アパート

アパート

実際に住んだ事のあるアパートがmodel。


 芥敬は、以前は高級住宅街にある一軒家に下宿していた。
 今は、アパートに引っ越して気楽ではある。
 前の下宿家は芙蓉グループ日本冷蔵の会長宅で出入りする際の玄関は家人と一緒。
 門限があったし二十五になる娘がいたから、その娘が風呂に入っている時などは、風呂場の先にある台所まで電気ポットの水を汲みにも行けなかった。
 高級住宅街だから、近所には大臣宅にポリボックスや、大手会社の社長の家などがあった。
 引越し先のアパートは四畳半の部屋に半間程の台所が部屋の片隅についている。
 トイレは共同トイレ、風呂は銭湯に行き、洗濯はランドリー。
 築年数も分からない程の木造で古い。当然汚いが家賃は安い方だろう。
 地震が頻繁にあるから、大学の同級生が遊びに来ると驚く。
 実は地震では無く新幹線と貨物線の高架線路が脇にあるから、電車が通過する度に大揺れし轟音が走り抜ける。
 部屋は窓が二つあるのだが隣の家と近接しているので、其の窓を開ければ隣の家の子供部屋が丸見え。
 子供が勉強していたり、奥さんが洗濯物を干したりしている時に顔が会ってしまう事もある。
 もう一つの窓は壊れており開かないから、大家に頼んであり業者に修理して貰う予定との事。
 此の開かずの窓の外は更に板張りがしてあるようだから、何れにしても移り変わる外の景色を見るなど無理。
 其れに、この辺りは旧い戸建ての家が密集しているから、板張りの外はまた別の家なのか?
 しかし、此れだけ近接しているのは相当前に建てられた家ばかり、建築基準上都内にはそういう事がある。
 住み始めた当初は自由気儘に満足していたのだが、電車の騒音・振動其れに窓が実質一つだけ。
 何か息苦しい様で密室に閉じ込められた様な気がしてきた。
 近くには何軒か個人商店があるし、大井町迄の大井町線高架下には両側にズラリ飲食店・飲み屋が並んでおり、外食や炊事に不自由でないだけが取り柄。
 電車の振動ならまだ良いが、本物の地震が来たらどうなるのかと不安になる事がある。
 住宅密集地だけに将棋倒しの様に一軒倒れたら次々に他の建物も倒れていくのではなど思う。
 一階は大家の住い。二階には三部屋あり各部屋とも四畳半で同じ造り。
 隣の部屋には何処かの女子大生が住んでいるようだ。
 女子大生とは偶然何度か顔を合わせ話をした事がある。
 其の向こう隣の部屋には会社員の男性が住んでいるという事だが姿を見かけた事は無い。
 敬が女子大生に尋ねた事がある。
「隣の部屋に誰が住んでいるのか知っている?」
 女子大生は、
「人の姿を見かけた事はあったけれど、すぐに他の人に入れ替わってしまうよう。あの部屋は次から次へと住民が変わるから良く分からない」
 と。
 更に話をする機会があった。二階は三部屋だけだが、以前は一階にも大家の部屋以外に二部屋あったようだ。 何かの事情で閉鎖され現在は住民はいないが、その当時は賑やかだったとの又聞きの情報が存在する様だ。
 敬は大家が家賃の回収に来た時にそんな事を尋ねてみた。
「家賃は引き落としで支払われているから問題無い。人付き合いが嫌いなんだろう。一階の部屋?ああ、私の部屋から近くで騒々しいから貸せない事にした」と、大家の自分勝手な面が覗ける。
 此の人は元は銀行員だったらしく、金勘定には長けている様だが、これ程旧く汚いアパートを何時までも建て替えないのはケチなのだろう。



