『作家でご免』物語 

              1


「ちょっとぉ、メンバー表もっかい見せて」
片幸四士雄(へんさちよしお)が所望する。
「うん」
通菅理恵(とおりすがりえ)がスマフォを取り出し、すぐにアプリを開く。
ここは都営大江戸線六本木駅前だ。
でっかい育毛剤の宣伝ポスター前に『作家でご免』メンバーが集結している。
今日は彼らのオフ会で、駅前に程近い中野麹昌宏(なかのこうじまさひろ)の居酒屋で一杯飲(や)りながら、日ごろの親交をリアルでも深めようというのだ。
「ああ・・・・・・。やっぱヤツラ来るのか」
しぼんだような片幸(へんさち)の声に、京応譲(けいおうじょう)がひったくる。
「う~ん、まいったな・・・・・・。坂京仁懸(ばんきょうにける)、揚松煌(あげまつあきら)、出所良子(でしょよしこ)、月場葉エミ(つきばばえみ)かよぉ。問題児ばっかりジャン」
「なに言ってんのよ」
猫飼倫子(ねこかいりんこ)が憤然と声を上げる。
「京応(けいおう)くんだってヒトのコトいえないでしょっ、京王線の犯人にあこがれてるなんてバッカみたい」
「はぁ? おまえに言われたくないね。なんだよ、あの作品。ネットで超有名なトロッコ考察、まんまパクッただけジャンか。小説にするならもっとアタマ使えよ、アタマぁ」
「なによっ。下手糞なろうモドキのくせに。もっと今っぽいアイディアないのっ」
「はいはい、そこまでね」
通菅理恵(とおりすがりえ)が急いで間に入る。
ほとんどが20代の彼らの中で、彼女は分別ある30代だ。
なかなかの教養人で、港区で一番大きな図書館の司書を務めている。
自分では作品は書かないものの、精力的に『ご免』メンバーの作品を読み、感想書きに励んでいるので、一癖も二癖もある連中のだれもが一目置いて逆らわない。
今日も幹事に選出されているのだ。

「あのさぁ、場所ちょっと変えて端から見てからのがいいんじゃね? 坂京(ばんきょう)と揚松(あげまつ)は超険悪だし、出所(でしょ)と月場葉(つきばば)も揚松(あげまつ)が嫌いだし。顔を合わせたらなにおっぱじめるかわかんない。みんなが待ち合わせ場所にいなけりゃ、むかっ腹立ててさっさと帰ってくれるかもよ。本当は欠席して欲しかったんだよねぇ」
片幸四士雄(へんさちよしお)が分別顔で提案する。
「そんなにヤヴァイの? 昔はそんなことなかったのに」
平和主義者の鳥宇牟画人(とりうむかくと)は不安げだ。
彼は古参だが、最近のメンバー事情にはあまり詳しくない。
「ええっ?『作家でご免』みたいな弱小サイトでも、いろいろあんのぉ? 気分悪りいぃ」
「ったく、めんどいよなぁ。じゃあ、とにかく陰で見てようぜ」
新参の凡寺秀樹(ぼんじひでき)と柿古見小次郎(かきこみこじろう)も不愉快そうだ。
通菅(とおりすが)はとにかくみんなの意見に従って場所を移動し、反対側の公園の植栽の陰に落ち着いた。
「ね。2時半まで待つ約束だから、あと15分」
イライラした様子の片幸(へんさち)と京応(けいおう)に言いながら、道路の向こうに注意を向ける。
真昼間の人の流れはそんなに多くないから、六本木駅の改札階段を上がってくる人はけっこう簡単に見分けられるのだ。

 最初に現れたのは坂京仁懸(ばんきょうにける)で、メンバー識別用の大き目の『ご免』シールをいい加減に胸につけ、ポケットに手を突っ込んだままペッと唾を吐いた。
そのまま、眼付けのように辺りをねめ回す。
「汚ったねぇ」
「態度悪りぃ」
凡寺(ぼんじ)と柿古見(かきこみ)がさっそく白い目を向ける。
この2人はマジメでしっかりした作風が特徴で、無作法や変にイキがった態度が嫌いなのだ。

