木の子

木の子

少年と茸のファンタジー


 少年が庭のザクロの木を切っている。
 なにしろ、昨日のテストが零点だったのだ。算数のテストで、6X6ー6の答えを0とした。6+6X6を七十二と答えた。6÷6ー6も0とした。6+6÷6を2としたのだ。
 お父さんがいつも言っているようにしただけなのだが。
 「簡単なのからやりなさい」
 それで、簡単な足し算や引き算を先にして、計算をしたのだ。
 ともかく0点で、お父さんに、その罰に、裏庭に植わっているザクロは花がさかないから切りなさいといわれたのだ。
 それで、今日、学校から帰ると、鋸をもちだして切り始めたのだ。
 そんなに大きな木ではないので、ゴリゴリやっていると、だんだんと傾いてきた。しばらく切っていると、ぼきっと音がして、木が倒れた。少年の倍ほどの丈がある。
 ともかくきりたおすことができて、これでおとうさんに許してもらえると、ほっとして、切った木の切り口をみて驚いた。
 ザクロの木の切り口から白いキノコがぴょこっと顔を出したからだ。
 切り口の上でゆらゆら揺れている。少年は人差し指でキノコを押した。キノコがぽろんと下に落ちた。すると、またキノコが現れた。今度はそれをつまみ上げた。またキノコがでてきた。
 少年は台所にいくと、網のボウルを持って裏庭に戻り、キノコを拾い上げた。次から次へとキノコが現れ、ボウルに一杯になった。
 キノコで一杯になったボウルを台所に戻し、また別のボウルをもってザクロの木のところに行くと、まだ、キノコがでていた。次から次へとキノコがでて、また、ボウルに一杯になった。それで、どんぶりを持って行って、切り口のところにのっているキノコをつまみ上げると、それからキノコはでてこなかった。
 それで、それを台所におくと、自分の部屋に行って、マンガを読んでいた。
 お母さんが買い物から帰ってきた。
 「このザクロの実どうしたの」
 お母さんの声が聞こえたので少年は台所に行った。見ると少年がおいたボウルの中においしそうなザクロの実がたくさん入っていた。
 「ザクロの木を切ったんだ、そしたらキノコがでてきて、そこにおいたんだけど」
 「なに言ってるの、ほら、ざくろじゃないの」
 確かにザクロだ。
 「おかしいな」
 「ザクロの実がなってたの」
 「なってなかった、だからお父さんが切っちゃえって言ったので切った」
 「え、ザクロの木切っちゃったの」
 「うん、それで、キノコがでてきた」
 「ああ、木の子供と言うことでいったのね、でもザクロの木だからと言って、切ったところから実がでてくるわけはないわよ、なっていたのじゃないの」
 「ううん、ちがうよ」
 「まあ、いいわ、周りのうちに分けてあげましょう」
 こうして、お母さんは夕飯の用意を始めた。
 7時になるとお父さんが帰ってきた。
 「おかえり、ザクロ切ったよ」
 「切ったのか」
 「でも、ザクロがでてきた」
 お母さんが、ザクロを見せた」
 「おかしいな、あのザクロ花が咲かないのだがな」
 「でも、あの子、ザクロを切ったらこれがでてきたって言うのよ」
 「もしかすると、成っていたのかな」
 「でも切っちゃった」
 お父さんは裏庭に行った。すると不思議なことに、切ったはずのザクロが立っていて、たくさんのザクロの実がなっていた。
 「えらいぞ、花が咲かなかったと思ったのだが、いつの間にか咲いていたのだな、切らないでよかった」
 なんだか、少年はほめられて、わからなくなり、それでいいやと思うようになった。
 ある日曜日、お父さんが、「このグミの実もならないんだよ」と男の子に言った。男の子は、切りなさいということかと思ったので、お父さんが駅まで買い物に行ったときに、鋸を持ち出してグミの木を切った。ところがやっぱり、切ったところからキノコが顔を出した。赤いキノコだった。とるとやはり、その後からキノコが顔をだした。とるたびに赤いキノコが顔を出した。
 男の子は空箱を持ってくると、一杯にした。箱をキッチンのテーブルにおくと、庭にでて、そうっと、切ったグミの木の切り口の上をみた。採らなかった最後の赤いキノコがふらふらと揺れている。庭の陰からそおっとみていると、赤いキノコが不意にくちゃっとつぶれ、切り口一杯に広がった。すると、倒れている切った木が立ち上がり、ぴょこんと空中に浮かんで、切り口のところにぴったりとはまった。すると、木の枝の葉っぱの間から花芽がいっせいに出てきて花が咲いた。さらに青い実がなって、黄色くなり、赤くなり熟した。
 びっくりした男の子は家にはいると、キッチンの上の箱を見たら箱の中のキノコはグミの実になっていた。
 近所の人と話をしていたお母さんがもどってきた。
 箱の中を見ると驚いた顔をした。
 「どうして、今頃、実がなったのかしら、おかしいわね」
 しばらくすると、お父さんも驚いた。
 「実がなっていたんだな、おかしいな」
 「おいしいわよ」
 お母さんはおいしければ満足だ。
 「どうも、うちの庭はきまぐれだな」
 少年はなんだかわからなかったが、ただ、思った通りにやってみただけだった。
 学校の算数の時間は、相変わらず、計算がおかしくなってしまった。
 お父さんは「どうしたのかな、国語はいい点数をとるのに、算数はきらいかい」と少年にきいた。
 「嫌いじゃないよ、おもしろい」
 「でも、お前、いつも答えをまちがえるな」
 「うん、わからない」
 「2×2×3が24になぜなるんだい」
 「だって、2×2は4でしょ、うしろの2×3は6でしょ、それで、4と6をかけると、24」
 「なるほど」
 お父さんは納得してしまいました。少年はこの素直さを遺伝したようです。
 「ふむふむ、そうすると5×3×2は15×6で90か、おまえのであっているはずだな」
 ということで、ともかくそのときはお父さんが首をかしげて、そのままでおわってしまったのです。
 少年はお父さんにうなずかれてとても自信がつきました。
 ある日、お母さんと買い物にいった帰り、隣のおばさんと一緒になり、お母さんは立ち話を始めた。
 隣のおばさんが「うちのビワがならないのよ、植えて8年もなるのに、だめな木ね」と言うと、お母さんは「あら、うちのグミやザクロがならなかったのに、急になるようになったわ、うちの子が、切ろうとしたらなるようになったのよ」
 「よく、木を傷つけると実がなるようになるっていうわね、ぼうやにやってもらおうかしら」
 隣のおばさんは、退屈していた少年に声をかけた。
 少年はこっくりとうなずいた。
 「いつでもいいわよ、木に傷つけてちょうだいな」
 とおばさんは言った。
 少年はそれから二日後の金曜日の夕方、小学校から帰ると、鋸をもって、隣のお宅にいった。呼び鈴を押したけれど、誰もでてこない。きっと買い物に行っているのだろう。
 そう思って、少年は庭にはいると、大きなビワの木を切り始めた。ザクロやグミと違って、ずいぶん太い。何度も違う方向から鋸を入れて、それでもやっと倒すことができた。切った木は庭の椿の木に寄りかかっている。
 すると、ともかく、切り口から橙色のキノコがニョキニョキ生えてきた。
 少年はキノコを採ると、帽子に入れた。するとまたキノコが生えた。何度かキノコを採ると、キノコが帽子に一杯になった。
 少年はそれを持って、自宅に帰り、テーブルの上に置いておいた。
 部屋で勉強をしていると、買い物から帰ったお母さんが、「お隣のビワなったのね」
 と部屋をのぞいた。
 少年は振り返えった、「切ったんだ」
 「そう、でも、すぐなるなんて不思議ね」
 母さんもちょっと不思議そうだったが、一つむいて口に入れると「あら、あまくておいしい」と、それきり、なにもいわなかった。
 
