大中華帝国皇帝 SHU  (究極の人類削減計画 その後)

この小説は「究極の人類削減計画」の続編です。先に究極の人類削減計画を一読されることを御勧めいたします。

この小説はフィクションですが真実も含まれています。何がフィクションで何が真実かを考えながらご一読いただければ幸いです。


人間にとっての幸福とは何であろうか?。
人間には視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚の五感があり、それを通して生まれる快感や、食欲性欲等の欲望を満たした時に得られる幸福感や達成感等を得ることが人間の幸福なのだろう。
そしてそのように感じる事というのは実は、脳内シナプス間の伝達物質の種類や量によって脳が認識するという事が科学的に分かってきた。
という事はその伝達物質さえ脳に与えてやれば、人間は快感や幸福感等で満たされ幸福になれるという事になる。

今はまだ無理だが科学が発達すれば数十年後か数百年後には、人工的に伝達物質をシナプス間に放出させ快感や幸福感を持続して味わえるようになるだろう。
そうなれば肉体を使う必要がなくなり、その頃には肉体も不要で脳だけの生命体になっているかも知れない。
いやそれ以上に、脳の記憶や思考能力をAIに組み込むなどして思念エネルギーあるいは霊魂だけの生命体になっているかも知れない。

そのような生命体に守られている人間が、もしかしたらこの地球上に居るかも知れない、、、
そしてその人間とは、これを読んでくださっている、あなたかも知れない、、、

王天明は夢を見ていた。最初の一晩だけ一二三と明( あかり )の夢を見たが、その後は毎夜、千枚通しで身体じゅうを突き刺される夢だった。
夢の中での全身の激痛に耐え兼ね飛び起きようとすると、覚醒時の全身の激痛でまた気を失った。
寝る事もできない激痛で王の精神は次第に崩落していった。
そんな王を今日も二人の男が引きずって拷問室に連れていった。

ここに連れてこられて何日経つのか王は分からなかった。毎日毎日、方法を変えて拷問された。
やがて王は、肉体は拷問の激痛で悲鳴をあげのたうち回っていながら、何故か心の中で別なことを考えられるようになった。

(俺はWUHAN研究所でウイルスを拡散し世界の多くの人びとを感染させ、死なせたり苦しめたりしてしまった。この拷問はその報いだ、、、
路上で倒れ、そのまま死んだ人、貧しくて病院へも行けず、家で苦しみながら死んだ人、病院へ搬送されても、ベットも治療薬も足りず見殺しにされた人、、、
多くの人が俺のせいで死んだ、、、俺のせいで苦しみ悶えて死んだ、、、

みんな俺のせいだ、、、みんな、、、皆さん、許してください、、、俺ももうすぐ皆さんの所へ行きます、、、皆さんに会ったら、皆さんも俺を殺してください、、、そして俺を地獄へ突き落としてください、、、俺を、、、こ ろ 、)
ふと気がつくと目の前に鉄だけで作られた椅子があった。

(けっ、また電気椅子か)と王は朦朧とした意識の中で思った。
王は電気椅子に縛り付けられ、高圧電流を流された。途端に全身が痙攣し激痛が脳を貫いた。
王は数秒で気を失った。するとすぐ顔面を殴られた。
「馬鹿野郎、顔を殴るなと言われただろう、水をぶっ掛けろ」と言った後で男が冷水を頭から掛けた。
その冷たさに王はぼんやりと目を開け、かすれた声で言った「こ ろ せ」
「うるせえ!」また顔を殴られた。

「やめろ顔を殴るな、何度言ったら分かるんだ、身体に拷問の跡を遺すなと言われただろうが、お前は上の命令に背くのか、お前も矯正施設に入れられたいのか」
「す、すいません、いつもの癖が出て、つい、、、しかし何で拷問の跡がだめなんですか」
「馬鹿野郎それさえも分らねえのか、こいつは人質外交に使えるから生かしておくのだ。交換の時、拷問の跡が見えたら自由諸国がうるさいんだよ。だから電気椅子とか劇薬で苦しめてやるんだ。
そうだちょうど良い、昨日届いた新薬を浣腸しろ、分量を間違うな、多すぎたら死んでしまうぞ」

数分後「ぎゃあ」と悲鳴をあげ、王は肛門に焼けつくような痛みを感じ気を失った。
すぐに冷水を掛けられた。
王は意識を取り戻したが肛門の痛みにのたうち回った。王の悲鳴が拷問室に響き渡ったが、王以外の悲鳴も他から響いていた。
しかし拷問執行人の男たちは慣れているのか、眉一つ動かさずに言った。

「日本ではどこに潜んでいた。その顔はどこで整形手術をした」
「東京の高の隠れ家だ、隠れ家には目隠しされて連れていかれたから場所も整形外科医の顔も知らない本当だ」
「二度目の手術はどこでした」
「それも高の所だ、全て高の言う通りにしたのだ」

「C国から日本に行って、何故2年間も日本に居た、何故すぐにUS国へ帰らなかった」
「金がなかったんだ、二度目の整形手術をして隠れ家で待っていたのに高が帰って来なくなった。
外科医も来なくなったし、食糧も底をついたので、仕方なく自分で顔面の包帯を外して隠れ家を出て、コンビニで食品を万引きしながら隠れ家で暮らしていたんだ、だからUS国に電話する金もなかった。高の野郎に騙されたんだ」

「ATに捕まるまで隠れ家に居たのか、お前はATに捕まって、ここに来る前に九州で子連れの女に会ったが、その女は何者だ」
子連れの女と聞かれて王は顔色を変えた。幸い拷問執行人の男は、王の顔色の変化に気づかなかったが、王は一二三とあかりについては絶対に知られたくなかったのだ。
王は、ここまでの噓のストーリーの続きを考えてから言った。

「ATに捕まる数か月前に東京で知り合った子連れ売春婦だ。
俺が金がないと言うのに『あんたのような美男子なら金は要らない』と言うのでナニしてから親しくなりアパートに一緒に住まわせてもらったんだ。
その代わりに彼女が仕事に行って留守の時は子どもの面倒を見らされたがな。

その彼女が、父が急病で九州に帰ると言うので駅まで見送りに行ったら、その帰り道でATに捕まったんだ。
ATからUS国に送還されることになったが、彼女にどうしても御礼がしたくてATの幹部に金を借り九州まで連れていってもらったんだ。
だが彼女は全く関係ない人間だ、だから彼女には絶対に手を出さないでくれ、頼む」


拷問執行人の男は、王との会話の録音を上に送信した。
上の人間は数人で録音を聞き、王の話の内容を分析した。
一人が言った「つじつまは合っているな、これで報告書を作って部長に提出するか」
「いや待て、、、つじつまが合い過ぎている、、、」と頭脳明晰な張が言った。
しかし、その張に日頃から顔を潰されて不満を抱いていたその場の責任者は「つじつまが合っているならそれで良い、小馬それで報告書を作って提出しろ」と言って部屋から出ていった。

その後、張は一人で拷問室に行き、電気椅子に縛り付けられ放置されていた王の前に立った。
しばらく無言で、うな垂れ死んだように眠っている王を眺めた後、ゴム手袋をはめ王の顔を起こしたりねじったりして注視しながら言った。

「一回目と二回目の整形手術は同じ医者だったのか」
覚醒しきっていなかった王はうっかり「いや別の医者」と言いかけて顔を上げ男を見上げた。
そこには冷酷非情な張の顔が無表情で王を睨んでいた。
王は、張の顔を見て即座に言うことを変えた「医者の顔は良く見た事がない、別人かどうかはっきりしない」

すぐに張の手が伸びて王の喉仏を掴んだ。王は呼吸困難になり悶えた。
失神直前に張は手を放して電子音声のような声で言った「噓をつくな死にてえのか」
その時、王の担当の拷問執行人が来て揉み手しながら言った。
「張上官、そのような事は我々がやります、御手が汚れます」
張は「この男をもっと苦しめろ、今までの話は作り話だ、本当の事を吐かせろ」と言って去って行った。

今までの話は作り話だと聞かされた拷問執行人は激怒し「随分と舐めたことをするじゃねえか、、、ここでそんな事をしたらどうなるか思い知らせてやるぜ」と言って電気椅子の電源を入れた。
王は悲鳴をあげ数秒後気を失ったが、冷水を掛けられ覚醒するとまた電源を入れられた。
それを2時間ほど続けた後で拷問執行人が言った「どうだ、本当の事を言う気になったか」
だが、執行人が王の顔を上向かせた時には、王は顔を醜く歪めて笑っていた。

「こ ろ ひ て 、、、ひぃひぃひぃ」
「何を笑っていやがる」そう言って執行人が拳で王の顔を殴った。王の口から血が滴り落ちた。
しかしそれでも王は「ひぃひぃひぃ」と薄気味悪い声で笑い続けていた。
その時になって執行人は、王が精神崩壊したことに気づいて慌てて先輩執行人に知らせた。
先輩執行人は王の顔を見て、振り向くと後輩執行人を殴り飛ばして怒鳴った。
「馬鹿野郎、人質を気違いにしてどうするんだ、この責任はお前だぞ、いいな」

しばらくして上の責任者と張が来て、代わる代わる王の顔を覗き込み、軽く頬を叩いたりして様子を見てから責任者が言った「拷問の跡が残らないようにしろと言っておいたはずだ」
すかさず先輩執行人が言った「こいつがやったんです」
後輩執行人はうろたえて言った「張上官にもっと苦しめろ、と言われたので、、、」
「ふざけんな、苦しめろ、とは言ったが俺は気違いにしろとは言ってないぞ」

それを見て責任者は勝ち誇ったような表情で 張に言った。
「張上官、あんたがもっと苦しめろ、と言ったんだな、、、この事も報告書に載せておく、、、」
責任者はそれから執行人の方へ向いて言った「お前たちは不問だ、この男を精神科に送れ」
そう言った後、責任者は涼しい顔で去って行ったが、その後ろ姿を 張は苦虫を嚙み潰したような顔で睨んでいた。その顔を見た執行人二人はすぐにその場を離れた。



翌日、王天明は精神科病院の施設に入れられた。
拷問によって精神異常を発症した患者を飽きるほど見てきた担当医師は、王を一目見て言った。
「こいつはダメだ、回復の見込みがない、一思いに行かせてやれ」
「し、しかし上がどうしても正常にしろと言ってます。人質外交に使うそうです」と後輩拷問執行人がうろたえて言った。

「人質外交だと、、、拷問して廃人にしておきながら勝手なことを言うな」
担当医師はしぶしぶ引き受けた。とは言え、正常な状態に治せる自信はなかった。
(とにかく身体だけでも回復させよう。上には逆らえない、死にでもしたら俺の責任になる)
医師は流動食と睡眠を十分に与えた。1ヶ月くらいで王の身体はほぼ元通りになったが、いまだに自ら食べようとせず、糞便も垂れ流し状態で「ひぃひぃひぃ」と奇怪な声で薄ら笑いを続けていた。

担当医師は忌々し気に言った「ええい、いつまでも世話の焼ける奴だ、、、精神が回復する見込みがないこんな奴は、さっさとあの世に送ればよいものを」とは言っても上には逆らえない。
医師は仕方なく、どうやったら王を正常な精神にできるか真剣に考えた。
(身体に電気を流されても脳の神経細胞が死んだわけではないだろう。もし神経細胞まで死んだのなら植物人間になっていたはずだ、、、
ブツブツ言いながら笑い声を出せるのだから神経細胞は大丈夫のはずだが、、、)

だが、いくら考えても治療方法を思いつかなかった医師は、恩師の脳外科医に電話した。
「鎮先生、ご無沙汰しております。お元気ですか」
「おお、小許か、久しぶりじゃな、元気か、ワシも元気じゃ、、、お前は問題が起きた時しか電話をよこさんが、今度はどんな問題が起きたんじゃ」
「恐れ入ります先生、、、上から回復見込みのない廃人を押し付けられて、正常にしろと、、、」
「ふむ、よくあることじゃ、で、どんな症状だ」

その後、許は恩師に症状等を詳しく説明した。恩師はしばらく考えてから言った。
「う~む、、、それでは回復の見込みは1パーセントもないな、、、電気ショック療法は逆効果になるじゃろうし、薬物療法も効果は望めまい、、、残された方法は内面から、、、何とか患者の心を開かせる方法はないじゃろうかの、、、身うちの人に会わせてみたか?」
「いえ、この国の人間ではないので身うちは居ないそうです」
「なに、我が国の人間ではないのに拷問したと言うのか」
「はい、A国のスパイだそうで、いろいろ聞き出そうとして拷問し過ぎたとの事です」

「なんと、A国のスパイか、、、う~む、、、そのスパイはこの国で何を調べていたのかね」
「いま大流行している武漢ウイルスの発生源だそうです」
「う~む、、、ではウイルスに関係した物を見せてみたらどうかね、、、患者が溢れている病院のビデオとか、、、」
「なるほど、、、スパイ活動に関係した内容のビデオ、、、やってみます」
それで電話を切った許医師はすぐにネットでビデオを編集したノートパソコンを王に見せた。

しかし王は全く反応せず、いつもと同じでブツブツ言いながら時折「ひぃひぃひぃ」と奇怪な声で薄ら笑いをしていた。
許医師はそばに立ったまま30分ほど見ていたが、諦めてノートパソコンをそのままにして病室を出、休憩室に行って茶を飲みながら考えた。
(鎮先生の言われる通りやってはみたが、、、)

その時、病室の方から何かを何度も叩く音が聞こえた。
許医師が不思議に思って病室に行くと、王が自分の額を何度もベッドの手すりにぶつけていて既に血が滲んでいた。
許医師は慌てて王を羽交い締めにして大声で言った「やめろ、何をやっているのだ」
すると王は両手で自分の頭を叩いた後で慟哭し始めた。

「なんだ、どうしたのだ、王、、、」許医師はそう言って両腕を押さえつけた。
王は慟哭しながら時折「お、俺が、、、俺が、、、」と言った。
許医師が「俺が、どうした、泣いていては分からん、俺がどうしたんだ」と聞くと王は「俺がみんなを殺したんだ」とはっきり聞き取れる声で言った。
「みんなを殺しただと、どういうことだ」

「俺がウイルスを拡散してみんなを殺したんだ」そう叫ぶように言った後、王はさらに激しく泣いた。
許医師はその時、王が正常になっている事に気がつき万歳をしたい衝動にかられたが、王の話にも興味がわき、もっと詳しく聞き出したくなった。
許医師は、王が泣き止むまで辛抱強く待ち、泣き止んでから聞いた。
「王、お前がウイルスを拡散させたのか」

泣き止んだ後も、まるで子どものようにしゃくり上げながら王は言った。
「そうだ俺がウイルスを拡散させたんだ、WUHAN研究所 でウイルスを拡散させた、、、そのせいで世界中の多くの人が死んだ、、、全て俺のせいだ」
許医師は、また泣き出しそうな王を横にならせ、急いで精神安定剤を飲ませた。それから王が眠るまで手をさすったりして落ち着かせながら顔の表情等を観察した。

王の表情は、ビデオを見せる前と違って安定感のようなものが感じられた。寝入った顔は安らかだった。許医師は、王が正常になった事を確信した。
許医師は、そっと病室を出て休憩室に行き、椅子に座って冷めた茶を一口飲んでから捨て、熱い茶に変えて飲んだ。
それからため息を吐き、これからの事を考えた。

(、、、王は正常になった、、、上に伝えれば、これで俺の役目は終わりだろう、、、多少、報奨金がもらえるかも知れない、、、
だが、ウイルスを拡散させた男だと分かった今、、、このまま身を引いて良いのか、、、
このウイルスのせいで、妻も娘も去年死んだ、、、死に顔も見させてもらえず火葬された、、、
入院中も上の命令で見舞いにさえも行かせてもらえなかった、、、
全てあの男のせいだ、、、全てあの男のせい、、、待て、、、
あの男は何故ウイルスを拡散させたのか、、、報復するのはそれを知ってからでも良いだろう)

許医師は翌日から、時間が許す限り王と一緒に過ごした。他人は誰も近づけなかった。当然、王が正常になった事も誰にも知らせなかった。
そうやって許医師は、王からウイルスを拡散させた経緯等を聞き出した。

(何と言う事だ、あの男の両親は中共の工作員に殺されていたのか、、、
しかも中共はUS国にウイルスを拡散させようとしていた。それをあの男は阻止しWUHAN研究所で拡散した。ウイルスの発生源がこの国であることを全世界の人びとに知らせる為に、、、
だが、ウイルス蔓延による惨状が予想よりもはるかに酷いことを知り、あの男はウイルスを拡散したことで自責の念に駆られている。しかも精神異常者になるほど拷問されていた、、、
そんな男に、俺はさらに報復するべきなのか、、、

それにしても中共は何故このウイルスを開発したのだろう。ウイルスを蔓延させUS国を混乱させてから、その隙をついて侵略しょうと考えたのか、、、
そうか、侵略は無理でもウイルス発生源がUS国だとなれば、US国の信頼は失墜し同盟国でさえ離反するかもしれない。
少なくとも中共の行動はやり易くなり、台湾統一や南シナ海や尖閣諸島奪還も可能になり、第一列島線内を領土化できたかも知れない。

もしそうなっていれば最高権力者SHUの人気は高まり、党内での更なる権力増強が為された事だろう。そして最高権力者の地位3期を可能にし、それに乗じて終身最高権力者になるかも知れない。SHUは当然それを目指していたはずだ、、、
しかし、それをあの男は結果的に阻止したのかも知れない、、、
ということは、SHUにとってあの男は、八つ裂きにしても飽き足らないほど憎んでいるはず、なのに何故生かしているのか、しかも正常な人間にもどしてまで、、、

SHUがあの男を生かしている理由はなんだ、、、当然、重大な理由があるはずだ、、、
SHUにとっての、あの男の利用価値、、、)
許医師は、自分が医師であることも忘れて考え続けた。そしてその結果、一つのストーリーを思いついた。
だが、、、「まさか、そのような事の為に、あの男を生かしているとは、、、」
許医師は、自分の推理に半信半疑だった。

だが数日後、上からの電話で「王を早く治せ、そして『US国からウイルスを運び込んでWUHAN研究所で拡散した』と言えるように洗脳しろ」と言われて許医師は、自分の推理が当たっていたことを悟った。
(上は、SHUは、あの男を人質外交に使うつもりだ、だがその前にあの男を洗脳しUS国に帰った後『US国からウイルスを運んでWUHAN研究所で拡散した』と言わせる計画だ、、、

あの男は今、まるで子供のように従順になっている。俺が聞くことに思い出話でもするかのようによどみなく答える。
恐らく、来る日も来る日も続けられた拷問で、抵抗するという感情さえも消え失せたのだろう。
だから、今あの男を洗脳して『US国からウイルスを運んでWUHAN研究所で拡散した』と言えるようにするのは容易い事だろう、、、

俺があの男を洗脳すれば、俺の未来は安泰だろう。そしてこの国は更に発展しSHUはますます権力を強めるだろう。国が富めば、まわりまわって俺にも利益が入ってくる、、、だが、、、
この国のやっている事は、中共のやっている事は、SHUのやっている事は、正しい事なのか、、、
一人の男を洗脳して、自分たちに都合の良い事を言わせて、それが正しい事と言えるのか、、、

待て、許大義、お前は何を考えている、、、
このウイルスのせいで家族を殺され、天涯孤独の身になったからといって、この国に復讐するというのか、中共に、SHUに復讐するというのか、たった一人の精神科医師の身で、この国に歯向かうつもりか、、、
許大義、聖人面して正義を求めて何になる。
この国に順応し、そこそこの利益を得て平凡に一生を過ごせればそれで良いではないか、、、

俺はこの国で、精神科医師としてそれなりに認められ、中共専属の精神科院長になったが、患者は一般人ではなく、中共の拷問で精神異常者にさせられた者ばかりだった。
法0功者やグル族等、心身ともに回復見込みのないほど傷つけられた患者ばかりで、大半の患者が入院中に死んだ、、、そんな中で、あの男が回復したのは奇跡とも言える、、、
その、奇跡的に回復したあの男を、中共はまた自分たちの利益の為に利用しょうとしている、、、

俺一人で、どうやって中共に復讐するというのか、、、できるわけがない、、、
せめて、あの男だけでも逃がせないか、、、
やっと回復したあの男を、これ以上中共に利用させるわけにはいかない、、、)
そこまで考えた時、許大義の心は決まった。だが王を逃がす方法を考えてみて絶望した。

ウイルス蔓延が治まらないC国は、今なおいたるところ検問所がある上に、外出する市民は監視カメラで監視されていた。
許医師とてコンビニさえも行けず、食事は中共関係者が運び込んだ物しか食べられなかった。
(こんな状態で、どうやってあの男を逃がすというのか、、、)
許医師は、お茶の入ったカップを持ってベランダに出て、数十階下の道路を眺めた。

道路を歩く人影も見えず、街はまるでゴーストタウンのようだった。
道路を走っているのは、日に何度か回ってくる食料配送トラックか死体運搬車ぐらいだった。
その死体運搬車を見て許医師は閃いた。
(金を奮発すれば運転手を買収できるだろう、大使館に入り込めれば何とかなる、、、)
考えがまとまると許医師は、US国大使館に電話した。

大使館の受付職員が電話にでると許医師はC国語で言った。
「重大用件だ、お宅のスパイをお返ししたい、至急担当官に取り次いでください」
少し経って担当官がでると、許医師は「王天明というお宅のスパイを極秘裏にお返ししたい。大至急、準備をしてください」と言ったが、担当官は半信半疑のようで「スパイの王天明、、、ちょっと待ってください」それからしばらく待たされたあげく「そのような冗談には対応できません」と言って電話を切られた。

許医師は呆気に取られて携帯電話を耳に当てたまましばらく立っていたが、気を取り直して椅子に座り考え込んだ。
(どういうことだ、自国のスパイを受け取りたくないのか、、、US国大使館に電話したのは初めてだが、こんな対応で良いのか、、、)
許医師は、しばらく考えた後で日本大使館に電話した。

受付がでると許医師は言った「貴国に亡命したいのだが、担当官をお願いする」
少し経って担当官が言った「我が国への亡命希望という事ですが、C国の方ですか」
「C国系US国人です、それとできればC国人の私もお願いしたい、とにかく急を要するのです。
一刻も早く貴国大使館に入れていただきたい。詳しい話はその後にしたい。
迎えに来ていただければ嬉しいが、貴大使館も監視されているでしょうから、私の方から死体運搬車で伺います。守衛等に連絡しておいてください」

大使館への電話はそれで切り、死体運搬車に電話した「00精神病院だが死体の運搬を頼む」
今までに何度も運んでもらっていたので、会話はこれだけで良かった。
許医師は急いでウイルス防護服に着替えると、王を連れて地下室の死体搬出場に行き、王を死体袋に入らせて運搬車が来るのを待った。
運搬車が来ると、荷台に王の入っている死体袋を乗せ、助手をそこで待たせて許医師は助手席に乗った。

それから運転手に高額紙幣を手渡して「日本大使館に行ってくれ、これは口止め料の半金だ、大使館に着いたら残り半金もやる」と言った。
最初は目を白黒させていたが、大金に目の色を変えた運転手は、親指を立てて見せてから発車させた。
死体運搬車は途中二度検問所で停められたが問題なく通過でき、無事に大使館に着いた。
大使館の守衛も連絡済みだったようですぐに担当官と会え、運搬車も帰ってもらった。


大使館の質素な応接室で許医師と王は担当官真田祐司と向き合った。
するとすぐ真田は流暢なC国語で聞いた「亡命希望のC国系US国人というのは?」
「この男性だ、王天明と言うUS国人で、スパイ容疑で当局に捕まり酷い拷問で精神異常者になっていたが、やっと治った。
しかし治ったのが知れるとまた当局に連れて行かれるので、亡命させた方が良いと思ったのだ。
だが担当医の私がこんな事をすれば、私の未来は拷問死が確実、それで私も貴国に亡命したいのです」

「なるほど、そういうことですか、で、貴方のお名前は」
「許大義と言います、00精神病院の精神科医師です。昨年ウイルス感染で妻子を亡くし独り身ですので、この国を捨てる事に未練はありません。
それより、この王天明は元US国のスパイで、ウイルスをWUHAN研究所 で拡散させた張本人です。つまりウイルス発生源がWUHAN研究所 だという事を世界に向けて証明できる生き証人なのです」

