森の椅子
さながらに、死際の薄明が毀れているようだね、
それしらじらと照る白い金属製の椅子であって、
靄の霞の観念のふわふわと翳るような気味悪い森の内奥に、
まるで、きんと硬質な無音を切り散らすように立っている。
わたし その森に往ったことはないのだけれど、
その内奥 霞む食えない翳の裡を夢と漂ったことがある、
其処で椅子を視たことはないのだけれどもね、
然しだ、その妄念にその椅子あるというのが今の想付なんだ。
誰がいつや椅子に坐るのか いわく不可解、
其処に坐る者はいまだなく不在、何故在るかも定かでない、
唯 天空の瞼の蔽いの投げる陰翳を一途にみつめるようで、
──ご覧 わが夢想の裡で花剥かれる如く天空割れて、
靄の枝先を徹すように 明瞭な線を曳くすべてを孕む光が、
椅子の背に凭れ光線落し、金属砕け光に侍る──薄灯曳き伸びる。
森の椅子