 次の日、小学校から帰ると、隣のおばさんがビワをたくさん持ってきた。
 「不思議ね、ビワがなっていたのよ、だから、傷つけなくてよくなったの」
 そういって帰っていった。
 少年はビワを食べながら考えた。
 [なぜ、実のならない果物の木を切ると、切り口からキノコがはえるのかな、キノコは木の子どもだから、木から生えても不思議はないけど、どうしてそれが、果物に変わるのだろう」
 少年は考え続けた。
 「果物の生る木の実は木の子どもだなあ」
 「そうなると、果物は木の子か」
 「木の中には木の子どもがたくさん入っている」
 「木を切っちゃうと、出口ができたので木の中にいた子どもがでてくる、それはキノコだ」
 「そうか、だから、キノコがでてきたんだ」
 「だけど、なぜ、採ったキノコが実になるんだろう」
 ここでちょっと困ってしまったが、少年は答えをみつけた。
 「木から離れたから、熟して、果物になったんだ」
 親離れという言葉を聴いたことがあったからだ。
 ということで、そこまで考える間に、もらった、ビワを全部食べてしまった。
 また考えた。
 「だけど、切ったところからなぜまた木が生えてきたのだろう」
 「そうか、キノコも寝なければならないんだ、それで、入り口を閉めるために、切り口の上に切った木を乗っけたのだ。
 植物も動くってテレビでやってたな。
 納得した少年は、庭に植わっている名前の知らない木を切ってみることにした。
 あまり太くない木なので、すぐ切ることができた。
 やっぱり、キノコが生えてきた。細い黒いキノコがたくさん生えた。採ってもとっても生えてきた。台所からボウルをもってきて、そのキノコをいれた。
 部屋で勉強をしていると、お母さんが、「なあに、こんな実を採ってきても食べられないわよ」とおおきな声を上げるのが聞こえた。
 夕食のときお母さんがお父さんに「この子、ネズミモチの実をこんなにとってきたのよ」
 ボウルの中の黒い小さな納豆のような実を見せた。
 「うちのネズミモチの実がなったんだな、これは食べられないんだよ」
 お父さんは少年に説明した。しかし、少年は、鋸で切ると、果物の木でなくても実ができることを知った。
 それで、次はどの木を切ろうかと思案していた。
 それで、毎日一本の木をきった。切り口から必ずキノコが生えて、それを採ると、台所においておいた。すると、お母さんかお父さんが必ず、木の名前を教えてくれた。
 こうして、庭に生えている木の名前を少年はすべて知ることができた。
 ただ、一本、わからないものがあった。家を建てたとき、前からあった切り株がそのままになっていた。
 少年はなんの木だろうと思った。
 少年の手のひらを四つも並べたほど大きな木だったけれど、鋸で切ってみることにした。
 小学校から帰ってくると、ぎこぎこと、切り株の上のほうを一生懸命切った。だけどなかなか進まない。一週間経つとやっと切ることができた。すると、黄色いキノコがポコポコなった。空いていた段ボール箱を持ってくると、キノコで一杯にした。
 それを台所の隅にいれておくと勉強部屋にもどった。
 お母さんが帰ってきて、「何で今頃柿がおくられてきたのかしら」と言う声が聞こえた。
 少年は勉強部屋から台所に行くと、お母さんが段ボール箱から柿を取り出しているところだった。
 「いつとどいたの」
 と少年に聞いたのだが、少年はぽかーんとしていた。
 段ボール箱には柿の絵が描いてあった。そういえばいつもおばさんから柿が送られてくるのだった。その空き箱を使ったのだ。
 少年はあの切り株は柿の木だったんだ」と理解した。
 「今頃柿がなるのかしら」と言いながら、お母さんは一つの柿を洗ってむいた。
 「おいしそう」と、くいしんぼうのお母さんは柿にかぶりついた。僕にはむいてくれないん。少年がむくれていると、
 「きゃー、なに、これ、しぶいー」
 お母さんは口から柿をはきだした。
 少年は「あの柿は渋柿だったんだ」とわかった。
 お母さんはおばさんに電話すると、少年に「あんた、どこからとってきたの」と怒ったのだが、やっぱり少年はぽかーんとしていた。
 「干し柿にしよう」
 それでも、お母さんはまだ食べる気でいた。
 夕ご飯のときに少年はお父さんに尋ねた。
 「庭の切り株は柿だったんだね」
 「そうだよ、お父さんのお父さんがだいぶ前に切ったんだよ、庭にお日様を当てたくてね、何しろ、家の真ん中にあったからね」
 「渋柿だったからじゃないの」
 「ちがうよ、お父さんが子供の頃は、甘い実がなって、おいしく食べたんだよ」
 「でも、渋柿だったんじゃない」
 「そうだったんだよ、柿って言うのはほとんど渋柿なんだよ、甘柿を接ぎ木して甘い柿がなるようにしたんだ、なぜ知っているんだい」
 少年はぽかーんとしていた。
 でもそれで少年は納得した。切り株のところは渋柿だったんだ。
 はこれで、庭の木はみんな切ってしまったことになった。

