亡くしてしまったあの日。
人は誰にでも欲望があって、夢を抱いて生きている。
けれど、それは図らずして叶わぬまま、チリとなって消えてしまう。
それならばいっそのこと、期待などせずに生きられたら。
夢など視ずに終えられたら、どんなに良かったのだろう。
酸いも甘いも、総ては見果てぬままに。
きみはわたしと一番最初に視た桜を、場所を、覚えているのだろうか。
小さなお寺の、小さな桜の下、わたしたちが話したことを
今でも想い出すことはあるのだろうか。
あの時が一番幸せで、一番、輝いていたはずのに
わたし達があの日に戻ることはもう二度とない。
きっと、あの日、あの瞬間、あの場所で見た桜は世界で一番美しくて、
世界で一番、哀しかった。
その記憶を、消してしまえたらどんなに楽だろうと心が悲鳴を上げては
過去の思い出に縋る自分を苛める。
きみはあの日、己の命が尽きるなら逝きたい場所があると言った。
その一言から、嘘が始まったことに、
あの瞬間から二人の歯車が狂い始めたことに、なぜ気付かなかったのだろう。
なぜ、気付けなかったのだろう。
逝くなら「一人」だと言ったきみは、
本当はわたしのそばにいられないことくらい
わたしが、きみのそばからいなくなることくらい、判っていたはずなのに
わたしも、判っていたはずなのに、見て見ぬフリをして
春の風に気を紛らわせてしまった。
わたしもきみも、あの時はまだ子供過ぎたが故に
視えない未来に押しつぶされてしまうこわさを
こわさと戦う力を、持っていなかったのかもしれない。
亡くしてしまったあの日。