文学の味

 ぼくは言葉の美食家(グルメ)であるからして、文学を舐めつくすのが趣味さ、
 それ味覚刺す快楽。これよりぼく ボオドレールの美術論的詩編を倣い、
 わが偏愛せし 文学者各々の味わいをコースで披歴しよう。どうぞ座って。
 芸術は美味──されどくれぐれも文学の毒を警戒せよ、ナフキンを渡すよ。

  *

 太宰治は甘ったるい、まるでカフェオレ砂糖三つ、少女に多い注文だ、
 苦みの大人の味 喉へ流し込むは蕩けて甘美な放心へ放つ極上ミルク、
 然し たとい子どもにしても美味なその味に気をつけろ、刺激を注意、
 その妙に遍く美味のわけ──悪酒としてのブランデーが豊潤(たっぷり)だろう?

 三島由紀夫 嗚全くもって、端から口に容れられやせぬ、
 されど舐めるよ、冷然硬質な日本刀の刃の蠱惑 唯舌陶然(うっとり)と撥ねるよう、
 鼻先抜けて香気と曳くは 旧き独逸の鮮血に、加えて仏蘭西の香水さ、
 金鏤める豪奢な盛付に切先燦るは唯我美装(ダンディズム)。それ或いは数寄者嗜好(ディレッタンティズム)

 川端康成がぼく苦手、靄のような霞のような砂糖のような無いような、
 かの泥棒詩人ジャン・ジュネが 天使を憎々しげに形容したように
 観念・物質の区別のつかぬ、まるで口に容れるまえ綿飴と消ゆる、
 曖昧な微妙繊細は高級料亭の域だけどれども、亦男独暮(ひとりぐらし)のそれの如し。
 
 坂口安吾、ぼくごのみ。ちかと痛みで閃かすバアボンの喉ごしが好き、
 まるで味は頗る不味い。されど自棄(やけ)に浴びるが如く呑みつづければ、
 やがて内奥からぞっと地獄と炎ゆるがような 劇薬(アッパードラッグ)の風味湧く、
 然るに後味は日本風(ジャパネスク)でね──和食家の創作仏料理(フレンチ)大蒜(ニンニク)醤油が濃厚だ。

  *

 コース終了。黒々と黎明する君のナフキンを返して。お持帰りは厳禁だ、
 食は確かに生活のそれ 生き延びるのに必要不可欠、そうだけれども、
 文学の毒味わった後、背骨に重装は佳、だが食後は奔っと運動と撥ねよう。
 何故ってナフキンを御覧──悪徳の毒瓦斯(ガス)犇いて、悪臭芬芬(ふんぷん)するだろう?

文学の味

文学の味

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-21

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