 次の朝、日曜日だから学校にいかなくていい。少年は庭にでてみると、椿の木の下に赤いキノコが生えていた。柄のところが蛇のようなだいだい色の模様がある。
 これは鋸じゃなくて大丈夫だなと、思って、料理はさみをもってきた。
 少年は切り口から、なにがでてくるかしゃがんでみていた。
 切り口から白い丸いものがみえた。それがだんだん上にせり出してくると、ぽこりとのっかった。白い卵だ。
 キノコがでてくるわけではなくて、卵がでてきた。
 少年は卵をとった。その下を少年ははさみで切った。すると、また、卵がでてきた。少年は自分の部屋から開いた箱を持ってくると、でてきた卵をそのなかにいれた。はさみで下を切っていくと、どんどん卵がでてきた。箱が卵で一杯になったので、少年は台所にもっていっておいた。
 今日は朝からマンガの本が読める。何しろ日曜日だから。少年はお母さんが起きてきて朝ご飯の用意をしてくれるまで自分の部屋でマンガを読んでいた。
 お母さんが起きてきて大きな声を上げた。
 「この赤いキノコどうしたの」
 そういって、少年の部屋をのぞいた。
 「庭で拾った」
 「こんな赤いの毒のキノコでしょう」
 そこに、お父さんもおきてきた。
 「おまえ、このキノコはうまいんだよ」
 「へー、そうなの」
 「フランスなんかじゃ、シーザーのキノコって言うらしいぞ」
 「それじゃ、夕飯で料理するわ、どうしたらいいのかしら」
 「バターいためでもいいようだよ」
 少年は卵からキノコが生まれたんだと思った。だけどなぜだろう。虫たちは卵からかえって大きくなる。だけど、キノコの子供が卵から生まれるわけはないのに、あのキノコのなかに卵がいっぱいつまっているのはなぜだろうな。
 夕ご飯にはそのキノコのバターいためがでた。
 お父さんが珍しくビールを飲んでいる。
 「この卵茸うまいなー」
 それを聞いた。少年は、卵茸だから、卵が生まれたんだ」
 と、納得したんだ。
 すなおな考えの少年の庭はおもしろい、これからもなにがおこるかわからない。この家の庭のご主人は少年なのだ。庭の植物は少年の理論に従っているのである。

木の子

木の子

少年と茸のへんちくりんなお話し。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-20

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