異世界ゲテモノハーレム
異世界ゲテモノハーレム
「あぁ、不幸な青年よ。あなたは不慮の事故で死を迎えました。哀れな貴方には二つの選択肢があります。一つは事故を無かったことにして蘇ること。もう一つは異なる世界に新しい生命として生まれ直すこと」
「そ、それって異世界転生ってやつ?チート能力ももらえたり?」
「望むなら特殊な能力も与えましょう」
「じゃあ異世界一択じゃん!チート貰って異世界でウハウハじゃねえか!」
「ただし能力は3つまでとします。能力を悪用されて世界を破滅に追いやられても困りますから」
「み、3つ?じゃ、じゃあ死にたくないから回復能力と…言語が違うと困るから翻訳能力と……あっ、あとハーレム作りたいから魅了系のスキルが欲しい!」
「分かりました。授けましょう。……では良い人生を」
「……あんなこと願わなければ良かった」
転生して早十数年。男は後悔していた。大抵の怪我はすぐ治る回復能力、周囲の会話を瞬時に翻訳できる能力のおかげで幼少期より生活において不便だと感じることは無かった。
しかし大きな不満点が一つ。その点について男が頭を悩ませていると、彼の右手を華奢な手が包み込んだ。
『大丈夫?なにか悩み事?』
「あぁ、大丈夫だ。気にしないでくれ」
男がそっけなく答えると、手の主は彼女なりに微笑みを浮かべ、男の右腕を自らの二十余りある手で優しく握った。
『困ったことがあったら、いくらでも手を貸すからね』
「ありがとう」
男はちらりと彼女に視線を向けた。2m大の泥団子上の体から無数の細い腕が生えており、中央部には大きく歪んだ口のようなものを有する異形の姿が見えていた。男が愛想笑いを浮かべると彼女の口がさらに大きくゆがんだ。
『ちょっと、ちょっと。いつまで手握ってんの』
別の声が男の左側から聞こえ、男はそちらに顔を向けた。そこには、毛の生えそろっていない雛のような胴体から、蟷螂のような腕とキリンのような長い首、首の先には髑髏を模した頭部を有する別の異形が毛を逆立てて立っていた。
『早く離れなさいよ!こいつが困ってるの分からないの!』
『良いでしょ。あなたはいつも一緒に居るんだからたまには譲ってよ!』
泥団子の異形と雛の異形、二体の異形は奇怪な音を出しながら、睨みあっていた。男は深いため息を吐き、左手を掌を上に向けて差し出した。雛の異形はそのことに気付くと男の手の上に自らの頭部を載せて、低い音を喉から鳴らし始めた。
それに影響されてか、男の右腕を包み込んでいる泥団子の異形の手に力が籠められ、男の右腕からミシミシと音が鳴った。
『あなたたち、いい加減になさい。ご主人様が困っているでしょう』
男の後方、より正確には腰かけている玉座の後ろからメイド服を着た人間大のドールが顔を覗かせた。無機質な表情から発せられる声はわずかに怒気を含んでいた。ドールは玉座の正面に回ると、男の両側にいる異形たちに鋭い視線を向けた。
『ご主人様は疲れているのです。たまには休ませてあげなさい』
『……はーい』
『ま、また後でくるから!じゃあね!』
渋々といった様子で思い思いの移動方法で退室する二体の異形達。彼女たちが通った後にはじっとりとした粘液が尾を引いていた。
『はぁ……まったくあの子たちは』
「すまない。正直助かった。ありがとう」
『いえ、礼には及びません』
形ばかりの謝辞に、ドールは恭しく頭を下げた。頭を上げた後、ドールはそわそわと周囲を見回し、誰もいないことを確認し、男に一歩近づいた。男は組んでいた足を下ろし、膝を軽く叩いた。無機質な表情のまま、ドールはおずおずと男の膝の上に横から腰を下ろした。距離が近づいたことにより、男の耳にはドール内で大量の何かが動き回るカサカサといった音が聞こえ始めた。
男がドールの頭をなでるとドールの全身からギシギシ、カサカサと先程よりも大きい音が聞こえ始めた。
『は、はぁ……至福でございます』
「そうか、それは良かった」
『くふぅ……あっ』
ドールの感嘆の声が漏れると同時に、無機質な表情にヒビが入り内部から【何か】がボロボロと零れた。ドールは慌てて両手で顔を覆うと、男の膝から飛び上がり深々と頭を下げた。
『し、失礼いたしました。興奮のあまり……』
「気にするな」
『顔を直してまいりますので、これで失礼いたします。魔王様』
再度、恭しく頭を下げドールは退室した。残された男は、膝の上でうごめく複数の【何か】を払いのけ、玉座から立ち上がり室内の窓へと歩を進めた。
窓の外には荒廃した大地がどこまでも広がっていた。生まれてから変わらない景色を城から見下ろしながら男はより一層大きなため息を吐いた。
男の転生した地は異形の者たちがひしめき合う大陸であった。並みの人間では生き延びることは出来なかっただろうが、あらゆる傷も治る再生能力、異形の言葉を理解し意思の疎通が行える翻訳能力、そして周囲を虜にする魅了能力により多くのものを味方につけ一大勢力を築いていた。
まともな人間を探し、大陸を巡っていたが見つけることが出来ないまま、気づくと彼は大陸を統一し『魔王』と呼ばれる存在になっていた。
彼は思う。こんなことなら転生しなければ良かった、と。
自分を慕う異形の者たちを嫌っているわけではない。むしろ彼女らに害が及べばすぐさま行動するほどには愛着や好意に近いものはある。
だが。自分が望んだハーレムはこんなものではない。もっと穏やかで平凡な何かだったはずなのだ。
再生能力で自死も出来ず、魅了により大陸内には自分に殺意を抱くものが現れないことを悟った彼は、遠い大陸の外から誰かが自分を滅してくれることを期待する日々を送るようになっていた。
しかし男は知らなかった。魅了能力を授かった直後。最初に魅了されたもの──女神。
彼女が彼を滅ぼせる可能性があるものを悉く殲滅していることを。
異世界ゲテモノハーレム