夢十夜 第十二夜
入院している男。
こんな夢を見た。
まだ若いと思われる女性の看護師から、話し掛けられた。
私はベッドに寝たままで、いろんな事を考えていた。
自分の余命は長くても半年から一年だと思っている。
三年前に母の介護を終え母は眠る様に亡くなった。
其れから僅か三年で自分の番が来るとは思っていなかった。
いろんな事とは過去の家族との出来事だが子供達も独立し不自由ない生活を送っている。
自分一人で生きていくのも目的が無ければ意味が無いと考えるようになり、何時かはあの世になど。
そんな事ばかり考えていたせいか、今度は自分の意思とは関係無く病が進行してきた。
看護師は日により或いは時間により交代する。人数が多いようで入れ代わり立ち替わりやってくる。
看護師の処置がどうであろうともそれ程気にはならない。
此処を出る時があるかどうかは分からないが、身体の中には病巣が居座っている様な気がする。
自宅で、或いは旅行先など何処でどんな事になるのかなど思っていた。
引っ越す事にでもなればやはり生まれ故郷に帰りたいと思う。
其れとも、旅行先の全く知らない場所でなど考えれば不審死とし事件沙汰になる可能性もある。
生まれ育った故郷であればその点まだ良いなど詰まらない事ばかり考えてしまう。
「もしもし」
突然話し掛けてきた看護婦の其の内容はこんな事だった。
「死ぬのって怖く無いですか?はあ、そうですか、それならお願いをしても良いでしょうか?」
看護師は近いうちに結婚をしようと考えているのだが、其の相手というのが一年後に生まれて来る男性だという。
どうしてまた、まだ生まれていない人類の事などが分かるのかと尋ねる。
彼女が言うには、前の生涯で知り合った男性で先に亡くなってしまったのだが、生れ変わって来るのが一年先になるから、其の時に結婚をしようという約束をしたという。
「それで?其れが私とどんな関係にあるのか?」
いきなりおかしな話をされ、其れで自らに一体何を願うのかと疑問に思うのは当然。
「貴方は御自分がもうじき亡くなってしまうと仰っていましたね?」
彼女が夜勤の時に私のベッドまで廻ってきた際、寝言でその様な事を言っていたという。
「寝言であれば本当にそうなるのかなど分からないと考えなかったのか?」
と尋ねたところ、
前にも同じ様な事があり、其の時は寝言の通り亡くなったようなのだが、亡くなる前に話をする機会があり、トイレに連れて行った際に、先が長く無く何時頃までが限界だという話を聞いたが、実際その通り亡くなったという。
其の話を聞いていて疑問に思った事を挙げてみた。
「もし、其の男性が一年後に生まれて来るとし、子供で生まれて来るのだから、其の男性が一歳の時には貴女は二十何年も歳が上という事になってしまうが、そんな年が離れた結婚で上手くやっていけるのか?」
女性は即座に答えた。
「・・実は私もこの世のものでは無いのです。今貴方の目の前にいる私は其の男性と心中をしたのです。魂が休まらなく、あの世とこの世の中間に浮かんでいる様なものなんです。只、死んだ事には間違い無いので、あの世に行く事は可能なんですが、道連れとしてあなたに付いて行こうと思ったのです。一人で行くには不安なので。其れで無事あの人に会えるという事は定かでは無いのですが、貴方に一緒に行って貰えれば、心強いと思ったから今迄おかしな事を申し上げて来たのです」
おかしな願いをされたものだとは思ったが、実際自分はもうじきあの世に行くのだから、旅は道連れか?」
やがて、私が死ぬ時が訪れた。
故郷に帰っていたから、病院に連絡をし看護師を電話口に出して貰い、至急私の所に来なさいと話した。
看護師は迷う事も無く其の日の内に私の故郷まで来、私に付き添っている。
少しの間痛みがあったが、次第に意識は無くなっていった。
看護師は私の脇に横たわると一緒にあの世に行く事を願っている。
今度こそ上手くいくようにと願ったのだろう。気が付いた時には、既にあの世の入口と思えるところに二人並び立っていた。
私と手を繋ぎ、私から離れないようにしようというけなげな女性に、出来るだけ協力をしてあげようと思った。
よく見ると、女性は赤い糸を持っていたから、おそらく其れが男性とを繋ぐ糸では無いかと思った。
その糸が外れないようにと女性のベルトに縛りつけてあげた。
あの世はこの世とは全く構造が違うのかも知れない。そういう話は誰からも聞いた事は無いが、死ねば当然。
只、別の空間があるだけとしても、何人かの人々とは会う事があるのかも知れないなど思ったりした。
其の人達の中から彼女の相手を見つけなくてはならない。
この世では想像もつかない事でとても不可能と思える事でも、あの世では運が良ければ会う事が出来るのか。
運が悪いとは、つまり亡くなって時間が経ち過ぎると、既に生まれ変わってしまっているなどあるのかも知れないという事。
二人は大急ぎで赤い糸を頼りに進んで行った。
やがて、霞の向こうに見えるが如く、人の影が見えて来た。
女性が其の人間の顔や姿を見て驚いたような顔をした時には、既に男性と女性は出会い、手を繋ぐことが出来たと思った。
さて、此処から生まれ変わるにはどうすれば良いのかは誰も分からない。
何処にも出口の表示などは無いから、三人で彼方此方探し回った。
時間が経つとどんな事になるやも知れないと、焦りが生じてきた。
辛うじて二人は生まれ変わり口を見つける事が出来た。
其の時の私の記憶では、只、隙間から明るい光が差し込んでいる扉の様な物を開けた時、二人は手を繋いだまま何処かの病院で新生児として生まれ変わっていた。
勿論、別の家庭に生まれた事だろう。赤い糸は其の後まで効果はありそうな気がした。
私は只管きっと良い親に恵まれたのだろうと願うばかりで、其処から先は私には分からない世界だ。
肝心な自分はどうなるのかという不安を感じながらあの世を彷徨っていた。
十七年前に亡くなった父と、三年前に亡くなった母に会いたいと思い、探し回ったが父はもう時間が経ち過ぎているから駄目だろうとも思った。
せめて母だけでも会いたいと思った時、既に私はあの二人と同じ隙間から光の刺す扉に来てしまっていた。
もう、生まれ変わりの時なんだと思った。
新生児が生まれたのは、昭和二十数年・・月・・日である事は何年かして分かったのだが・・。
つまり、私の場合は元の自分に生まれ変わってしまったという事の様だ。
また同じ生涯を送るのかという思いは自分では分からないし、周りの人々も生まれ変わりだとは思ってはいないのだから、結局、同じ人間に生まれ変わった、つまり生まれ変わりとは未来に対してだけでなく、過去に逆戻りする事もありうるのだと思った。
何故、其れが分かったのか?
