鍵の開かない理由(わけ)

鍵の開かない理由(わけ)

鍵を回してもあかない。

 最近鍵をシリンダーに差し込んでも、中々回転しにくくなった。
 此処に住むようになってから数年経つがそんな事になった事は無かった。
 マンションの管理事務所に連絡をし事情を話してみた。
 極めて事務的な応答ではあるが、鍵にCRC556などを吹きかければ開けやすくなるのかと質問。
 事務所の女性が。
「其れは、却ってシリンダー内に油性分が残ったりする可能性があり、そうであれば故意に壊したと判断されれば有償になる可能性もない事はないですから、専門の下請け業者に行かせます」
 暫らくし、業者と名乗る者から連絡があり調査に来る日にちは3日後となる。
 数年間に何かと不具合が生じ、管理事務所が下請け事務所に連絡を取ったのだが、其の業者には更に下請けの業者があり、今回は其処からの連絡だった。
 トイレの水漏れが数回以上。玄関ドアが閉まらない。壁紙が全体的に剥がれて来る。
 同じ事が何回も起きれば、住民としては次第に治せない業者に腹を立てるようになる。
 そんな事もあり、業者は孫請けの業者を来させるようになった。
 そして、今回の鍵の件。
 住民としては、まさか?とは思ったのだが・・鍵やシリンダーは金属製品で簡単に壊れそうもない物。
 其れだから理由は分からない?と思うほどに次第にじらされているような気もしてくる。
 業者がやってくる日になった。
 出先から車で約束の時間に。
 業者は訳もないような表情を浮かべ、早速鍵の具合を見始める。
 其れがおかしな事に業者の腕が良いせいなのか、それとも何なのか?
 鍵の回転がsmoothになった。
 原因はと尋ねれば、業者は笑みを隠そうともせず即答をする。
「ご主人?ご主人はお一人住まいですか?」
「ああ、勿論。此の玄関の様子を見てそんな風に窺えない?」
 そう言われた業者は何か納得をしたようでいて、そうでもない様な中途半端な相槌を打つと挨拶の言葉を残し帰って行った。
 何にしてもなおれば何も問題はない・・そう思った時、頭にいきなり話し掛けて来る様な。
 と思ったには訳があり、微かにしか聞こえそうもないような・・ひょっとし・・子供?
 確かに五階建ての一階には何人かの家族が住んでおり、その中に小学生の男の子がいるのだが、違うに決まっている。
 小さすぎる会話が始まる。
 住民は、小さな会話をしながら・・遂に会話の主を見つける事が出来た。
 鍵穴から其の声が聞こえてくるのだが、まるでお伽噺の一寸法師か、親指姫か・・何れにしてもその類では無かろうかと。
 会話の内容から判断すると姫はかなり前からこの地に住んでいたらしい。
 冬になれば昆虫もそうであるように、寒さから逃れる為に狭い空間を探し出しねぐらの代わりにする事は充分考えられる。
 其処で、やはり疑問に思う事がある事に気付いた。以前から同じ様な事をしているのであれば、何も鍵穴を選択する事も無いと思う。
 其処で思い出したのは、夏に昆虫たちの姿が見られなかったという事。
 其の件についての納得できる回答を用意できる者はいなかった。
 昆虫学者という者もいそうだが、ニュースなどでそういう名が聞かれなかったところから、案外、いたにしても説明が出来なかったのかも知れない。
 どうも、今の時代は物事が全て漫画の様なレベルになってしまい、難しい事は、やはり回答を用意できないのだろう。
 姫は其の件につき面白い解釈をしているようだ。
「もそっとちこう?」
 はいはいと返事はしないが何となく姫の言葉遣いは其れなりに彼女の権威を象徴しているようだ。
 まるで時代劇に出て来る姫役の女優が良く使いそうな台詞だと、おかしな納得をした。
 姫が言うには、異常気象で昆虫たちがいなくなり、其れでも所謂害虫の類だけは・・。
 其れは言えそうで、現にドアの下部の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされている。
 しかし、其れも矛盾をしそうなのは、蜘蛛の好む餌は昆虫などで、其れがいなくなったのでは生活でき無さそうな気もする。
 姫が言うには。
「害虫は世界がどうなったにせよ、生き延びる性質にある」
 そう言えば昔核戦争が勃発しそうになった時に言われたのは、ほ乳類などが全て消滅してもゴキブリは行き残るだろう、といわれた事を思い出す。
 原始的な動物程危機には強いのかも知れないが、其れでは今の人類は原始的では無いと言える?
 いや、決してそうでは無く或る意味退化していく段階に至っているのかも知れない。
 其れでは人類は生き残るのか?残りそうな気もしない訳でもないが、そんな事より姫が今回に限りどうしてこの部屋の鍵穴などに非難をしたのかが、目下の最大の謎である。
 其れが、姫は易々と説明を始めた。
 此処が一番住みやすく寒さをしのげるのだという。
 然してその理由は?と尋ねれば。
「・・そちはお金なるものを持ち合わせているだろう?其れであれば住みやすいという事になる」
 その解釈は難しそうだから、空返事をしたまま。
「其れなら、姫君ともあろうお方がこのような鍵穴などに住まわれるのは相応しくはない。寧ろ、いっその事部屋の中に住まわれた方が良いのでは?」
 特にどうといった理由もないのだが、姫君をこの様なお粗末な所に住まわせてはならぬ、という気がした。
 