真田は目を見張って言った「何と、ウイルス発生源を証明できる証人ですか、、、しかしそのような重要人物を何故US国大使館に連れて行かなかったのですか?」
「US国大使館に連れて行くつもりで電話したのですが、信用してもらえず断られました」
「う~む、、、そうだったのですか、、、分かりました、御二人を当館でお守りいたします。先ずは宿泊施設で安心しておやすみなさいください。あ、携帯電話は御持ちですか?携帯電話は処分」
「通話記録を削除し、居場所を知られないように病院に置いてきました」
「それは良かった、では安心して御休みください」
許大義と王天明は寝室に案内されくつろいだ。



真田は大使に報告するべく執務室に入った。
大使は驚愕した表情でデスクの前に立っている吉川参事官の話を聞いていたが、真田に気づくと手招いて言った。
「真田君ちょうど良いところへ来た、今R国がU国に侵攻したと極秘情報が入った。
この件について吉川君と情報収集と分析をしてくれ。特にこの国への影響を大至急予測してくれ。場合によっては在留邦人本国帰還勧告を検討しなければならなくなるかも知れない、一刻を争う」

真田は何かを言う間もなく吉川に促されて執務室を出て、階下にある情報収集室に行った。
情報収集室には職員が二人いて談笑していたが吉川の顔を見て即座にPC画面に視線を移した。その一人に吉川は「あの後本国から連絡はあったか」と聞いた。
「何もありません」と職員は何故かおどおどしながら言った。
「よしじゃあ二人とも1時間ほど休憩してこい」
吉川がそう言うと二人はホッとした表情で出ていった。

二人が居なくなると真田は聞いた「R国がU国に侵攻したと言うのは本当か」
「ああ、本国から緊急連絡があった。だが恐らく本国もこの国もまだ公表されていないだろう」
そう言ってから吉川はテレビをつけ、この国のニュース番組を映し出したが、ありふれたニュースばかりで戦争が始まった事は報じていなかった。
「U国国境に戦車等を駐屯させていたのは知っていたが、まさか本当に侵攻するとは、、、」

「ああ俺も驚いたが、大使はもっと驚いて酷くうろたえている。この国が侵攻した訳でもないのにな。まあこの国がTWを侵略するという噂を聞いていたからR国に合わせて侵略するかもしれないと、そしてもしそうなった場合、本国とこの国が開戦するかもしれない、そうなったらこの国に居る邦人をどうするか、そういうことを考えてオロオロしているようだ。
もしそうなっても大使の独断で何かをするわけにはいかないし、本国の指示に従うだけなのだから、あんなにうろたえる必要はないと思うが、どうも新任の大使と言うのは」
「まあ、それだけ張り切っているんだろ我々参事官がとやかく言うことではないさ」と話好きの吉川の口を遮って真田は言った。

「それより今後の展開をどう見る、戦力では圧倒的にR国の方が上だろ」
「ああ、ませいぜい1週間でU国が侵略されてしまうだろう。そしてR国の傀儡政権が誕生し属国になるさ。もともと0ビエト連邦国家だし、数年前の0リミヤの時のように簡単に併合されてしまうだろう。だが問題はこの国がそれに乗じてTWに侵攻するかどうかだな、お前はどう思う」

「さあな俺にはさっぱり分からんよ。とは言っても大使はこの国への影響を予測しろと言われた、、、この国の上層部の動きについて本国から何か情報はないかい、特に軍部の動きが気になるが」
「本国からはまだ何もない」
「それでは情報収集も今後の予測もできないな」
「そうだ、、、焦っても仕方がないさ、大使が一人でうろたえているのを静観するしかない」
「、、、分かった、じゃあ何か情報が入ったら知らせてくれ、俺はちょっと食事してくる」そう言って真田は情報収集室を出た。

吉川には食事に行くと言ったが、途中で考えを変えた真田は大使執務室に行った。
大使に王天明たちの事を早く報告した方が良いと思ったのだ。
執務室に入ると、大使は大きなデスク付きの椅子に座っていたが、気難しげな表情で指でデスクを叩いていた。
このような仕草をしている時の大使には近づかない方が良いとは思ったが報告はしないわけにはいかない。真田が言葉を選んで話しかけようとすると大使が先に言った。

「お、真田君、この国の予測はできたかね」
「いえ、それはまだです、実は別件で御報告をと思いまして」
「ん、報告、なんだね」
「本国への亡命希望者に」
「その件は筆頭参事官の君に一任すると言っておいたはずだ、そんな事で私を煩わせないでくれたまえ」
「はあ、しか」
「そんな事より、この国の今後の予測を急いでくれたまえ、最重要事項だ」
「わかりました、御煩わせてすみませんでした」
そう言って真田は一礼して執務室を出、ため息をついた。

(仕方がない一人で手配するか、、、0務省の亡命者受け入れ、、、羽柴先輩に相談してみるか、しかし羽柴先輩は難民受け入れ担当だっけ、、、まあ電話してみるか)
真田は食事しながら電話をかけた。
「羽柴先輩、どうもご無沙汰しております真田です」
「真田君か久しぶりだな、元気かい、何か急用でも?」
「はい、亡命者受け入れをお願いしたいと思いまして」

「なに亡命者、私は難民受け入れ担当だが、難民扱いではだめなのかい」
「う~ん、良く分かりませんが、難民扱いでも本国で安全に生活できるなら良いと思います」
「じゃあ難民扱いで引き受けるよ、難民扱いでも就職して自活できるようになるまでは面倒みるから問題ないと思うよ」
「そうですか、それではよろしくお願いします」
その後真田は手続きをして王天明と許大義を本国日本へ送った。



王天明が拷問されていた矯正施設の責任者が許大義と王天明が失踪したことに気づいたのは、二人が日本大使館に入った翌日だった。
責任者は真っ青な顔になり二人の行方を探した。
(定年退職まであと3か月だというのに 、二人の失踪を上に知られたら俺はどんな目にあわされるか、、、なんとしても二人を見つけ出さなければ、、、
こうなったのも張のせいだ、張が王天明を狂人にしたからだ、、、そうだ張に二人を探させよう)
責任者は張を呼び出し二人を探すよう命じた。

頭脳明晰な張は監視カメラの映像を調べ、当日精神病院に来たのは死体運搬車1台だけだった事を知った。張はその運搬車を探し出したが運転手も失踪している事が分かった。
張は仕方なく当局に事情を説明し、顔認証システム等を使って3日後にやっと運転手を捕まえ、許大義が死体袋を日本大使館に運んだことを突き止めた。
その時の張は、死体袋の中身が王天明の死体だったのかまでは考えなかった。しかしすぐに(許大義が日本大使館に死体を運ぶはずがない、、、死体袋の中身は生きている王天明だ)と気づいた。

(とにかく許大義を捕まえるしかない)張は日本大使館に問い合わせた。
しかし当然のこと大使館は張を無視した。
張は事の顛末を直接当局に出向いて説明し「許大義は王天明を日本へ亡命させる気だ、日本大使館に圧力をかけて阻止するべきだ」と主張した。
だが当局の担当官は「なに、日本大使館に圧力をかけて亡命を阻止しろだと、その死体袋に王天明が入っていたという証拠があるのか?お前の単なる推測ではないのか、お前の推測が正しいと誰が証明できるのだ、こちらは忙しいんだ帰れ帰れ」と言って取り合ってくれなかった。

張は歯嚙みして悔しがった。
(確かに推測だが俺の推測は当たっている。事の顛末を考えれば分かるはずだ、馬鹿担当官めが、、、仕方がない、もっと上に直接話すしかない)
まあ、この時点で許大義と王天明は既に日本に入国していたが、その事を知らなかった張は、公安幹部の番号を調べ電話した。
公安幹部も取り合ってくれず諦めかけたが9人目で劉と言う幹部がやっと話を聞いてくれた。
劉も頭脳明晰だったようで、張の話を聞いてすぐに重大事件だと判断し更に上の幹部に報告、1時間後には公安の幹部と劉と張と日本語通訳の4人が直接大使館に行き大使に会った。

あいさつの後、幹部は見下したような横柄な口ぶりで大使に言い通訳者も大声で言った。
「大使、我が国の大切な人間を匿っているようですな」
「は、何の事でしょうか、おっしゃられている意味が分かりませんが」実際大使は何も知らなかった。
「白を切るおつもりですか、そんな事をされたら外交問題になりますよ」
「外交問題、、、と言われましても私には何の事かさっぱり分かりません。内容を説明していただけませんかな」

幹部は突然腰を浮かし中腰の姿勢で大使を見下ろし恫喝するような声で言った。
「0月0日、許大義が王天明を連れてここへ来たはずだ」
「0月0日、と言いますとR国がU国に侵攻した日ですな、その日に当館に御国の方が二人、、、わかりました、ちょっと調べてみます」そう言って大使は真田に電話した。
真田は日付を聞いてすぐに許大義と王天明の事だと覚ったがとぼけて「中国の方が二人、ビザ申請の方なら多数来られていたようですが、その中のどなたかでしょうか」と言った。

それを通訳者から聞いた幹部は「あくまでも白を切るつもりならこちらにも考えがある、後悔するぜ」と言って立ち上がり、上から目線で大使を睨み付け帰っていった。
「くそ、なんと横柄な奴だ、公安幹部風情が一国の大使に言う言葉か、まったく不愉快だ」そう言った後で大使は真田を呼んだ。
真田はいずれこの時が来ると予想していたので、返答も既に考えていた。

「真田君、 0月0日 この国の重要人物が来たのかね」
「重要人物かどうかは分かりませんが二人が難民申請に来られたので手配しました。その時大使に御報告しょうとしましたが、私に一任していると言われ」
「ああ思い出した、あの時の事だったのか、、、難民申請か、まったく人騒がせな、でその二人は」
「はい、既に本国の難民支援施設で就職活動をされているそうです」

「そうか、分かった、もう行きなさい、あ、吉川君の予測ではU国はすぐに占領されると書いてあったが、今のところ抵抗し続けているようだね。で、この国の動きはどうかね、TWに侵攻しそうかね」
「はあ、今日のニュースでもU国は大統領自ら『逃げずに戦う』と宣言されていましたし、欧米を中心とした自由主義諸国が武器援助を表明していますので、今後どうなるか私には見当もつきません。この国のTW侵攻の可能性も私ごときには、、、」
「そうかね、分かった、もう行ってください」真田は一礼して出ていった。



その許大義と王天明は、真田の説明を聞いていた羽柴の手配で日本の難民収容施設から重要亡命者施設に移され警視庁幹部の事情聴取を受けていた。
話を最後まで聞いた警視庁幹部は「お話の内容は良く分かりました。信憑性も高いようですね。早速US国諜報局に連絡しましょう」と言い、その場でUS国諜報局に電話した。
US国諜報局局長は腰を抜かさんばかりに驚いて怒鳴った。

「なに、王天明が生きていただと、、、しかも今日本に居る、、、」
数十秒後、心を落ち着かせた局長は静かに言った。
「至急、王天明の声紋分析データーを送っていただきたい。それを確認するまでは信じがたい」
警視庁幹部は30分ほどで声紋分析データーをネットで送った。
それを見て間違いなく王天明であることを確認した局長は大喜びして東京に居る銭形に知らせた。
銭形も当然驚愕し、すぐに警視庁に急行した。

警視庁の小部屋で王天明と許大義に会った銭形は、王天明の前に土下座して言った。
「我が国政府の裏切りで君に多大な苦痛を与えてしまった。心からお詫び申し上げる。今後はこの銭形が命に代えても必ずUS国諜報局に御届けする」

その後銭形は警視庁幹部と相談し、現在まだ政府もATもこの事を知らないのであれば、今後も決して知らせないで二人の身柄を私に預けて欲しいと訴えた。
幹部はすぐに連絡し、警視庁署長と幹部と銭形の3人で極秘裏に会談した。
王天明に対する日本政府の裏切りの経緯等を詳しく銭形から聞いた警視庁署長は、3人だけの密約という形で銭形に一任すると言った。

銭形は喜んだ。すぐにUS国諜報局に連れていく準備を始めた。
しかしその時、王天明が九州の一二三に会いたい、九州で一緒に暮らしたいと英語で言い出した。
銭形が「君は最重要事項の証人なのだ、そんな事をしている暇はない、一刻も早くUS国諜報局に帰らないといけないんだ」と言うと王天明は子どものように泣き出した。

啞然とした銭形は目を白黒させて許大義を見た。
許大義は王天明の言動を観察してからスマホの翻訳ソフトを使って「正常になったとは言え、まだ精神が不安定のようです。その一二三さんと言う方に会うだけでも会わせた方が良いと思います」と日本語翻訳して見せた。
銭形は仕方なく3人で九州へ行くことにし、US国諜報局局長に電話した。

「局長、王天明の身柄は確保したが急用ができてこれから九州に行く」
「なに、急用で九州に行くだと、、、まあ仕方がない、、、それはそうとC国の工作員の動きが慌ただしくなっているそうだ。日本やTWへの侵攻準備かもしれん。
それとももしかしたら王天明を奪還すべく総動員で捜査しているのかも知れん、気をつけてな」
「了解した」その後3人は新幹線で九州に向かった。



そのころ在C国日本大使に公安幹部から電話がかかってきた。
「大使、お宅の吉川参事官を覚醒剤所持で現行犯逮捕した」
「なに、そんなバカな、、、」大使は電話を握りしめたまま職員に吉川を探すよう命じた。
「信用できないようだな、仕方がない、吉川参事官の声を聞かせてやろう」
その後すぐ吉川の声が聞こえた。
「大使、濡れ衣だ、私は覚醒剤など持っていない、痛い、なにをする」

また公安幹部の声に代わった。
「お宅の参事官はそうとう悪だな、覚醒剤所持だけでなくスパイ活動もしていたようだ。内ポケットからTW侵攻手順書の写しも出てきた。これは我が国の極秘書類だ、外交特権のある参事官といえど許されない、、、さて、どうするか、余罪があるかも知れん、徹底的に調べさせてもらう」
「ま、待て」その時電話を切られた。

大使が呆然と座っているところへ職員が来て言った。
「吉川参事官と連絡がとれません。昨夜ご家族とレストランで食事中にトイレに行った後行方不明になっているそうで、公安に捜索願いを出したそうです」
大使は青ざめた顔で唸った後「う~ん、、、真田君を呼んでくれ」と言った。

真田が大使のデスクの前に立つと、大使は不機嫌極まりないという顔で言った。
「吉川君が公安に逮捕された、覚醒剤所持とスパイ活動容疑だそうだ、、、どうしたら良いか、、、」
「え、吉川君が逮捕された、、、外交官不逮捕特権があるのにですか?そんな事をしたら外交問題になると思いますが」
「私もそう思うが、この国は国際条約さえも無視する時があるからな、、、」

「、、、公安なら外交官不逮捕特権くらいは知っているはずですし、知っていながらこのような事をしたというなら何か目的があるはずです。恐らく釈放する条件として何かを要求するつもりでしょう。なにか要求されましたか」
「それはまだ何も言わなかった、次の電話でたぶん言うだろうと思う」
「では次の電話で不逮捕特権を盾にして即時釈放を要求し、公安の要求を聞くしかないですね」
「、、、う~む、、、そうするしかないか、、、分かった、もう行きなさい」

数時間後また電話がかかってきた。大使は先手を打って言った。
「大使館員には不逮捕特権がある、即刻釈放しなければ国際司法裁判所に提訴する」
「ふん、国際条約などどうでも良いが、条約を持ちだすと言うなら『大使館員でも職務と無関係の事件は特権の対象外となる』とも書かれている。覚醒剤所持は対象外だ、場合によっては公開処刑もあり得る、数年前に前例もあるが、、、」

「そんな馬鹿な、そんな事をすれば貴国は世界中から糾弾されるぞ」
「世界中から糾弾されようが我が国は痛くも痒くもない、目的達成の方が価値がある」
「目的達成とは、君たちの目的とは何だ」
「知れたこと、我々に王天明を引き渡せ」
「王天明、そんな人は知らない」
「そうか、、、では参事官はまだ釈放できないな」その後すぐ電話を切られた。

大使はまた真田を呼んで言った。
「公安の目的が分かった、王天明を引き渡せということだった。君は王天明を知っているのかね」
真田は一瞬考えてから言った。
「王天明、さあ、、、難民の方々は本名を名のらないことがありますので」
「う~ん、、、さて、どうすれば良いか、、、君に何か妙案はないかね」
「いえ、何も、ただこうなっては人命重視で本国に連絡するしかないかと」
「う~ん、分かった、外務大臣に連絡しょう」


森田外務大臣は王天明という名前を聞いてもすぐには思い出せなかったが、しばらく後で数か月前の苦渋の選択をした時に聞いた名前であることを思い出した。
(王天明、あの時の同一人物だろうか、、、US国スパイ、、、US国送還直前にC国から脅迫まがいの要求があり政府特別機でC国へ、、、その後US国から強烈な抗議を受けた。
しかし未だに分からないのは、US国送還を何故C国が知ったのか、誰がC国に知らせのか、、、それにしても、本当に同一人物だろうか。US国スパイがC国に捕えられて無事で済むとも思えないが。しかも我が国に引き渡せと要求してきたということは今現在王天明が我が国に居るということだ、、、さて、この問題、誰に相談するべきか、、、その前に総理に報告、すべきか、、、)

外務大臣は考えた後で政界きっての親中派議員であり、最初に王天明をC国に送るよう進言してきた横山議員に電話した。
「緊急なので用件だけにする、横山議員、王天明はいま日本に居るのか」
「、、、王天明、、、なんですかそれ、どこかの中華レストランの名前ですか?」
「もう忘れたのか、君がC国に送れと言ったUS国スパイの王天明だ、王天明は今どこに居る」

横山議員はしばらく考えてやっと思い出したようでひょうきんな声で言った。
「王天明って、あ、あの王天明ですか?、、、え、王天明が今日本に居るのですか?」
横山議員の返答を聞いて外務大臣は(こりゃあダメだ、相談などできない)と判断し別の質問をした。
「横山議員は誰から王天明の事を聞いたのか」
「ATの課長から、あ、これは極秘事項でした、忘れてください」
「分かった、もう良い」そう言って外務大臣は電話を切り考え込んだ。

(ATの課長からだと、、、ATの課長が親中派の横山議員に王天明の事を知らせた、何故だ、、、
王天明がATに身柄確保された時点ではまだC国は王天明の事を知らなかったはずだ、それをATの課長が何故横山議員に知らせたのか。ATの課長ともなればC国に知らせればどんな結果を招くかくらいは想像できたはずだ、、、そのままUS国に送還していれば何も問題なかったものを何故ATの課長は横山議員に知らせたのか、、、)
外務大臣はそこまで考えた時、ATの課長に対して言い知れぬ不快感が心の中に広がるのを感じた。
外務大臣は最も信頼している秘書に、AT課長について早急に極秘裏に調べるよう指示した。

しかし指示されたとはいえ秘書はどうやって調べたら良いか分からず、結局私立探偵を雇うことにした。
私立探偵はさすがに餅は餅屋、数日のうちにAT課長について調べてきた。
その探偵調査結果では、課長の貧しい生い立ちから苦学の末AT課長まで登り詰めた経歴等が詳しく載っていた。
それを読んでいた外務大臣は、最後の「00か月前に都内の高級マンション購入、AT課長の収入で購入可能か疑問」の一文に目を停めて考え込んだ。
(00か月前といえば王天明をC国に送った後だ、、、マンション購入資金はどこから、、、)

外務大臣はマンション購入資金の出どころを再度調べさせたが、いくら調べても出どころは分からないとの事だった。
またその時、新たに分かったことは、マンション購入後、マンションに帰宅してからの課長の行動が派手になり夜の銀座通いが急増している事が発覚した。
(夜の銀座で金を使えば一晩で数十万円使うことも珍しくない、、、)
外務大臣は、銀座の行きつけの店のママを使って金の出どころを聞き出させろと指示した。
その結果、数日後に「C国の友人から臨時収入が振り込まれた」との事が分かった。

外務大臣は事の裏側が分かった。
(AT課長はC国の工作員か、、、課長は横山議員を使って王天明をC国へ送らせ、その謝礼として大金を手に入れた、、、売国奴めが、、、しかし人質外交とはいえ王天明C国送還を決断した私にも責任はある、、、
それにしても、我が国が人質外交で煮え湯を飲まされたのはこれで何度目だろう、、、C国だけでなくK国にさえも漁民を人質にされ竹島を占領された、、、我が国はこのままではいけない、、、)
外務大臣は決心し行動に移した。

外務大臣は総理に報告した後、人質外交を国際司法裁判所に提訴するよう進言した。
優柔不断と悪名高い総理も外務大臣の強い勧めで提訴を決断しC国トップのSHUに電話した。
「不逮捕特権のある大使館員を不当逮捕して王天明を引き渡せと言うのは非常に遺憾であり、国際司法裁判所に提訴せざるを得ない。提訴に同意するよう催促する」
総理の気迫のこもった言葉に対するSHUの返答は意外だった。

「なに国際司法裁判所に提訴だと、、、王天明を、王天明が貴国に居ると言うのか、、、待って、、、待ってください、数日待ってください、こちらで調べて改めて返答しますから」
そう言った後で電話は切られた。
電話での返答からSHUは何も知らされていなかったらしい事が分かった。

実際SHUは何も知らされていず、改めて王天明の現状を知らされたSHUは激怒し、公安幹部を怒鳴りつけた。
公安幹部は震えあがり、拷問で精神異常者にした事が原因ですと言い逃れをした。
「そんな事はどうでも良い、今現在王天明はどこに居る、すぐに捕まえてここへ連れて来い」
雷鳴のようなSHUの言葉に公安幹部は怯えて「かしこまりました」と答え電話を切るしかなかった。

公安幹部は直ちに日本に潜伏中の全ての工作員に、王天明の顔写真を送信し捜索を指示した。
その時、張が言った「俺を日本に行かせてください。俺なら顔写真なしでも王天明を探せます」
公安幹部は思案顔で劉を見た。劉は少し考えてから言った「張は切れ者です、行かせましょう」
「ありがとうございます劉同志」

張は成田空港に向かう飛行機の中で考えた。
(王天明の最終目的地はUS国だ、まだ日本に居れば良いが、、、とにかく工作員を空港出発ロビーに張り込ませよう)
張は、US国行きフライトがある日本各地の空港出発ロビーに工作員を張り込ませ、自分も成田空港に潜むことにした。



**
工作員の魔の手が迫っている事も知らず、今日も朝から中庭で一二三に甘えている王天明の姿を数百メートル上空のドローンからの映像を見ている銭形は苦々しく言った。
「あの野郎また一二三さんにミルクをねだっている。毎日毎日いい年した大人が子どものように甘えて、、、くそ、見ちゃおれんわい」
銭形の日本語は分からないものの雰囲気から察した許大義は、映像を見てからスマホを打ち銭形に見せた。

そのスマホには「完全な赤ちゃん帰りですね。連日の拷問の苦痛から逃れるために自我が現実逃避を渇望し一番幸せだったころの精神状態に帰ってしまった、、、今の彼の精神状態を簡単に言えば自己暗示、自己催眠状態と言えますね」と表示されていた。
それを読んだ銭形は半泣きの顔で「何とかなりませんか精神科医師の許先生、ワシは一日も早く王君をUS国に連れていかねばならんのだ」とスマホを打ってからC国語に翻訳して見せた。

「う~ん、、、いっそのこと一二三さんと明(あかり)ちゃんも一緒にUS国に連れていったらどうですか。三人を引き離すのも酷な話だと思いますし。ついでに私も連れていってください」
「三人一緒に、、、う~む」
銭形は腕組みしたままマンションの部屋を出て屋上に行って局長に電話した。
銭形の大きな声はマンション中に響き渡り苦情がくるほどだったのだ。

「局長、王天明の症状は一向に良くならない。精神科医師はいっそのこと親子三人で貴国に行った方が良いと言ってる。それにここだと俺一人では彼の警護にも限界がある、三人で行こうか」
「うむ、それもそうだな、では三人一緒に連れて来い」
銭形はその事をメールで一二三に伝えた。
現在の王天明は一二三の言うことしか聞かなかったのだ。


しかし一二三はどこへも行きたくなかった。
やっと帰ってきた山田太郎(王天明の日本名)といつまでもこの家でのんびり暮らしたかった。
山田が帰ってきた当初、一二三は戸惑った。山田の性格が別人のように変わっていたのだ。
まるで2~3歳の子どものように純真無垢で従順だった。一二三の言うことを何でも素直に聞いた。
そんな山田に慣れた今、一二三はまるで二人の子をもつ母親の心境で母性本能全開してウキウキしながら幸せに暮らしていた。

