還暦夫婦のバイクライフ9
カキのシーズンにカキオコを食べる。
10月も終わりになってきたある日のこと。
「ジニー、そろそろカキの季節じゃない?」
「柿か。僕は甘柿が良いな。さわし柿はイマイチ・・・」
「違う、海のカキだって。わざと?」
「いや、ああ、カキね?年中じゃなかった?」
「カキは冬だって。御荘の岩ガキも年末でしょうが!」
「そう言えばそうか。年中あるのかと思ってた」
「カキと言えば、ジニーが何年も前から言ってた、カキオコよね」
「そうだ!なぜか今まで行けなかったカキオコを、今年こそ行くぞ。どうせ行くなら日生だな。リンさん。せっかくだから、明日早速行こう」
「急やな。毎度のことだけど。そういえば、二輪車定率割引って、まだ使えるよね?」
「使える筈。確か11月末までじゃなかったっけ」
「だったら申請して、割引してもらおう」
ジニーはパソコンで、リンはスマホで明日の予定を申請して、登録を完了した。
「いちいち申請するのが面倒だな」
「でも、37%割引だからね。使わない手はないわ。それより日生のカキオコって、お店いっぱいあるんだよね。どこ行く?」
「うーん。・・・・どこが良いかなー?」
ジニーはスマホで検索を始める。いろいろなお店が出てくるが、よくわからない。
「なんだかよくわからないな。そもそも駐車場があまりないな。まあ、バイクだからどうにでもなりそうだけど」
ジニーは30分余り画面を見ていたが、ついにスマホを放り出した。
「わからん!行った先で考える!」
「案外それもありかもね」
リンは特に文句を言うこともなく、あっさりと了承した。リンは食べログで見ていたのだが、何の参考にもならなかったようだ。
10月末の日曜日、朝8時20分に二人は家を出た。軽く冬支度をしている。
「ジニー、今日の行程は?」
「え~っと、まず松山I.Cから高速乗って、瀬戸大橋渡って、早島で降りる。R2号を東に走って、途中ブルーラインに乗り換えて、備前で降りて、後は日生に向かいながら
お店を探す。行き当たりばったりでね」
「休憩は?」
「入野で止まって、そのあとは適当」
「了解」
「寒いね。軽く冬支度で出たけど、丁度いいや」
「昼間は暑そう。私ちょっと着込み過ぎたかも。背中に汗かいてるし」
「高速走ったら、汗も乾くと思うよ」
街の中を抜けて、松山I.Cから高速に乗り、少し早いペースで走ってゆく。9時10分、入野P.Aに寄り、小休止する。
「少しおなかすいた」
「朝飯食べてたよね?」
「パン1枚だけ。ジニーは?」
「がっつりご飯食べた。お代わりまでしてね」
「ふーん。いつの間に」
二人はP.Aのコンビニでおにぎりと細巻と、温かいほうじ茶を買った。それを持って少し離れたベンチまで行き、椅子に座って食べる。ジニーは細巻をセットして一口かじりついた。
「ジニー、がっつり食べたんじゃないの?」
「うん、まあ」
リンはジニーの腹を、横からつかむ。
「いててて」
「この腹がぁ~。食べ過ぎだっての」
「半分たべる?」
ジニーは細巻をリンに見せる。
「一口頂戴」
リンは一口かじって、ジニーに返す。
暖かいほうじ茶を回し飲んで、身支度をしてから入野を出発した。高速は松山自動車道から高松自動車道になり、坂出JCTで瀬戸中央自動車道に乗り換える。瀬戸大橋を渡れば本州だ。
「リンさん、次のS.Aで休憩。トイレ」
「はいはい」
二人は本州に上陸してすぐの所にある鴻ノ池S.Aに寄る。
「10時25分か。このペースだと、丁度お昼くらいに着きそうだな」
「丁度昼かあ。混んどるやろねえ」
「日曜日だし、しょうがないね」
トイレを済ませ、30分ほど休んでからS.Aを出発する。
