親父の料理
俺は親父の料理が好きだった。
俺の親父は料理人だった。俺が小さいときに母さんは亡くなり、親父はフランス料理のお店で働いていて、男手ひとつで俺を育ててくれていた。
親父は大勢の料理人の中で腕を競って働いていた。
夜は俺の夕食を作ったあとに深夜の時間まで、キッチンで料理の研究をしていた。本棚には料理の本ばかり並んでいたし、忙しいにも関わらず、家の調理道具はいつも綺麗に手入れをされていた。そんな、親父の料理が俺は大好物で特にオムライスなんかは親父がたまに連れて行ってくれるどのお店よりも、美味しくて気に入っていた。
ある日、親父は珍しく、酒に酔って、深夜の時間に帰ってきた。中学生の俺は「おかえりなさい」親父に声を掛けた。親父は無言で俺を抱き寄せて「ごめんな。ごめんな」と泣きながら、俺に謝った。「どうしたの、親父?」俺は心配すると、親父はひたすら「ごめんな。ごめんな」と呟いていた。
後から聞くと、親父はお店で行われる昇進の料理試験に落ちてしまったらしく、40歳の親父は店長から引退するように勧められたらしい。親父は悔しそうに悔しそうに拳を強く握って、涙を押し殺しながら俺に語ってくれた。
それから、ひと月ほどすると親父はチェーン店のお店に再就職した。
「お客さんに料理を美味しく、食べてもらう喜びはやっぱり忘れられない」と俺にそう話してくれた。
高校を卒業した俺は調理師の専門学校に進学した。あれからもたくさんの料理を食べてきたけれど、俺の中では親父の料理が一番だった。その親父が極められなかった道、俺はそれがどれほどのものか知りたかった。家に帰っては親父に俺の料理を試食してもらっているが、まだ「美味しい」の一言はもらえていない。いつか、あのとき流した親父の悔し涙の意味を理解したいと、俺は今日も料理を作るために包丁を握る。
親父の料理