そんな一二三に銭形は一緒にUS国に行こうと言う。
一二三は返信メールできっぱりと断った。
「私はどこへも行きたくありません。ここで山田さんと一緒に暮らします」
「しかしここは危険なのです、いつC国工作員が王天いや山田君を奪いにくるかも知れない。US国の方が安全です、US国に行った方が良い」
しかし一二三は同意しなかった。

困った銭形は精神科医師の許大義に相談した。しかし許大義にも妙案は思いつかなかった。
「私には良い考えが思いつかないが、王天明を助けたと言うあの老医師になら何か妙案があるかも知れない、あの医師に相談してはどうか」と許大義はスマホで示した。
「う~む、あの老医師か、、、」
ここに越してきて王天明の過去を色々調べていくうちに出会って話を聞かせてもらった白髪の医師の顔を銭形は思い出し、数時間後その老医師に相談していた。

「先生、山田君一家をUS国に連れて行きたいのですが一二三さんが反対しているのです。先生から説得してもらえませんか」
老医師は腕を組んで考えた(一二三ちゃんの気持ちとしては無理もないだろう、最愛の夫がやっと帰ってきたばかりなのだから、、、かと言ってあそこは危険、、、本当に危険だろうか、、、あの家は隠れ家としては打って付けだと思うが、、、)

「銭形さん、あの家は隠れ家としては打って付けだと思うがだめなのかね」
銭形は苦笑した(正に素人考えだ)
「あの家は隠れ家としては打って付けだが、ひとたび見つかれば身を守れないし、拉致されても誰も気づかない。あの家では数人の銃を持ったボディガードが24時間警護しなければ守り切れないのです。しかしATを退職した俺にはボディガードを雇えるような権限も金もない」
「ふむ、なるほど、そうなのかね、、、ワシも一二三ちゃんたちが遠くへ行ってしまうのは寂しいが、、、仕方がない説得方法を考えてみよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

とは言ったものの老医師にも一二三を説得できる自信はなかった。老医師はとにかく考えた。
(さてさてどうしたものか、、、ん、待てよ、銭形さんはあの家は見つかれば身を守れないと言ったが、見つからなければ問題ないわけだ、、、あの家に一二三ちゃんやあかりちゃんが居ても問題なく、ただ太郎君が居て見つかればマズイというわけで、太郎君があの家に居る事さえ誰にも知られなければ良いということだ、、、その為には、そうだ代わり身の術を使えば良い)

老医師は考えがまとまると銭形に電話した。
「銭形さん、つかぬ事をお伺いするが、太郎君をUS国に連れて行ってどうするのかね」
「無論のこと向こうに着いたらすぐに、ウイルス発生源がC国である事を公表させます」
「公表させる、、、どうやってかね」
「そうですね、インタビュー形式で質問して彼に答えてもらうところをビデオ撮影してテレビ等で全世界に放送してもらえば良いと思います」

「なるほど、、、で、そのビデオ撮影は日本でもできるのではないかね」
「えっ、日本でビデオ撮影、まあできないことはないと思いますが、、、」
「日本でビデオ撮影して、それを先ずUS国から全世界に放送させれば、太郎君を狙っている者たちは当然太郎君がUS国に居ると考えUS国を探すだろう。そうなればむしろあの家に居た方が安全だと思うが、どうかね、太郎君がUS国に居るように演出する事はできないかね」
「う~む、、、なるほど、、、彼をUS国に居る事にするのか。やってみよう」

その後、老医師と銭形は細部に至るまで話し合い、山田太郎本名王天明がUS国議会の公聴会でウイルス発生源がC国である事を公表するという設定でビデオ撮影する事にした。
ビデオ撮影の背景のUS国議会会場の画像等は後でいくらでも合成できるので、先ず真っ白い壁の前で撮影をする事にした。
そしてその時の司会者兼質問者として許大義にインタビューしてもらう事になった。
許大義と王天明の会話はC国語なので英語字幕付きにしたが、そうすることでC国人にはなおさら衝撃的に伝わると思われた。

一二三もこの計画なら全く異存はなかったのですぐに実行に移され、数日の内にビデオ撮影も終わり、US国諜報局にネットで送信された。
その翌日、早くも世界中に激震が走った。
どの国もトップニュースでこのビデオ映像を放送した。
ビデオ映像を見た世界中の人びとから、たちまちC国に対する怨嗟の声が上がった。
**



そのビデオ映像を成田空港出発ロビーの液晶テレビで見ていた張は、苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。
「糞ったれめ、やはりUS国に居たか、、、ということは今後の俺の立場はどうなる、、、この国に居る全ての工作員を空港に張り込ませた俺の立場は、、、」
張は、失敗した時の自国政府の仕打ちを想像し絶望した。
張は自国に帰る気を無くし、この国で密かに生きていく決心をした。


ビデオ映像が放送されてから数ヶ月が過ぎた。
ビデオ映像を見た世界中の人びとは当初こそC国に対して怨嗟の声を上げ、C国糾弾のデモを起こしたりしていたが、それらは日を追うごとに下火になっていった。
そうなった理由は、ちょうどその頃から世界中のウイルス感染者数が減っていき、各国のウイルス対策が緩和されていった事と、R国とU国の戦争の影響で世界的なインフレになり、人びとの暮らしが困窮して、過去の事や他人事への関心が薄れた為だった。

しかしそんな世界情勢の中でただ一国、C国だけがその後も感染者が出続けていた。
しかもC国では相変わらず感染者発生地域の閉鎖が続けられ国民の反感が日増しに募っていた。
しかしそれでもC国最高支配者SHUは感染者発生地域の閉鎖政策を緩和しなかったし、王天明がUS国議会の公聴会でウイルス発生源がC国である事を公表した事に激怒していた。

ビデオ映像を見た直後SHUはUS国に潜んでいる工作員に命令した。
「王天明をひっ捕らえて連れて来い、できなければお前たちの身うちが地獄の苦しみを味わうことになる」
工作員は震えあがり、王天明を探してUS国内を走り回っていた。



US国内のC国工作員の動きを、US国諜報局局長から電話で聞いた銭形は、こみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。
老医師と仕組んだ策略が見事に功を奏した事に今更ながら笑いが止まらない状態だったのだ。
(それにしてもあの老医師、、、最初に聞いた時は、こんな策略でうまくいくのかと半信半疑だったが、、、正に亀の甲より年の劫だな、、、さて、局長からの現状報告を兼ね老医師に会いに行くか)
病院休館日の午後、銭形は手土産を持って老医師に会いに行った。


「先生お邪魔します」
「おお銭形さん、よく来られた、、、暇を持て余していたところじゃ、良かったら少し話し相手になってくれないかね」
そのつもりで来た銭形に異存はなく、すぐに会話が始まった。

「先生、先ほどUS国諜報局局長から電話があり、US国内でC国工作員が王天明を必死で探しているそうだ」
「ほう、そうですか、ということはやはりC国最高支配者にとって、あのビデオ映像は効果があったということだね」
「はい、そのようです。それもこれも先生の策略の賜物です」

「ははは、これはこれは銭形さんには似合わない世辞だな、もしかして何か魂胆でも」
「滅相もない、俺は先生の英明さに本当に脱帽しているのだ」
「こんな老人にはもったいないお言葉じゃが素直に受け取っておこうかの。
ところで銭形さんR国とU国の戦争はいつまで続くのかね。銭形さんは元AT幹部、平民では知り得ない情報等入手しているのではないかね」

「いえ、停戦や終戦については何の情報もない。
ただ諜報局局長が『奴らがR国とU国を戦争させR国を滅ぼして膨大な地下資源を奪い取ろうとしている』と言ってた。奴らと言うのは御存知ないかも知れないが通称ディープステート、世界を裏で操る大富豪エリート集団のこと。
奴らがR国を滅ぼそうとしているなら、軍事力が無くなるまで徹底的に戦わせるはず。戦争は長引くだろう。長引けば長引くほど経済力も失い終戦時にはR国は最貧国になっている可能性もある。

そもそもR国大統領がU国に侵攻したのは、大統領側近中の奴らのスパイに『U国など1週間で征服できる』と言われたかららしい。
奴らのスパイはどこにでも入り込んでいて、各国の統治者を巧妙に操り戦争を起こさせるんだ。
そういう意味では奴らは悪魔としか言いようがない」 

「奴らが統治者を操り戦争を起こさせるというのはワシも聞いたことがあるな。
我が国では統治者ではなかったが、大東亜戦争時、0軍大将がスパイにそそのかされ0珠湾奇襲をしてしまった。あれをせず、多くの諫言を聞き入れて東南アジア方面から西へ侵攻していればあの戦争は決して負ける事はなかったのだ。
戦争とは軍事力だけで勝てるものではないということを我が国はあの戦争で思い知らされたのだ」

「ほう、あの戦争でそのような事があったのか、知らなかった」
「開戦前に数年かけて練られた作戦では、日本は決してUS国とは戦わなず、東南アジアの被植民地国を解放し独立させながら西へ向けて侵攻し、2年ほどで西から侵攻して来る独伊と合流する計画だったのだ。
その作戦なら勝算があったのだが、その作戦をこともあろうに日本の0軍大将がぶち壊したのだ」

「う~む、、、あの戦争にそんな大事件がありながら、なぜ俺を含む多くの国民が知らなかったんだろう、、、」
「あの事件は日本にとっては取り返しのつかない大失敗だったが、US国にとって特に、反戦をかかげて当選した当時の大統領にとっては大歓喜する事件だったのだ。
反戦をかかげていながら内心は参戦したくてうずうずしていた大統領にとって、日本から戦争を仕掛けてきた事は、正に渡りに船、国民に参戦への支持を得られる絶好の材料となった。

だが大統領自身の『参戦して日本を叩き潰したい』という本心は、決してUS国国民に知られてはならない事であり、表面上は、全ての原因は日本にあり、0珠湾奇襲した邪悪な日本のためにUS国は仕方なく参戦したということにしなければならなかったのだ。
だから終戦後US国はプレスコード等で言論統制をして、0珠湾奇襲の本当の経緯さえも隠したのだよ。だから戦後の多くの国民が0珠湾奇襲の本当の経緯を知る事ができなかったのは無理もない事なのだ」

「なんとそうだったのか、、、日本は言論統制されていたのか、、、」
「我が国に対するGHQ等の言論弾圧、言論統制はすさまじいものだった。
プレスコードを調べれば誰でも簡単に理解できると思うが、自衛のための戦争だったという日本側の真実の主張をねじ伏せ、US国による原爆投下等の国際法違反については一切批判するなという一方的な、そうだな命令という言葉が相応しいだろう、US国の一方的な命令に当時の日本は従うしかなかったのだよ。そしてその命令は今現在においても続けられている、ジャパンハンドラーによってね。そしてジャパンハンドラーを操っているのが奴ら、、、
嘆かわしいことだが、これが我が国の現状だろう。」

「その通りです先生、、、
日本は今だにUS国の命令に従うしかない、言わばUS国の植民地国家なのだ。
そして日本は今だに、特別会計の使途不明金という名目で国民からの血税を搾り取られているのです、奴らに、、、
そのせいで日本は、国民が働けど働けど豊かになれず経済は30年間も停滞したままなのです、こんな嘆かわしいことはない、、、
日本は、、、我が国は、何とかしなければならん。今後もまだこんな状態を続けていては駄目だ、何とかしなければ、、、」

「、、、とは言っても、では何をどうすればいいのかね」
「、、、俺のような凡夫には考えつかない、英明な先生にご教授いただきたい」
「はは、こんな老いぼれに難題を回してきた、、、しかしこの難題は我が国最高の宰相だった方が既に解決方法を示されていたのではないかね」
「なんと、0倍元総理が、、、」

「日本は、先端技術的な面、文化的な面、人道的な面で世界を人類を牽引して行くしかないのです。
日本は、奴らによって金を搾り取られ、経済発展させることを抑圧されている。豊かになれないように押さえつけられていると言った方が良いかも知れない。
税収が増えれば増えた分は奪われる。そこで名宰相は考えられた、増えた分を奪われるくらいなら、その金を我が国よりも貧しい国の為に使った方が良いと、、、」

「、、、日本国民が貧しいのに何故海外に血税をばらまくのだと、俺も0倍元総理に対して幻滅した時があったが、なるほど そう言う考えだったのか、、、」
「世界の中には我が国よりも貧しい国がたくさんある。そのような国を援助できる時に援助していれば、自然災害等で日本が困窮した時に多くの国が援助してくれる東日本大震災の時のようにね。そればかりか日本が国際舞台で何か主張すれば賛同してくれる国家が増えるだろう。
経済力や軍事力で弱小国を従えるのではなく、人道的な面で弱小国の方から協力してもらえるような国になる。日本は、そう言う未来を目指すべきだと名宰相は考えられていたのではないかとワシは思うのじゃよ」

「う~む、、、なるほど、、、先生はやはり英明な方だ、、、
ところで病院をきりもりしながら先生はどうやってそのような知識を得られたのですか」
「はは、病院が暇なもんでしょっちゅうネットで日本を取り巻く情勢を調べていただけじゃよ。
坊主と医者が暇だというのは庶民にとって幸福なことだと言えるが、ワシにとってもやりたい事がやれてありがたいんじゃ。こういう状態がずっと続いてくれることをワシはいつも神様に祈っているよ」

「う~む、、、なるほど、、、おっと、いつの間にかもうこんな時間だ、先生、長居しました、これでお暇します」そう言って銭形は立ち上がった。
「なんじゃ、もう帰るのかね、、、これから暑い日が多くなるから熱中症にきをつけてな」
「ありがとうございます先生、では」
そう言って軽く頭を下げてから銭形は出ていった。


病院からの帰り道、銭形は老医師との会話を思い出していた。
(日本は、先端技術的な面、文化的な面、人道的な面で世界を人類を牽引して行く、、、か、、、
経済力ではUS国をしのぐほどの実力がありながら、奴らに利益を収奪され豊かになれないようにされている。
もし収奪に反発すれば不思議な事に、巨大地震や津波が起きて悲惨な目に遭わされる、、、

正に先生が言ったように日本は、豊かになれないように奴らに押さえつけられていると言える。
こんな現状で日本にできる事があるとしたら、貧しい国ぐにを援助したり文化や先端技術等で影響を与える事ぐらいだろう、、、
この事を先生は、0倍元総理の考えと言ったが、本当は老先生自身の考えではないのか、、、
いずれにせよ、日本の現状をよく見抜かれている、、、

US国は確かに軍事力経済力では世界一だが、今の世の中、軍事力で他国を侵略することはできん。その事は数か月前にU国に侵攻したR国が証明している、、、
では経済力ではどうだ。経済大国と言われる国は鎖国して完全自給自足している訳ではない。多くの外国と貿易して経済力を維持している。
もし他国と不仲になり経済制裁をすれな自国も経済制裁される、US国とC国の関係のように、、、

結局、今の世界は軍事力でも経済力でも他国を支配できないという事だ。いや早い話がもう支配するということ自体ができなくなっているのだ、、、
そんな世の中で、、、日本は文化や先端技術等で世界を牽引して行く、、、しかも文化や先端技術等は日本の得意分野だ。他国に比べても決して引けを取らない。否ある面では抜きん出ている。
そう考えると老先生の言われた通り、世界を牽引するのは日本しかないのかもしれん、、、

だが、奴らによる支配は、、、『人類削減計画』、、、人類を5億人にする、、、しかしあからさまには実行できんからウイルスを蔓延させたり戦争を起こさせる。
そればかりではない、自然災害を発生させると脅して金を強奪し、経済成長を止め貧しくなるように仕向ける。

国や国民を貧困に落とし込み、生活するだけで、食べていくだけで精一杯、まったく余裕がない状態にする。そうすると国民は政治や世界情勢等について考える余裕もなくなる。
国民をそんな状態にしておいて、奴らの言いなりの議員に奴らに都合の良い法律等を作らせ、ますます支配を強める、、、正にこれが日本の現状だ、、、

日本のそんな現状を熟知した上で、それでも何とか日本を存続させるにはどうすべきかを0倍元総理や老医師は必死に考えたのだ。
そしてその結果が、先端技術的な面、文化的な面、人道的な面で世界を牽引するか、、、
それにしても日本はこの30年で本当に貧しくなった。大多数の国民は食べていくだけで、子を学校に通わせるだけで精一杯の状態になった、、、それと政治や世界情勢に無関心な日本国民のなんと多いことか、、、暇さえあればスマホを見ている、、、これも奴らの策略か、、、)
銭形は珍しく考え事をしながら歩き続けていた。



**
数日後のニュースで0倍元総理の突然の死を知り、銭形は呆然と立ち尽くした。
(信じられん、、、あの0倍元総理が暗殺された、、、しかも犯人は一般人、、、)
銭形は驚愕すると同時に、犯人が一般人であることに違和感をだいた。
それは長年ATで数々の事件に関わった銭形の直感のようなものだった。
(素人による暗殺だと、、、しかも手製銃で、、、そんな馬鹿な)

銭形は独自に捜査することにした。様々な情報を仕入れるためにATの後輩たちへも電話した。自ら辞表を叩きつけた手前、直接課長には電話しなかったが、後輩にさりげなく課長の近況を聞いた。すると後輩はぶっきらぼうな口調で「課長は長期休暇中です」と言った。
「なに長期休暇中だと、あの課長が、、、」
(知人の葬式でさえ休まなかったあの課長が、、、)銭形はこの事にも違和感をだいた。

「課長は病気なのか」
「さあ、どうでしょうか、、、夜の銀座の常連客という噂もちらほら流れているとか」
「な、なにぃ、そんな馬鹿な、、、あの課長に限って、」
「しかし都内の高級マンションを購入されたのは事実らしいですよ、それから暮らしぶりが派手になったとか、毎夜銀座に繰り出しているとか聞いています」
「なに高級マンション購入だと、、、あの課長が、、、」
それを聞いた銭形は、違和感だけでなく言い知れぬ不快感が心中に広がった。
銭形は、0倍元総理暗殺についてと共に課長についても調べるために東京へ行った。

東京では、AT在籍中に闇献金等で極秘捜査した数人の国会議員と会い、0倍元総理暗殺について聞いたが、その中の一人から「その件には深入りしない方が身の為だ」と聞かされた。
銭形は当然その事についてその議員を問い詰めた。議員は渋々言った。
「あの事件は一般人の単独犯行だけではなく、どうも上の方が絡んでいるらしい。
C国のスナイパーの可能性もあるとか、、、いずれにしても関わり合いにならない方が良い」

「上の方だと、どういうことだ」
「日本を金ずるにしている奴らとC国の利害が一致したらしい。0倍元総理は以前からC国に煙たがられていたこともあり暗殺された、それ以上の事は俺にもわからない」
そう言うと議員は逃げるように去っていった。

「日本を金ずるに、、、奴らのことか、、、」
その後、銭形は日本と奴らの関係に詳しい、一匹狼的な議員を尋ねた。
銭形はこの議員と面識はなかったが、議員はSNSで議員活動内容の動画等を公表していたので時折動画を見ていて、一度会ってみたいと思っていたのだった。
しかし一般人では会ってもらえないと思い、電話で元AT捜査官の肩書を言って面会予約した。
すると翌日の午前中に会うことができた。

初対面のあいさつの後で議員は気さくな態度で言った。
「銭形さん、元AT捜査官という事はもう捜査官ではないので、捜査や事情聴取ではないのですよね」
「はい、今日は先生の一フアンとしてです。SNSで先生の動画等を拝見してフアンになり、一度お会いして直接お話しできたらと思っておりました」
「なに、私のフアン、嬉しいですね、で直接お話ししたい事というのは」
「単刀直入に言って、0倍元総理暗殺とジャパンハンドラーの関わりについてです」

議員の顔色が一瞬で変わった。議員は銭形の顔をしばらく凝視した後で低いが重みのある声で言った「、、、君は0倍元総理とどんな関係だったのかね」
「0倍元総理とは面識もありません、しかし暗殺について疑念を持ちまして」
「、、、生半可な興味や、ありきたりの好奇心で、素人は関わらない方が良い、君の為だ」
「素人とは言え疑念を晴らしたいと思うのは」
議員は突然銭形の声を遮って止めを刺すように言った。
「深入りすれば命にかかわる事だ、、、帰りたまえ」

議員にそう言われても銭形は腰を上げなかった。銭形は無言で議員を見据えた。その目はいつの間にかベテラン捜査官の目になっていた。
わずかな沈黙の時間が過ぎた後で銭形は言った。

「先生は以前の動画で暗殺時の弾道について話されていた。
暗殺者が背後から手製銃で撃ったにしては貫通傷の位置が不自然過ぎるとも、、、
本当の暗殺者はやはりビルの屋上からライフル銃で撃った。
だが問題は誰がスナイパーを雇ったのか、それと手製銃の男が狙っていた事を事前に知っていたのか、たまたま偶然にあの状況になったのか、、、」

議員は苦々しげに銭形を睨み付け何かを言おうとしたが声は出なかった。
その表情を見て自分の推理に確信を持った銭形は更に言った。
「俺が一番知りたいことは、ジャパンハンドラーが関与して」
「ジャパンハンドラーは関与していない、C国がずっと着け狙っていて、たまたまあの状態になったのだ。C国は、まだまだ影響力のある0倍元総理が疎ましかった上に、王天明というスパイを日本が匿い、その後US国に送還した事への報復の意味合いを兼ねた犯行だ」

「なに、王天明を送還した事への報復」
「そうだ、ATが王天明を捕まえた時はC国へ送ったのに、何故今回はC国に知らせずUS国に送還したのか、中共最高支配者はそれが許せなかったようだ。まあUS国でウイルスの発生源がC国だと世界に公表されたのだ、八つ裂きにしても憎み切れない事だったのだろう。
しかしそのせいもあって結果的に0部さんは暗殺された、日本は惜しい方を失った、、、
君が何故この件について調べているのかは聞かぬが、これ以上は深入りしない方が良い」

「先生もう一つだけ教えてくれ、政府はどうやって王天明の事を知ったのか。ATが王天明の身柄を確保した時点では日本政府はまだ王天明の存在を知らなかったはずだ」
議員は腑に落ちない顔つきで言った。
「君はその時、既にATを去っていたのかね。ATに居たなら分かるはずだ、ATしか知らない事を政府がどうやって知ったのか、ちょっと考えれば分かる事だ」

「ぐぅ、、、」議員の言った事を聞いて、その時初めて銭形は思い当たった。
「まさか課長が、、、」銭形の心の中にどす黒い厚雲が広がり居たたまれなくなった。
立ち上がろうとする銭形に議員は言った。

「ついでだから教えてやる、さっきはジャパンハンドラーは関係ないと言ったが、総理のころは言いなりだった0部さんが、総理を辞めてからジャパンハンドラーを無視して言いたいことを言うようになった。
世界の裏事情を全て知っている0部さんに不信感を抱きはじめていたジャパンハンドラーが、この件についてC国と手を組んだ可能性が無いとは言えん。
どちらも目的完遂の為なら敵国とでも手を握り合う国だからな。
だがその事を絶対に知られたくないジャパンハンドラーは、自分たちの事を調べている人間を決して見逃さない。実は私も、これ以上深入りするなと脅かされている。君も気をつけたまえ」

銭形はふらふらと立ち上がり、言葉なく一礼してその場を去った。
雨上がりの外は蒸し暑かった。銭形は汗をかきながら猛然と早足で歩いてホテルに帰った。
銭形は考えねばならない事があつた。そして認めたくない結論を出さざるを得なかった。
ホテルの部屋で荒々しく衣服を脱ぐと水シャワーを浴びた。浴びながらも銭形は考え結論を出した。
その後、銭形は聞いていた課長のマンションに行った。

聞いていた通り高級マンションだった。ATの給料と退職金を合わせても買えそうにない物件だった。入口には顔認証システムがあり初めての人は警備員に用件を聞かれた。
銭形がとっさに「友人に会いに来た」と言うと友人の氏名と部屋番号を聞かれた。
部屋番号までは知らなかった銭形は一瞬戸惑った。優秀な警備員は銭形のその戸惑った態度を挙動不審と判断し警備室へ連行しょうとした。銭形は舌打ちして出直す事にした。

銭形は空腹を感じていたこともあり、マンション入口が見えるレストランで食事することにした。
席に着き料理を注文した後で銭形は考えた。
(おかしい、、、マンションの名前や場所はATの後輩から聞いたが、ATの課長ともあろう者が後輩にマンションの事を話すだろうか、、、夜の銀座で豪遊している事を話すだろうか、、、
何か裏がある、、、なにより高級マンションを買った金はどうやって手に入れたのだ、、、)