「リンさん。ナビ様起こした?」
「起こしたよ。あんまり頼りにして無いけど」
「もうすぐ早島だ。そこで降りますよ」
「オッケー」
早島I.Cで高速を降り、R2号に入る。
「思ったより混んでないわね」
「道も広いなあ。さすが本州」
それでも混雑しているR2号を、東に走ってゆく。結構走って、入り口見落としたかと思い始めた頃、ブルーライン入り口が見えてきた。
「リンさん、あれだ。あそこからブルーラインに乗るよ」
「うん。ナビ様もそう言ってる」
君津I.Cでブルーラインに乗り換えて、さらに走る。
「なんだか資源林道走ってるみたいだ。信号もないし快適だね。流れは遅いけど」
「気にならないペースだわ。これ、どこまで走るの?」
「しばらく走った先に橋があって、そこを過ぎたらすぐのI.Cを降りるんだったと思う」
「相変わらずポンコツだねえ。まあ、近くまで来たら、ナビ様が何か言うでしょう」
「うん」
自分のバイクもナビが付くようにすると言っていたジニーだったが、まだ部材がそろっていなくて出来ていない。したがって今日は今まで通り、地図を頭に読み込ませて走っている。しかしもともと記憶力が悪いので、名称が覚えられない。ぼんやりと頭の中にある地図を頼りに、走っている。それをリンのナビで補っている。
ブルーラインをどんどん走ってゆく。やがて大きな橋が見えてきた。片上大橋だ。
「ジニー、あの橋渡ったらすぐに降りろって、ナビ様のお告げよ」
「オッケー。そういえば、以前カキフライソフト食べたのって、このあたりじゃなかった?」
「そうかもしれないけど、よく覚えてないや。あの時はジニーの後ろに乗ってたから」
「あのカキフライソフトは、衝撃的なうまさだったよね。どっちか言うと、話題づくりみたいなノリだったのに、生涯食べたおいしいものベスト10には入ってるよ」
「ジニーそれは言い過ぎだって。でも、おいしかったのは間違いないわ」
二人は備前I.Cでブルーラインを降り、R250に乗り換える。そこから日生方面に向かって走ってゆく。
「さて、どこに行こうかな。バイクが止めれて・・・あ、あそこにしよう」
「どこ?」
「あの緑色の店。バイク止めれる」
ジニーは駐車場にバイクを止めた。リンがそれに続く。
「ここ、止めていいの?」
「ほら、軽四、二輪専用って書いてある」
「本当だ。誰もいないけど」
「ここはお店の裏だと思う。ちょっとバイク寄せるよ」
ジニーは2台のバイクを、隅にそろえて置いた。それから、横の細い路地を通って、表に出る。
「わあっ、すごい人。みんな待ってるんだ」
「これは1時間待ちかな。リンさんどうする?」
「今12時15分か。待ちましょう。どこ行っても一緒だろうし」
リンは順番待ちの台帳に名前を記入する。待っている組が9組ほどあった。
道端で立って待って、様子を見る。時々店員さんが出てきて、名簿の順にオーダーを聞いてゆく。お客の出入りがあり、13時丁度に入店できた。席に座ると、5分ほどで先に注文していたカキオコ、カキ鉄板焼き、カキ焼きそばが出てきた。目の前の焼けた鉄板の上で、うまそうな香りを立ち上げる。
「いただきます」
それぞれを二人でシェアして食べる。
「うまい~」
「おいしいねー。やっぱりもっと早く来ればよかった」
ジニーもリンも大満足。十分堪能して店を出た。
「さて、カキオコ喰ったし、どうする?」
「ジニー、この島にたぬき山展望台ってあるんだけど、行ってみない?」
リンが手にしたスマホの地図を見ると、橋が架かっていて島に行けるようになっている。すぐそこだ。
「よし、行ってみよう」
