趣味の理解できる女性は何処?
今の時代の女性達と趣味が合わず結婚も諦めた男。
若い頃は数多くの女性達と彼方此方遊びに行きましたが、年をとるに連れ趣味が一般的な方とはあわなくなった。
小説を書き・作曲・電子鍵盤即興live演奏・絵画鑑賞と全て芸術嗜好となった。
女性の趣味は誰も同じで、旅行・スポーツ等が多い。年齢相応の趣味が若い頃からあまり変わっていない様。
藤原基経は、そう言う意味では世の女性達とは一線を画すようになってしまった。
人類の嗜好は誰もそれ程変わりがなく、基経にとっては何処に行こうが大して変わらないと思うようになっている。
欧州28カ国だけでも皆国民性や思想が異なる中で法律相談や法廷闘争を繰り広げて来ただけに、そういう感想に至る。
景色はどんなに美しくてもその場限りで自分のものにはならない。
其れは確かにその場の雰囲気に包まれてしまえば感動を覚えるだろうが、その感動と芸術作品の味わいとは異なる。
恐らく前者に憧れ止まない女性達は、気に入ったから又行きたいという反応を示すようだ。
世の中で前者が9割程度を占める様な気もする。また、芸術嗜好といっても、Classic・例えばpiano教室の経営者などは音楽としても極めて狭義のもののみ芸術と認める。
同じ芸術でも、そうなると二社の間には、少なくとも経営者の方としては、価値観の妥協を許さない者しかいない事になる。
いいじゃないか?という柔軟性が無いと思ってしまうのは基経の方なのだが、事実其の通りで双方の価値観を互いに認め合う事は先ず無いと思われる。
という事になれば、女性の中で芸術を愛する者が全体の一割で、更にそのうちの九割近くが基経と共鳴をしない事になり、其れであれば職業で有れ趣味で有れ気が合う女性は皆無という事になる。
基経の言わんとするところは何も、芸術論とは?という事ではない。
結婚相手と大上段に構えずとも、共に苦楽を過ごしてくれる者を探していたのだが、男女の間には趣味が取り持つ縁ばかりではなく当然ながら容姿であり懐事情というものも大いに関連してき、寧ろ其方の方が主になる事が多い。
statussymbolという言葉があるが、資産の類を示す。其の中に車で有り更に大きなウエイトを示すのが持ち家。
その辺りの感覚が出来上がったのは、そもそも育った家庭による影響が大きいと思われる。
学生時代に教師の息子だと言われ、快く思われなかった経験がある。
仲の良い友人宅を訪問した際、滅多に会っていなかった友人の父から。
「・・君のお父さん教師だって?」
その口ぶりは如何にも何かの感情を含んでいた事を記憶している。
現代の世では教員になりたいという希望者がいないと言われている。
基経に言わせれば子供を教育する教師の役目は非常に大きいと思われる。
しかし、そういう時代ではなく、あの友人の家で経験した父親の感情の様な物が今の時代を支配しているのかも知れない。
要は、今の世には基経と同じ価値観を持つ人類は極めて希少と言えそうだ。
彼の服装のセンスは先ず良い方だろうが、服が歩くのではなく中身が肝心だ。
他にも相性に関係するものを挙げればきりが無いだろう。
彼は其処で自らの年齢と示し合わせ、やはり最早結婚は無理だろうと思った。
幾ら頭脳明晰であったとしてもセンスが良かったにしても世の女性達から見れば関心を持つに値しないと。
其れに加える事世代の違いは大きな壁ともなっている様で文章や言葉すら通用しなくなっており、そうなれば意思の疎通すら計れない事になる。
現実的に男女が出会う場も用意されているのだが、悉くあたってみたのだが、相手の関心を買わない理由の主なものは容姿であるだろうが、次は趣味でスポーツを一緒にやりたいとか、旅行三昧・ドライブ・ダイビングなど凡そあまり高度でない且つ誰もが考える様なレベルの内容であり、其れが基経のお付き合いできる、若しくは価値を感じ共にやりたいと思えないという事になる。
