Aの37

 午後3時ごろ大学の講義室を出た俺は、スマホの忘れ物を事務局の施設課に届けたあと、そのまま自宅に戻った。

( サークル部屋は空けたままでも大丈夫かな )

 部屋の掃除をしながらその事がつい気になった。しかし西川さんが来ない事は分かっているし、自分も特に行く理由が無い。もともとサークル部屋に教材を持ち込んで勉強しようという考えもあったが、今となってはゲーム世界に移動してハチローの部屋でするほうが都合が良い。

 もし大学の職員に空いた部屋を見られたらまずいが、そうなったらもはや仕方がない。西川さんのせいにすれば良い。

 俺は時間をかけてゆっくり調べてみたい事があった。今日はゲームを始める前にそっちを優先することにした。こういうとき俺はスマホではなくノートパソコンを使うことにしている。

『 DOVR ログアウト中に状況が変わる 』

 まずはそうやってダイレクトに検索してみた。しかし出てきたのはプレイヤーのブログばかりだった。俺はそのうちの1つを読んでみた。

《 7月11日 パリに到着! 綺麗な街でカフェめぐり(*'▽') ついでにギルドに加入してみたよ~ 》

 大城さんみたいにくだらない事をしている奴がいるんだなと思いつつ、その記事に素早く目を通してみた。

《 さすがに予想通りパリは大都市でした(;'∀') カフェだけでも物凄い数ありますね~ けっこう歩いてみて良さそうな店を1件見つけました(^^)/ 華やかな赤い色の小さなお店! でも少し疲れたんで店の前でいったんログアウト~ 続きはまた後ほど(*'▽') またね~ 》

 俺は記事を読んで糞みたいな奴だと思った。

《 みなさん。お待たせいたしました(*´ω`) さっそくカフェの店内に入ろうと思い・・・と言いたいところでしたが、な、な、、、なんと!! 事件が発生してしまいました。実はログインし直したとき、私はなぜか宿泊所に戻っておりました( ;∀;) 一体どういう事なのか原因は不明であります・・・。とりあえず先ほどの道のりを必死に思い出して、もう一度目的のカフェにたどり着きたいと思います(*'▽') ファイト~っ!! 》

 俺はそのブログを閉じた。

 ログアウト中になぜ居場所が変わったのか、という事についての考察は一切書かれていない。他にも同じ状況に遭遇したプレイヤーのブログをいくつか見つけて目を通したが、内容は最初のものとほぼ同じで俺が期待している内容の記事は見つからなかった。

 今度は別の探し方に変えてみることにした。

 DOVRの攻略サイトと称されるものがネット上にいくつか存在していたので、それらに目を通すことにした。攻略サイトには職業紹介所の利用方法や、パーティーログイン機能などについて書かれていた。そこは公式マニュアルと同じだった。それ以外にも各地のプレイヤーの報告をまとめて作成した「山賊プレイヤー多発地域」などが見られるサイトもあった。それには興味をそそられたが、目的の情報は見つからない。俺はいったんパソコンを閉じようとしたが、直前にもう1つ別の方法を思い出した。

『 ドラゴンブースト ログアウト中に状況が変わる 』

 今度は別のゲームで似たような情報を探してみようと思った。ドラゴンブーストはDOVRより先に発売されているし、VRゲームを代表する超人気作だけあってネット上の情報もかなり多い。

 検索してみると、核心に迫るような記事がすぐに見つかった。

《 ドラゴンブーストには現時点で120種類のAI人格が存在し、ログアウト中のキャラクターの行動パターンに影響を与えます。自分のキャラクターのAI人格を知るには、各地にいる黒服の占い師に判定してもらいましょう 》

 俺はこれだと思った。

 おそらくDOVRのキャラクターにもAI人格が搭載されている可能性が高い。その場合、ログアウト中の行動はAI人格に書き込まれた性格を基準にして行動するものと思われる。例えば、お金が好きなAI人格ならログアウト中でも自然に所持金が増えやすくなるだろうし、戦うのが好きなAI人格ならログイン中でなくても勝手にトレーニングして基礎戦闘力をより高めている事もあり得る。

 俺はハチローのAI人格を推測しようとした。

 ログアウト中に勝手に商売を始めたりして所持金を増やすような事はしていないし、戦闘系スキルを自分から取得したり、戦闘力が上がっているような気配も全くない。

( 駄目だな。さっぱり分からない )

 ただ1つ気になる事があるとすれば、男爵に気に入られてクラウゼンさんから正料理人の地位を奪ったこと。それは俺がログアウトしている間に起ったことなので、AI人格が勝手に判断して何かしらの行動をした結果だと思う。

 しかし、そこから予測できるAI人格がどんな性格のものか俺には分からない。

( ちょっと性格が良くないかもしれない )

 分かるのはその程度だった。

 おそらくドラゴンブーストのように、ゲーム世界のどこかにAI人格を診断してくれるNPCが居る可能性は十分あるので、今はあまり気にせず遠い目標としてそのNPCをいずれ発見すべきだと思う。

 ノートパソコンを閉じたあと。台所に行って乾いた皿を片づけ、炊飯器のスイッチを押した。

( そろそろ勉強に入るか )

 部屋に戻ってGT3を起動し、アイマスクを着用して椅子に座った。

・  ・  ・

 料理人部屋に置かれた古時計の針を俺はじっと見つめた。さすがにアナログ時計を読めないのも恥ずかしいと思ったので、今回はめんどうでも挑戦してみる事にした。

( いまは6時20分過ぎか…… )

 さすがに朝は肌寒い。しかし寒く感じているのは手と顔だけでその他はむしろ暖かい。

 すぐには気づかなかったが体が少し重くなっているような気がして、腕や足元に目を向けてみた。そのとき自分の服装が以前と全く違っている事に気づいた。



【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-02-06

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