駅前のうどん屋さん

実際にこんなことになったらクレームじゃない?

私がよく利用する駅の駅前にうどん屋さんがある。もしかしたらうどん屋さんっていうのとは違うかも知れない。正確には蕎麦屋さんかも。関西だったらもしかしたらうどん屋さんという事でもいいのかもしれない。そこのうどん屋さんはよく利用する。汁が関西風の汁だからだ。東北の味の濃い国で生まれ育った私だけども、うどんだけはなんというか、透き通っているっていうのかな、そういう関西風の汁が好きだった。子供の頃から。子供の頃親の運転する車に乗って秋田のサティ、今はイオンになってるけど、サティに行って、サティの入口入ってすぐの所にある和食料理屋さんみたいなところで、そういううどんを食べたことがあって。
「おいしいい!」
それからすっかりそういう汁にハマった。また子供の頃の私は好き嫌いが多い子供で、シイタケの出汁とか昆布の出汁とか、祖いうのがあまり好きじゃなかったって言うのもあったと思う。かといって、関西風のだし汁がどういったもので作られているのかとか私は知らない。ヒガシマルとかしか使ってないし。
とにかく子供の頃のそういう邂逅、僥倖、天啓の様なうどんとの出会いがあって、私はそれからもううどんは関西風の出汁という事になっている。まあ、表立ってそういうことを言う、絶対にそれじゃないと嫌だ、みたいなやつじゃないけど、関東風の濃い目の汁に入ったうどんでも食べるけど。焼き鳥屋さんに行ってタレの焼き鳥だって食べるけど。まあ内心では、タレ甘いんだよなあ。とか、関西風の汁は濃いんだよなあ。とか、思ってる。にこやかな顔して食べてるけど。もう私だって子供じゃないんだから。
で、そこのうどん屋さん、正確には蕎麦屋さんは珍しく関西風のだし汁のうどんを出すお店だった。選べた。関西風と関東風とどうしますか。みたいな。そういうのが出来た。結構珍しいと思う。で、初めて入った時、そう言われて、あ、すげーって思って。それからその駅に行く度にそこでうどんを食べている。週五でうどんを食べる事も珍しくない。立ち食いそばみたいな感じのお店なので、料金も安いし。立ち食いそばにしては店舗も広い。
で、そこに通うようになってわかった事っていうか、事なんだけども、自分以外のうどんユーザーは、結構な割合で、
「関東風で」
っていう。そうなんだって思った。みんな関東風が好きなんだなあって。まあ、関東だしそうなんだろうけどさ。
まあ私は何もかまわずに関西風でって言うけど。そして毎日のように関西風のうどんを食べる。本場の関西風のうどんがどういうものか私は知らない。関西に行ったことが無い。あ、高校の修学旅行で行ったことあるけど、でも、それは行ったっていう事にはならないでしょう。行ったことない。でも、関西風のうどんを食べてる。サティで食べたうどんの事を思い出しながら、関西風のうどんを食べている。
あと、そのうどん屋さんのいいところがもう一つあって、裏に、店の裏手っていうのかな、店から出て、その店を通り過ぎて、少し行ったところに喫煙所があるのだ。昨今そんなものは珍しい。喫煙者なんてとっくの昔に人非人なのに。
だから、その駅に行くときはまず、その店でうどんを食べる。それから、喫煙所に行って一服する。そういうのを一つのパック。セットにしている。いた。

そんなある日の事、いつものようにその店で関西風のうどんを食べてから、喫煙所に行って一服していると、うどん屋さんの裏の扉が開いて、中からうどん屋さんの店員さんが二人出てきた。一人は先ほど私に、はい、どうぞってトレーを渡してくれた人だった。

その二人が休憩だろうか、裏口から出てきて、そこで話をし出した。
「今日も来てたね、うどんA」
うどんA?
「ああ、いっつもうどんだけのあれね、Aね」
A?うどんAの事か。
二人からは喫煙所の看板の陰に立っている私の事は見えないようだった。
「よく来るよねうどんA」
「まあ、好きなんじゃない。必ず関西風だし」
私か?私の事か?うどんAって。私か?
「関西風ばっかり頼むわよね、Aって」
「関西風しか頼んだことないわよ」
きゃはははっはは。
二人は愉快そうに笑うと、
「関西風は出るの少ないのにわざわざ作ってるんですって。大変よね」
「Aの為に作ってるみたいなもんかしら」
「それはいいすぎじゃなーい」
きゃはははっはは。
そうしてそれが終わると、二人の店員は店内に戻っていった。
私は半ば呆然としていた。いつの間にかタバコの火がフィルターの所まで行っていた。

次の日は、カレー南蛮を頼んだ。初めて、初めてうどん以外の、関西風うどん以外のものを頼んだ。
そんで、それを早々と食べ終えると、また喫煙所に行って、昨日の二人を待った。
少しすると、またその二人が出てきた。
「今日のA、カレー南蛮じゃなかった?」
みたいな話をするんだろうか。そう考えると怒りの様なものが自分の中に湧いた。
しかし、
「今日のFカレー南蛮じゃなかった?」
と、片方の店員が言った時、またしても衝撃が走った。
「そうそう、どうしたのかしらねF、初めてじゃない。うどん。関西風のうどん以外のものをFが頼むなんて」
もう一人の店員がそう言った時、思わず笑い出しそうになった。

私はAじゃなかったんだ。Bでも無かった、Cでも。DでもEでもなかった。

私はFだったのか。そう思うと怒りなんてどこかに飛んで行って消えてしまい、その代わりに愉快な気持ちが溢れに溢れた。

駅前のうどん屋さん

駅前のうどん屋さん

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-27

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