エコロケーション
浜辺に打ち寄せる声
流れ去る砂に書きとめ
わたしは海へと還そう——
馬○鹿
「おまえ 馬と鹿だな」
むかし好きだった先輩が
そう言いながら部屋を出たのを
今もおぼえている
たぶん ずっと忘れない
不思議な人だった
わたしの黒い瞳の奥よりずっとむこう
まるで隠された秘密をたしかめるようにのぞきこみ
時おりそらす
(やっぱりそうだ この人はしっている)
でも言葉にできなかった
でも声にしなかった
もちろん信頼していないからではない
告白できない ただの臆病者なだけ
わたしは彼の草原で思い懸けるのを恐れた馬
わたしは『もし』という深い崖におびえる鹿
…*星
それは宇宙をてらした燃ゆる星だった
彼女は王宮のシャンデリアのように輝き
星星はみな毎夜 舞踏会を楽しんだ
なかでもサファイアの星は美しかった
「光あれ」
ある時どこからか低い声が聞こえると
サファイアに光をとどけるようになった
水にいるあらゆる生きものを
地にいる動植物を
はぐくみ養うにちょうどよいほどの
女のぬくもりを
彼女はたいへん誇らしく
いつまでも青い星を見守り続けていた
するとサファイアから産声が聞こえる
最初に聞いたあの響きと同じ言語を話す
まさしく『人』だった
人は光をたたえ 畏れもした
人は賢く 愚かであったが
大いなる言葉のとおり 彼女は静かに光をとどけた
人がサファイアをどれほど苦しめようとも
人がネオンの神に首を垂れ
血で地と海を汚そうとも
サファイアに光としてただ「あり」つづけた
やがて彼女はサファイアにすべてをあたえ 明滅し
ついにみずからの美しい火を消した
その日 宇宙は悲しみにみたされ
銀河でもっとも高貴な女の終わりを悼んだ
すると光なき亡骸は引きよせられるように
愛しつづけたサファイアへむかっていった
この世には星の数ほど異星がいる
ある者はきらりと光り輝く星を手に取り
ある者はほかの星にまぎれて暗い星を手に取った
カミ
家から帰ったら ぼくはあるカミを取りだす
(はらはらとボクの足もとへ 雪のように)
見たくもないそのカミを
(窓のすきま風はそのカミを)
ぼくはびりびりやぶりつづける
(ボクはとても寒くて寒くて)
同時に
(同時に)
ボクの心もびりびりにやぶれつづける
(キミの心にもこんこんとふるのだろうか)
石九十゚・*:.。
当たって砕けろって
いく千のちいさなかけら
砕けたボクの欠片
ワタシは願う
誰が拾ってくれるの?
ふみ砕かれたアナタの欠片
ボクは誰かが砕けても
拾われもしない種よ
欠片を拾おうとは思わない
芽生え野花をさかせるように
両片想い
こっちを見てくれない
あの子は見るのにわたしは
やっぱりあの子がいいのかな
もっとおしゃれしなきゃ
彼にふりむいてもらうために
これが 片思い
こっちを見てくれた
おしゃれで頭のいいあの子
だめだ 可愛すぎて見れない
もっと素直になれば
彼女はふりむいてくれるかな
これが 両思い
たがいに見つめあい
ふたりして顔を染め
また目をそらしてる
思いきって告白してみれば
わかりあえるのに
これは 両片想い
待ち人來たらず
毎朝 ベンチにすわっているあの人
だれかを待っているんだろうな
いつも虚空の一点を見つめ
とても大切な人なのだろう
だってそう
あの人は空に手を差しのべる
すると雲は手をにぎる
だってそう
あの人は空に「おーい」と言う
すると「おーい」と返す
だってそう
あの人は空に唄う
すると鳥の歌が聞こえる
だってそう
あの人は空に「どうして?」と聞く
すると「ごめんなさい」と返す
だってそう
あの人は空に「もういいかい」とつぶやく
すると「まあだだよ」とこたえる
だってそう
あの人は空に「ありがとう」とささやく
すると雨がふるのだから
未来の王国
ある少年と少女がいた
「じゃあ 結婚しよっか」
そう言って
ふたりはビルの屋上から
飛びおりた
父と母からほどけた
二本の糸は
からみつき
ついに結ばれる
そして
無機質な窓に
一瞬一瞬
現れては消え
消えては現れる
ふたりの記憶
やがて
男と女は
一体となり
青い羽をはためかせ
遠くへ消えていった
きまり文句
友だちとかくれんぼをした
ぼくはオニになり
十をかぞえ
きまり文句を口にした
でもなにもかえってこなかった
なん回も なん回も 呼んだけれど
車の音しか聞こえてこない
とても不安で怖かった
忘れはしないだろう
友だちはずっと
かくれんぼをし続けたんだ
友だちとオニごっこをした
ぼくはオニになり
十をかぞえ
きまり文句を口にした
でもなにもかえってこなかった
オニは友だちを追いかけ
柵にかこまれた庭を出て
森の湖にぽつりとうかぶ
小さな岩の島を見つけた
二本の糸杉のあいだから
友だちが手をふっていた
でもオニは渡れなかった
霧の子たち
ぼくの家族の顔には霧がかかっている
でも 友だちの家族には霧はないらしい
なんでだろうな
みんなには見えていない
夜こっそり霧の親をのぞくと
広がっているブナの森
おどおど歩いていると
原野にたくさんの霧の子たち
みんな輪になって
くるくるくるくる
みんな木漏れ日浴びて
きらきらきらきら
みんな楽しく笑って
けらけらけらけら
ぼくはじゃましていけないから
木陰でそおっとのぞいたよ
ねえ
みんな子どもだったら
よかったのにな
きょうもぼくは霧の家族にあいさつをする
声も聞こえないけど
ぼくは大好きだ
待ちにか待たむ
いつも「おやすみ」と
送ってくれる彼女
今宵は静か
なんかあったのかな
ぼくはもう寝るよ
おやすみ
いつも「またあした」と
送ってくれる彼
今宵は静か
なにかあったのかしら
わたしはもう寝るね
また、あした。
エコロケーション
本作は星空文庫さんで執筆なさっていたみわさんの作品集を独自解釈し改変を加えた自由詩です。
ビーチコーミングによって見つけた貝殻や珊瑚や流木で物語をつくるよう無邪気に楽しみつつ、一部snsであげたものも含め、十篇にまとめてみました。
イルカやコウモリなどは音波の反響により、海中また闇の中で位置や形を認識したりコミュニケーションまではかるそうで、『反響定位《echolocation》』といわれています。
ある時もし、知らない『わたし』の語った言葉が、知らない『あなた』に反響し、まるで違う像、思ってもみない風景で応えたとしたら、おもしろいのではと考え、この作品を『エコロケーション』としました。
改変作品一覧(同順)
『馬と鹿』,『星』,『紙』,『片思い』,『両思い』,『当たって砕けろ』,『待ち人』,『少年と少女』,『かくれんぼ』,『霧』,『おやすみ』
表紙絵『ピーマンは、とどのつまり耳』