奇想詩『アンクル・アリスとものすごく静かでありえないほど遠い王国』
父親が借金を踏み倒して蒸発したせいで
にっちもさっちもいかなくなった僕は
アンクル・アリスに頼ることにした
アンクル・アリスは地下街に住んでいる
たぶんルンペンなんだけど
そこらへんのルンペンとは風格が違う
あ アリスって女の人の名前だと思ったでしょ?
けど アンクル・アリスはおじさんなんだ
アンクルだからね
いつも薄汚れたブカブカの
デビッド・バーンみたいなスーツを着て
ネクタイが結べないから
ジャケットの胸ポケットに
それを押し込んでるんだ
それで アンクル・アリスに五万円を渡すと
地下街の秘密の抜け穴から
にっちもさっちもいかなくなった人たちばかりが住んでいる王国に
連れて行ってくれるんだ
〝ものすごく静かでありえないほど遠い〟
アンクル・アリスが地下道のトロッコを漕ぎながら
合言葉みたいにそう言った
交代して僕が漕いでいる間にアンクル・アリスは
茶色の紙袋に包まれた酒瓶を呑んでいた
灯りはトロッコの小さなランプしかなかったけど
それがお酒かどうかは匂いでわかった
蒸発した父親と同じ匂いがしたからだ
気がつくとアンクル・アリスはいびきをかいて寝ていた
けっきょく僕がずっとトロッコを漕がなければならなかった
五万円なんて渡さなければよかった
と後悔しているとトロッコが急激に加速した
坂道だ
どこまでもどこまでもトロッコは下り続けた
地下道には気味の悪い怪物も出てこなければ
後ろから大きな岩が迫り来ることもないし
ちぎれた線路もなければ
煮えたぎるマグマもなかった
何もなさすぎて途中から下っているのか
上っているのかわからなくなった
やがて坑道のカナリアが事切れるみたいに
僕は眠りに落ちた
トロッコが止まり
僕は目を覚ました
トロッコに乗り続けて
どれくらいの時間が経ったのかわからない
十分なのか
十時間なのか
十年なのか
はっきりしない
でもとにかく僕はこうして
ものすごく静かでありえないほど遠い王国に
たどり着いた
「なにしにきたんや」
聞き覚えのある声だった
そこには蒸発した父親がいた
その横には離婚した母親もいた
ものすごく静かだった
〝はっぴーえばーあふたー〟
アンクル・アリスは
合言葉みたいにそう言った
奇想詩『アンクル・アリスとものすごく静かでありえないほど遠い王国』
〈あとがき〉
ルイス・キャロル×デビッド・バーン×インディ・ジョーンズな作品です。