奇想詩『サーモスタッド室内楽』

奇想詩『サーモスタッド室内楽』

一日に何度も冷蔵庫の中を見る


べつにそこに何か重要なものがあるわけではない


べつにそれが欠かせない習慣というわけでもない


けれども何度も見てしまう


なんとなくだけど


冷蔵庫を開ける前と閉めた後の世界は


ほんの少しだけ違っている気がする


たとえば僕が冷蔵庫を開けて閉めるたびに


どこかの誰かが咳払いしたり


どこかの誰かが射精したり


どこかの誰かが女で揉めたり


どこかの誰かをぶっ殺したくなったり


どこかの誰かに銃弾を撃ち込んだり


どこかの誰かが心臓マッサージされたりする


サーモスタッドの振動音だけが


僕の狭い部屋に通奏低音のように響いている


サーモスタッド室内楽


僕はそう呼んでいる


冷蔵庫を開け閉め開け閉め開け閉めする


冷蔵庫の開閉で外の世界は少しずつ変化するけど


僕のいるこの部屋には何も起こらない


冷蔵庫を開け閉め開け閉め開け閉めしているうちに


なんだかプリミティブな気分になって


僕は服を脱ぐ


全裸で冷蔵庫をさっきよりもはやく


開け閉め開け閉め開け閉めする


サーモスタッドは鳴りやまない


さらにはやく開け閉め開け閉め開け閉めする


もう少しで向こう側にいけるような気がした


インターホンが鳴った


僕は無視して開け閉め開け閉め開け閉めした


インターホンがまた鳴った


玄関を開けると配達員がいて全裸の僕に驚いた


僕は気持ちを落ち着かせようと目を閉じて


サーモスタッドの音に耳を澄まそうとしたら


冷蔵庫のドアアラームが鳴り始めた


「大丈夫ですか?鳴ってますよ?」


わかってるわかってるわかってる


僕はどこかの誰かをぶっ殺したくなった

奇想詩『サーモスタッド室内楽』

奇想詩『サーモスタッド室内楽』

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-01-17

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