煙突が見える風景
下町に長い間人類と共に立って来た煙突。
下町の商店や住宅が立ち並んでいる。
ひときわ目立つのは古い工場の高い煙突から出ている煙がゆったりと風に流されているさま。
下町っ子たちは此の煙突を見て育った。或る時代には世の中の景気が悪くなり煙が見られない日もあった。
或いは日によって天気が変わるから、青空なら煙も自らの姿を浮き立たせる絶好の日和だと自慢が出来る。
其れが俄かに掻き曇って来、灰色の雲に覆われたりすれば煙は目立たずがっかりする事もある。
下町にはもう一つ煙突があるのだが、此方の方は銭湯の煙突で、銭湯が休みで無い日には人々を歓迎してくれる。
二つの煙突を較べれば何といっても工場の煙突の方が高いから、彼は常に優越感を持つ事が出来た。
しかし、時代が変わるに連れ銭湯は無くなり、煙突の姿も見られなくなる。
工場の煙突はたった一人でも頑張って工場の人達が働いている事を証明するように煙を昇らせて来た。
其れが・・不景気で再び工場が閉鎖される事になった。
前の時とは違い、今度はこの先どうなるのか分からない。
煙突はひょっとして解体されるのではないだろうか?と考えた。
其の勘が正しかった様で、下町の商店などが閉店をするのと同じように、工場も解体されると人類が囁いた。
煙突は人類が頑張らないからこんな事になるんだ・・と嘆いた。
だが、幾らそんな事を言ったところで、煙突は自分の身に災いが降りかかる事は止められないと思う。
煙突は随分長い間頑張って来たつもりだったが、考えてみればその間に下町の人類の姿も変わってしまっている。
着物姿の男女が正月に近くの寺に詣でる時などは賑やかで気分が良かった。
人類の服装が変わり皆洋服を着るようになった。その洋服もこの不景気で・・。
工場の近くを通り過ぎる人類の数も減ってきている。
其んな事が一層目立つようになった時、遂に煙突が解体される事が決まったと人類が呟いていた。
煙突は仕方がないと思った。
高い煙突から辺りを見ると、店や家の数も少なくなっている。
人類にはそういう特徴がある事は分かっていた。感情が激し過ぎるから争いが起き、自ら消滅していく。
長い間に何回も同じ事を繰り返す人類。其れでも懲りずにまた災いを呼び出してしまう。
其の日はどうも朝からおかしな気がしていた。何せこの辺りでは一番高いのだから、人類の街並みが全て見渡せた。
突然、轟音と共におかしな強風が吹き始めた。風は辺りの全ての物を壊していく。
人類の姿も見えなくなった。
まるで、廃墟の様な元の街並みの終わりが見えた時、煙突は傾き始めた。
あまりの強風に耐えられなかった。
倒れそうになった時、夜空のずっと高いところから人類ではない何かが降りて来る。
大きな船の様なその物の中から煙突に何かを話し掛けて来る。
どうにか話の内容が分かるような気がした。
「もう、何も無くなるのだから、最後に派手に煙を出してみたら?」
と。
そう言われても、工場で働いていた人類はいなくなっている。
「其れでは煙を出す事など無理だ」
煙突がそう言った時、空から幾つもの星が落ちて来た。
其の星達は皆煙突におさまるように吸い込まれていく。
「そら、此れでいいだろう?」
煙突は吸い込んだ星達をおもいきり煙のように噴き出した。
人類がいたらきっと喜んだだろう・・そんな事を思った。
煙突から宝石のように美しく色鮮やかな煌めく光が一斉に空高く舞い上がっていく。
一瞬、空が実に艶やかな衣装を纏った着物姿の女性達で賑やかに、美しくなった。
でも、人類ではないのだし・・夜空を明るくしていた星達も消えて行った。
煙突が倒れる寸前花火の様な音がし、且つて賑やかだった祭りの様な光景が窺えた・・。
其れが見えなくなった時煙突は地に叩きつけられ微塵も残さぬ姿をその場にさらけ出していた・・。
煙突が見える風景
仲間の銭湯の煙突が無くなった。