 次にやって来たのが揚松煌(あげまつあきら)で遠目からもわかる仕立てのいいスーツに高級手提げカバンを下げている。
「けっ、カッコつけ」
鼻白む京応譲(けいおうじょう)の尻馬に片幸四士雄(へんさちよしお)が乗る。
「青年実業家だって。どんなモンかねぇ」
露骨に顔をゆがめるのを見て、今まで黙っていた今番靖(こんばんやすし)が軽く取り成す。
「別にフツーだよ。ちょっと前までおれともバトってて、もう、お互い血みどろ。でも、悪いヤツじゃないから」

「あっ、来た。出所(でしょ)さんに月場葉(つきばば)さんよ。なぁんだ、仲いいじゃない」
縁ノ側愛(えんのがわあい)が目聡く声をあげる。
確かに彼女の言うとおりだ。
2人とも似たような色合いのパンツ・スーツで、カットハウス店長の出所良子(でしょよしこ)は髪を流行のシルヴァーとピンクに染め上げ、雑誌社編集員の月場葉エミ(つきばばえみ)は小さ目のベレーをちょこんとかぶっている。
先着の男子2人とも如才なく挨拶していて、なんの問題もなさそうだ。
通菅(とおりすが)はやっと安心して、道路向こうの4人に手を振った。


               2


 六本木4丁目の中野麹昌宏(なかのこうじまさひろ)の店は1階がカウンターと椅子席、2階が座敷になっている。
場所が場所だけに居酒屋と銘打っていても、なかなかシャレた内装で、そこはかとなく高級割烹感が漂う。
「うん、いいねぇ」
「好み好み」
メンバーの2人の医者も楽しそうにうなづく。
彼らは今回のオフ会の会費6,000円の不足分を補う役目を申し出ていて、集った全員から感謝に満ちた大拍手で迎えられていた。
1人は92才になる下岡忍(しもおかしのぶ)で、いい年して毎回、似たようなエロ小説を発表し続けていたため、揚松煌(あげまつあきら)に手厳しく罵倒された経緯がある。
その後、寄る年波による衰えで、自分の経験に基づく人情物などに作風が変わったため、なんとかその変化を揚松(あげまつ)に認識させたいと願っているのだが、彼が頑として下岡(しもおか)作品には目を通さないため、いつも不首尾に終わっているのだ。
一方の鋏野浩二(はさみのこうじ)は分不相応の増上慢から、読者の1人にとんでもなく不遜な感想返しをしてしまい、これまた揚松(あげまつ)の目にとまり、強烈なダメ出しを食らっていた。
2人は上座に座らせてもらってはいたが、中央あたりにいる揚松(あげまつ)を見るたびに酒がまずくなるので、そっちを見るごとにファック・サインを出すことにした。

 その彼らの左手あたりで盛り上がっているのは一言居士の連中で、鷽玄一(うそげんいち)を真ん中に今番靖(こんばんやすし)、魚津茶々(うおつちゃちゃ)などの名うての屁理屈屋が3つ巴のバトルを繰り広げている。
それに猫飼倫子(ねこかいりんこ)、出所良子(でしょよしこ)、月場葉エミ(つきばばえみ)らが加わったものだから、なにをどう論じているのか傍で聞いていてもわからない。

 その横で唯一マトモなのは通菅理恵(とおりすがりえ)や縁ノ側愛(えんのがわあい)を中心にした読書家連中で、凡寺秀樹(ぼんじひでき)、柿古見小次郎(かきこみこじろう)、鳥宇牟画人(とりうむかくと)などが自分の読書暦を楽しそうに披露している。
『作家でご免』は女子が少ないから、その中の2人を仲間に引き入れて完全に鼻の下が伸びきっているのだ。

 愉快そうな哄笑と乾杯の音があちこちで響く中、なにやら怪しげな雰囲気は坂京仁懸(ばんきょうにける)と揚松煌(あげまつあきら)で、なにをどう意気投合したのかは知らないが、男同士、手をしっかりと握ったまま見つめ合っている。
その隣で時折、罵声が響くのは片幸四士雄(へんさちよしお)と京応譲(けいおうじょう)の組み合わせで、仲良く碁並べゲームを始めたものの、対戦に夢中になるあまり仲間割れが生じたらしい。
さっきまで水も漏らさぬ仲だったのに、今はイライラと罵り合いとは実に忙しい連中だ。