 姫はよく見れば、小さい事は小さいのだが、艶やかな着物姿がお似合いの様で・・正にお美しい限り。
 そんな事も手伝い、住民は姫を屋内に案内した。何せ小さなお姿故、部屋の何処に住まわれても、部屋が少しも狭く感じられる事はない。
 寧ろ、姫君と同居するのであれば、まるきし一人暮らしというのでもなく、結構楽しそうだと考える。
 美しい女性となれば、人類の大抵は姫に猥褻な想いを感じそうなのだが、住民はその様な事には関心は無い。
 近頃は小学生の女児でさえ下半身を触られたりする時代であるから、人類なら何をするか分からないとも思うが、反面、この小さなお姿故幾ら人類にても、人類の大好きなみっともない棒をグロテスクな穴に挿入し互いに満足するという事など到底叶う訳がない。
 正に安全この上なく、暖かい環境で食料にも事欠かず姫と共に暮らす事が出来るというもの。
 其れで、問題無く二人の同居が始まった。
 幸いこの不況で且つ異常な時代にあっても先程姫が申された通り、金銭には事欠かず、余裕の暮らしができるというもの。
 其処で住民が一つ気になったのは、幾ら金銭があったにせよ、住民は何れは消滅をする。
 其の時に姫君は一人になってしまい、その後の姫を養う事が出来無いという事だ。
 



 十数年も経った頃、いよいよ住民が消滅する時が来た。
 大きな月の光で誠に穏やかな夜であった。姫君は住民の話を理解できたようで、千切れた雲が僅かに漂っている澄んだ空気の中を姫の故郷に戻っていくと決めた様だ。
 かぐや姫だったのか?
 という事への解答は当て嵌まりそうもなく、かぐや姫なら成長し、何人もの公家や武士達に求婚され・・其れを断り郷里に戻る事になっている。
 住民が床に臥せっており、そろそろと思われた時、姫は笑みを浮かべ。
「そちはよく私の事を気遣ってくれた。私は其方の事を忘れない。何か望みがあれば、何なりと願いを叶えてあげようぞ・・最後に言うてみい?」
 住民は息も絶え絶えな中で、ずっと思っていた事をどうにか口にする事ができた。
「・・はあ、姫のお姿目に焼き付けておきたく・・願わくば美しい姫に申し上げて良いかは・・」
 其処まで行った時、姫は殿上人故、謂わんとするところが読めたようだ。
「そちの望み・・叶えてあげよう」
 そう言うと、目の前の姫は住民とほぼ等身大になっていた。
 人類なら此れはたまらんと、早速姫を口説きにかかったのだろうが、住民にはおかしなフェチ癖があり。
「・・誠に申し上げにくいのですが、お姿の・・うなじから背中にかけて・・」
 そう言ってしまってから住民は、卑しい自分に聊か恥じたのだが。
 姫は何を望みかを理解してくれたようだ。
 着物を少し下げるようにしてから、肩から腰骨辺りまで襦袢も・・。
 真白い肌はやはり育ちが良く滑らかな背中の実に美しい事。
 時代劇を見ていた住民は、昔の女優達は今と異なり、胸が大きかったりお尻が大きかったりしてはいなく、すらっとしstyleは抜群なのが常識だった。
 俗に言う、抱くには最も適しているstyleと言われる。
 住民は眼のシャッターを切り頭脳のアルバムに収める事にした。
 