銭形はゆっくり食事した(銀座に出向くのは早くて8時だろう、ちぇ、まだ3時間もある)
食後コーヒーを注文した。飲み頃になるまでスプーンでかき回し、ちょこで熱かんを飲むようにちびりちびりコーヒーを飲んだ。そうやって飲んでも30分も経たずに空になった。
捜査中は一切飲まなかった銭形だったが、マンション入口が見えるその場所を離れたくなかったので、ウイスキーの水割りを注文し、水割りが出された時に勘定を済ませた。

(これでいつでも飛び出せる)銭形はそれから更に考えた。
(確かにあの議員の言う通りだ、最初に王天明を捕まえた時その事を知っていたのはATの人間だけだ。つまりATの人間が日本政府やC国に知らせない限り他者が知り得ないことだ、、、
糞っ、俺は何故あの時その事を考えなかったのか、、、課長の言葉に逆上してそこまで考えられなかった俺は何という大馬鹿者、、、王天明を拷問台に送ったのは俺自身かも知れない、、、)
銭形は自責の念に際悩まされた。

(まあ、ATの中にC国のスパイがいて本国に知らせた可能性も無くはないが、課長のマンション購入の時期を考慮すれば、課長がC国に内通し高額謝礼金を入手した可能性が最も高い、、、
それにしても、、、あの思慮深い課長がマンション購入や銀座通いを他人に知られるようなヘマをするだろうか。高額謝礼金を受け取っても課長なら、その事を決して他人に知られないようにするはずだ、、、何かおかしい、、、この数か月の間に、課長に何があったのだ、、、)

そこまで考えた時マンションから課長が出てきた。銭形は弾かれたように立ち上がりレストランを出た。課長はマンション入口前の車寄せに立っていた。
銭形はハッとした(しまったタクシーに乗るつもりだ)
思った通り課長はタクシーに乗った。銭形は次のタクシーがすぐ来る事を祈った。その祈りが叶えられたのか幸いすぐタクシーが来て飛び込むように座ると「前のタクシーを追ってくれ」と言った。

課長の乗ったタクシーは数十分後やはり銀座の中心地に止まった。数十秒後で銭形も下車し課長の後を追った。課長は数十メートル歩いた後で、けばけばしいネオンが点滅する店に入った。
銭形も入るべきか迷ったが入口の見える路地で待ち伏せする事にした。
しかし課長は朝になっても出てこなかった。課長は店に入って数分後に女性と秘密出口から出て行ったのだ。その事に気づいた銭形は舌打ちし(糞っ、俺も焼きが回ったな、、、まあ一人では無理もない事ではあるが、、、さてどうするか)と考えた結果ホテルに帰り夕方まで眠った。

目覚めた後、銭形は少し早い夕食をし、また課長のマンション行った。
車寄せ近くで待ち合わせ人を装って待っていると、課長は昨夜とほぼ同じ時間に出て来た。
銭形は走り寄りいきなり課長の手首を鷲づかみして「課長、話がある」と怒鳴った。
課長は一瞬驚きの顔をしたが、銭形だと分かるとすぐにスマホを取り出し文章を表示して見せた。「ここは監視カメラと俺には盗聴器が仕掛けられている。俺が『今は忙しい』と言った後でお前は『ではまた今度』と言って離れて行け。俺がタクシーに乗ったら次のタクシーでついて来い、重大な話がある」
スマホを見せた後で課長は「今は忙しい」と言い銭形は「ではまた今度」と言って去った。

課長のタクシーが車寄せから出て行った後、次のタクシーがなかなか来ず銭形は不安になったが、銭形がタクシーに乗って少し行くと課長のタクシーは停車して待っていた。
銭形のタクシーが近づくと課長のタクシーは走り出した。後について行くタクシーの中で銭形は首をひねった(逃げないで待っていた、、、どういうことだ、、、)
数十分走った後タクシーはモーテルの脇で止まり、課長が出てきて銭形を手招いた。
銭形が下車するとスマホに「タクシーを帰せ、、、ここは監視カメラがない、ここで待て」と表示して見せ一人でモーテルに入って行った。

そこでしばらく待たされ「今度こそ本当に逃げられたか」と思い始めたころ、見たこともない形の黒い車がモーテルから出てきて銭形の横に止まり、運転席から課長が降りてここに乗れと手ぶりで示した。
銭形が呆気にとられながらも運転席に座ると、課長は助手席に座りスマホに「発車ボタンを押せ」と表示して見せた。銭形がボタンを押すと車が静かに走り出し、仰天している銭形に「心配するな自動運転車だ」とスマホを見せ寂し気に笑った。

車が走り出してから課長は助手席前のボックスからA4サイズのタブレットを取り出し文章を打ち始めた。銭形が勝手に動くハンドルと対向車にハラハラしていると課長にタブレットを見せられた。
「車は心配しなくて良い、1時間ほどで目的地に着く、、、やっと帰ってきたな。お前を待っていた。お前だけには真実を話しておきたかったのだ。それに頼み事が一つある。

お前がマンションに来たという事は、俺が銀座で遊び惚けている事も知っているだろう。
お前は忠臣蔵の大石内蔵助を知っているか、吉良邸討ち入り前に内蔵助が遊び惚けていたのと同じだ、敵を欺く為の方便だ。

俺は、ジャパンハンドラーを操っている奴らに四六時中監視されているのだ、しかもここに高性能盗聴器と爆薬を埋め込まれている」
銭形の目線でそこまで読んだことを察した課長は、自分の左鎖骨下を指差して見せた。そこには5センチほどの傷跡があった。銭形が驚嘆の表情を見せると課長は続きを読むように促した。

「俺がもし奴らを裏切れば50メートルの所からスイッチを押し、爆発させて俺を殺すだろう。俺の一人娘のようにな、、、
奴らは爆薬の威力を見せつけるために、よりにもよって俺の一人娘を俺の目の前で殺したのだ。2年前の娘の誕生日に、、、

いま思い起こせば親子3人だけで他人が居なかったのがせめてもの救いだった。事件を隠すことができたからな、、、
ケーキの17本のろうそくの灯を吹き消した直後、娘の鎖骨から首にかけてが爆発し頸動脈が破裂したのだろう血が吹き出した。救急車が来た時には出血多量で息絶えていた。
呆然と立ち尽くしていた俺に、奴らは電話で『お前にも同じ物が埋め込まれている、手術で取り出そうとしても爆発する。お前は俺たちの奴隷になるしかないのだ』と言った、、、」

銭形は驚愕し自分のスマホに「2年前、、、俺もまだATに居たころだが、あんたは1日も休んだ事がなかった、あんたは娘さんの葬儀も、、、俺にさえも一言も言わなかったのか」と表示して見せた。
課長は潤んだ目で頷き続きを読むよう促した。

「その後、妻は発狂し精神病院に入った。俺は奴らの奴隷になった。ATでの出来事を毎日報告させられた。気が狂わんばかりの屈辱の日々だった。
(これが奴隷の屈辱感か)と俺は我が身を呪ったよ、、、

奴らは何百年も前から多くの国を植民地にし原住民を奴隷にしてきた。逆らう者は虫けらのように殺し、女は性交奴隷にした。恐らく目の前で娘を犯されなぶり殺しにされた者もいただろう。
現在表向きは植民地はなくなり奴隷は居なくなった事になっているが、実際は俺のような奴らの奴隷が日本にも世界各国にも居るのだ。
奴らは世界各国の要人を俺と同じような奴隷にし、奴隷を使って国を操り自分たちに都合が良い世界を創っているのだ。

奴らは悪魔だ。人間ではない。奴らは他人の命など露ほどにも思っていない。奴らは人類の敵だ。滅ぼさなければならんのだ。
俺は奴らに復讐を誓った。だが復讐するには金が要る。ATの課長の収入では足りないのだ」

「それであんたは王天明を売ったのか」と怒鳴りたい憤りを抑えて銭形はスマホに表示して見せた。
課長はスマホを見て大きく頷き銭形を睨んだ。
その目は夜叉の如く冷たく光り仁王の如くらんらんと燃えていた。
銭形は何十年も一緒に働いてきたが、課長のそんな目を見たのは初めてだった。
銭形は恐怖さえも感じそれ以上何も言えなかった。

タブレットの課長の文章はまだ続いていた。
「俺はC国に密告し大金を得た。しかしそれは奴らの命令でもあったのだ。奴らが日本を窮地に落とすためと、C国と争わす為にな。
奴らはジャパンハンドラーを使って日本を苦しめ虐める事をいつも考えているのだ、、、

王天明の存在を知ったC国は、奴らの目論見通り、在C国邦人を拉致し人質外交を迫った。王天明がどんな重要人物かも知らなかった日本政府は、政府特別機でC国へ送った、、、
だが、ウイルス蔓延が下火になった今、奴らは既に王天明の利用価値がない事も見抜いていたのだ。実際にウイルスの発生源がC国であると公表されても、今はC国を糾弾する国すらない。

それより奴らは次の企てを始めているのだ、第三次世界大戦誘発という新たな企てをな、、、
だが、そうなる前に俺は、奴らに復讐したいのだ、最悪の娘の為に一矢報いたいのだ。
例えこの身を八つ裂きにされようと、日本に居る奴らの幹部を皆殺しにしたいのだ、、、
しかし今はまだ表向きは奴らの奴隷を装っていなければならん。少しでも反抗のそぶりが見えたら奴らは躊躇することなくこの盗聴器を爆発させるからな。

それで、お前に頼みがある。
俺は、ATに辞表を出しているがまだ受理されていない。上から毎日、帰ってこいと電話がくる。
お前が先に辞めたせいで俺は辞めさせてもらえないのだ。お前と俺の2人がATを辞めたらATの組織自体が閉鎖されてしまうだろう。だが俺はもうATに居られるような状態ではない。ATの課長の身で銀座で遊び惚けている等とニュースに載っては国の恥じになるからな。
だから頼むお前がATに復帰してくれ、そして俺を自由の身にしてくれ。
そして俺に娘の復讐をさせてくれ、頼む」

タブレットの文章はそれで終わった。
車はいつの間にか海に面した断崖絶壁の淵に止まっていた。微かにエンジン音と潮騒が聞こえている。課長が銭形の手からタブレットを取ると短い文章を打って見せた。
「この場所は車に記憶させてある、、、何度もここへ来た、、、そして来る度に飛び込みたくなるのを我慢した。娘の復讐を終えるまではと自らに言い聞かせて、、、」

銭形は自分のスマホに「あんたに、そんな過去があったとは、、、何十年も一緒に仕事していながら、、、俺は、、、課長、無能な、鈍感な俺を許してくれ、、、分かった。俺はATに復帰する。そして、あんたの辞表を受理するよう上を説得するよ、、、
それと言いにくいが、こんな無能な男でも役に立つことがあったら知らせてくれ」と表示して見せた。
それを読んだ課長はふっと寂し気に笑い、遠くに微かに見える灯台に視線を移した。


数時間後ホテルの前で銭形を降ろした課長は、モーテルに行き駐車場に車を停め、部屋の風呂に入りながら思った。
(銭形か、、、ふん、相変わらず単純な男だ、俺の話を鵜吞みにして信用し切っている、、、あんな男がATを取り仕切れるわけがないが、まあ、今後は俺の都合の良い奴隷になるだろう、ふふふ)
課長は、監視カメラの死角になっているモーテルのこの部屋と駐車場を1年契約で借りていて、時おり異性同伴で利用していたが今夜はその気になれず一人で泊まった。


そのころ銭形もホテルで風呂に入りながら、課長の身の上に心を痛めていた。
(課長にあんな過去があったとは、、、それに全く気がつかなかった俺は本当に馬鹿だった、、、
それにしても20年ほど前、課長が結婚すると言った時に嫌な予感がしたが、その予感が当たっていたのだ、、、

実際問題としてATの幹部になるような人は結婚しない方が良いのだ。自分自身は守れても妻子までは守れないし、もし妻子を人質にとられたら言いなりになるしかないのだ。
恐らく娘さんが先に拉致され知らぬ間に盗聴器を埋め込まれたのだ。それから娘さんを人質にして課長に無理やり盗聴器を埋め込んだ後で解放し、わざと誕生日を選んで娘さんを目の前で殺した、課長を奴隷にするために、、、
糞っ、奴らは人間じゃねえ、、、俺も奴らを皆殺しにしたくなった、、、)
銭形は、課長の話を基にして空想し、奴らに対する憎しみを更に強めていた。


数日後銭形は、課長の辞表を受理する事を条件にしてATに復帰した。
それから更に数日後、辞表が受理された事を課長に知らせると、それ以降音信不通になり、1週間後にはマンションも自動運転車も売り払われた事が分かった。
(課長、いよいよやる気だな、、、)
銭形はそう思ったが、課長のことは誰にも言わなかった。


*  *  *
北欧のある国の核シェルター内の書斎に年配のメイドが入って来て言った。
「御支配様、使徒の皆様がお集まりになりました」
「、、、そうか、、、」
御支配様と呼ばれた白髪の男は電動車椅子を操って書斎を出た。
「お供をいたしましょうか」
「要らぬ」

御支配様は一人で廊下を進み10メートルほどの所で車椅子を右に向けた。すると20センチはあろうかと思えるぶ厚い扉が音もたてずに左右に開いた。
御支配様がその中に入っていくと、丸テーブルに座っていた12使徒たちは一斉に立ち上がり、直立不動で御支配様が所定の位置に止まるのを待った。

12使徒が座り終えるのを見届けてから御支配様は言った。
「これより夏季定例会議を始める、、、ペロスキー、冬季会議の後のお前の働き、見事であった、、、
よくぞ、あの小太りに侵攻させた」
「ははあっ、ありがたき御言葉、光栄の極み」 ペロスキーはそう言って恭しく敬礼した。

「ユダゴッチ、U国の舞台役者はまだ使えそうか」
「御支配様、御懸念無用、わたくしめの操りの糸は完璧です」
「ふん、うぬぼれておると後で痛い目を見るぞ、、、まあ良い、、、次、ホメヌイ、I国大統領にR国への武器輸出を煽れ、戦争を長期化させろ」
「ははあっ、」

「ヒンドラ、あの白髭爺にR国の天然ガスをもっと買わせろ」
「御言葉ですが、I国首相はUS国大統領に止められています、US国大統領を押さえるべきかと」
「分かった、、、ロバートあの老いぼれ大統領に、首相に関わるなと言え」
「承知いたしました。されど御支配様、US国大統領としましては表向きは首相を止めておくべきかと、、、世界中の目がありますので」
「分かっておる、ヒンドラ、US国大統領の言うことは聞き流して良い 、その辺を考えて首相を操れ」
「承知いたしました」

「SON、熊豚に時は来たと伝えろ、US国軍が出てきたら最終兵器を使っても良いともな」
「はっ、、、されど、、、最終兵器使用は、、、」
「かまわぬ、言っておくだけじゃ、あの熊豚はどうせ使う勇気はない。じゃが言っておかぬと奴は踏ん切りがつかん。
HASIMOTO、熊豚が動いたらすぐ応戦できるように、あの優柔不断にハッパをかけておけ」
「かしこまりました」
「皆の者、良く聞け、いよいよその時が来たのじゃ。めいめい心して巧みに操れ、期待しておるぞ」



夏季定例会議の数日後、御支配様は針葉樹の森の中の地上シェルターの天井を開けさせ裸で日光浴をしながら考え込んでいた。
(ついにその時が来た、、、人類は増えすぎたのじゃ、、、やむを得んのじゃ、、、
抹殺するのは憐れじゃが、先代の言うように、子を産めなくするだけでは遅すぎるのじゃ、、、
だが、核兵器だけは使わせたくない、、、使徒どもがうまく操ってくれれば良いが、、、)

夏とは言え北欧の陽射しは強くない。天井が開いていれば裸では1時間も居られなかった。
御支配様はメイドにナイトガウンを持って来させた。
メイドが御支配様にナイトガウンを着させてから言った。
「御支配様、鼠が一匹外周域に潜り込んでいましたがどういたしましょうか」
「なに、鼠が、、、どんな鼠だ、一匹だけでここへ入って来たというのか」

「いま口を割らせていますが、鼠は『何でも言うから御支配様に会わせてくれ』と英語でわめいているそうです。しかし顔立ちも皮膚も東洋人のようです」
「なに、東洋人、、、東洋人がここへ入り込んだと言うのか、、、ふむ、会ってみたい、ここへ連れて来い」
「ここへ、ですか」  「そうだ」

数分後、後ろ手に縛られ顔面血だらけの男が頑強な黒ずくめの男二人に連れられて来た。
そして御支配様の目の前に跪かされた。
御支配様はその男の顔を見てから英語で言った「何者じゃ」
男は御支配様を見て一瞬微笑み口を動かしたが声は聞こえなかった。唇も瞼の上も腫れ上がり血が垂れていた。それを見て男の状況を察した御支配様は黒ずくめの男に言った。
「傷の手当をしてやれ、それと十分に食事と睡眠をな、、、話せるようになったら連れて来い」
一瞬怪訝な顔をした黒ずくめの男二人だったが、すぐに恭しく一礼し、男を抱えて連れて行った。

数日後、日光浴中の御支配様の元へ男が連れて来られた。御支配様は、男の顔の腫れが消えているのを見てから言った「何者じゃ、、、どうやってここへ入り込んだ」
「あんたの部下に娘を殺され、鎖骨下に爆薬を埋め込まれて奴隷にされた元AT課長の明智一秀だ。あんたと12使徒を皆殺しにするつもりで忍び込んだが会議に間に合わなかった。おまけに見つかってしまった。これが俺の運命だったと覚悟を決めている、さっさと殺せ」

「ほう、日本人か、、、で、どうやって忍び込んだ、、、その前に、ここで会議がある事をどうやって知った。この会議のことは12使徒と33階級者しか知らぬはず、うぬ如きがどうして知ったのじゃ」
その時、明智の脳裏に妙案が閃いた(うまくいけば日本に居る奴らを抹殺できるかもしれない)
「ジャパンハンドラーの元締めミスタードーゴンに聞いたのさ、女を使ってな。ドーゴンは女と楽しむ時、薬を使うので、こっそり分量を増やして使わせ、意識朦朧としていた時に聞き出したのさ。
まあ、素面の時は覚えていないだろうがね。ドーゴンもその取り巻きも、女と薬には目がないようだな。あんたの身うちはみな同じ薬中色情魔か、実に汚らわしい」

それを聞いた御支配様はみるみるうちに顔色を変え黒ずくめの男に向かって怒鳴った。
「ドーゴンと取り巻を連れて来い、ワシが直々に問い質す」
黒ずくめの男の一人が早足で去ると御支配様は平穏な顔で言った。
「うぬはさっきワシらを皆殺しにすると言ったが、それは娘の復讐のためか」
「そうだ、たった一人の娘を目の前で殺された、その復讐だ」

「たわいない事を、、、凡夫よのう、、、個人の遺恨等に関わっては居られぬ、消せ」
「ふん、御支配様とはどんな人か会ってみたいと思っていたが、この程度の人かぐふ」
明智の言葉が終わるや否や、黒ずくめの男に後頭部を殴られ前のめりに倒れた。
後ろ手に縛られているので顔面がもろに地面に叩きつけられ鼻血が噴出した。その明智の首に黒ずくめの男が足を乗せ御支配様を見た。御支配様が頷けば足に力を入れ首の骨を折るつもりだ。

「、、、ワシをこの程度の人かと言ったな、面白い、、、暇つぶしにワシとうぬの違いを思い知らせてやろう、、、椅子を持って来て座らせろ」
黒ずくめの男が不服そうに椅子を持ってきて明智を座らせると「見苦しい、鼻血を拭いてやれ」と御支配様が言い、黒ずくめの男は渋々自分のハンカチで拭いた。
明智の鼻血が止まると御支配様は静かだが威厳のある声で話し始めた。

「AKETIとやら、この世は全て弱肉強食なのだ。そしてそれは動物の世界だけでなく人間の世界も同じだ。人間は他人を食べたりはしないが奴隷にして自分の利益になるように働かせる。
強い者が支配し弱い者は奴隷になって働く、これが人間界の掟なのだ。その掟に逆らう者には死あるのみ。弱い者が奴隷になるのが嫌なら、強くなるしか術がない。
こんな単純な事すらも理解できない人間のなんと多いことか、、、

ワシの先祖は、ワシの先祖の部族は弱かった。いつも他人や他国に奴隷にされていた。部族の国も滅ぼされ氏族はバラバラになり世界中に散らばった。
散らばった先々でも迫害され、財産があれば奪われ、女は犯された。
そのような過酷な経験から先祖は、物質的財産を持たず知識的財産を蓄える事を覚えた。
その後は先祖も現代の我々も知識を得る事、大切な事を記憶する事を最重要視してきたのだ。

そしてまた知識を得る為には情報収集が不可欠である事に気づき、氏族間の情報伝達システムを作った。その情報伝達システムのおかげで数世代前の先祖は莫大な富を得た。
やがて世界は正に『情報は金なり』の世界になり、我々は更に富を蓄えていった。その結果、現代の我々は富つまり金の力で世界を支配できるようになったのじゃ。
我々は、強くなる為に必死で努力し学んで現在の力を手に入れたのだ、、、

奴隷にされていたが努力して強くなった我々が、現在多くの弱者を奴隷にして何が悪い。
弱者は奴隷になりたくなければ努力して強くなれば良い。まあ現代の我々は、弱者が少々努力しても強くなれないような仕組みを作っているがね。しかしそれは、弱者が強くなって我々を脅かす存在にならないように、つまり我々の身、我々の地位を守る為の仕組みなのだから他人にとやかく言われる筋合いはないのだがね。

うぬは先ほど、ワシの部下に娘を殺され奴隷にさせられたと言ったが、それがどうした。
人間界も弱肉強食だ。強い者は弱い者を奴隷にすると同時に生殺与奪の権力もあるのだ。
不服があるなら、うぬ自身が強くなれば良いのだ、そうなれなかったうぬが弱かったのだ、仕方がなかろう」

「その通りだ、あんたの言う通りだ、俺は弱かった。だから目標を達成できず捕まってしまった。だから俺は言った、これが俺の運命だったと覚悟を決めている、殺せとな。
しかしあんたは、復讐の為だと聞いて俺を殺せと命令した。
つまりあんたは、個人の復讐など取るに足りない事だと言ったのだ。男が全てを捨て復讐に命を懸けた行動を、あんたは、取るに足りないと言った。
あんたは、御支配様と呼ばれる存在になっていても、人間としての器は小さいのだ。男の器量を理解する心の広さもない小心者だ」

明智の話しが終わるや否や御支配様の怒鳴り声が響いた「うぬはワシを小心者だと言うのか!」
「そうだ!、、、
あんたに男の器量を理解する心の広さがあるなら、せめてもの武士の情け、あんたの部下なんぞに殺させず、俺に日本男児として切腹させろ!。あんたの目の前で腹搔っ捌いて死んでやる」
御支配様はしばらく明智を睨み付けた後で言った「、、、ふむ、面白い、ワシはまだ切腹を見たことがない、、、良いだろう、ワシの目の前で切腹しろ。おい、刀等必要な物を用意してやれ」

黒ずくめの男が御支配様に近づいて言った。
「御支配様、危険です御やめください、切腹するふりをして刀を投げつけてくるやも知れません」
別の黒ずくめの男が言った。
「やらせましょう、もし刀を投げつけてきた時は俺が盾になって御守りいたします」
「そうか、、、良い余興になりそうじゃの、用意してやれ、なに刀がないか、、、博物館に行って借りてこい、往復に1日はかかるか、、、では二日後の午後1時に始める」

黒ずくめの男が明智を連れて去ると、御支配様はしばらく考えてからシェルター内の医師を呼んで言った「うぬは切腹した人間を治療した事があるか」
「切腹、、、治療どころか切腹した人間を見たこともないです」
「やはりそうか、、、では切腹について調べておけ。切腹した人間を手術せねばならんようになるかもしれん」

「、、、切腹した人間を手術、、、世界一の名医ならばともかく、わたくしめには到底無理です」
「そうか、では世界一の名医を連れて来ておけ二日後の午後1時までにな」
「二日後の午後1時までに、、、無理です」
「ワシの命令だと言え、来なければ地獄を見る事になると言ってよい。礼金は望み通りだとも言え」
「は、、、承知いたしました」
医師はすごすごと去り、世界一の名医に電話し、何とか間に合った。


その夜から切腹の場に連れていかれる時まで、明智は迷い続けていた。
(かえで(明智の娘の名)の仇を討つ為に俺はここへ来た、、、そしてその最後の機会が巡ってきた、、、切腹すると言って刀を手にする事になったが、剣道五段の俺が刀を使えば数人のボディガードを突破して御支配を殺す事も可能だろう、、、まあ、ボディガードの人数にもよるが、、、

