寄らば斬る!

時代小説(剣豪小説)は、昔から好きでした。そこには正義と道理と勧善懲悪の世界があります。
現代社会では、もうちょっと複雑になってしまい、悪い奴をあっさりと成敗することも難しくなりました。
無法者に対し「寄らば斬る!」と言って剣を振るう、正義の味方の活躍をお楽しみください。

陽賀品村は、藩の領地の西の端に有り、南からと西からの小さな街道が合流して、
東の城下町に向かう地点となっていた。
村の中心の千鶴の宿場には、数軒の旅籠や食べ物屋などが有り、規模は小さいが賑わいを見せていた。

春へと暦は変わったが、まだ寒さの残る時節。北から吹く風は、千鶴の宿場にも、砂埃を巻き上げていた。
なにやら人相の悪いひと群れが通りに現れたのは、そんな日の昼過ぎだった。


群れの先頭に立った男が、通りを行き交う者たちに向かって大声を上げた。
「みんな、よく聞け。今日からこの陽賀品村、千鶴の宿は、金平一家の縄張りになった。
旅籠や土産物で商いをしている者は、売り上げの二割をみかじめ料として、金平一家に差し出すんだ。」

その大声に驚き、足を止めこちらを眺める者たち。暖簾の間から顔を出す者も居る。

男は再び同じ言葉を繰り返し、その間に背後の者たちは、人々を睨み回すような目つきで、街道を遮るように、横に広がった。

気の強そうな一人の娘が、その男に食って掛かる。
「どういう事なんだい。藪から棒に、そんな話をされても、私ら、承知出来ないよ。
誰がそんなことを決めたんだい。」
「決めたのは金平の親分だ。承知するかしねえかじゃねえ。
お前らは素直に言う事を聞いてりゃ良いんだよ。」
「そんな事言っても、いきなり売り上げの二割を出せなんて、無茶じゃないか。
聞けるわきゃないだろう。」
「聞けないだと。そういう奴は無理やりにでも、いう事を聞かせるまでさ。」
その台詞と同時に、周囲の男どもが、娘の腕を捩じ上げる。

「鼻っ柱の強い娘だな。みんなで輪姦しちまいますかい。」
「まてまて、親分はこういう娘を無理やり、手籠めにするのが好きだから、親分の処に連れてっちまおう。」
もがく娘も、数人の男に力づくで抑え込まれ、どうにもならない。
娘の父親らしき年寄りが、男たちに向かいかかるが、周囲の連中に足蹴にされ、ただ地面に転がるのみだ。

「いいか。従わなければ、どうなるか分かるだろう。
この娘のようになりたくなけりゃ、素直に言う事を聞くんだな。」

宿場の者たちは、やくざ者のひと群れを怖れ、遠巻きに様子を窺がっているばかりだ。



嫌がる娘を引きずって、宿場を出ようとするやくざ者の前に、一人の侍が立ちふさがる。

「まて。その娘をどこに連れて行くつもりだ。娘は嫌がってるではないか。」
「こいつはなあ、俺たちにたてついたから、今から親分の処に連れて行くのさ。」
「親分とは誰の事だ。」
「この宿場を仕切っている金平の親分さ。」
「金平とな。そういうやくざ者が居るとは聞いた事があるが、この村に縄張りがあるとは知らぬな。」
「金平の親分がそう決めたんだよ。今日からここはうちの縄張りにするってな。」
「村の者も承知の上でか。」
「承知もへったくれも有るもんか。こいつらは言う事を聞くだけさ。」
「ずいぶんと乱暴な話だな。」

そんなやりとりに、皆が気を取られている隙に、娘は掴まれていた腕を振りほどき、侍に走り寄り、背後に隠れた。
「お助けください。こいつらは、私を無理やりに連れて行こうとしていたのです。」

侍の陰に隠れた娘を取り戻そうと、やくざ者たちは半円状に侍を取り囲む。
「その娘を返して、ここから消えな。お侍さんには関係の無い話だ。」
「そうはいかん。この娘に何か落ち度があるならともかく、何も理由もなく娘を連れて行くような真似を、見過ごすわけにはいかん。」
「この金平一家に逆らうと、お侍さんも痛い目に合うぜ。いいのか。」

