ハイリ ハイリホ(13)(14)

一―七 パパ 二―七 僕

一―七 パパ

 何てことだ、他人まかせもはなはだしい。まして、自然現象の竜巻が来るのを期待するなんて。竜介がその気なら、俺にも考えがある。よし、それなら、俺が竜巻を起こしてやると、大きく息を吸い込み、一気に吐き出し、藁や木の家はもちろんのこと、レンガの家でもへっちゃらだいくらいの勢いで床の見えないゴミを吹き飛ばそうとした。
 すると、近くに浮いていたあんぱん(アンダーパンツ、略してアンパン、つまり下着の包ではない。いちいち、説明する必要はないか)の袋が俺の口の周りにひっつき、息が出せなくなった。顔面を被ったビニールがビビビビビビと自分をPRしているかのように低音で震えている。いい音色だ。草笛じゃなく、ビニール笛だ。俺の息の根が止まるまで聞いていたい。
 待てよ、俺は、竜巻を起こそうとして、新しい楽器を創造したのかもしれない。破壊からこそ新しいものが生まれるのだ。またひとつ、真実の言葉を見つけることができた。真理とは何かを知った。まあ、身長が伸びた分、肺も大きくなり、肺活量が増えたせいで、人間掃除機のまねができただけだろう、そんなことにいちいち喜んでも仕方がない。と、軽く自分をいなす。いなせな兄ちゃん、ハイハイ。陽気な自分が可愛い。
 竜介の部屋で格闘している間も、背がどんどん伸びていく。竹の子の気持ちが少しはわかる気がする。体の成長に、果たして心は成長するのか。まあまあまあ、殻だけ、いや、もとえ、体だけ大きくなってと昔俺が住んでいた近所のおばちゃんの声が耳の奥から聞こえてくる。それに、ずん、ずん、ずん、ずんと背が伸びるのはいいが、俺の体に纏わり付いている服は、残念なことに、同じように成長はしない。
 どん、どん、どん、どんと体に比して丈が短くなっていく。幸いなことに、横には成長しないため、破れるおそれはないが、体全体を被っていたはずなのに、今は、胸の乳首を隠す程度だ。惑わない年で、臍だしルックだ。俺の色気で人を惑わせられるのか。臍が見られるのなら、昨日の晩に風呂に入ったときに、丹念に、綺麗に、ゴマひとつなく洗っておくのだった。
 体の中心なのに、普段は服で隠れているからか、臍のことなんか気にもかけていない。目やに、鼻くそ、足の爪や手の爪、髪の毛など末端のことばかりに、これまで神経を集中してきすぎた。見えるところだけきれいにしておけばいい。四角い部屋を丸く掃く。掃いた後は、そのままだ。風が吹いて、全てが元通り。こんな気持ちが仇となるのだ。体の中心から、きれい、きれいを始めるのだ。また、反省、反省。己を省みるうちに、俺の頭は子どもの部屋の照明器具にぶちあたり、とうとう天井を突き抜けた。
 メッキメキという天井を突き破る俺の頭の上を何かが走った。なんだ、なんだ、俺の身長を押さえつけてくれる存在は。この絶望的な危機の状況で、希望しない成長を止めてくれる最後の願の主は。それとも、我が身に降りかかった災難を哀れんで、神の力がまさに発揮されんとしているのか。おー、神よ。我を助けたまえ。
 しかし、神の化身の正体は、薄暗い天井裏を走る小動物。目を凝らして見ると、それはネズミ。希望の星でもなく、まして絶大なる力を持つ神でもなく、単なる家のやっかいものの存在じゃないか。今の俺と同様に。そうか、やっぱり、こんなところに巣があったのか。台所のパンやお菓子が齧られるわけだ。さっきの竜介の部屋の散らかり具合も一部はこいつらのせいかも知れない。竜介が言っていた竜巻は、ねずみのことなのか。 よし、せっかく見つけたのだから、この際、退治してやれ。と、手を伸ばそうとするが、二階床にひっかかって肩が持ち上がらない。無理に肩を上げれば二階ごと家がふっとんでしまう。屋根のない家では夜露はしのげない。ネズミの駆除を優先するのか、屋根のない家に住むのか、究極の二者選択だ。頭の中を洗濯すれば、どちらを選ぶか一目瞭然。
 思案にくれる巨大生物を横目に、ネズミたちは、チュンと屋根裏に別れの言葉を投げかけ、通風孔から外に逃げてしまった。後に残されたのは、黒い糞のみ。去る者が、後に痕跡を残してくれた。またひとつ我が家に化石が増えた。この家はどんどんと博物館化していく。
 腹いせに叫ぶ。くそっ、逃げられたか。まあ、いい。逃げられたんじゃない。見逃してやったんだ。背が伸びていることだし、肺も大きくなったし、心だって大きくならないと。頭は天井裏を突き抜けて、光に照らされた。太陽さん、こんにちは。俺は、太陽に向かって、ひまわりのような笑顔で声をかけた。正面から見た、太陽はまぶしい。俺の存在を肯定してくれているのか、否定しているのか。日の光が、俺の成長源ではないことは確かだ。

二―七 僕

 パパは今どこにいるのだろう。さっきから、僕の突っ込みに反応してくれるものの、何を考え、どこの想像の世界で浮遊しているのかはわからない。半目に開いたやや黒い瞳を覗いて見るものの、頭の中まではわからない。モニターか何かがあって、パパが今遊んでいる世界が僕にも見えたらいいのに。僕は、パパにとって外人なのだろう。でも、きっとパパの夢の中では、僕が内人として存在している。もう一人の僕よ、パパを助けてあげて。
「パパ、パパ、大きな音がしたけれど、大丈夫?」

ハイリ ハイリホ(13)(14)

ハイリ ハイリホ(13)(14)

パパと僕の言葉を交わさない会話の物語。一―七 パパ 二―七 僕

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-12-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted