邦題 鞍馬の天狗と、小町の夢より・・うつつ。
時代物。
江戸城下に移り住んでからまだ間もない。
京都にいた当時、ある女性と親しくなり、其れが元で住まいを変える事になった。
彼女が謎の小野小町なのか、それにしても男嫌いの彼女にしては歌会などで知り合った何人かの男性から声を掛けられる事が多かった様だ。
其の中に朝廷の要職の男がいた様で、おかしな事になった。小町改め阿部沙織と名乗っていたが、流石にその美しさは偽りようもない。
其れで、邪魔者は去るという事になった。沙織には東に親族がいるから、其方を頼りに、という事は言ってある。
その実、親さえも分からぬ緒方洋介にはその様な面倒なものはいよう筈も無い。
ただの素浪人ということであるが、人によっては鞍馬の天狗と呼ぶものもいる。
城下では下町の長屋のすぐ近くに居を構えている。其処で長屋の連中や近くの道場主と親しくなった。
ああ、其れに何時の宵か頭巾をかぶっていたおりに何処ぞの賊かと怪しまれ、八丁堀の同心中村主水とも知り合いになった。
身長五尺五寸ぐらい。中肉にして白皙(はくせき=色白)、鼻筋とおり、目もと清(すず)し、と言われており長屋のおかみさん連中には、女形にしても良い程の先生と呼ばれている。
牛若丸に剣術を指導したとも言われ一刀流の凄腕と言われるが、時代的にはまるきし定まらぬ存在と言える。
道場主とは手合わせをした事があるが、腕を読んだ道場主は木刀を下ろした。
其れが、或る時道場破りが目的の輩が現れ、道場主は苦戦を強いられた。
真剣にて・・と言われ、本来は道場内でというところ、門下生が二人以外に道場の前の神社の空き地に多数の黒ずく面がいる事に気が付いた。
門下生が表に出ると、其れを取り囲むように円陣を組み移動しだした。
其の中にはくノ一と思えるものもいる様で、自然に姿が見えるようで見せないという戦法になる。
丁度通り掛かった洋介は、元々鞍馬の山中で姿なき相手とし修業を積んだ事も有り、目を瞑るだけで、寧ろ相手が見えてくる。
目を回しそうな門下生が相手をしようとする前に、即座に円の中央から周囲の敵の回転に逆に剣を払うように舞うが、其の剣の動きは見えぬ程の速さで、後には袈裟に傷を折った者や黒装束を剥がされ丸裸のくノ一などの姿が。
門下生の一人がひとっ走りし、連れ出した中村主水が、其れを見、鼻の下を伸ばしている。
「こりゃ・・見事な舞ですな・・?」
既に勝負はついているから、指笛の合図で姿をくらまして行った。
道場主が主水に。
「道場破りではあらぬようですな・・何が目的で?」
「ひょっとすると・・都のくノ一とか・・?」
そう言いながら、地に落ちている・・ちじれ毛を一本指でつまむと、
「そう言えば・・リツとも随分無沙汰しておるな・・?ああ、いや・・見事な剣さばきでござるな?流石に鞍馬では同時に自在に揺れ動く幾つもの枝を・・」
どうも・・八丁堀はつまらぬ事に目がいくようで、既に道場主達は道場に。
「お主がそもそも都を離れたのは・・朝廷の家臣から・・?」
洋介は、一言、
「公家でも・・中には腕の立つ者もおるが、其れが原因ではござらん。詰まらぬ嫌疑をかけられたのが・・」
道場主には細かな事よりも、ただならぬ使い手ゆえ、却って敵をつくったのでは・・と、そんな事が浮かんでいた。
「しかし・・何にしても・・あの都から此処まで来るには早飛脚でも・・かと言い街道を馬で掛け抜けるのは、聊か目立ち過ぎるというもの。途中で幕府の手に掛かるやも・・?」
しかし、其の雑な考えが早くもあたった。
再び城下に怪しげな賊が大挙し現れた。
賊は今度は都に通ずる街道の品川の宿辺りに出没し、幕府の取方や同心などと合いまみれ戦った。
既に、このころには南町奉行迄・・幕府に歯向かう恐れ無き輩が大挙し・・と。
武家諸法度を守る各藩なら、そういうことはお家の一大事で劣り潰しになるから、真面な武士では無いと思われた。
其の幕府の警戒の報は当然、北・南の奉行から最も地位の高い内与力以下多数あり、その下の同心にまで伝わった。
唯、事が幕府に関するものでなければそれ程の騒動にはならないが、今回は得体が知れずという事で、一応末端の同心や十手持ちが警戒をする事になった。
取り方は良く映画で見るように、大勢でそれぞれの道具・中には梯子なども、が使用する。
ところが、相手の賊が二本差し(武士)ではなくとも刀や其の他の兵器を使用するという事で中村主水も駆り出された。
そんな事があった折、長屋が突如大騒ぎとなった。見目麗しい女性が長屋に姿を現した。
当然、女将さん達から男衆に至るまで、一体何方の?という事になった。
知らせはすぐに主水から道場主や、洋介に伝わる。如何に幕府各藩の姫君でも・・と思われるような美しさだ。
主水や道場主にはピンときたのだが、やはり、洋介の関係ではと思われ二人は久し振りに出会う事になった。
しかし、わざわざというか・・良くここ迄無事に来れたというのが皆の頭に最初に浮かんだ。
都を出る時から二人の武士のお付きで早馬を飛ばした。途中の懸念も考え沙織は男姿で身を固めていた。
元々謎の多い小町だが、安部と姓を変えている。安部と言えば時代はやや異なるが、安部晴明とは知り合いであった。
其のお陰もあり、無事此処まで来れたとも彼女は言う。
何れにしても、二人の出会い・・と、なった時に、追っての連中が大挙押し寄せた。
数十人の敵に群がる取り方や同心。家々の屋根瓦を踏み割る音をたてながら取り方が梯子等で追い詰める。
御用提灯が幾つも揺れる中、とり方は次第に賊を追い詰めていく。
片や、賊の中心である二本差しと、道場主に洋介は背を合わせるように周囲に気を配りながら、其々の剣法で対処する。
逃げるものは主水たち同心やとり方が片端から捕らえるか斬り捨ていていく。
主水は専らくノ一を相手にしたようだが、くノ一も肌を見せんとするのは常套手段で、油断をさせ、小刀を逆手に持ち切り結ぶ。
やがて、洋介が残った賊の大将と相対する。鞍馬程では無いが、周囲の木々の葉と共に土ぼこりを舞い上げながら渦をつくり固めていく。
賊の周囲に渦の壁が出来た様になった瞬間、一刀流の醍醐味である大刀が賊の身体を切り刻んだ。
丁度、袈裟懸けと俗に言うが、通常の斜めからの袈裟懸けではなく、空間をさばくような大刀の袈裟懸けは四方八方から賊に襲い掛かる。
血しぶきを伴った首が宙に飛んだ時、全ては終わった。
沙織は連れの者を別の部屋に待たせ、洋介と話をする。
「暫く・・此方に置かせて貰って宜しいでしょうか?都の方は歌会の仲間も応援してくれ・・元々評判の良くない貴族でしたから・・歌で、お断りいたしました。其れでも、しつこく絡むような事も有りましたが、間に、業平どのなどが入り、他にも歌仲間がおりましたから・・都は捨てる事にしました」
「百夜通いの・・少将は・・?」
「あれは・・後に世阿弥によりつくられたお話で・・」
「何故か?お二人の墓が並んで立っているのは・・?」
「墓も同様です。其れで無ければ・・今、私は亡くなり墓に入っている事になるではありませんか・・?」
そう言って、小町は笑った。
やはり・・世界三大美女と言われるだけの事はある。
謎が多かろうと・・彼女の謡が存在する。
早速、詠んでくれた。
「色見えで 移ろふものは世の中の 人の心の花にぞありける~色に見えずに変わっていくのは、世の中の人の心の中にある花なのですね。」
「わびぬれば 身を浮草の根をたえて さそふ水あらばいなむとぞ思ふ~侘びしい思いをしていて、この身は根のない浮草のようなので、誘う水があれば行こうと思います。」
もう一つ彼女が夢を詠っているとされる所以だ。
「かぎりなき 思ひのままに夜も来む 夢路をさへに人はとがめじ~限りのない思いのままに、夜も来るとしましょう。夢の中で通うことまでは人もとがめないでしょう。」
夜も来ると言うのは・・其処まで必要が無い事。何も、こうして現にずっといるのでは・・?
そう言うと、洋介は彼女の目を見ながら両手をとり・・もう離す事は無いよ・・と・・。
邦題 鞍馬の天狗と、小町の夢より・・うつつ。
筋書きは兎も角。