は「天気雨」のヒトっていうけど、素性はややこしそうです。
 氷輪くんにそっくりな女のヒトの人形を普段のナギは使ってて、それは氷輪くんが連れる悪魔の水葵(なぎ)も使う、共用の依り代なんです。
 ナギは同じ人形を水葵が使えるように力を分けてて、だから、響きが同じ名前を付けたのもナギなんだって。でも水葵が院長先生を嫌ってるのに、ナギは院長先生のお嫁さんだから、水葵とナギの仲は良くないけれど。

 今ここには、実体がない堕天使のナギがいます。水葵も今は、元の海竜状態で氷輪くんの守護をしてるというから、ナギと水葵が使う人形がないのはわたしも不思議です。
 ナギはわたしの母さんを守るために、その人形を使ってるとお盆に聞いてたから。母さんの代わりに悪魔の城を管理してくれてて、あんまり外には出られないはずなんだよね。

 苦笑しながら場を見守ってた咲姫おねえちゃんが、隣の女の子は座らせたまま、ベッドから立ち上がりました。
「その理由は私が説明するよー。ここなら霊感がなくても、タオもナギさんもみんなに視えるから、わざわざ来てくれてありがとうね」
 知らない雪白(せっぱく)色のパーカー姿の子は、タオっていうみたい。黒い髪を肩の高さでふわふわに二つ括り。よく見たら、顔は知ってることに気が付いたけど、一応咲姫おねえちゃんの紹介を待ちます。

 でもナギはつまらなさそうに、ふわりと違うベッドに腰かけた後に、咲姫おねえちゃんと対面にいるわたしとを見上げました。
「説明も何も、桃花(トウカ)ちゃんがいるっていうから、人形貸してあげちゃっただけじゃないの。まあまさか、その後に秒で逃げられるとは思わなかったけどさ」
「何、それ。ナギにしては迂闊過ぎなんじゃないの」
 握ったままのスマホから紫音が呆れるみたいにつっこみます。
 トウカっていうのは、この間まで兄さんや氷輪くんと一緒にいた女の子。咲姫おねえちゃんの隣にいるタオと顔がそっくりで、わたしの命も実は守ってくれてる、「桃花水(とうかすい)」という宝の管理者さんです。
 でも自分の体は持ってないヒトで、わたしが毎夜戻る桃花水の水底にいて、意識だけの姿を神様の世界で見たことがあるくらいなんだよね。

「仕方ないでしょー、まさかの桃花ちゃんに頼まれちゃうとねぇ。咲姫ちゃんもそうだけど、何だか他人の気がしないのよねー、悔しいながらも」
「ありがとー、ナギさん。本当にいつも、色々お世話になってます」
 咲姫おねえちゃんが、名前+さん付けで呼ぶヒトって、実は珍しいです。仕事では名字にさん付けはするけど、親しい人は大体名前や、「ちゃん」や「くん」で呼ぶから。
 咲姫おねえちゃんとナギ、この不思議な距離感の事情は、おねえちゃんの悪魔の咲杳(さくら)おねえちゃんに教えてもらいました。でも今は黙って続きを聞きます。

「ナギさんの言う通りで、トウカが橘水葵の人形を奪って脱走しちゃったんだあ。トウカを好きにさせてた私の落ち度も多々あるから、今日はそれを相談したくって」
 咲姫おねえちゃんは改めて、わたしの方を向いて困ったように笑いました。
「猫羽ちゃんは、私とトウカの関係は知ってたっけ?」
「ううん、全然。トウカには兄さん達を探す時に初めて会ったし、わたしを守ってくれてるのも知らなかったよ」
「そうだよね、私も直接トウカに会えるわけではないんだ。トウカはずっと時の闇にいて、『桃花水』の制御と時雨君との旅に専念してたから」

 時の闇。それは兄さんや氷輪くんも隠してしまった、神様の世界の別名。
 「力」を持った意識だけの存在がいる所で、水葵も本体はそこだっていうし、人間に潜む悪魔、咲杳おねえちゃんやシオンがいる真っ暗な場所もそう。
「『桃花水』は猫羽ちゃんの鎌に納めてあるけど、それを制御するトウカ自身の力は私が預かってたの。だから猫羽ちゃんの鎌も私、作るのを手伝ったしね」
「そうだったんだ……ほんとにわたし、おねえちゃん達に沢山助けてもらってるね」
「トウカは私の妹に生まれるはずのコだったから。そうでなくても流惟(るい)ちゃんとして猫羽ちゃんのお母さんになるはずが、色々あってさー」

 あ、そうなんだ。それならナギが、「他人と思えない」って言ったのもわかります。
 咲姫おねえちゃん――正確には咲杳おねえちゃんは、ナギが死んで天使にならなければ、ナギの娘として生まれたはずなんだって。でも運命が何処かで変わってナギが死んじゃったから、生まれられなくなったんだとか。
「そしてこのコ、タオは『(たお)』って書くんだけど、タオがまだ私の残してる本物の桃花。トウカは正確にはタオを映してた存在で、そうしていつも誰かの陰にいるんだけど、今回ばっかりはね……時雨君から『悪神』をもらっちゃったから、早速悪いコになって逃げ出した、そういうわけなの」
 ……がーん。それってつまり、兄さんを助けるためのはずだ……。
 すごく穏やかになって帰ってきた兄さん。それはきっと、悪い神様から解放されて、そうなれたんだと思うから。

 とりあえず、タオも咲姫おねえちゃんが連れてきた「力」の具現みたい。堕天使として映像だけのナギに近くて、触れることはできなさそうです。
「タオとトウカは本来、二人で一対。猫羽ちゃんを守る『桃花水』に影響が少ないように、トウカはタオを残していったんだろうけど、それだとほぼ完全に、トウカだけが『悪夜(あくや)』になるから……」
 ずっと何も喋らない、無表情なタオが少しだけ首を傾げました。
 顔はトウカと同じだけど、気配はかなり別人だものね。一対っていうの、わたしも不思議な感じがします。

「氷輪君を助けるのにも、この先トウカの力は必要になるの。動けなくなった氷輪君の心臓の代わりを造る話、私だけではさすがに手に負えなくって。だから猫羽ちゃんにトウカ――奪われた橘水葵の人形を探してほしいの」
「探して捕まえるの? トウカはこっちの世界にいるの?」
「猫羽ちゃんのいる世界にトウカはいる。必ず猫羽ちゃんの周囲の何処かにはいるはずなの。捕まえるんじゃなくて、タオをくっつけて『悪神』以外の影響を与えられるようにしてほしいの」

 咲姫おねえちゃんがふっと、タオの頭に手をかけると、タオがすぐに薄れて消えちゃいました。
 代わりにおねえちゃんの手には、わたしも見覚えのある、ツバメ兄さんが着けてたトゲ付きの黒い首輪が現れてます。
「それ……ミサキの首輪……」
「そう。私もミサキも、タオの光を借りて『心眼』を使ってる。ツバメ君からこれを返してもらうのが遅れて、その間にトウカが逃げ出しちゃって」
 人外生物の心――「力」を視て、それに介入できるおねえちゃん達の「心眼」。兄さんも視力をあげるために首輪を借りてたから、それを今度はトウカに着けるはずだったんだね。
 神様の世界で会ったトウカは、とても冷静で優しかったから、悪いコになったなんて想像がつかないけど……咲姫おねえちゃんもそれでちょっと、油断してたんだろうな。

「トウカが帰っただけでは氷輪君は助けられなくて、後の問題はツバメ君の今後に任せるしかないけど……受けてくれるかな? 猫羽ちゃん」
「うん。むしろ全部、わたし達のためだよね、それって」
 そうかな? と目を丸くする咲姫おねえちゃん。おねえちゃんの所に帰らないトウカを心配してるのも本当だけど、「力」は何処に在っても不滅だから、絶対そばにいないといけないわけじゃないもんね。
 トウカとタオの力を借りて、そんなに縁のない氷輪くんを助けようとしてくれてる。咲姫おねえちゃんはいつもそうして、お人好しな素敵なヒトです。

「今はまだお休みで時間もあるし、夏休み中に無理でも、暇な時間はわたし、必ずトウカを探すよ。時間がかかるかもしれないけど、絶対に見つけるね」
 そうすれば心臓を失って眠る氷輪くんに、代わりになるものができるって電話で聞いたし。それを使えるかどうかは、兄さんにかかってるみたいだけど、まずはとにかく用意しないとだから。
 バイトと高校とお出かけとトウカ探し。それくらい何とかなるって、わたしは両手を握りしめて気合いを入れます。

 水葵の人形を使ってるってことは、今度会うトウカは氷輪くんと同じ姿になるんだね。
 そこでわたしは、咲姫おねえちゃんに会いにきた、もう一つの理由を思い出しました。
「あのね、おねえちゃん。シオンにも力を借りると思うけど、今の姿だと紫音が動き難いんだって」
「え? スマホの方の氷輪君のこと?」
「うん、汐音と一緒に戻してほしいって。アバター、っていうの、PHSと同じにはできないのかな?」

 ずっと黙って聞いてたナギが、は? と首を傾げてわたし達を見ます。
 わたしはわかりにくいように、あえて全部シオンと言ってます。あの可愛い女の子の姿は、わたし以外絶対見られたくないってシオンは思ってるし。
 咲姫おねえちゃんがわたしのスマホを持って、ちょっと困ったみたいに暗い画面を覗き込みました。
「姿って結構大事なんだよ、氷輪君。氷輪君の力を最大限発揮するために再現したら、たまたまできたのがあれなんだけどな?」
 紫音は画面をつけたくないから応えません。何気におねえちゃん、ピンポイントで氷輪くんの弱点を刺しちゃってる。
 つまりスマホにある氷輪くんの力――紫音は女の子って断言してる。それはおねえちゃんがそうしたわけじゃなくて、おねえちゃんはただ、その力――心をそのまま再現しただけなんだって。
 男の子や女の子って、何で決まるのかは難しそうだけど。変えられるものなのかも、わたしにはわからないや。
「じゃあ姿を変えると、シオンの力が制限されちゃうってこと?」
「偽装は勿論できるけど、偽装って封印とほとんど同義だから。人とか物なら恰好を変えても本質には大きく影響はないけど、ここに映せるのは氷輪君そのものだから……私も正直、スマホの方はびっくりしたんだけどね」

 困るわたし達。そこでナギが、ぽんと手を叩いて閃いたみたいでした。
「ひょっとして、汐音の羽が女の姿になっちゃってるの? それはそーよ、元々その羽、あたしの大事な部下ちゃんのだったんだから」
 あ、すぐにばれちゃったね……それでも紫音は姿を見せたくないみたいで、だんまりを貫いてます。
「いいじゃない、汐音がツバメ君を大事な『鍵』に想うなら、そのまま女の子になる方がややこしくなくない? 翼槞には絶対無理でしょ、それ」
「それだと兄さんが浮気になっちゃうよ、ナギ……兄さんにはもう、ツグミがいるのに」
「汐音の片思いなら全然よくない? 山科鶫は体は人間だから寿命が短いし、それまで汐音が待てばいいだけでしょ、要は」

 うわあ、ナギ、さらりと残酷なことを言うなあ……今、シオンが思いっ切り、傷付いた心が伝わってきたよ?
 死神の氷輪くんが守る天の扉。兄さんをその「鍵」にするために、シオンの心は作られたものだってききました。氷輪くんの力を預かれるほど、兄さんが氷輪くんにとって大事なヒトになれるために――兄さんに血を分けた時点で、氷輪くんにはシオンの芽が生えてたみたい。
 それはつまり、シオンの存在の前提は、兄さんを想うためだけのもので……。
「さっさと好きって認めちゃえば? それが一番自然よ、ホント」

 本当に残酷。それはシオン自身の意志というより、そうなるように作られた操り人形の意思。
 わたしもとっくに感じてはいました。シオンが自分をどうしたくても、兄さんを「特別に」想う心には抗えないこと。
 他のみんなへの「大事」とは違う、「特別」。眠る悪魔の氷輪くんには持てなかった、ヒトらしい心。その心がないと、氷輪くんは兄さんに命を分けられない……一人ではもう生きられない体の兄さんを、助けることができなくなってしまうから。

 ナギが作った女子会みたいな雰囲気で、わたしは何を言えばいいかわからなかったけど、咲姫おねえちゃんが同情するようにスマホを見つめました。
「氷輪君は氷輪君でありたいんだよね。女の子になると、氷輪君じゃなくなりそうで嫌なんだよね?」
 おねえちゃんの言う通りだと思う。それでも氷輪くんであるまま、男の子のまま兄さんを特別に想う形も、何かが難しいんだと思う。
「人格破綻者な翼槞らしいやり方よね。自分が本気で困る手段でも、目的のためには使うんだから」
 ナギはどうして、シオンにこんなに辛辣なのかな。何も言わないスマホの中で、シオンがますます大ダメージになってる気がして、わたしはそろそろおいとますることにしました。
 咲姫おねえちゃんとシオンの取引の詳細はわかったしね。スマホでの紫音の姿については、力を制限する覚悟で変えるかどうか、シオンが考えるように最後に言ったおねえちゃんでした。

 診療所を出て夜道でスマホの画面をつけると、紫音が画面の隅っこで背中を向けて膝を抱えてました。
 背景は暗雲に隠された月夜で、紫音の気分で変わるみたい。わかりやすく落ち込む紫音に、わたしはごめんね、と声をかけます。
「姿のこと、ナギがいない時にきけば良かったね……ごめんね」
「……猫羽ちゃんのせいじゃないよ。遅かれ早かれ、どーせバレるし」

