着物姿の艶やかな二人
社訪問した二人に社員は感動。
社にいる時に若井夕子から連絡があり、銀座に行く用事があるので、帰りは一緒に帰らないかという事だ。
どうやら三越デパートの劇場で女性の着物の催しがあるという。モデルが多数登場するのだが、尾上雄二の学友の女優である三田綾子が特別に依頼されたようだ。
夕子にやや遅れ受付嬢から綾子が来社したという連絡が秘書室長に入る。早速室長から法務室のFloorに綾子が現れたと告げられるとほぼ同時に社員達のざわめきが窺える。
綾子ほどの女優になれば今時の若者達でも彼女を知らないものはいないし、たとえ知らないとしても並みの美しさで無い事から同じ事になるのは先ず間違い無いだろう。
業界人が街を歩いていても、気が付いた通行人が指で指し示そうものなら大抵の業界人は足早に去る事が追い。私用での外出の際のひと時迄騒がれ迷惑を被りたくないという心理は当然と言える。
其の女優が雄二に近づくと共に、まるで家族でもあるかのように会話をしだしたから、更に驚きの輪は広まっていく。
「尾上さんは独身だからって・・女優と交際?」
其れも無理からぬ事で雄二がmodelにした際に人類の二枚目とは何ぞやを勉強不足で、結果・・聊か女優とは釣り合いが取れない並みのタイプとし青い惑星にデビューをした。
雄二と綾子は人類として誕生した事になっている。雄二は地方都市の生まれだが、綾子は東京でも高級住宅街として知られている田園調布の豪邸で産まれた事になっている。
綾子の方がそう言う意味では事前の選択が緻密だったようで、まあ、其処が男女の感覚の違いと言えるのかも知れない。とは言っても遥かな百五十億年先の「創造球体~仮称」では、男女という区分けは無く、似たような生命体の違いがあるに過ぎない。
人類に比較すれば下半身が退化し、逆に頭脳が遥かに発達しているのだが、愛情というものは存在し頭脳間で意思の疎通が図れる。
雄二と綾子は同じ大学のトイレでのちょっとした事がきっかけで互いを知る事になった。
近頃人類の間でニュース記事になる様な盗撮などでは無い。
女子トイレで綾子がうっかり落とした硬貨を拾わず躊躇っていたところに雄二が通りかかり声を掛けた。
其の時互いの頭脳間で同じ郷里の生命体である事を知ったのだが、当時は青い惑星にそれほど同類は訪問をしていなかった。
トイレの床に散らばっていた硬貨を取るために、綾子に女子トイレの入り口で見張っていて貰い、雄二がトイレ内で硬貨を拾い水道で洗ってからハンカチで拭き綾子に手渡した。
どうして二人の間で、貨幣価値の感覚に誤差が生じたのかと言えば、雄二はアパート住まいで親から生活費を仕送りして貰っている身。
千円近くも転がっている硬貨は一日分の食費以上に価値が感じられたのだが、片や豪邸住まいの綾子にはそこ迄貴重なものだとは思えなかったのだろう。
其れがきっかけとなり知人となった二人なのだが、折しも三田キャンパスで行われたミスコンテストで優勝した綾子は即業界でのデビューが決まり、講義に出る間も無くなった。
其処で雄二が二人分の講義の内容を記録し綾子に連絡しては情報を提供した。
時には綾子の実家にまで持って行く事もあり、綾子の家族にも学友として認識されるようになった。
別々の道を歩みながらも頭脳間での連絡は取りあっていた。
大分経ってから、夕子が訪問者とし現れ、花街の芸者の師匠とし働く一方雄二と同居するようになった。
花街の関係者達は二人の事に関し下衆な勘繰りをしないどころか、或る意味洗脳に寄らずして皆の認めるところとなった。
夫婦の様でも無く兄妹に近い存在として彼等の脳裏に刻まれている。
勿論、綾子は大物女優でもあるし、学友としても知られる存在である。
仮に人類の社会に於いても同じ様な事が認められるのであれば、男女の猥褻事件や世界の国々の思想の違いによる争いなども起きる事は無くなるだろう。
