素々
それは、
私の脛から足先まで奪い去る、遠慮を知らない自然な瞬間だから、きっと思い残せるものなんてなくて、いつ、どこで始まるかなんて人様が知る由も無いし、私も知り得ないから、息を呑んで、消えていく、花びらの様に、散り行くのだと言われる、だから、それを待つ、思い出として生きる、私こそが風の強い日に乗せられてどこまでも遠く、遠く、旅立てる。そう信じられる、数限りない事。
刈られる思い、というには痛みがなく、着ている衣服の下で連れ去られて、失われる身体の形だけがそれによって維持されるから、私は消えない。とても消えない。じゃあ、と目の前で尋ねる人の、どういう気持ちなのかという疑問の分だけ妄執という足枷が無くなり、一途という重しが仲良く並び、仲良く座るベンチの下に住処という居心地を覚える。多感な時期なんて、ずっとあるものなんだ、軽くなった口は言う、当たり障りのない予定時間。どこかも知らない宿泊先。既に日に焼けた様な返事と一緒に、それらを何度も埋めたから。腰を落ち着けて、青に染まる。隣の声の、希望を借りて。
耳にする。
けんけんぱ、ときみの番、ぼくの次。あなたから、と促されて傾ける花瓶の水は、暫く見ない雨の代わりとするにはものを知り過ぎていて、多い印象の言葉数、あちこちにある棘も生意気盛りと言えなくもないって、誰の顔して言えるのだろう、と背中を預ける橋の欄干。年月に随分と錆びついても私の自重が何も壊さないし、随分と散った印象がそこに拍車を掛けるのだった、という私小説的イントロ。仰向けになったつもりで続けても、ぷかぷかと浮かべる煙草の煙は見当たらなくて、あの真っ白な雲はさっきまで水面に浮かんでいたんだ、そう思える自由が、腹の底から笑い声を上げた。それが嬉しくて、涙が出るくらい、風に乾いた。それがきっかけ。
捲れ出すから主観的事情、秋口にはもう染まり出して、本の小口より目立ち出す。ぽろぽろ、はらはら、ぱらぱら。
ぱらぱら、
すっかり、見えなくなった手の平を返して、
「雪」に付かない形容詞。最後に書きたかったエピソードをすっかり忘れた日記を抱えて、思い出になる前の夢を見た様な気分で啜る、コーヒーカップの中の汚れを見つめて席を立った、店を出てから拾えたタクシーのこの、後部座席と足の速い風景に追い付かない。気持ちを表す動詞も、状況を連ねる文脈を修飾しようとする副詞も、口から溢れ出すでたらめになるのが悲しい。罫線と罫線の間をそう走る、ボールペンの先の心の無さをじっと見つめる事ができた。呼ばれるまで気付かないものなんだ、そういうのはって綴られていくビジネスマンの早口も、どれもこれも人間的で。覚える痛みの宿泊先、そこに残せる心なんてなく、サヨナラの切れ端すら見せられないままに、
旅立つ。
逆さまになった蓋の、ぶらんとなってどこにも力が入っていない様が凄く嫌いだったんだって、正直な心は憤る、そうかなって言い合える、一滴も残さないミルクが起こした波紋とマーブル状の彩り、明日に向けて交換し合った心模様。風に吹かれようが、雨に濡れようが、私を形として残すものたちに一頻り頼って。春の訪れに咲くものも多く、かかる季節の訪れに囀るものも唐突に羽ばたいては、各々の事情を抱えた、と誰も言わないから私が言う。何も知らされないままに、なんて嫌だから、心残りなんてだから当然に無縁で、愛おしい朝も、恋らしい恋も、人様には知れない。私も知らない。
だから向かう、風に向かう。
桜の色。
声と並んで。
拾う、
切片から剥ぎ取られたどなたかの顔を思い浮かべましたかって尋ねられた事を聞き遂げて、残ったパズルのピースから成る跡形の様に崩れ去ることなく、繋ぐ、コールスローと大好きな組み合わせ。黄色い粒の甘みから幸せそうに、綻べば。
その笑顔。
遠慮を知らない、
終わりを知らない。
それは。
それは、
素々