 そうは言っても、さっきのはやっぱりひどいと思う。
 シオンの心は誰かの都合で作られた人形。本当なのかもしれないけど、シオンにはそれをそのまま受け入れたくない、シオン自身の心もあるのに。
 ナギは母さんを守ってくれるヒトだけど、基本は冷たいんだ。それがよくわかった日でした。
「もしもナギの理屈を認めたら、オレは鶫ちゃんの死を望むことになるの? ……それはさすがに、最悪だからさ」

 シオンの在り方としては、それが作られた通りの自然な状態。でも氷輪くんにとっては、ツグミは大事な仲間の大切な子供で、そもそも兄さんになくてはならないヒト。わかってるのに、シオンが兄さんを欲しいと思ってしまうなら、それはそういう望みかもしれない現実で。
 だってシオンが欲しいのは「鍵」。自分だけの相方を欲しがるように作られた心。その渇きはじわじわと伝わってきます。

「……帰ろ、猫羽ちゃん。みんな夕飯、猫羽ちゃんが帰るまで待ってるよ」
 欲しがるように作られた心なのに、氷輪くんとしての汐音は欲しがりたくない。自分の望みに自分の願いで抗わないといけない。
 だからシオン、女の子になるところだったね、って言ったわたしに、「よく言うよ……」って溜め息をついてたんだね。本当はもう、紫音はほとんど女の子だから。

――猫羽ちゃんの契約がクセモノなのは、オレも知ってるからね。

 わたしが契約する悪魔さんは、叶わない願いを持つヒトばかりでした。
 汐音のことはそうしたくないな。スマホをしまいながらそう決めた夕暮れでした。


* * *


 暗くなってきた帰り道では、今朝の兄さんについて、紫音とお喋りが弾みました。
「え? サーモンサンドって、アイツの唯一の好物だったの?」
「ほんとに大昔だけどね。父さんが山で釣った魚をのせたパンだけは、自分から食べてたんだって。兄さんは生まれた時から小食だったから」

 わたしは歩けなかったくらい小さい頃だし、全然憶えてないんだけど。
 もう随分前から、ご飯が何も食べられない兄さん。吸血鬼の氷輪くんの命――血を分けてもらって、半吸血鬼になった兄さんの体は、他に摂れるのはお酒くらいです。

「そういやこれからアイツ、ご飯どうする気なんだろーね。もしや鶫ちゃんの血だけもらって乗り切るつもり?」
「氷輪くんの血はもうもらえないよね。それだとほんとにそうなりそう……ツグミ、大丈夫かな」
 ツグミはこっそり、前から兄さんに血を分けてくれてます。ツグミ達の血筋は天のヒトの家系が混じってるから、兄さんの吸血鬼化を少しでも抑えられるように、って言って。

 それにしても、日本の夏は夜も暑いね。夏休み中はわたし、補修は制服、他はバイトの受付けの服を今日みたいに着てるんだ。休みの分バイトも多いし、これが一番涼しいからなんだけど、傍目には暑そうって言われます。
 でもこれ、所長の魔法がかかってて、体温調整と運動に最適化された仕様らしくって。猫羽ちゃんの戦闘服ですって、所長はキレイな笑顔でした。

 戦闘なんて、最後にしたのはいつくらいだっけ。所長に幻想鎌をもらってからは、体ならしはしてるけどね。
 この世界は故郷よりずっと安全で、何かあっても警察さんを呼べばいいし、結局鎌もほとんど使ってなくて……――

 そうしてすっかり、平和な気分でいたわたしの前に、その悪事(まがこと)は突然顕れてました。
「――え?」
「猫羽ちゃん! あいつヤバイよ、気を付けて!」
 紫音が画面から放り投げるように鎌を具現させました。わたしが取り出すよりも早くて便利。スマホは専用の内ポケットにお腹側からしまいます。
 鎌をキャッチしたわたしの数メートル前には、輪郭があやふやで真っ白の大きな獣。狼みたいな形のバケモノが、裂け目だけの(あか)い眼光でわたしを睨みつけてました。

 バケモノ、としか、わたしには言いようがないんだけど。
 明らかに普通の動物じゃない気配の白い獣。狙いはこれ、どう見てもわたしだよね?
「できたらそこの公園に入って! 何か古い神域っぽいから、祈りで結界が張れるよ! 人目についたら困るでしょ、これ!」
 紫音の助言に従って、白い獣から目は離さずに、背中から通り道の公園に入りました。
 公園の街灯がぱっと、くすんだ白から青い光に変わって、紫音が「火の深淵よ、開け!」と(うた)ってるのが聞こえました。

 白い獣はじりじりと、わたしと間合いを少しずつ詰めてきます。鎌がなかったら牽制もできなかった。所長、今更だけどありがとうだね。
 紫音はわたしよりずっと戦闘センスがあります。父さんの仲間の中でも武技がすごかったラクトの弟子が氷輪くんで、反応が早いし、そして何より今のわたしに助かるサポート――
「――! 跳んで、猫羽ちゃん!」
 公園に入り切った瞬間、待ってたとばかりに、獣が一息に飛びかかってきました。
 スマホから生えた透明の羽が、わたしの片手でのバク転を後押しします。体もすごく軽くなって、三転すると広場のかなり中まで届いてました。鎌を持ちながらこれだけ来れたのは、絶対に羽があったからです。
 わたし、古くはサツリクの天使と言ったくらいだから、広い場所で全方位を使えるのが動きやすいの。空を駆ける手段を持ってた昔、そういう戦い方を仕込まれたんだ。
 間合いをさっきより多くとると、白い獣はしばらく威嚇の体勢のまま、沸騰するお湯みたいに唸ってます。

 でもそこで、ふっと腰を落とした獣の後ろに、人型の暗い影が降り立ちました。
 紫音が人払いしてくれたはずの公園は、砂地がかすかに光るみたいに青白くなってて。その中では場違いほどに(くら)くて紅い、薄地で透けるストールの裾がふわりと舞って――
「……え?」
「――!」

 砕けろ、滅ぼせ、呑み込んでしまえ。その姿を最初に観た時、伝わる気配は昏い祈りでした。
 そしてそれは、紫音が張った結界を、そのヒトだけは通してしまう(うた)。白い獣を下がらせた人影が、鎌を握りしめるわたしの正面で、にこりと微笑みました。
「地獄よ、あの裏切者に怒りを下せ……続きはこれで良かったかな?」
「……――」
「あの人殺しの血に、怒りを。誰のために、紫音はこれを唱ったのかしら」

 そこにいたのは、まっすぐな長い髪を夜風になびかせる水葵(なぎ)……が使ってた、氷輪くんにそっくりなヒトの人形。
 でも中身は水葵じゃない。わたしがこれから探すはずの、悪いコになってしまったトウカ、それがいきなり前に現れちゃいました。

 茫然としちゃったわたしに代わり、紫音が懐のスマホから声を出します。
「久しぶり、ってほどでもないね。思ったより早く現れたね、桃花ちゃん」
「ふふふ。今は、『悪夜(あくや)灯渦(とうか)』の名前が妥当じゃないかな。呼び難ければトウカで統一してもらって差し支えないけど」

 くすりと笑うトウカの目は、神様の世界で会った時と違う紫苑色です。長い髪が右側で紅いリボンで括られてて、透明な紅いストールにかかる毛束は、水葵の頃とは違って光沢のない灰色。
 水葵の人形は、宿るヒトによっては髪と目の色が変わるっていいます。髪は心を、目は魂を表すとかなんとか……それじゃ全然、前に会ったトウカとはほとんど、このヒトの色合いは違うよね?

 人形でも暑いのか、薄着のトウカは後ろで結んだストールと、黒い短パンのつなぎ服です。胸から上はドレスみたいに、肩がほとんど出てる形。
 すらりとした手足はほぼ生肌で、人形だからこそ真っ白でキレイ。友達が教えてくれた「グラディエーターさんだる」を膝下まで履いてて、うわあ、やっぱり氷輪くんは可愛い……と、わたしは明後日の方向を見てしまいます。

 鎌を持ったわたしと向かい合う、氷輪くんの顔のトウカ。始終キレイな笑顔は確かに悪いっぽいです。でもそれは元々、氷輪くんが悪魔だからだし。
「どうしたの? わたしを捕まえるんでしょ、猫羽?」
「う……違うの、氷輪くんの心臓を造るのに協力してほしいの、トウカ」
「サキの言うことを真に受けてるのね。それは確かに、できない相談ではないけど、せっかく助けた兄さんに悪影響が出るわよ?」
「――え?」

 そこで、コラ! と紫音が割って入りました。
「猫羽ちゃん、その手に乗っちゃダメだからね! 桃花ちゃんのふりをしてても、今のこいつは『悪神』の手先。わざわざ火種を蒔くのが仕事だから、口車に惑わされないよう気を付けてよ!」
 何かもう、今日は紫音に助けられっぱなしです。
 トウカも紫音の言を認めるみたいに、嬉しそうにくすりと笑いました。
「あらあら、わたしは何も、ウソは言ってないのに。それは猫羽にもわかるはずなんだけど」
「だから余計にタチが悪いの! 物は言いよう、桃花ちゃんの直視能力でそれやられるとサイアクなんだからさ!」

 きらりと一瞬、トウカの紫苑色の目が金色に光りました。
 わたしと会った時にも、わたしが尋ねることを次々と言い当ててたトウカ。目の前にいるヒトのことしかわからないって言ってたけど、それは相手の情報をわたし以上に汲み取れる、高次の感覚みたいです。
 わたしと兄さんの直観は「強過ぎる共感」レベルだけど、トウカは云わば神様の目線。咲姫おねえちゃんの心眼もそうだけど、本当は神様にしかわからないようなことを、反則に感じ取れてしまう二人で……。

 紫音もトウカも嘘は言ってない。トウカはむしろ、兄さんへの影響を考えてわざと咲姫おねえちゃんの元を離れた。
 見つめ合うこの一瞬だけでもそれはわかりました。
 それならわたしは、ここからいったい、どう動くべきだろう……?

 どうしてわざわざ、わたしの前に現れたのか。トウカの考えを探りたくて、必死に意識を集中してたら、不意にその声は割り込みました。
「待ってたよ、悪夜(あくや)――猫羽に何を吹き込む気なんだ?」
 あ、と、わたしが止める間もなく、トウカの肩に後ろから突き付けられた切先。
 わたしは驚いて動けなくて、トウカがわずかに振り返りました。
「あら。新しい『自分』をしっかりやれてるみたいじゃない、元ツバメ君」
「それはどうも。その節はお世話になりました、悪夜」

 入り口側から気配を殺して現れたのは、シオンの結界に「鍵」だから入れた兄さん。黒いジャケットにPHSが入ってるから、汐音が兄さんを呼んだんだね。
 それくらいは予想してたけど、わたしが驚いたのは兄さんが来たことじゃなくて、トウカに向けられた黒くて長い真剣の刀です。だって兄さんがいつも使う大事な剣はそれじゃなくて、この世界では滅多に見ない、先細りの形の長剣なのに――

 トウカも意外だったみたいで、後ろ手を組みながら軽く首を傾げました。
「相変わらず仕事が早いのね、アナタ。もうそんな宝の刀を手に入れてるなんて」
「借りてるだけだけど、俺の目的のためにはこれがいるから。悪夜もそろそろ、自分の得物(えもの)を出してみれば?」
 兄さんはトウカに刀を突き付けながら、ずっと穏やかな笑顔のままです。
「俺との約束を守りに来た、ってわけじゃないなら……俺の剣がどうなったのかくらい、見せてくれよ」

 わたしはわけがわからないけど、トウカと兄さんは話が通じてるみたい。
 くすりとトウカが背中側の結び目を解くと、ぱさっと紅いストールが宙に広がりました。それも一瞬だけのことで、透明に近かったストールが空に融けた瞬間、トウカの手には大きな青銀の刀身を持つ、長い()の槍が現れたのでした。

 ウソ……と、わたしは言葉を失ってしまいました。
 蝶型のペンダントがない時から、おかしいなとは思ってたんだ。そこにはいつも兄さんの剣が一緒に、携帯型にして封じてあったはずなのに……。
「どうなった、と言っても、持ち手を替えただけよ。それくらいは何処の武器屋でもできるもの」
「ふうん。それじゃあ一応、約束を果たしてくれる気はあったのかな、トウカの方には」
 兄さんが手にする、借り物っていう宝の刀。トウカが持った大きな刃の槍。
 刀は兄さんの剣の師匠、お義父さんが持ってたはずの宝で、そしてトウカは兄さんの剣を槍にした武器を持ってる。
 どういうこと? とわたしは全然、この状況に追いつけません。

 一度刃を引いた兄さんの方に、トウカが片手で槍を携えながら完全に振り返りました。
 わたしも鎌を持ったままだし、こんな物騒な三人組を人間に見られたら、警察さんに即通報されちゃいそうです。
「兄さん……剣がなくても、動けてたんだ……」
 それが一番、わたしがびっくりして仕方ないこと。
 「剣の精霊」とまで言われた兄さんは、あの剣がないと生きられない体だったはずなのに。剣を鋭くしてくれる蝶型のペンダント――そこにいた妖精さんを誰かにあげちゃって、剣そのものまで手放してたんだ。