天が与えたもうた最後の復讐の機会、、、御支配を殺せば、俺の命など、、、たとえ一斉射撃で蜂の巣にされようと悔いはない、、、御支配を殺す、、、べきだろう、、、
だが、、、切腹させろと言っておきながら、仇の命を狙うことが日本男児と言えるのか、、、
仇を討つために噓も方便か、、それとも、、、日本男児として自らの言葉通り潔く腹を切るか、、、)
明智にとって二日間はあっという間に過ぎた。当日明智は切腹場に連れて行かれた。


切腹場は、2メートル四方ほどのカーペットの上に四角い小さな座卓が置いてあり、その上にA3ほどのコピー用紙と短剣が置いてあった。
明智は座卓の後ろに座らされ、明智の後ろと左右に黒ずくめの男が立っていた。
やがて御支配様が電動車椅子で現れ、カーペットの向こう側数メートルの所に止まった。
御支配様の左右にも黒ずくめの男が二人、だが御支配様は明智の後ろの黒ずくめの男を呼んで小声で言った「ワシが止めろと言ったらすぐに奴の刀を奪い取り殴って気絶させろ」
そう言われた黒ずくめの男は怪訝そうな顔をしながらも明智の後ろに立った。

御支配様が明智に言った。
「これだけの物しか用意できなんだが、切腹は短剣1本あればできるはずじゃろAKETI」
明智は呆れ果てた顔で言った「大刀で俺の首をはねる介錯人は居ないのか」
「介錯人、、、切腹にはそんな者が要るのか」
その時、医師が近づいて御支配様に耳うちした。

「切腹だけでは即死できず何時間も苦しむ事になります。そのため切腹したらすぐに首を切り落とします。これが武士の情けと言うものらしいです」
「ふう~む、、、そう言うものか、、、しかし大刀はないぞ」
「ようするに即死させれば良いのですから銃で頭を撃ち抜けばよろしいかと」
「ふむ、そうか、そうしょう」と医師に言ってから御支配様は明智に言った。
「AKETI、大刀はないが銃で頭を撃ち抜いて即死させてやるから安心して切腹しろ」

明智は白けてしまったが(まあ、俺にはお似合いの切腹かもしれん、そもそも外国で切腹すること自体が初めての事だろう、贅沢は言えまい。手下どもになぶり殺しにされるよりはマシか、、、
それよりもこんな短剣で御支配を殺せるだろうか、、、ボディガードのこの配置では俺が短剣を持って立ち上がった瞬間、後ろのボディガードが俺を蜂の巣にするだろう、、、
せめて武士の子孫として潔く腹を切るか、、、)と考えた後で後ろのボディガードに言った。
「俺が介錯、と言ったらすぐに撃ってくれ」

それから御支配様に言った「分かった、この短剣で切腹する、日本男児の気概を見ろ」
明智は服を脱ぎ捨て上半身裸になり、コピー用紙で短剣の白刃を包むと両手で捧げ心の中で言った「楓(かえで)、仇を討てなくてごめんよ、、、いま行くからね」
明智は、御支配様を睨み付けたまま短剣を左脇腹に刺した。途端に激痛に耐える鬼の形相に変わったが瞬き一つせず短剣を右脇腹まで引いた。

御支配様の顔色が変わったが明智は歯を食いしばって短剣を抜き、腹の上部に切先を向けた。その時、御支配様が叫んだ「止めろ!」
途端に後ろにいた黒ずくめの男が短剣の柄を握りしめた。
明智の途切れ途切れの絶唱が響いた「な、なにを、する、は、放せ」
黒ずくめの男は片手手刀で明智の首を強打して失神させた。
御支配様が叫んだ「医師、すぐに手術しろ、決して死なせるな」


それから何日経ったのか明智がふと目を開けると、白いベッドの上に四肢をベッド四隅の支柱に縛り付けられた状態で寝かされていた。
明智が首を起こそうとした途端に腹部に激痛がし、思わずうめき声をあげた。
その声が聞こえたのか看護師がきて言った「動いたらだめです、まだ傷口が再生していないです」
明智は苦痛に耐えながら首を横にして看護師を見て言った「、、、俺は、生きているのか、、、」

「はい、しかし危険な状態でした。小腸が6ヶ所も切れていたそうで、世界一の名医が4時間もかけて縫ったそうですが、他にも傷があり腹膜炎を起こしかけました。それも今はもう治り後は外傷が治癒すれば歩けるだろうとの事です。ですが完全治癒するまで2週間ほどかかるそうです」
「、、、で、なんで俺は縛り付けられているのだ」
「御支配様がおっしゃられるには、あなたが気がつけばまた死のうとするから、その意思がなくなるまで縛り付けておけとのことでした」

それを聞いた後、明智は気を失う前の状況を思い出し身震いした。
(俺は腹を切った、、、想像を絶する痛みだった、、、もう一度やれと言われても二度とできないだろう、、、それにしても御支配はなぜ切腹を止めた、、、なぜ俺を生かした、、、)
その時、御支配様が電動車椅子で近づいて来て、手を振り看護師を去らせると明智の方へ車椅子を向けてから言った。

「うぬの言いたいことは分かる、、、なぜ助けた、と言いたいのじゃろ、、、当然のことじゃ、うぬにはまだ利用価値があり、あのまま死なせるのは惜しかったからじゃ、、、
うぬは自ら腹を切った。その意思その気概は凡夫では持ち得られぬ、、、
正に武士の心意気じゃ、正に武士道精神じゃろう。その武士道精神を持っている、うぬにしかできぬ事を、うぬに託したいのじゃ、、、AKETI、うぬに日本の未来を託したいのじゃよ、、、」

明智は目を見張って言った「俺に、日本の未来を、、、」
「そうだ、日本の未来だ、、、AKETI、うぬはこれからの世界をどう思う、、、ワシは10年以内に第三次世界大戦が起こると予想しておる、と言うよりもワシがそのように企てておる。
ワシは第三次世界大戦を起こし、軍事大国を共倒れさせ、経済面でも大恐慌を起こし世界中の国を貧困国にするつもりじゃ。そうすれば多くの人間が死に、結果的に地球と人類が救われるのじゃ。

うぬはガイア理論と言うのを知っておるか。地球自体が一つの生命体だと言う考え方じゃ。その考え方を基にすれば、地球にとって人類は正に癌細胞と同じなのじゃ。
癌細胞もわずかならまだしも80億人を超えると地球自体を破滅させかねん。
地球は、決して人類だけのものではないのじゃ。それを人類は我が物顔で破壊し続けておる。こんな事が許されるはずがないのじゃ。

AKETI、うぬは地球の真の支配者は誰だと思う、ワシか、確かにワシは現生人類の支配者かも知れんが地球の支配者ではないのじゃ。
うぬは信じられぬかもしれぬが、地球の支配者は前生人類の末裔なのじゃ。その末裔は地底世界で数千万年も生き続けており、その文明や軍事力は我々現生人類のそれを遥かに超えておるのじゃ。例え世界中の軍事力を合わせて戦ったとしても到底勝てない相手なのじゃ。

その前生人類の末裔が、我々現生人類の増殖と核兵器について危惧しており、US国大統領に警告してきた『10年以内に人類を5億人にしろ核兵器を消滅させろ』とな。
しかしこの事実を知っているのはUS国大統領とワシだけなのじゃが、もし警告通りにできなかったら人類はどうなると思う。
恐らく、前生人類の末裔によって現生人類は消滅させられてしまうだろう。そうなる前に人類を5億人にしなければならんのじゃ。先代が言うように、人類を生まれなくして徐々に減らせていくやり方では間に合わんのじゃ。

戦争を起こさせ殺し合い、経済破城させ世界中を貧困国にし食料不足で餓死させて人類を削減せねばならんのじゃ。かと言って手っ取り早く人類削減する為に核兵器を使う事は許されておらん。核兵器使用は他の生物まで滅ぼしてしまうからの、、、

これからの10年でワシは人類を5億人にせねばならん。それができなければ前生人類の末裔によって現生人類は全て消滅させられてしまうのじゃ。人類を5億人にするしかないのじゃよ。
ではその5億人は誰にするのか、、、どうせ生きながらえさせるなら良い人間だけを生きながらえさせるべきじゃろう。
ワシは聖書の教えなど歯牙にもかけぬし、キリストによって選別されるとは思っておらぬ。

そうなるとワシが選別せねばならん。ワシは第一に0ダヤ人を選ぶ。世界中の全0ダヤ人をな。
そしてその次に日本人を選ぶ。日本人は有能でしかも人間的にも立派だ、存続させる値打ちがあるが、しかし日本人は五千万人までじゃ。
1億2千万人全てを存続させるわけにはいかぬ。他にもゲルマンとか存続させねばならん民族があるからの。

そこでうぬに日本人の選別をしてもらいたいのじゃ。1億2千万人の中から五千万人を選び出してもらいたい。これはうぬにしか出来ぬ事なのじゃ。残り7千万人は死ねと言うことじゃからの。生半可な心づもりではできん。自らの腹を切れる胆力のあるうぬしか出来ぬ事なのじゃ。
うぬは日本に帰り五千万人を選べ。じゃが、なりすまし日本人や武士道精神を無くした軟弱者等は1匹たりとも選んではならぬ。生粋の日本人だけを存続させよ。

うぬは日本でジャパンハンドラーの元締めになり、ジャパンハンドラーを使って政権交代させ山市早苗総理を誕生させろ。そして山市総理に憲法改正、軍事力増強、核融合発電実用化、海底資源実用化、等を推進させろ。
それと並行して、国民に知られないように地下数百メートルに1千万人が暮らせるシェルターを北海道や岡山県等に5ヶ所造れ。この財源は特別会計の使途不明金を全て充てろ。
うぬがジャパンハンドラーの元締めになり、ジャパンハンドラーを操れば可能だろう。

うぬの左手親指付け根にマイクロチップを埋め込んである。リーダー機器にかざせば、ワシの全権特使である証明書が表示されるようになっている。これを見たらジャパンハンドラーはうぬの思い通りに働くだろう。ついでに鎖骨下の爆薬等は取り除いておいた、もう必要ないからの。
さて長々と話したが全て理解したか、何か質問があるか」

いつの間にか明智の顔は驚愕の表情になっていた。
「お、俺がジャパンハンドラーの元締めに、、、」
「そうじゃ、ジャパンハンドラーの元締めになって日本の地下に巨大シェルターを造って、うぬが選んだ五千万の日本人を生きながらえさせよ。
第三次世界大戦が始まれば日本も攻撃される。核兵器は使わさせぬつもりじゃが通常兵器でも都市部は壊滅的な状態になるじゃろう。巨大シェルターがどうしても必要なのじゃよ」

「、、、御支配様、、、御支配様、どうか俺の四肢の縄をほどいてください。そして御支配様の足元に土下座させてください。御支配様に対する俺の今までの愚かな言動を詫びさせてください」
「フハハハハ、そのような些細な事は気にしなくて良い。縄は後で解かせておくが、決して暴れたりせず一日も早く傷を癒して日本に帰り、ワシの話した事を実行しろ」
「ははあ!、、、御支配様ありがとうございます」

明智の涙の溢れた両目を一瞬見据えてから御支配様は一言「さらばじゃ」と言い去って行った。
一人になった明智は御支配様の話をもう一度思い返して夢でも見ているような錯覚を起こした。
しばらく経って看護師が来て四肢の縄をほどかれ、不意に立ち上がろうとして腹部の激痛に襲われた。その激痛により明智は御支配様の話しが決して夢ではないことを実感した。


2週間後、明智は日本に帰る事になった。
一組の黒ずくめの奇妙な男女が明智の前に現れ小柄な男が日本語で言った。
「我ら二人、明智殿を補佐せよと御支配様は申されました。ステンローとお呼びください。彼女はローズ、二人とも英語日本語堪能ですし、現在のジャパンハンドラーの面々について熟知しております、、、では空港へまいりましょう」
ステンローはそう言って車の運転席に座り助手席に大柄な女性ローズが座った。

明智は最後にもう一度御支配様にお礼を言いたかったのだが忙しいのか会ってもらえなかった。
明智はシェルター内部に向かって深々と一礼してから車に乗り込んだ。
その明智の行動を監視カメラのモニターで見ていた御支配様はにゃりと笑って呟いた。
「フフッハハハ、明智、せいぜい良い日本人を選別しろ。勤勉で従順な日本人は、最高の奴隷になる。大戦後の復興等に大いに役立つじゃろうて。だが奴隷はしょせん奴隷だ、、、フハハハ」
*  *  *



成田空港に着くと明智はレンタカーを借りて3人でモーテルに行った。
何でモーテルに?と言う顔のステンローとローズに明智は言った。
「俺の部屋は借りてある。君たちも一部屋二部屋借りて泊まれ、とにかく時差ボケを治さないと動けない」
その後モーテルが監視カメラの死角になっている事に気づいたステンローはローズに言った。
「ここは監視カメラの死角になっている。さすがは元ATの課長だ、、、さて一緒に寝るか」
途端に平手打ちの音が隣部屋の明智にも聞こえたが、すぐに眠り込んだ。


翌日、明智はステンローに命じてジャパンハンドラーの面々を集めさせた。
新しい元締めが来るというので面々は緊張していたようだが、ステンローとローズを従えて会議室に入ってきた明智を見て啞然とした顔になった。中には平然と見下した視線で見る者もいた。
会議室上段の椅子に明智を真ん中にして3人が座るとジャパンハンドラーの一人が軽蔑しきった声で言った「何故ここに日本人が居るのか、しかも上段中央席に、こいつはピエロか」

明智には横に座っていたはずのローズが一瞬消えたように見えた直後『ピエロか』と言った男は悲鳴をあげた。ローズがいつの間にか男の後ろに立ち男の手をねじ上げていたのだ。
ローズは死神か魔女かと思うような冷酷な声で言った「全権特使への無礼は許さない」
「ぜ、全権特使だと、、、こ、この男がか、、、」
ローズは男の手を外し、どこからかリーダー器を持って来て明智の左手をかざさせた。するとリーダーの液晶画面には、御支配様のサインが記載された証明書が映し出された。

『全権特使 ミスターKAZUHIDE AKETI に日本の未来を託す。我に従うが如く彼の者に従え』の一文を読んだジャパンハンドラーの面々は顔色を変えた。
今まで日本人を意のままに操ってきた面々は、これからこの日本人に意のままに操られる事になる我が身を嘆き、ジャパンハンドラーを辞めようと思う者もいた。

その気持ちを見抜いたステンローは言った。
「ジャパンハンドラーを辞めたい者は今すぐ出ていけ。だが本国に帰っても再就職先はないと思え。それどころか、御支配様に逆らった者という烙印を、一生背負って生きることになる、覚悟して出ていけ」
ジャパンハンドラーの面々は真っ青な顔になりながらも誰一人出て行こうとしなかった。

静まり返った会議室を見回してからステンローが、ジャパンハンドラーの一人を名指して言った。
「シャンイン、カーターお前はC国との二重スパイか」
名指しされた男はうろたえどもりながら言った「め、滅相もない、、、な、何故俺を二重スパイなどと」
「とぼけるな、親C派議員から情報を聞き出している事は分かっている、聞き出した後C国工作員と会っていることもな、、、
お前は、そこの窓から飛び降りるか、今後二度と裏切らないと誓うか、どちらかを選べ」

シャンインはぶるぶる震えながら椅子の横で土下座し両手を合わせて言った。
「ど、どうぞ御許しを、に、二度と裏切りません、誓います、、、」
「よし、、、ではウイルソン、C国のTW侵攻の可能性について説明しろ」
ウイルソンもまたうろたえて言った「急にTW侵攻の可能性と言われましても、、、」
「お前はC国担当のはず、そのお前が答えられないのか。今まで何をしていた。今すぐシャンインと情報収集に行け」
二人は慌てて会議室を出て行った。

「次、、、」
その時、今までずっと無言だった明智がステンローを制して言った「総理大臣担当の者は誰だ」
「私です、、、ロビン、マークと言います」と言って初老の白人が立ち上がった。
「ロビン、2~3日中に総理と二人だけで会い、年明け早々に辞職せよと伝えろ。不服があるなら俺に直接言えと言え」
「は、承知いたしました」

「他の者にも言っておく、ジャパンハンドラーに無能な男は要らない。俺の指示通りに動けない者は去れ、、、本日の会議はこれで終わる」
そう言ってから明智は立ち上がり会議室から出て行った。
その後をステンローとローズが足早について行った。
明智は歩きながらステンローに言った「ウイルソンとシャンインに注意しろ、近いうちに裏切る」
「わかりました、、、これからどちらへ」
「昼飯だ、どこか旨い寿司屋に連れて行ってくれ」「承知いたしました」

食事しながら明智はステンローに言った「食事が終わってからで良いが、2~3日中に副総理に合わせてくれ、ジャパンハンドラー元締めとしてな」
「副総理にですか、、、わかりました」


二日後の夜、明智は桐生副総理に会った。
指定された部屋に一人で入って行くと、桐生副総理は無言のまま明智の動きを目で追っていたが、明智がそのまま目の前の椅子に座ったのを見て激怒して言った「お前は礼儀を知らんのか」
明智はすかさず言った「副総理、今は礼儀とか言っている暇はないのです」
「なにい、、、」

「単刀直入に言う、山市早苗を総理大臣にしてくれ。山市大臣には派閥がない。副総理の派閥全員で山市大臣を推薦してくれ」
突然桐生副総理が立ち上がって怒鳴った「ワシに対して何という物言いだ、貴様、何様のつもりだ」
「あの御方に日本の未来を託された全権特使だ、副総理に日本の未来を憂う気持ちがあるなら協力してくれ」

「あの御方だと、、、」
「そうだ、あの御方だ、世界を陰で操っている御方だ。あの御方に俺は、一日も早く山市大臣を総理大臣にしろと言われたのだ。その為にはジャパンハンドラーが全面的に援助しろとも言われ、俺をジャパンハンドラー元締めにした。今回俺はジャパンハンドラー元締として会いに来た」
「ぐ、ぬぬぬ、、、ジャパンハンドラー元締めだと、、、お前のような若造が、日本人のお前がジャパンハンドラーの元締めだと言うのか、、、」

「副総理、今は若造とか日本人とか言っている場合ではない。山市大臣を総理大臣にすることが先決問題だ。日本は今、危急存亡の状況なのだ、もうすぐ第三次世界大戦が勃発する。
しかし現政権では対処しきれそうにない。大戦勃発前に政権交代しておかねばならないのだ」
「なんだと、第三次世界大戦勃発、、、そんな、、、」
「あの御方が10年以内に勃発すると、いや、勃発させると言っている、まず間違いない」
「な、、、10年以内に大戦を勃発させると、、、あの御方が、、、」

「大戦が始まれば当然日本も巻き込まれる。一日も早く準備しておくべきだ。憲法改正、軍事力増強、国民の避難場所確保、食料燃料等備蓄、新エネルギー資源開発等やるべきことが山積みだ。一日も無駄にできない。今後は現総理のような決められない総理ではダメだ、山市大臣のように即決できる人でなければ総理大臣は務まらない」
「ぐ、ううむ、、、貴様、、、生意気な奴だが、言うことは間違いないようだ、、、よし、分かった、山市早苗を総理大臣にしよう」

桐生副総理の返事を聞き取ると明智はすぐに立ち上がり「数々のご無礼失礼しました」と言って一礼して出て行った。
桐生副総理は明智の後ろ姿にどこか清々しさを感じ好感を持った。
(あ奴め、、、みどころがある、俺の後継者にしたい、、、で、あいつ何という名だ、、、)


翌日、総理から直接電話がかかってきた。
「総理だが、ジャパンハンドラーの元締め明智一秀か」
「はい、そうです」
「使いが来て、僕に退陣しろと言ったが、これは何かの冗談かね、それとも君の本心かね」
「ジャパンハンドラー元締めとしての俺の本心です。これからの日本を取り巻く世界情勢を鑑みれば、あんたでは対応しきれない。早急に退陣して山市大臣に代わってもらいたい」

「な、、、一国の総理に向かって何という物言いだ、無礼にもほどがあるぞ。ジャパンハンドラーの元締めだか何だかはしらぬが捻りつぶしてやる」
「やれるものならやってみろ、、、日本は、あんたのような無能な人間を総理にしておく余裕はない。さっさと退陣しろ。駄々をこねるならジャパンハンドラーの組織力で引きずり降ろす」
「なっ、、、許せん、お前だけは絶対に許せん。必ず捻り潰してやる」
「ふっ、弱い犬ほどよく吠えるとは正にあんたの事だな」そう言って明智は電話を切った。
総理は激怒し携帯電話を床に叩き付け肩で息をしながら秘書を呼んで命じた。
「ジャパンハンドラー元締めを刑務所にぶち込め、冤罪を捏造しても良い」


その翌日、明智は元ATの課長という肩書きで山市大臣に会った。
初対面のあいさつで明智は恭しく一礼して言った「元AT課長、明智一秀と申します。次期総理大臣山市早苗殿にお会いでき恐悦至極にございます」
山市は噴き出して言った「どこの時代劇制作会社の方でしょうか、私に何用でしょうか」
「お答えする前に着席の御許しを」
「あはは、どうぞお座りください、それにしても愉快な方、本当に何の用事で来られたの」と山市大臣は打ち解けた表情で言った。

機を逃さず明智も気軽な調子で言った。
「次期総理大臣に末永くお付き合いいただけるようお願いに上がりました」
「はは、次期総理大臣って私のことですか、私には」
「いえ、次期総理大臣確定です。現総理には新年早々に退陣して貴女と代わるように伝えてありますし、」
「えっ、貴方は本気で言っているのですか、しかし私には党内に派閥もなく推薦者もありません。総理大臣にはなりたくてもなれませんわ」

「ご心配なく、副総理が派閥全員引き連れて貴女の推薦者になられます。次期総理大臣は確定です」
「ええ、まさか、副総理が、、、」
「既に確約済みです、間違いありません。副総理にお礼へ参られることをお勧めします」
「なっ、、、なんということを、、、信じ難い事です、、、それに貴方はどなたですか、何者ですか」
「申し遅れました、ジャパンハンドラー元締めの明智一秀と申します。ある御方の使いで来ました」

「ジャパンハンドラーの元締め、、、ある御方の使い、、、ある御方とは、、、」
「世界中を陰から操っておられる、途方もない権力をお持ちの御方です。俺がこの世でただ一人、恩を感じている御方でもあります。
その御方が、山市大臣を次期総理大臣にせよ、その為にジャパンハンドラーは全力で支援せよ、と指示されました。俺はジャパンハンドラー元締めとして最善を尽くす所存ですが、この度は初対面のご挨拶と言うことで参上しました、、、ふつつか者ですが今後ともよろしくお願いします」

「な、、、なんとまあ、、、驚きで声も出ませんわ、、、なんと言って良いのやら、、、」
「あの御方は言われました。10年以内に第三次世界大戦を起こすと、、、」
「えっ、10年以内に第三次世界大戦を起こすと、、、にわかには信じられない事ですわ、、、」
「確かに信じ難い事ですが、言われているのがあの御方では信じずにいられません。
俺は第三次世界大戦が起きる事を確信していますし、起きると仮定すれば日本はその準備をしなければなりませんが、優柔不断の現総理では対応しきれない。
それであの御方が大臣に総理大臣になっていただき早急に準備にかかれと。

先ずは憲法改正、軍事力増強等、日本を守る手はずを整える事から始めなければなりません。
当然マスコミや気違い左翼どもが騒ぎ出すでしょうが、奴らは我がジャパンハンドラーが押さえつけますのでご安心ください。
現総理は新年早々にも退陣表明するでしょうから、大臣はその後すぐ総裁選に立候補してください。のんびりできるのはもう年内限りと思いますので、先ずは副総理へのお礼のご挨拶等なされますように」

「、、、貴方の言われた事を今すぐに鵜吞みにするのもどうかと思いますが、、、」
「ごもっとも、、、では先ず副総理にお会いして、俺の話が信用できるかどうかを御判断ください。
まあ、年が明ければ現総理の退陣表明があるでしょうから、それを判断材料にされれば確実かと。いずれにせよ俺は、ジャパンハンドラーの元締めとして大臣を陰から御支援しますので、今回はあくまでも初対面のご挨拶という事で、俺はこれにて失礼します」
そう言うと明智は軽く一礼して出て行った。

一人になった山市大臣は、椅子に座ったまま明智の話を思い返した。
(私を次期総理大臣に、、、副総理が中心になり副総理の派閥全員が本当に推薦してくだされば十分可能な事、、、副総理にお会いする事が先決だわ、、、)
数日後、山市大臣は秘密裏に副総理に会った。
そして会った時の副総理の第一声は「君の次期総理大臣は確定だ、日本の未来をしっかり頼むよ」だった。



