奇想詩『はっきりと語られたぼんやりとしかわからない物語』

奇想詩『はっきりと語られたぼんやりとしかわからない物語』

僕と彼女がラブホテルに行く理由は二つある


ひとつはもちろんセックスで


もうひとつは彼女の物語を聴くためだ


これはなんというかすこし説明が必要かもしれない


彼女はエアシューターのある古いラブホテルにしか行きたがらない


田んぼのど真ん中にあるお城みたいなラブホテルだ


僕たちはシャワーを終えてから


耳や首や胸や足の指先まで


お互いの体の隅々をたしかめるようになぐさめ合う


彼女が上にまたがり 僕を中に入れる


やがて彼女が果て 僕も果てる


事を終えると彼女はフロントに電話をかける


短い言葉で何かを伝えて受話器を置く


するとエアシューターを通して何かが運ばれてくる


彼女はエアシューターの扉を開き


折りたたまれた紙を取り出す


彼女はその紙を丁寧に開いて


そこに書かれた物語を語り始める


大きなひとつの物語をぶつ切りにして


順番をランダムに入れ替えたみたいに


その物語はいつも途中から始まり途中で終わる


物語は彼女の口からはっきりと語られているのにもかかわらず


どういうわけか僕にはぼんやりとしかわからない


それは僕の理解力のせいなのか


彼女の伝え方のせいなのか


あるいは紙に書かれた物語そのもののせいなのか


僕にはその原因が何なのかさっぱりわからない


いずれにせよ僕にできることはただ


彼女が読み上げる物語に


きちんと耳を傾けることだけだ


読み終えると彼女はその紙を


元通りに折りたたんでゴミ箱に捨てる


僕は一度だけ彼女がトイレに行っている間に


ゴミ箱の中の紙を見たことがある


紙を開くと


そこには何も書かれていなかった


きっちりと折り目のついたただの白紙だった


僕はますます混乱した


けれどもそれと同時に


僕が彼女の読み上げる物語を


うまく理解できない理由が


それでわかったような気がした

奇想詩『はっきりと語られたぼんやりとしかわからない物語』

奇想詩『はっきりと語られたぼんやりとしかわからない物語』

  • 自由詩
  • 掌編
  • 成人向け
更新日
登録日
2023-02-12

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