Escribiendo una cadena ... una his 邦題 紐の物書き・・物語。

Escribiendo una cadena ... una his 邦題 紐の物書き・・物語。

紐と馬鹿にするが、紐に成れるのも能力の内。


 時代は変わる。
 緒方洋二は物書きではあるが、少し変わっていると言われている。
 此れまで、主に純文学を書いてきたが、今時の流行では無いから受けない。
 其れでも、その道の最高峰である漱石などは、忙しい合間に読んでくれ、彼是と評価をしながら励ましてくれる。
 其の漱石が書いたものでさえ、原文が文語調であれば、文章を読む事すら難しいと言われる事がある。
 近頃は知人達が、耽美的というか更に描写を露骨にしたものの方が大衆受けするのではと言う。
 しかし、洋二は。




 長屋住まいも悪くは無いが、日々の生計を立てると言う事になればお世辞にも楽とは言い難い。
 長屋の住民は気の良い連中ばかりで、かみさん達がそろそろ身を固めてはなどいろいろ世話をやいてくれる。
 一日に一回は、丘を越えた向こうにある停車場まで散歩がてら行く事にしている。
 帰りには賑やかな花街を抜けるのだが、凡そ洋二には縁の無い世界。
 そんな或る日。
 市電で出掛ける用事があり、帰りの車内で美しい女性が座っているのに気付く。
 洋二は女性は芸妓に相違ないと勝手に思い込む。其れならば同じ停車場で降りるに相違ないと思う。
 その思い込みも満更では無かった様で、電車から降りた後途中まで二人同じ道を歩いていく。
 少し間隔を開け前を歩いていた女性の脚が不意に止まった。洋二は極自然な事でその脇を抜けようとした。
 其の時に女性が洋二に声を。
「ひょっとし・・緒方さんと違います?」
 そう言われ、当然ながら洋二はどうして自分の名前を知っているのかと思ったのだが・・彼是過去の記憶を辿るうちに一つだけ或る事を思い出した。
 車内でも何処かで見た事のある女性・・と、思ったのだが・・。
 同じ様に以前も美しいと感じた女性の姿を思い出す。
「漱石さんのお弟子さんでしたなあ・・?」
 そうだ・・と。
 一度、漱石に文壇の集まりが彼の邸宅で無くお茶屋で開かれるた時、君も都合が良ければ?と勧められた事がある。
 洋二の身分からし滅多にない事であるからとは思うが、文壇の一員でもない自分などと躊躇った挙句、思い切って顔を出してみる事にした。
 其の記憶と共に其の時女性の美しさに憧れた記憶も蘇ってきた。
 というのも、文壇の集まりが終わった後芸妓が数人現れ、生まれて初めて芸妓というものの存在を実感した。
 其の席では料理や酒が用意され、芸妓は銘々文人達の相手をしている。
 洋二には遠い存在であった美しい蝶は文壇の一員だと勘違いをしたのか洋二の前に座った。
 蝶と例えたのは、其の女性が洋二には花から花へと舞い移るついでに・・と思えたから。
 そして、洋二はその様な場には不似合いであるのにとの自責の念感じていたのだから。
 ひょっとしたら蝶は花のつもりでいたのだが偶々そうでない雑草を花と勘違いしたのかも知れない。
 そんな卑屈な意識で凝り固まっていたのだから、其の時に何を語ったのかなど無論覚えていよう筈も無い。
「いえ、私はあの文壇の一員ではないのですが・・偶々・・」
 ところが其れが唯一のきっかけになるなどとは思っても見なかった。
 



 並んで歩きながら話を交わす。洋二の抱えていた風呂敷包みから原稿が顔を出しているのに気が付かない。
 彼女を意識し過ぎていたが為のぎこちなさと相まってそんな事になったのだろうが、彼女の興味は。
「緒方さんってどのような物語を書かれるのか、私、見てみたいわ?」
 出版社に見て貰う為に一応題名の書かれた表紙も付け綴じておいた。
 その場で渡せない事はなかったが、彼女はおそらくお座敷が待っており、その余裕など無いだろうと。
「物語という程、いえ、詰まらないものですから」
 彼女の手も仕事用の何かで塞がっているようだ。
「其れなら、後程見せて貰えません?宜しかったらですが?」
 運が良いとはこういう事をいうのか、再び会う事になった。
 住まいが近いという話はしたのだが、まさか、長屋でという訳にもいかず・・。
 其処で彼女が。
「私、市電で二つ先の停車場の近くに住まいがありますから。此方に来るのは容易い事で・・」
 二人が再び落ち合う事になったのは誠に結構な事だが。洋二は何かおかしな気もする。
「しかし、名もなき物書きの愚作を見たいなど・・一体何故?」
 洋二にしてみれば、一度だけしか会っていないのに彼女が名前まで覚えていたのも不自然のように思える。
 物事に筋が通らなければならないという決まりなど無いが、何時の間にか猜疑心が?
 しかし、案外素直な考えの持主ならそう疑ってばかりいないのではと思ったりもする。
 其こで、彼女が休みの日に停車場で待ち合わせをする事になった。