取り囲む男達には、刀をこれ見よがしに肩に担ぐ男、身の丈よりも長い棒を威嚇するように振り回す男なども居る。皆がにやにやとしながら、侍と娘の方を見ている。

「ところで、この村を縄張りにして、金平一家はどうするつもりなのだ。」
「そりゃ、宿場の商いの一部を一家に差し出してもらうのさ。」
「そんなことは嫌だと言ったら。」
「まあ、その娘のようにちょっとした仕置きを受けさせて、逆らうとどういう目に合うのかを分からせてやりゃ、嫌とは言えなくなるだろうよ。」
「村の者たちに、そのような不埒な振る舞いは致すな。」
「俺たちだって、そんな事をやりたくてやってる訳じゃない。素直に言う事を聞いてくれれば、痛い目にも合わなくて済むんだ。
もちろん、あんたもな。」

やくざ者の頭格の男は、侍を威嚇するような目で睨んだ。
侍は、涼しい顔でその視線を受け止めている。

「ところで、ここを支配する代官所は、金平一家がこの村を縄張りとすることを承知しているのか。」
「うちの親分と代官の華畠様とは昵懇の仲だ。何も文句は言わねえだろう。」
「そうか。華畠殿がな。」

「お前のような下っ端侍が出る幕じゃないんだ。」
「私は、華畠殿の手下ではない。殿の警護役で慈瑛代と申す者。
殿からのお言いつけで、城下を見回っておる。
華畠殿の事も、金平というやくざ者の事も、殿にご報告申し上げなければならんだろうな。」

「そんなこと、させてたまるか。素直に消えねえと明日のお天道様が拝めねえようになるぞ。」

男どもは、それぞれの手にした得物をかざして、瑛代と名乗った侍に詰め寄る。
「お前たちがそういう態度ならば、こちらも相応の出方をせねばならんな。」

「どうしてもこの村で無法なまねをすると言うなら、刀に掛けても許すわけにはいかん。
城下の安寧を守るのが、殿に仕える侍の役目だからな。」
「これだけの連中に、あんたひとりで何が出来る。」
「それはやってみなければわからぬな。
だが、たとえ刺し違えようとも、おぬしらの好き勝手にはさせんぞ。」

瑛代はにやりと笑うが、やくざ者に取り囲まれても、まだ刀を抜こうともしない。
「ふん、そんなことを言っても、これだけの奴が一斉にかかれば敵うはずはねえ。」
「刀を抜こうともしない処を見ると、腰に挿してるのは竹光じゃねえのか。」

「どうしても、力ずくでやりたいというのか。」
「仕方ない。このような輩に殿を守る為の刀を使いたくはないが。
真っ先に、我が刀の錆となるのは誰じゃ。」


 抜いた刀を正眼に構え、やくざ者たちを睨む。
 その姿に隙はなく、剣の上級者の風格がある。
「こちらから仕掛けはせぬが、寄らば斬るぞ。」

 取り巻くやくざ者たちは腰が引け、誰かが先陣を切ってくれるのを待つのみだ。

「おう、掛かって行かねえか。」
 頭格の者が指図するが、進み出る者は居ない。
 後ろに控えた者の中から、体つきが良く刀を抱えた若い男が、皆の前に押し出される。

 後ろから尻の辺りを蹴られ、その男も覚悟を決め、刀を構えたまま瑛代目掛けて走り寄った。
 刀を前に突き出し、全速力で走り、その切っ先が瑛代の肩か胸を貫くかに見えた瞬間、瑛代は僅かに体をかわし、男はそのまま侍の横を走りすぎた。
 そのまま走り続ける男の肘の辺りから鮮血が噴き出す。
 斬られた男は、まるで自分が斬られたことが解らぬかのように、走り続け、やがて手にした刀を取り落とすと、そのまま前のめりに倒れた。

「おい、何が起こったんだ。」
「俺にはなんにも見えなかったぞ。」

 やくざ者にも、その周囲を遠巻きに伺っていた宿場の者たちにも、どうなったのか解らぬ一瞬の出来事だった。
 だが良く見ると、瑛代の構える刀の先端からは、僅かに赤いものが滴っている。