               3


 サラリッ、タタンッ。
そんな混沌の真っ最中に隣のふすまが勢いよく開く。
出てきたのはここの店主にして『ご免』のメンバー、中野麹昌宏(なかのこうじまさひろ)で、太鼓持ちみたいな羽織袴に扇子をパチパチ鳴らしながら変な関西弁で、
「『ご免』のあんさん方ぁ、最高っすかぁ? 楽しんどっておくれやすぅ。ほなぁ、ご禁制のギャンブル、いってみまひょかぁ~」
と叫んだ。
「うっひょぉ~、バクチや」
「カジノ。やってみてぇっ」
「ボク、ルーレットねっ」
真っ先にノる坂京仁懸(ばんきょうにける)に続いて、片幸四士雄(へんさちよしお)と京応譲(けいおうじょう)が座りションベンしそうに尻尾を振る。
「え~、つかまるよぉ」
「そうよ。日本は法治国家よ。だめ、みんな」
鳥宇牟画人(とりうむかくと)と猫飼倫子(ねこかいりんこ)が異を唱えるものの、「心配いらん~。お巡りさんかて公認やでぇ。率もええ。やらにゃ損、損、おもろいで」
と、中野麹(なかのこうじ)にそそのかされるや、涎の垂れそうな目に変わる。

 部屋一杯に繰り広げられるルーレット・バカラ・ブラックジャック・スロット・ポーカーなどの有名ゲームに加えて、日本の丁半バクチやチンチロリン、花札などもあって、出所良子(でしょよしこ)や月場葉エミ(つきばばえみ)が、さっそくシャツブラウス片肌脱ぎで壷を振る。

 なかなかの光景に、
「おほほ~、目の保養ぉ」
普段はマジメっ子の凡寺秀樹(ぼんじひでき)と柿古見小次郎(かきこみこじろう)も理性を失って財布ごと盆に放り出す。
「さぁ、どっちもどっちも。丁半、駒そろいましたっ。丁っ」
「あっちゃ。中野麹(なかのこうじ)はん、借金させておくれやすう」
「わいもや。必ず返すさかいぃ」
なぜか2人ともいつもの標準語が関西弁に変わっている。
中野麹(なかのこうじ)はそれをニタニタと見下ろしながら、皇室のキコ並みに口角を吊り上げているのだ。

「ああ、ダメだ。ツキがねぇ。おれとしたことが・・・・・・中野麹(なかのこうじ)はぁ~ん」
自信たっぷりだった、今番靖(こんばんやすし)の敗北宣言に続いて、
「お金貸してぇ~、頼んますわぁ」
鷽玄一(うそげんいち)が音を上げ、
「あたしにも貸してぇ。この体でなんぼや、あ?」
魚津茶々(うおつちゃちゃ)の穏やかじゃない言葉も聞こえる。
その中で意外に冷静なのが通菅理恵(とおりすがりえ)と縁ノ側愛(えんのがわあい)で、彼女らはスマフォを取り出してルーレットの確率計算をやっている。

 鉄火場の異様な熱気をよそに酔いつぶれているのは老人医師2人だ。
「あのぅ、も~飲めましぇ~ん。鋏野浩二(はさみのこうじ)センセ、勘弁ね」
下岡忍(しもおかしのぶ)が鼻水交じりに言えば、
「ああ~? おれの酒が飲めないだぁ? 下岡(しもおか)センセ、舐めた口きくじゃんか」
と、鋏野(はさみの)が涎を垂らしながら返事をする。
どこまでも薄汚い老人たちだった。
 
 そんな片隅で揚松煌(あげまつあきら)は手提げカバンからノーパソを出してなにやら操作している。
どうやらギャンブルには全く興味がないようだ。


               4


 どれだけ時間がたっただろう?
すでにバクチに手を出していた連中全員が、中野麹昌宏(なかのこうじまさひろ)に巨額の借金をしていた。
「おかしいわねぇ。これってイカサマじゃない?」
通菅理恵(とおりすがりえ)の言葉に縁ノ側愛(えんのがわあい)も不審げに返事をする。
「やっぱ、そう思う? 勝率ゼロなんてあり得ないもんね」
「いぇっへへ、お嬢ちゃんたちぃ。ハイテクやなぁ。でも、負けは負けやん、落とし前つけてもらいまひょ」 
舌なめずりしそうな顔で中野麹(なかのこうじ)がにじり寄る。
「おうっ、野郎どもっ」
ドスのきいた声とともに黒服どもが一斉に湧いて出た。

