いつか私を

ベッドでスマホをいじっている私

目を閉じても眠くならない。
部屋を真っ暗にしてもだんだんと部屋の隅が見えてくる。冷房を消して何となく窓を開けてみる。
生ぬるくじっとりとした風が部屋に入り込み、湿気とか暑さとかで気持ち悪いはずだけどそんなものに対してさえ温もりを感じてしまい、本当に私は寂しいやつだと気づく。
一日にニ三本しか吸わないタバコに手をだしてオイル切れ寸前のライターで火をつける。
眠りたいんだからこんなもの吸わなきゃいいのにと思うが体に悪いものを取り込んでいると思っていると寂しさが気にならなくなる気がする。無心で目の前のタバコの先をオレンジ色に光らせてそれだけを見続ける。
少しだけ動けるようになってきたからスマホを持って適当なSNSを開くとタイムラインを更新していく。
親指で急かすように何度も下へスワイプしていると、まだ起きている知り合いが沢山いて色んな愚痴を溢したり幸せだと報告をしていたり、そんな知り合いたちがリプで交流を図っていてみんなが楽しそうだ。
つい呼吸が浅くなって舌が鳴ってしまう。楽しそうな知り合いを見て舌打ちするなんて、はたから見たらひどく醜いやつなんだろう。
ラインは通知機能を切っているから気が向いた時に見る。アプリを起動させると隠されていた未読の数字が数十と表示される。別にその全部が私に当てられたものじゃないから焦る必要もない。
その瞬間の会話に入ることができなかった私は今更その話題を掘り起こすこともできず話したかったことも特には話さずその場にはいなかったことになる。実際にそのグループで集まっても私はその話題を知らないフリをするだろう。しなきゃ整合性が取れない気がして、責められてしまうような気がして話せない。
でも話したい話題は確かにあった。
トーク画面を開くことなく大体の未読を既読にしていく。私の生存報告だ。
これをしていれば問題なく生きているよと伝わると思ってる。どうせ既読にしなくても生きているだろうと思われているに違いないが、そう思うことで私は寂しくない。
私が仲が良いと思っているグループだけは開いてなんの話をしていたのかなって確認してみる。
グループのうちの一人に彼氏ができたらしい。
みんながみんなスタンプを押したりメッセージを送ったりしてその娘をお祝いしてあげている。
送られて間もない通知だった。
なんでみんなこんなにお祝いできるんだろうとただ疑問に思ってしまう。
私は私の幸せが何なのか考えるのに手一杯なのに、みんなは人の幸せを祝う余裕があるなんて羨ましいと思った。
暗い部屋の中でスマホの画面は冷たく光っているくせに、画面の向こう側はどうしようもなく温かそうでまた寂しくなる。
落とすのが面倒くさかったネイルを爪先からカリカリと削って、手汗の理由を全部それにしてしまおうかと誰かに対する体面を守ろうとしている。
体面を守ったところで醜い私はずっと醜いままなのに。
毎日のように考えてしまう。
普通の人間に生まれたかったと思う。
頑張っても人間になれない醜い怪物が私なのだと思う。
嘘つき。絶対普通の人間より努力が足りていない癖に、私は人間じゃないなんて甘えを持ち始める。
こんなことなら笑われるぐらい酷い欠陥のある生き物に生まれたかった。
お前は欠陥品だと言われてようやく胸を張って生きていけるような気がする。
吸い終わったタバコの吸い殻を携帯灰皿に入れようとして、灰皿の中の灰が指について肌に黒く線を引いた。
服で拭うと灰はどんどんと薄くなり肌色に溶け込んでいく。
見えなくなっただけで汚れた服を着ている汚い人間の出来上がりだ。ウェットティッシュでも使えば良いけど、クラクラする頭でそんなことは考えられないし、どうせ人間だろうとそれ以外だろうと醜い私はこれ以上汚れても無意味だろう。
重力に任せてタバコを吸って重くなった頭をベッドに落とす。頭から順に体、足先までがどんどんと重くなっていく感覚がして、マットレスにずぶずぶと沈んでいっている気がする。
私は知っている。
仲のいいライングループの私以外の三人は、三人だけで遊びにいっている事を知っている。
碌にラインの返信もしない、既読すらつけていない時がある人間を誘うわけがない。
でも少しだけ、勝手にだけど親友だよねって思ってた私は、本当に自分勝手に相手と仲がいいと思い込んでいたみたいだ。
顔を覆っているタオル地の枕のカバーに少しだけシミを作ってしまう。
知らなかった。人と関わることがこんなに難しくて死にたくなることだったなんて。
辛くても笑顔でいるといつの間にか楽しくなっていると昔からお母さんは言ってくれていた。
頑張ってカバーに顔を埋めながら口角をあげ目尻を細めたけど、深夜に一人暗い部屋で電気も着けずにこんな事をしている自分が酷くさらに情けなく感じてしまう。
もう何もかも捨て去って、無となりたい。
スマホをトイレにでも投げ捨てたい。
でも私はそんなことできない。
自分から知り合いの縁を切ることは重い罪だ。
すでに知り合いにはたくさん迷惑をかけている私はきっと死んだ後ろくな場所には行かないだろうけれども、これ以上の業を背負わないために迷惑をかけてはいけない。
けど今すぐに連絡したいって思えない。
だから、さっきの彼氏できた報告に既読をつけるのは明日の夕方とかにしよう。
スマホをスリープモードにして、すぐには手の届かない所へ置くと、仰向けになって深呼吸をし始める。
自分の少し早くなっている鼓動を落ち着かせるように、慰めるように深く呼吸をして意識を夢へと手放していく。
暗い部屋に私はただ一人。
手の届かないところにあるスマホが、私に近づくようにして通知を鳴らした気がした。

いつか私を

リハビリみたいにちょっとづつやる。

いつか私を

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-24

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