 じゃあ今、あの兄さんは、「剣の精霊」でないならいったい誰なの?
 わたしの中にはこたえが浮かびつつあったけど、とりあえず今は間に入って、先に状況を掴まないとです。
「待って、兄さん、トウカ、こんな所で何をするの? 二人が戦う理由なんてないよね?」
 トウカが戦えるようなのは意外だったけど、きっと誰の陰にいるかで違うんだと思う。人形の体も氷輪くんがモデルなくらいだから、戦闘向きに造られたはずだし。
 兄さんは一度刀を下げると、くいくいとわたしを引っ張って後ろに回して、困ったように笑いかけてきました。
「俺にその気はないんだけど、トウカが約束を守ってくれないと、ちょっと困ることがあってさ」
「約束……? トウカと?」
「まあ、こうなるだろうとは思ってたけど。やってることは小さいけど、『悪神』を持ってってくれたわけだし」

 トウカが何か、約束を違えてると言うけど、焦っても怒ってもない兄さん。トウカも兄さんの言葉は否定しなくて、悪びれなく笑ったままです。
 「悪神」は前までは、時雨兄さんの背中にあった呪いの黒い翼。翼も剣もトウカが持ってったんだね……ちょうどその時、トウカの背から、ばさりと二つの黒い翼が夜に広がりました。

「……約束、忘れてないわ、わたし……いつ果たすかは、好きにさせて」

 すっと軽く振られた槍が、元の紅いストールに戻りました。
 わたしも兄さんも動く間もなく、トウカの姿が急激に夜の闇に消えていきます。

「二人共、わたしを探して、会いにきてね。来てくれるまで、わたしは悪意を送り続ける」

 とてもキレイな笑顔なのに、怖いことを言い残したトウカ。
 呆気にとられたままのわたしの横で、兄さんがフウ、と刀を鞘に納めます。PHSを手に取ると、聞き慣れた汐音の明るい声がPHSから響きました。
「あーあー、かわいそー、桃花ちゃん。かませ犬みたいな悪役にされちゃってさー」
 スマホよりずっと小さいPHSの画面には、氷輪くんと同じ姿で髪だけ青銀の汐音が映ってます。こころなしか、紫音より余裕がある顔の気がする。
 スマホに女の子姿の紫音がいること、わたしと咲姫おねえちゃんとナギしか知らないものね。シオン達の意識は一緒だっていうけど、兄さんに喋りかける汐音は無邪気そのものでした。
「時雨みたいな天然女たらしに引っかかったのが不幸だよねー。って元はラクト兄ちゃんのカノジョか、まあどの道どっちもたらしだもんね?」

 ラクトはわたしの父さんの仲間で、氷輪くんの師匠でもあるみたい。わたしが紫苑色の髪をしてるのは、ラクトが大事な精霊をわたしに譲ってくれたからで、紫苑色の髪と目をした何でも屋さんがラクトでした。
 トウカが槍に変えたストール、多分、ラクト製の荷物入れだよね。ラクトは色んな道具を造るのが得意だったから。

 もういないラクトを思う兄さんが、困り顔でPHSに笑い返します。
「とりあえず汐音、刀、ありがと。またしまっといてくれる?」
「ラジャー、そのまま地面に突き刺して、回収するから」
 兄さんの足下に広がる、他の所より暗い影。これは確か汐音の「錠」だね。
 普通に持ち歩くと捕まっちゃいそうな刀が、汐音の言う通り暗い影に飲み込まれて消えちゃいました。

「それじゃ帰ろ、猫羽。また何処かでトウカに会ったら、俺にも教えて」
「それはいいけど、兄さん……わたし、ききたいこと沢山あるんだけど」
 大事な剣をトウカに渡して、お義父さんの刀を借りてる兄さん。とても大事な、お義父さんの宝の刀。
 ツグミとユウヤがこっちに来た理由、絶対関係してると思う。いくら兄さんが御所で暮らして、家族同然の間とはいえ……。
「猫羽が考えてることで大体合ってるよ。(時雨)は『悪神』と縁を切るために、剣と翼をトウカに渡したんだ。だから剣の精霊(ツバメ)(時雨)もある意味もういないけど、俺は二人の記憶を知ってる大昔の俺」

 ううん。そう言われると、後は自分で整理した方がいいのかな。
 公園を出て一緒に家に向かいます。兄さんは鍵を持ってないからツグミとユウヤに家で待っててもらって、みんなご飯もまだみたいです。


 サーモンサンドの時から大体、わたしは確信してたことだけど。小さい頃にわたしが攫われた時、わたしをかばって兄さんは殺されたことがあって。
 でも時雨兄さんが多分、その過去を変えてる。小さな兄さんの命を時雨兄さんが連れ出せば、どの道過去の兄さんは殺された状態になるもの。

 その後色々あって蘇生した兄さんが、後々ツバメ兄さん達になります。だからわたしには三人以上兄さんがいます。
 ツバメ兄さんや時雨兄さんの命は、悪神に侵されたあの剣にあった。だから剣がなければ兄さんの心も、本当は消える。
 兄さんを完全に消さないように、時雨兄さんはまだ悪神に侵されてない、遠い昔の兄さんを連れてきたんだ。わたしも記憶が曖昧だけど、この笑顔は最初の兄さんだから。

 それだと、後の謎は一つだけかな。まんしょんのエレベーターに乗った中で、わたしは兄さんをじっと見て尋ねました。
「……どうして兄さん達の記憶があるの? 兄さん」
「あるというより、知ってる、かな。元々ツバメに記憶を戻したのもこのバンダナと、ツバメを吸血鬼にして、今も体に流れる汐音の血だから」
 色んなものを手放した兄さんに唯一残る、左腕に巻く黒いバンダナ。
 それに……と、青い目が伏せられます。
「母さんはあの頃から沢山、遠い未来の今までを夢に視てた。俺もそれを一緒に観てて、母さんはすぐに夢を忘れてしまうけど、俺は自分がどうなるか知ってた。まあ、色んなパターンがあったから、知ってるのはツバメと時雨のことだけじゃないんだけどさ」

 うわあ。確かに母さん、過去や未来を夢に視る悪魔だけど、兄さんが殺されたのって確か五歳のはずなのに……ツバメ兄さん達はそのせいで五歳以前の記憶がなくて、この兄さんはそっちを全部憶えてるの?
 じゃあ兄さんは、わたしをかばって殺されるって、あんなに小さい時に知ってたんだ。そんなのって……なんか、涙がぶわっと出てきちゃいます。

 エレベーターから出て、兄さんがわたしの頭をぽんぽん撫で叩きました。
「これくらいで驚いちゃ駄目。ここから先はもっと頑張って、取り戻すものがあるんだから」
 その笑顔は今までになく、哀しげな兄さんでした。
 わたしもこれから知ることになります。色んな運命の反則を越えて、兄さんがここにいるそのわけを。


File.1 了

★File.2:兄さん、師匠です

 「猫羽が狙われてる」って、兄さんがツグミとユウヤに言ったらしくて。
 なんのこと? とわたしは思ったんだけど、昨日から家にいる二人は心配して、何故かトウカを探す手伝いをしてもらうことになっちゃいました。

 遅い夕飯の後に、朝みたいにみんなでりびんぐの敷物の上に座って、わたしのスマホをテーブルの上に置きます。
「みんな見えてる? 水葵(なぎ)の人形をかっぱらった犯人は、今こんな姿をしてるからさ! 見つけたら式神で教えてね、誰もスマホもPHSも持ってないもんね!」

 スマホから楽しげにシオンの声が響きます。画面に映る紅いストールの可愛い姿は、咲姫おねえちゃんに頼んで、トウカと同じ服に変えてもらった女の子紫音です。
 もうモンタージュってことで! って紫音がヤケになったから、わたしはスマホにもシオンがいると、こうしてみんなに明かす形になりました。

 氷輪くんはそもそも、「男の子であること」に、実はかなり拘ってたヒトです。というのも氷輪くんの体は、男とも女とも言える作りで、人間なら女の子として育つ場合が多いんだって。
 でも氷輪くんは人工の生き物で、男の子として望まれたヒト。だから自分で自分を男だと守ってないと、男の子でありにくかったみたい。
 そんな氷輪くんがスマホでは女の子の姿でいるのは、シオン自身どれだけ衝撃だったか、わたしは今でもよくわかります。

 氷輪くんと同じオレ口調のまま、紫音の可愛いトウカ姿に、兄さんは温かい笑顔で無言です。
 ツグミとユウヤは絶句してます。普段の氷輪くんを見慣れてたら当然だと思うけど、女装……って、びっくりしてる感じでもないみたい。
 どうしたのかな、二人共。何だかこの姿のヒトに、心当たりがある感じで……これは後で、ちゃんときいてみないとだね。

 二人が来て二日目の夜は、そうして慌ただしく過ぎた次第でした。
 今日はお昼からバイトです。それまでゆっくり眠ってようと、わたしは思ってたんだけど……。


* * *


 そんなに大きくないりびんぐのテーブルに広げた、沢山の真っ白なプリントの山に、わたしはほんとに泣きそうでした。
「本気で全く提出しない気だったんですか、猫羽さん……高校の課題、夏休み分、相変わらずいい度胸ですね……」
「……うううう……ユウヤ、厳しいよう……」

 バイトと補修とお出かけに忙しくて、忘れ切ってた学生鞄の中身。それをユウヤに見つけられて、頭が良くてマジメなユウヤは、何故かわたしと一緒に朝からテーブルに向かいっぱなしです。

「英語と国語はせめて頑張りましょうよ。現代文はさることながら、古文も漢文もうちの言葉と似てますし、英語は猫羽さん達の言葉と似てるでしょう」
「文字が似てるから逆にわけがわからないよう……数学もそうだけど、お金の計算ができたらいいんじゃないかなあ……」
「そちら方面は確かに難解ですが、歴史はもっと真面目に学んでおいて損はないでしょう。せっかく留学までしてるんですから」
「ううう……わたしは学生生活と、バイトができればいいんだけど……」

 抵抗するほどやることが増えます。後ちょっとしか夏休みもないのに、これじゃ宿題とバイトで終わっちゃいそう……人間界に不慣れなユウヤは、あんまり外に出たくないみたいだから、他にすることもないんだけど。

 台所でツグミが、兄さんと朝ご飯を作りながら軽く笑いました。
「せっかくだから、悠夜が助けられる課題があれば遠慮なく頼って、猫羽ちゃん。悠夜もこっちの科学を学べたら更に敵無しになるだろうし」

 兄さんとツグミは、午前中にこの近辺を探索するみたいです。うちは駅からそんなに遠くないけど、坂を上がるから反対側には山があって、そこを降りれたら高校も近いんだけど、私有地だからダメなんだよね。
 ツグミは早く人間界に慣れたいんだね。昨日は平気そうにしてたけど、ほんとにここは故郷と違うし、ツグミの気が強いから耐えられてるだけだと思います。

 昨日はお買い物だけでへばっちゃったユウヤ。兄さんとツグミが出ていった後、本格的に高校の宿題消化が始まりました。
「これなんて選択肢を読めば猫羽さんならすぐわかる問題でしょう。まず読むこと自体、放棄してませんでした?」
「うん……わかるわけないと思って……」
「わからない場所は空白で仕方ないですけど、わかる場所を埋める誠意は見せましょうよ。留学生だからって甘やかされてると、周囲が反感を持ってしまいますよ」

 兄さん達と話す時とは違う丁寧語。ユウヤはわたしにはいつもこうです。
 でもすごく親身に宿題を見てくれてるのはわかるから、わたしもお腹を括ってちゃんと取り組みます。

「ここは何でも文章を書いたらいいの? ほんとにそれだけでいいの?」
「そういう設題は探せばわりと結構あります。正解でなくていいのでとにかく何か、書いては出しておきましょうか」

 ユウヤはやっぱり天才だと思う。違う世界の全然違う勉強なのに、もう色々自分の知ってることと共通点を見出してます。
 人間界は元々、わたし達の故郷と鏡合わせっていうし、言葉も似てるからできるんだろうけど。わたしはまず、やろうと思えなかったなあ……。

 お昼に近くなってきて、今日はここまでにしましょうか、と一区切りがつきました。
 わからないことを沢山ユウヤに色々きいて、ちょっとすっきりできたわたし。
 ついでだから、冷蔵庫から持ってきたお茶をユウヤにつぎつつ、最近聞いた知らない言葉もきいてみることにしました。
「ねえ、ユウヤ。ぼうちゅう術、って何?」

 コップを持ってたユウヤが引っくり返りました。冷たいお茶が派手にこぼれて、ユウヤにも沢山かかっちゃいます。
 あちゃあ、とわたしはお茶を置いて、タオルを取りに行く背中に動揺した声がかかりました。
「誰ですかそんな単語猫羽さんに吹き込んだのは! しかもどうして僕にきくんですか!?」
「え? 昨日兄さんが、(まじな)いの一種だって言ってたんだけど……」

 ユウヤとツグミは腕利きの呪術師です。ツグミは他に射撃とか色々できるけど、ユウヤは魔道の方面を沢山学んでます。
 昨日ユウヤが倒れかけたから、わたしは兄さんに、何かわたしにできることはないかな? って話しただけなんだけどな。

「女の子が協力したら、男の子を強くすることができる呪いだってきいたよ。ユウヤ達なら何か知ってるかな、って思ったんだけど」
「やっぱりその房中術ですか……猫羽さんは知らなくていいです、一生」