「え~? うっそお。中野麹(なかのこうじ)はん、893だったのぉ?」
「信じられへん。悪夢やんけ~」
借金すら使い果たし、身ぐるみはがれてブリーフ1丁になった凡寺秀樹(ぼんじひでき)と柿古見小次郎(かきこみこじろう)が、情けない声を張り上げる。
「ねっ、ねっ、先生方、なんとかしておくんなまし」
「そっ。お金貸して。払える時に払いますよって」
「ど~せ、しこたま溜め込んでんやろ? 人助けやで」
鳥宇牟画人(とりうむかくと)、鷽玄一(うそげんいち)に続いて、片幸四士雄(へんさちよしお)までが老人医師にすがりつく。
「い~えっ、お金はありまっしぇ~ん。口座も財布もカラでしっ。だって、トイレ行かせてもらえなかったんだも~ん」
「え~? どゆことぉ?」
下岡忍(しもおかしのぶ)の言葉に、全員が顔色を変える。
「そう、金はないで。便所でンコしたいなら10億円ゆうてな。ワイも中野麹(なかのこうじ)はんに借金や」
「ええええ~~~?」
鋏野浩二(はさみのこうじ)の告白は、まさに地獄で閻魔の宣言だ。

「おほほほ~。そゆこと。魚津茶々(うおつちゃちゃ)ちゃんの言うとおり、体で払ってもらいますわな」
中野麹昌宏(なかのこうじまさひろ)の意味ありげな返事に全員が引く中、なぜか京応譲(けいおうじょう)だけが進み出る。
「あのぅ、ボク、♂ですけどぉ。カラダってあっちぃ?」
なんとなくポッと赤くなり、内股でクネクネしている。
ど~やら、そっちの趣味らしい。

「い~えっ、オカマもオナベもいりまっしぇ~ん」
なぜか中野麹(なかのこうじ)の言い草は下岡(しもおか)のそれになっている。
オナベと聞いて出所良子(でしょよしこ)と月場葉エミ(つきばばえみ)の目が奇妙にギラッと輝いた。
「いるのは臓器でしっ。だって、高く売れるんだも~ん」
「ええええ~~~?」

「けっ。やってられんワ。帰るっ」
坂京仁懸(ばんきょうにける)が真っ先に席を立つ。
それに続いて片幸四士雄(へんさちよしお)、鳥宇牟画人(とりうむかくと)、鷽玄一(うそげんいち)、猫飼倫子(ねこかいりんこ)、魚津茶々(うおつちゃちゃ)あたりがゾロゾロと入り口に向かう。
「おっとぉ、待ちな。アレなぁに?」
ニタリとほくそ笑んだ中野麹(なかのこうじ)が余裕で表を指差す。
そこにはおしゃれな六本木の街には似合わない、巨大なバキュームカーが・・・・・・。
ぶっといホースの先からは田舎の香水そのままの香りが、強引に漂ってくる。
「くっそぉ。糞だぜぇっ、くっせぇぇぇぇ」
叫びながら全員が店の奥に逃げ込む。
「ヘェ~ヘッヘ。ねぇ? もう、逃げられまっしぇ~ん」
中野麹(なかのこうじ)が胸を張ったその時だった。

