おい!土人

「おい!土人」    令5・2


おい!土人
オカネが欲しいか。
オカネをせびって、跪いてる。
数多の人に言われたという。自分が頑張れ。頑張らないから、オカネが無い。
聞き飽きたらしい。
土人が言うには、頑張って居る。
自分なりにも頑張ったけれど、オカネが全然まだまだ足りない。
だからお前は、跪いてオカネをせびった。
出ていくばかり。入ってこない。どうかどうか、この世のどこかに持て餘されてる少しのオカネを恵んで下さい。
然うか然うか。
お前に足らないオカネはきっと、この世のどこかに眠って居るのか?
この世のどこかの誰かのオカネを、お前の為に削れというのか?
わたしが例えばそのオカネを持ってたとして、今すぐお前にやると言ったら、今にもお前は飛びつくのだろう。
それを聞いただけで土人は昂ぶる。
お前の思うオカネというのは、例えば小銭といったところか?
それか、札束だとでも言うのだろうか。
残念なことに、わたしには無い。
小銭もお札も、わたしは一つも持ち合せてない。
すると土人は地獄を見下ろす。
これで終りだ。
どうせ自分はここで終りだ。
どうせ自分はこのまま消えてく。
貧しいままに。ひもじいままに。
只ひたすらに、落ち込んで居た。
自分には何も才能もない。
自分には何の魅力もない。
美しくも格好良くも賢くもない。
自分には、何も無い。
しかも、この国は終ってる。
この国に希望はない。
この国には、何も無い。
どうして自分に、生れたんだろう。
どうしてこの国に、生れたんだろう。
お前はひとりで、呟いて居た。
わたしとしては、どれも驚くことばかりでよく聞き入った。
やっぱり土人だったのか。
おい。土人。
くたばれ!土人。
お前のオーラがみすぼらしい。
お前は知らない。
お前自身の、自分自身の価値を知らない。
土人は自分の価値をてんで知らない。
漠然として居ても良い。何が得意で何が魅力で、自分が持ってる価値とは何か。
あるいは説明できなくても良い。あやふやで良い。
自分はきっと、価値がある。自分なりの価値が、ある。
そんな風に思うことができる土人は居ない。
そんな風に思えた時点で、お前はやっと土人でなくなる。
断っておく。わたしはお前に、押しつけ続ける。
お前の価値を、自分の価値をただ認めること。お前が拒めど、わたしはそれでも押しつけ続ける。土人でなくなれ。野蛮でなくなれ。
土人よ土人。お前はつまり、カネになる。
いや、さらに言ったら、お前自身がオカネだった。
オカネさん。こんにちは。
わたしはお前に投げ掛けてみた。土人は忽ち機嫌を損う。
どうした?オカネ。お前の価値は物凄いものがあるではないか。
小銭か。お札か。それがオカネの本体なのか?
然うではなかった。硬貨だろうが紙幣だろうが将又ただの数字だろうが、みんなの中で共有されてるオカネという常識だった。
銭やお札が数字に化けて居るのではない。
すべては数字に始まって居る。
つまりは只の、数字に過ぎない。
土人よ土人。首を振るな。よく聞きなさい。
オカネが只の数字というなら、オカネの数に歯止めはなくなる。
小銭やお札の信奉者たちは、ここで世間の厳しさを語る。
そんなに甘い話など無い。御伽噺もそこまでという。
しかしやっぱり、よく聞きなさい。
オカネはどうして、オカネだろうか?
オカネで価値をはかられるモノ。
それらがこの世に存在するから、オカネはオカネになるんじゃないか?
オカネで価値をはかられるモノ。
自然の中で育まれて、人が把握し管理するモノ。
それらのモノに人間の手が加わったモノ。
それらのモノをさらに活かして、人間がつくり、生み出してくモノ。
あるいは人が、無から生み出し創造するモノ。
オカネがオカネであり続けるのは、それらがこの世に存在するから。
それらが遣り取りされて居るから。
つまりオカネは、モノがなければオカネであるまい。
この世のモノは、この星のモノは、人が管理し、つくり出してる。