二人はバイクを発進させる。JR日生駅前を通り過ぎ、備前日生大橋へと向かう。鹿久居島を通り過ぎ、頭島大橋を渡り、展望台に向かう。上り坂を行くといきなり道が細くなり、車1台分の幅しかなくなる。そのまま進むと頂上付近に展望台が見えたが、駐車スペースが全くない。しかも道はそこから細いまま急こう配で下ってゆく。
「ジニーダメだこれは。そのまま行って」
「狭いから気を付けてね」
ジニーはゆっくり下り、T字路を左折する。そのまま道なりに走り、今度は急な上りを駆け上がる。そこを越えるとさっき通った少し広い道に出た。その交差点に、車2台ほど止めれる駐車場があった。
「リンさん、あそこに駐車場がある。あそこに止めるんじゃないか?」
「わからないわね。勝手に止めてて怒られてもつまらないし、スルーで!」
「了解。来た道帰るならここを右折だけど、真っすぐ行ったら島の向こう側に行けそうだね」
「そうなん?じゃあ行ってみる」
ジニーは少し広くなった道に油断していた。少し走るとまた道は細くなり、山の斜面を下ってゆく。そこをゆっくりと走ってゆくと、落差のある細いヘアピンが出てきた。ジニーはブレーキをこまめに使いながらターンする。
「ジニー、無理。曲がれ~ん!」
後ろを走っていたリンが、助けを求める。ジニーがミラーを見ると、リンがヘアピンの真ん中で立ち往生していた。
「そのままブレーキ離すなよ。すぐ行く」
ジニーは急な下り坂の端にバイクを止め、ギヤを入れたままエンジンを止める。バイクが前に動かないのを確認してからスタンドを出して、バイクを降りてリンの救出に向かった。
「リンさん、ギヤ入ってる?」
「1速に入ってる」
「じゃあ、エンジン止めるよ」
「はい」
リンはクラッチとフロントブレーキレバーを握ったまま立ち往生しているので、ジニーがキーを回してエンジンを止めた。
「クラッチレバー離して」
「はい」
「フロントブレーキレバーゆっくり離して」
「はい」
バイクが少し前に動き、ギヤが噛んで止まった。ジニーがスタンドを出す。
「支えているから、バイク降りて」
リンがバイクから降りる。代わりにジニーがバイクにまたがり、ハンドルをフルロックさせる。そこからスタンドを戻し、フロントブレーキとクラッチをちょこちょこ操作しながら、急な下りヘアピンを回りきる。
「SSではこのカーブは厳しかったな」
「こけるかと思った。以前なら立ちごけしてたかもね」
リンがほっとした様子でジニーと交代して、バイクにまたがる。二人はエンジンを始動して、再び走り始める。細い道を下りきると、海岸線の広い道に出た。ゆっくりと走り、景色のいい所で止まっては写真を撮った。来た道を戻り、日生のG.Sで給油する。
「次、どこ行く?」
「リンさん、YOU TUBERで岡山拠点のバイクチームがあるんだけど、その連中が紹介していた、刀剣の里に行ってみない?」
「いいね。どこにあるの?」
リンがナビで検索する。
「帰り道にある。じゃあ次は、ここね」
リンはナビに、地点を設定する。
R250を西に向かって走り、R2に乗り換える。さらに西にしばらく走った所で、ナビの指示通り左折する。
「今日のナビ様、ご機嫌よさげやね」
「うん。ちゃんと案内しとる。この先に・・あった」
刀剣の里と大書きした看板が見えた。施設の駐車場にバイクを止める。ちょうど団体さんがマイクロバスからがやがやと降りている所だった。時計を見ると、14時45分だった。
「こんな時間に団体さん来るんだな」
「普通だと思うけど」
フーンとジニーが少し不満そうな顔をする。団体さんの中に、明らかに酒に酔って大声で話す集団がいたのが気に障ったようだ。