「ちょいと、待ちなっ」
通菅(とおりすが)がズイッと乗り出す。
「は? なんでっしゃろ」
ちょっと気圧されて、中野麹(なかのこうじ)のセリフは関西弁にもどっている。
「悪事もそこまでだよ。○暴Gメンその1。人呼んで○暴リエこと通菅理恵(とおりすがりえ)」
「おなじくその2。人呼んで○暴の縁側愛好家こと縁ノ側愛(えんのがわあい)」
「おなじくその3。人呼んで○暴から今晩はこと今番靖(こんばんやすし)」
「おなじくその4。人呼んで○暴の大松茸こと揚松煌(あげまつあきら)」
「5人目は今日はコロナでお休みよ」
「はぁ? なに言うてん。○暴Gメンなんかなんもコワイことおまへんにゃ。ほれ、野郎ども。いてもうたれやぁ~」
「ちょございなっ。やっておしまいっ」
通菅(とおりすが)の命令一過、バラバラと投げ出されたのは巨大なゴキブリホイホイだ。
「うぉっ、ネバネバ攻撃とは卑怯なりぃ~。あっ、嫌っ。ほんまもんのゴキもついとるやん。いやあぁぁぁぁ、キモイィィ」
その間にも逃げ惑う黒服どもがビッシンバッシン張り付いていく。


               5


「うふっ。他愛ないわね」
通菅(とおりすが)と縁ノ側(えんのがわ)が顔を見合わせてクスッと笑ったときだった。
【お姉さん方、運営に逆らうとはおバカさんだねぇ】
落ち着いてはいるがなんとなく人工的な声が天井近くのドローンから響いてきた。
Gメンたちに緊張が走る。

「運営? 運営も893だったの?」
『ご免』民たちの驚愕のささやきが潮騒のように広がっていく。
【わたしは893ではない。それを超越した存在だ。『作家でご免』の諸君。よく考えたまえ。今のままでは臓器だけではない。『ご免』に投稿する権利も失うことになる。それは君らにとって大きな損失のはずだ。このような感想を得られる投稿サイトは他にはないからだ。だが、運営にも情けはある。君らはこのGメンたちを捕縛する
のだ。その結果により、わたしは諸君らの臓器提供を免除し、今後も投稿を続ける権利を与えるつもりだ】
ドローンからの声はかなり高圧的だ。

「・・・・・・」
しばらくはなんの物音もしなかった。
「あ、あのう・・・・・・じゃあ、借金も返さなくていいんですか?」
京応譲(けいおうじょう)がおずおずとお伺いを立てる。
【そうだ。諸君らにとって得策のはずだ】
「バクチしちゃったけど罪にはならないんですか?」
猫飼倫子(ねこかいりんこ)が半信半疑でたずねる。
【そうだ。ならない。そしてそればかりではない、今後、オフ会のたびにここで好きなだけ賭博を楽しむがいい】
「えっ、最高ジャン」
坂京仁懸(ばんきょうにける)がささやく。
「うん。悪い話じゃないよ」
片幸四士雄(へんさちよしお)もまんざらではないようだ。

「でも、4人のGメンさんたちは臓器提供なんでしょ? おなじ仲間なのに、それって後味悪すぎ」
「そうそう。運営に逆らったって言うけど、仕事なんだから仕方がないよね。なんとか期限付きのアク禁ぐらいで勘弁できないですか?」
凡寺秀樹(ぼんじひでき)と柿古見小次郎(かきこみこじろう)が座布団でブリーフを隠しながらお願いする。
【わたしも遊びではない。すべての諸君に平等に利を与えるには経済原理が伴わない。わたしは君らの臓器提供を免除する埋め合わせを彼ら4人で行おうと考えている】
「それって、みんなの分を4人でってこと? ヤヴァくね」
「そう、死んじゃったらど~すんの?」
「特に女の人なんかいけまっしぇ~ん。もったいなすぎるも~ん」
「うんうん、そうそう」
鳥宇牟画人(とりうむかくと)、鷽玄一(うそげんいち)、下岡忍(しもおかしのぶ)の言葉に他の連中も賛同する。

「だよね~。通菅(とおりすが)さんみたいなヒト、絶対貴重だよ。みんなの作品を精力的に読破して、おまけに感想までくれる。スゴイよね。ああいうヒト好きだなぁ」
「うん、縁ノ側(えんのがわ)さんもいい作品書いてるよ。やさしくてホッコリしてて、おれ、ファンなんだ。つまり、女のヒトたち2人は『作家でご免』にとって不可欠なヒトだ。それは運営にとっても同じことだよね」
ここぞと主張する凡寺(ぼんじ)と柿古見(かきこみ)を横目で見ながら、○暴Gメンその3の今番靖(こんばんやすし)がボソッとつぶやく。
「♂はど~なのよ?」