 洋二は特段時間に拘る理由も無かったから彼女の都合に合わせる。
 停車場での待ち合わせ。
 洋二はてっきり彼女が風呂敷を持ち帰るものと思っていたのだが。
「緒方さん?お時間あります?」
 洋二にとり其の言葉は予期せぬ事。そもそも、彼女の用は原稿を見るという事だった。
 彼女の真意は何処にあるのだろうか?彼女の瞳を覗き込む。
「其れならお茶でも入れますから、如何でしょう?」
 躊躇をしている間も無く、彼女の住まいに案内された。
 正直な話、洋二は何か自分の心を見透かされているかのような気もする。
 彼女の意図するところが何なのか?其れをはっきりさせるには少し早まり過ぎのような気もする。 
 停車場から歩いて幾らも無い住宅街に、こじんまりとした家がある。
 玄関に立った時、何か良い匂いがするのに気が付く。 如何にも女性の住まいらしい。
 彼女に勧められるまま玄関で下駄を脱ぎ、廊下を進んで行き奥の部屋に置かれている卓を囲む座布団に座る。
 彼女が丸盆に茶道具一式を載せて来き洋二の正面に座る。
「先ず茶でも飲んで頂き、其の物語をゆっくり拝見して宜しいでしょうか?失礼しました、遅れましたが紫乃と申します。宜しく」
 芸妓には茶道や華道に長けている者も少なくないと聞いた事があるが、彼女の立ち居振る舞いは茶道?
 洋二は抹茶を頂きながら何処を見るでもなく、紫乃が自らの書いた原稿を読んでいる姿を眼(まなこ)に焼き付けておく事にした。
 しかし、考えてみればそんな事をせずとも、此処で時を過ごすのではなく原稿を置いて行けば済む事と。
「ああ、大したものでも無いですし、貴女の時間がある時にゆっくりと見て頂ければ結構ですから私は此れで」
 そう言い紫乃の顔を良く見てから帰ろうとする。
「あら、ゆっくりしていかれれば良いのに?私も今日はお休みを頂いておりますから。其れともお忙しいのかしら?原稿を書かれるとか?」
 其処まで言われると、正直売れっ子作家でもあるまいにと帰りづらくなる。
 彼女に言われたからというのでも無いとの考えが暇な身に何か言い訳を作らせそうな気もする。
「考えてみれば、どうも初めから此の話は上手く出来過ぎている?」
 との呟きが聞こえてしまったようで。
「何か仰いました?」
「あ、いやお邪魔ではないかと?」
 そう言ってから、そうだ彼女は先般からお休みだからと断っているのにと。
 其処で、しかしこうやってわざわざ自らの作品に興味を感じてくれるなど先ず滅多にお目に掛れない御仁。
 其れを、自分の方から何とか早く帰ろうと言い出すなど、貴重な読者である彼女に申し訳ないというもの。
「きっと彼女は優しいんだろう?其れにも拘わらず自分は太々しいのではないか?」
 彼女は手も休めず文字を追うように愚作を読んでいたが。
「お茶醒めてしまいましたね?もう一度入れましょうか?」
 彼女が抹茶を煎じる仕種を見ている洋二の、疑念が呟きを誘う。
「彼女は読んでいながら此方の呟き迄。二人で話をしているのでは無いし、静かだから聞こえても当然だろう?まさか、いきなり自分に飛びかかられるのではなどと警戒している?どうも、考え方がひねくれてしまっている。と、別の声が、其れは同じ部屋に男女が傍にいればそう思ったとしてもおかしくはないとあられもない事をけしかけて来る。こりゃ拙いな?」
 茶を入れて貰い思い切って。
「そろそろ・・?」
 そう言ってはみたが案外な返事が。
「そろそろ?そろそろお食事でもと言い出そうと思っていたんです。何か?」
 洋二は、此れでは自分が切り出さない限り食事までという事になってしまうと、少し焦りだす。
「しかし、それ程親しくなる程のきっかけも無かったのに、やはりあり得ない事のように思えるが?あまりにも?」
 彼女は既に夕食の支度をするつもりでいるようだ。
「其れを無下にとも行かないだろうな?この際ご馳走になっていくとするか?」
 




 彼女はまるで最初からそのつもりでいたかのように夕食を作り初め、暫くすると。
「お待たせしました。お口に合うかどうか分かりませんが?どうぞ?」
 箸も何も用意されているのだから、ご相伴に与る(あずかる~料理をいただく。)しかない。