その辺りで結論を導かざるを得なくなっている。見込みとしては、婚姻に向けての活動の道は開けなかったと言えるであろう。
此れから基経の余生が何時まで続くのかは分からないにせよ、単身での生活をする事は間違い無いだろう。
基経は物書きであるから、そんな事をテーマにし物語を書いてみようと思った。
其処で考えたのは今までの経緯を書き綴ったところで泣きごとの様な・・と思う。
其れでも、筆をとり何某かの文章を書き始めた時、妙なる声が聞こえたような気がした。
机の引き出しの中から聞こえたような気が下と思った途端安普請の部屋の台所の向こうから人影の様なものが。
声は確かに聞こえたような気がしたが、台所との間に吊り下げられているぼんぼりは揺れている。
窓は半分ほど開けているが風が室内にまで吹き込む様な様子も窺えない。
すると、やはりぼんぼりは何かが通過したせいでとしか思えなかった。
其れが事実である事がそのすぐ後に・・。
筆がすらすらと描いている文章は勿論彼の指が挟んでいる事の結果とも言えるのだが、当初頭に浮かび始めていた筋書きにしてはやや違いそうだ。
彼は直前にいろいろな事を頭に浮かべては書き出してからどちらかと言えば幾つかの過去の出来事を、箇条書きの様に整理しながらその中で気を引くものをと。
ところが、筆の描くところには既に彼が気にしそうな女性が登場している。
先程から姿は見えないのだが文章とし生存していそうだ。
其れが今まで現実の世界で会いこそしないものの、趣味等で食い違っていた女性達とは聊か異なる女性のように思える。
其れが何より、こうして自ら文章中に現れた事が何か小説というものを理解してくれているような気がする。
する、と思ったのは、まだその存在も姿さえも窺えず、無論会話にまで発展しそうもないのだから。
しかし、その疑問は意外に早く解けた。遂に姿を見せてくれたからだ。
しかし、今風の衣装では無く記憶にある限りでは・・平安の都あたりか?
そして、彼女の一言で其れがはっきりとした。最初は紫式部では無いかと思ったのだが、彼女を有名にした作品は「源氏物語」。
そうあれば、物語の中には光源氏を中心とする大勢の女性が登場する。
だが、其れは彼女の思いついた世界での事で有り、実際の彼女は娘時代から結婚前後の事・夫との別れ・宮仕えの経験などを『紫式部集』に歌として詰め込んでいる。
「めぐり逢ひて 見しやそれとも 分かぬ間(ま)に 雲隠れにし 夜半(よは)の月かげ~久しぶりにお逢いしたのは本当にあなただったのかしら。それも分からぬうちに、月が雲に隠れるようにして遠ざかっていった私のお友達…」
百人一首の57番としても有名だ。
ところが、彼女かと思いきや・・次の歌が。
「思ひつつ ぬればや人の 見えつらむ 夢としりせば さまざらましを
【現代語訳】あの方を思いながら寝たから、夢に現れたのでしょうか。もし夢とわかっていたら、醒めなかったのに。」
此れは式部では無く、小野小町の作。
小町は6歌仙36歌仙として知られているが、その歌のlevelは相当高いと言われている。
その彼女なら後の世に産まれた式部の歌を詠むなどは案外簡単なのかも知れない。
その姿を現した時には紛れもなく小町だと分かった。
「・・貴方は物書き故世の女子達には理解されずと思っておられるのでしょう?」
でも、其れは貴方のいる時代があまりにも荒(すさ)んでいる為。
世は刻々と変わっていきます。だからと言い、必ずしも何もかもが利口になっているとも言えません。
寧ろ、逆行していると言えるのでは?此の国では歌に限らず貴方の仰る芸術という玉虫色の宝物は存在していた筈です。
其れが、奇しくもおかしな時代に変わってしまったのでしょう。
「・・ああ、其れはお世辞だとしても、実際この世では運動や旅行なるものなどが女方の好みとし重宝されている。其れで私の様なものは社会の隅にでもおいやられたかのような印象を味わっている。私は、芸術こそこの世で最も優れている趣味というか仕事とも言えると思っている。だが、其れを幾ら思ったところで、どうなるものでもないのも事実」