「あとは今番(こんばん)と揚松(あげまつ)かぁ」
相手が女のヒトではないので、鳥宇牟画人(とりうむかくと)の声も途端にトーンダウンする。
「ま、今番(こんばん)くんは作品も書かないしねぇ。でも、まぁ伝言版にはカキコして盛り上げてるよね。ボクとか魚津茶々(うおつちゃちゃ)さんなんかも楽しくやらしてもらってるし」
鷽玄一(うそげんいち)の言葉に周りがうなづく。
確かに今番(こんばん)の書き込みがきっかけでレスが伸びるのは事実なのだ。

「じゃあ、残るはその4の揚松(あげまつ)だけど。こりゃあ、ダメでしょ」
片幸四士雄(へんさちよしお)が口を挟んでくる。
「彼の作品はテクニックはある。けど、人格的には問題があるからね」
「それは片幸(へんさち)くんの主観でしょ? おれから見りゃフツーだぜ」
坂京仁懸(ばんきょうにける)が肩を持つ。
彼には揚松(あげまつ)と手を握り合い、見詰め合っていた経緯がある。
「あれぇ? 賭博が出来なくなってもいいのぉ?」
京応譲(けいおうじょう)が彼の痛いところを突く。
坂京(ばんきょう)はたちまち沈黙した。

「そろそろ結論出そうぜぇ。とにかく揚松(あげまつ)は『作家でご免』にとってそれほど必要じゃないってコトでOK?」
片幸(へんさち)が結論を急ぐ。
「でも、彼は心臓を傷めてる。臓器提供には向かないよ」
「そうそう。健康体じゃないんだから除外だろ。これ、ジョーシキ」
凡寺(ぼんじ)と柿古見(かきこみ)の言葉は正論だ。
「じゃあ、ど~しろっつうんだよっ。心臓はポンコツでも揚松(あげまつ)の脳みそは優秀だ。こいつは高く売れるぜ」
片幸(へんさち)は譲らない。
かなりの商売人だ。


               6


「とにかくちょっと待ってくれ」
今までなんの反応も示さなかった揚松煌(あげまつあきら)PCから顔を上げる。
そして天井近くを浮遊するドローンを指差した。
黒い物体は不安定に前後左右上下に揺れ動き、人工音声も酔っ払ったように乱れている。
【しょ、諸君。ケツ、ケツメド。い、いや結論は出たかね? 結構ケだらけケツうんこだらけ・・・・・・あ~チャンちゃん。運営にウンがついたらバッチイなっと】
そのままフラフラと落下し、
【アラ、エッサッサァ~。ヒック】
とか言いながら沈黙した。
      
「どうしちゃったのぉ?」
通菅理恵(とおりすがりえ)が首をかしげる。
「中央演算処理装置に数段階の回路を介してアクセスしたんだ。勝手に機能増殖して人格を持ってやがった。運営のPCから自分自身をコピーして、移動手段を得るために音声付のドローンのCPUを乗っ取ったんだ。最初から天上に張り付いて、こっちを探ってた。中野麹(なかのこうじ)さんは利用されただけだよ。『作家でご免』民は運営というだけで一目置くからね。アク禁なんかチラつかされたら犯罪も犯しちゃうんじゃね? でも、もう大丈夫。基本動作実行のためにメモリをフェッチ(数値列を取り出す)して、次段階で意味のある数値に形式分割した。つまり、デコード(命令コード作成)。実行は複数を同時処理できるようにしてあるけど、『ご免』は単純構造だから宝の持ち腐れかな」
「じゃあ、本物の運営さんは別にいるのね」
縁ノ側愛(えんのがわあい)もホッとしたようだ。
「でも、揚松(あげまつ)くんへの一部の反応、怖かったぁ」
「あはは、数値列打ち込みながらちょっとは聞いてたよ。おれって人望ないんだな」
ちょっとショボンとするのを通菅(とおりすが)が慰める。
「君が嫌われてて君の作品にだれも感想くれなくても、わたしは読んで感想あげる。いいもの書いてるもの」
「と、通菅(とおりすが)さん・・・・・・」