師走に入ったある夜、そろそろ寝ようとしていた総理大臣に連立与党党首から緊急電話が掛かってきた。
「総理、0島の後援団体に旧0一教会からの選挙協力があったと言うのは事実ですか?
今うちの党の者に匿名の電話があり、選挙時の裏事情等聞かされたが、信憑性が高いので総理に確認した方が良いとの事だった。事実なら大問題になる、場合によっては連立解消も視野に入れなければならない」

「なんだそれは、いつの選挙の話だね」
「00年の衆議院選挙だそうだ、0島6区、野党が強力な候補者を立て与党候補当選が危ぶまれていた時、旧0一教会の信者がボランティア活動として集票等をしたらしい。
選挙戦関係者は当時、必死で選挙運動していて猫の手も借りたい状態だったからボランティアで協力すると聞いて深く身元確認せず参加してもらったとの事だ。
10人ほどだったそうだが、選挙終了後、謝礼金を渡された者とそうでない者がいて、もらわなかった者が不満を言い出し明るみに出たらしい」

「なに、ボランティアの協力者に謝礼金、、、変だな、、、分かった、とにかくこちらで調べてみる、、、この話が表に出ないように頼む」
「うちの党には既にかん口令をだしてあるから大丈夫だ」それで電話は切れた。
総理はすぐに秘書に調べるように指示したが、嫌な予感がしてその夜は眠れなかった。

総理の予感が当たったのか翌日の夕刊に「与党立候補者、旧0一教会の信者が選挙協力」の記事が載った。
0倍元総理暗殺犯人が旧0一教会への恨みが元で犯行に及んだ事が判明して以来、旧0一教会と関係があった議員に対しての批判が高まっている現在、その旧0一教会が選挙協力していた事が新聞に載っては、国民や野党の追求が強まるのは確実だった。

「くそ、誰が新聞屋に垂れ込んだのだ、しかもこんなに早く、、、こちらはまだ実態把握すらできていないというのに、、、とにかく実態把握を急げ」と総理は秘書に命じた。
しかし総理側の対応は後手ばかりだった。
翌日には選挙協力したという旧0一教会信者が、顔にモザイクを掛けた状態で新聞記者のインタビューに応じている動画がSNSで拡散された。

しかもこの信者は「一緒に選挙協力した幹部信者は礼金をもらったのに自分はもらえなかった」等の不満まで述べた為に、その動画を見た国民は「0民党議員は旧0一教会信者に金を渡して選挙協力をしてもらったのか」と激怒した。
こうなっては後から実態把握して「旧0一教会信者による選挙協力の事実は確認できませんでした」等と発表しても、その発表を信じる国民は少なく、多くの国民は更に疑いの念を強めた。

当然この機運を逃すはずもなく野党は臨時国会で厳しく追求し、野党議員による実態調査を要求した。野党にとっては刺客とも言える有能な候補者を立てていたにもかかわらず落選した訳で、落選の原因が旧0一教会信者による選挙協力だったとなれば決して見過ごせる問題ではなかった。
臨時国会会期末が迫るなかで与野党の攻防が激化した。

総理は正に針の筵の上に座らされている心境だった。
(そもそも、旧0一教会信者による選挙協力があったという確かな証拠さえ見つかっていないのに、何故ここまで追求されなければならないのか。これでは0倍政権時の森かけ追求と同じではないか。一体だれが仕組んだのか)
そこまで考えた時(野党やマスコミ、国民をも扇動できる影の組織ジャパンハンドラー)の存在が総理の脳裏に浮かんだ。
(まさかあの男が、、、)そう思った瞬間、総理は恐怖心に包まれた。

(証拠がなくても野党やマスコミを使って総理や政府を追求させる、、、0中元総理の0ッキード事件、0倍元総理の森かけ疑惑、、、反対に特定人物を総理にする為のマスコミによる持ち上げ扇動報道。その成果で新総理になり行われた0政民営化という売国政策、、、これらの陰にいつも見え隠れした組織、ジャパンハンドラー、、、ジャパンハンドラーが相手では勝ち目はない、、、)
敗北を悟った総理は、新年を待たずして退陣を表明した。



(あの人の言ったことは本当だったんだわ、、、)
そう理解した山市大臣はすぐに総裁選に立候補した。
すると多くのマスコミが「日本初の女性総理大臣誕生の可能性」とか「新年早々、日本に新しい風を吹かせる女性総理誕生か」とか「日本は生まれ変わる時が来た、憲法改正を標榜する山市早苗大臣、0民党総裁選に立候補」等、気味が悪いほど好意的な内容の記事を載せた。

また連日テレビ局の取材を受け、山市大臣の顔がテレビ画面に出ない日がない状況になった。
こうなれば山市大臣の知名度はうなぎ登り、子どもから老人まで山市大臣を知らぬ者はいないほどになった。
0民党党内でも何故か、今回は何が何でも山市大臣を総裁にという雰囲気が盛り上がり、総裁選は次席に大差をつけて当選、新年早々に山市総理大臣が誕生した。

総理就任後、山市総理はすぐに組閣し、その後休む間もなく憲法改正に向けて動き出した。
憲法改正担当大臣を任命し、半年以内という期限を決めて改正成立を目指させた。
また通常国会での予算案では防衛費の倍増を盛り込み、軍事力増強を国内外に示した。

すると当然の如く「改憲反対、軍事力増強反対」の狼煙が国内や近隣諸国で盛り上がったが、不思議な事に国内の反対運動は1ヶ月も経たないうちに何故か自然消滅し、近隣諸国の反対運動等も強気な外務大臣の「内政干渉無用、我が国の数十倍の自国の防衛費を棚に上げて他国を非難するのは筋が通らない」の一言で静まった。
あまりにもあっけない反対運動に山市総理は、狐にでも化かされた気分だった。


総理大臣就任後あっという間に2ヶ月が過ぎた。その間に山市総理は何度かジャパンハンドラー元締め明智一秀の事を思い出したが電話しなかった。
電話番号すら聞いていなかったのだ。その事を悔いた山市総理だったが、かと言って例え電話番号を知っていたとしても、どんな内容の電話をすれば良いのか考えがまとまらなかった。

そんなある日、総理官邸執務室で新法案等に目を通していた総理の元へ、秘書が来てジャパンハンドラー明智一秀という者が「近日中に1時間ほど御時間をいただきたい」そうですと言った。
「え、今どこにいますか、今でも会えますが」
山市総理のその声が聞こえたはずはないと思うのだが、耳からイヤホンを外しながら明智がすーと執務室に入ってきた。

明智に気づいた山市総理は思わず言った「えっ、明智さん、、、」
山市総理は秘書を去らせ、すぐに明智をソファーに座らせ自分もその向かいに座った。
何から話そうかと迷っている山市総理に対して、明智は立ち上がって深々と一礼して言った。
「この度は内閣総理大臣就任おめでとうございます。もっと早くお祝いに上がろうと思いましたが、就任後すぐではお忙しいのではないかとも思い控えておりました」

「お祝いの言葉とお気遣いありがとうございます。実際今までは忙しかったのですが昨日あたりから時間に余裕ができてきました。私の方こそお礼を言わせていただくべきだと思っていましたが、あいにく電話番号も聞いていませんでした、失礼いたしました、、、
さて貴方の言われた通り、私は総理大臣になりました。貴方にだけ打ち明けますが、私は今も夢でも見ているような気分です。本当に信じられないような気分ですわ」

「ご心配なく、総理大臣就任は紛れもない現実です。夢でも何でもありません。
それよりも総理のこの2ヶ月間のお働き、本当に見事でした。これでは野党も付け入るスキがないでしょう。このまま突き進み、是非とも憲法改正を実現してください」
「ありがとうございます。憲法改正は早急に実現させなければならないと考えています、それと軍事力増強も、他にもエネルギー資源の確保備蓄等、本当にやらなければならない事が山積みですわ」

「正にその通りです。やるべき事が山積みです。しかし総理にはもっと大変な事もやっていただかなければなりません。しかも国民に知られる事なく、、、」
「えっ、国民に内緒でもっと大変な事、、、それは何でしょ」
「数千万人が暮らせる地下シェルターの建設です、、、あの御方が言われました。第三次世界大戦が始まれば日本も戦場になり、都市部は壊滅的な状態になると。
そうなった時の為に国民の避難所兼生活の場所を開戦以前に建設しておかねばなりません。

しかし建設を国民が知れば何故そのような物を造るのか、戦争が始まるのかとパニック状態になるかもしれません。ですので秘密裏に造らなければならないのです。
また当然、建設費用も国民に知られてはいけません。それであの御方は、特別会計の使途不明金を全て建設費用に使えと言われました。
総理も御存知の通り、特別会計の使途不明金の大半はジャパンハンドラーを経てUS国に上納されているのですが、それを止めてシェルター建設費用にせよとの事です」

「使途不明金を財源にして地下シェルターを造る、、、」
「はい、しかも国民に知られる事なく、、、
このような事は前総理では無理でしょう。恐らく山市総理にしかできない事です、、、
しかもこれは国民を救う為に、どうしてもやらなければならない事ですし、戦争が始まってからでは間に合いません。早急に決断し始めていただかなければならないのです」

「、、、初めてお会いした時もそうでしたが、貴方のお話はいつも驚きの連続ですわ、、、」
「そうかもしれません、、、しかしただ一つの事だけは信じて欲しいです。
俺の言うことは全て、日本国民の存続の為だと言うことを、、、
もし地下シェルターを造らなければ日本国民は1万人さえも生き延びれないでしょう。地下シェルター建設は日本国民存続の為にどうしても必要な事なのです」

「、、、2~3日考えさせてください、、、あまりにも大きな事ですので、、、」
「当然です、、、存分に御検討ください、ではこれにて」そう言って明智は立ち上がった。
総理は今思い出したように言った「あっ、貴方の電話番号を教えてください」
「いえ、俺の電話番号など必要ないでしょう。ジャパンハンドラー元締めとして俺は、総理の事はいつも把握しており、今日のように暇かどうかまで知っていますから」と明智は言おうとしたが止めて素直に電話番号を教えた。


明智が去った後、総理は呆然とソファーに座ったまま考え続けていた。
(数千万人が暮らせる地下シェルターを造る、、、確かに戦争が始まって都市部を攻撃されれば、東京にしろ大阪にしろ未曾有の大惨事になる。そうなった時、数百万人数千万人の国民をどうするのか、どこに避難させるのか、、、だが、、、本当に第三次世界大戦は起きるのか、、、
あの御方が、使途不明金を財源にしてまで造れと言っているという事は、、、あの御方の言うことを信じるべきなのか、、、国民の安全を 、我が国の未来を託されている総理として私は、、、)

山市総理は眠れない日々が続いた。総理という重責がこれほど大きいとは想像もしていなかった。
(せめて第三次世界大戦が本当に起きるのかどうかさえでも確信できたら、、、)
山市総理はふと窓の外の景色を見た。裸樹の枝が揺れている。道行く人は寒そうに襟を立て前屈みで足早に歩いている。ありふれた景色、、、。
(数年後には、、、この景色は見れなくなっていると言うの、、、U国の破壊された街のように、無人の焼け焦げたビルや道路ばかりの街になっていると言うの、、、この東京の街が、、、)

総理大臣といえど、一人ではどれほど考えても結論を出せない時もある。
山市総理は極秘裏に防衛大臣を呼んで、第三次世界大戦勃発の可能性を聞いた。
防衛大臣は自慢の髭を撫でながらしばらく考えてから言った。
「いつ勃発するかはわかりませんが、10年以内と言うなら可能性は高いでしょう。C国の最高支配者が10年間もじっとしているとは思えません。必ずTWか0閣諸島に侵攻してくるでしょう」

「、、、そうですか、、、では今から原油や食料の備蓄をしておくべきでしょうか」
「そうですね、、、今から始めておいた方が良いかもしれません。ただ国民にはまだ知られない方が良いかと、否、日本国民よりもC国やK国に知られないようにすべきかと思います。戦争準備をしているのかと騒ぎ出すでしょうから」
「なるほど、、、で、備蓄以外に今から準備をしておくことは何でしょうか」

「先ず何より憲法改正でしょうね。それと軍事力増強、0衛隊を国軍に昇格させる事も士気を高める面で必要でしょうね」
「国民の避難所建設等は?」
「避難所ですか?当然あった方が良いでしょうが、それを建設し始めれば国民や近隣諸国が戦争準備だと思うでしょう。建設するとしたら何か別の名称にするべきかと思いますね」
「わかりました、、、ありがとうございました」

防衛大臣が去った後、総理は考えた。
(世界情勢、特にC国の動きを熟知している防衛大臣も10年以内には第三次世界大戦勃発の可能性が高いと言った、、、やはり避難所いえシェルターはすぐに建設を始めた方が良いだろう、、、しかしどうやって国民に知られないように建設するか、、、)
その時、総理は数日前に「常温核融合地下発電所建設許可申請」があった事を思い出した。

(地下発電所、、、明智さんが建設すべきだと言っているのは地下シェルター、、、シェルター建設と公表すれば国民や近隣諸国が騒ぎ出すが、地下発電所建設には誰も何も言わない、、、地下発電所建設と公表しておけば良いだろう。まさか図面を見せろという国民は居ないだろうから、、)
そう考えた総理は地下シェルター建設を決意した。しかし、どのような構造のシェルターにしたら良いのか全く想像さえもできなかった。総理は明智に電話した。明智は図面を持ってこれから行っても良いかと問うた。総理は快諾し、30分後には明智は執務室に入ってきた。

そして明智はすぐに、ソファーに囲まれた大きなテーブルの上に地下シェルターの見取り図や図面を広げて総理に見せた。
(なんと手回しの良い事で、、、明智さんは私がシェルター建設を決断することを見抜いていたのだわ。恐ろしいというか頼もしいと言うべきか、、、で、シェルターってどんな建物なんだろう、、、)
このような事には疎い総理は、見取り図以外の図面は見てもさっぱり分からなかったので見取り図で説明を求めた。総理の得意不得意を知っていた明智は見取り図を指差しながら説明した。

「地下もしくは山の岩盤をくり抜いて10キロ四方ほどの空間を作ります。当然、崩落しないように岩盤で10メートルごとに1メートル四方の柱を作ります。これを基本構造にして数メートル下にも同じ構造物を作ります。これを地下10階くらいまで作れば数百万人規模のシェルター兼生活施設が造れます。これを北海道、東北、中部、山陰、四国等に造ります。水や食料等もこの中に備蓄しておけば、備蓄量にもよりますが、数千万人が数年暮らせるでしょう」

「えっ、数千万人、、、そんなに多くの人を」
「はい、目標は5千万人です。できるなら日本国民全ての人をシェルターに入れて生き延びさせたいですが、予算的に無理ではないかと。先ずは5千万人を目標として建設し、財源が余るようでしたら更に追加建設すれば良いと思います」
「わかりましたわ、、、で、この図面はいただいてもよろしいのでしょうか」

「はい、かまいません、ですがこの図面は見本用ですので正規の建築設計事務所に依頼された方が良いですね。それとこれには名称を載せていませんので、依頼する時は正規の名称、と言っても地下シェルターとは公表できないでしょうから、、、そうですね、、、」
「名称は考えてあります常温核融合地下発電所にしますわ」
「常温核融合地下発電所、なるほど良いですね。実際シェルターに住むようになれば当然、地下発電所も必要になるでしょうからね」

一通り地下シェルターの話が終わると総理が言った「ところで明智さん、シェルターはなぜ地上に造らないのですか、地上の方が少ない建築費用で造れるのではないですか」
「それはシェルターの強度が関係してきます。この図面のシェルターと同程度の強度の物を地上に造るとすれば恐らく数倍の建築費用が必要になると思います。
U国の被害状況を見ても通常のビルはミサイルや爆弾で破壊されています。もしC国がミサイルや爆弾で攻撃してきたら日本の多くの建物は破壊されてしまうでしょう。しかし地下数十メートルのシェルターなら恐らく無傷でしょうね」

「なるほど、納得しましたわ、、、それにしてもC国はなぜ他国を侵略しょうとするのでしょうか」
「その辺の事は俺よりも総理や外務大臣の方が詳しいのではないですか」
「はい、確かにC国の現状や上辺の世界情勢等は私や外務大臣の方が詳しいでしょう。しかし貴方は世界を陰から操る、あの御方の事を知っています。
第三次世界大戦にしてもあの御方が操って起こそうとしているのでしょう。では何故あの御方は第三次世界大戦を起こそうとしているのか、その理由を知っているのは恐らく日本では貴方だけでしょう。私は日本国総理大臣として第三次世界大戦を起こす理由を知りたいです」

「、、、おっと、もうこんな時間だ、どうも長居しました、これで失礼します」そう言って明智は慌ただしげに立ち上がった。
総理はソファーに座ったまま強い声で言った「明智さん、答えてください」
明智は数秒間、無言のまま総理を見下ろしていたが、やがて悲愴な面持ちで言った。
「、、、残酷な話です、今の総理は知らない方が良い、、、戦争が始まり多くの日本人が亡くなるようになればお話します」
明智はそう言うと逃げるように執務室から出て行った。


明智が去った後、総理は明智が言った最後の言葉「戦争が始まり多くの日本人が亡くなるようになればお話します」について考えた。
(いったいどういうことだろう、何故いまは言えないのだろう、、、それにしても、これを言った時の明智さんの表情のなんと悲しげだったこと、、、彼にはいったい、どんな過去が)
そう考えていた時、秘書が慌てて執務室に入ってきて言った。
「総理、C国海警船員が0閣諸島に上陸しました」

続いて国土交通省から緊急電話があり、海上保安庁に発砲許可を出すよう要請された。
しかし総理は先に状況説明を求めた。
いつもは沈着冷静な国土交通省幹部がこの時は大声で急き立てるように言った。
「今は状況説明している時間はありません。既に保安庁船が銃撃されています。応戦しなければ船員が皆殺しにされます」
皆殺しにと聞いて総理は即答した「分かりました、発砲を許可します」

その電話が終わるとすぐ秘書が防衛大臣からの携帯電話を手渡した。
「総理、緊急事態発生、海上自衛隊出動命令を出しました。現在F-15戦闘機2機P-1哨戒機、及び護衛艦が向かっております」
「わかりました、現状報告をお願いします」

「本日未明、海上保安庁巡視船が尖閣諸島付近をパトロール中に領海侵入の船舶を発見し追跡、約3時間後、これとは別の数隻のC国海警船舶が尖閣諸島に向かっているのを発見。
巡視船は最初の船舶追跡を断念し海警船舶進行阻止に向かう。
100メートルほどに接近すると1隻の海警船舶から突然銃撃され巡視船側面に被弾。
保安庁船員が確認に行こうとすると威嚇射撃を繰り返す。
その間に2隻の海警船舶が尖閣諸島に上陸しC国国旗を立てたとの事です」
「分かりました、引き続き情報収集をお願いします」

それから秘書に「外務大臣にC国に対して緊急声明を発表させてください。同時進行でC国首脳とのホットライン通信要請をしてください。その他の閣僚に安全保障緊急会議の招集を伝えてください」と言い、別の秘書に「国土交通省に銃撃された時のビデオ映像をこちらに送信させてください」と指示した。
総理大臣執務室は緊迫した空気に包まれていた。


そのころ、ジャパンハンドラーの秘密施設に帰り着いたばかりの明智にステンローが言った。
「総理官邸に潜入している配下の諜報員から緊急連絡で、C国海警船員が0閣諸島に上陸したそうです」
「なに、、、ウイルソンを呼んでくれ、、、それとシャンイン、カーターは今どこにいる」
ステンローはすぐウイルソンに電話してここへ来るように言い、その後シャンイン、カーターに電話したが通じなかった。

ステンローが「シャンイン、カーターは所在不明です」と明智に伝えると明智はローズに言った。
「シャンイン、カーターを捕まえてC国工作員を聞き出し、工作員を連れて来い。その後シャンイン、カーターは永久に所在不明にしろ」
ローズは音もたてず明智の前から去った。
それから少し経ってウイルソンが来た。明智はウイルソンの目を見据えて言った。
「C国の現状報告しろ」

ウイルソンは得意げに言った「C国国内では相変わらずウイルス感染者が多発し、病院は患者で溢れパニック状態です。会社や工場も閉鎖されたままで、商店等も開店していない状態です。
C国上層部は昨年末ゼロコロナ政策を突然中止しましたが、それが裏目に出たようです」
「で、C国首脳の動きはどうだ、ゼロコロナ政策失敗による国民の不満を逸らす為に0閣諸島上陸を企てたか」
「そ、そのような事まではまだ、、、」
「もう良い、国へ帰れ」
ウイルソンはすごすごと出て行った。

「ステンロー、C国首脳近辺にうちの諜報員は居ないのか」
「はい、うちは日本を操るのが正業ですので他国にまで諜報員を送ってはいないです」
「そうか、、、ではUS国諜報局局長に電話してC国首脳の動き、特に日本との開戦を目論んでいるかどうかを聞いてくれ」
「承知しました」

ステンローが電話している間、明智は腕を組んで考え込んだ。
(C国海警船員が0閣諸島に上陸した、、、日本との開戦の口実にする為か、、、まさかこれが第三次世界大戦勃発の引き金になるのか、それにしては早すぎるように思うが、、、)
明智はテレビを点けニュース番組にした。ちょうど山市総理がC国に対して抗議の声明を発している所だった。数時間前に会ってきた総理の顔とはまるで別人のように緊張感がにじみ出ていた。

総理の抗議声明の後、官房長官による状況説明が始まった。
「、、、0時0分、0閣諸島に上陸したC国海警船は自衛隊戦闘機到着後、離岸し他の海警船とともに領海外へ逃走した。なおこの事件による負傷者は確認されていない、、、」
官房長官の状況説明を聞いていた明智は何故か違和感を覚えた。
(C国海警船が自衛隊戦闘機到着後逃げた、、、おかしい、戦闘機が到着しただけで海警船が逃げるだろうか、、、この説明では詳しい状況が分からない、、、)

その時ステンローが携帯電話を明智に手渡しながら言った「局長が元締めと直接話したいそうです」
「局長、久しぶり、元AT課長の明智だ」と言うと局長が木枯らしのような大声で言った。
「ジャパンハンドラーの元締めが日本人になったと聞いていたが、お前だったのか」
「いろいろ事情があってあの御方から俺が日本の未来を任されているが、そんな事よりC国海警船船員が0閣諸島に上陸したがこれはC国首脳SHUの命令か。SHUは第三次世界大戦を起こそうとしているのか」

「第三次世界大戦、、、可能性がないとは言えんが、いま奴らはウイルス感染者爆増の対応と配下の者どもの派閥闘争で大混乱らしい。だがその混乱に乗じて、軍部が抜け駆け功名取り行動を起こした可能性の方が高そうだ。日本政府の抗議声明にC国首脳がどう反応するかを見れば分かるだろう。もう少し動きを見ていれば良い」
「、、、そうか、世話になった」そう言って明智は電話を切った。


それから数時間後のC国報道官発言「我が国固有の領土である0釣島に、我が国民が上陸したとしても何の問題もない。この事に対する他国からの干渉は一切受け付けない」
この短い発言を聞いて明智は、C国SHUの命令による行動ではない事を確信した。
(しかし、、、報道官は銃撃した事に触れていないが、海上保安庁巡視船が銃撃された上、0閣諸島に上陸されたのだ日本政府としてはこのままでは済ませまい、総理が山市総理ならなおさら、、、)

明智の思った通り、山市総理は銃撃された時のビデオ映像を世界に向けて公表し、0閣諸島は日本の領土であり、C国海警船の暴挙は決して許容できるものではないという事を改めて表明した。
(まあ、当然の表明だがC国首脳がどうでるか、、、無視を貫くか、外交問題に発展させるか、、、
銃撃は宣戦布告にも等しい行為だから自由主義諸国も黙ってはいないだろう)

総理の表明後、1時間も経たないうちにUS国大統領やE国大統領等自由主義諸国の首脳による表明支持とC国の銃撃を糾弾する発言が続々と発表された。
こうなってはC国首脳も無視を貫けず開き直ったのか「我が国の領土に対する度重なる干渉には武力を用いることがある」と恫喝してきた。
総理は間を置かず外務大臣に「0閣諸島は歴史的に見ても国際法においても日本固有の領土である。C国が領土主張するなら国際社会で通用する証拠を提示するべきだ」と発言させた。

