畢生の証

畢生の証


 訃報なんてものが存在しない日は無い。若い作家から昭和の大スターに至るまで毎日どこかで誰かが死ぬ。
「人が死ぬ」
 その事実は誰しも簡単に受け入れているようで、どこか拒み続けているはずなのだ。そして死ぬ間際まで自分が死ぬわけがない。そう考えている。自分だけじゃない。身の回りにいる人が死ぬなんてことは想像することも出来なければ、それが現実となっても容易くうべなうことも出来ない。
 したがって唐突に告げられた兄の死という事実は、俺の頭を掻き乱すに十分であった。悲しむことも無視することも出来ぬ距離にいた兄は、俺の心を空虚で満たした。
 高一生の冬、今年初めて霜が降りた。秋を忘れさせないうちに容赦なく寒さが体を刺す十二月の上旬。高校から帰ってくると、今日は珍しく両親が既に帰っていて、暖房のきいた生温い空気が俺を迎えた。
 
「ただいま」

 俺の声に答える母親は、気丈に振舞ってはいるがその目の奥には隠しきれぬ悲しみが覗いている。父親は二十歳の頃からずっと吸ってきた煙草を止めた。少し前までは酒さえ止めていた。変わらないのは俺だけだ。
 先月の中頃、兄の蓮が死んだという知らせが入った。蓮は二十九歳だった。交通事故だった、らしい。
 兄の死後、両親は心を抜かれたように気力を失ってしまった。例え十年以上会っていなくとも、息子が先立つことの悲しさは推し量ることが出来ないものだった。
 ただ、俺はどうしてもその悲しみに共感することはできなかった。その代わりに、蓮がどういう人間で、どんな思いを秘めて家を飛び出したか、俄然興味が湧いて出てきた。
 
 自分の部屋に入ると、少し冷えた空気に身体を震わせた。幼稚園の頃のアルバムがあるはずだと、使っていない本棚を探り始めた。読まなくなった児童書や漫画の奥に、埃を纏ったアルバムを見つけ出した。ティッシュを一枚手に取り、とりあえず拭いた。
「聖 幼稚園」
そう書かれたアルバムにはうっすらと、濡れた跡が残っている。三秒の間、アルバムを閉じたまま見つめた。そして俺はアルバムに手を伸ばし、開いた。
 幼い俺と、記憶はないのに、懐かしさを覚えさせる青年が一緒に写っている。蓮は当時十九歳だった。大学生だったのか、就職していたのかも、俺は知らない。俺が蓮について唯一覚えているのは、蓮が出ていったその日の事だった。
 九月上旬、彼岸花が美しく咲いていた頃。確か、両親は出かけていて、俺と蓮は二人で家にいた。おやつの栗まんじゅうを食べ終え、俺はテレビに映されるヒーローの姿に夢中になっていた。蓮は俺の頭に手を乗せて、何かを俺に告げた。その後、蓮がリビングから出ていった。それが俺の見た、最後の蓮だった。
 それからはほとんど覚えていない。ただ、それから数週間の間両親から蓮のことを知らないか、何度も問いつめられたことだけが脳裏に焼き付いている。
 蓮は何をしていたのだろうか。蓮は俺に何をくれたのだろうか。死んでしまうその瞬間に、家族のことを思ってくれていたのだろうか。最後に、何を言っていたんだろう……
 写真を見ながらページをめくっていると、ふと、手が止まった。最後のページだった。真っ白な見開きに、左上の隅に一枚だけ、写真が貼ってあった。唯一、俺が写っていない写真だった。蓮が一人で笑っている。その写真の場所は、当時住んでいた家の近く、西宮市を流れる夙川であった。