「あ、あんのぅ、お取り込みんとこ不躾でんけど、ワイはど~なるんでっかぁ」
中野麹昌宏(なかのこうじまさひろ)が巨大ゴキブリホイホイから声をかけてくる。
「そうねぇ。中野麹(なかのこうじ)さんはアク禁ちらつかされて脅されてたんだから被害者よね。みんなの借金チャラにして、2階のカジノを完全処分することを条件にお咎めなしにしてあげる。あんまりカタギに悪さしないなら893も続けてていいわ」
「え? ほんま? ありあとぅおすぅ。嬉しおすわぁ。ほんじゃ、お礼と言っちゃなんですっけど、今日は夜通しバクチで遊んでっておくれやすう。現金賭けなきゃフツーのゲーム・センターと変わらんでっしゃろ? まだまだ、酒も肴も仰山ありますよって、洗いざらい無料提供しますワ」
「ええええ~~~、超ラッキー」
『作家でご免』民が狂喜乱舞する中、中野麹(なかのこうじ)はいそいそと黒服どもに指図して、高級な酒や豪華な食い物を運び込ませる。

「お~、うわさに聞く200万のドンペリっ」
鳥宇牟画人(とりうむかくと)、坂京仁懸(ばんきょうにける)、片幸四士雄(へんさちよしお)が特大グラスを片手に飛びつけば、
「いや、こっちがスゴイ。希少で博物館級の白トリュフだよ」
鷽玄一(うそげんいち)が薀蓄を披露しながら皿ごと押し戴く。
みんなからちょっと離れた壁際で1人、クールに決めているのは今番靖(こんばんやすし)だ。
高級葉巻とストレートで自分の世界に浸っている。
「きゃ~、これこれ。幻のパティシェールのオリジナル・スゥイーツぅ」
縁ノ側愛(えんのがわあい)の歓声に、猫飼倫子(ねこかいりんこ)、魚津茶々(うおつちゃちゃ)、出所良子(でしょよしこ)、月場葉エミ(つきばばえみ)らが、嬉々として集う。
テーブルを巡りながら、少しづつツマミ食いをしているのは京応譲(けいおうじょう)だ。
下岡忍(しもおかしのぶ)と鋏野浩二(はさみのこうじ)の老人組は楊枝で歯をせせりながら、
「もう、食べられまっしぇ~ん。鋏野シェンシェ」
「もう1口食えってばぁ、下岡シェンシェ」
を、延々とやっている。

 奥の鏡の間では凡寺秀樹(ぼんじひでき)と柿古見小次郎(かきこみこじろう)が、ブリーフ1丁で裸の王様よろしく試着を繰り返している。
借金のカタに取られた私服のかわりに、中野麹(なかのこうじ)がオートクチュール・メゾンから取り寄せた超一流デザイナーの1点物を提供したからだ。
「どぉ?」
つま先でクルリンと回る凡寺(ぼんじ)を見て柿古見(かきこみ)が首をかしげる。
「う~ん。いいけどぉ。芸人みたい。下品よ」
「そう?じゃ、こっち」
「そうねぇ。色味が合わないわね。あたしのど~ぉ?」
柿古見(かきこみ)がシナを作る。
「あ、いいかも。でも、やっぱさっきのが最高ジャン?」
「え~? 若すぎないぃ?」
 
 夜になったベランダで、地域猫様たちに食事を提供しているのは通菅理恵(とおりすがりえ)と揚松煌(あげまつあきら)だ。
満月が昇っていて、光の絨毯のような六本木の街を照らしている。
柔らかな夜風が都会の喧騒をそっと押しやって、静かなため息のような時を演出するのだ。
2人で手すりに寄り添うと、大きなガラス窓から『ご免』民の楽しげな喧騒が遠く響いてきて、ほっこりと心の片隅に留まる。
お互いにお互いを見やるのがちょっと気恥ずかしくて伏目がちになる。
「月がきれいですね」
揚松煌(あげまつあきら)がささやいた。

『作家でご免』物語 

『作家でご免』物語 

新参者さんへ 本作品は「ごはん民」のためだけに書かれたもので、部外者にはイミフの部分もあるため、他サイトには掲載しないものでした。 それでも、あなたからの質問により星空文庫に載せます。 賛否両論の感想もすべて掲載しますので、読んでみて下さい。

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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