 其れだけで充分満足な住民に更に姫が・・。
「・・そなた、其れだけでなく、触れたいのであろう?」
 と言うから、住民は。
「滅相も無い・・その様な破廉恥な事など・・」
 と言ったのだが、丁度その時に住民は正に倒れなんとしていた。
 其れが、倒れた弾みで・・住民の唇が姫のうなじに唇を触れそうになる。
 姫は、くるりと身体を反転させると、見事に住民の唇に自らの唇を合わせてくれた。
 柔らかで上品な唇の感触を味わうのも一瞬で、青畳にのけぞり動かなくなった住民。



 姫は、当然夜空に昇って行くのだが・・篭(乗り物)に乗る際に住民の亡骸をも載せてくれ、あっという間に大きな月を目掛け・・乗り物は舞い上がって行った。



「・・郷里で、何とのう其方の亡骸を・・まだ其方に関しわつぃの認識は甘いと思う故・・常に私が何時でも見られる場所にそなたの姿が見られるようにと考える。人類では珍しい稀少価値のそなた、ただ見捨てる事は当然出来ず。私が感性からし人類との丁度中間。其れであれば人類には珍しいそなた・・私と愛し合う事は可能でしょう?ただ、人類の様な肉欲でない事は既にお分かり?きっと、其方は此の広大な宇宙空間でも通用する。宜しいか?」
「・・亡骸は何も言えない。然しながら・・其方はそうはせずとも良い。私だけでなく・・全ての生命体も認めるであろう・・?」



 実は、かぐや姫の話に類似した話は数多い。其れでも、その詳細を描く事は無かった。


 幸いとは、其れを求めるところには存在せず、如何に自らに忠実に誠を貫いたか・・に尽きる・・。




「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。夏目漱石」

「明子は夙つとに仏蘭西フランス語と舞踏との教育を受けてゐた。が、正式の舞踏会に臨むのは、今夜がまだ生まれて始めてであつた。だから彼女は馬車の中でも、折々話しかける父親に、上うはの空の返事ばかり与へてゐた。それ程彼女の胸の中には、愉快なる不安とでも形容すべき、一種の落着かない心もちが根を張つてゐたのであつた。彼女は馬車が鹿鳴館の前に止るまで、何度いら立たしい眼を挙げて、窓の外に流れて行く東京の町の乏しい燈火ともしびを、見つめた事だか知れなかつた。芥川龍之介。舞踏会序盤から」 



「。山の裾を廻っているあたりの小さな潭になった所に山女が沢山集まっている。そして尚よく見ると、足に毛の生えた大きな川蟹が石のように凝然として居るのを見つける事がある。夕方の食事前にはよくこの路を歩いて来た。冷々とした夕方、寂しい秋の山峡を小さい清い流れについて行く時考える事は矢張り沈んだ事が多かった。淋しい考えだった。然しそれには静かないい気持がある。自分はよく怪我の事を考えた。一つ間違えば、今頃は青山の土の下に仰向けになって寝ている所だったなど思う。青い冷たい堅い顔をして、顔の傷も背中の傷も其儘で。祖父や母の死骸が傍にある。それももうお互いに何の交渉もなく、――こんな事が想い浮ぶ。それは淋しいが、それ程に自分を恐怖させない考だった。何時かはそうなる。それが何時か?――今迄はそんな事を思って、その「何時か」を知らず知らず遠い先の事にしていた。然し今は、それが本統に何時か知れないような気がして来た。志賀直哉。城之崎にてより」
  



「 by europe123 」
 https://youtu.be/N6mykOAclrI 

鍵の開かない理由(わけ)

原因が分からない。

鍵の開かない理由(わけ)

業者に来て貰い何とか開ける事が出来た。 しかし、其れだけで済まない出来事が。 まさか、指の様な姫がいたとは。 姫は別の世界から来た姿。 青い惑星に起きているいろいろな事象。 原因が無ければ起き得ないという事を知ろうともしない人類に、幸いは訪れない。 寧ろ・・退化しているという事さえ認識できなければ・・憐れ。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-08

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