奇想詩『噴水のあるショッピングモール』

奇想詩『噴水のあるショッピングモール』

私は噴水のあるショッピングモールで長い間


掃除夫として働いてきた


私には妻も子もいない


私と同じようにこのショッピングモールも


すっかり擦り切れ さびれてしまった


かつては多くの人で賑わい


毎日が祝祭のようだった


窓がたくさんあり


天井からは光が射し込む


床は鏡のように滑らかで輝いている


パームツリーが均等に立ち並び


その先には石造りの噴水がある


噴水のまわりを囲むようにして


いくつかのテーブルとイスが配置されている


家族やカップルがそこで


アイスクリームを食べながら会話を弾ませる


そのような残影と残響が


私の内側にこびりついている


目を閉じれば


すぐさまそれらのなかに浸ることができる


言うなれば


ショッピングモールは私の移動祝祭日だ


けれども誰もいない通路を掃除していると


私以外のすべての人間が何の前触れもなく


突然消失したのではないかと


錯覚してしまうこともある


文明があったことを示す遺跡として


ショッピングモールだけが残っている


そこに自走式床洗浄機を押す私が


ひとりだけいる


閉館間際の閑散とした噴水広場に男がいた


イスに座りテーブルに肘をついて噴水を眺めていた


その男はとにかく


どうしようもないくらい孤独で


ひどく疲れているように見えた


愛する者から遠く離れているような


あるいは何かの夢を諦めたような


そういう類のディプレッションに


男は囚われているようだった


「まもなく閉館ですが」


と私は声をかけた


返事はなかったが男はうなずいた


噴水の音だけが誰もいない広場に反響していた


「水の音が聞こえますか」


と男が言った


「ええ、実によく聞こえます」


と私は答えた


男は目を閉じ


私も目を閉じた


噴水にはたっぷりと水があり


それが絶え間なく流れていた


水の音を聞いていると


いくらか気持ちが安らいだ


目を開けると男はいなかった


底に沈んだ無数のコインが輝いていた


その日が私の


最後の出勤日だった

奇想詩『噴水のあるショッピングモール』

〈あとがき〉
BGMは猫シCorp.の“Palm Mall”でどうぞ。

奇想詩『噴水のあるショッピングモール』

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-20

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