 敬が狭い台所で調理をしている時だった。
 辺りは一面暮色の色彩に満ちていたが次第に黒々とした緞帳(どんちょう)が降りて来る。
 貨物が通過する振動がしてから続いて新幹線がスピードを上げて通過する騒音が。
 続けて、振動が・・。
 そんなに続けて電車が?
 と、地響きがしだす。
 本物・・地震。
 敬はガスコンロの元栓を捻りドアから外の廊下に飛び出た。
 当然、別の部屋の住民も同様に出て来る筈と思ったのだが誰もいない。
 窓から見える隣家も地震に気付き家族が大騒ぎしている。
 突然唸りの様な音がし建物がきしみ出す。
 周囲の家々が接触している様な音が不気味。と同時に表の道路に飛び出して行く人達の姿が見える。
 此の密集地帯なら倒壊した建物に押し潰される人も出てくるだろう。
 敬は隣の部屋のドアを乱暴に叩いた。
 隣の部屋の女子大学生がパジャマのままで飛び出して来た。
 寝ようとしていたところを地震で起こされた様だが、此の地震に気が付かないとは余程お疲れだったのか。
 二人で端の部屋のドアを叩き声を掛けるが反応は無い。
 二人は階段を駆け下りると大家に其の事を告げる。大家は驚きの表情こそ見せたが自分の身の方が心配。
 更に大きな余震が。
 下から突き上げるような大きな揺れと、建物同士のぶつかりあう音、部屋も音を立てて軋み始めた。
 女子学生は恐怖に耐え兼ねて、表の道路に飛び出した。
 道路は至る所避難所と化し、近隣の住民達がどうなるものかと不安げに話をしている。
 狭い道路で救急車が入れず担架で車まで運んでいるのがまるで戦場の様。
 敬は教科書や貴重品等を袋やバックに詰めようと、一旦自分の部屋に戻った。
 部屋が潰された様に斜めになっているし、電線が垂れ下がっているから当然ながら灯りは無い。
 慌てて手探りで貴重品などをかき集め袋に突っ込んだ。
 ふと気が付くと開かずの窓から外の灯りが差し込んでいるが、部屋の軋みで開いたようだ。
 早く出ないと・・倒壊寸前だから潰される。袋などを持ちドアを開けようとしたが、今度はドアが開かない。
 窓に駆け寄り其処から脱出できないかと外を見る。表に飛び降りる事は出来ない。
 気が付くと、窓の外から建物に沿い他の部屋の方に、建築現場にある様な足場が作られている。
「もう、潰されるまで時間が無い」
 敬は揺れる足場を歩いて行く。揺れる事・・。
 もうじきこのアパートも倒れ・・。
 女学生の部屋の裏を通り過ぎたら会社員の部屋だが、足場は其処で行き止まりだから、端の部屋の窓から中を通り抜けドアから廊下に出ようとした。
  部屋の中で何かに躓(つまづ)いたが、良く見ている暇は無いし真っ暗だから何が何だか分からない。
 此の部屋のドアが開いてくれることを期待した。
 何処かで嗅いだことがある様な匂いが鼻を突く。
 子供の頃夏の暑い日などは道路に干からびたミミズが何匹も潰れていたが、それに似た様な匂い。
 そんな事に気を取られている間に、其の部屋も斜めに倒れていきそう・・ドア目掛けて突進した。
 敬が廊下に飛び出し階段を転がり落ちる様に表に出た時アパートが音を立てて崩れ落ちた。
 一瞬遅ければ建物の中で潰されているところ。
 間に合わなかったのか大家の姿が見えない。



 翌日、明るくなってから消防や警察が集まり巨大な金庫の様な物を除き潰されている建物の残骸を一軒一軒調べ始めた。
 倒壊した建物の数は多いし手作業では埒があかないので、クレーン車のお出ましとなった。
 クレーン車がアパートの残骸を吊り上げてはバラしていく。
 クレーン車のショベルが持ち上げ降ろした中。建物の残骸に混じり人体と思われるものが一体発見された。
 ミイラ化しているようだ。
 敬は会社員の部屋を通る時に嗅いだ匂いを思い出す。
 最後まで見つからない・・大家。
 周りの建物の住民達総出で残骸を漁り家財道具などを探し回っている。
 敬は、何処の家の住民が誰なのかは知らない・・。
 ああ・・?知っている人間がいる。
 窓から見えた隣の家の子供と奥さん。
 普段は話などした事も無かったのだが、敬は奥さんに、
「アパートの大家の行方が分からないが・・・」
 と、話し掛けた。
 奥さんが言うには建物が密接しているから敬と顔を合わせた事があった事を。
 更に二階だけで無く一階の窓から大家の部屋の一部が見えていたと言う。
 地震が酷くなった時に奥さんが一瞬其の部屋を見た。
 大家の姿が見えたというのだが・・。
 見えたのは大家だけでは無かった。
 大家の部屋からは一瞬でも何人もの人影の様なものが見えたと言う。
 暗いし急いで逃げ出さなければならなかったから、良く分からなかったと言うが・・。
 大家は元銀行員。退職時に勤めていた銀行から使用して無く処分に手間取っていた大きな金庫を貰ってきたと・・。
 金庫は鍵が掛かっていたが建物の残骸の下の金庫の傍から鍵を持った大家の死体が見つかった。
 警察が其の鍵で金庫を開けたところ、ロープで吊り下げられた牛の干物の様な物が沢山見つかったようだ。


 それらが何だったのかなど、既に敬は次のアパートに移ってしまっていたから聞いていないし興味もない。




 敬が新しいアパートを見つけた時、真っ先に確認したのは窓から外の景色が見えるかどうか・・?




 敬がアパートの周りの食料品店などを探しながら歩き回っていると店の店主が声を掛ける。
「いい干物が入ったよ。どうだい?お兄いちゃん?」
「・・干物?」



 淡い黄昏が降りてくる。アパートの窓に紫陽花色の夕陽が反射している。やがて輝きをやめると・・何事も無かったかのように薄闇に溶けていった。



「恐れてはいけません。暗いものをじっと見つめて、その中からあなたの参考になるものをお掴みなさい。夏目漱石」

「道徳は常に古着である。芥川龍之介」

「自由な、調和のとれた、何気ない、殊に何気ないといふことは日常生活で一番望ましい気がしている。志賀直哉」


「by europe123 0330mix」
 https://youtu.be/W-6XvcV-AZ0

アパート

初めてのアパート生活は気楽だったが、古くて汚い。

アパート

其れでも、家賃は安いのだから学生としては贅沢など言っていられないのだが・・。 それにしても風変わりな住まい。 高架の二本の鉄道の線路を電車が通過する度に、頻繁に地震の様な揺れと騒音。 翌日testがあるのでと、泊まりに来た同級生も・・流石に驚いていたのだが・・。 こんな事がありそうな・・とんでもない新居だった。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-21

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