社内では二人の美女の出現に反応が出、かと言えまさかサインを下さいとも言えず、其れでもちょっとした興奮の輪が出来ていた。
結局雄二が纏めてサインを貰う事になった。夕子の着物姿にも社員達の視線が注がれ、或る女性社員が。
「どういう御関係の方ですか?」
との質問の意味は、それ程艶やかな姿に対するものと、雄二との関係は如何に?という事のようだ。
時々二人の関係が誤解される事があり、綾子との関係とごちゃ混ぜになると、ハーレムかのように思われる。
その辺りが文明の生命体と人類の思考の相容れない所とも言えそうだ。
先日もニュース記事では、加害者の男性がハーレム的な女性達に交渉を迫る際に、宇宙人に襲われないようにと、おまじないの様な事を言ったとか・・報道されていたが、大体、宇宙「人」と何にも人文字をつけるのは、宇宙からの訪問者には全く不名誉な事と言える。
雄二の退社時間になり二人の女性と共に社を出る。劇場ではParis Collectionでは無いが客席に二人が、綾子はstageをとりで歩んでいく。
modelは其れなりにstyleは良いが、綾子は大物女優で客席の視線が集中する。
美しさや芸術は遥かな文明の間でも評価が高い。宇宙には図らずも死滅した惑星があるのだが、そんな惑星に立ち寄る事があれば、絵画などの複製を取り持ちかえる事もある。
着物ショーも終わり、綾子のマネージャーの車で花街の茶店に向かう。
何時もの夕餉になる。
主人手作りの料理や飲み物で乾杯する頃には、芸者達にアトリエの大物写真家・画伯に夏目漱石達も顔を出している。
綾子も偶には芸者役もあり、主人は元は置屋の女将だったから、昔話をしたりして夕暮れの薄紫色の空がすっかり漆黒の暗闇に変わる頃、奥座敷の岩の灯篭に灯りが灯り真下の花壇や池にも薄らとした灯りが。
夜空には流れ星に大きな衛星が微笑んでいる。
主人の昔話は、芸者と物書きの筋書き。
物書きとは漱石の事のようだ。
漱石が妻を娶る前の事だが、芸者と交際していた事があったと言うのだが作文なのかも知れない。
漱石と言えば友人の奥さんにぞっこんだったと言う話も聞かれるが真意の程は不明で其の方が夢があり想像力を逞しくさせられる。
その漱石が自ら話をし始めた。
「初めて書いた『吾輩は猫である』のモデルになった猫は、明治三十七年の夏に我が家に出入りし始めた子猫でね。
妻の鏡子は最初嫌っていたが、漱石が「何度も入ってくるんなら、うちへ置いてやれ」と言われて嫌々飼い始めたんだが。
摩師のおばあさんに「これは福猫ですよ」といわれてから妻も可愛がるようになった。
私が朝、腹ばいになって新聞を読んでいると、この猫が背中によく乗ってきてね。
私の神経症はこの頃も治っていなかったが、明治末期~大正初期にかけて和らいでき、猫の影響も少しはあったのかもしれないね?うん?芸者?いやあ、とんと記憶にないな。何せ給料も安かったし、ロンドンに派遣された時など、妻は生活が苦しかった様だよ。え?妻とは一日の中で一緒に過ごしている暇が無くてね」
其れでも6人という子沢山で夫婦円満だった様だ。
結局芸者話は出ずじまいだったが、主人の昔話は案外original作品だったのかも知れない。
「あらゆる社交はおのずから虚偽を必要とするものである。最も賢い処世術は、社会的因習を軽蔑しながら、しかも社会的因習と矛盾せぬ生活をすることである。最も賢い生活は、一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。芥川龍之介」
「一つの考えというものは正しいか正しくないかだけで評価できない。正しい考えであって、しかも一顧の価値さえないものあるし、間違っていても価値を認めないわけにはいかぬ考えというものがある。志賀直哉」
「by europe123 original.」
https://youtu.be/WOd05LXYI2g
着物姿の艶やかな二人
人類のモデルを更に美しくした姿に見せている。