「彼女の手料理はこの上なく美味しいのだが、手が出そうなのは料理だけではなく美しく艶やかな」
 そう思った途端、再び拙い事をと自責の念。
 



 彼女は、自分も料理に箸を添え乍ら。
「あの、此の物語とても上手く創られていると思いますが、ひょっとしたら?」
 洋二は。
「此れは拙い。それこそ自分の一人合点で夢を描いてみただけ」
 紫乃はくすっと笑い。
「此の最後のところの、紐、となっているのはどういう意味でしょうか?」
 洋二は其れを説明するだけの勇気は持ち合わせていない。
 彼女は悪びれずに。
「此のお話、緒方さんも私も出て来るんじゃありません?で、紐は?」
 洋二は絶体絶命の心境。
 ここ迄か?まあ、自分が悪いんだから、正直に。
「此の物語。私が貴女の紐という都合が書かれているんです。其れでその最後のところは」
 彼女は笑みを浮かべたまま。
「何もそこまでおっしゃらなくとも、ご希望がおありなんですね?」
 洋二は、読まれているのは物語、ところが同じ自分の心も読まれてしまっている事に後悔をする。
 洋二は物語の最後の部分である、紐、は明らかに拙いとは思いながらも、長屋の光景が浮かんで来る。
 観音の様な彼女に手を合わせ拝みたい心境。
「もっと良い作品を書き、収入を得るように努力を。いえ嘘では無く、紐とは、明かに不甲斐なさを描いたのに過ぎなく」
 彼女は、再び真白い手の甲を紅の口にあて。
「くすっ」
 目が笑っている。
 そして・・更に。
「でも、此の物語、どうして私を登場させたのですか?あの時一回だけお会いしただけなのに?とは言っても私も同様に、あの時の貴方の事を覚えていたのですが?お互い様ですね。相性が合うっていうのかしら?」



 この後?
 洋二は日を改め、彼女を長屋に連れて行き、一同に彼女を紹介した。
「こりゃまた、えらい別嬪さん。掃き溜めに鶴とはそういうのを言うんじゃない?」
「物書きって、好きな事書いては、別嬪さんとはいい仕事だね?俺たちもあやかりたいよ?」 
 あまりの紫乃の美しさに長屋中が溜息をついた拍子に安普請の建物が崩れそうになった。 
 女将さん連中から説教をされる。
「お話なら良いけれど・・紐にして貰って・・おかしな事したら駄目よ!」
 洋二は其れは其の通りだと思う。
 売れっ子になるまでは・・手を出したら捨てられてしまうだろう。
 長屋の女将さん連中は、相変わらず寝静まった頃、猫なで声を出し始め、旦那とドタバタが始まる。
 其れを毎晩聞かされながらも・・洋二は耐えに耐えている。
 時が経った頃、どうにか作品は売れるようになった。
 女将さん連中から。
「・・頑張って何とか一人前になったんじゃない?もう少しの辛抱ね?」



 洋二は紫乃の事を心底愛し感謝をしている・・が、やはり、紐は変わらない。
「何せ、観音様なんだから・・仏以上だ・・」
 彼女は相変わらず美しく艶やかさを保っている。
 え?洋二?
 忠実に紐とし、彼女には指一本触れないまま。
 其のうち、洋二の干からびた姿が見られるかも知れない・・。



(注釈。男尊女卑の世界ではあったが、天下一品の芸妓ともなれば、金に事欠かず、大旦那ならつきそうだが・・彼女は其れを断っている。偶にあるケースで、夜鷹・遊女・芸妓の中では、何といっても最高の芸妓の意思は尊重され、金銭的にも其処らの男どもよりは遥かに裕福だったという事もある。現代の女性なら男より強いと言われ、女は灰に成るまで・・と言う言葉が其れを現わしている。コマーシャルで、「うちの旦那、凄いんです」「此れを呑んで男に成れたと思います」の、レベルでは四つ足動物から進化していないと言えそうだ。まあ、人類には男女とも相応と言えるのだが・・。) 




 
 「人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ。夏目漱石」


「女は常に好人物を夫に持ちたがるものではない。
しかし男は好人物を常に友だちに持ちたがるものである。芥川龍之介」

「幸福というものは受けるべきもので、求めるべき性質のものではない。求めて得られるものは幸福にあらずして快楽なり。志賀直哉」



 「by europe123 monotonous」
 https://youtu.be/dugG3yVnaSU

Escribiendo una cadena ... una his 邦題 紐の物書き・・物語。

物書きと芸妓。

Escribiendo una cadena ... una his 邦題 紐の物書き・・物語。

素晴らしい美女である芸妓でも一生男に手を触れさせず、技芸で勝負をした女性の話は実話である。 金はあれば良いだけで、男女にも友情というものは存在する。 これ以上進化を遂げない人類には、相応の出来事が待ち受けているであろう。 まあ、固い事抜きで・・真面目に生きる事も大切と言える。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted