アネタン

その昔、知り合いにね、

その昔、知り合いに、
「ねえ、姉ってどうなの」
と聞かれた。私には姉がいて、まあ、仲良くやっていた。
「どうって何が」
そう返すと、その知り合いは、
「子供の頃とかよ。なんかキュンキュンみたいなのあったの」
ああ、そういう事。
「なかったよ。子供の頃は今では考えられない程仲悪かったから、お互いに自分が自分がみたいな感じだったからね」
それは、そうだった。本当にそうだった。子供の頃は蹴ったり蹴られたりみたいな事が沢山あった。姉は姉で、末っ子の私、幼い私の事を憎んでいただろうし、私は私で、優秀というか、なんでもそつなくこなす感じに見える姉を憎んでいた。だから、仲は悪かった。子供の頃は。それはもう。仲良くなったのは多分、お互いに一人暮らしを始めてからじゃないかなと思う。お互いに親の傘の下から出て、色々と大変な事、月並みだけど、まあ、生きることの大変を経てからじゃないかと思う。
「姉に対して萌を感じた事とか無いの」
知り合いは私のそのような説明にあからさまにがっかりしたような顔をしていた。
「あるわけないじゃん。姉だよ。姉」
例えばまあ、世の中には少なからずそういうのがあるから、ちょっと考えたりしたことはあるよ。でも、そういうのってさ、まあ、私の想像だけどさ、子供の頃からすごい貧乏で、お互い協力しなくては生きていけないとか、なんか、そういうのが無い限りは無理なんじゃないかなって思うんだけど。
「そんなことないでしょうよ」
知り合いはなおもそれに対して幻想を抱いているかのような事を言った。諦めきれないんだろうか。
「絶対ないと思うけど。私も姉も多分だけど、子供の頃仲悪かったの思い出すし、今仲いいのだって、その時の自分が恥ずかしいからじゃないかなって思うし」
「勿体ない」
知り合いはそう言って、私の事をなじった。
「その可能性を知らないまま、一切排除したまま生きていくのは勿体ない。お前は勿体ない」
「そうなのかな」
そうなんだろうか。
「仮にもあんたはお話書いてるのに」
そうなのかなあ。

その昔、私はその知り合いとそういう会話をした。

で、それから数年たって、なんか最近それを思い出した。知り合いとそういう会話をした事を。
そのきっかけとなったのは、何気なくドラックストアに行って売薬を見ていた時だった。
「アネトン……」
そこに、アネトンというアレルギー専用薬を見つけた時だった。それを見て、アネトンって名前なんだ。って思って、そしたらその会話の事を思い出した。なんでかは知らない。とにかく思い出した。
あの会話から数年たって、今はもう私も姉も、それなりに年を取った。年を重ねた。
「アネトンねえ」
アネトンの薬を手に取って眺めながら、そう言えば勿体ないって言われたなあ。って思った。
アネトン……これ名前がアネタンだったらなあ。
もしかしたら、それをきっかけに何か、もっと何か、何かを思ったかも知れない。
「姉ちゃん」
「なに、どうしたの」
「あのね……その……」
みたいな話を考えたかもしれない。
いや、どうだろうな。わからないなあ。その後アネトンの薬を元の場所に戻して私は家に帰った。

それから今に至るまで、まだアネトンの事を考えている。知り合いに言われた、
「勿体ない」
っていうのもまだ頭の中に残ってる。
勿体ないことしたんだ私。勿体ないことしたのかなあ私。
そんな事をずっと考えている。

アネタン

アネタン

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-21

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