 何でだろう、ユウヤ、耳元が赤くてすごく怒ってるみたい。わたしじゃなく兄さんに対して、ダメだアイツ、早く何とかしないと。そんな怒涛の心の気配が、珍しく隠されずに伝わってきます。

 わたしと兄さんは昔から、周りのヒトの気持ちが伝わってくる直観があるけど、ユウヤやツグミはそれを知ってるから、意識して心を遮断してます。それは二人が強い霊感を持つから、できる霊能らしいです。
 だから二人も、わたしや兄さんとは違う形だけど、ヒトの心にとても敏感。わたしや兄さんが表面的な意識の方なら、二人が視るのはヒトの本質に近いみたいです。わたしがユウヤを心配してる、それはわかってくれてました。

「でもユウヤ、体が弱くて大変なのに?」
「あのですね、ヒトを勝手に虚弱扱いしないで下さい。僕は単に、使える術の範囲に比べて、体が追いついてくれないだけです。確かに体力は一般的な人間程度で、風邪とかもひきやすい方ですけど……」
「わたしも体は人間だけど、風邪とかひいたことないよ?」
「それは猫羽さんが異常値なんです。というかやめましょう、もうこの話……二人もそろそろ帰ってきますし」

 ユウヤの言う通り、兄さんとツグミの気配が近くなってきてます。
 これからお昼を食べたらわたしはバイトです。さすがに着替えないと、と思って、部屋に入って寝間着を脱ぎました。

 着替え中なのに耐え切れなかったみたいに、紫音がスマホをつけて大笑いしました。紫音の視界、カメラが映すのは天井だけだし、別にいいけど。
「もーだめ、ひー、お腹苦しー。悠夜君かわいそー、完全に遊ばれてるー!」
「紫音は何か知ってるの? ぼうちゅう術って」
「それはもー、猫羽ちゃんが検索とか全然できなくて良かった、ってくらいに。ツバサもわかってて言ったんだろうけどさー、だから悪質ー」

 あ、なるほど。こういう時に人間は、ネットの検索とかで調べるんだね。
 試しにバイト先の先輩探偵、(かおる)おにいちゃんがスマホに入れてくれた辞書を使ってみたけど、防虫と忙中と傍注が出てよくわかりません。

「どうしても猫羽ちゃんが調べたければ、教会に行って詩乃サンとかにきいてみるといいと思うよ。多分結構手練れだよ、今はやってないだろーけど色々知ってる気配がするよー」
 詩乃サン。ってシオンが言うのは、紫音に「祈り」を教えてる、最近の師匠な女の人です。人間界にいる普通の人間のはずなのに、この辺りでは類を見ない力の持ち主なんだって。
 そもそもの話、神隠しにあった兄さんや氷輪くんを探せたのもシノのおかげです。あれからゆっくりお礼も行けてないし、確かに何処かでまた会いたいな。

 それでも紫音の笑いがまだ止まらなくて、ユウヤのさっきの反応も見るに、大人の世界のお話なのかな……とは、わたしも薄々わかりました。
 魔術とか呪いって、人の体を媒介に使うやり方も多いもんね。ユウヤ達が使う呪術はこの世界では、日本の呪いと陰陽五行思想と、仙道と神道を合わせた感じだっていいます。
 呪いはそもそも、「ヒトの間」でこそ成立する術っていうし、ユウヤが話しにくい内容なら悪いこときいちゃったかな。いつもこんな調子だから、ユウヤがわたしと気楽に話してくれるようになる日は、残念だけどまだまだ遠そう。

 朝の内にお昼まで作ってくれたご飯を食べ終わると、どうしてかみんなで、わたしのバイト先に行くことになっちゃいました。
 まあ兄さん達、日本ではすることなさそうだもんね。兄さんはツグミとユウヤがこっちに慣れたら、また駅前でバイトするって言ってるけど、それもほんとは違法だよね。

 今日は珍しく、バイト先のよろず相談所に、先輩探偵のおにいちゃんも来てて居眠りしてました。
 魔法でキレイに見せられた二階のガレキ部屋に、ツグミ達が驚いてます。みんなにはソファ……に見えるブロック塊の上で寝る、(かおる)おにいちゃんを起こしました。
「馨おにいちゃん、紹介するね。兄さんはお盆の前に帰ってきたの。こっちは御所でいつも、お世話になってるツグミとユウヤ」
「あ――……? 猫羽……に、ツバメ、か――……?」

 銀髪に黒メッシュの前髪の下で、青白い目をこすりながら、薄着で寝てた馨おにいちゃんが、ゆっくりの動作で起き上がります。何だかすごく、寝不足みたい……いつも寝坊助なおにいちゃんだけど、今日は格別に動きがスローです。
「ああ、見物なら好きにすれば……姉貴は夜勤明けで寝てるけど、その内起きてくるだろ……」
 ふわあああ。とあくびを噛み殺して、おにいちゃんはスタッフ控室の三階に上がってっちゃいました。ここも三階も暑いけど、わたしが来るまで一応受付け、代わりにしててくれたのかな。
 一階にはお客さん用に、相談事例集のパネルが沢山あるから、兄さん達にはそれでも見ててもらおうと思って、わたしは一人で二階のいつもの場所に残ったのでした。

 といっても今は、スマホにずっと紫音がいるから、よく考えたらわたしに一人の時間はないのかもね?
「そっか、今では馨にーちゃんが猫羽ちゃんのお師匠ってわけか。それとも猫羽ちゃん的には、所長さんの方がお師匠な感じ?」
「ううん……それならおにいちゃんの方が怖くないかな。探偵は慣れだって言ってたから、あんまり教えてもらうことは少ないけどな」

 今日はまだお客さんの気配が全然ありません。というか兄さん達がお客さんかな?
 受付けが暇な時は、わたしは大体、一階の気配を集中して探るようにします。一人でもお客さんが来て、何かききたいことがありそうだったら、わたしから話しに行く方が断然仕事が進みやすいから。

 一階では多分、ツグミがあちこち色んなパネルを見て回ってて、兄さんとユウヤは何でかトイレにいるみたいです。
 わたしが気配を観てることに気付いたのか、スマホの画面がぱっとついて、「かごめの天使」の紫音が小悪魔さんみたいな顔で笑いました。
「これこれ、ちょっとこっそり聞いてみてよ、猫羽ちゃん。PHSからの情報、オレがいればスマホでも聞けるんだよね」

 ? とスマホを耳に当てると、そこから小さく聞こえてきたのは、多分PHSを胸ポケットに入れてる兄さんの声。更には兄さんと何かをトイレで話す、ユウヤの声まで一緒でした。
「……え?」
 そしてわたしは、紫音と汐音の悪魔のささやきで、聞いてはいけない会話を聞いちゃうことになります。


 兄さんとユウヤは、ツグミに話が聞こえないよう、ずっとトイレにいるみたいです。
 何だか怒った気配のユウヤに、兄さんが優しい声で、まるで諭すみたいな口調で言います。

「そうは言っても、早いか遅いか。単にそれだけの違いだけど?」

 何の話をしてるのかな。途中からきくとわからないね。
 ユウヤはあのさ、とイラっとした声。ユウヤが嫌がるって珍しいな……と、わたしも先が気になりました。

「他に大事な奴がいるなら別にいいけど。ユウヤはこういう話って、できる相手は誰かいるの?」

 そこで急に、ユウヤの声がすごく近くなってました。

「あのね、ツバメく……じゃなかった、ツバサくん。僕は本当にそういう話、正直興味はないから……」

 何となくだけど、一階から感じる気配を思うと、兄さん、ひょっとして……ユウヤを端の窓側に追い詰めて、近くで顔を覗き込んでない?

 伝話ごしだと、二人の気配が深くは感じ取れなくって。どうしたんだろうって、何だかわたしは焦ってきました。
 ユウヤは平静を装おうとしてるけど、声には動揺が隠せてません。兄さんもそれをわかってて、あえて余裕に話しかけてる感じです。

「俺はもっと、ユウヤのことを知らなきゃいけない。だから教えてよ、ユウヤの望み……俺にもっと、近付かせて?」

 そう、これだとまるで、兄さんがユウヤを口説いてるみたい。だからわたし、さっきから胸がドキドキしてきたんだ。時雨兄さんだった頃はぐいぐい兄さん、ツグミにも同じように迫ってたし。
 さすがに兄さん、それはダメだよ――え、いったい何を考えてるんだろう、兄さん?

 わたしの頭が急な混乱で埋まりかけたその時に、階段からバタン、と所長がドアを開けて、わわわ! とわたしはスマホを取り落としました。
「おはようございます、猫羽ちゃん。今日はお客さんを沢山連れてきてくれて、ありがとうございますね」
 普段は看護師さんをしてて、私服も白いツーピースが好きな所長。天然の金髪と碧い眼が今日も天使の顔でわたしに笑いかけて、わたしは思わず、え、えへへ……と、笑顔を返すことしか咄嗟にできません。
 兄さんとユウヤのお話、どうなっちゃったの? 止めに行った方がいいのかな、でもバイトが優先だから、所長に何も言えずに固まっちゃいます。

 多分本当に偶然だけど、所長はそんなわたしに助け船を出すみたいに、一緒に一階に行きましょうか。と持ちかけてきました。
「お客さんを紹介してくれますよね? 猫羽ちゃん」
「――する。するから早く行こ、フィオナ」
 ばっと立ち上がった瞬間、スマホが膝から落ちかけて、何とか無事にキャッチしました。
 所長が不思議そうに、ふふ? と笑いました。わたしの頭の中で起こってる大事件を、わたしもよくわかってないから、誰にもわかるはずはないよね。

 わたし達が降りてくる気配に気付いたのか、兄さんとユウヤはトイレから出てきてました。おかげで何か、変な空気のお話は止められたみたいです。
「初めまして。いつも妹がお世話になってます」
「あらあら、こちらこそ助かっております。ところでそちらのお二人は、お兄様のお連れ様でしょうか?」

 所長は兄さんよりも、ユウヤとツグミ――特にツグミが気になるみたい。
 一階には事例パネルが一杯あって、浮気調査から迷宮入り事件の解決や企業の助言集、恋愛指南のお話まで色々あるんだけど、ツグミは引越し相談の事例を見てました。

「こんにちは、私はこちらの相談所の所長でございます。この相談事例に何かご興味が?」
「あ、初めまして……私は、山科(やましな)鶫です、お邪魔してます」
 ずっと気を張ってるけど、人間界に慣れてないツグミは、硬い顔付きで所長を見返します。
 でも所長の言う通り、そのパネルが特に気になってたみたい。おずおずと考えてることを口に出します。
「これ、方位決めとか、私の知ってるやり方と大分違って……でも、こんなに上手くいくんだな、って」
「鋭いご指摘ですね。仰る通り、これは一時的な結果に過ぎなくて、今でもフォローをさせていただいてるお客様なのですが……もしや占いにご造詣が深くていらっしゃる?」
「え、まあ、多少は……たしなむくらいには」

 占いというよりは(まじな)いだよね、ツグミの場合。でも源流はわりと似てるらしくて、所長の眼がそこできらりと輝きました。
「まあ、やはり私の眼に狂いはありませんでしたわ。山科さんと仰いました? もしよろしければ、こちらでしばらく働かれてみませんこと?」
「――え?」
「当相談所では現在、占い部門が最も人手不足なんです。お互い流儀が違うとは存じますが、だからこそ有益な情報交換も可能と思われますわ?」

 そっか、所長は占い大好きだもんね。そのお話ができるヒトはあんまりいないって言ってた。
 ユウヤの方が実際は詳しい分野だと思うけど、占いは女の方が好きな奴多い。って、馨おにいちゃんに聞いたことがあります。

 急なお話に戸惑うツグミに、兄さんがそっと隣に立ちました。
「いいんじゃない? こっちで自分も何か働きたいって、今朝言ってたし」
「それはそうだけど……でも……」
「勿論研修期間はしっかり設けさせていただきます。ここには猫羽ちゃんもいますし、皆様がこの世界の方でないことを私は承知の上です。ご希望なら山科さん専用のお部屋も用意できますので、悪いお話ではないのでは?」
 え、ツグミの専用のお部屋? それは所長、さっきから言葉遣いもだけど、本気でツグミをスカウトにかかってるね?
 二階と三階はガレキ部屋だし、四階は所長しか入れないし。地下にも部屋があるってウワサは聞いたけど、もしやそこのこと?