国際社会で通用する証拠などないC国は「我が国の領土に対するこれ以上の暴言は宣戦布告と見なす」と恫喝を繰り返し、在C国邦人逮捕等の更なる暴挙にでた。
日本政府は邦人逮捕に対しても強く糾弾し、同時に在住邦人に退避勧告を発令した。
日本政府のこの退避勧告のニュースは世界中に衝撃を与えた。開戦一歩手前の状態である事を世界中の人びとが感じとった。日本に続いて多くの国が自国民に退避勧告を発令した。

どの国の滞在者も、このままC国に残っていたら公安に捕まって人質にされるのは火を見るよりも明らかだった。
ウイルス感染蔓延で邦人や欧米人のC国滞在者は少なくなっていたが、それでも数万人の滞在者がいた。彼らはみな空港に殺到した。
国際線出国ターミナルは大混雑した。しかしその状況をC国は報じず、個人や数少ない外国人ジャーナリストがSNS等で各国に伝えた。その映像は正に開戦前夜を呈していた。



C国海警船船員0閣諸島上陸事件以来ホットラインでの会談を求め続けていた山市総理であったがC国首脳SHUは全く応じなかった。
そればかりか既に逮捕されている邦人解放要求にも応じなかった。
逮捕者は欧米人も居て、欧米諸国も解放要求をしていたが応じていなかった。SHUのこの対応は開戦を宣言されても不思議ではない状態になっていた。

国連安保理が無能である事を痛感していた山市総理は、欧米諸国首脳とオンライン会談をした。
欧米諸国首脳は自国在留C国人の身柄拘束を主張し、山市総理も賛同した。
その結果、日本も各国と同調して秘密裏に身柄拘束を開始した。
当然留学生や労働許可証持ち労働者も拘束対象とされたが、それよりも先ず日本国内だけで数十万人は居ると言われているC国人工作員の身柄拘束を優先した。

この政策もまた当然のことだった。もし開戦すれば、国防動員法のあるC国人工作員がどんな悪辣な行動を起こすか、そしてそれに対応する警察の激務を予想するなら、今の時点で一人でも多くの工作員を捕まえておくべきなのは誰にでも理解できた。
警察は出入国管理局の協力を得て、中華街等に潜んでいる工作員を、パスポート不所持や不法滞在の名目で捕まえていった。

幸か不幸か工作員は強制送還と言う言葉に恐怖心を抱いている者が多く「仲間の居場所を言わなければC国に強制送還する」と言えばすぐに白状した。
工作員は、もし強制送還されたらその後C国でどのような目に遭わされるか良く理解していたのだ。
その結果警察は、苦も無く多くの工作員を芋ずる式に捕まえる事ができた。
その中にローズが探していた大物工作員がいた。

ローズは明智に言われシャンイン、カーターを捕まえて工作員について聞き出した後、重しを付けて海に突き落とし、それから工作員を追っていたが今一歩のところで警察に先を越されてしまったのだ。
ローズは仕方なくステンローに相談した。するとステンローはこともなく言った。
「その工作員はUS国で指名手配中だからこちらに引き渡していただきたいと言えば良い。ジャパンハンドラーを名のれば大丈夫だ」
ローズは半信半疑だったが、警察にそのように言うとすんなりと引き渡された。どうやら明智が警察署長に話を着けていたらしい。ローズはその工作員を明智の元へ連れていった。

工作員を捕まえたと聞いて明智が秘密の部屋に入って行くと、サンドバッグのように天井から釣り下げられた工作員をローズが容赦なく殴っていた。
明智はその工作員から、今までに本国に伝えた内容を聞き出した後で言った。
「C国の報酬の倍やる、二重スパイになれ。今後は俺の言う事だけを本国に伝えろ。それとも今ここで、その女に殴り殺されたいか」
その後、工作員は明智の忠実な二重スパイになった。



日本とC国の緊迫した状態が続いたまま1ヶ月が過ぎた。
C国首脳SHUは相変わらずホットラインも、在留邦人釈放にも応じていなかった。
山市総理は悩んでいた(このまま膠着状態が続けば我が国の方が不利になる、、、)
その時、まるで山市総理の精神状態を見抜いていたかのように明智から電話で「現状打開策案は要りませんか」と言われた。まるで列車内の弁当売りのような軽い調子で。

すると山市総理もついつられて軽い調子で言った「あ、一つください」
山市総理のそのノリの良さに噴き出しそうになりながらも明智は、重大案件を事もなげに言った。
「0閣諸島に海上自衛隊の駆逐艦2隻を駐屯させましょう。そしてもしC国海警船等が領海侵入すれば即座に威嚇射撃をしましょう」

山市総理は驚いて言った「えっ、、、そんな事をすれば、戦争に、、、」
「いえ、戦争にはなりません。我が国の領土を守る為の自衛行為ですから。
もしC国が抗議してきたら、尖閣諸島は我が国の領土だ。領土を守る為なら我が国は武力行使も辞さないときっぱり表明したら良いのです。
心配要りません、C国は現状、開戦できません。ウイルス感染で健康な軍人が半数もいないのですから」

「、、、しかし、、、」
「あの国には強気で対応することです。あの国がどれほど核兵器を持っていようと、どれほど軍事力を増強しようと使えなければ無意味なのです。
もし仮に今あの国が開戦したらどうなると思いますか。正にR国の二の舞を踏む事になります。
世界中を敵に回す事になり、我が国を通して先進諸国の最新兵器の見本市になるでしょう。しかもその上、壊滅的な経済封鎖を受けることにもなります。
あの国の首脳もそれくらいの事は理解しているはずです。開戦に踏み切る勇気はないでしょう。

それよりも地下シェルター建設を急いだ方が良いです。予想よりも早く必要になるかもしれませんので。
と言うのも、八方ふさがり状態のR国首脳がやけを起こして核兵器を使う可能性が高まっているようです。もしR国が使えば当然報復攻撃として欧米諸国も核攻撃するでしょう。そうなれば欧州だけでなくアジア地域にまで放射能汚染が広がるでしょう。
そうなった場合、地下シェルターは核シェルターとしても利用できます。建設を急ぐべきです」

「、、、わかりましたわ、、、今までも貴方の言った事に間違いは無かった。駆逐艦駐屯と地下シェルター建設を急ぎましょう」
言葉通りに山市総理はすぐに駆逐艦駐屯と地下シェルター建設を急ぐよう指示した。

数日後0閣諸島に駆逐艦が現れたのを見て付近にいた海警船は仰天した。
その知らせを受けたC国海軍幹部は、上に報告せず独断で「はったりだ、領海侵入してみろ」と司令した。
海警船は司令通り領海侵入し、すぐに威嚇射撃を受けて退散した。

海軍幹部は仕方なく上に報告した。SHUも驚き、即座に射撃に対する抗議声明をさせた。
待ってましたとばかりに防衛大臣から「尖閣諸島は我が国の領土であり、領土を守る為なら我が国は武力行使も辞さない」と言う声明が出された。
C国首脳は言葉を失った。歴代総理とは違う強硬派の山市総理に歯嚙みして黙り込んだ。

反対に日本国民は大歓声を上げた。C国に対して一歩も引かない山市総理の人気はうなぎ登りになり支持率も一気に90%を超えた。
この人気に後押しされ、山市総理は自信を持って憲法改正を目指し、同時に防衛予算倍増等の法案を成立させた。



日本のそのような状況を在日中国人工作員からリアルタイムで知らされていたC国最高権力者SHUは歯嚙みして悔しがっていた。
(糞ったれが、このままでは0閣諸島を奪えない、、、そもそも軍人の半数以上がウイルス感染している現時点で0閣諸島に上陸させた海軍幹部の馬鹿どもめ、長期計画すら理解できない無能どもめが、、、軍部にはもっと頭の切れる奴は居ないのか)

SHUは忌々し気に軍人名簿を眺めた。そして一人の司令官の年齢に目がとまった。
(サイバー攻撃司令官 諸光明37歳、、、37歳で司令官だと言うのか、、、何かの間違いか)と思いつつも気になり秘書を呼んで調べさせた。
数十分後秘書も驚愕した顔で言った。
「サイバー攻撃司令官 諸光明37歳で間違いありません。IQ170でサイバー攻撃の天才だそうです。しかし本人は諸葛亮公明の生まれ変わりだと言って天才ぶりを鼻にかけ、周りの人びとから嫌われているようです」

「、、、諸葛亮公明の生まれ変わり、、、ふむ、おもしろい、ここへ連れて来い」
数時間後、諸光明はSHUの前に立って言った「やっとお眼鏡にとまりましたなSHU総帥」
生意気な物言いの諸に対して明らかに不快感をあらわにしてSHUは言った「、、、誰しも初対面の時はワシを讃える言葉を使うが、お前は、、、SHU総帥と言ったな、これはどういう意味だ」
「はい、SHU総帥と言いました。何故なら数年後、世界中を征服し総帥になられる御方だからです。私が必ず総帥にして差し上げます」

「なにぃ、、、」SHUはおごり高ぶったように見える諸を睨み付けた。しかし諸は意に返さず言った。
「私を軍師として登用してくだされば、必ず総帥にして差し上げます。手始めに、いま総帥が悩まされている0閣諸島攻略についてと日本征服の戦略からお話しましょう」
「なにぃ0閣諸島攻略についてだと、、、ワシが悩んでいるだと、、、何故それが分かる」
「そのような事はインターネットで世界情勢を見ていれば簡単に分かる事です。そして日本征服など容易い事です。中性子爆弾4発を沖縄、九州、大阪、東京の100キロ上空で爆発させ、電子機器や電力網を破壊すれば、その後は赤子の手をひねるよりも容易く征服できます」

「な、なんだと、、、」SHUは驚きのあまり言葉を失った。
(こいつは、、、こいつは本当に戦略の天才かも知れん。俺を悩ましていた0閣諸島攻略どころか、夢だと思っていた日本征服をも容易い事と言う、、、こいつの言う通りにしたらUS国も征服し本当に世界中を征服できるかも知れん、、、とにかくもっと詳しく話を聞いてみよう)
「分かった、、、ここに来て座れ、それから、先ずは0閣諸島攻略について詳しく話せ」

諸はSHUの前に椅子を持ってきて座り、笑い話でもするかのように愉快そうに話し始めた。
「はっきり言って0閣諸島など放っておけば良いのです、日本を征服すれば自動的に手に入るのですから。ですので日本征服の戦略からお話します。
先ほども言いましたように沖縄、九州、大阪、東京の100キロ上空で中性子爆弾を爆発させ、電子機器や電力網を破壊します。そうすれば大都会はおろか周辺のUS国基地の電子機器も電気も破壊され、街中の灯りも電車も航空機も戦闘機も迎撃システム用のレーダーも、電子部品が使用されている全ての物が動かなくなります。

都会や基地の中で電気が使えなくなった場合を想像してみてください。夜は真っ暗闇、昼間でも電車もバスも車も動かず、オフイスビルも病院も学校も数日で無人になり、やがて食料品も尽きて餓死者の山ができるでしょう。
そうなった後の日本を征服するのは容易い事です。

そしてこの戦略はUS国にも応用できます、ただUS国の場合は我が国から直接ICBMで攻撃してはいけません。ICBMがUS国に到着する前に核ミサイルで報復攻撃されますから。
ですのでUS国の場合は潜水艦でUS国近海まで近づきSLBMで攻撃します。
そうすれば報復攻撃される前にUS国を麻痺させれるでしよう。
国土が広いとは言え中性子爆弾10発も爆発させればUS国全体が麻痺して日本と同じ状態になります。

日本とUS国を征服してしまえば他の国で逆らうところはなくなるとは思いますが、それとも他の核ミサイル保有国も全てUS国同様に、一斉に攻撃すれば後顧の憂いを無くせるでしょう。
ICBMで地上攻撃するよりも、大都市や基地の上空100キロ辺りで中性子爆弾を爆発させれば、大気中の放射能汚染も少なくできますし、何より電力網や電子機器を破壊して、都市機能や通信機能等を麻痺させれる事が現在の戦争においては最も効果的なのです。
しかも少人数の軍人ですみますから、現在健康な軍人だけでも十分可能な戦略なんです」

「う~む、こんな戦略があったとは、、、」SHUは唸った後考え込んだ。
(この男は本当に戦略の天才かも知れん、、、だが、、、)
「で、中性子爆弾は簡単に造れるのか」
「既に配備されている水素爆弾を改良すれば数か月で30発造れるでしょう。30発あればUS国や欧州、それにIN国も都市機能不能にできます。R国やⅠ国は敵対するとも思えませんので必要ないです。電気も電子機器も不能になった国で、我が国に逆らえる国はないでしょう。その時こそSHU総帥が世界の総帥になられる時です。早ければ年内にでも、、、」

「う~む、、、分かった、お前を軍師として登用しよう。他に何か望みはないか」
「少しあります。サイバー攻撃司令官と言う役職はそのままにしておいてください。その方が動きやすい。その上で私が軍師になった事は誰にも知られないようにしてください。それと快適な生活環境と十代のメイドを二人、それと総帥との直通電話も欲しいです」
「良いだろう、望み全て叶えてやる、、、それと今後はお前を軍師光明と呼ぼう」
「ありがたき幸せ」


諸を下がらせた後、SHUは陸海空軍の戦略家三人を呼んで100キロ上空で中性子爆弾を爆発させたらどうなるか聞いてみた。しかし年配の戦略家三人は、電気や電子機器への影響について答えられる者は居なかった。それどころか、そのような高高度で爆発させたら地上までの距離が遠過ぎて爆発の威力が低下し無意味だと得意げに言う者もいた。
この時SHUは戦略家三人を更迭させることを決めた。

その後SHUは原水爆製造最高責任者の科学者を呼んで戦略家と同じ質問をした。すると科学者は険しい表情でSHUを注視しながら言った。
「それは高高度電磁パルス攻撃をした場合どのような結果になるか、という事を知りたいのですね。
、、、最初にお断りしておきますが、この攻撃は国際法で禁止されており、各国とも中性子爆弾そのものの製造もされていない事になっております。
主席はこの事を認識された上で、なおかつ高高度電磁パルス攻撃をした場合の結果を知りたいと言われているので」

SHUはそこで科学者の言葉を遮って言った「そのような御託は要らん、質問にだけ答えろ」
「、、、分かりました、、、中性子爆弾の規模にもよりますが仮に広島に投下された原爆を中性子爆弾に改良した場合の予想される威力についてご説明いたします。
先ず上空100キロで爆発させた場合、殺傷能力はさほど高くなく、半径10キロほどの範囲で中性子線直撃の人間だけが即死または数日中に死亡する程度でしょう。またビルディング等もあまり破壊されないでしょう。

しかし爆心地からの半径数百キロ以内にある人工衛星、軍備民間問わずレーダー設備、通信設備、送電設備、変電設備、電子機器や電子部品の使われている全ての家電製品、電車や車等、位置情報表示製品等の多くの物が電磁波で破壊され使用不能になります。
とくに電力網設備の破壊の影響は大きく、広範囲での停電は都市機能崩壊に直結するでしょう。

輸送機能も全て崩壊し物流が止まれば、数週間で食料品や医薬品の在庫や非常電源の燃料が切れ、住民は逃げ出すこともできず、正になす術もなく餓死者や病死者が増えていくことでしょう。そして1ヶ月も経てば死体が溢れ死臭が漂う惨状極まりない状況になっていることでしょう。
また通信網の破壊による外部との通信不能は、その地域の現状を知ることもできず外部からの救助派遣すらままならず、見捨てられた状態のままでしょう」

そこまで聞くとSHUは僅かに笑みを浮かべて言った。
「分かった、で広島型の100倍の威力のある中性子爆弾30発を作り上げるには何カ月かかる」
「う、100倍の、、、爆弾製造に不可欠なトリチウムの在庫がどれほどあるか把握しておりませんので現時点ではお答えできませんが、十分に在庫があれば半年間ほどで可能ではないかと思います」
「分かった、では帰って最優先で中性子爆弾製造にかかれ。それとトリチウムの在庫量を調べて報告しろ。他に材料、人材等が必要なら博士の独断で集めて良い。最優先事項である事を関係者全員に通達しろ。また外部には決して漏らすな。漏らした者は極刑だと言っておけ」

科学者はよろよろと立ち上がり一礼して去って行った。
その後ろ姿を見てSHUは、その科学者に一抹の不安を感じ、秘書を呼んで科学者を見張るように命じた。


一人になるとSHUは、頭の中でこれからの計画を立てた。
(30発製造に半年か、、、しかし中性子爆弾だけではダメだ。
中性子爆弾で都市機能や基地設備を不能にしたらすぐに基地を破壊せねばならん。
レーダーシステムが崩壊し迎撃ミサイルが不能な間に敵基地全てを破壊してしまわなければならんのだ。その為にはSLBM発射可能な潜水艦を1隻ずつ欧米に配備しておかねばならん、、、
中性子爆弾攻撃が成功すれば後は楽勝だが、、、伸るか反るか、俺の一生一度の大博打になるな、、、)

そのような事を考えていたSHUの所へ腹心の共産党幹部がきて言った。
「主席、国連の人権団体で『外国人への不当な拘束に対する非難決議案』が可決された。まあ可決されたとは言ってもこれは国際法と同じで従う必要はないが、かと言って無視し続けていると諸外国からのけ者にされ経済制裁に発展する可能性がある。そろそろ解放した方が良いのではないか」
「ふむ、、、分かった解放しろ。だが工場没収等の見返りを要求しろ」
「了解した、たっぷり巻き上げてやる、特に日本企業から」



数日後山市総理に、邦人解放と日系企業の資産凍結等の知らせがあった。
「資産凍結、、、理由はなんですか」
「契約期限内の業務放棄による損害賠償請求だそうです」と外務事務官が言った。
「罪を捏造して無実の人を拘束していながら業務放棄だと言って損害賠償を要求するのですか」
「はい、あの国はこのような理不尽なことを平気でします。国際的な常識は通じません」

「、、、外務大臣に対応策を検討するように伝えてください。決して悪しき前例とならないよう強気で、絶対に引かない姿勢を示すようにと」
「かしこまりました」

外務事務官が去った後、山市総理は考えた。
(国際的な常識が通じないならず者国家にどう対応するか、、、
それにしても国連の無能ぶるには呆れる。理不尽なことをする国を指導できなくて何の為の国際機関と言えるのか、、、国連に代わる、もっと力のある国際機関を造るべきだわ、、、
でも、もうそんな時間もない、機関設立の議論をしているうちに恐らく第三次世界大戦が始まる。
開戦に備えて、やるべき事が山積みだわ、それと地下シェルター建設も急ぐべきだわ)


それから1ヶ月ほど経って開かれたUS国との共同総合演習終了後の会合で、US国側から「C国がトリチウムを密かにKN国から購入しょうとしている」という情報がもたらされた。
しかし防衛大臣をはじめ日本の軍部は、この情報にあまり関心を示さなかった。
だが、この情報を伝え聞いた日本の核兵器保有を主張する議員の一人が、トリチウムが中性子爆弾の材料になる事に気づき防衛大臣に質問した。

「大臣、中性子爆弾製造にはトリチウムが必要ですが C国は中性子爆弾を製造しているのではないでしょうか」
「なに、中性子爆弾製造、、、まさか、ありえんだろう」で、議員の質問は消滅させられた。
そしてこの結果数か月後に日本が消滅させられる事になろうとは防衛大臣は夢にも思わなかった。


一方US国は、中性子爆弾製造の可能性と中性子爆弾による攻撃についてシュミレーションしていた。そしてC国本土からICBMで攻撃された場合なら、迎撃ミサイルで対応可能であるが、潜水艦で近海から攻撃されたら迎撃できず、上空で中性子爆弾が爆発した場合、電気系統や電子機器系統に甚大な被害を受けて都市機能が崩壊するという分析まで出されていた。
もし1%でも可能性があればそれについて対策するというUS国は、近海から攻撃された場合は海外駐留軍が報復攻撃するという対策案も決められた。だが電子機器が破壊された後で海外駐留軍に知らせることができるかどうか疑問視する声もあった。


そのような日本やUS国の状況も意に返さず、またウイルス感染者激増でパニック状態の国内状況も無視してSHUは中性子爆弾製造を急がせていた。
そして約半年後、30発の中性子爆弾が完成した。
その内5発は潜水艦で0キシコ湾へ、もう1隻は7発を乗せて紅海へ向かった。

(残る18発のうち5発は本土から直接日本とTWへ撃ち込む。残り13発はUS国の第0艦隊等に使う、、、
2隻の潜水艦が目的地に到達した時が日本やUS国の最後だ。そして世界中が俺のものになり俺が世界の総帥になる時だ、フフフ)



**
「軍師光明、潜水艦01が紅海に到着しました」
「よし、そのまま待機せよと伝えろ」
それから数日後、潜水艦02が0キシコ湾へ到着したと連絡を受けた光明はSHUに直通電話をかけた「総帥、潜水艦2隻が目的地に到着しました」
「よし、C国時間0時0分に攻撃開始する、弾道ミサイル発射準備」
そう伝えた後、SHUはゾッとするほど醜悪な表情で微笑んだ。
(、、、後1時間で日本、US国、TW、E国、F国、IN国が滅びる、、、フフフハハハ)
**



**
0時0分、ほぼ同時刻に沖縄基地、佐世保基地、厚木基地、三沢基地のレーダーシステムがC国0島近郊から発射された弾道ミサイルを捕捉した。
ただちに弾道計算され着弾地点が沖縄、九州、大阪、東京のそれぞれ上空を通過して太平洋上に落下すると算出された。
その緊急連絡を受けた防衛大臣が(またC国の嫌がらせか)と思った瞬間、東京上空100キロで中性子爆弾が炸裂した。

東京の防衛庁ビルの中でガラス窓を背にして座っていた防衛大臣は中性子線の直撃を受けて即死、壁や天井で遮蔽されているはずのビル内部に居た多くの職員等も数十秒後に息絶えた。
沖縄、九州、大阪、東京はすぐに大停電になり、電車は無論の事バスもトラックも乗用車も急停止かコントロール不能となりガードレール等に激突して止まった。
ビル等の建造物はあまり破壊されなかったが、スマホやコンピューターや電話等、電子部品内蔵の物は全て使用不能になった。もっともそのような物を使う人間が既に死んでしまっていたが。


地下施設等に居て運良く生き延びた人は、暗闇のなかスマホのライトの明かりを頼りに手探りで地上に出て見て愕然とした。
地上も地下施設と同様に全てが停止していた。信号機や電光掲示板など電気や電子部品の使われている物の灯りが消えている上に、乗り物も止まっていた。
スクランブル交差点や歩道には多くの人が倒れ死んでいた。
乳母車の中の子どもは眠っているように見えたがよく見ると呼吸していなかった。

周りは気味が悪くなるほど静かだった。飛んでいる鳥も見当たらなかった。
街路樹さえ葉が萎れ精気がなかった。
突然ビル街上空を大型旅客機が無音のまま急降下し数分後爆発音がして黒煙が立ち上がったが、
消防車の音さえも聞こえなかった。
地下施設から出てきた人は死の世界に迷い込んだような錯覚をおぼえた。



生き残りの中に明智とステンローとローズがいた。3人は中部地方の地下シェルターを視察して東京へ車で帰る途中、奇跡と言うべきか長いトンネルに入った時に中性子爆弾が炸裂したのだ。
トンネル半ばで急に照明が消えたが明智は気づきもせず車を運転していた。
そしてトンネルを出て5~6キロ進んだ所でガードレールに激突している事故車両を見つけ、明智は仕方なく路肩に停車して車内から警察に電話したが全く通じなかった。
電話が壊れているのかと思いステンローの携帯電話を借りて電話したがやはりダメだった。

その時ステンローが言った「カーナビもラジオも受信できない、スマホのWi-Fiも消えた」
明智がカーナビ画面を見ると圏外マークになっていた。ラジオもWi-Fiも受信不能だった。
「いったいどういう事だ」と明智が言うと、後部座席のローズが路上を指差して言った「鳥がいっぱい死んでる」
明智とステンローが見ると、渡り鳥だろうか多くの鳥が死んでいた。そしてその鳥は車にひかれた形跡はなく、たった今死んだようだった。
その死んでいる鳥を見て3人はやっと異変に気づいた。かと言ってその場にとどまっているわけにもいかず明智は発車させた。

しかし数キロ行くとまた事故車両が止まっていた。しかもその先には数十台がガードレールや中央分離帯にぶつかって止まっていた。
そのうちの数台は激突したようには見えず、どこも壊れていないようだったが車内の人はみな死んでいるようで動いていなかった。
明智はそれらの車を避けながら進んだ。しかし進めば進むほど事故車両が増えてくるようだった。