 翌朝、学校もない土曜日には珍しく、六時に目を覚ました。別にそう決めていた訳では無い。そうでは無いが、気が付いた時にはもう駅へ向かっていた。
 土曜日の早朝、梅田駅周辺には同年代の高校生、足早に歩くサラリーマン、派手な格好をした女性、たくさんの人が行き交っている。その中を抜け、神戸三宮行きの各停に乗った。
 平日とは違う、静かな雰囲気の車内の片隅に腰掛けると、昨夜のことを思い返した。写真の中で笑っていた蓮。恐らく蓮も家を出た当時、この路線の電車に揺られその目的地へ向かっていたはずだ。
 電車は塚口駅に停車し、人の入れ替わりが激しくなる。そしてまた加速し始める。今まで気にしたこともなかったのに、何故かその中に蓮の顔を探していた。居るはずがない。当然だ。俺は壁にもたれかかって目を閉じた。
 電車が夙川駅にちょうど停車した時目を覚まし、慌てて電車から降りようとしたらスマホが膝から落ちた。急いで拾ってドアを出ると、入れ替わりで乗客が入っていく。人の間を抜け、改札を出ると既にバスが止まっていた。高校生や老人の後ろを着いてバスに乗り込むと、ほっと息をついた。改めてバスの窓から外を眺めた。次のバスを待つ者、信号が変わるのを待つ者、電車に置いていかれまいと走って改札に入って行く者。信号が変わりバスと人が動き出した。
 車窓を眺めながら俺は蓮のことを考えていた。いつから家を出ようと思っていたんだろう。家を出て何をしていたんだろう。しかし、何も分かるはずもない。ただ高校生活を送る俺と日常を捨て飛び出した蓮とでは、決定的に違うものがあるはずだ。

 目的のバス停に着き、バスを降りるとあまりの寒さに身体を震わせた。近くの橋の下には夙川が流れている。川の近くに下って深くため息をつく。
「あの写真の場所はどこだったかな……」
 渓流と言えるのだろうか。道とも呼べぬ道を川に沿って歩いていった。寒い上に歩きにくく、自分が一体何がしたいのかも分からなくなってきて、もう帰ってしまおうかなどと考え始めたちょうどその時、川のそばの森から狐が顔を出した。その狐と目を合わせて数秒の後、狐がまた森の中へ帰って行った。その後を追いかけて木の間をくぐり抜けると小さな祠が建っていた。
 鬱蒼と木が生い茂り薄暗くなった森の中に半径2メートルほど空間ができていた。そこには苔で包まれた小さな鳥居と祠がひっそりと佇んでいた。そして祠には青くくすんだ小さな石の欠片が供えられている。その欠片に手を伸ばした瞬間、
「それ、とるの?」
 声がした。俺以外に人はいない。すごく優しく、柔らかい声。振り返ることも出来ない。手を伸ばしたまま動けない。足元に何かの気配を感じた。そこには先の狐がいた。
「お前が喋っているのか?」
 俺は問いかける。狐は答えるかのように俺の足に顔を擦り付ける。
「お前は……何なんだ……?」
 声が震える。狐は祠の前に座ると、俺をじっと見つめた。
「別になんだっていいじゃん。そんなことを知りにここへ来たわけじゃないでしょ?」
 狐がそう言って大きくあくびをした。俺は目の前の現実を飲み込めないながらもかろうじて口を開いた。
「俺が……ここに来た目的……?」
「そうだよ。お兄さんを探しにきたんだっけ。僕がそれを手助けしてあげる」
 俺は思わず目を見開いた。蓮のことを知られているということなのだろうか。それよりも今手助けって……