 というか、自分も働きたい。なんて言うくらい、ツグミはこっちに当分いる気なんだ。わたしは大歓迎だけど、ほんとに大丈夫なのかな、それ……。

 わたし達が、異世界から来たヒトだって知ってる。その一言でほとんど、早くも心を決めたツグミでした。
「それじゃ、よろしくお願いします。私なんかで良ければ、ですけど……」
「鶫ちゃん、いいの!? そんなに簡単に決めて!?」
 ユウヤが驚くのも当然だよね。でもツグミは大体何でもできるヒトだし、所長の判断は間違ってないと思う。なりふり構わず掴みたい人材、ツグミは。

「部屋もいっそ借りてしまえば? 隠れ家にぴったりだと思うけどな」
「あのねえ、たとえ借りても、アナタだけは入れないんだからね。猫羽ちゃんの部屋にずっとお邪魔するのは悪いし、借りられるなら借りたいけどね」
 それが正解だと思う、ツグミ……。ユウヤもうんうん、と頷いてます。
 いよいよ何か、大変なことになってきちゃった。じわじわ実感するわたしなのでした。


* * *


 ツグミのお仕事が急に決まったから、それから兄さん達は所長と三階でお話をして、わたしはいつも通りバイトを夜まで続けました。
 ツグミに貸せる部屋はやっぱり、ここの地下のことだったみたい。辛気臭いのが唯一の欠点です、って所長が案内してました。でもツグミは、寮があるのはすごくありがたいって、とんとん拍子にお話が進んでます。

 途中で三階から降りてきた馨おにいちゃんが、げっそりした顔でわたしに尋ねました。
「別に新人はいいんだけどよ……いつまでいる予定なんだ、あいつら?」
 おにいちゃん、お昼寝中だったのに、面接が始まればゆっくり寝られないよね。わたしもまさかこんなことになるなんて、思いもしませんでした。
「おにいちゃんにもそれ、全然視えそうにない? わたし、二人が何を考えてるか、あの二人のことは前から観えないんだ」

 馨おにいちゃんは透視っていう、霊感に似てるらしい感覚を持ってます。レベルを上げると「霊視」ができて、霊感と霊視の対象がヒトなら、透視は物に限定の視力だっていいます。
「いや、あいつらの考えは単純だけど。猫羽とツバメが目当てだろ、基本」
「……え?」
「推理を加えるなら、一つは年齢差をこれ以上広げたくない。元の世界は五倍くらい時間が早く進むだろ。どっちもそろそろいい歳だろうから、猫羽達が不在だと困ることでもあんだろ」
「……?」
「あと一つ、ツバメに早急な助けが必要とみた。アイツ、失踪から帰ってきてまた何か変わったしな」

 そっか。考えてみればそれ以外に何も、大きな事件は最近ないよね。
 お義父さんの刀を借りてることも含めて、御所で大事な話があったんだろうな。わたしには何も教えてくれないの、御所の人じゃないから仕方ないけど、ちょっと淋しい。

 バイトが終わって、一緒に帰る時間になると、ツグミはもう限界。って感じで、さすがに疲れた顔付きでした。
 人間界三日目でバイトと新居が決定だもんね。ツグミじゃないと無理だよ、きっと。
「鶫ちゃん、いつ頃あっちに移る? ツバサ君よけの結界、責任持って僕も手伝うからさ」
「うん……もう少し慣れたら考えようかな。まだしばらくは、みんなと一緒にわいわいさせて」

 後ろの歩道を歩く二人のそんな会話に、隣で兄さんが穏やかに笑ってます。何か考えてるようで何も考えてない、そんな変な気配が続きます。
 相談所からは高校が近いけど、高校からうちには駅まで回って坂を登らないといけなくて、道の途中には玖堂さんのお家があります。そして玖堂さんのお家には、わたし達がこの世界に来る通り道の橘診療所があります。

 だからそこで、玖堂さんちの塀にもたれて、その短い狼髪のヒトがわたし達を待ちかまえてたのは……思えば当たり前の話でした。


 すっかり夜になった住宅街で、街灯をよけるように、陰になる場所で道行く人を見張ってたような人影。
 それに気付いたわたし達みんなが、玖堂さんのお家の正門を少し過ぎたところで、急にびくっと立ち止まりました。

「――!!」
「……遅い、お前ら。いったい何時間、この辺りを探し回ったと思ってる」

 すごく不機嫌な低い声の狼髪のヒト。夜道でもはっきり見える短い赤毛は、人間には少ない鮮やかな夕陽色。
 珍しいシャツ姿は辛うじて、人間っぽいんだけど。背負う長刀は、見咎められなかったかなって、まず心配になっちゃったそのヒトは……。

「兄様……どうしてここへ?」
「どうしてもこうしてもおれが訊きたい。何でこんな所にいる、悠夜、鶫」

 驚いてないのは多分兄さんだけです。そこにいたのはユウヤのお兄さんで、兄さんには兄弟子の烏丸(からすま)蒼潤(そうじゅん)……お義父さんの刀を本来受け継ぐはずの、生粋の剣士のソウが、わたし達を待ち受けてたのでした。


 場所を変えよう。と、何も動じてない兄さんがにっこり笑いました。
「思ったより来るの早かったな。ジュン」
「お前か、二人をそそのかして、幻次(げんじ)さんの大事な刀まで持ち出した奴は」

 玖堂さんの家から少し離れて、立ち入り禁止の紙がある空き地に兄さんが向かいます。
 ソウがすごく怒ってるから、ツグミもユウヤも青くなっちゃって、黙ってついてきてる。兄さんは冷静に、PHSに対して「錠、よろしく」と言って、次の瞬間には空地は人払いの暗い影に包まれてました。

 人目がなくなったことを確認すると、ソウがぎらりと背中の刀を抜いて、わたし達の一番前にいる兄さんに突き付けました。
「悠夜と鶫、そして『静青(せいせい)』を返してもらおう。後の処分は幻次さんが決める、異論はないな?」
 うん、まあ……わたしもちょっと、そうなるとは思ってたよ……。
 兄さんが借りたと言った刀は、柄に大事な宝の石が填まる山科の家宝。その石自体はユウヤのお父さんが守る「力」で、烏丸と山科、二つの家で大事にされてる絶対の宝だし……まずそもそも、ツグミとユウヤが異世界に来るなんて、お義父さん達が許すわけがないもの。

 疲れてたのもあって、ここまで口を閉じてたツグミが、やっとソウに反論を始めました。
「違うわ、蒼、こっちに来たのは私達の意志よ。蒼は聞いてないかもしれないけど、『静青』を貸したのだって父上の意志なの」
「違うだろ、それ。百歩譲って刀の件は認めるにしても、父上達が悠夜や鶫をこんな異世界に来させるわけがない。それに『静青』の件も、おれは何もきいてないから、お前達と一緒に連れて帰るだけだ」
「兄様、それは――……」
「急にいなくなった悠夜のことまで、父上がおれに隠すわけがない。父上達が許可を出したとは一言もきいてない……異論はあるか? 悠夜、鶫」

 うわあ……ツグミとユウヤ、やっぱりみんなに内緒でこっちに来たんだ。
 何かの理由で、大事な刀を貸してくれたのがお義父さんの厚意でも、二人が一緒にいなくなったら話は別だよね。お義父さんはむしろ大激怒して、全員連れて帰ってこい! ってソウに言ってもおかしくないよ。
 独りでここに来たのはソウの意志で、ソウはまだ事情を知らされてない。わたしと同じで、わけがわからない状態なんだと痛いほどわかります。

「まあまあ、そんな硬いことは言わずにさ。いっそジュンも、一緒にこっちの世界に来ない?」
 兄さん一人だけがのほほんとしてる。ソウの怒りが更に増して、ぶん、と長刀を振り下ろしました。
「危ないなあ、ジュンは普段、滅多に真剣は使わないのに」
「大事な弟を攫われたら話は別だ。おれの護衛もなしに違う世界に行くなんて、いったい悠夜に何を吹き込んだんだ」
「それ、誰に言われたのさ、ジュン。ひょっとしてそいつ、俺達が探してる奴かもしれないよ」

 兄さんがちょいちょい、とわたしのポケットをつつきました。言わんとすることは直観でわかって、わたしはスマホを取り出して画面をつけます。
「それはひょっとして、こんな可愛い悪い神ちゃんに言われなかった? 久しぶりー、蒼潤君!」
「って――な、おま、えっ……!?」

 ソウと知り合いのはずの氷輪くん……紫音の女の子な姿に、ソウが唖然とします。
 でも何で兄さん達がそんなことを言い出したのか、わたしはよくわからないんだけど……。

「ユウヤとツグミはもう悪夜(あくや)に会ったんだろ? この世界に来るって決める前に」
「――!」
「……」
「俺と猫羽に関して何か、心配しなきゃいけないようなことを言われた。だから直接、二人が俺達を守りに来てくれた。違う?」

 ツグミとユウヤが目を丸くして兄さんを見返しました。そういえば二人共、紫音の姿を見せた時に、もう知ってるみたいな気配だったよね。
 ソウの言葉を借りるなら、二人がこっちに来るようにそそのかしたのは、兄さんじゃなくてトウカ……これはきっと、そういうことなんだね。
「そしてジュンは、二人を攫ったのは俺だって悪夜に言われた。責任で言えば確かに俺達にあるから、悪夜は嘘をついてないけど」

 ソウが難しい顔で黙り込みます。淡々と兄さんに図星をつかれたみたい。
 ソウは兄さん以上に一流の剣士だから、さっきツグミとユウヤを黙らせたみたいに、目前の相手が嘘を言ってないかを気配で見切れるヒトだし。

 トウカが最後に言ってた「悪意を送る」って、こういうことなのかな。
 ツグミにしてもユウヤにしても、ソウにしても変。普段は絶対しないようなことを、トウカのささやきで行動に出たこと。それもみんなの想いとは裏腹に、わたしや兄さんが悪者になる形で……。

「……とりあえず、どうしてこうなったのか、事の経緯は大体わかった」
 それでもここで、ソウは引き下がるわけがない。それもわたしはわかりました。
「でも幻次さんがどれだけカンカンかはお前もわかるだろ。破門されたって文句は言えないくらいだ」
「そうだろうとは思ったよ。『静青』もやっぱり返せって言ってる?」
「鶫を派手にとられたら当たり前だ。父上が何とか諌めてるが、悠夜と鶫、お前達はとにかく帰れ」

 ツグミとユウヤが顔を見合わせて、両手を強く握り締めました。
 それで素直に帰るくらいなら、そもそもここまで来なかったって。ソウもだけど、二人も引き下がることなんてできない状態。
 いったいトウカに何を言われたんだろう。でもわたしはこうなっちゃうと、わたしにできることは、たった一つしか思い浮かばなくて……。

 わたしの想いを汲んだ紫音が、スマホから鎌をわたしの手に遷してくれました。
 わたしは小さく息を吸って、わたしと兄さんの後ろにいる二人に、泣きそうな思いで振り返りました。

「……ありがとう、ツグミ、ユウヤ。わたし達は大丈夫だから、二人はここで御所に帰って」
「――!」
「猫羽ちゃん、それは……!」

 そのままわたしは少し後退してソウに近付いて、兄さん、二人とソウの間に入りました。
「わたしはソウが正しいと思う。兄さんは刀も返さずに、二人にもここにいてほしがってるけど、それはやっぱりわたし達の我が侭だよね」

 うん、わたしも本当はそうなってほしいよ。でもそれには最初から無理があり過ぎるよ。
 そしてわたしは、ソウも迷ってるのを感じ取ったから、ダメ押しの一言をここで加えました。

「ユウヤもあんまりこっちにいると、また兄さんに襲われちゃうよ」
「……は?」
「え?」

 このまま二人がこっちにいたら、その内ツグミは相談所に引っ越して、わたしがいない時にはユウヤと兄さんが二人きりになっちゃうよね。
 それはダメ、と急に思い出してしまいました。それでなくても兄さんは今、シオンに浮気しそうな問題もあるのに、あれわたし何か頭がこんがらがってない? バイト中から色々考えてたんだけど、とにかくあんまりこれ以上兄さんが、誰かに言い寄るのはよくないと思うの?

 わたし自身もわからないのに、二人も兄さんもわたしが何を言ってるかさっぱりわからなかったみたい。ソウも首をひねりながら、ぎらりと長刀を中段で構え直しました。

「……悠夜を襲ったって……どういうことだ?」

 ……あれれ? だめだこれ、何かすっごく、話がおかしくなってないかな?
 兄さんが何かを言う暇もなく、ソウが高く跳んで斬りかかりました。ぎりぎり避けた兄さんと動けなかったわたし達は、空き地の四方に散らばる態勢になってしまいました。

「わー、面白くなってきたじゃん、はいツバサ、刀パス!」
 PHSから呑気な汐音が、兄さんの足下から「静青」を放り投げます。
 受け取った兄さんが鞘に入れたままの刀で、ソウの第二撃を何とか受け止めました。

 そうして兄さんとソウが剣戟を始めてしまった横で、鎌を持って立ち尽くすわたしに、ツグミとユウヤが焦り顔でつめよってきました。
「僕が襲われたってどういうことですか、猫羽さん!」
「ちょっと待って、いつ何があったか全部教えて猫羽ちゃん!」

 あれ、何があったかときかれれば、わたしは何をどう答えればいいんだろう……思い出せるのはわずかな気配で、兄さんがトイレでユウヤに迫ってるイメージだけで……。
 何だか何もわからなくなってきて、鎌を握りしめたまま、ぽろぽろ涙が出てきちゃいました。
 二人に帰ってほしくない。でも、帰ってもらわないといけない。その想いだけでも頭の中がぐしゃぐしゃなのに、言葉で上手く説明できない兄さんの行動。これ、わたしの感情の限界値を越えちゃってます。

 膝をついて泣き出したわたしを、二人が慌てて守るように囲みました。
 その間にも兄さんとソウは、ひたすら激しい一閃を振り下ろすソウを、兄さんが鞘付きの刀で受け止める攻防が続きました。

「お前は! 鶫に寂しい思いをさせてる上に、悠夜にまで何かしたのか!」
「いや何かよくわからないけど……俺は単に、ユウヤとジュンのどっちがこの先、『静青』を受け継ぐのかきいただけなんだけど」

 刀自体はジュンだろうけど、と。ソウに渡されるはずの刀を、我が物顔で使う兄さんにソウが更に怒気を見せます。
「そんなこときいてどうする、お前には何の関係もない話だろ!」
「うん、俺が口を出すことでもないけど、遅かれ早かれ後継は決まってるだろ? その時誰が『鍵』になるのか、それは俺にも関係があるから」

 ……え? 何でこんなところでまた、「鍵」の話になるの?
 氷輪くんの力を預かる兄さんが「鍵」と呼ばれるように、「静青」にもそれを封印する「鍵」が必要なのは、わたしも前から知ってることだけど……。

「今の『鍵』はゲンジで、だからゲンジがこの刀を守ってる。次の『鍵』がユウヤなのか、それとも違う奴か――俺はできれば、ユウヤ達は平和でいてほしい」

 兄さんがそこまで言った時、ユウヤがはっとした顔をして、その後何故か顔を暗くしました。
 封印の「鍵」は、「力」を受け継ぐヒトの大事な相手がなるもの。ソウかユウヤ、どっちが「静青」を継ぐかでも変わるし、兄さんは誰がその「鍵」になるかが気になってる……?