幸いにも高速出口があり一般道に出た。しかし高速ほどではないが一般道も事故車両があった。
少し走ってコンビニの駐車場に入った。3人は車から出てコンビニに入ろうとしたがガラスの自動ドアは閉まっていた。しかし店内には数人倒れているのが見えた。
ローズが強引にドアを開け3人は中に入った。店員も客も死んでいた。3人は慌てて車内に引き返し顔を見合わせた。

さすがの明智も声を震わせて言った「い、いったい何がどうなっているのだ、みんな死んでいるぞ」
「それに灯りも、、、あそこの信号機も消えている」と言ってステンローが少し先の信号機を指さした。
3人は顔色を変えたまま周りを見回した。灯りや信号機が消えているだけでなく動いている物が何もなかった。しかもここでも鳩や雀等の鳥があちこちで死んでいた。
ステンローが何かを思い出したように言った。

「、、、中性子爆弾、、、恐らく中性子爆弾が爆発したんだ、、、以前映画で見たシーンと同じだ、、、一瞬で何もかも死んだ、一瞬で死の町に変わった、、、こんな事は中性子爆弾の爆発以外にない」
「中性子爆弾だと、、、」
「そうです、、、中性子爆弾が上空で爆発した」
「そんな、では何故、広島や長崎のように建物が壊れていないのだ」と明智は怪訝そうに聞いた。

「聞いた話しでは、中性子爆弾は建物等はできるだけ壊さず人間だけを殺すために研究されたそうです。透過力の強い中性子線で数百キロ先の人間まで殺すとともに、電気系統や電子部品を内部から破壊し使用不可能にします。
現在の車は電子部品が多く使われているのですぐに走行不能か操縦不能になるでしょう。正にここのこの状態がそれです。

それに上空で爆発すれば人工衛星も壊されカーナビも衛星通信も不能になり、衛星自体も電子部品を破壊され制御不能になってやがて地上に落ちてくるでしょう、、、
落ちてくると言えば、電子部品の塊のような航空機も同様です。この周辺を飛んでいた航空機は全て落ちてくるでしょう。
電気系統は先ず送電線と変電所等が破壊され復旧は難しいでしょう。まあその前に復旧する人間が生きていないので自家発電器でもないと電気は当分使用できないと思います」

その時ローズがステンローを遮って言った。
「ちょっと待ってステンロー、中性子爆弾が爆発したのなら何故あたいたちは生きているの」
「それは、、、私も考えたが、、、恐らく明智さんのおかげだろう、、、」
「なに、俺のおかげ、、、いったいどういう事だ」と明智が全く理解できないという顔で聞いた。
するとステンローは意味ありげに言った「あのトンネルですよ」
「トンネル、、、ますます分からん、もったいぶらず早く言え」

「恐らく、、、というか、それ以外には考えられませんが、私たちがトンネルに入っている時に爆弾が爆発したのだと思えるのです。そしてもしそうであるなら正に奇跡です。そしてその奇跡を起こさせたのは運転していた明智さんです。だから私とローズは明智さんに救われたようなものです」
「う~ん、、、」とローズは唸り、明智は信じられないと言ったかおで呟いた「、、、偶然だ、、、」
「はい、確かに、、、奇跡的な偶然です、、、しかし、あの御支配様に命を救われた明智さんなら、あっても不思議はない偶然だと思います、、、本当に強運の持ち主ですから明智さんは、、、」

ステンローのその言葉に納得した顔になったローズが車窓の外を見ながら言った。
「ところで、これからどうするの、薄暗くなってきたわよ」
明智もハッとした顔で言った「とにかく食料と今夜のねぐらを探そう。とりあえず食料はここで仕入よう。ねぐらは、、、どこかに宿屋かホテルがあるだろう」
それから死体があって入りたくないコンビニに入って、3人で並んで黙禱した後、食料と酒類それと懐中電灯と電池を持ち出して車のトランクに入れ、ねぐらを探しに行った。

聞いたこともない小さな町の中心部に近づくにつれ事故車両や死体が増えていった。
事故車両3台が連なっていたのを避けて右車線を徐行運転していた明智が「なんて事だ」と怒鳴るように言って右車線路側帯に車を止め外に出た。ステンローとローズも明智の後に続いた。
歩道には集団下校中だったと思われる小学生が折り重なるように倒れ死んでいた。
その中の女の子を明智は、我が娘でも抱くように抱き上げ抱きしめた。

既に冷たく固くなっていた瞼を明智はそっと閉じさせやり静かに脇に寝かせると、次の子も同じようにして女の子の横に寝かせた。そうやって全員を並べて寝かせると明智は手を合わせた。
ステンローとローズも手を合わせた。
明智が呻くように言った「せめて埋めてやりたいが、、、」
日本の街中の地面はどこもコンクリートかアスファルトで覆われている。埋めてやるのは不可能だった。

いつしか明智の頬が濡れていた。
明智はステンローに「運転を代わってくれ」と言ってさっさと後部座席に乗り込んだ。
いつものように助手席にローズが座りステンローが運転した。
やがて小さなビジネスホテルが見つかり、しかしここも自動ドアが開かず、裏口にまわりローズがドアを蹴り破って中に入った。
予想通り、フロントで従業員が死亡していたが勝手に3部屋の鍵を取って最上階3階の部屋に行った。

外は既に暗くなっていたし、電気のないホテル内も真っ暗で、3人は懐中電灯を点けて急いで食料品等を運び込んだ。
温かい風呂に入りたかったが給湯機が壊れているのか水しか出なかった。仕方なく水で顔を洗った後で真ん中の明智の部屋で3人で食事した。
その後ウイスキーを飲み始めた明智が窓の外を見ながらしんみりと言った。
「見事なまでに真っ暗闇だ、どこにも灯りが見えない、、、まさか生存者は俺たち3人だけか、、、」

ステンローもウイスキーをストレートで一口飲んでから言った。
「まあ我々だけではないと思います、地下シェルターで働いていた人たちも無事でしょう」
「そうか、、、そうだな、、、生き残りも少しは居るのだな、、、だが、日本国中でどれほどの人が殺されたのか、、、ここでこんな状態なら首都圏はもっと酷い状態だろう、、、いったい誰がこんな事を」
「、、、私の推測通り中性子爆弾が使われたのなら使ったのはC国でしょう、C国以外に考えられません」

「なにC国だと、C国が宣戦布告もなくこんな事を、、、」
「世界中で禁止されている中性子爆弾を使ったという事は、日本を滅ぼすつもりで使ったのでしょう。滅ぼそうとしている相手国に、C国が宣戦布告のような決められた手順を踏むとは思えません」
「う~む、その通りだ、、、C国め、、、」
「私が危惧しているのは、C国が日本全土に中性子爆弾を投下させたのではないかという事です。もし全土に投下していたなら生き残っている日本人はわずかでしょう」

「ぐっ、ううむ、、、日本が今どんな状態か、テレビもラジオもWi-Fiも使えないのでは調べようがない。どこに爆弾投下されどれほどの被害なのか、生存者がいるのかもわからない、、、」
「よくよく考えてみたらC国は恐らく日本だけでなくUS国等にも同時に爆弾投下したと思います。もし日本だけなら全世界がC国を糾弾し、U国に侵攻したR国以上に経済制裁等をするでしょう。

いえそれ以前に、同盟国日本を攻撃したのですからUS国は立場上なんらかの報復攻撃をするはずです。首都圏を攻撃されているならC国の大都市を攻撃するでしょう。
C国がそのような攻撃を回避するもっとも確実な方法はUS国自体を無力化させることです。
C国は恐らくUS国を、、、いえ恐らく自由主義の核兵器保有国全てに同時に中性子爆弾を投下したと思います」

「な、なんということ、、、核兵器保有国全てに中性子爆弾投下、、、お、お前の推測が当たっていたら世界は、、、」
「間違いなく第三次世界大戦勃発です。そしてC国が中性子爆弾で先制攻撃をしていたなら、大戦の勝者は間違いなくC国でしょう。
US国が世界一の軍事大国でも中性子爆弾で先制攻撃されたら人工衛星もレーダーシステムも迎撃システムも不能になり、電子部品内蔵の高性能兵器はどれも使用不可能で全く勝ち目はありません。US国どころか全世界は数か月でC国に征服されてしまうでしょう」

「ぐ、ぬぬぬ、、、」と呻いて明智は黙り込んだ。
明智がどんなに考えてもステンローの推測をくつがえせる事柄は考えつかなかったのだ。
「で、ではいったい明日からどうすればいい、、、今夜は酔いつぶれて眠ってしまえばいい、しかし明日から、明日からどうやって生きていけば良いのだ、、、」
「、、、我ら3人が生きていくのは簡単でしょう。住む所も食料も豊富ですしスタンドに行けばガソリンも手に入るでしょう、しかも無料で、、、そうやって数年あるいは数十年は生き延びれます、しかし、、、」

「、、、しかし、、、しかし、何だ?、生き延びて、その後は、、、」
「、、、我らが、日本のアダムとイブになりますか」そう言ってステンローは今まで黙り続けていたローズを見た。
ローズは心なしか頬を染め「あ、あたいがイブに、、、あたいのような女が、、、」
「そう、、、他に方法はないでしょう」

「で、でもあたいは、、、小さい頃から格闘技を教え込まれ、戦うことしかできない女にさせられた、、、子を産めるかどうかも分からない、、、」
「生理はあるんだろ、生理があるなら子を産めるさ、、、ローズ、俺の子を産んでくれ」
ステンローの突然の言葉にローズは本当に顔を赤らめ横を向いた。それを見て明智は言った。
「これで決まりだな、二人が日本のアダムとイブになる、、、俺は一人でのんびり生きるさ」
とは言ったものの明智は翌日からも二人と一緒に生き続けていた。
**



仙台辺りから沖縄にかけての日本は4発の中性子爆弾爆発により送電設備等、電気系統と電子部品内蔵の製品、車両や船舶に至るまで全て部品内部が破壊され使用不可能になっていた。
また、たまたま都市部の地下にいてスマホ等が壊れていなくても、地上に出ても通信衛星やWi-Fi送信設備が壊れていたため、どこへも通信できなかった。
生き残った人びとは、数週間は食料品店等の食料で生き長らえていたが、やがてそれらの食料がなくなると、一人また一人と餓死していった。

**
数週間後C国の戦闘機が沖縄方面から日本領空に侵入したが自衛隊機は現れなかった。戦闘機はそのまま大阪上空を通過し東京上空を旋回してからC国に帰っていった。
「沖縄から東京までは動いている車も見当たりませんでした」という戦闘機パイロットの報告を聞いた軍師光明は満足そうに頷き、海軍陸戦部隊にTW、沖縄、九州南部に侵攻するよう命じた。


部隊がどこから上陸しても生存者は居なかった。人だけでなく家畜も犬も死に絶えて既に腐臭が漂いはじめていた。
特に、温かいビル内部やショッピングモール内は腐臭が充満して5分といられなかった。
C国空軍が使用可能な滑走路を見つけ着陸したが生存者は居なかったし、建物の中はやはり腐臭が充満していた。

その報告を受けて光明は考えた。
(腐臭か、、、生存者が居ないなら急いで侵攻する必要もないか、、、北海道と東北はR国が好きにするだろう、放っておけば良い)
光明はその事を総帥に話し「日本は死体が白骨になるまで放っておきましょう。それより先にUS国をせん滅しましょう。やはりUS国全土に中性子爆弾5発では足りなかったのです。とにかくICBMで敵基地を破壊しましょう。海軍も戦艦半数を大至急0サンゼルス沖に行かせます」と言った。光明の言う事を聞かず、US国に中性子爆弾を5発にした総帥は渋々光明の言う事に頷いた。

US国第0艦隊を1発の中性子爆弾で操縦不能にし、武器演習標的として海の藻屑とさせたC国海軍を光明は、US国0サンゼルス沖に行かせた。
US国は5発の中性子爆弾で衛星が使用不能になり、通信もレーダーシステムもそして当然迎撃システムも不能でC国本土からのICBMに対応できず、多くの都市が破壊されていたが、いたるところにある地下施設や地下基地で生き延びた市民や軍人がわずかな武器等で抵抗していた。
だがその抵抗も空母から発進したC国の戦闘機により次第に追い詰められていた。

そのような戦況を自国の長距離航空機を経由した無線通信で知った光明は、大型輸送船で陸軍を運びUS国を完全にせん滅させた。
また欧州も3発の中性子爆弾で電気系統や通信網を破壊すると、その後はR国が正に赤子の手をひねるが如く制圧していった。

1年以上も戦い続けていたU国も、他国からの武器供給が止まって数週間で制圧され市民は蹂躙された。
IN国は4発の中性子爆弾で主要都市を破壊され、電気系統や通信網を不能にされた後、編隊を組んで現れたC国空軍戦闘機の一方的な攻撃に反撃もできず、すぐに白旗を掲げた。


全世界をほぼ手中に収めたC国の総帥は上機嫌で光明に言った。
「見事だ光明、お前は正に世界最高の軍師だ」
「お言葉、身に余る光栄です、、、されど総帥、まだ世界征服は終わっておりません。あと一国、R国もせん滅させねばなりません」
「なに、R国もせん滅だと、、、R国は同盟国のようなもので害にはなるまい」

「はい、いま現在は同盟国のふりをしていますが、あの国が信用できないことは総帥も御存知のはず、、、幸い中性子爆弾もまだ数発残っていますので、この機会についでに消滅させた方が良しいかと、そうすれば地下資源も使い放題、我が国の工業発展、経済発展は思いのままです」
「う~む、、、よし、やれ、全てお前に任せる」
「ありがたき幸せ」

光明はすぐに0スクワ等R国の主要都市上空で中性子爆弾を炸裂させてから、輸送機で陸軍を運び、主だった都市や基地を占領させた。
これでもうC国に逆らえる国はなくなった。



**
それから1年が経った。
最後まで抵抗していたUS国生き残りの組織もほぼせん滅し、 軍師光明 も暇になった。
暇になつた光明はこれからのC国について真剣に考えていた。

(この1年でC国は世界中を支配下に収めた、、、総帥に進言してR国をも中性子爆弾で滅ぼしたのは正しい判断だった。もう敵対する強力な国はどこにもない。
つまりこれからは我が国が世界中を統治しなければならない。
しかし、総帥や共産党幹部に世界中を統治する能力があるだろうか、、、

どう考えても総帥や共産党幹部だけでは無理だ。俺は戦略だけの軍師ではなく世界中の統治者としても総帥を補佐していかねばならんだろう。
その為には先ず共産党を潰して新しい政治組織を作り上げねばならん、、、が、その前に、総帥を神と同等に祀り上げるべきだろう)

ある朝、光明は総帥に会ってうやうやしく言った。
「総帥、抵抗組織を全てせん滅しました。もう敵対する大きな組織はありません。
今後は我が国を統治するが如く世界中を統治していかねばなりません。
その為には様々な事を改新しなければなりませんが、先ず国名と総帥の御立場を改新するべきです。国名を『大中華帝国』とし、総帥も『皇帝』と御改められますよう、ここに謹んで進言致します」

「なに、大中華帝国、、、皇帝、、、だと、ふむ、良い響きだ、、、さすがは軍師光明、良い進言だ。
分かった、さっそく今から皇帝と名のろう」
「はい、それでは皇帝陛下、吉日を選んで世界中に向けて国名宣言と皇帝宣言をされますように。そしてその日を新しい建国記念日とし、未来永劫祝日としましょう」
「うむ、誠に良い考えだ。で、その日はいつにしたら良いか」

「最初の中性子爆弾投下日がよろしいかと」
「ふむ、それが良い、では次の投下日に式典を行い建国記念日としょう。で、式典内容はどのようにすれば良いか」
「わたくしめにお任せいただければ必ずや御満足いただけるものとなるでしょう」
「分かった、全て軍師光明に任せる」
「ありがたき幸せ」
**



日本やUS国等に中性子爆弾を投下させて2年目、C国は盛大な式典を執り行っていた。
ちょうどそのころ、明智たちは遺体の埋葬を続けていた。当初は腐臭が酷くて近づけなかった所も、骨だけになって匂わなくなったので、1体でも多く埋葬しょうと3人で毎日夕暮れまで働いていた。
ねぐらも食料も無料で手に入るので、生きている自分たちのせめてもの勤労奉仕のつもりだったのだ。やがてローズに子が生まれたが、ローズは背中に子を負ぶって一緒に働いた。

冷酷非情な戦士のようだったローズも子どもが生まれてからは人が変わったかのように涙もろくなり、乳母車の中で白骨化していた小さな遺体を見て「なんと惨いことを」と呟いて涙を流した。
ローズは大きめに穴を掘り、母親と思える遺体とともに乳母車ごと埋葬して言った「この子はこのままの方が良い、、、天国でも乳母車に乗っていられるように」
ステンローはそのようなローズを見て(人は変わるものだな)と思っていた。


その夜ウイスキーを飲みながら明智がしんみりと言った「やりきれないな、、、埋めても埋めても御骨がある、、、C国の最高権力者SHUを連れてきて死ぬまでやらせたいものだな」
「、、、同感です、、、権力者は口先だけで命令してこれだけ多くの人を一瞬で殺した、、、良心の呵責も感じないのでしょうかね」
「良心の呵責なんて言葉はSHUにはないのだろうな。奴にあるのは世界を征服するという野望のみだ。そしてその野望が叶った今、奴は達成感や優越感で最高の境地に浸っているのだろう」

「多くの人を殺して最高の境地ですか、、、この世に神が居たら、奴は必ず地獄に突き落とされるでしょう」
「、、、神か、、、俺は決して神の存在を信じられないが、、、
いつだったか御支配様は俺に前生人類の末裔が地底世界で数千万年も生き続けていると言った。
そしてその末裔は人類の増えすぎと放射能汚染を危惧しており、10年以内に人類を5億人にせよ。それと核兵器は絶対に使うなとUS国大統領に伝えたとの事だ。

俺は時々その末裔について考える事がある、、、
もしかしたらその末裔が俺を守っていたのではないか。中性子爆弾炸裂の時トンネル内に居たのも末裔のお陰ではないのかと、、、
数千万年も生き続けている末裔は、もう肉体などない霊魂あるいは思念エネルギーだけの生命体になっているのではないかと思うが、その生命体は恐らく人は見ることも触る事もできないが、人によっては存在を感じることができるのかも知れない。

俺は42歳のころ兎を飼っていたが、ある夜その兎が水の入っている瓶の中に落ちて溺れて死んだ。俺はいつもは寝入ってすぐに夢を見る事はないのだが、その夜は夢を見た。
その夢は、私の周りに靄のようなものが近づき何故かとても懐かしいような気持ちになった。そして俺が(何だこれは)と思っていると、それが兎であると分かった。
(なんだ兎か)と思ってよく見ると兎が横を向いた。兎の目は赤いはずだが、その時の兎の目は白かった。

翌朝、兎を見に行くと兎は瓶の中で死んで横向きになって浮いていた。
俺は急いで抱き上げ、水に浸っていた方を見ると兎の目は白くなっていた。
その目を見て俺は昨夜の夢を思い出した。
他人は恐らく単なる偶然だと言うだろう。しかし俺はその時(この兎はあの夢を見たころ死んで俺に会いに来たのだろう。そして翌朝の変わり果てた姿を見せたのだろう)と思った。
同時に(動物にも霊魂がある)と俺は確信した。

だが、この事を科学的に説明するとなると、果たして現在の科学で説明できるだろうか。
瓶の中で死んだ兎の霊魂、仮に思念エネルギーと表現しておくが、寝室で寝ている俺の脳の中に入り込み、シナプス間に伝達物質を放出させ、俺を懐かしいような気分にさせ、その後その靄のような物を兎だと認識させ、その後目が白くなっている事まで認識させた。

これを全て科学的に説明するとなると、先ず兎の思念エネルギーとはどんなもので、その思念エネルギーがどうやって俺の頭蓋骨を通り抜けて神経細胞に到達したのか。
伝達物質は何で、どれくらいの量をシナプス間に放出させたのか等を最低でも説明しなければならないが、現在の世界中の科学者を集めても恐らく科学的に説明できないだろう。
しかし俺は噓偽りなく過去にこのような体験をしているのだ。

そしてこのような事は、電気の正体や目に見えないエックス線が解明されたように、数百年後の人類は解明できて恐らく説明できるようにもなっているだろう。
また前生人類は既に説明できるだろうし同じような事を現生人類に対してできるだろう。

巷ではやれ宇宙人がどうの地底人がどうのと人間に似た二本足生命体を言い表すが、俺は現生人類よりもはるかに進んだ科学技術を持っている知的生命体(前生人類)が地球にもし居たなら、恐らく彼らはこのような究極の脳だけの生命体、或いは脳すらもない思念エネルギーだけの生命体になっているのではないかと思う。

そして彼らなら当然テレパシーのように、思念エネルギーで直接人類の脳に作用できるはずだし、自由自在に人類を操る事もできるだろう。
そうなると人類同士を戦わせて共倒れさせ滅亡させるのも容易いことだろう。正にR国大統領やC国最高権力者CHUの脳に作用して戦争を起こさせたように。
わざわざ円盤に乗って現れ大都市を破壊するような手間のかかる事をするはずがないと俺は思うのだ。

俺は、地球上で今の人類だけが高度文明を築いた唯一の知的生命体だったとは思っていない。
エジプトのピラミッドや中南米のピラミッド、カミソリの刃さえも入らない、隙間のない石組みや数十トンもある巨石建造物を造った、高度な技術を持っていた人びとが過去にいたはずだと思うのだ。

数万年前の氷河期は日本アルプス辺りまで氷河に覆われていたそうだが、そのころはその氷河のせいで海水面が今よりも百数十メートルも低くて、現在大陸棚と言われている多くの部分が陸地だったのだ。

その事を考え合わせると、スンダランドと呼ばれているシャム湾からインドネシアの島々にかけての広大な大陸棚が陸地だった。そしてその当時の海岸線や川岸には必ず都市が築かれていたはずだし巨大石造建築物があったはずなのだ。
俺は、当時は陸地だったと思われる海底をもっともっと調べるべきだと思っている。そうすればかなりの数の海底遺跡が見つかるだろう。

しかしこれはせいぜい数万年前までの話だ。
俺はもっと昔の地球上にも、現生人類よりもはるかに発達した文明を築いた知的生命体が存在していたはずだと思っている。

その証拠は、デビルスタワーやテーブルマウンテンが古代の巨木の切り株が岩山になったと言えることだ。
そしてこれらが本当に巨木の切り株であったなら、直径数キロメートルもある巨木を根本付近で水平に切った知的生命体が存在していた事になるし、その技術を考えてみれば、その知的生命体たちの技術力の凄さが想像できるだろう。

そしてそれほどの技術力を持った知的生命体なら、今なお地中に住み続けていても不思議はないと俺は思っているのだ。
しかしその知的生命体にとっても核爆発による放射能汚染と巨大隕石の衝突は脅威なのだろう。現に隕石衝突は今までに何度も衝突直前に彼らによって破壊されていた痕跡が見つかっている、数年前の0シアの隕石落下の時のようにな。

だが放射能汚染については、彼らでも防ぎようがないらしい。だから人類に使用するなと警告し続けてきたのだろう。
しかしそれを無視して愚かな権力者が使ってしまった、、、
その結果、彼らがどのような行動にでるか予想もつかないが俺は、彼らがこのままあの国を放っておくとは思えないのだ。必ず何らかの制裁を受けるだろう」

明智の予想は当たった。
数週間後どこからともなく巨大な物体が飛んできてC国の各大都市上空で爆発し、大都市は一瞬で消滅した。
他国人は核爆発かと思ったが放射能汚染はなかった。
結局C国は数時間で滅んだ。  

                     完           
                                   2023/1/30

大中華帝国皇帝 SHU  (究極の人類削減計画 その後)

わたしの妄想小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この愚作小説には、あとがきは要らないようですので、メールアドレスだけ載せておきます。
ご指導ご鞭撻のメールをいただけますと幸いです。
ryononbee@gmail.com

大中華帝国皇帝 SHU  (究極の人類削減計画 その後)

C国へ拉致された王天明は来る日も来る日も拷問されて精神異常者になっが、精神科医師の許大義によって救われ日本に亡命した。 一方、王天明をC国に売って大金を手に入れたAT課長明智は、奴らに娘を殺され奴隷にされながらも娘の復讐を誓った。 やがて王天明はウイルスの発生源がC国であることを公表した。しかしR国とU国の戦争の影響で経済的に困窮している世界中の人びとは、その事に既に関心を無くしていたのだ。 そんな世界情勢の中で御支配様は第三次世界大戦誘発を企てていた。

  • 小説
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  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-30

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