「その石、とらないの?」
 そう狐が問いかけてきた。その声で、俺は手を伸ばしたままだったことに気が付いた。さっと手を引くと狐が不思議そうな顔をしてまた話し出した。
「君のために用意したんだから、手に取ってくれていいんだよ。お兄さんを探す君のために」
「蓮を……知っているのか?」
「当たり前だよ。昔お兄さんが君と二人でここに来た時も見てたよ。君は覚えていないだろうけど」
「俺が昔ここに? あの写真はここのことなのか?」
「その写真が何かは知らないけど、よく君たち二人が参拝してくれてたのは覚えてる。この神社にはもう何十年も人が来てなかったからね」
「何十年もって……そんな山奥にある訳でもないし誰もこないってことはないだろ?」
「ここは本当に必要な人にしか見えないんだ。それが例え今その瞬間でなくともね。実際、君は今この神社を必要としている。だから君たちは来れたんだよ」
 狐が喋っているということも、その内容も、全く飲み込めない。分かっていたのか? 俺が蓮を求めてここに来ることが。そしてそれが十年も前には定められていたということなのか。
 目の前の狐はまた毛繕いを始めた。寒風が甲高い音を立てながら吹き抜けた。俺はまた狐に問いかけた。
「なあ、この欠片はなんなんだ?」
「これは枯骨石って名前でね、死者に対する未練を具現化することが出来るんだ」
「それが俺に必要だってのか?」
「そうだね。君が必要としているから君はここに来たんだ」
 俺が蓮に未練を抱いているとでも言うのか。その抱いている未練も俺には分からないが。
「じゃあお前は俺にどうしろって言うんだ」
「今夜月が出たぐらいにまた来てよ。その石も今はただの石ころでしかないんだ」
「月が出てないと意味がないっていうことか?」
「うん。だから今はまだ、その時じゃないんだ」
 そう言って狐は森の中に歩いていった。呼びかけても振り返ることはなく、とうとう見えなくなってしまった。ため息をついて、空を仰いだ。
 冬の昼下がり、木の枝から漏れ出る光が俺を照らしていた。

 一度家に戻ると、時刻は2時を過ぎていた。自室に入ってまたアルバムを開いた。
「なんだ……これ……」
 昨日はなかったはずなのに、夙川での写真から続きがあった。確かにあの祠の写真だ。俺と蓮が二人であの神社に行ったことがあるという狐の話は本当だったようだ。
 不意に写真が滲んで見えた。特に悲しいわけでもないのに。いや、自覚はできていないが俺自身の奥深くで蓮の死を悲しんでいたのかもしれない。深層にしまっていた兄への情が隠しきれなくなるほど大きく肥えていたようだ。
 なあ、蓮。俺のことは覚えてくれていたのかな、少しでも頭の片隅にあれたなら、いいな。俺は蓮のことをあんまり覚えてないくせに、蓮には覚えていて欲しいなんて虫が良すぎるかもしれないけど。

 会いたいな、兄さん。


 その日の夜、俺はまた神戸行きの各停に揺られていた。母から塾に行くようLINEが来ていたが、未読スルーしたまま外を眺めている。どうやら今日は満月らしい。
 昼間の祠に行くと狐が座って待っていた。
「来てくれたね」
「ああ。俺の未練を断ち切ってくれるんだよな」
 そう言うと狐は俺の方へ歩き出した。
「それは君次第だよ。僕には手助けしかできない」
 空気が一段と冷えて、俺の体を震わせる。
「この石に触れればいいんだな」
「うん。一つ取って」
 深く息を吐いて俺の視界が少し白くなった。悴む手を前に出して、月光に照らされ青く光る石を手に取った。
 須臾の間を置いて、辺りの色が失われて全てがモノクロになった。一切の音がなくなり、次第に視界も暗くなっていった。
 