「意味がわからない。だからお前に、何の関係があるんだ」
「わからなくていいよ。このままいけば俺に都合が悪いだけだから」

 あくまであっさり勝手を言う兄さんに、ツグミが事情を悟ったみたいに、あのね……と、がっくり肩を落としました。
 わたしとソウだけ? 今でも何もわからないのは。
 でもとりあえず、兄さんがその事情のために、ツグミとユウヤを人間界に引き止めたいのはわかってきました。

 わたしの前でツグミと一緒に膝をつくユウヤが、ぽつりと、暗い顔のまま片手で頭を抱えました。
「ツバサくんは、僕が『鍵』になるのは反対なんだ……今の所は僕が一番、『静青』を解放しやすいって知ってるみたい」
「……そうよね。『静青』の力を使えるようになりたい、それができるなら『黄輝(おうき)』も使えるはず、とは言ってたけど……一人でそれをしようなんて、さすがに無謀過ぎるわよ」

 「黄輝」は、氷輪くんの心臓にしたいって、咲姫おねえちゃんが言ってる他の宝です。
 心臓の代わりになるように、「黄輝」を兄さんが動かせるのか。だから同じ天の宝、「静青」を練習用に貸してもらったんだ。氷輪くんを助けるためならお義父さん達は力を貸してくれるだろうから。

 とにかく兄さんが氷輪くんのために「静青」を借りて、その兄さんをツグミとユウヤが心配して、こっちに来たのはわかりました。「静青」もすごく強い力だから、ウカツに使えば兄さんなんて吹っ飛んじゃいそうだし。
「えっと、猫羽さん……気持ちが落ち着いたなら、そろそろ話をしてもらえませんか?」
「……」
「猫羽さんはあくまで、僕達が兄様と一緒に帰るべきだと思いますか? 猫羽さんの迷惑になるなら、僕達も少し違う方法を考えようとは思ってます」

 わたしがソウの味方をしたこと、ユウヤはそう受け取ったみたい。でもそれは全然違うし、今戦う兄さんとソウを止められる方法でもないと思う。
「ううん……わたしはツグミもユウヤも、一緒にいてほしいよ。でもそれだとみんなが、心配して困っちゃうよ」
 わたしは御所の人じゃないけど、お義父さん達は遊びに行くだけのわたしのことも、いっぱい可愛がってくれました。まして実の子供のツグミやユウヤが、どれだけ大事にされてるかなんて、今までずっとこの目で見て来たもの。
 二人を連れ戻そうとして戦うソウは、そんなお義父さん達の姿そのもの。それをいやだなんて、わたしに言えるわけがないよ。

 ぺたんと座り込みながら俯くわたしに、どうしてか二人は、バツが悪そうに顔を合わせました。
 二人だって、お義父さん達がどれだけ心配するかはわかるだろうに、それでも何でここにいるのかな……わたしがまだ何か、掴めてないピースがいくつもあって、今の状況になっちゃってるの?
 どうしてだろう。情報は沢山出揃ってる気がするのに、わたしは何を見落としてるんだろう。

 ソウの一撃一撃をまともに受け止める兄さんに、そろそろ疲れが観え始めました。
 兄さんにそもそも勝ち目はないです。「静青」の力を解放でもしない限り。
 わたしはそのまま、削れてく兄さんを感じながら、成すすべもなく空き地の暗い土を握りしめます……。


* * *


 世界が違うことでの動き難さと、怒りの余り雑になったソウの攻撃を受け止めながら、兄さんはずっと、「静青」の力を使おうと、何度も試してました。
 でも兄さんとは本来、「静青」は全然属性が違います。兄さんがそもそも氷輪くんの「鍵」になれたのは、氷輪くんが守る天の宝、「黒魔(こくま)」が水属性で兄さんに合ってたからです。

「真剣の蒼を練習台に使うなんて、成り行きとはいえ翼汊(ツバサ)も最低だけど。あくまで鞘から出さないところだけは、最後の一線を守ってるのね」
 兄さんが剣を取ること、それはヒト殺しを覚悟すること。殺すだけならどんな卑劣な手でも使う兄さんは、ソウ相手でも勝算を探すことはできます。
 今はあくまで、兄さんの憑依体質を使って、地属性の「静青」でも無理やり同調して使おうと必死なんだ。それができないくらいだったら、「黄輝」にはとても届かないから。

「こんなにいきなり、使えるような『力』じゃないのに……常に持つことで少しずつ体質を合わせるように、あれほど父様が言ってたのに」
 苦い顔のユウヤは印を結びながら立ってて、何処で戦いを止めに入るか、ずっとタイミングを見計らってます。
 代わりにツグミはわたしと一緒に座り込んで、わたしに視線を拙く合わせながら、小さく話し始めました。

「あのね、猫羽ちゃん……心配をかけて悪いとは思ってるけど、それでも私達にも、あまり人に話したくはない、譲れない望みがあるの」
「……」
「私はもうとっくに二十を越えてて、悠夜だって十八歳になる。いつまでも御所に――父上に縛られてはいられないから……」

 今日のツグミは、とても疲れてます。いつもの気丈さにほころびがあって、声には自信が強くありません。
「それは確かに私の我が侭だし、父上は絶対に心配するし……私自身、正しいことだと思ってるわけじゃない。それでも……後悔だけはしたくないの」
 わたしをまっすぐ見つめるツグミの黒い瞳。
 人間界に不慣れなこともあるけど、気配の気丈さとは裏腹に潤む目端に、わたしの頭にふっとこたえが浮かびました。

――これからアイツ、どうする気なんだろ。もしや鶫ちゃんの血だけもらって乗り切るつもり?
――あと一つ、ツバメに早急な助けが必要とみた。

 氷輪くんのバックアップがないのに、ソウとこれだけ戦えてる兄さんの体。それはツグミがここにいるからなんだ。思えば御所にいた頃はずっと、兄さんの体調はほとんどいつも安定してたから。
 わたしを見守るために人間界に来てから、兄さんも氷輪くんも弱りました。人間界では「力」が弱められてしまうからだけど、それ以上に兄さんには、ツグミがそばにいないのが大きかったのかもしれない。

 ツグミが今日、これだけ疲れてるのは、体の消耗も大きいんだ。朝に兄さんと散歩に出た時、もしかして血を分けてくれた……?
 でも人間界ではツグミ達の力も弱まるんだから、その助けには限界があるはずです。やっぱりわたし、ソウに加勢してでも、みんなを連れて帰ってもらった方がいい?
 二人だけでなく、兄さんも一緒に御所に帰ってもらうことが、宝の刀を守る意味でも一番のはず……――

 思わず地面の鎌を握る手に力が入ったわたしに、ツグミは凛とした顔で、肩に両手を置いてわたしを抑えました。
「猫羽ちゃんはそういうコよね。私達が傷付かない方法を最優先に考えてくれる。だから悠夜も心配してるんだもの……でもね、私達があえてここにいること、それは決して無駄にはさせない」

 気が付けばわたしは、魅入られるようにツグミと同じ胸の鼓動を感じ始めます。
 そしてそれは兄さんも同じ。何かの印を結んで待ってるユウヤと、いつからか兄さんは、呼吸を合わせるように意識して動いてる。防戦しながらそんなことを同時進行する兄さんのせいで、ユウヤの方が顔色を悪くしてます。

――俺はもっと、ユウヤのことを知らなきゃいけない。

 確かな強さで伝わるツグミの拍動に、わたしは今、わたしだからできることを違う形で感じました。
 ツグミやユウヤを守りたいこと。それはお義父さん達の願いのはずだけど、わたしの心そのものじゃないね。
 わたしもそうしたいけど、二人はわたしが守るべき相手? ……それは何だか、確かに違う。ツグミはきっとそう言いたいんだ。

 それならわたしにできることは?
 わたしがわかるのは兄さんやシオンのことだけで、兄さん達に今必要なのは、「静青」を早く使いこなしてお父さん達に返すことで――


 するべきことがわかったわたしは、ツグミに鎌が当たらないよう持ち替えて立ち上がって、紫音に羽、とだけ助けをお願いしました。
「兄さん、ソウ、ごめん……!」
 場の誰もが予想しない展開。人間には無理な高さまで飛び上がったわたしは、そのままの勢いで二人に頭上から斬りかかります。
 元々達人のソウは勿論、回避が得意な兄さんもお互い逆に飛んで、わたしの鎌は大きく空振りました。
 でもそれでいいの。わたしは二人をやっつけたいわけじゃないから。
 兄さんに言わなきゃいけないことがあるから、少しだけ時間が欲しかったんだ。

 何だ猫羽、邪魔をするな! とソウが怒る前で、わたしは振り返って兄さんに叫びました。
「ユウヤと合わせるだけじゃダメだよ、兄さん! 『静青』を使いたいなら汐音の翼を解放してから!」
「――」
 兄さんがハッとした顔付きで、鎌をぶんと振るわたしを見て目の色を変えました。
 わたしもやっとわかったんだけど、「今の兄さん」には同調だけで、「静青」を自分で使うことはできない。だって兄さんの憑依体質は直観だけじゃなく、ヒト殺しになった後の呪い、命を力にする戦い方だから。
 今の兄さんの根本は五歳以前の昔の兄さん。だから時雨兄さん達のようにはいかない――「自分以外の()」には届いてくれない。
「兄さんが使えるのは汐音の翼だけだよ! だから汐音の『力』で『静青』を制御するの!」

 ユウヤがずっと結ぶ印は、「静青」の力を引き出すための補助のはずです。
 でもあと一歩兄さんが、「静青」に届かない理由。今までとは兄さんの体質が違うことを、補えるのは多分汐音の翼だけ。

 なるほど、やっとすっきり! って、汐音の声が聞こえた気がしました。
 もう一度ソウが、わたしをよけて兄さんの所に飛び込みます。
 上段から待ったなしの真剣が降りかかってくる刹那、兄さんは背中に白い羽と三つの(くろ)い羽を出します。ユウヤと呼吸を合わせたままで、柄に「静青」が填まる刀を肩の高さで、八相の形に構えました。

 大きな金属音が空き地中に響いたその一瞬に。
 何が起こったかすぐわかったのは、多分真っ先に身を引いたソウでした。
「……この卑怯者め。何人の力を借りてるんだ、それ」
 カラン、と、乾いた音をたてて、すっぱり斬られた刀身が暗い地面に落ちてました。
 鞘付きの刀に打ち込んだはずなのに、キレイな断面で折られてしまったソウの長刀。それは間違いなく、「静青」が発動した打ち合いの証。
 刀を下げて膝に両手をついて、翼の下で息を切らしてる兄さんが、ソウを見ながらユウヤの方に尋ねました。

「あ、ほんとにできてしまった……これ、ザンテツケン、だっけ?」
「……幻次さんはそう呼んでたけど、要するに、固体の自然物への干渉を得意とする『地』の力だよ。こんなに超速で流用してしまうなんて、末恐ろしいよね、ツバサ君達って」
 それはきっと、ユウヤの助けと汐音の翼、そして兄さんの直観でできた合わせ技だね。ユウヤも汐音も兄さんも「静青」の持ち主じゃないのに、その力を使ってしまったんだから。

 やった! って、ツグミがひっそり喜ぶのが聞こえました。ソウに遠慮してだろうけど、わたしも正直ほっとして、ふう、と息をついちゃいました。
 長刀が折れたソウには、もう戦意はなさそうでした。代わりにすごく悔しい心と、何処か納得した心が同時に伝わってきました。

 卑怯者め、と言ってから無言なソウに、兄さんが刀をしまってから、アハハと笑いかけてました。
「ごめん、俺はこういう奴だからさ。だからジュンにも追いつけてないし」
「知ってるけどな。それでも猫羽の力を借りるのは卑怯だろ、お前」
 え、ソウ、悔しいのはそこ? わたしが割って入ったのが、一番いけなかった?
 ソウはコワモテだけど、ユウヤをいつも守ってるし、わたしのことも昔から可愛がってくれて、戦いなんて絶対にさせなかったから。わたしが飛び込んだからソウは、刀を折られちゃうくらいに動揺したのかな?

「へぇ。ユウヤに手伝ってもらったことはいいんだ?」
「それは悠夜が決めたことだろ。おれはおれの意志で悠夜を守るだけで、悠夜も好きにしていればいい。でも猫羽はさすがに反則だろ、何だよあの鎌」
 そこまで言うとソウはくるりと、わたし達にあっさり背を向けました。
「今度は『静青』付きのお前でもブチ倒す状態で出直してくる。お前もそのへっぴり腰くらい、せめて何とか鍛え直せ」

 何だろう……何だかこれ、ちょっと不思議な感じだな。ツグミとユウヤのことは、連れて帰らなくていいのかな?
 ソウなりに何かを納得して、これでいいって、そう思ってくれたみたい?