 やくざ者の群れに動揺が走った。

「安心しろ、死んではおらぬ。峰打ちだ。
だが、腕の筋は斬ったから、刀は二度と持てんぞ。」

「おい、あいつの動きが見えたか。」
「いや、腕を斬るのも、峰打ちにするのも、見えねえうちの事だった。」


「さあ、次の相手は誰だ。」
瑛代の言葉で、群れは崩れた。
「野郎ども。今日のところは引き上げるぞ。」
頭格の男が叫ぶより早く、後ろの群れは逃げ出す。

「そいつも連れて帰ってやれ。」
瑛代の言葉に、数人が倒れた男に肩を貸し、引きずって仲間の後を追う。

「ありがとうございました。」
瑛代に助けられた娘が頭を下げ礼を言う。
 さきほどやくざに足蹴にされていた父親らしき男も、涙を流しながら娘を抱きしめる。

 宿場の代表のような男も歩み出て、丁重に礼を重ねる。



 その数日前。登城した慈瑛代は殿の側に居た。
「瑛代。警護役とは言え、こうして城にばかり籠っていても退屈だろう。」
「いえ、私は殿をお守りするのが役目ですから。」
「たまには儂が城の外に出れば、警護も必要だろうが、
最近は政が多忙でな、その暇も無い。
城内では儂に危害を加える者など、居らぬだろう。
どうだ、儂の代理で一人で外歩きをしてみぬか。」
「一人で、でございますか。」
「そうだ。その目で外の様子を見て回って、儂に伝えてくれ。
領民が困っていることは無いか、政に何を望んでいるか、
そういう声を拾って儂に届けてくれ。」
「しかし、私が殿のお側を離れるのは。」
「領民の安寧は、領主の安寧にも繋がる。
と言っても、儂が姿を見せれば、素直に本音を吐く領民など居らぬだろう。」
「では、殿の御指図とあれば、領内を歩いて来ましょう。」
「儂の命令だとは明言するなよ。退屈しのぎだと思っていれば良い。
これも回りまわって儂の役に立つ役目だ。」


 下城する廊下の途中で、代官の華畠矢筒乃助が、瑛代に声を掛けた。
「瑛代、おぬしまだそんな重い腰の物を挿しているのか。
流石に城下一の剣の達人と呼ばれるだけある。」
どこか、その口調には嘲笑うような響きが混じる。

「殿の警護役としては、当然の事と思いますが。」
「このような太平の時代に、そのようなものを挿していれば重かろう。
竹光にでも変えれば軽くて良いのではないか。」
「いや、竹光ではいざという時に、戦えませぬ。」
「だから、そのいざという時など、来ぬだろうと言っているのだ。」
「確かに、もう何代も前の父祖の頃から、剣を使うような事態は起こっておりませぬが、
我が役目は剣無くしては出来ぬものでございますから。」

「頭が固いのう。そのような人を殺す道具を振り回すことなど、
見切りを付けたらどうだ、と言っておるのだ。」
「お言葉ですが、剣は人を殺すだけのものではなく、人を守るためのものでもあります。」
「そうかな。剣を持てば誰かを斬ってみたい。己の力を試したいという欲が湧くのではないかな。
刃物は人を殺めるためのもの。護る剣などあるものか。」
「剣をどう使うかは、剣を握る者の心ひとつ。
むやみに殺戮の道具とするのは、その者の心が下等だからです。」

「まあ良い。今の世に剣など時代遅れだと思うがな。」
そう言って、華畠は背を向けた。



 千鶴の宿場を後にし、城下の我が家に戻る途中、
数日前のそんなやりとりが思い出された。

「華畠と金平が昵懇だと。
まさか、今日のような事を見込んで、私に竹光に変えろなどと
言ったのではないだろうな。
まあ、今しばらく様子を見るか。」





 後日、瑛代から殿へその日の出来事も報告されたが、殿からは特別な指示が出ることはなかった。
「そうか、華畠がな。どうしたものかのう。
瑛代は陽賀品村辺りの様子を、きちんと見ておけよ。」
「もちろん、今後もあの辺りを歩いてみるつもりです。
殿の御指示でなくも、あの金平の動きは気にかかりますので。」
「領民が泣くようなことがあってはならぬからな。」

「そう言えば、華畠が瑛代の話もしていたぞ。
警護役などではなく藩校の教授にでもしてはどうかと。」
「殿の御指示であれば、私は従いますが。」
「華畠が言うには、もう剣術の時代ではないとのことだ。
その分、学問を究め、藩を栄えさせる方が、藩の資金を生かせるとな。」
「もっともな言い分ですが、剣を手放すのはいかがかと。」
「儂もそう言っておいたが。
それに、藩校には我が藩一番の秀才と言われた東英之進が居るからな。
学問の英之進、剣の瑛代と二人の抜きん出た人材には、それぞれの道を生かした働きをしてもらわねばならぬ。」
「英之進と並べられては、いささか面はゆいものですが。」
「瑛代とて、学問でも藩内で片手に数えられる者。
さらに剣では並ぶ者がおらぬ使い手。それほど卑下するものでもあるまい。」
「剣はともかく、学問では英之進に敵いませんから。」
「だが、華畠は藩内の一番と二番の二人を教授として、学問を進めよと申すのだ。
一番でなければ満足できぬか、二番では駄目なのか、とな。」
「一番、二番などと拘ることも有りませぬ。殿の御指示となれば従います。」