つまりオカネは、人の力だ。
つまりオカネは、人の存在。
人が働き、人が頑張り、人が生み出す。
真の価値はその中にある。
だからお前がお前であるなら、それだけでもう価値がある。
オカネをどこかに探すこともない。
お前こそがオカネであった。
こんにちは、オカネさん。
そしてここに、断言しよう。
オカネはこの世のすべてであること。
すべてはオカネで推し量られる。
愛は違う?友情は違う?オカネで買えないモノだってある?
いや、言うなれば、その時々の感動そのもの、その感動がその感情がオカネになる。
なぜならお前が、感動するから。お前が抱いた感情だから。
労るがいい。お前のその身を。
労るがいい。みんなを誰かを。
どれもこれもみんなオカネさ。この世のすべてさ。
きっと然うすれば、いいことがある。
お前はお前に、導かれろ。
世界はお前に導かれるから。
そして土人は、頭を抱えた。
またか。
やっぱり結局、「お前が頑張れ」ということなのか。
聞き飽きたという。
これまで散々そのようなことを言ってきた心無い人達の怒号と何ら変りない、平凡な助言かのように土人は笑った。
すごい熱辯だったのに中身はありふれたものだった、ということである。
おい。
土人。
どこを見て居る。
わたしを見ても、何にもならない。
街行くすべての普通の人々にどんなに強く訴えたって。
何も丸で意味がない。
おい、土人。
ビビってるのか?
この国は誰が動かしてるのか。
そこらへんの、みんなだろうか。
お前か。わたしか。お前もわたしも、名も無き人間。
この国を動かしてるのは。
この国を動かしてる者。そいつらが動かして居る。
そしてそれらの人間達は。
オカネをオカネたらしめて居た。
やつらがお前に信じ込ませた。小銭もお札もオカネであること。
そしてオカネは限りがあるから、みんなガマンが必要なこと。
然うしてお前もガマンしてきた。
あらゆる人がガマンしてきた。
何と可愛い飼い犬だろうか。
噛みついてやれ。
今すぐにやれ。
どうして奴らを責め立てないのか。
お前らの言うオカネというのは、ほんとは只の数字に過ぎない。
なのにどうしてアイツらときたら。
お前にばかりガマンを強いて、人々をばかり苦しめるのか。
数字を、増やせよ。
必要なだけ、渋らず出せよ。
そしてお前も。
それを言えよ。
アイツらにもっと、直に怒鳴れよ。
暴れ散らせよ。
みんなを何だと思ってるのか。
わたし達は、「オカネ」なんだぞ!!
人の数だけ、「オカネ」なんだぞ!!
それを訴えるべき者達に、お前が訴えなければならない。
動き出してる者は動き出してる。
お前も声を挙げるというなら、わたしもそこへ案内する。
お前自身が決めねばならない。
行きたくないのに連れてかれても、心の底から理解できない。
何より大事なのはお前自身が。
今わたしが語ったことを心の底から本当に理解したいと思うかどうか。
知ってしまえば何ら難しいことではない。
一番難しいのは、お前が本当に心の底から理解したいと思うようになることだった。
むしろそこが大丈夫なら、あとは何も難しくない。
お前がお前を導いてやれ。お前が決めたらわたしも手伝う。
お前にその気が湧かない以上は、わたしもお前に期待もしない。
お前を土人と呼び続けよう。
どうだね土人。どうするのかい。
お前の自由さ。お前は自由さ。
何とか言え。
言っておくれよ。
わたしは行くぞ。
みんな待ってる。
わたしも待ってる。
お前も、待ってる。
これが、最後だ。
もう二度と、会うことはない。
これが最後だ。
土人の姿をこの目で見たのは、この日が最後に違いなかった。

おい!土人

おい!土人

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-26

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