「ごめん、このタイプの剣を習ったのは五歳までだから。刀の使い方、もっと精進しとくよ、俺も」
 ここでソウが引き下がったら、今度はお義父さんが殴り込みに来るかな。そんな風にハラハラしながら、橘診療所の方に帰ってくソウを、わたし達は黙って見送ったのでした。


 ソウの気配がなくなると、ふう……と、兄さんが座り込んじゃいました。
「やばい……さすがに疲れた、きつかったな」
「当たり前でしょ。借りて五日で『静青』の力を使おうだなんて」

 ツグミも膝をついて座ると、右手を兄さんに向けて静かに目を閉じました。
 向かい合う兄さんも目を閉じて、左手をツグミの右手に当てます。二人の間に不思議な空気が流れて、その数秒後には……。

 汐音が空き地に巡らせた「錠」を解除したと同時に、兄さんが元気になったみたいにすくっと立ち上がりました。
「ありがと、ツグミ。やっぱりツグミの房中術は凄い」
 穏やかに言う兄さんに対してツグミは、ちょっ……! と真っ赤になって掴みかかります。
「バカっ、神交(しんこう)法って言ってよ、その言い方じゃ違うもの想像するヒトの方が多いんだから!」
「?」
「無理だよ鶫ちゃん……ここまで見事な隔体神交(かくたいしんこう)は、二人ならではの簡易法だからね。鶫ちゃんもツバサ君も、邪念が少ないからできることで」

 そっか。血を分ける以外にもツグミには、兄さんを助けてくれる方法があるんだ。
 何が起こったのかはさっぱりわからないけど、兄さんもツグミも同時に疲れが良くなったみたい。スマホの紫音がこっそりと、「好き同士がお互いの気を通わせることで、気力を増幅させられるスゴ技だよ、猫羽ちゃん」って教えてくれたから、あんまり深く追求しない方が良さそう。

 とにかく! と、まだ赤いツグミが率先して、空き地を出ていきました。
「もう大分遅くなっちゃったでしょ! 帰ったらすぐにご飯作るから、それ食べてさっさと寝なさいみんな!」
 そう言えば昨日の買い出しが終わってから、ツグミがずっとご飯を用意してくれてる。こっちに慣れてないから難しいものじゃないけど、何でそんなに張り切って作ってくれるんだろう?


 家に帰るまでの短い道で、前を歩く兄さんとツグミを見ながら、ユウヤが難しい顔でわたしに尋ねました。
「ところで猫羽さん。ツバサ君が僕を襲ったって、何の話だったんですか」
「あ。ほんとだ、何の話だったんだろう」

 すっかりわけがわからないまま、首を傾げるわたしにユウヤが俯いて唸ってます。
「兄様を挑発するために言った……わけもないですよね、猫羽さんの場合」
「なんでソウを怒らせるの? これ以上心配かけちゃだめだよね?」
「それは仰る通りですけど、これ以上なく事態をややこしくした貴女が言わないで下さい」
 ユウヤに怒られちゃった。まあいつものことだから、わたしはあんまり気にしてません。そういうところがまた怒らせるのかなあ。
 とりあえずまだもう少し、ツグミやユウヤと一緒にいられそうで良かったな。お義父さん達が今後連れ戻しに来たら、わたしもごめんなさいって謝るしかないね。並んで坂を登る兄さん達が幸せそうだから、この状況はしばらく続いていいんだと思う。

 ちょっと面白かったです。兄さんがふわふわした笑顔でツグミと手をつないで、ツグミはわっ! って一段と赤くなったんだけど、兄さんがあんまり穏やかに笑ってるから、何も言えずにそっと握り返してました。
「ああいうのは見ないふりが礼儀です、猫羽さん」
「うん。兄さん、ほんとに下心がないね、不思議」
 ぶふっ。とユウヤが少しだけ吹き出しかけて、ははは、と珍しく困ったような笑顔をわたしに見せてくれます。
「本当に気配が筒抜けなんですね。猫羽さんとツバサ君の直観は」
「?」
「ツバサ君、子供に戻ったみたいな純粋な甘え方ですよね。だから神交法も成立するんですけど……」

 さすがだなあ、ユウヤもツグミも。詳細はわからなくても、今の兄さんの根本が五歳なのはわかってるんだ。大人び過ぎた五歳だけど、ヒト殺しとしてどんどん削れてく前の、素直に優しかった頃の兄さん。
 だから今の兄さんは、憑依体質も以前より弱いこと、わたしはさっきやっと気が付きました。そして他にも大きく変わってること……だからツグミがこの世界に来たんだって、家に帰ってから知ることになります。


 生野菜と生ハムのサラダを手早く用意したら、ツグミと兄さんは朝みたいに、また外に行くって出てっちゃいました。
 ユウヤと一緒に食べる前に、なんで? ってきいて引き止めた時、返ってきたこたえにわたしは立ち尽くします。
「外じゃないと食べれないって、翼汊が言うから。この間の公園がまだしも体も楽で、何か食べやすいらしいの」

 えっ……それって……朝のオニギリ、兄さん、ツグミと一緒に公園で口にしてたの?
 家で朝ご飯を食べたのはわたしとユウヤだけです。外に行く時、確かにツグミ、何個もオニギリを包んで持って出たけど……。
「兄さん……ご飯、食べてるの……?」

 昨日朝に自分で作ったサーモンサンドは、一欠片も口にしなかったよね。
 でも、ツグミが作ってくれた物ならがんばるって、約束したんだって?
 もう随分昔から、ご飯が食べられない兄さんなのに。条件反射みたいに吐いちゃう体質なのに……。

 ツグミ、顔は不服そうだけど。兄さんが食べられない状態をよく知ってるから、こんなに張り切ってご飯を作ってくれてたんだね。
「全く、私はお母さんじゃないっていうのに。時間もかかるしまだ量も全然食べれないけど、まあとにかく、進歩は進歩よね?」
 ツグミと兄さんがそうして出ていった後、わたしはぽろぽろ涙が出続けて、とてもご飯の味がわかりませんでした。
 ユウヤが気を使ってくれて、冷たいままだけど蜂蜜ミルクを作ってくれました。電子レンジはわたしも正直、「あたためる」ボタンしか知らないし、冷蔵庫もすかすかだったから、入ってるのはほとんどツグミが買った物です。

 自分の部屋に戻るとスマホがついて、何だかものすごく暗い顔の紫音が、激しい吹雪の背景の中にいました。
「いやもう何か、幸せお腹いっぱいです、ご馳走様でしたって感じだよねー。何で猫羽ちゃんはこの隙に悠夜君をつめないの? 知ってたけど天然なの? もうオレの存在感ゼロでいいからダブル新婚生活が始まらないの?」
「ええと、どうしたの、紫音……大丈夫……?」

 どうやら聞くところによると、兄さんは汐音のPHSを持ったまま、「ツグミと一緒に寝たい」とか、「ぎゅっとしてほしい」とか、他意はなしにワガママ言い放題みたい。五歳ってすごいね、何でも許されそうだね。
 砂吐きそう。と紫音がうなだれるから、わたしは何となくスマホをなでなでします。


 それから次の日には、汐音がお義父さん達と伝話をつないでくれました。向こうでPHSを持ってるヒトが御所に行くよう、通信で頼んだんだって。
 PHSを借りたお義父さんが、へこたれない兄さんにめちゃくちゃ説教した後、伝話を代わったツグミに何度も言い付けてました。
「いいか、そっちにいていいのは猫羽嬢ちゃんの留学の間だけだからな! 翼槞のガチ危機だから今回は特別だ、あくまで今回だけだからな!」

 兄さんには「鶫に手を出したら帰ってきた時殺す」っていうのと、「お前を倒して刀を取り戻すまで待ってくれって蒼潤が言うから待つだけだ、感謝しておけよ!」って怒鳴ってました。
 ユウヤに関しては、わたしの所ならいい。って、ユウヤのお父さんは即答だったみたい。お義父さんも何だかんだで、わたしに関しては信頼してくれてるみたいで、氷輪くんを頼むって最後にお願いされちゃいました。

 これで晴れて、お義父さん達の許可が出て、わたしも兄さんも一安心したんだけど。ツグミとユウヤは、散々怒られた兄さんに、ごめん。ってひたすら謝り倒してます。
 わたしと兄さんは、二人がいて嬉しいから「?」だけど、やっぱり二人がこっちに来たのは、兄さんの頼みじゃなかったんだ。それでも怒られたのはほぼ兄さんだから、ツグミは気にしてるみたいです。

 わたしと兄さんは何となくわかってる。これもきっと、トウカが送ってきた「悪意」だって。
 これからわたしは高校で、兄さんは街で沢山ピンチになることになります。何でかやたらに先生が厳しくなったり、クラスのみんなによそよそしくされたり、兄さんは不法滞在ってばれそうになったり、わたしと兄さんにだけ次々起こる色んな悪いこと。

 それでもシオンがいっぱい助けてくれて、ツグミやユウヤがいてくれるなら、わたしも兄さんもがんばれるから。
 そうして激動の冬休みまで、わたし達は何とか元気に、みんなで人間生活を乗り切ります……。


File.2 夏休み編 了
※冬休み編に続きます

☆details:山科翼汊

☆details:山科翼汊

 山科鶫が「彼女」に会ったのは、ヒトが変わって帰ってきた養子のツバメと父達が、今後について内密に相談している時のことだった。
 「花の御所」でも機密性の高い黒戸(くろど)でされる話は、父達が守る宝に関係することが多く、継承者でない鶫を父達は関わらせまいとする。ツバメは別の宝に携わる関係者なので、そちらに何かあったのだろうと察しはついた。

 しかしまさか、話が終わるのを自室で待っている間に、不躾な悪意に侵入されるとは思ってもみない鶫だった。
「初めまして、山科鶫。ちょっとお話してもらってもいい?」

 この御所、特に鶫達術師の血筋が住まう寝屋には、並大抵の敵対者は転位できない結界がある。それでなくても突然空間の歪みなしに現れるなど、闇を渡る「神」でもなければ有り得ない仕業だ。
「えっ……何で、水葵(なぎ)、さん……!?」

 鏡台の陰から現れた、紅い肩掛けと黒衣の女。その顔は父の仲間の吸血鬼にそっくりな人形のもので、「力」だけの化け物が普段なら宿っていたはずだ。
 しかし気配が、明らかに以前と違う。人形の中身が別の化け物で、それも鶫の元に侵入できるのは「神」のレベルだとわかり、警戒する鶫に彼女はにこり、とキレイに笑った。

「鶫ちゃん、大丈夫かしら。あまりのんびりツバメを飛び回らせてると、シオンにツバメを盗られてしまうわ」
「え……って、は――……?」

 何を言われたか全く理解できない。まずツバメとこの彼女の関係もわからず、「シオン」が誰かも鶫は知らないのだ。
 そもそも「盗られる」とはどういうことだろう。ツバメは鶫のものでも何でもなく、強いて言えば山科の養子だが、跡取りという約束でもない。家名はともかく父の仕事は、一番弟子の従兄が継ぐと思っていたので、ツバメが自由に過ごしているのはその通りだった。

 障子の前に立った彼女は、着物の整理をしていた鶫に、表情と口調を変えてまで駄目押しとばかりにたたみかけた。
「このままアイツが弱ってくなら、オレがツバメを寝盗っちゃうよ。知ってる? なろうと思えばオレはこうして、女の子にもなれるんだよね」

 それは人形のモデルのはずの相手で、今までそんな、色恋沙汰に全く興味がなかった仲間の吸血鬼の声だ。ツバメには守るべき大事な主君で、ツバメの体にはその吸血鬼の血が流れ、命を分けられると同時に支配される危険性も秘めた悪魔。
 確かにその人形だけでも女性型だ。そしてツバメの心情はともかく、吸血鬼はツバメが大事だからこそ、「鍵」にできたのも事実。もしもツバメに何か危機があるなら、寝盗る――房中術などで本気でなりふり構わずに助ける気だろうか。目前の人形と本来の吸血鬼が霊的には別人だと鶫にはわかるが、透き通る紫の双眸はあまりに真に迫っている。

 呆然として固まっていると、廊下から従弟の悠夜が駆けてくる気配がした。
 これだけ強力な化生が御所に突然現れたのを、いち早く気が付いたのだろう。鶫ちゃん、大丈夫!? と障子を開けた悠夜に対し、間近の彼女は更に意味不明な声をかけた。

「悠夜君もね。オレ、猫羽ちゃんの血、欲しくて仕方がないんだ。もう一度猫羽ちゃんと契約することがあれば、ここにはもう渡さないからね」
「って――えっ、水葵さん、いや翼槞君……!?」

 言うだけ言って彼女はすぐに闇の中に消えてしまった。残された鶫と悠夜は顔を見合わせ、ひとまず部屋の結界を厳重に強化したのだった。


 父達とツバメの話し合いは、どうやらツバメと吸血鬼のために、家宝をしばらく貸す流れになっている。と、警戒して部屋に留まる悠夜が話してくれた。
「翼槞君は神隠しに巻き込まれて、消滅寸前ほど危ないはずなんだけど。汐音っていうのは、ツバメ君が持ってる猫羽さんのPHSにいる、翼槞君の新しい人格なんだって」