「まあ、華畠にしてみれば剣の使い手が別の御役目に就いていた方が、都合が良いのかもしれんな。」



 その後、しばらくは何事も起こらない日々が続いた。
 瑛代も藩の領地内を歩くことが日課となっていた。
 数か月後、人々の口に噂話が流れた。

「代官の華畠様が、寝付いているらしい。」
「なんでも、痺れ薬を盛られたとか。」
「やくざ者から、蜜のような肌の女をあてがわれていたらしいが・・」
「どうも、やくざの親分が短気を起こしたとか。」

「いや、女がやくざと代官の間でもてあそばれるのに、嫌気がさしたらしい。」
「俺が聞いたのは、やくざの指図で毒饅頭を食わせたって話だったぞ。」

「代官様を殺そうとしたって事かい。」
「でも、死んじゃいないんだろう。」
「しくじったのかな。」

「まだ命が有って、でもお役目を果たせないなら、この先どうなるのかね。」
「代わりの者を代官にするのかね。」
「だって、そんなに簡単にいかねえだろう。」
「華畠の家が代々、その役目をして来たんだからな。」
「あの代官の倅は、まだ青二才だろう。
お役に就くとしても、名前だけになるんだろうしなあ。」
「なんにしても代官所の中は大騒ぎらしい。
指揮を執るお頭が居なくなったんだからな。」

「そういうどさくさに紛れて、やくざが勝手なことをするんじゃないか。」
「くわばらくわばら。俺の処にとばっちりが来なけりゃ良いけどな。」



噂を耳にした瑛代は、注意深く陽賀品村辺りの様子を見ていた。
数日後。
以前のように千鶴の宿場に、金平一家のやくざ者が、群れを成して現れた。


「やはり来たか。まだ懲りないらしいな。」
「お前が、この前、うちの若いのを追い払った侍か。」
「そういうお前が、この連中の親分なのか。」
「そうだよ、俺が金平だ。
今日こそは、この宿場を俺の縄張りにしてやるからな。」
「そのような無法が通ると思っているのか。」

「そうやって邪魔が入ると思って、今度は強い助っ人を頼んであるんだ。お前に負けないくらいのな。」
「陣先生、お願いしますぜ。」

 群れの中から進み出たのは、身の丈六尺もあろうかという大男。腰の大刀も、三尺ほどもある長いものだ。
 対峙する瑛代は、身の丈五尺二寸、剣も二尺三寸ほどのもの。
 二人が向かい合うと、その体躯の差は誰にも判るものだった。

 やくざ達は、二人を取り囲むように半円状に拡がっている。
 さらにその周囲を、騒ぎを察した村の者たちが、遠巻きに見守っている。
 その二重に取り巻かれた人の輪の中心に二人が置かれた。

「私は陣明郡と申す者だ。訳有ってこの金平に味方する。
お前に恨みは無いが、斬らねばならん。」
「どのような訳かは知らぬが、このやくざに理は無いぞ。」
「理が有ろうと無かろうと、これが私が頼まれた仕事だ。」
「そうか。私もここを阻むのが、我が殿からの命令ゆえ、
お前に恨みが有るわけではないが、通すわけにはいかん。」

 二人は向き合って、穏やかに言葉を交わす。
お互いにまだ刀に手を掛けることもしていない。

「明郡とやら。お前にも父母が居よう。
このような処で、命を懸けた斬り合いをすることは無かろう。」
「私は水のみ百姓の一人っ子でな、父母に大事に育てられて、
このように体だけは大きくなった。だが、父母は食う物もろくに食えない
貧乏暮らしだ。孝行するための金を稼ぐには、こんな手段しか無いのだ。」

「しかし、それで命を落とせば、父母が泣くぞ。」
「いや、それはお前の方だ。私は勝って、褒美の金子を貰って、故郷に帰るのだ。」
「どうしてもやると言うのか。」
「いままで剣の修行を続け、技も力も鍛えてきた。
この体の大きさだけでなく、力でも速さでも、どのような相手にも、負けたことは無い。」
「だが、いつかは自分より強い相手とまみえる事もあろう。」
「そのような事は無い。私より強い相手など居らぬ。」
「その自信がいつか身を滅ぼすぞ。」
「では、自身でそれを見せてはどうかな。いざ、参る。」