 何時間経ったのだろうか。目を開けるとさっきの祠から少し離れたところに寝転んでいたことに気がついた。祠の方に少し背の高い人影が見えた。
 蓮だ。十年以上見ていない蓮の姿が、そこにあった。写真の中にいた蓮がいる。呆然と立ち尽くして蓮を見つめていると、話し声が聞こえてきた。
「そうか、俺は死ぬのか……」
「残念だけど、そう定められたことなんだ」
 話し相手は狐だった。蓮が死ぬことが決まっていた? 蓮が交通事故に合ったのは必然だって言うのか?
 そのまま聞き耳を立てていると、また二人が話し出した。
「そして俺が近くにいると聖までも巻き込まれてしまうと……」
「君が死んでしまうのは助けられないけど、彼はそれとは本来関係ないはずだったんだ。でも、君の兄弟として生まれてしまった以上彼にまで危険が及んでしまう。それを助けるか助けないかも君次第ってことだよ」
 蓮が死ぬのは助けられないってなんだ。俺を助けるってどういうことだ。それが蓮の家を出た理由だって言うのか?
「なるほどな。俺は自分の弟が成長するのを見届けることさえできないって言うんだな」
「できないってことはないよ。ただ、そうすると二人とも十年後に死んでしまう。それだけの話だよ」
「それだけって……簡単に言ってくれるな」
 そう言うと、蓮は空を見上げて笑った。
 なんで蓮はそんな平気そうなんだよ。あの狐は何者なんだ。蓮が死ぬってどういうことなんだよ……。
 目の前の光景が上手く飲み込めず、その場にへたり込むと、またさっきと同じように世界がモノクロに変転した。頭の中に自分の体を含めた全てが吸い込まれていくかのような感覚に襲われ、そこで意識が途切れた。
 ぐるぐると廻る思考の渦の中で俺はさっき見た光景を思い返していた。多分あれは蓮が家を出る少し前の頃だろう。あの狐は蓮が死ぬことを必然だと言っていた。そして蓮と俺が一緒にいると二人とも死んでしまう。それを避けるには蓮が俺から離れないといけない。訳も分からないしそんな馬鹿げた話に苛立ちさえ覚えた。
 蓮は自ら日常を捨てたわけでも、自由を求めて飛び出して行ったのでもなかった。俺が蓮を追い出したとも言えるのだろう。俺のせいなんだ。

 気が付くと、また祠の前に立っていた。狐と目を合わせると、自然と口が開いた。
「俺が……悪いのか……」
「そんなことはないよ。決めたのは彼だし、君が彼に強要したわけでもない」
「でも……でも……」
 言葉が見つからず、何も言えなくなった。蓮を追い出したという罪悪感と狐に対する憎悪が混じりあって、ただ狐を見つめることしか出来なくなった。
 すると狐は祠の中から新たな石を取り出した。その石は月に照らされて、赤く輝いていた。
「次はこれに触れて」
 そう狐が言ってきた。俺は返事をする前に、その石に手を伸ばした。
 触れた瞬間、月光がより一層強く祠を照らした。思わず光に目を閉じると、自分の体が温かい何かに包まれるのを感じた。
 目を開けると、そこにはまた蓮が立っていた。蓮は俺と目を合わせて少しはにかんでいた。
「兄さん? 本当に兄さんがここにいるの?」
「あの狐の話ではそういうことになるな」
 そう言って蓮は少し遠くにいる狐に目をやった。あの狐の力がどういうものなのか皆目見当もつかないが、ただ一つ確かなことは今蓮が俺を認識しているということだ。
「俺もお前と同じように、あの狐に言われて石に触れたからここに来ることができたんだ。『俺が聖から離れたらあいつは助かるんだな』そう狐に聞いたら俺にさっきのと同じ赤い石を取り出した」
「ちょっと待ってよ。なんで俺が赤い石に触れたことを知ってるんだ?」
「話を聞けって。その石に触れてから、俺はあの狐に連れられて今日一日お前を見てたんだ」
 そう言って蓮は笑った。落ち葉が擦れる音に振り向くと、狐がこっちに歩いてきていた。
「本当だったでしょ?彼は無事だよ」
 狐が蓮に声をかけた。
「そうだな。よかったよ」
「ただこれは君が彼から離れることにした場合に限るんだよ。そのうえでよく考えてほしい」
 狐はそう言うと、茂みの方へ歩いていった。その背中を見つめながら蓮が問いかけてきた。
「聖はどうするべきだと思うんだ?」
「そんなの俺にはわかんないよ。兄さんがいた時のことなんてもうほとんど覚えてないし」
「そうだよなあ……今、いくつなんだっけ」
「先月十六になった」
「すごいな。俺が知ってる聖はまだ五歳なのに」
「俺だって歳ぐらい人並みにとれるよ」
 そう言って二人で笑い合った。ほとんど覚えていないのに、懐かしい温もりを感じた。気を抜くと涙が零れそうになったので、後ろを向いて蓮に話しかけた。
「兄さんは家を出たら何をするつもりなの?」
「何をするんだろうなあ。十年もあったらなんでも出来るぞ」
 蓮の声は楽しそうだった。十年後に死ぬと言われてなんで平気なのかが不思議でたまらなかった。冬風が二人の間を吹き抜けた。
「兄さんは平気なの?」
「そうだなあ……そこまで悲観はしてないかな。逆に言えば十年は生きられるんだぜ?」
「たった十年だよ。父さんからも、母さんからも離れて。もし俺がそうなったらもっと塞ぎ込んでたと思う」
 蓮は凄い人だ。俺には無い強さと温かさを持っている。自分がこの人の弟だと考えると、心の温度が少し上がったような気がする。
「じゃあさ、聖は明日死ぬかもって考えたりはしないのか?」
「そんなの考えたってよく分かんないよ。現実味がなさすぎるっていうか」
「確かに、誰かが死ぬなんてそうそうないことだもんな」
「そうだよ。だから今父さんも母さんも相当なショックを受けてるんだし」
「それは申し訳ないな。でも、多分俺は幸せだよ。これからも。だから気にしないでくれって伝えてほしい」
「そんなに簡単なものじゃないと思うけどな」
「それもそうか」
 そう蓮は笑った。俺はまた体の向きを変えて蓮を見つめた。自分より少し背が高く、優しい顔付きは父さんに似ているのかもしれない。そして何も言えずただこの優しい沈黙を噛み締めていた。
「聖はさ」
 蓮が話し出した。
「自分が何のために生きてるかとか、考えるか?」
「うーん……考えたことないかもしれない。兄さんはあるの?」
「あるというか、ただ生きているからには俺の証を残しておきたいよな。聖にも分かってもらえるように」
「兄さんの証?」
 聞き覚えのある話だった。誰かが俺にそんなことを言っていたような気がした。
「ああ。なんでもいい。形のある、俺の人生を証明する何かを」
「どうやってそんなことをするのさ」
 蓮は俺の頭に手を置いて笑って続けた。
「俺たちの物語を小説として残すんだ」
「そんなことできるの?」
「ああ。十年もあれば十分だ」
 俺の頭から手が離れていった。顔を上げて蓮を見ると、蓮は泣いていた。
「兄さんなんで泣いてるんだよ」
 そう言った俺の声も震えていた。
「なんで泣いてるんだろうなあ」
 蓮が俺を抱きしめた。兄の体温を感じながら溢れる涙が足元の落葉を濡らした。
「お前にも未来がある。だから、何かをこの世界に残すんだ。絶対に」
 その言葉を残して俺を包む体温が消えた。
 冷えた冬の空気は俺の心に直接刺さるようだった。