 そこで鶫はわけがわからなくなった。それなら弱っているのはツバメでなく吸血鬼の方で、汐音も普通にツバメと共に、本体の吸血鬼を助けようと動いているらしい。
 実際にその後、相談の終わったツバメの部屋を訪ねて汐音のことをきくと、PHSを取り出してあっさり話をさせてくれた。

「ごめんね鶫ちゃん、オレが油断したせいで翼槞の心臓が失くなっちゃったんだよー。悪いのはツバメだけどさ、それで時雨が改心したから許してやって!」
「う、うん……アナタ達がそれでいいなら、私が口を出すことじゃないし……」

 汐音は淡々とした吸血鬼(翼槞)に比べ、鶫が初めて吸血鬼に会った頃の幼さの名残がある。吸血鬼が持つ人格の中で、現在こうしてわずかでも動けるのは汐音だけらしい。
 ツバメは「悪神」の時雨に乗っ取られ、吸血鬼を討伐してしまったと言った。その後に失踪し、「神がかり」を解除して帰ってきたのが今だ。
 PHSをしまったツバメは、失踪前とは違う銀髪と青い目。二人で落ち着いて話せる第一声からして、変わり果てた軽率ぶりを晒していた。

「あのさ、ツグミ。ツグミを俺に、分けてもらってもいい?」
 何言ってんの! と鶫は座布団から飛びすさりかけたが、ツバメは哀しげな顔のまま、至って真面目に言っているのがわかる。
 呼吸を整えながら、どういうこと? と、鶫も真摯に尋ね返した。
 山科に養子に来る前から、ツバメはまっすぐ、鶫に思慕を向けた。ここ最近は離れていたから下火だっただけで、父が許そうが許さなかろうが一緒にいたい、と何度も言っていたことを思い出した。

 心細げなツバメが話し始めたのは、神隠しで時を渡る存在になった「時雨」の、まるで最後の警告のような預言だった。
「……時雨が翼槞をやった理由を、俺は知ってる。このままならいずれ、どうなっても翼槞は消える……その時には時雨の俺も消える。それが本来、辿り着く未来……時雨が変えようとした現実なんだ」
 妄言の気配は何処にもなかった。鶫の胸の奥が冷え、ツバメの抱える「時雨の記憶」の重さが伝わる。

「それって――何のことなの、ツバメ……?」
「俺の所にいた時雨は、その時の未来から戻ってきた時雨。そして過去から俺を連れ出した時雨で……だから、ここから先の世界は変わる。これから助けなきゃいけないんだ……時雨が助けようとした、翼槞と汐音を」

 「悪神」として時の闇を渡り、吸血鬼の心臓を奪ったらしき時雨。しかしこの道が本当に良いかは知らなかった、とツバメが俯く。
 「神」を捨てた今のツバメは、未来どころか現在地も詳細もわからないのだ。そう、暗い気持ちで鶫も察する。


 ツバメが実際に頼んできたのは、これからはこまめに橘診療所に来て、人間界にいるツバメに会ってほしい。鶫の生きる時間を分けてほしいという希望だった。

「不安なんだ……俺を、つなぎとめてて。ツグミがいなければ、俺はきっと自分でも知らない間に、俺でない何かに変わっていくから」

 それではまどろっこしい、と思った。悪魔の汐音を気にする悠夜とも相談し、鶫は思い切って人間界に出ることにした。

 吸血鬼を助ける運命の接点は、人間界にあるはずだという。猫羽の留学がたとえ終わっても、ツバメは帰れないかもしれないと言った。猫羽に言ってしまうとまた「神」の世界に乗り込みかねないから、と吸血鬼の危機についての本質は隠すように頼まれもした。

「翼槞君がもしも本当に、消えてしまうとして……どうして一緒に、アナタも消えるの?」

 ツバメを生かしているのは吸血鬼だけではない。そうならないように鶫も、以前から血を分けてきたのだ。誰一人にも話さず、ツバメと鶫の間だけで。
 「翼汊」となって帰ってきた時点で、ツバメはすでにかなり変容している。鶫にも抑え難い悪い予感が消せない。
 だから手探りの未来を共に探しに行くと決めた。それがたとえ、最早必定の運命であったとしても。


-please turn over-

「翼」の未来:https://www.novelabo.com/books/6725/chapters<ノベラボ>

☆details:氷輪翼

☆details:氷輪翼

 残闕(ざんけつ)の鏡。「力」の意味を視出せる「心眼」を持った玖堂咲姫に、己の性質を初めて教えてもらった時、日本語にそう詳しくない悪魔の氷輪翼槞は玖堂家の一室で首を傾げた。

「正確には、翼の残闕……不完全な翼のつく鏡、ね。君やナギさんが本体だと思ってる『翼』君は、ツバメ君に奪われた一枚、元々欠けた羽の残闕に宿る、人間だった心。だから翼槞君だけなら『残闕の鏡』。残闕の翼君をいつまでも映し続ける、十三夜の月が君」

 玖堂咲姫とは三年前、鷹野馨という人間の問題の時に知り合った。彼が玖堂家の力で戸籍をもらったその頃は、咲姫が「翼」と呼ぶ彼の本体(オリジナル)がまだ活動しており、翼槞の名は吸血鬼としての彼というオマケに過ぎない。彼は(つばさ)こそ体の主と今でも思っているが、この魔性の体が翼槞を主人格と認識しているのは仕方のないことでもある。

 彼らのオリジナルは人間の子供だった。天上の鳥――天の国の番人の血をひくために十三歳で殺され、人間の母が堕天使になってまで蘇生を願った。
 堕天使になった母は天使として手に入れた力を、全て我が子の再現のために使った。魔法科学に長けた吸血鬼と組み、製造されたのが七枚の羽を持つ吸血鬼だ。

 三対と一枚で、合わせて七枚の羽について、一対は母が手に入れた「黒魔」の魔力を、一対は両親からの二つの精霊の霊力を、一対は吸血鬼としての魔性を納めるものだという。残った一枚が、殺された人間の子供の欠片。ならばそれと魔性の羽を奪われた今、彼は何者になるのだろうか。

「それってつまり……オレの体に、もうつばさはいないってこと?」
「正確には翼君も、翼槞君も本当はいないよね。『翼槞』は魔性の吸血鬼につけられた名前で、魔性の翼もツバメ君に取られてるし。君にあるのは二つの精霊と『黄輝』で、精霊も一つは橘水葵に貸し出してるけど」

 だから今の彼は、元々あった彼らを映すだけの名も無き悪魔。
 大方わかっていたことだが、言葉になると納得の度合いが違うのは不思議だった。

 今回玖堂咲姫を訪ねたのは、彼の翼を奪った山科ツバメから、拾い物の白の翼を分けてもらうためだ。それは山科ツバメが殺した彼の叔父の翼で、天の国の番人となれる聖性を帯びている。
 人間の頃の彼の父は、身体ごと消失する最期を迎えたため、彼の生成に使われた遺伝情報は主に母のものだ。吸血鬼の科学者は性別を決めるというY染色体だけ父と同じものを使ったといい、父は細胞の欠片も残ってないため、科学者が過去に奪った叔父の血から父と同じY染色体を得たそうなのだ。

 それらは玖堂咲姫には話しておらず、叔父の翼が彼にぴったり適合するのを不思議そうにしていた。
「ツバメ君は強い憑依体質だけど、君は『鏡』なだけなのにね。翼に納められる力はともかく、それを映す体の方に、自分以外を受け入れられる柔軟性はそんなにないはずなんだけど……」

 遺伝の性質上、父のY染色体も叔父のY染色体も同一という話で、彼には正確には叔父の血が流れている。彼と何の関係もない天使の羽は生やせなかった過去があるので、彼の吸血鬼の体自体は限界が多々ある。
 まずもって彼の体は、遺伝子の大半を占める母側の要因で、遺伝上は男性であるのに外見だけが女性化してしまった。人間でも同じ遺伝病があるといい、母も科学者も、途中で造り直せば良かっただろうに、とたまに思う。人造の人外生物の成功率はとてつもなく低いらしく、そういうわけにもいかなかったのだろうが。

「じゃあつばさのいないオレに、他に新しい中身を入れることは無理?」
「だって君がいるじゃないの。やる気がなくても作られた心でも、翼君の怨念でも君は君。翼君をツバメ君から戻すことはできるけど、そうしたい?」

 それは本来、本体を守ることを最優先とする心に作られた彼にとって、迷うことはない問いかけだった。
 山科ツバメは彼の本体の心をも奪っていたことを知らない。返せと言わずとも、取り上げられても文句は言わないだろう。

 それなのに彼の思考は空白になった。堕天使となった母があれだけ望んだ、人間の子供を蘇生させる願い……だから彼はひたすら、この体を守ってきたというのに。
 その人間の子供を潜めた一枚の片翼(残闕)を、今は山科ツバメが持っている。彼が命を分けなければとっくに死して、いつ神隠しにあってもおかしくない、明日の命も知れない憑依体質のツバメが。

「……別につばさ、この体にいても起きる気はないだろうから。ツバメの所にいるんなら、少しはツバメの役に立つんじゃない?」
「少しどころか、ツバメ君が本格的にあの翼を使えれば、憑依体質が怖いものなしだよ。『鏡』である君と相性がいいあの翼は、言ってみればどんな『力』を映されても担える万能の制御力。世界中の力をまとめる宝『黄輝』の、真の後継者にぴったりの杖なんだから」

 そっか、と。預かりさえすれば何の「力」でも扱えていた彼にとって、己が何者かわかったのは清々しい一瞬だった。
 同時にまるで憑き物が落ちたように、「本体(つばさ)を守れ」という心が薄れていくのを感じた。それはもう彼の役目ではなく、山科ツバメに引き継いでいい事柄だと言うかのように。

「じゃ、やろうと思えば、ツバメが『黄輝』を使うこともできるってわけ」
「そうね、白の翼も半分ツバメ君に残すしね。『力』って、入れ物――術者と、制御する杖、つまり気力と、形にする媒介の体力がいるんだけど、この場合『黄輝』の入れ物が翼槞君で、杖になるのが白の翼。媒介がツバメ君で……あの憑依体質を使えば、君達に使えない『力』はないと言えるくらい凄いよ」

 そうした諸々を、山科ツバメに教える気はなかった。そんなややこしいことをせずとも、彼が今まで通り「黒魔」も「黄輝」も守ればいい。
 ただ彼のオリジナルがもう体にいないとわかり、不意に得たのが自由だった。それはとても黒くて大きい、ぽっかりとした胸の穴で、元々廃人な彼の気力を更に削ぐ病に思えた。

 本体を守る必要がなくなった彼には、天の国の番人しかやることがなくなってしまった。それも本体の望みだったため、続けることには異論はない。
「ナギとか院長には内緒にしといて、咲姫ねーちゃん。つばさの心がツバメの方にいるってわかれば、絶対戻せってうるさいだろうし」
「……そっか。君はそれを望まないんだ……『翼槞』君」

 本当は「翼槞」でもないはずの彼に、そう返した咲姫の真意を彼は知らない。彼の本体である人間の子供を、「翼の残闕(ざんけつ)」と呼んだ意味も。
 残闕という言葉は、何かが欠けてしまった物体を示す。離れた欠片の方ではなく、欠片を失くしても存在を残し、いびつになった元の物を指している。ヒトとしての形を失い、不完全な一枚の羽にしかなれなかった人間の子供。
 それなら離れた欠片は何処に消えたのだろう。その片翼はバラバラのまま、まだ彼の中にあるのだろうか――

「手間ばっかかけて悪いけどさ。もう一つ、頼まれてもらってもいい?」
「? 別に、馨のことをこの先も見逃してくれるなら、私はかまわないよ」
「ははは。もう見逃す必要もないのに、相変わらずお人好しだね」

 それが「力」でさえあれば、数多の存在様式に変えられてしまう玖堂咲姫。「桃花水」を抱く猫羽の鎌をスマホの電子情報化したり、彼の預かる「力」を汐音や紫音にして分離されるのは後の話だ。
 彼にはもう一つ、ずっと守ってきた「力」があった。吸血鬼の形をした彼の本体を、人間と勘違いして守ってくれた、早とちりでバカな天使の羽が。

「この羽なんだけどさ。オレの空っぽな胸に遷すことって、できる?」

 どうしてその時、彼はそれを望んだのだろう。あまりにただの思い付きで、人間はきっとそういうものを「無意識」と呼ぶ。
 その後の彼は、白の翼を「黄輝」に、四枚の玄い羽を「黒魔」に、そして天使の羽を心臓に宿す悪魔に変じる。それぞれの翼が望む夢を、いびつな形で映し続けながら。


-please turn over-
To be continued 『探偵に天使は味方です -冬休み-』

探偵に天使は味方です*夏休み

ここまで読んで下さりありがとうございました。
後半の冬休み編に続きます。3/14に別に掲載しますので良ければご覧下さい。

※エブリスタではこの話の完全版を掲載中です→https://estar.jp/novels/25467397

探偵に天使は味方です*夏休み

★直観探偵シリーズ・3巻★ 兄さんの彼女の鶫、鶫の従弟悠夜と何故か同居生活に。天使の女の子になっちゃった同級生の氷輪くんを助けるには? ※1話ずつでは完結しません ※作中にごく一部『マタイ受難曲』を引用しています

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-03-03

CC BY-ND
原著作者の表示・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-ND
  1. 守:迷える探偵に天使の導き
  2. ★File.1:兄さん、天使です
  3. ★File.2:兄さん、師匠です
  4. ☆details:山科翼汊
  5. ☆details:氷輪翼