 二人は同時に刀を抜き放った。
明郡は、上段に長い刀を構え、瑛代は正眼の構えで間合いを窺がう。


 明郡が間合いを詰め、正面から瑛代に斬りかかる。
瑛代は刀でそれを受け止める。
絡み合った刀を挟み、両者の力比べとなる。
 体格で勝る明郡の刀が、じりじりと瑛代に寄って行く。
瑛代はそれを払い落すようにして飛び退り、間合いを作る。

 再び、両者の刀が火花を散らす。
今度は瑛代が、斜めに胴を払い、明郡の刀がそれを受ける。
瑛代は、素早く刀を引き、再び間合いを窺がう。

「どうやら、力比べでは私の方が有利なようだな。」

 再び上段に構えた明郡は、一気に間合いを詰め、
刀を瑛代に叩きつけるように、力まかせに振り下ろす。

 瑛代は刀で受けるが、勢いに押され体勢を崩してしまう。
瑛代の刀が手を離れ宙に舞う。
 瑛代の体は、明郡の猛攻の筋を外し脇に避ける。
明郡は勢いのまま、飛ばされた永代の刀を追うように、瑛代の脇を抜ける。

 その瞬間。
 まだ弾き飛ばされた刀が、地に着かぬうちに、
瑛代は瞬時に脇差を抜き放ち、通り過ぎようとする明郡を斬る。

 明郡は、突進を停め瑛代の方に向き直る。
 その立ち止まった体が、再び瑛代に向かおうとした瞬間。
明郡の首筋から、血しぶきが噴き出す。

 明郡は己が斬られたことも解らぬように、刀を構え、瑛代に打ち込もうとするが、
既に間合いを詰める事も出来ず、その場に立ち尽くすのみとなる。

 瑛代は、黙ったまま、明郡からも周囲の者たちからも
注意を逸らさず、脇差を構える。

 やがて、明郡の体がゆっくりと地に倒れる。
 瑛代は、脇差の血糊を払い鞘に戻し、弾き飛ばされた自分の太刀を拾う。


 そして、ゆっくりと皆の方を振り返る。
「さて、先生とやらはこのようになった。
次に私の相手になるのは誰だ。」
やくざ一家に向かって言い放つ。

 金平も子分達も、一言も出ない。
やがて、子分たちは我先にと背を向けて逃げ出す。
「今日のところは、引き上げてやる。」
金平も捨て台詞を吐き捨て、背を向ける。


 遠くから見守っていた村人たちが、
恐る恐る瑛代に近寄ってくる。
その者たちに向かい、瑛代が言う。
「このような場で命を落としたが、こやつもまた人の子。
墓を作り弔ってやってくれ。
武人として立派な最後だった。強い男だった。」



 その数年後に、金平は他のやくざ一家との抗争で刀傷を負い、
その傷が元となり半年程苦しんだ末にあの世へと去った。

 金平一家は、子分の一人が後を継いだが、再び千鶴の宿場に
手を伸ばすことはなかった。

 華畠矢筒之介は、痺れた体が元のように回復することなく、
息子に代官職を譲り一線を退き、屋敷に閉じこもって余生を過ごした。

 瑛代は、その後も殿の命を受け、藩の領地を歩き回っている。

寄らば斬る!

最初に思いついたのは、現代社会での武力に対するさまざまな枷でした。
どんな悪人でも主張はあるでしょうが、武力や陰謀などを用い、他者を侵害することは、許されることではないでしょう。
その悪人の主張する理(ことわり)だけを大げさに言い立て、攻撃をさせないような言動をする陣営も、また、社会を複雑にさせています。
それらをやくざ一家や悪代官に見立てて、正義の味方に斬ってもらうような、スカッとした勧善懲悪のお話にしてみました。

おもいっきりパロディ化してありますので、あなたの思ったようにお読みください。
また、登場する地名、人名にも、あえて読み仮名は付けませんので、好きなように脳内変換してください。

寄らば斬る!

殿の命令で領地内を見守る慈瑛代の前に、千鶴の宿場を縄張りにしようと企む金平一家が現れる。 藩内では並ぶ者の無い剣の達人瑛代は、金平一家の野望を阻止することができるか・・・

  • 小説
  • 短編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-17

CC BY-ND
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