 その夜、家に帰るとリビングには父親がいた。父親の前に一冊の本を置いた。
「これ、兄さんが書いたものらしい」
 そう言って俺は冷蔵庫にお茶を取りに行った。

 蓮が消えた後、あの狐がまた戻ってくることは無かった。そして祠に背を向けて歩き出した。
 俺は確かに思い出していた。蓮が出ていったあの日、蓮が俺に言ったことも、蓮がどんな顔をしていたのかも。
「証を残せ」
 そう俺に告げて蓮は俺に微笑みかけていた。そして姿を消した。
 特急電車に揺られながら梅田に向かう道中、俺は作家の訃報を調べていた。大抵が昔の大作家のものだったが、一つ、若い作家の死がひっそりと伝えられていた。その作家の代表作を調べ、俺は梅田駅の本屋に向かった。

「聖」
 父の呼びかける声が聞こえた。
「何?」
 答えながらお茶を注いで父の元へ向かった。
「なぜ蓮が作家をやってたなんて知ってるんだ」
「なんで知ってるんだろうなあ」
 二時間前の蓮の顔を思い浮かべながら俺は笑った。
 父は立ち上がってベランダに出ていった。俺はさっきまで父が座っていたソファに腰掛けて本を開いた。
 俺は煙草の匂いにリビングが満たされていくのを感じていた。

畢生の証

畢生の証

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-13

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