博物館の中を、ゆっくりと観て回る。現代刀工の人たちの作品展をやっていて、素晴らしい刀をたくさん見ることができた。
「リンさん、大山祇神社の宝物館もすごい展示だけど、現代の作品も素晴らしいね」
「うん。これだけ並んでいると、壮観だわ」
一つ一つの作品をゆっくり観賞し、博物館を出た。いつの間にか団体さんはいなくなっていた。外の別棟の工房を見て回る。残念ながら今回は動いていなくて、外から設備を見て回るだけになった。
「何かお土産買って帰ろう」
ふれあい物産館に立ち寄り、商品を見て回る。
「リンさん、包丁1本買って帰りたいんだけど」
「包丁?」
「うん。家にあるやつ、どれも切れなくて。まあ、研げばいいんだけどね」
「いいんじゃない?一本買えば」
ジニーは並んでいる包丁をしばらく見ていたが、その中の一本を購入した。
「これ、警察の検問とか大丈夫ですか?」
「大丈夫です。しっかり梱包してありますし、レシート見せれば問題ありません」
店員さんが、にこやかに説明してくれた。
「ジニー、そもそも検問とか職質とか無いから」
「まあね」
二人はバイクに戻り、お土産をバッグにしまい込む。時計を見ると、16時45分だった。
「あー、2時間も居たんだ」
「美術館とか博物館とか、一度入ると大体そんなもんでしょう」
「リンさん、そうなんだけど、帰るころには久々に夜だよ。日帰りツーリングじゃあ、最近なかったなあ」
「軽く冬装備だから平気でしょ?」
「リンさん、あなたのミラーシールドじゃあ、夜見えづらいんじゃないの?」
「あ、そうだった。仕方ないなー」
夕暮れ迫る備前市を出発して、R2に戻る。瀬戸中央自動車道に乗る頃にはすっかり日も暮れ、夜の闇が迫ってくる中ひたすら走る。
「ジニー、豊浜で休憩しよう。夕ご飯もついでに食べて帰る」
「わかった」
瀬戸大橋を渡り、高松道に乗り換え、豊浜S.Aに着いたのは18時15分だった。駐輪場にバイクを止め、ヘルメットを脱いでホルダーに固定する。フードコートに行き、メニューを見る。
「私、チキン南蛮」
「僕はかつ丼で」
「カレーじゃないの?」
「今日はかつ丼の気分だな」
券売機でチケットを買い、出来上がりを待つ。程なく出てきた料理を取り、席に着く。
「いただきます」
久しぶりのかつ丼を、ジニーはがつがつと食べる。リンはゆっくりと味わう。
「ごちそうさまでした」
「早っ」
ジニーはスマホを取り出して、画面を見始めた。リンが食べ終わる頃、ひょっこりと岩角さんが現れた。奥さんも一緒だ。
「あれ?こんばんは」
「こんばんは。やっぱりおったね。なんとなくそんな気がした」
「どこ行っとったんですか?」
「津山まで。遊びにね」
「そうなんだ」
岩角さんと少し話をして、ジニーとリンは豊浜を出発した。
「ジニー、前よろしく。私、前が見えにくいから」
「わかった。ゆっくりと帰りますよ」
二人は車の流れに乗って、松山I.Cまで走る。高速を降りて20時10分、家に帰りついた。
「お疲れ様」
「おつかれ」
ジニーは2台のバイクを車庫に片付けて、そそくさと家に入る。そしてバッグから今日買ってきた包丁を取り出し、よく洗った。
「どしたん?」
「リンさん、早速何か切ってみるよ」
ジニーは冷蔵庫からニンジンを取り出し、おもむろに刃を入れる。
「!!」
ジニーは感激した。
「なんだこれ。アホみたいに切れる」
ジニーは新しい包丁を丁寧に洗い、水気を切ってしまい込んだ。そして、今まで使っていた包丁を3本取り出し、砥石を出して研ぎ始めた。
「朝の忙しい時に切れない包丁じゃあ、生産性が悪すぎるからねぇ」
ジニーはつぶやいて、ひたすら包丁を研ぎ続けた。
還暦夫婦のバイクライフ9