その言葉が終わらないうちに小町は彼の筆を走らせ始めた。
見事な速さで筆が動くたびに筋書きが出来上がっていく。
そして、彼が筋書きを読み何とか追い付こうとした時、小町は彼の瞳を見て言った。
「・・大丈夫、筋書きに気を使う必要はありません。どうしてかと?貴方は既に物語の中に入り私と共に歩んでいるのですから?」
そう言われて気が付いたのだが、確かに筆の速度は二人の動きにつれ一層華やかに見える。
あっという間に、物語の終点まで辿り着いていた。
彼は其処で不安が襲ってくる様な気がした。小町は絶世の美女故、彼女だけで物語は充分な内容になる。其れなのに自分の様な余計なキャラクターが現れたのではまるで艶も見せずに筋書きを台無しにしてしまう・・そう思った。
小町は其の事も存じている様で、こんなアドバイスをしてくれた。
「・・貴方そう何もかも卑屈になるなど・・貴方には貴方なりの気高い考えがあり、其れで選んだ玉が貴方の趣味の芸術でしょう?其れを、例え今の世代の女子がどうであれ折角大事にしている者をそこ迄疎む事は成りませぬ。きっと、何時の世にか貴方の考えが認められる時代が来ます。今は過度期であり、この世が滅亡する時期にかかっているのです。今まで楽ばかりして生きて来た者達が此れからどのような目に遭うかは何れ嫌でも分かります。貴方、予言者でしょう?」
そう言われて思い出した。予言は次々に事実になっていっている。
只、基経は其処で小町が自分と共に生きていてくれるのかと思ったりした。
小町は首を横に振ると。
「・・いえ、私は私で平安の世でやらなければならない事があります。貴方のお話で、綾乃さんという女性が登場する者がありますね。綾乃さんは私と同じ事になっております。ですが、貴方とのロマンスは千年を超え今の世にも続いている筈。同じ女子が二人という訳にはいきません」
其処まで聞いた時、基経は自らの名がどうして基経なのかが分かった。
自分の書いた「京 綾乃と 3」では、基経は寧ろ自分の影武者であり自分が関白とし平安最強の男となり世を導かなければならない。
それにしても、綾乃と小町を一緒にしたのは早計だったかななど後悔したのだが。
何か寂しい気がするのだ。
其れを一早く悟ってくれた小町は。
「物語が次の「京 綾乃と 5」まで書かれるまで、貴方が寂しくない様な手筈を取りましょう・・其れは・・?」
「其れは・・とはどういうことか?」
「・・貴方がお好きな映画というものに登場する女優さんなら貴女もお気に入りでしょう?」
「・・ああ、それはそうだが?少しの間そんな事が出来るのだろうか?」
其の翌晩。
基経が映画を見た後おかしな事が起きた。
狂四郎の相手方の美女優が寝間に付き添ってくれている。
彼は、其の晩はseriesの魔性の女を見たのだが、美しい女優は其の晩は、鰐淵春子・・天才バイオリニストとしても知られていたドイツ人とのハーフ美人だ。
すらっとしたstyleに着物姿が良く似合い、今の世代の女性とは全く違った美しさが漂っている。
寝間に横になったとは言え、人類の様な浅はかな事などは考えない。
彼女が横に寝ていてくれるだけで気持ちが休まる。
彼女はあまりんstyleの良さからヘアーヌードになった事もあった。
しかし、其れは彼女のもう一つの姿であり、彼女が二度美しさを見せてくれるという事。
基経は小町の事を思い出しながら、綾乃の自作を急がねばなど思う。
すっかり、今まで塞ぎ気味の心が明け放された様にやる気が出て来た。
やはり、自分の趣味は此れで良いのだと念を押しながら隣の彼女を見た。
彼女は二つの美しさを持っているから、最初はヌードを・・そして着物姿も鮮やかな彼女に戻っていた・・。
趣味の理解できる女性は何処?
ところがこの時代だけが世の全てで無い事を・・或る女性が教えてくれた。