奇想詩『アンモナイトを洗う』
人にはひとつくらい
おかしな習慣があってもいいと思う
それは恥じるべきことでもなければ
かと言って誇るべきことでもない
でもそのおかしな習慣を捨て去ろうとすると
たちまち自分の生活が成り立たなくなってしまう
その習慣が奇妙であればあるほど
捨て去ろうとするときの反動は大きくなる
これは僕の数少ない経験則のうちのひとつだ
そして僕のおかしな習慣がいったい何なのかと言うと
それは洗濯物を持たずに
深夜のコインランドリーで本を読むことだ
無機質で無骨な洗濯機たちに囲まれた中で
ガタガタのパイプ椅子に座りながら
図書館で借りたブコウスキーなんかを読んでいると
彼女ができないとか
給料が少ないとか
歯並びが悪いとか
そういういろいろなことが
どうでもよくなってくる
けれども僕はそのコインランドリーで
僕よりももっと奇妙な習慣を持った女の子に出会った
彼女は僕と同じくらいの年齢で
使い古した上下のスウェットに
キティちゃんの健康サンダルという格好で入ってきた
一見手ぶらのようにも見えたのだが
片手には大きめの石のようなものを持っていた
よく見るとそれはアンモナイトだった
彼女はいちばん奥の洗濯機の扉を開けて
アンモナイトをその中に放り込んだ
何かに対して怒っているようにも見えた
彼女は三百円を投入口に入れて洗濯機を回した
洗濯機の中で物凄い音を立てながら
アンモナイトは転がった
洗濯が終わり
彼女はアンモナイトを取り出した
アンモナイトは水に濡れて黒光りしていた
翌週も同じような時間帯に同じような格好で
彼女はアンモナイトともに現れた
いちばん奥の洗濯機にアンモナイトを入れて
回転するアンモナイトを見つめていた
洗濯機は何の文句も言わずに
アンモナイトを洗った
「そんなんしたら割れてまうで」
「割れるまでやんねん」
今回は洗濯機を二回まわした
取り出すとアンモナイトは欠けていた
彼女は僕にアンモナイトの欠片をくれた
このアンモナイトは父親の形見だと言った
次に彼女を見かけたとき
手には紫色のアメジストが握られていた
奇想詩『アンモナイトを洗う』