夢から覚めたからだ。
目が覚めてから、随分おかしな夢だったなと思った。
夢で良かったのか悪かったのかは分からないと思った。
起きてから健康診断の用紙を持って市の指定する病院に行った。
夢で見た病院の様な気がした。
検診の結果が出た。
夢で見たのと同じ病に掛かっているという。
其れから暫くし、手術を受ける事になった。
其処で驚いた事は、生きるか死ぬかを自分で決めなくてはいけない治療の選択があった。
あと、自分の余命は半年から一年だと思う。
正夢だったようだ。
夕陽は病院の窓から差し込んで来るから、カーテンを閉めた。
二度と見たくない景色の中で、夕陽は何も言わず、まるで抽象画の様な図形混じりで私の心の中まで侵入してくると、心の中で、組み立てられなかったジグゾーパズルを持った私には抵抗が出来なかった。
後幾らも無い・・そう思いながら病院のベッドに寝ている。
夜中になった。
懐中電灯を持った看護士がカーテンの向こうから近付いてき、カーテンを開け私を見ている。
看護師が私に話し掛けて来た。
「もしもし」
看護婦の話の内容はこんな事だった。
「死ぬのって怖く無いですか?はあ、そうですか、それならお願いをしても良いでしょうか?」
其の後の話の内容は想像がついていた。
やはり同じ様だ。
「貴方は御自分がもうじき亡くなってしまうと仰っていましたね?」
彼女が夜勤の時に私のベッドまで廻ってきた際、寝言でその様な事を言っていたという。
其れを聞いた私は、今度は違うと思う。
其れで、本当に寝言でその様な事言っていたのかと尋ねた。
彼女は、少し思い出している様な表情をしてから・・。
「・・何か酷くうなされている様でしたが・・?」
其処で・・私は彼女の聞いた寝言は違う意味だったのではないか?と聞いてみた。
今度は私も若干寝ている時の記憶が残っていたようだ。
そう言われると彼女も・・自信が無くなっていた様で・・。
「・・無い・・無い・・」
と何回も繰り返していたのかも知れないと言う。
私も、其れを聞いたら・・まるで・・とてつもなく高いところにある棚からジグソーパズルと一緒に大きなものが落ちて来たのを感じた。
確かこんな夢を見ていて・・其れで寝言を言ったような気がする。
其の寝言とは・・?と思いだせば・・棚から落ちて来た大きなものが私に言わせた。
「・・生まれ変わり?そんなものは無い。仏教でいう「輪廻転生・・など無いのだ。そして、この世はあってもあの世など有る訳がない。其れであれば・・あの世から生まれ変わるなどもあり得ない事になる・・」
彼女も、私の寝言を・・もう一度記憶の底から呼び出そうとしたようだ。
看護師は懐中電灯で、私のベッドに異常がない事を確認すると・・カーテンは閉まり・・灯りは遠ざかって行った・・。
一つ気になるのは、私の此れからは見えているような気がする。
そう長くはない・・そう思うのだが・・何時になるかは全く分からないが・・其の時が来た時には私は・・もう同じ事を繰り替えさなくて良い事になる。
そう考えた時、何か気が楽になった。
あの世も輪廻転生も無い。
この世はある。
だとすれば・・。
「・・死んだ時には・・其れで終点だという事だ・・」
え?彼女?同じだろう・・つまり、心中を図ったが・・男は亡くなった。
彼女は死にきれなかった。
とすれば・・二人は別々のまま・・其の後は何もない事になる。
ベッドに寝ている時に看護師が来た。
私は、あの看護師の顔形・背格好など全て其の看護婦に尋ねてみた。
「・・ええ、以前はいましたが・・最近姿を見なくなりましたね?辞めたのではないでしょうか?」
私は其の看護婦の言っている事は少し違うと言いたかったが・・やめる事にした。
「・・いや?何処かで看護師をやっているんじゃないかな?」
組み立てられなかったジグソーパズルの最後の一枚が・・ピッタリおさまった・・。
夢十夜 第十二夜
夜中に巡回してきた看護師。