雪国
ルル。
ちきゅうのことはもう、わすれていい。
かなしみを濾過する仕事みたいなものをしている、となりの部屋の多々良さんが、無心になれる瞬間は真夜中に、ホットケーキをなんまいも焼いているときだと云っていた。カフェラテを飲みながら、へえ、とあいづちをうつ、恋人の、ときどき、話を聞いているんだか、聞いていないんだか、ぼんやりしている返事は、許容範囲内としている。雪が降り止まないから、きょうは店じまいだといって、マスターのあらいぐまがロールカーテンをしゅるしゅるとおろしている。テレビにうつっているのは、いつのまにか南極を支配していた、月からの新人類たちで、彼らの存在がこの星にいい影響をあたえるのか、わるい影響をおよぼすのかをまじめに考察しているひとは、さいきん、フリンをしてるって、インターネットの記事に載っていたひとだった。どうでもいいことだ。
食器を片づけはじめたマスターに、恋人がナポリタンを注文する。
マスターはなにもこたえずに冷蔵庫を開けて、ピーマンとウインナーをとりだす。
新人類たちはふつうに、ちきゅうのことばを話す。まるで、話せることがあたりまえみたいなようすで。
いつか、多々良さんの焼くホットケーキを食べてみたいと思う。
思いながら、あしたにはちきゅうが、ちきゅうではなくなっているかもしれない予感に、憂う。
雪国